退屈な世界の憂鬱を吹き飛ばす超革命的高校生集団

1.*決意

「演劇部に入る」


 二日間の振替休日が明けて、木曜日。昼休みの中屋上で、少し見栄えのよくなった、田中真由子・改(相変わらずカチューシャ装備)は、唐突にそう宣言した。

「…………は?」

 おかずを口に運ぶ手が止まる。展開を飲み込めず困惑していると、誰も頼んじゃいないのに田中真由子はなにやら矢継ぎ早に弁明をし始めた。

「新歓の時はあんなに馬鹿にしてたじゃん」

「……文化祭で見直した」

 過去の発言と整合性を取るために、言い訳めいた言葉も飛び出しつつ、

「SSS団とは別に、何か文化的な活動を並行させても、私たちの活動に支障はないと考えた」

 ごちゃごちゃと説明されたが、要約するとつまりこうだ。


『悠歩先輩と智佳先輩に憧れたから』


 ――端的に。

 気持ちは分かる。大いに共感できる。

 夢見る〝青春〟のひとつの完成型を、魅せつけられてしまった文化祭。

 演劇部だけじゃない。岡野を始めとした、それぞれの高校生活の有り方。それらに感化され、触発されるのは不思議なことじゃない。俺だって、自分も何か部活に入っておけば、と、確かにそう思わされた。先輩たちと関わる中で、聞かせてもらったたくさんの思い出話も、どれも魅力的で、自分もその場にいたかったと思わず悔しくなってしまうような、きらきらした、確かな〝物語〟で、それらに憧れる気持ちだって、大いにある。

「……でも、悠歩先輩も智佳先輩も、もう引退したぞ?」

「分かってる」

 ……そうか、そうかなるほどお前ようやく、自らの夢の実現のため、あるいは社交性を育むため、その一歩を踏み出したいと思い改まったわけだ。いいじゃないか。いいじゃないか! 人類にとっては全く以てどうでもいい、小さな小さな一歩かもしれないが、お前にとっては間違いなく偉大な一歩だ。ああ、いい。いい傾向だ。応援する。応援するぞ、俺は!

「いいじゃん、部活。頑張れよ」

 しかし俺の後押しに返事はなく、視線を虚空で固定したままで彼女は黙り込む。

 しばらくして、ぽつりと、どこか意を決するように、田中真由子は言う。

「セキヤも」

「……ん?」


「セキヤも一緒に、演劇部」



「――なあなあなあなあ」

 六限前、廊下。教室の方に目をやりながら、声を細め言い寄ってくる三橋。

「何があったんだよ。朝から話題だぞ」

「何がだよ」

「まゆちだよまゆち」

「だからその呼び方は、……あいつがどうしたって?」

「髪型とか、いろいろ。遅ればせながらの高校デビュー?」

「あー…………」

 そうか、そうだよな。確かにそう思われても不思議じゃないのかもしれない。振替休日が明けたら、あの田中真由子が、年相応の女の子らしい見た目で、登校してきたのだから。

「あれね、うん、先輩がいろいろ施してくれた」

「先輩? あいつ部活なんて入ってないだろ? ナントカ団か?」

「いや違うよ、演劇部の三年の先輩」

「…………は? いや待て、意味が分からん全然分からん」

「あいつのこと可愛がってくれてる演劇部の先輩が、振替休日にいろいろとやってくれた」

……? あのまゆちが、可愛がられている……?」

 驚嘆の表情で、教室内の彼女と俺の顔を交互に窺う三橋。

「そういうこと。不思議なこともあるもので」

「誰だよその先輩って、男――ではないだろうから……名前、名前は⁉」

「なんだよ、やけに興味津々だな」

「そりゃ当たり前だろ! あのまゆちだぜ?」

「……ま、そうだよな。――智佳先輩だよ。言って分かるか? 渡瀬智佳さん」

「……渡瀬……あー! っと、あれだろ、ほら、文化祭でオープニングの司会やってた先輩の、彼女! えっと、滝、滝田……」

「滝澤な。悠歩先輩にも気に入られてるよ、あいつ」

 というか、悠歩先輩と智佳先輩の関係って有名なのか。

「……は――――まるで意味が分かんねぇ……何があったんだよ一体……」

 大きな溜息を漏らし、天井を仰ぐ三橋。そこまでの反応をするほどのことなのだろうか。

 もしかしたら俺と三橋のようなタイプの間には、彼女のような人間に対する捉え方に根本的な隔たりがあるのかもしれない。

「まあ正直俺もよく分かってないよ。意外と年上からしたら可愛い……らしい?」

「よりによってあの演劇部の先輩たちだろ? なんかスゲーな、ちょっとあいつ見る目変わったかも」

「……なに、有名なの? 悠歩先輩たちって」

「あんだけ面白けりゃ嫌でも名前覚えるだろ。去年とか校内でゲリラパフォーマンス? やったりしてたらしいし、放送部と仲良いから昼休みの放送にも出てたりとか。ほら、俺らが入学してからも何回か――って、お前いつも中屋上にいるから知らないか。教師からの人望も厚いらしいし、文化祭で印象に残った一年もたくさんいるんじゃねーの? 俺もそのクチで部活の先輩からいろいろ聞いたんだけど、高一から付き合ってる彼女がいて、その人もすげー美人だって話で――」

 …………ほう。なるほど。いや、すごい人たちだとはずっと思っていたけれど、そこまでだったとは。何故だか妙に、俺が誇らしい。

「なに、もしかしてお前もその先輩と仲いいの?」

「うん、一応、俺も贔屓にしてもらってる……と思ってる。その先輩たちと、あいつと、四人で昨日出掛けて、御覧の通りの変貌を遂げたってわけ」

「びょえぇ~~~~っ……なにお前なに、何なの? 何があったの? ナントカ団とか言ってどう考えても学園のツマハジキ集団だったじゃん⁉」

「…………いや、うん、そうだよ。その通りなんだけどさ……どうやらあの活動をやってたからこそ、先輩たちと知り合えたっぽい節もあるし……」

 興奮しているのかなんなのか、鼻の穴を拡げながら、首を傾げる三橋。説明すれば長くなるし、どうしたものかと考えていると、六限開始のチャイムが鳴った。

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