網にかかった魚
「旦那様、ホワデル家より書状が届いております。」
アンガスは執事から書状を受け取るとペーパーナイフも使わず乱暴に封を切った。
「やっと、折れたか。手間を掛けさせおって。最初から、奴等に打てる手などないというのに。どれどれ…何!?爺、どうやら私は目が悪くなってしまったようだ。代わりに読み上げてくれ。」
不思議そうにアンガスから手紙を受け取ると執事は目を見開いた。
「貴殿の申し出は大変有難いが、支援者が見つかり、復興の目処が立ったので、遠慮させて頂く…要約するとこのような内容でございます。」
「なんという、何故だ、奴に支援出来るような余裕のある者にはしっかりと根回しをした。そうだな、爺!」
「もちろんでございます。旦那様の勢いを前に全ての貴族、商人ともに快諾したと記憶しております。」
「ではこれはどういうことだ!裏切りおったのはどこのどいつだ!」
「旦那様を裏切って利のあるものなどおりますまい。」
「だが、実際奴は支援者がいると言ってきているではないか!それともこの手紙に書いてあることは嘘だとでも言うのか!?」
「それは…」
執事は顎に手を当て考える。嘘の可能性はあるだろうか。
いや、ない。
虚勢を張っても、このままいけばホワデル領は近く破綻する。そうなれば現在のホワデル領主一族は打ち首を逃れられないだろう。それでは娘を不幸にしたくないというホワデル男爵の想いに反する。
「ありませんな。」
執事がそう答えるとアンガスは握っていたインク壺を壁に叩きつけた。
「糞!ならばどういうことだ。既に私があの家の娘を息子の妻に迎えたがっていることを多くの者がわかっているだろう。ここで諦めればいい恥さらしだ。今後の取引にも支障が出る可能性がある。それにどれだけ根回しに使ったと思っているんだ!もう一度牝馬を1から探すわけにもいかん!なんとしてのあれを手に入れねば。どうする。どうする。」
右往左往し始めたアンガスに執事は提案を示す。それはかなり黒に近い案だった。しかし、1度したなら2度も3度も変わらない。なにより焦りがアンガスに正常な判断をさせなかった。
「うーん、ちょっとぼろっちいけど、あの宿よりはいいか。」
「わー、広いおうちだね、お姉ちゃん。」
「セラ、走らないの。申し訳ありません、ご主人様。」
零はオベロンとの会談を終え、空き家で最も大きい屋敷を貰い受けた。その後に臣下たちをベッシュの幻術でヒューマンの寂れた行商の一団に見せ、街に入れた。オベロンにはヒューマン以外がいることは伝えてあるが極力目立つことは避けたい。人の口に戸は立てられない。
「では、零様、私たちは屋敷の掃除をして参ります。アイリス、セラ、仕事ですよ。ココロ、わかっていますね。」
ひぃい、という悲鳴にしか聞こえない返事とともにココロたち、3人のメイドは足早に各自の持ち場に向かって去っていった。
零たちが1度林に行った際のクロハは凄まじかった。「零様、少し3人を借りますね。」といって零の返事を待たず連れ去った。スペラとダイヤは私たちは何もしていないと抵抗したが、何故何もしていないのですか?と睨まれ沈黙。ココロはなんやらトレッサを見ていたが、トレッサは頭の後ろで手を組み、音の出ない口笛を吹いて、何もない空を見上げていた。
アイリスとセラは震えていた。その隣で笑うスーを見て、零はこんな設定にしただろうかと考えてしまった。
「お兄様、私もいくつか壊れた箇所や使いにくい部分を直してきます。」
「じゃあ、あたしが兄ちゃんを独り占めだ!」
「いいんですか、トレッサちゃん。私、クロハさんの前で口が滑ってしまうかもしれません。この前ココロさんをそその…」
「あ、やっぱりあたし、スーを手伝わなきゃ。ごめんね、兄ちゃん。」
