9.つよがり
朝からどうにもそわそわしている小娘が、そこにはいた。
注目しなければ気づかないが、意識すれば確実に分かる、そんな挙動。しきりにクラス内や廊下を気にし、じろりと視線を動かし続けるその瞳。どこか浮ついた表情。
「お前、今日なんかあったのか?」
何とは無しに尋ねると、口を結んで固まる田中真由子。分かりやすい。
「別に。あと今日昼休みは活動なし」
「……はぁ? 分かったよ」
焦るように、取り繕うように、何かを隠すように、彼女は黙り込む。
昼休み。用事があるのか、そそくさと教室を出ていく田中真由子。なんだかんだ毎日、昼食も彼女と取っていた俺は、急に取り残されたような気持ちになった。
ふと見れば三橋と森田少年とナベさんが、教室端でひとつの机を囲んで談笑している。
――なんてことはない、そこに入ればいいだけだ。
けれど何故か、後ろめたかった。今更のこのこへらへらと笑いかけて、彼らはどう思うだろう。SSS団なんてものに加入してから、どこか距離を感じるようになってしまった三人。
彼らからしたって、仲良くしていこうと思っていたクラスメイトが突然、イタい小娘と謎の集団立ち上げてラノベの真似事していたら、そりゃあ関わりたくないと思うだろう。
「……いつも通り中屋上でいっか」
弁当を持って立ち上がる。血迷ったもんだな、俺も。
正午の快晴の下、独り心を無にして飯を食って、水筒のお茶で一息。ぼーっと校舎の喧騒を聴きながら脱力していると、視界に飛び込んだ人影。
田中真由子だった。
俯き、早足で、その手には何かを握って、俺の目の前を横切っていく。
「――おい、ちょっと」
ぴた、と田中真由子は立ち止まる。首を少しだけこちらへ向けて、やがて身体も向き直り、勢いよく迫ってきたかと思ったら、俺の隣にどかりと座り込んだ。
「……どうしたんだよ」
眼前の虚空を睨みつけたまま、手に持った何かを、俺にぶっきらぼうに差し出した。
「……手紙?」
それは、二つの便箋。両方に『田中真由子さんへ』と書かれていた。
「……見ていいのか?」
彼女はこくりと小さく頷く。両手は固く握りしめられ、所在なく震えている。
「どっちが先とかある?」
尋ねながら取り出した一方の中身を、読む前に彼女に差し出して、確認を仰ぐ。
「……こっちが先」
手紙には簡潔に、『昼休み一時ぴったりに運動部部室裏に来てください』と書かれていた。
「なんだ、ラブレターか。やったじゃん」
なるほど、今朝からの浮ついた感じはこれが原因だったのか。
「違う」
しかし田中真由子は、鋭く一言、否定する。
二枚目に手をつける。中身を取り出し、開く。
『世界を大いに盛り上げる田中真由子様。宇宙人はいましたか? 未来人はいましたか? そういうのマジでイタいのでやめた方がいいと思います。高校生にもなって中二病はキツイ。いい加減現実を見た方がいいと思うよ。愛の告白だと思った? 残念冷やかしでした! お前に告る男なんているわけねーだろ』
食ったおかずが逆流しそうだった。
「行った先で、これが壁に貼りつけてあった」
誰だ、こんな幼稚で低俗なことをする人間は。
――サッカー部三人組の、あの卑しい笑みが浮かんだ。
果たして本当に彼らなのかどうかは定かではないけれど――
胃のあたりがぐらぐらする。
「……なんだよこれ」
「…………」
「心当たりは?」
「ない」
「一通目はどこに置かれてたんだ」
「靴箱。今朝気づいた」
「……っ」
お前、悔しくねーのかよ。こんな風に貶されて、馬鹿にされて、嗤われて。
「…………」
――でも、だからこそ、お前は自分を変えようとは思わないのか? こんな風にからかってくる奴はもちろん悪い。お前がどう受け止めているかは知らないが、人によっちゃあ平気でいじめだ。でもな、こんな風にされるその一因には、間違いなくお前自身の振る舞いがあるんだよ。なあ、どうにかしようとは思わないのかよ。からかいなんてどうせ一過性のものなんだから適当にあしらえだとか、そんなこと言わねぇよ。漬け込まれない、馬鹿にされないお前になりさえすればいいだろう。なあ、難しいことじゃないはずだ。少しだけ取り繕って、澄まして笑ってまともな会話さえすりゃあ、そんなこと絶対起こんねぇよ。
田中真由子は立ち上がる。
「適当に破いて棄てといて」
「――おい、なぁ」
「クズに関わっても時間の無駄」
俺の言葉を掻き消すように低く言い放って、歩き出す背中。校舎へ戻っていく後ろ姿。
その背中は小さくて、頼りなさげで、――少しも平気そうじゃ、なかった。
強がっているだけだった。
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