最も馬鹿馬鹿しい事実
そこは地球とは違う世界。彼はそんな世界に投げ込まれた石。大きさはまだ不明。しかし、それは確かに波紋を起こし、広がってゆく。それが世界という水面の前で凪いで消えるのか、はたまた大波となり世界を呑み込むのか、世界も投げ込まれた石自身にもわからない。
「あれ?」
ゲートの中で一瞬のブラックアウトを感じ明るさを取り戻すと零の前には見慣れない景色が広がっていた。ゲートの先は彼の中立都市に所有する屋敷の玄関フロアであったはず。しかし、そこは予想していた風景ではなかった。そもそも屋内ですらない。どう見ても森の中だ。
「バグか?」
彼の用いたスキルは拠点間移動用のスキルであり、当然こんな場所を拠点に指定しているはずはないし、何千何万と使用したスキルを間違えているはずはない。
「おいおい、会議に間に合うのか。というかここはどこのエリアだよ?」
KOFの世界は広大でまさにもうひとつの地球というに相応しい広さがあった。だからいくらヘビーユーザーで多くのエリアを踏破してきた零であっても知らない場所があること自体はなんの不思議もない。
「仕方ない。どっかの都市まで移動してそっから転移するしかないな。これは問合せ案件だな。とりあえず場所の確認だ。[マップ]……はぁ!?」
零は地図を表示するスキルを用いるがそこには何も表示されていない。いや、白紙が表示されたというべきか。その白紙の上に自身とNPCたちのアイコンのみが表示されている。零は常にマップの表示範囲を超広域に設定しており、その範囲は半径1000Km。その範囲内に非戦闘エリアである都市を含まない場合は最寄りの都市への方向表示がされる仕様だ。故にそれすら表示されない現状は異常と言える。KOFにおいて長距離の転移は拠点間を移動する[ゲート]のスキルと都市間を移動する[ワープ]のみ。そのほかは視界内への転移や攻撃対象の背後に転移するものなど短距離の転移しかない。
「おいおい、まじでこれどういうことだよ。」
「御館様、いかがなさいましたか?」
零は臣下のリーダー、自身が最初に造ったNPCでもあるファスに急に話しかけられ、びくっとしてしまった。それと同時に違和感を感じる。確かに話してみれば零のNPCたちはプレイヤーと変わりないと自信を持って言える。しかし、基本的にはこちらから話しかけない限りNPCから会話を持ちかけてくることはない。ましてや、いかがなさいましたか、なんて抽象的な質問などしてきたことがない。これもNPCの成長の一環なのだろうか、だとしたら少し、いや大分嬉しいな、などと思ったものの不可解な現状を考えると素直に喜べない。
「何でもな……いや、ファス、それにお前たち、ここがどこかわかるか?」
零が向き直って質問をするとNPCたちは顔を見合わせたりした後ふるふると首を横に振る。そして彼等を代表してファスが質問に答えた。
「申し訳ございません。私共にもわかりません。」
「少し宜しいか、旦那様」
「どうした、セティ。言ってみろ。」
セティはドレス裾つまみ上げながら零の前に出る。実際にはドレスの裾は魔法で浮かせているためつまみ上げる必要はない。
「何か情報がないか調べようと[神の目]使ったのじゃが、世界にアクセス出来ないのじゃ。」
「はぁ!?」
彼女の持っているスキル[神の目]は簡単に言えば検索機能だ。ゲーム内からネットにアクセスしてゲーム内の情報はもちろん、あらゆるサイトから情報を集めることが出来る。このスキルは課金で付与することができ、スキル自体に月額料金が発生するという珍しいものだ。それでもログアウトして他のデバイスで情報を集め、再度ログインという面倒な行程を省くことができ、NPCがプレイヤーの好みを把握し、要点をまとめてくれるため、零は即買いし、セティに与えた。
ここで重要なのは今の状況がわからないという以上にネットから切り離されたということ。つまり運営と連絡が取れない可能性があること。零は急いでメニュー画面を表示し、運営の問合せのメールを作成。送信ボタンを押した。
ネットワークにアクセス出来ません。
零は表示された半ば予想していた事実にがっくりと項垂れる。こうなると最終手段しかない。ログアウトだ。こんな場所でログアウトすればもし魔物などがいた場合NPCが守っているとはいえいつかは力尽きてしまう。そうなれば莫大な損害だ。しかし他に打てる手もない。ログアウト後に文句を山のように言い、たんまりと補填をせびるしかない。