零はヴォーセルが運びこんだ、ソファーに斜めに座り、キャンディーをくわえる。いつもならセティやベッシュが隣に座り込んでくるが今は所用で外に出ているためいない。
「零様、あのような取り引きをしてよろしかったのですか?そんなことをせずともあの貴族や見かけた兵程度でしたら私たちのうち一人でも動かせばこの街を呑み込むことは容易だったでしょうに。」
「いいんだよ。手荒なことをして、俺らを越える力を持つ者や、未知の能力を持つ者にまだ目をつけられたくない。今は少しづつこの世界に入り込んでいって、情報を集める。それに手に入れたときにはガラクタでした、では面白くないだろ。」
「差し出がましいことを言いました。では向こうが動くまではゆっくりなさいますか?」
「そうだな。こっちに来て数日しか経ってないがいろいろ忙しかったしな。せいぜいここが住めるようにしてくれ。」
零はツヴァイが纏めたオベロンから得た情報の書かれた手帳を眺める。零自身も記憶力には自信のあるほうなので内容はほとんど覚えていると思っているが確認は重要だ。
そこに書かれた内容を整理し、今後の展開を考える。未だに貴族というものがどういうものか理解できないが、零はアンガスの動きは3パターンのどれかだと予測している。
1つ目は、アリサを諦めるパターン。零としては最もリスクがないが、最もやめてほしいパターンだ。再び催促をしてくる可能性もあるが零という支援者を得た以上ホワデル家としての答えはNoで変わらないだろう。となれば再び来たところで他の2パターンに移るまでの時間が延びるだけにすぎない。
この動きでは零とオベロン、ホワデル家の繋がりは支援する者とされる者という金銭的繋がりのみ。別に金銭的な繋がりがどうということではない。むしろ即席の関係なら単純な利益関係は目に見えるので好ましい。信頼という繋がりは一朝一夕で築けるものではないのだ。
しかし、アリサがユニークという零にとって未知の能力を持っているとわかっている以上恩という首輪を着けておきたい。それも出来るだけ強いものを。となればやはりホワデル家が追い込まれれば追い込まれるほど零が救ってやった時に得られるそれは大きくなるだろう。
ただ零はこのパターンの可能性は低いと見ている。貴族というのは零のイメージ通り見栄を重視するようだ。これは力を背景に上の身分に立っているのだからそれをアピールするのは当然だろう。それにアンガスとやらがアリサを嫡子の妻に迎えたがっているのは関係の近いものには公然の秘密のようだ。故に今さらやっぱりダメでした、では格好がつかないということだ。
これは零もトッププレイヤーという立場だったのでよくわかる。たまたま格下にキルを取られただけでもあいつは実は下手くそと舐められた。もちろん、キルされた相手と舐めてきた連中全員の拠点を叩き潰してやったが。
それにアリサと同じくらい魔法の才を持つ別の娘、つまり牝馬を探すのは難しいようだ。上位の貴族にならばいる可能性は高いそうだが、それは政治的な関係で不可能。となれば同格以下の貴族か国外の貴族又は平民から探す他ない。
最も都合のいい同格の貴族にはめぼしい者がいない。
国外の貴族だが、人族主義であること、周辺国とは戦争以後まだ関係が固まっておらずリスクが大きいことなどの理由から不可能に近い。
消去法で残るは平民だが、貴族の位を上げる条件は当主がユニーク又は固有魔法と呼ばれる一族の秘術とも言える強力な魔法を持つこと、そしてそれが数代継承される必要がある。アンガスの息子とその妻の息子、つまりアンガスの孫は次々期当主だ。仮にユニークが発現してもそれが平民との庶子ではケチがつくのは間違いないので貴族としては難しいだろう。
