2.田中真由子の憂鬱
「ところで勧誘はまだ続けんのか?」
「続けるに決まってるでしょ」
中屋上。すっかり馴染み深くなったこの場所で、SSS団会合兼昼食会は雨の日以外毎日決行されている。
最初の方こそ人目を気にしていたけれど、周りの視線にも、悲しいことにもう慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものである。
「そうか……。そうだな、じゃあとりあえず、あの勧誘方法はやめるべきだと提言する」
「……なんで?」
彼女は箸を動かす手を止め、鋭い口調で言い返す。お得意の不機嫌攻撃だ。もう慣れた。
「あー、まずだな、先に断っておくが、この前……っと、あんな風に言ったわけだが、ああ言った以上、今後お前に対して言いたいことは容赦なく言っていくつもりだ。間違っていると思ったら間違っているって言うし、改めた方がいいと思うところはちゃんと指摘する」
「なんで」
睥睨。
「…………」
――前言撤回。言いたいこと容赦なく言うなんてとんでもなかった。幸せになってほしいから、なんて、そこまではさすがに面と向かって言えそうもない。
「……馬鹿にされてほしくないからだよ」
結局言葉になったのはそんな理由。間違ってはいないし、適当だと思う。
「だから、だ。誰かに笑われたり、後ろ指を指されるような行動は、なるべく控えよう。エキセントリックさだけが人を惹きつけるわけじゃない。もっと堅実に、内実で勝負するんだよ、SSS団に入ればこんなことができます、こんな風に楽しいです、そういう風にアピールしていくわけ」
「…………」
なんとまあ反抗的な顔つき。返事は返ってこない。結局そういうところをおざなりにしているってことなんだよな、お前ってやつはさ。
「ま、今日の昼休みくらいのんびりしよう。もう夏が近いな」
彼女から目線を外し空を仰ぐ。風は涼しいながら、もう間違いなく春ではないことを確信させる大気。初夏の匂いを感じていると、隣の小娘はにわかに腰を浮かせ、喚いた。
「ッ! のんびりなんてしてられないから! だって――」
……――五限。退屈な国語の授業。クラスメイトが読み上げる教科書の文章なんて、睡魔と手を繋ぐ生徒たちの頭上を漂って消えて、教師もまたそれが当たり前みたいに淡々としていて、昼下がりのそんな時間、時計の針はちっとも進まないで、楽しい妄想に漕ぎ出そうと思い立った矢先。
視界の端がなんだか気になったので少しだけ視線を動かすと、頬杖をついた田中真由子が、左斜め前方、ガラス窓を越えてどこまでも広がる青空を見つめていた。
その横顔。退屈な世界に見限りをつけたくて、それでも始まらない物語を渇望して、現実でそれを叶えようとする、痛々しくて、青臭くて、でもなんだか見過ごせない、そんな横顔。
ああ、窓の外を眺めるその退屈が、いつか――――
彼女は見られていることに気づき、じっとりと一目睨みつけてきた。くそ、さっきの角度はわりかし見栄えよかったのに台無しだ。そしてその表情をやめろ。愛嬌の欠片もない偏屈な顔をするな。彼女は消しゴムのカスを丸めて俺に投げ、ふい、と黒板に向き直る。
田中真由子の憂鬱の原因はきっと、確実に近づいてくる文化祭にあるのだと思う。
――もうすぐ文化祭!」
――……ああ、そーいやそうだな。リレー絵本どこまで進んだんだろ。
――リレー絵本とかどうだっていい! あんなの所詮レクリエーション。
――ほら、またそうやって人様のことを下に見る。その癖直した方がいい。
――~~~~っ、うるさい。
文化祭。高校生の一大青春イベントといえばやはりこれに違いない。――とはまあ、触れてきたたくさんの物語からそんな風に思い込んでしまっているだけなのかもしれないけれど、それにしたってフィクションの学園祭だって基本的には現実に準拠しているわけだし、それらと全く異なったつまらないものだってわけでもないはずだ。
文化祭。もう響きだけで素晴らしいではないか。クラス制作はあるにしろ基本的に発表側に回らない自分は、こんな時ばかり部活や同好会に入っておけばよかったなんて思うわけだが、結局思うだけの自分はやっぱり、どこまでも傍観者側なのかもしれないと悲しくなったりもする。しかしそれでも行動には移せない自分。「俺にはできない」「俺はそちら側の人間じゃない」そんな具合で十六年間、どうしようもなく生きてきてしまった。
SSS団の活動なんて実質、共に昼飯を食らい一緒に帰宅するくらいのものであり、文化祭が近づきつつある今、彼女が焦っているのもなんとなく頷ける気はする。
――私たちも何かやるの。SSS団として。
――……はあ? 本気で言ってんのか? あと何週間もないんだぞ。
――時間じゃない! やる気!
――……っていうけどなあ、じゃあなんか企画でもあんのかよ。
――…………。
――ないのかよ。
――っ、うるさい! 企画書まとめてるところなの!
――ほー、じゃあ楽しみにしてるわ。出来上がった見せろな。現実的なら手伝ってやるから。
――当たり前でしょ! 団員なんだから参加は当然。
昼休みのやりとりを思い返してしているうちに意識が途切れた俺は、自分の肘が机から落ちた衝撃で目が覚めた。田中真由子がこっちを見て笑っていやがった。数分後にはあいつもおんなじように、落ちた意識を首カックンで覚ましていた。恥ずかしさを取り繕うように周囲を威嚇する目つきをしばらくしていたが、無論誰も彼女のことなんて気には留めておらず、それはまたなんとも情けない光景だった。
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