学園祭

1.北高祭

 そうしてやってきた文化祭、田中真由子にとっては〝やってきてしまった〟文化祭。女子たちは普段以上に気合いを入れたオメカシをして、ここで男捕まえなかったら世界終わりますみたいな臨戦態勢。そんな空気を察してなのかどうなのか男子たちも浮かれているご様子。オタク男子たちは教室端っこに集まってカードゲームの話に花を咲かせている。そういう青春の形も、きっとアリで。


「じゃあ各自、前日配った時間割りに合わせて会場係をお願いします!」

 クラス展示は発案者山田さんの見事なリーダーシップによって楽しく完成し、当日を迎えた。机と椅子を積み上げて誘導路を上手く作り、教室後ろの扉から入場して教室内をぐるっと前扉まで歩くと一枚の巨大な巻物風絵本が楽しめるという寸法だ。会場設計は倉内くん。先に待つイラストたちが目につきにくい配置、なかなかいい導線計画だと思うぜ。

 肝心の絵本においては、思わぬセンスを発揮させた者や、あまりにも下手すぎてクラス中の笑いをかっさらった者、ハイクオリティイラストを披露した絵心ある美術部員など様々で、ストーリーは二転三転、空気も読まずぶっ込まれる新キャラ、果てはまさかの担任ご登場で世紀末救世主よろしくバイオレンスアクションにもつれ込む。劇画タッチがめちゃくちゃ上手い掛井くんは漫画家志望らしい。――といった感じで設営の時が一番盛り上がった。「自分が描いた絵は直後の人以外に見せず、文章だけを伝達していく」という山田さんの制約は、何よりもクラスメイトたちが楽しむために一役買ったわけだ。もうMVPですよ、山田さん。

 教室展示は見張り役を二、三人ずつ時間交代でつける簡単な運営で、文化祭も充分楽しめるという算段だ。山田さん、尊敬します。控えめだけど可愛らしい顔つきだし、正直モテるでしょう、あなた。


「じゃあ体育館向かおっか~」

 クラス委員長が言う。この朝ミーティングの後、待っているのはオープニングセレモニーだ。二日間の文化祭と、続く体育祭の始まりを告げる全校生徒参加の盛大な開会式。事前情報によればなんとその司会進行は悠歩先輩がやるらしく、個人的な期待度も高い。

 高校生初めての文化祭。わいわいと会話しながら次々と教室から出ていくクラスメイト。それぞれどんな思いで今日を過ごすのかは知る由もないけれど、クラスメイトの顔は皆誰しもが明るく楽しそうで、改めて特別なイベントなのだと実感させられる。


 ――そして、その人波に取り残された、そうまさに取り残された、どうにも楽しくなさそうな表情で突っ立っている少女が一人。

 腕組み仁王立ち、体育館へ向けて流れていく廊下の生徒を無言で睨みつける。


 ご存じ、田中真由子である。


 気づけば教室には俺と彼女だけ。廊下の騒めきは、どこか遠い。

「そろそろ気ぃ張るの止めたらどうだ?」

 完成した絵巻風展示をぐるっと眺めながら、田中真由子に言う。

 彼女の方へ振り返ると、尖った視線が俺を刺した。

「……なんだよその顔」

 とはいえこの表情はいつものことで、特段気にする必要はない。

「リレー絵本、楽しかったよな。山田さん、おしとやかに見えてしっかり者なんだな」

 無言のまま口をひん曲げている田中真由子。よく見ると今日のカチューシャは花柄だ。お前でもこういう日にはちょっとだけ、オシャレしたりもするんだな。

「結構絵上手いじゃん」

 展示パネル。出席番号順に並ぶイラストたちの中で、特に味気があるわけでもない、いかにもな美少女イラストが描かれた一枚。記された出席番号は俺のひとつ後ろ、真横で腕を組む彼女のもの。存外堅実なストーリー展開で、俺の絵から続いているのがなんだか笑える。

「さ、行こうぜ」

 彼女の背中を押して廊下へ向かわせる。俺も一緒になって歩き出す。

「司会は悠歩先輩だぜ。楽しみだな」


 皆よりも一歩遅れて、賑やかな人の波に混ざっていく。



「――さあさあ、というわけで始まりますね文化祭!」

「いよいよですね、僕たちにとっては最後の文化祭ですよ」

「いやぁほんと、ここまであっという間でしたね! いろいろ思い出がありますねえ。去年の文化祭じゃあ伊藤先生が藤宮先生に公開プロポーズをしたりとか……」

「してないしてない。歴史を捏造しないの」

 体育館中が笑いに包まれる。悠歩先輩と、同じ演劇部の三年生だという鳥居先輩の二人が、軽快な口調で会場を盛り上げていく。さすがに演劇部だけあって、舞台慣れしている感じがする。

「というわけで今年は我々演劇部の二人が司会をさせていただくことになりましたので」

「なりましたので?」

「事ある毎に文化祭公演のステマを挟んでいこうと思います」

「こら」

「さあ! まずは皆さんお待ちかね、吉岡先生率いる中年教師バンドの演奏です! 去年に引き続きヨッシーの冴え渡るスーパードラムテクニックをとくとご覧あれ!」

 合間合間に各団体の発表を挟みながら、オープニングセレモニーは進行する。高校一年生の俺にとっては何もかもが新鮮で、どうしようもなく胸が躍る。

「というわけで今年も去年に引き続き、軽音楽部さんの作詞作曲による文化祭オリジナルテーマソングの演奏でした!」

「いや~いい歌! 爽やかな青春の情景! 瞬間を凝縮したような煌めきの……」

「はい、というわけでこちらデンっ! 我々の入学した二年前の四月からの時事年表を作ってまいりました」

「いや~、校長と教頭の漫才が見られるのは、北高文化祭だけ! 先生方の次回作にご期待ください!」

「それでは参りましょう、出展・企画三十秒宣伝コーナー!」

「あれ、演劇部は? 大事な宣伝タイムなのに……しょうがねえ、じゃあ最後に俺がやるか」

「わーっはっはっは! 司会者特権だ! 演劇部の宣伝は時間無制限!」「取り押さえろ!」

 体育館に広がる笑いは止まらない。ああ、やっぱり何か部活に入ったりするのがいいのかもしれないな。なんて、六月にもなって今更すぎるだろうか。



「――それでは、三日間の北高祭、スタート!」

 司会の二人が右手を高く掲げ、声を揃えて宣言した。大きな拍手が会場を包んで、これより自由行動ですというアナウンスが入る。仕込みや発表のあるであろう人たちはそそくさと体育館から退出していく。プログラムを読みながらどこを回るか話し合う生徒たち、そのまま体育館で行われる有志ステージ発表を座って待つ生徒たち。あるいは中には、「文化祭なんてクソだ」と、さっさと部室かどこかに籠ってしまう捻くれた生徒だっているのだろう。

 三者三様それぞれが、きっといろんな想いを抱きながら、文化祭は幕を開けたのだ。


「誰かと回る約束とか、してんの?」

 入学当初に茅原さんと交代した席順。隣の席の田中真由子に俺は尋ねる。

 返答無し。

 まあ、しているわけないよな。

「一緒に回るか?」

 その言葉に、顔を少しだけこちらへ向けた彼女と、一瞬だけ目が合って、

「……当たり前でしょ。元々そのつもりだったんだから」

 ふんっ、と田中真由子は偉そうに、どこか安心したように、腕を組んだ。

「セキヤはSSS団の団員なんだから、当然」

「へいへい、そーでしたそーでした」

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