2つ目は経済的な圧力を強めるパターン。ホワデル領は西に魔物の棲み家の森、更に西から北にかけて龍が住むといわれる山、南にも魔物の棲み家の湿原に囲まれ、陸路水路ともにビスタ領を通らなければ他領や他国に行くことが出来ない。無論、そういった場所を経由すれば可能だが、そんなことをする馬鹿はいないだろう。となれば外から入ってくる商人などは必然的にビスタ領を抜ける必要がある。
街の様子からわかるように大きな商会は既にホワデルを見放している。しかし、盗賊に襲われていた奴隷商のような個人の行商や小規模な商会はまだ時々出入りし、作物などを外に流して貨幣を得たり、物資を仕入れたりしている。それに圧力をかけられればホワデル領は更に逼迫する。
だが、これも零には解決策がある。食料はツヴァイの持つ樹魔法の系統には種さえあれば成長を促進させる[成長促進(グロウファスト)]で用意出来る。ツヴァイのMPをもってすれば一瞬で小さな森を作ることも可能だ。それに魔物も食用になる物がいるようなので、臣下たちに森で調達させればいい。その他に必要な物もトレッサやスーが大概作れるだろう。最終手段として、零たちの存在が表に出るリスクがあるのでやりたくはないが、零たちが湿原などを抜けて他領の貴族に金貨をちらつかせ、ビスタ家に圧力をかけさせることも出来なくはない。
3つ目は政治的な圧力をかけること。2つ目と重なる部分があるが、領内から不満が頻発したり問題が起きれば、支援をどこかから受けるべきだろ、領主としての資質に問題があるのではないか、と圧力をかけるのだ。
支援を要請したが断られたと言い返すことに意味はない。自領には余裕がなかったと言われてしまえば監査も情報公開の義務もないこの国では言い訳を言い訳と断じる証拠は少ない。ビスタ家など明らかに裕福な貴族がいるにも関わらず糾弾されないということは既に各所に手を回してあるのだろう。
零が心配しているのはそこではない。単にいちゃもんをつけてくるだけならば零の支援があれば突っぱねることが出来る。
では何が心配なのか。それは問題がないなら起こせばいいという考え。そして武力行使に走ることだ。零は以前の盗賊もビスタ家から様々なところを経由し、情報を流されたと推測している。そもそもあの盗賊は外から流れてきたとニオから聞いた。となればビスタ領を通っている可能性が高い。オベロンによれば領の境界には関所が置かれ、巡回もしているそうだ。ホワデル領は現在万全とは言えないが、ビスタ領はしっかりしているだろうとも。となれば盗賊がこちらまで抜けてくるにはビスタ領に入るときと出るときの2回そおれを避けなければならない。あの程度の盗賊でそれは流石に難しいだろう。でなければザルすぎる。
この方法を取られるとその後の展開を予想しにくい。
故に零は3つ目の動きに網を仕掛けてた。あとはかかるかどうかだ。
それから数日は穏やかに過ぎていった。臣下たちは周辺の警戒と屋敷の整備。メイドたちは掃除と零の世話。そしてセラとアイリスの教育。
逆にアイリスにはこの世界の文字を習った。この世界の文字は形こそ複雑だがローマ字と同じく複数の文字の組み合わせで発音が決まる単純な法則で零を含め全員が1日とかからず習得し、アイリスを驚かせた。
ただ、奴隷契約のスクロールなどの魔法関係はこれらとは別の文字を用いるようだ。
そして5日後。零は庭のソファーでシータの膝を枕に本を読んでいた。側ではアイリスが慣れない手つきでおかわりの紅茶を入れている。コーラはストックが有限なので我慢していた。
「主、ファスさんが参りました。」
シータに肩を叩かれると、零は少しいだけ顔を傾け、ファスを見る。アイリスがファスにカップを差し出すがファスは手振りでいらないことを示す。
「動き出したのか。」
「はっ!」
「そうか、それで誰のところに来た?」
「ツヴァイが近いようです。」
「わかった。じゃあ終わったら見に行くからまた呼んでくれ。」