再びメニューを弄り、ログアウトの画面を開く。しかし零はあり得ない事実に目を見開いた。ログアウトのボタンが発光していない。つまり、ログアウトが機能しない。何度かメニューを閉じては開きやり直すも結果は同じ。
「そんな馬鹿な…」
これだけはあり得ない。あってはならない。ユーザーの意識がゲーム内に閉じ込められるなどあってはならないことだ。当然そんなことは運営、いや体感型ゲームを作る製作者全員がわかっていることだ。実際法律でも犯罪に指定され、国家によって厳しい検査が行われている。最悪の場合は救助までの行動指示が出ることになっている。であるにも関わらずこの現状。思わず零は頭をかき乱す。
かき乱した手を見つめ、零はあることに気付いた。
毛が抜けている。
髪を失ったのが悲しいとかそういったことではない。毛が抜けているという事実そのものが問題なのだ。リアリティを追求しているとはいえKOFとてゲーム。髪が抜けていくなどというビジュアルが残念になるところまでは再現していない。
であるにも関わらず髪が抜けた。
「零様、非常事態であるとは思いますがまずは落ち着いて状況を整理してはいかがでしょうか?」
コップに水を注ぎ差し出すクロハに、落ち着いていられるか!と返しそうになるが、まずい状況であればあるほど冷静さを失ってはいけない。祖父に日頃から言われていたことだ。零は冷えた水を一気に飲み干す。ここでも違和感を感じる。ゲーム内で飲み物を飲む感覚ではない。ちょっとした違和感程度だがリアルで飲食をするときとゲーム内でするときでは微妙に差がある。今の感覚は間違いなく後者。
それに冷静になると不可思議な点が他にもある。髪が抜けたこと、ネットから切断されているにも関わらず意思が宿ったかのように動き続けるNPCたち、ログアウトを実行すら出来ないこと。様々な要素から現在の状況に関する仮説をたてては否定していく。
零はある結論を導く。しかしそれは他のどの仮説より馬鹿馬鹿しい結論。しかし、それ以外に零は思い付かなかった。
零は自身の異次元バッグに手を差し込むと一本のナイフを取り出した。
「零様何を!?」
止めに入ろうとするNPC達を横目にナイフを軽く振るう。
指先に皮膚が切れる痛みが走り、血が流れた。
間違いない。この痛み。ゲーム内で抑えられているものではない。そもそも切れる痛みなどは安全面からゲーム内で再現されていない。
つまりこれは現実。受け入れざるを得ない。
自身を傷つけるという出来事に慌てるNPCたちにされるがままにし、零は空を見上げた。そして、そのまま意識を失った
零は静かに目を開いた。
映る景色は残念ながらKOFの屋敷でもリアルのベッド上でもない。空を覆い隠すような木々と僅かながらの青い空だけだ。先程の出来事が夢ではなかったことをまた実感した。
「お目覚めになられましたか?」
零を上から覗き込むようにしてクロハが声をかける。どうやらクロハが膝枕をしてくれているようだ。辺りを見回すと団扇で零を仰ぐ3人のメイドと話し込む臣下たちが数名目にはいった。手を見るとそこには切り傷はない。おそらく治癒魔法を使ったのだろう。
「他のやつらはどうした?」
臣下たちが数人足りていない。まさか自我を持って零の元を去ったのだろうか。そんな零の不安を感じてか否か、ファスは零の前に進み出ると膝ついて頭下げる。
「御館様、事後報告となり申し訳ございません。周囲の状況が不明ということでセティとヴォーセルは偵察、ベッシュとニオにもシモベたちを召喚させ、偵察と周囲の警戒をさせております。勝手な行動を御許しください。」
零はまた一段とここがKOF内でない確信を強めた。NPCが勝手に主人のもとを離れて行動するはずがない。
「いいさ。それでどれくらいで状況がわかりそうだ?」
「既にベッシュとヴォーセルはこちらに向かっているとのこと。シモベたちもそうかからず回収出来るそうです。」
「わかった。全員集まったら話を聞かせてくれ。」
「はっ!」
