3.新歓公演

「演劇部、本日四時から、社会科準備室で新入生歓迎公演を行いまーす!」

 部活紹介から数日。下校しようと昇降口へ向かっていると、待ち構えていたようにジャージ姿の上級生が声を張っていた。

 演劇部。なるほど、そういえば部活紹介では新歓公演の宣伝もしていたなと思い返す。どうせ帰ってもやることなんて何もないし、ちょっと寄っていってもいいかもしれない。三橋はさっそく水泳部に仮入部をし、森田少年も結局言葉通り柔道部に向かった。運動部に入る気などさらさらない俺は、結局文化部にもそこまで惹かれることはなく、入学初日に思った通り、なんとなくこの三年間を過ごしてしまいそうだとほんのり焦っているところだった。

「飛び込んでみなければ分からないこともある」なんて言われたりもすることだし、思い切って顔を出してみるのも悪くないだろう。


 宣伝をしていた演劇部員に声をかけ、その先導に従って辿り着いたのは二階端にある教室。入り口から暗幕に覆われていて、教室にあるような普通の机が二つ並べられた受付スペースには女子生徒が立っている。挨拶を交わし、机の上のパンフレットと、アンケート記入用の鉛筆を受け取る。女子生徒に案内され、会場に足を踏み入れる。


 照明の落とされた会場で、舞台のみが照明器具で照らされている。窓には暗幕が張り巡らされ、まだまだ太陽の出ている時間だが外部からの光は完全に遮断されていた。三十席ないくらいに設営された客席は半分くらい埋まっていて、その顔触れはなんとなく、全員一年生のように見えた。

「――んぁ」

 その中に見知った存在を見つけ、思いがけず間抜けな声が出る。

 会場奥の客席で、独り演目パンフレットを読んでいる少女。どこか野暮ったい癖っ毛に、薄暗い中でもよく分かるそのカチューシャ。


 田中真由子である。


 ほほう成る程、などと心の中で呟いて、俺は彼女の隣の空席にあえて座る。

「もしかして隣、誰か座ったりする?」

 その言葉に彼女は驚いたように顔を上げた。

 一瞬目を見開いた後、すぐに眉をひそめ、「別に」とぶっきらぼうに返事を返す。

 どうしてこんなに邪険に扱われているのだろう。あの自己紹介に触れたからか? だって触れてくれって言っているようなものだったじゃないか。そこから共通の趣味を持つ人を見つけたかったとか、そういう意味合いじゃなかったのか?


「演劇部入るの?」

「……どの程度のレベルか見定めるだけ」

 なんとまあ、大胆不敵な台詞を吐くものだ。彼女について詳しいことはほとんど知らないけれど、常に放出しているその謎の自信には恐れ入るよ。

 ぽつりぽつり、彼女からどうにか言葉を引き出しつつやりとりしていると、客席前に演劇部員が立ち、公演中の諸注意説明と軽い挨拶が行なわれて、芝居が始まった。



「他の部活は見学行ったの?」

 観劇後、退席の流れのまま並んで昇降口へ向かっている間、田中真由子に尋ねてみる。

 反応がないのでまた無視かと諦めた瞬間、彼女は唐突に口を開いた。

「文芸部、合同誌のレベルは底辺。文章がどれも稚拙。映画研究部、上映された作品はホームビデオレベル。パソコン部、自己満足のつまんないゲーム作ってただけ。漫画研究部、みんな下手くそ、話がつまらない。美術部は結構上手い人もいた」


 ――捲し立てるように一気に言葉を連ね、そして沈黙。

 うん。逆に尊敬するよ、お前。


「……運動部は?」

「興味ない」

「吹奏楽とか合唱部とかは?」

「興味ない」

 ……なるほどね。


 先程観た新歓公演、演者は全員二年生らしかった。三年生は裏方として、照明の当たらない客席後ろで照明や音響を担当していた。

 演劇というものを実際ちゃんと観たことがなかった自分にとっては新鮮な経験で、偉そうだが素人目に拙いなと思わせる部分もありつつ、素直に面白かったと思える芝居だった。

「芝居の感想は?」

 せっかくだから、彼女にも感想を聞いておこうじゃないか。

「正直な感想を言ってしまえばかなり稚拙だった。全体的に場面転換が冗長すぎ。盛り上がりに欠けたし主役が一番台詞トチっていたのは見ていられなかった。登場人物の感情の起伏が上手く描写されていなくて展開がところどころ唐突に感じられた。衣装造形もチープで、わざわざ制作する必要性を感じなかった」


 だからなんでそういうのは饒舌なんだよ。

 知り合って初めて引き出せた饒舌が他者への批評って、俺は結構悲しいよ。

「ま、まあ二年生にとって初めての本格的な公演だったって言うし……何もそこまで」

「エンターテイメントっていうのは何よりも、受け手に楽しんでもらえなければいけないでしょ。あれじゃあただの自己満足」

「……そこまで言うなら演劇部入ってみたらいいじゃん。田中さんが、観客を満足させられる芝居を作ったみたら?」

「……レベルの低い人たちと一緒にいても無駄」

「……あのさ」


 なあ、お前って、もしかして――


「――いや、何でもない」

 渦巻いた感情を、溢れそうになった言葉をどうにか堪えて、俺たちはそれぞれ下校した。

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