「それが、御館様、少しイレギュラーがありまして…」
「なんだ?魚が魔物にでも食われたか?」
「いえ、ホワデルの娘が向こうに向かっているとか。」
零はそれを聞いて飛び起きた。
ホワデルの娘、アリサに万が一があっては困る。
「俺も向かう。ファス、シータ、着いてこい。」
「ここの守りは宜しいのですか?」
「トレッサとスーがいれば大丈夫だろう。セティの結界も当分は持つ。アイリス、念のため、二人に外に出てるよう言ってこい。」
「は、はい!」
零は騎獣を召喚した。
現れたのは2対の羽を持つ蛇。ケツァカトルというモンスターだ。
ケツァカトルが頭を下げると零は頭に飛び乗る。ファスとシータもそれぞれ、スレイプニルとフレースベルグを召喚していた。
「お前にも後で名前をやるからな。今は飛んでくれ。」
ケツァカトルは1度舌を鳴らすと巻いたとぐろをバネのように縮め勢い良く宙に飛び出した。
「…というわけで零殿が支援してくれることになった。今話した以外にもいろいろと条件はあるが私は彼の支援を受け入れようと思う。」
オベロンは家族と使用人たちを集め、支援者が見つかったことを報告した。
「レイ、ですか。聞いたことのない名前ですね。あなた、本当に信用できるのですか?」
「わからぬ。しかし、非常に頭切れる者であった。」
「信用できるかわからない方にこの土地を、民を、アリサの行く末を託すというのですか!?それに他の条件とはなんですか?彼が約束を守る保証はあるのですか!?ビスタ家から受けている圧力で焦っているのはわかりますが、とても正気の沙汰とは思えません。」
「確かに私も少しどうかしていたかもしれん。しかし、少なくとも当面は確実に凌げる。」
オベロンが目を向けるとワペルは頷いて部屋を出ていく。
「お父様、ワペルは何を…」
「少し待てばわかる。」
ワペルは戻ってくるとオベロンに小さな袋を手渡す。見た目はどこにでもある革の袋だ。それがなんだという視線だ。
しかし、オベロンがその袋を逆さにした瞬間、カチャカチャと音をたて金貨が次々に流れ出る。山のように積み重なった金貨の量は明らかに袋の体積を越えていた。
「「…っ!」」
理解出来ない出来事に女性陣は息を飲んだ。
「あなた、これ…」
「これは零殿が担保として置いていったものだ。これがあと9袋ある。」
「確かにこれだけあれば…」
ホワデル家一同からすれば驚くべき量だが、これはKOFのゲーム内貨幣。トッププレイヤーであった零の資産は相当なもの。足りなくなることがないので零自身は既にいくらあるか把握すらしていない。山のようにあるのでこの程度は氷山の一角ですらない。
「いえ、お母様、見てください。これは王国金貨ではありませんわ!それどころか隣国の通貨ですらありません。お父様、まさか…」
「アリサ、私を見くびりすぎだ。いくら、焦っていても自国の金貨かどうかくらいはわかる。しかし、見ていなさい。」
オベロンは戸棚から秤と王国金貨を取り出す。そして片方に零から受け取った金貨、もう一方に王国金貨を乗せる。するとすぐに王国金貨のほうが上がった。つまり…
「王国金貨より重い…」
「そうだ、シェリル。念のため、私の魔法で数枚溶かし、成分を調べた。が、出てきたのは一種類のみ。これは純金だ。これ1枚で王国金貨の2倍近い価値がある。」
「そんな、この量、いえこれ以上の純金だなんて。魔法で作った偽者ではないのですか?」
「それはないだろう。私も[看破]を使った。かけられていたのは[保存(キープ)]のみ。もちろん、私の力足らずで見破れなかった可能性はある。しかし、私で無理ならほとんどの者にも無理だろう。それくらいの自信はある。」
