3.田中真由子改造計画

「なんかいいね、なんかいいねこういうの!」

 セットメニューの焼きたてパンをちぎりつつ、智佳先輩がにやにやしながら言う。

 電車に乗って、やってきたのは隣街のショッピングモール。服屋、雑貨屋、本屋、映画館にゲームセンター、いろいろ揃って駅から二分。ありがちな地方都市の大型複合施設。

 モール内のパスタ屋さんでランチ。照明を落とした、落ち着いた雰囲気の店内。左隣に座るは田中真由子。家族以外と来たことありませんというぎこちない挙動で食事をしている。正面には滝澤・渡瀬カップル。

 うーん、テーブルを挟んだこの温度差ね。

「演劇部の後輩とはさ、こういうのないじゃん、こういうの! 実は私、結構憧れてたんだよね~~~~ふふふふふ」

 それは言うなればまさに満面の笑み。頬を緩める可憐な智佳先輩。しかし隣の悠歩先輩はあまり興味なさそうに――というか目の前の和風きのこパスタに集中している。

「可愛いよねぇ君たちは本当に! うんうん! ねぇ悠、私たちも先輩たちからこんな風に見られてたのかなぁ!」

「さあ、どうだか」

 悠歩先輩は一心不乱にパスタを巻き、口に運んでいる。そんな先輩の肩を不機嫌そうに智佳先輩は小突く。

「もー! ちょっとはこの場を楽しみながら食事してよね!」

「智佳これ何選んだんだっけ、ちょっと頂戴」

「ん、いいけど」

 ……このお二人は本当にいつでも仲睦まじく楽しそうで、些細な挙動や仕草で、互いが互いのことをちゃんと理解しているのだということが伝わってくる。くっつき過ぎず離れ過ぎず、多分ちょうどいい距離感で、だからこそこうして、当たり前みたいに隣にいることができるのだろう。はぁ……羨ましい、何ですかこれ。

 思わず溜息が零れて、なんとなく隣で食事をしている小娘に目をやる。


 ふむ、なるほど。縮毛をかけて横顔の雰囲気も変わったというか、しゅっとしたように感じられる。真正面だとどうにも気が散ってしまいちゃんと見ることができなかったけれど、その髪型ならカチューシャもギリでアリな気がしなくもないな。ギリで。

「…………なに」

 視線に気づいたのか、こちらを見ないまま田中真由子は小さな声で鋭く呟く。

「……別に」

 そう返事して俺もパスタに戻る。うーん、この温度差ね。



「今日はメンズの居場所がない」

 女性陣は女性服売り場にて田中真由子の服を吟味中。男性陣が女性服売り場にいても仕方がなく、互いにファッションセンスもないため助言などもできないということで、メンズ二人は女性たちの元を後にした。去り際の田中真由子のちょっとだけ絶望した風な表情はなかなかに面白かった。いい機会だから鍛えてもらいなさい。

「俺、服とかマ~~ジで分かんねーからな。何が楽しいのかさっぱりだ。女共が化粧品売り場なら、男共はサブカル雑貨屋と洒落込もうじゃないか」

 すっかり名も知れた某有名サブカル雑貨店。ごちゃっとした店内レイアウト。所狭しと並ぶ商品。説明文が全く読めない輸入品から、何の説明書きもない用途不明なものまで様々で、時間潰しには持ってこいの場所だろう。書籍コーナーが何気に現在のトレンドをちゃんと反映していて、なかなか信頼できるのだよな。

「う~ん、サブカリゼーションの波にやられてしまう」

 ……などと呟きながら悠歩先輩は、某激亀忍者のグッズコーナーで目を輝かせながら商品を吟味している。オタク気質、というかなんというか、多分悠歩先輩もそういう部類の人で、だからこそ田中真由子や俺とも関わってくれるし、話が合うのだと思う。某スぺオペ超大作、アメコミ、レトロゲーム、様々な特集コーナーに足を止めては楽しむ先輩。いやはや雑多な興味関心だ。