ファスが下がると零はメイドに飲み物を要求する。冷たい水をストローですすりつつ、クロハの膝の上で目を瞑って一人考えに耽る。先ほどは余りに予想外なことに取り乱したがよくよく考えると別に元の世界に戻りたい理由もない。息がつまりそうな閉塞的な社会、法と平等という名の弱者の論理の鎖に縛られる退屈な日々の連続でそれこそ死にそうだったところをKOFという擬似的とはいえ、自由な世界を見つけることができたのは幸運であった。トッププレイヤーと言われるようになってからは零自身やNPCが参入企業の広告塔としての仕事をし、攻略動画の有料配信、トーナメント優勝者とのエキシビションのギャランティやファッション性などを競うコンテストの審査員などKOF内だけでかなりの金額を稼いでおり、元からあった資産と合わせれば既に多少遊んで暮らしたとしても生涯働く必要がない程度の蓄えがあった。それだけありながら零はリアルで消費するといえば食事や生活必需品くらい。食事も身体を壊さない栄養バランスで不味くなければ特にこだわりもなかった。極論すればカップ麺で身体を壊さないならば毎日それでよいのだ。もちろんかかる手間が同じなら旨いほうがいいに決まっているが。それは生活用品でも同じだ。零にとって大事なものはKOF内でのプレイヤー零としての生活と手塩にかけて育てたNPCのみとなっていた。そして大事なものはあ今もここにある。そう考えると元の世界への未練はないに等しいと思えた。
とはいえ、もしここが本当に零のいた世界と別の異世界であった場合未来が明るいとは限らないだろう。KOFでの魔法やスキルは使えるようだがこの世界の基準を大きく下回っている可能性もある。もちろん上回っている可能性も。それを前向きに考えるとこの世界には零にとって未知が広がっているとも言える。この気持ちはKOFを始めたときの気持ちに近い。いや、KOFは所詮人の作った擬似的な世界であったのに対してここは本物の世界。今零の前に広がっているものこそリアル。トッププレイヤーという優越感を失うことをやや惜しく感じていることは零自身も器が小さいと思わなくもないが、この世界で成り上がれば良い。それに熱意を注ぎ、道半ば果てたなら所詮自分は世界に淘汰される程度の存在だったということ。それはそれで仕方ないと諦められる。
ズズズッと音をたて、コップが空になったころ、茂みが大きく揺れ、そこから大きな、そして明らかに尻尾の本数の大いに狐が飛び出す。その狐はゆっくりと零に向かってくるが臣下たちはちらりと目を向けるだけで止める者はいない。狐は零の手前で大きく飛び上がると空中で一回転した。するとそこには女が立っていた。打掛を着、長い裾を引く様はまさに花魁。唯一違和感があるとすれば金色の髪結い上げていないことくらいだろう。
「御前様のベッシュが戻ったでありんす。お待たせして申し訳ありんせん。」
ベッシュはシワにならないよう膝をつくと軽く頭を下げると零に寄り添うように腰を卸すと零の胸に手を添える。
「まぁ、御前様お飲み物が!スペラ、その瓶をこちらへ。酌をするのはわっちの役目でありんすから。」
ベッシュはメイドのスペラから水の入った瓶を奪い取ると零のもつコップへと注ぐ。客観的に見ると遊女が水を注ぐというのはなんとなく格好がつかない気がするが今は自分達以外にいない上に、透明な酒もあるのだからそもそも見分けはつかないだろう。
「それで偵察のほうはどうだったんだ?」
零はちびちびと口を喉を潤しながら偵察の結果を聞こうとベッシュのほうに顔を向ける。それに対してベッシュは口元を隠して笑う。
「うふふ、御前様はせっかちでありんすね。もうすぐヴォーセルも戻るはずでありんすからそれまでお待ちくんなまし。それまではゆっくりなさってくださいな。」
ベッシュは零の肩に頭を預けようとするが体は零のいる方に倒される。
「きゃっ!」
「むぅぅぅ、ちょっと目を離した隙にこの女狐!夫の横に座るのは妻の特権なのじゃ!つまり将来零様の妻となる妾こそがそこに座るに相応しいのじゃ!」
「何を言ってるんでありんすか。妻は夫の欲を満たすことも役目でありんす。そのちっこくて平らな胸では零様を満足させられないでありんせん?。わっちみたいな、え~となんて言ったでありんすか?ボン…ボン…ボンキュッ…」
「ほら、もうボケてるじゃろうが、年増狐!それに妾は鬼族!将来はボンどころかバイーンって感じになるんじゃもん!良いからそこを退くのじゃ!」
セティは胸の辺りでジェスチャーを繰り返し行う。確かにKOFの鬼族の成人はボンキュッボンであったのは間違いない。しかしセティのジェスチャーはいくらなんでも過剰だ。メロンどころではない。