ホワベル男爵家という下級貴族の家に生まれながら、オベロンは特に優れた魔法の才を持って生まれた。そして今は建前と化している「魔法で民を守護し、導く」という貴族の責務を体現した男だった。パラダス戦争でも前線に出ることはほとんどなかったため、その力を知るものは少ない。しかし、家族はもちろん領民もオベロンの力に何度も救われてきた。アリサも優れた才を受け継いだが未だに父の領域には達していないと自覚している。
そのオベロンが言うのだから、誰もこれ以上それを追及することはなかった。オベロンに出来ないのならここにいる誰にも出来ないのだから。
「担保があることはわかりました。それが十分過ぎることも。ですがその他の条件とはなんですか。」
「それは言えん。」
「何故ですか、お父様。」
「答えたいがそれは出来ん。それを秘密にすることが今回の支援の条件の1つでもあるのだ。」
「どうしてです、あなた。私たちにまで話せないなんて。」
「私とてお前たちになら話してもいいと思っている。ここにいる者を信用できなければ私は誰も信じられん。「でしたら…」しかしだ、それは私にとって、だ。お前たちは会ったこともない人間を担保もなしに信用できるか?零殿は少なくともこうして…」
オベロンは金貨を数枚手に取ってみせた。
「金貨という形で信用の対価を支払った。しかし、私に払える物はない。だから、せめて口を閉ざすことで信用に応えるしかないのだ。すまんが、わかってくれ。」
家族とはいえ、一族の当主が王族や上位の貴族以外に頭を下げることはほぼない。それをしてまで頭を下げたということはオベロンなりの誠意であることくらい、この場にいる誰もが理解していた。
「旦那様…」
「わかりました。そういうことでしたら、信じます。」
「お母様、いいのですか?」
「夫がここまでしているのに信じられなくて何が妻ですか。」
「…すまんな、テレサ。」
「ですが私が信じるのは零という方ではありません。あなたです。ですから、もしもの時は、私たちを守ってくださいますね?」
「無論だ。ホワデルの名に誓おう。」
そうして話も纏まった翌日、アリサは愛馬のユニコーンのユニに跨がり街道を駆けていた。既に半日走り通しだ。普通の馬であればとっくのとうに潰れてしまっていたであろう。
それは早朝のこと。父とともに担保として受け取った金貨を資金とした今後の領の運営計画の確認をしていた時に入った一報。
ビスタ領との境界付近の村で盗賊が暴れているという報告が入り、アリサはオベロンの制止を振り切って、供も付けずにアーバインを飛び出した。
「本当にどうしてしまったというのですか、お父様。」
いつもの父であれば自分とともに飛び出していったに違いない。それが民を助けに行かないどころか、それを止めるなど考えもしなかった。
それに母の手前引き下がったがレイという男の支援を受け入れたことも納得していない。父が家族にも話せないような条件を呑んだことが信じられなかった。いつもは皆で知恵を出し合い決めてきたというのに。
日も傾き始めた頃、ようやく報告にあった村より手前の村で煙が上がっているのが見えた。
「ユニ、ごめんなさい。もう少しだけ頑張ってください!終わったらゆっくり休みましょう。」
ユニは1度嘶くと速度を上げた。ユニコーンがいくら馬系の稀少種族とはいえ既に限界も近いというのにアリサの気持ちに応えたのだ。
村に飛び込むと盗賊たちは焚き火を囲んで戦果の確認をしていた。
アリサは辺りに血の匂いもなければ、村人の遺体も見当たらないことを不思議に思った。
だが、村人に被害が出なかったのであれば運がいい。報告にあった村も同じようにあってほしいと願った。
家の陰に隠れながら近づくと盗賊の姿がはっきりと見えた。数は8人。いける。そうアリサは確信した。
「あなたたち、大人しくしなさい。これ以上の悪行はこのアリサ・フォン・カシウス・ホワデルが許しませんわ!」