「お、なんかこういう、ヘアピンなんかを、買ってやるのが、いいのではないか?」

 ふと立ち止まる店内の一角。男だったらまず素通りする、ファッション小物のコーナー。

「……あいつどうせカチューシャしかつけないような気もするんですけどね」

 先輩の提案に、商品棚に顔を近づけ、いろいろと見比べてみる。

「こういうもののセンスも無論ないので、何を選べばいいのやら……」

「気持ちだよ気持ち。お洒落になりますように、ってさ。今日はそういう日なんだろ?」

「……そう、ですね」

「金ある? 半額出すか?」

「……大丈夫です、お気持ちだけもらっときます」

 そうして俺は分からないながらも、猫の全身があしらわれた小洒落たヘアピンをひとつ、なんとあの田中真由子のために、買ってみたりした。



 待ち合わせ場所のカフェに到着するとそこには、両脇にショッピングの成果をたらふく抱えた智佳先輩と、相変わらず髪と人目を気にする田中真由子が座っていた。

「いやあ、ははは……つい楽しくなっちゃって。私も結構お金使っちゃった」

 首を傾げて、無邪気にはにかむ智佳先輩。可愛い。

「あ、何それ新しいやつ? 俺も飲もっと」

 悠歩先輩は、智佳先輩が手にしていたなんとかフラペチーノみたいなやつを指差して、「セキヤンも飲もうぜ、奢るわ」とカウンターへ向かった。

 ……よし、ここだけの話初めて足を踏み入れた場所だけれど、どうせだから思い切ってデビューしてみようじゃないか。

 奢ってもらうなんて厚かましいと断ったけれど先輩面させろと取り合ってもらえず、結局悠歩先輩の奢りで噂に聞くキャラメルフラペチーノなる飲料をいただく。

 席に戻り、四人で一息つく。夕方近くなり心なしか客も増えたような気がする。

「こういうとこ来たことある?」

 くつろいで談笑する先輩たちを横目に、小声で田中真由子に尋ねる。こやつも何か買って飲んでいたが、やはりどこか落ち着きなく、挙動もぎこちなかった。

「…………ない」

「実は俺も。どうだった? 智佳先輩とのショッピング」

「ふりまわされた」

「はは、そっかそっか」

「でも楽しかった」

 そう言って、気恥ずかしさを誤魔化すように飲み物のストローに嚙みつく田中真由子。


「あ、そうだこれ」

 俺は手に持っていた雑貨屋の袋を手渡す。

「……なに?」

 目を細めて、訝しげに袋を受け取る田中真由子。

「ヘアピンを、買ってみた」

「……自分でつけるの?」

「……お前にだよ」

 田中真由子はゆっくりと、手元の袋から顔を上げる。分かりやすく、目を丸くして。

「あ……っと、その、悠歩先輩が、買ってやったらって、言ったから……」

 ふとこちらが気恥ずかしくなってしまう。慌てて飲み物に口をつける。

「……ありがと」

「似合わないカチューシャはやめなさいというメッセージを込めてある」

 その返事に、じっと睨みつけられ、一言。

 「前言撤回」

 思わず二人して吹き出した。



「はいはいお待たせしました~」

『田中真由子改造計画(勝手に命名)』最後の工程は、ここ智佳先輩の自宅リビングで行われる。自室から、両手いっぱいに女性らしさ溢れるブツをたくさん抱えて戻ってきた智佳先輩。ファッション誌だとか、鏡だとかポーチだとか、男にはさっぱりなアイテムたちである。

「よーし、それじゃあ可愛くなるぞー、おーっ!」

 嬉しそうに、智佳先輩は可愛らしく右手を掲げる。全ての挙動が魅力的。

 最後はお洒落のお勉強だ。先輩の隣、ソファーの上で気後れしている田中真由子に、先輩は唐突に尋ねた。

「まゆちゃん! あなたは、可愛いか可愛くないかだったらどっちがいいですか!」

 突然の質問に対し言い淀む田中真由子。返事を待たず、智佳先輩は質問相手を替える。

「悠、イケメンかイケメンじゃないか選べるとしたらどっち選ぶ?」

「イケメン」

「セキヤくんは?」

「……イケメン、ですね」

 その問答を経由して、再び田中真由子に向き合う先輩。

「可愛くないよりは、可愛い方がいいよね?」

 少しの間。田中真由子は黙って頷く。

「いい? 容姿でナメられないことって、多分まゆちゃんが思ってる以上に、大切なことなの。前も言ったけど、それは美人とかブスだとかって話じゃなくてね」

 ぐに~と、田中真由子の両頬をいじりながら、智佳先輩は言う。というか田中真由子、結構好き勝手もてあそばれている割には、あんまり拒絶しない。なんだかんだ心を開いているのだろうか。ここまであいつに近づいた人って、もしかしたら初めてなのでは……?

「見た目の印象なんてね、存外簡単に変えられちゃったりするの。あとは愛嬌さえあれば、下手すりゃ暗~い美人よりモテちゃったりもするんだから!」

 そこはかとなく女性らしい生々しさが垣間見えた気もするが、それは多分男にしたって同じ話だろう。全く以て正論だ。田中真由子は正論に弱いが、智佳先輩は愛を以て、お前のことを想って言ってくれているので、しっかり耳を傾けておけよ、田中真由子。

「というわけでこれから、私と一緒にお勉強していきましょう。大丈夫、そんなに敷居の高いことじゃないから、安心して」

 そう言いつつ、今日買ったものを袋から取り出したりしながら、ソファー前のテーブルはわちゃわちゃとセッティングされていく。

「誰だって初めは背伸びから始まると思うの。ほんの少しだけ踵を上げて、それまで掴もうとしなかったものに、思い切って手を伸ばす。そうすると意外と、それがなんてことない手触りをしているものだって気づけたりして……」

 言いながらも智佳先輩はぱきぱきと準備を進めていく。そうして、

「よしっ! 準備完了!」

 ぱん、と手を叩いて改めて、田中真由子に顔を向けた。

「比較的ユルい我が校の校則の、さらにその合間を縫って最大限のお洒落をっ! 北高女子の総意ですよこれは」

 情熱的指南が始まった。無論男性陣は全くついていけず、しばらく経った頃にはモール内の本屋で買った書籍も読了半ばで、悠歩先輩が退屈を漏らし始める。

「智佳ぁ~今日はメンズの出る幕ないぞ~」

 しかしその不満は意外と跳ね返されることはなかった。智佳先輩は言う。

「あ、今からちょっと女の子の話するから! 二人はどっか行ってて!」

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