「むぅぅぅ。」
「ぐぬぬ。」
臣下たちの生き生きとした姿に少しばかり感動しながらも、今にも掴み合いになりそうな雰囲気に零は止めに入ろうかと口を開きかけたがその必要はなかった。コツッ、コツッと硬質な音が響き、二人は頭を押さえる。
「二人とも零様の前ですよ。それに妻になる者を御決めになるのは零様です。勝手に決めるんじゃありません。零様、騒がしくして申し訳ありません。」
零に頭を下げたのは本を抱え出来る女といった風貌の零が二人目に造り出した臣下、ツヴァイ。彼女はカオスエルフというエルフとダークエルフのハーフの種族で色はダークエルフに近いが体つきはそれほど肉感的ではない。黒いスカートに白いシャツの裾を入れていて秘書のように見える格好、というより零が内外ともに秘書をモデルにして造ったNPCである。
セティがボソッと「男を落とすための夜のテクとかいう本を読んでるくせに。」というと今まで澄ましていた顔が熱湯でもかぶったように真っ赤に染まる。
「セティ、あなた、な、な、ななぜそれを、い、いえ、違います。違うんです、零様!そんなべ、別に、零様にお呼ばれしたいだとかそういうわけでは…あ、いえ、呼んで頂ければいつでも参る所存ですが…」
壊れた機械の如く言い訳と弁明を繰り返すツヴァイをよそにメイドの一人ダイヤが零の元に歩み寄る。ちなみにツヴァイの読んでいる本は零が与えたものなので当然何を読んでいるかは知っていた。
「零様、ヴォーセル様が戻ったとのことです。報告と会議をしたいとファス様が仰っておりました。まもなく皆様揃うかと。」
「わかった。」
零はやんややんやと騒ぐ三人を微笑ましく思いながら、クロハの膝から頭を上げ、立ち上がるとメイドたちに服を払わせる。すると、後ろから物が落下したような音と衝撃が走った。
「戻ってきたばかりなのにすみません、ヴォーセルさん。」
「大丈夫だよ、スー。ヴォーセルは筋肉バカなんだから。」
「構わんぞ、スー。トレッサはスーのこういったところを少し見習うべきだな。」
「えー、なんでよー。スーがあたしのことを見習うべき、の間違いでしょ。私のほうがお姉さんなんだから!」
置かれたテーブルの前で騒ぐ三人の臣下たち。最も煩いのがトレッサ。おしとやかなのがスー。彼女たちは姉妹という設定だ。それぞれ武器や防具の作成に補正の付くドワーフとアクセサリーなどにホビットで、戦闘に出すことは稀だがそれぞれが作り出したアイテムの売却により零はゲーム内貨幣の大半を稼いでおり、いわば縁の下のなんとやらだ。
そしてテーブルを運んできた者がヴォーセル。種族は龍人族で、ファスが物理防御担当であるのに対し、ヴォーセルは攻撃の担当である。龍人族はKOFにおいて設定出来る身長が最も大きいが、零は背が高すぎると外装に必要な素材も増えるため180cm程度に設定している。また龍人族はKOF内の選択可能な種族において最もステータスの補正が大きく、物理魔法問わずダメージを30%軽減する[龍鱗]など強力なパッシブスキルや特殊スキルを持つ種族だ。しかし、防具装備不可という強烈なデメリットがあり、装備が揃えば揃うほど使われなくなるという不遇な種族でもある。ただその攻撃力は健在なので、年々HPが増えてきている敵モンスターを高速で乱獲するためのには有効だと考え、零はあえてヴォーセルを作った。実際魔法への耐性があるモンスター相手にはかなり重宝してきた。
「御館様、皆揃いましたので報告とそれを踏まえた御意見を頂戴したく存じます。ツヴァイ、何に慌ててるのか知りませんが、現実に戻ってきてください。ベッシュ、セティ、ツヴァイに絡むのはやめなさい。ヴォーセル、御館様の椅子をこちらへ。」
ファスの指示に従い臣下はテーブルを囲むように並び、メイドたちは零の後ろに控える。ファスはKOFのときから零に次ぐ命令権を与えていたのでその設定が反映されているようだ。零が用意された椅子に座るまで臣下たちは深く頭を下げる。零はどかっと椅子に座ると頭をあげるように指示した。
「御館様、お待たせして申し訳ありません。報告を始めさせて頂きます。」
「あぁ、頼むよ。その前にお前らも座ってくれ。」
「はっ!ありがとうございます。ツヴァイ、皆の椅子を。ツヴァイ。」