アリサはユニから飛び降り、剣を抜いて盗賊たちを指す。普通の盗賊であれば、これで投降するか、反抗してきても叩きのめすことができる。それほど平民と貴族、いや、アリサには差がある。
彼らが普通の、食いっぱぐれた農民上がりの盗賊であったなら。
「おい、聞いたか。許しませんわ!だってよ。」
「怖いなー。あー、どうしよー。捕まっちまうー。」
「ぎゃははは、お前、役者になれるぜ。大根役者だけどな!」
アリサは盗賊たちの馬鹿にした態度にプルプルと怒りに震える。
「いい加減にしないと痛い目をみますわよ!」
「何が痛い目をみるだ。女一人で何が出来る。貴族だからって調子こいてんじゃねぇぞ。」
「だな。俺はこういう奴がいるから貴族ってヤツが大っ嫌いなんだよ。」
「おい、でも見ろよ。結構べっぴんだぜ?この村も前の村も何故か人っ子一人いなかったからなぁ。むしろ、女が向こうから来てくれてラッキーじゃねぇか。」
「それに見ろ。あれ、ユニコーンだぜ。角はいい値で売れるし、生け捕りに出来れば数年遊んで暮らせるに違いねぇ。」
「確かにそうだな。おい、お前らわかってるな。どっちも殺すなよ。」
そういうと盗賊たちは各々得物を構える。剣以外にも様々だったが、どれもかなり様になっている。このままではまずいかもしれない。そう思うも、アリサは引くことが出来ない。ここで止めなければ次は人のいる村を襲うかもしれないのだ。
アリサはユニに跨がり、盗賊たちと20mほどの距離を保ちながら手近な物を飛ばし攻撃をする。転がっている石や燃料用の丸太などだ。
これがアリサのユニーク、物体浮遊(ポルターガイスト)。物体に触れずとも浮かせ、飛ばすことができる。しかし、ユニークとはいえ、万能ではない。浮かせられるものはせいぜい10kg。それに重ければ重い程、遠ければ遠いほど、消費する魔力も増す。
とはいえ、数kgの物体がそれなりの速度で飛んでくれば十分に凶器だ。
「何故、何故当たらないのですか!?」
しかし、いくら飛ばしても盗賊たちはひょいひょいと避ける。たまに弓を打ってくるがアリサを本当に殺す気がないのか、急所は狙ってこない。
それもそのはず。彼らは元ハンターだ。20mという距離はアリサの物体を飛ばす速さ程度であれば、目視してからでも避けることなど朝飯前だ。
「おらおら、こんなもんかよ。これなら腰振るほうがよっぽど疲れるぜ。」
「くっ!」
アリサはより大きく、より速く物体を飛ばす。時々、[火球]や[風矢]も織り混ぜながら。なんとか攻撃を当てるために。
そうした攻防が数十分。小さな傷はユニの能力で癒せるが、疲労までは癒せない。それに魔力の限界も近い。
「はぁはぁ。」
「お、やっとバテたか。意外にモったな。」
「ま、俺らの相手じゃないけどな。」
盗賊たちは攻撃を避けることに専念し、アリサとユニが体力・魔力的にバテるのを待っていたのだ。
もし彼ら一人一人とアリサが戦っていたなら、アリサに分があっただろう。
だが、元とはいえ、彼らはハンター。ハンターの仕事は弱い魔物の間引きから、強い魔物の討伐まで様々。ときには盗賊の討伐もした。彼らとアリサでは実戦経験も死地を潜った回数も雲泥の差がある。
弱いなら正面から叩き潰し、強いなら弱らせる。
それが狩りの基本であり、彼らは盗賊に身を落としながらも蓄えた経験が自然に戦法を選ばせた。
「さてと、お楽しみといきますか。」
近づく盗賊にユニが力を振り絞って、前足を振り上げ威嚇する。しかし、逆に紐を掛けられ、アリサごと倒された。
「くっ、離しなさい。」
「離せって言われて離すやつが盗賊なんかやらねぇんだよ。」
腹を蹴りあげられ、意識が遠のいていく。
このままでは辱しめられた挙げ句、殺される。いや、殺されるのであれば、まだましかもしれない。
薄れる意識の中でそう思った時だった。
