3.出逢い
帰り道。高校を下って、街の中心部にある大きな公園、通称「中央公園」を横切ると、田中真由子の自宅がある方面へ気持ちばかりのショートカットになる。
公園内の遊歩道は両脇をびっしり木々が覆っているため日陰もたくさんあり、一緒に帰る時は大抵、この公園を横切って帰っている。夏祭りなど各種大きなイベント事が開催され、この街の人なら一度は来たことがあるだろう馴染み深い場所。季節柄、草いきれの匂いが立ち籠めている。
「それからとりあえず、そのカチューシャは取れ。似合ってないから」
「やだ」
「やだ、じゃねぇんだよやだじゃ。浮いてると思わないのか」
「他人の視線とか関係ない」
「いーや嘘だね。お前みたいなやつが実はいっちばん人目気にするタイプなんだよ。五限目だってお前、情けねー挙動で居眠りから覚めて、キョロキョロしてたのバレバレだっつーの」
「――もう! うっさい! 馬鹿!」
「……あのなぁ、だから、俺は本気でお前の、」
「――いい加減にしてよ! そうやっていつだって誰かの何かのせいにして!」
どこからか叫ぶような声がした。その言葉を食うように応酬。
「うるせぇよ! お前に俺の何が分かるっていうんだよ!」
思わず声のした方向に視線を向ける。公園のほぼほぼ西の端にある、小さな野外ステージの上。
イベント事でもない限り全く使われない手狭な舞台の上で、二人の高校生が何やら言い争いをしていた。北高の制服を着ている。恋人同士だろうか。距離にして三十メートルほどのこの場所から見ても、はっきりと美男美女と分かる容姿をしていて、そんな二人の雰囲気は険悪、事態はどうにも深刻そうだった。
やけに通る大きな声で、少し意識を向ければ会話内容も鮮明に聞き取ることができる。
「分かるよ! 分かる! 手に取るように分かる! 尊大で傲慢な考え方も、勘違いの全能感も、思い上がった偏屈な自尊心も、私には全部分かるよ!」
「――ッああ、そうだよ、その通りだよ! 俺はお前の言う通りの、卑しい人間だよ!」
痴話喧嘩かなにかだろうか。気づいたら足を止め、見入ってしまっていた。何故だか妙に、惹きつけられるものがあった。隣の田中真由子も同じように立ち止まって、ステージを注視している。
するとふいに、言い争う二人のうちの女性の方がちらりとこちらを見て、ふっと真顔に変わった。悪い汗が吹き出しそうになる。いや、でも注目されてもおかしくない声量だったし、両者共やけに身振りが大きかったし――彼女は先程まで口論相手だった彼に嘘のようにくすりと笑いかけ、今度は二人が改めてこちらを見た。そして――
男子生徒の方が、微笑みながら大きく手招きをした。
「喧嘩してるように見えた?」
「……はい?」
情けなくもそのまま、招く右手に従ってしまった俺たちは、二人の北高生と対峙した。
おそらく先輩であろう独特の威圧感、しかし至ってフランクに「一年生か」と尋ねられ、返事をした後。意図の不明な質問。喧嘩〝しているように見えた〟とは、どういう意味だろう。
「見えた、っていうか……喧嘩じゃないんですか?」
「おー。ちったあマシに見えてきたかなぁ?」
男子生徒は白い歯を見せて笑う。人を惹きつける、屈託のない無邪気な笑顔だと思った。
隣の女子生徒はそのままの流れで、田中真由子にも同じ質問をする。
「あなたも、喧嘩に見えた?」
田中真由子は訝しげに、しかしこくりと小さく頷く。
「えっと……どういうことなんですか?」
誰だって同じようにするであろう俺の質問に、男子生徒はからりと答える。
「芝居! 俺たち演劇部なんだよ。さっきのは文化祭公演の練習」
「あ……、なるほど」
シンプルな答えだった。つまりさっきのは全て演技だったということだ。それ故に二人はこんな場所で、通行人にも気づかれるほどに通る声と大きな身振りをしていたのだった。
「俺たち喧嘩とかしたことないし、……あとまあなんというか普段の距離感的に? 言い争うとかってできなくてさ。演技とは分かっていても上手くいかなくて」
「は、はあ、そうなんですか」
「ごめんね、訳分かんないよね」
女子生徒が笑って、一言加える。男子生徒と同じくらい、魅力的に笑う人だと思った。第一印象がとてもいい。 セミロングの髪がふわりと揺れて、思わず見惚れるくらいには、可愛らしい容姿をしていた。きっと舞台映えするのだろうなあと、そんな風に思う。
「あれ⁉ ……待てよ、君たちどっかで見たことある……」
突然男子生徒が声を上げ、眉をひそめながら田中真由子を凝視した。人差し指を突き立て、記憶を探る表情でしばし固まる。そして、
「あ! 分かったあれだ! SOS団みたいなやつ!」
そう叫んで、田中真由子に向けて人差し指を突き出した。彼は俺の方にも顔を向け、答え合わせを仰ぐ。田中真由子はたじろいで、俺の背中側に一歩身を引いた。
「……そう、ですね」
何故か気恥ずかしそうに黙り込む田中真由子の代わりに、俺は答えた。
「あ、そんでもって思い出した! 新歓来てたでしょ君たち!」
「……あ、はい、観させていただきました。面白かったです」
「や~ありがとうありがとう。可愛い後輩たちのお芝居、そこそこ好評みたいで何よりです」
大きな両手で右手を掴まれ、ぶんぶんと握手。表情豊かで、明るい人柄らしい。
「で、なに、ハルヒ好きなの?」
表情をころりと変え、にや~っと、男子生徒は悪戯っぽい笑顔で詰め寄ってくる。
「あー……えっと、そうですね、こいつが」
「なるほど? で、実際に結成しちゃおうと」
「ええ……まあ、その、はい」
彼はけらけらと笑ってから、俺たちの表情を見て慌てて訂正を入れる。
「いや、すまん、違うんだ。馬鹿にしてるとかじゃなくて、その、いいなぁと思ってさ」
「いい……?」
「いいよ、いい。羨ましいよそういうの。憧れちゃうね」
「憧れる……?」
「そうそう。俺ができなかった青春を、君たちには是非とも叶えてほしいと思うよ」
「は、はあ……」
彼は深く頷いて微笑む。言葉の意味を考えていると、彼は思い立ったように宣言した。
「ようし、それじゃあ自己紹介をしようじゃないか! 俺は滝澤悠歩。三年二組。演劇部の部長。こっちが渡瀬智佳。三年三組。演劇部副部長」
男子生徒――悠歩と名乗ったその先輩は、隣にいる女子生徒――智佳さんの紹介もしてくれて、そのまま俺たちの名前やクラスを尋ねてきた。田中真由子は喋ろうとしないので彼女の紹介も併せて、俺が自己紹介をする。
「俺たち部活終わった後ここで練習してるからさ、暇なら遊びに来てよ。部活外の人の意見も参考にできたらありがたいし、何より君たちのこと、気に入ったからね!」
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