「お呼ばれしたらあんな破廉恥なことを、…でも、零様が御望みなら…」
「ツヴァイ、いい加減にしなさい。零様の御前ですよ。」
「……!?わ、わかっています。[プラントイミテーション]」
ベッシュとセティがニヤニヤと笑い、何か言いかけたが、ファスに睨まれ慌てて口を閉じる。ツヴァイの魔法により地面から木の根が生え、椅子のような形に変形した。
「ではベッシュから報告を。」
「わかりんした。わっちはここから南に30km程探索しんした。けれど森を抜けることは出来なかったでありんす。ただ、数種類のモンスターと遭遇したでありんす。気付かれない範囲から攻撃をしかけたらあっさり死んでしまって拍子抜けだったでありんす。」
「ベッシュであっさりか…レベルはどれくらいかわかるか?」
「申し訳ありんせん、御前様、詳しくはわかりんせん。でも感触としては高く見積もっても70は越えないと思いんす。もちろんこの森のモンスターが異常に攻撃などに寄った能力で防御能力が低いとかでなければという仮定でありんすが。」
「殿、それについて我から捕捉をさせて頂きたい。」
零はヴォーセルに顎で先を促す。
「我は北に向かいベッシュと同様に数体のモンスターと交戦した。数度攻撃を受けてみたがどれも受けたダメージは無きに等しい程度。毒を持つものや低位の魔法を使うものもいたようだが我等にとって脅威にはなりえん。よって、ベッシュの推測は間違っていないように思える。」
「そうか。」
KOF内での最高レベルは250。当然零を含め臣下たちのレベルは250だ。零達からすれば70レベルというのは蟻。いても時間稼ぎになるかも怪しい程度である。零はとりあえず森の中では脅威はいないであろう安心感とゲーマーとして強い敵を倒したい、レアな素材を集めたいという思いから少し残念さを感じていた。
「わかりました。ではそのままヴォーセル、お願いします。」
「うむ。我は北に25km程度の地点に西から東に向けて流れる川を発見した。川幅は100mといったところか。後は西側に山脈が見えた。かなり距離はあるようであったがな。」
「それなら私も[魔法の目]を飛ばして確認したわ。」
ツヴァイの補足にファスが頷く。やっと表向きの顔を被り直せたようだ。
「なるほど。西側の担当はニオでしたね。何かありますか。」
「は、はい。西側に30km範囲には特に変わったものはありません。ただ私の子供たちの出会ったモンスターには即死魔法をレジストされたのでヴォーセルさんやベッシュさんの出会ったモンスターよりレベルが高かったようです。もちろん子供たちの仲間にいれてあげましたが。うふふ。」
ニオは零が最後に造り出した臣下である。アンデッド族の最上位種のひとつ、マザーオブデッドで即死魔法と彼女が「子供」と呼ぶアンデッドを召喚、使役できる。
「ふむ、ニオが放ったのはレイス・グランでしたか。」
「ええ、そうです。」
「なるほど。。確かレイス・グランは140レベル前後でしたね。モンスターが耐性装備を持っているとは思えませんので即死魔法をレジスト出来るということは最低でも90ですか。もしかしたら山脈側へ行くほどレベルが上がるのかもしれませんね。まぁニオの召喚モンスターで倒せる程度ですから、やはり脅威にはなりえませんが。」
「モンスターではなく私の可愛い子供たちなのですが。」
「おっとこれは失礼しました。手伝ってくれたこと、後でお礼を言っておいてくださいね。では最後にセティ。お願いします。おふざけはなしですよ。」
「わかっているのじゃ!子供扱いするでない!妾はレデーじゃぞ!ふん…まぁ良い。妾の式神は東に行かせたが25km付近から森が明るくなり、32、3kmの辺りで森を抜け、草原になっておった。ヴォーセルのいう川までは確認しておらん。後はそこらにおったモンスターは仕留めて運ばせてきておる。」
「それは素晴らしい。御館様、持ってこさせても?」
「あぁ。」
零の許可を受けて、セティが符に念じると様々な式神たちがモンスターを運んでくる。弱いと聞いてあまり期待してなかった零だが、置かれたモンスターを見て思わず「おぉ」と声をあげてしまった。KOFの魔法などが通じたため勝手にモンスターも同じものがいるだろうと思っていたのだがどれも見たことのないものばかりだ。マンモスのように長い牙を持つ熊。いかにも毒々しい色のスライム。KOFのものほど醜悪ではないゴブリンらしき人型の生物などだ。