「随分お楽しみのようですね。」
闇の中から響く女の声。
その声に反応し、盗賊たちは、一瞬で戦闘体勢に戻る。
「誰だ。」
月明かりに照らされて現れたのは白いシャツを着た女性。手には本を抱えている。
しかし、肌は浅黒く、尖った耳、どうみても人族ではない。
「ダークエルフ?」
「まぁ、正解に近い、とだけ言っておきましょう。」
「なぜダークエルフがここにいる。奴隷ではなさそうだが。まさか南方の砂漠以外にもいたなんて驚きだぜ。」
「そうなのですか、それはいい情報を貰いました。」
女は本を開き何やら書き込んでいる。
「んなこた、どうでもいいだろ!おらぁ、あっちを貰うぜ!亜人をいたぶりながらするのが最高なんでなっ!ひゃははは…がっ、うぶっ。」
盗賊の一人がダークエルフらしきの女に走りよる。しかし、地面から飛び出した棘と言うにはあまりに大きな物に串刺しにされ宙に浮いているように見える。
「汚ならしい、ゴミ風情が。触れさせるわけがないでしょう。」
ダークエルフらしき女がまた本を開くと今度は本が宙に浮き、パタパタと勝手にページがめくれだした。それと同時に地面からいくつもの棘の付いた蔓が生え、女の周りで揺れている。そおして、ダークエルフらしき女は串刺しになった盗賊を見上げ嗤った。
「もしかしてあれ、魔導書か?」
「それにあいつ、草魔法を無詠唱で撃ってきやがった。このガキとは違うぜ。」
草魔法は中級魔法の1つ。最も簡単と言われる[成長促進(グロウアップ)]を使えるだけでグリム王国では一生食うに困らないと言われるほど適正を持つ者が少ない稀有な魔法だ。
「わかってるよ、そんなこと。言われなくてもやばい雰囲気がビンビン伝わってきやがる。こんなのアースドラゴンと遭遇しちまった時以来だ。」
「どうする?」
「ずらかるぞ。女だけ担いでけ。!」
合図とともに走り出す盗賊たち。何人かは牽制の弓を放ったり、石を投げたりしながら逃げていく。全員が相談もなしに散り散りになったのは素直に見事と言えるだろう。
「あら、ゴミのくせに、いえゴミだからですか、逃げるのは上手ですね。」
盗賊の一人は馬に乗り、村を出る寸前まで来ていた。しかし、馬は村を出る前に急停止した。地面に紋様が光ると、地面が割れ、棘の付いた蔓がいくつも出てきた。それが何本も絡み合い、村ごと覆う壁となって逃走を妨げる。よく見れば赤い花がちらほら付いていた。
「[痛みの花園(ソーン・ガーデン)]。さぁ私とも遊んでくださいね。まぁ楽しいのは私だけでしょうが。あっはっはっは。」
そこからは一方的な展開だった。響く狂気を帯びた高笑い。地面だけでなく壁からも襲いかかる蔓。女から放たれる様々な属性の魔法。盗賊たちも逃走は諦めたのか応戦するが蔓が意思を持ったかのように女を守り、近づくことすら出来ない。
あっという間に盗賊は残り3人になっていた。その3人も満身創痍。全員が四肢のどれかが動かない。
「畜生。なんだ、あの化け物は。」
「はぁはぁ。やべぇなんてもんじゃねぇぞ。どうすんだよ。」
「仕方ねぇ、一か八かだ。」
盗賊は馬に積んでいたアリサを降ろし、首もとにナイフを当てる。
「こいつがどうなってもいいのか!?」
これは盗賊たちにとって賭けだ。現れたタイミングはアリサを助けたと思えなくもない。それにあれだけ激しく攻撃してきたにも関わらず抱えられていたアリサには傷一つない。
表情が一瞬変わったかと思うと、攻撃がぱたりと止んだ。
疑念が確信に変わった。
盗賊たちはアリサを抱えたまま女から視線を外さずじりじりと距離をとる。
周囲を照らしていた月明かりに陰が差す。その形はまるで蛇のよう。
「何この状況。サスペンスドラマ?」
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