零から始める異世界支配

花千歳

Prologue

「くっそ、全然落ちねぇじゃないか。」


 ドロップ素材を確認しながら彼は愚痴を垂れた。彼はつい最近追加されたダンジョンでのドロップ素材で強力な装備が作れることを知ってそのダンジョンに籠っていたのだが、件の素材のドロップ率が思った以上に低く予想外の収穫の少なさについ苛立ってしまった。


「御館様、そろそろ消耗系アイテムが底をつきそうです。近接職の装備も補修が必要かと。何より既に10時間を越えます。御館様も少し休まれたほうが良いかと存じます。」


 彼に意見をした人物の後ろにいる者たちも同意を示すように頷く。彼を御館様と呼んだ者とその後ろの者たちは彼が造り、手塩にかけて育てたNPCたちだ。この[キングダムオブファンタジア]、通称KOFというゲームでは各プレイヤーがそれぞれ最大9人の臣下というNPCと非戦闘用のNPCを数名造ることが出来、共に冒険や対戦、生活を行う。無論、ゲーム内にはその他多くのNPCが存在するが彼等はそれらとは全く別物だ。臣下たちは成長し、学習する。ただレベルやスキルを成長させるだけではない。この学習という部分がこのゲーム最大の売りの1つだ。彼等は最初は話しかけても会話はちぐはぐ。戦闘では後衛職であるにも関わらず主人の目標とは違う、近くの敵をひたすら杖で殴るといった稚拙な行動をとる。しかし彼等を連れて冒険や生活をしているうちに会話や主人の戦い方を学び、会話は滑らかになり、戦い方は臨機応変になっていく。彼等ほどになれば頭上に表示されるアイコンを見なければプレイヤーと見分けはつかないだろう。そんなゲーム内でも屈指の成長と学習を積み重ねた者たちの主人こそハンドルネーム「零」、ゲーム内五指に入るとされるプレイヤーである。

 

 零は拠点である城に帰還すると倒れこむようにソファーに横たわる。KOFは五感体感型のゲームでゲーム内でも疲労を感じる。攻撃されれば痛みもある。流石に剣で切られたり炎で焼かれたりという痛みを再現すると脳死などの可能性があるためその辺りは再現されていないが。もちろんログアウトすれば疲労等は消えてなくなる。零には技術的なことは詳しくはわからないが脳に信号を送ることでそういった感覚を再現、調整しているらしい。


「もうおやすみになられますか?」


 そう尋ねながらメイド長のクロハが零の前にコーヒーカップを差し出す。彼女の言う「休む」とはログアウトするということだ。ちなみにコーヒーカップの中身はコーラだ。彼はコーヒーが苦手でコーヒー牛乳より苦いものは飲まない。何故コーヒーカップを使っているかというとそれが部屋の雰囲気に合っているからだ。


「いや、まだだ。0時から他の奴等と中立都市の俺の屋敷で次回の戦争の会議をする。今回はホストだから早めに向かう。食料と今日使ったアイテムの補充も頼む。あとは向こうの店にアクセサリーを追加したいから準備しておいてくれ。その間少し寝るよ。」

「左様ですか。では30分程でございますね。準備が出来ましたら起こしに来させます。」


 頼むよと言い、手をぷらぷらと振るとクロハが御辞儀をし、部屋を出ていく。戦争とはゲーム内の用語で毎週土曜に行われる大規模PVPのことである。プレイヤーを4チームに分けて毎週2試合、計6試合の総当たりを行い、優勝したチームの所属者は次回までの2週間ボーナスダンジョンへの挑戦権を得るというものだ。何故それについての会議をするのかというと零を始めとするゲーム内で五王と呼ばれるゲーム初期からのヘビーユーザーの戦力が過剰であり、戦争実装した当初はこの五王の多いチームが勝つということを繰り返していたため、他のプレイヤーたちから不満が噴出したため零たち五王は4人がばらけ、一人は不参加にするという取り決めをした。ちなみにこの問題は問合せ等で運営も当然把握しているはずだが、この運営は超放任主義でゲーム内のプレイヤーのパワーバランスなどには一切干渉しないということを公式に発表している。また五王の過剰な戦力についてもゲーム内の装備やスキルは十分なテストをした上で決定しており、特定のプレイヤーが突出しているのはプレイ時間や効率、課金などそのプレイヤーの努力の結果でありそれについても干渉しない旨を発表している。

 そんな訳で零はトッププレイヤーであると同時にゲーム内のパワーバランスの管理者でもあるのだ。これについて零自身は特に面倒も感じていないし、五王と呼ばれることも嫌いではない。むしろ憧れていた織田信長などのような戦国大名になったようである種の満足感や優越感すら感じている。元々そういった力を手に入れたい、何かを支配したい、上に立ちたいという欲があることは自覚していた。しかし現実でそれを満たすのはなかなか難しい。そういった辺りを擬似的にでも満たしてくれるのもKOFを続ける一因だろうと考えていた。

 

「零様、御時間ですわ。」


 零がゆっくりと目を開くと見慣れた顔がこちらを覗いていた。

「あぁ、ココロか。ありがとう。」


 零が起き上がるとココロがコーヒーカップを差し出す。今回は麦茶だ。これは子供の頃からの習慣でメイド達には当然それを把握させている。


「準備は出来ておりますわ。御召し物は何になさいますか?」

「そうだなぁ、この前作ったセットにしよう。」


 零は先日課金貨幣で買った外装を指定する。それは有名ブランドがKOF内に出した店にオーダーメイドした一点ものだ。こういった他業種がゲーム内で経済活動を行えることがKOFのもうひとつの売りである。


「畏まりました。」


 零が鏡の前に移動するとココロは零に服を脱がせては着せていく。KOFというゲームはファンタジー世界でのリアルな生活というコンセプトがあるらしくこういった着替えなども他のゲームのように一瞬で行うことはできない。早着替えというスキルもあるがこれもほんとにただ急いで着替えるだけのスキルである。零は急かされている感じがするのが気に入らず、どのNPCにもこれを習得させていない。


「終わりましたわ。流石零様でございます。よくお似合いですわ。」

「良かった。こういう防具以外のファンタジーチックな服装も作ってみたかったんだよ。」


 零は鏡に写った自身の姿を確かめる。それなりの金額がしただけあり、着心地も含めて満足のいく出来だ。


「さて、行こうか。」


 部屋を出るとココロ従え、玄関ホールに向かう。そこから移動用のゲートを用いて中立都市の屋敷にワープするのだ。

 零の姿が見えると臣下9人、ココロを除く主要メイド達が頭を下げる。これが毎回会議に動向させるメンバーだ。戦闘用の臣下達まで同行させる理由は別に戦闘をするわけではない。そもそも中立都市での戦闘は経験値や資産に割合でペナルティがかかる。それがもし零達五王クラスに発動すれば笑い事では済まないレベルの損失だ。では何故同行するのかというと極めて単純な理由、自慢だ。それと少しの、ごく表面的な、情報交換のためだ。こんな外装を買ったんだぞ、このアクセサリーはあのボスからのレアドロップの中でも低確率の素材で作ってるんだという具合の幼稚な理由である。


「御館様の御命令通り準備は整えてございます。」

「御苦労。じゃあ行こうか。」


 零はNPC達の先頭に立つと手をかざし、脳内でスキルを唱える。漆黒の球体にしか見えない拠点間移動用のゲートが開くと零はゲートに向けてNPCと共に歩きだした。

 

 零も、いや誰もが予想していなかっただろう。ゲートの先に本当の、現実(リアル)でありながらファンタジーの世界が待っていることを。

 

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