4.先を征くひと
「やっぱり気になるか?」
「……別に。なんとなく」
「素直じゃねぇな」
「うるさい」
どういう風の吹き回しか、偶然出会った二人の先輩。男の先輩――悠歩さんの方は「気に入った」とまで言ってくれて、よかったら練習を見に来て、と言ってくれた。不思議なこともあるものだと感心する。年上の人たちから見たら、あの田中真由子の存在もまた、違った風に見えたりもするのだろうか。
何かを感じたのだろう田中真由子はそれから、時間を合わせるように下校を遅らせるようになった。気づけば俺たちは、放課後中央公園のステージに向かうのが日課になっていた。
二人の練習を眺める。演技の最中の二人はそれまでの陽気さが隠れ、ぐっと集中してぴりぴりとした空気を纏う。その迫力に思わず惹き寄せられる。しかしひとたび場面の区切りがやってくれば、ふっと笑顔が舞い戻り、親しげに改善点を語り合い、俺たちにも感想を訊いてくれる。芝居のレベルも高く、思わず見入ってしまう。
「大会、ですか?」
「そ。高校演劇にはね、秋に行われる大会があるの。最初は地区の高校で集まって、それぞれが作ってきた芝居を上演して、審査員の講評で優秀と認められた学校が都道府県大会に出場、そこでさらに認められたらブロック大会、そして最後は全国大会」
「シンプルな話、いい芝居して勝ち上がっていくトーナメントのことだな」
「なるほど……。で、関東ってことは……ブロック大会まで行ったってことですか⁉」
「そういうこと」
悠歩先輩はにやりと笑ってブイサインを突き出す。
先輩たちの代は二年生の時、高校演劇の大会で関東大会まで出場したらしい。全国行きは逃したが、関東大会でも優秀賞、簡単に言えばそのブロックの全国出場組の次に優秀という結果まで残せたという。全く知らなかった。そういうのって実績としてもっと学校側がアピールするものじゃないのか?
「そんなこと知らなかった、って思ったでしょ?」
「――っ! はい、正直……」
「ウチの高校、吹奏楽部ばーっか贔屓してさぁ。同じくらい毎日活動している文化部である俺たちのことは下に見ていやがんだよな~。確かに吹奏楽部は全国行ってるけど? 関東まで行ったのに『演劇部の部室を女子更衣室にしようと思っている』とかさぁ~~、あの時は全力で抵抗したね。これだから文化に疎い体育教師は……」
演劇部ならではか、身振りをつけ体育教師の声真似をしながら語る悠歩先輩。今のわずかなやりとりだけでも、たくさんの歴史、物語があったのだろうということが想像できて、なんだか羨ましくなる。純粋にもっと、先輩たちのことを知りたいと思わされる。
「先輩たちの話、もっと聞きたいです。思い出話とか、いろいろ」
その言葉に、三年生の二人は顔を見合わせて笑って、楽しそうに話してくれる。隣の田中真由子も興味津々で聞き入っている。先輩たちの口から飛び出すたくさんの思い出は、ドラマは、それはまさに――――
「映画を撮る」
田中真由子が言った。
「馬鹿言うなよお前、現実見ろ」
俺は即答した。
「二人だけしかいない俺たちでどうやって映画撮影すんだよ!」
唐突に提起されたアイディアはあまりにも非現実的で、まったく、こいつには地に足の着いた想像力というものがないのだろうか。その思考回路がどうなっているのか真面目に気になるよ、本当に。
「流行りのモキュメンタリー。低予算でできるらしい」
……提案自体は悪くないないかもしれないが、しかしだな、
「……じゃあ訊くが、脚本は誰が書く。芝居は誰がする。小道具は誰が作る。それをもう二週間もない期間で完成させて、生徒会だか文化祭委員だかに取り合って上演させてもらうんだぞ。それがお前にできるのか?」
「あの三人組に頼めばいい」
おそらく三橋を始めとした友人たちのことを指しているのだろう。
「……バカ言うな。俺が提案してあいつらと四人でやるなら話は違うだろうけど、お前が企画して監督すんだろ? 喋ったこともない連中と円滑に撮影進めていけんのかよ。つーかまず、コミュニケーション取れんのかお前」
「…………」
黙った。泣きそうな顔をするな。俺は正論を言っているはずだ。ごめんちょっと言い過ぎた。いや、ここで甘やかしたりしちゃ駄目だ。ちゃんと現実的な反論をぶつけてやらないとこいつの為にならないからな。
概ね、悠歩先輩たちの練習に感化されたってところなんだろう。相変わらず突飛なところは変わらない。とりあえずじゃあどんな内容のストーリーを考えているかくらい聞いておこうじゃないか。なに? それはこれから考える? そんなだから駄目なんだよお前は!
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