「トレッサ、あの牙から武器は作れそうか!?」
「うん、作れると思うよ、兄ちゃん。でも強くないと思うけど?」
「いいんだよ、集めるのが楽しいんだ。」
それを聞くとセティが植物で作られた椅子の上で立ち上がる。
「はっはっは、それ見たか、妾が1番旦那様を喜ばせたぞ!やはり妾こそ妻に相応しいのじゃ!」
セティは自慢げに胸を突きだし、空を見上げるほど仰け反り高笑いしている。それが平らな胸であることを余計に強調しているが本人は気付いていない。
そんな様子に呆れたのかファスはセティを無視して話を進める。
「御館様、それぞれの報告からまずは川沿いに東に向かうのが良いかと思われますがいかがでしょうか。」
「あぁ、そうだな。まずは人のいるところに行きたいからな。ただ川沿いに異動するのは却下だ。東に進んで出来れば草原を進みたい。」
不思議そうにする一同に零は続けて口を開く。
「西側に森と山脈があって街道を発見出来なかったことを考えるとここより西に人里があるとは考えにくい。ということは今から探す人里がこのあたりの最西端の村である可能性が高いからな。そうだとすれば人里のないはずの西から来る人間は怪しいと思わないか?」
「でもお兄様、でしたら人里を見つけたら街道のあるほうに回り込んではいかがですか?」
「確かにそれもありだね、スー。だが、モンスターのいる世界だ。俺たちの拠点のように探知結界があってもおかしくないし、物見矢倉のような場所から周囲を警戒している可能性もある。ここがファンタジアでないなら俺たちはこの世界ではなんの身分の証明もないしな。出来ればこの世界のレベルがわかるまで怪しまれる原因は少ないほうがいいだろ。」
零の考えを聞くと一同は称賛の言葉を発する。
「さすが、わたくしのお兄様。」
「そうだね、さすがあたしたちの兄ちゃんだね!」
「うむ、感服致した。」
「はっはっは、良いのじゃ良いのじゃ、夫に尽くすのは妻の役目なのじゃ。やはり妾を妻にして良かったであろう。はっはっは。」
などなど。一人まだ妄想から帰って来ていないが。
「流石は我等が主。感服致しました。ではここより東に向かいましょう。飛んで参りますか?」
「いや、俺もモンスターと直接戦ってみたいし、飛んでいくのはなんとなく味気ない。騎獣に乗っていきたいな。まだ異次元倉庫にはまだ食料はあるな?」
零はメイドたちに向かい聞くと食料管理の担当スペラが答える。
「はい、零様。予定されていたパーティーのもてなしの分に加えて五王様方との会議の分も買い足しましたので零様の贔屓にしている店から食料、飲料ともにいつもより多めに入れてございます。それだけでもこの人数でしたら一月は持つかと思います。調理前の素材なども合わせれば半年は大丈夫かと。」
零が思ったより多くの食料の備蓄があったことに驚いた。最近はそういった買い物はメイドたちに任せていたため、こういった用件で必要だからこれくらい買っといてくれ、と言うだけで値段も詳しい量も指定していなかったからだ。ちなみに零の贔屓の店、というのはゲーム外から参入した店で支払いは課金貨幣。モンスターなどからドロップする素材でも食用に出来るものはあるが調理スキルがなければ食べれない上メイドたちの中で調理スキル持ちはスペラのみ。しかもレベルは1。料理というにはあまりにも単純な切る、焼くしかできない。レベルを最大にしてもそこまで旨くないと聞き、育てるのをやめてしまったのだ。よく考えたらスキルでめちゃくちゃ旨いものが食えてしまっては参入する企業や店舗がいなくなってしまうのだから当然といえば当然であろう。KOFの運営とて慈善事業ではないのだ。
「なるほど…となると出来れば食料の補充というよりコックが欲しいな。まぁそれは人里を見つけてからだな。とりあえず出発は一時間後。一応ここにいた痕跡は消しておけ。各自準備にかかれ!」
「はっ!」
零の号令で一同は臣下の礼を取り、各々行動を開始する。
零は待っているもの未知に一握りの不安とそれを握り潰さんばかりの興奮を感じていた。
なるべく多くの未知を体感したい。そして願わくばそれら全てを自らの手中に納めたい、と。
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