第5話 深夜の縁 2

 興味深い記事を過去に坂登ったりしながら閲覧していると、あっという間に十一時になった。綾乃が乗ると言っていた新幹線が着くのが十一時半頃だから、そろそろ改札に目を光らせようかと顔を上げる。ちょうどどこかの新幹線が到着したらしく、ぞろぞろと人の波が改札を潜り抜けているところだった。

 いないことがわかっていても、自然と人が改札を潜っていくのを目で追っていく。

「……あれ?」

 眉根を寄せる。気のせいか、見覚えのある小柄な女性がキャリーバッグを引いているのがちらりと見えた。

 目を凝らしよく見る。間違いなくその女性は俺の待ち人の綾乃だった。俺は勢いよく立ち上がった。

 携帯の時刻表示がバグっていたのか。それとも新幹線が予定より早く着いたとか。というか遅延はよく耳にするけど、早く着くなんてことあり得るのか?

 ともかく慌てて駆け寄ると、改札を潜った綾乃も俺の存在に気付き、驚きの表情をして立ち止まった。

 「なんでもういるの!?」

 「いや、それ俺のセリフなんだけど。十一時半に着くんじゃなかったっけ」

 淡い青色のシャツと白色のレーススカート姿の可愛さに目を奪われつつ、疑問を投げかける。

 「乗る予定だったのより早い時間に出る新幹線に乗れそうだったから、それで来たの」

 「連絡してくれればよかったのに」

 「驚かそうと思って」

 いたずらがばれた子供のように笑う。

 「那須香君は?」

 「引っ越しの荷下ろしが早く終わって、暇だったから」

 簡潔に答えて、綾乃からキャリーバッグをひったくる。一泊二泊用のそれほど大きくないキャリーバッグは、はち切れんばかりに膨らんでいて、やたらと重かった。

 「これ、なに入ってんの?」

 「着替えと、地元のお土産。あと、お母さんが持たせてくれた砂糖とか醤油とか」

 ええ……、と俺はげんなりする。

 「調味料って。この前挨拶行ったときもらったやつ、まだ未開封で残ってるぞ」

 引き出物やら香典返しやらで大量に余っているからと渡されて、台所の肥やしになっている砂糖の大袋と醤油の大瓶を思い出す。

 「私もそうだと思っていらないって言ったんだけど、あって困るものじゃないから持っていけって無理やり持たされた」

 そりゃそうかもしれないけど、限度がある。二人暮らしじゃ使う量も知れてるから、使い切る前にダメにしかねない。せっかくの好意だから無下にもできないし、捨てるわけにもいかない。味付けを濃い目にして消費量を増やすしかないか。

 「まあいいや。車、こっちだから」

 調味料問題から目を背けつつ、コインパーキングのある方を指す。

 「うん」

 二人並んで、コインパーキングに向かう。

 


 「どっか寄ってく?」

 「ううん、まずは直帰で。荷ほどきしないと」

 「そか」

 「本当に荷物開けてないよね?」

 「開けてないって」

 そんなやり取りをしながら、車で家に向かう。隣に綾乃を乗せたのは、これが初めてだった。普段助手席は荷物置きと化しているので、誰かが乗っているというだけでハンドルを握る手に力がこもってしまう。それが綾乃なら猶更だった。

 そういえば、綾乃と会うのは綾乃の両親に挨拶に行って以来三か月ぶりだ。再開の驚きで言えてない言葉があったことに気づく。

 「久しぶり」

 「あ、うん久しぶり」

 今更ながら再開の挨拶を交わす。

 「そっか、三か月ぶりくらいだっけ?あんまり久しぶりって感じがしないなあ」

 「毎日メールも電話もしてたからだろ。俺も久しぶり感はまったくない」

 「……そう言われると飽きられたみたいでなんかやだな」

 綾乃がじとっとした目で唇を歪める。そんなつもりで言ったわけじゃないんだけどな。

 三年間の反動もあって、会えない間、メールは一日に数十回交わすことも珍しくなく、電話は一日一回が鉄則だった。反省を踏まえて俺からすることもあれば、綾乃から来ることもあった。特に綾乃は大した用も話のネタもないのに、寂しさを紛らわすためにとバンバン電話をするものだから、一月は通話料金が恐ろしいことになったと嘆いていた。翌月からは俺が主流で電話を掛けることで、折り合いをつけたが、やっぱり寂しいと、綾乃から電話を掛けてくることもあった。

 毎日電話をする中で、お互いを下の名前で呼ぶようになって、綾乃の口調も徐々に砕けたものになっていった。最初こそ「無理ですよ!恋人とはいえ年上なんですから!」と謙虚さを見せていたのに、今では元々大差なかった年齢差が余計に縮まって思えるまでのフランクさで喋るようになっている。俺から提案したことだけど、たまに丁寧口調の綾乃が恋しくなる時もなくはないのが、複雑だった。

 十字路を左折し、信号を二つ越えると、目的地に到着した。

 マンションの駐車場に車を停める。綾乃は俺に話しかけるスキすら与えず我先にとドアを開けて飛び降りた。

 「ようやく目の当たりにできた!」

 マンションを仰ぎ見て、うーんと背伸びをしながら声を上げる。

 「写真でしか見せてなかったもんな」

 俺も車から降りて綾乃の隣に並び、一緒にマンションを眺める。物件選びは俺が主で進めていたから、綾乃はマンションを直に見るのも初めてだった。

 七階建ての真新しい建物。日に照らされたブラウン色の外観が、どこか優しい色合いをしていて、これから住むことになる者を温かく迎え入れているようだった。

 「お世話になります」

 綾乃がマンションに向かってお辞儀をする。

 「俺にじゃないのかよ」

 「那須香君はあとで。まずは住まわせてくれる場所に言っておかなきゃ」

 なんだそりゃ、と首をかしげて見守っていると、

 「よし。さ、早く行こう」

 満足顔で早足に歩き出す。完全に綾乃のペースだった。俺も後に続く。

 マンションの入り口を抜け、エントランスを進み、エレベーターに乗り込んで五階を押す。

 「あー、なんかドキドキしてきちゃった」

 エレベーターが上昇を始めると、綾乃が胸に手を当てて深呼吸をする。

 「そういや、俺が住み始めてからの部屋の様子の写真は送ってなかったな」

 「うん。私が知ってるのは内見の時に送ってくれたまっさらな状態の部屋だから。今がどうなってるか、すごく楽しみ」

 「まだ最低限の家具しか買ってないから、殺風景には変わりないよ」

 「それはそれで、何が必要かを考えられるから楽しみ」

 綾乃がふふっと笑う。新生活の到来を心待ちにしているようだ。俺も越してきたときはそうだったなあとしみじみ思っていると、五階に到着した。はやる気持ちを抑えきれないでいる綾乃に急かされながらエレベーターを降りて、左最奥にある角部屋の我が家の前に着くと、俺はカギを取りだし、鍵穴に通す。

 ガチャリと音がしたのを確認して、ドアノブを引く。

 「お先にどうぞ」

 高級ホテルのドアマンよろしく、綾乃に中を勧める。綾乃は緊張した面持ちで頷くと、玄関に一歩、足を踏み入れた。

 「わあー!」

 すぐさま歓声が上がった。綾乃は靴を脱ぎ去ると、パタパタと小走りでリビングの方へと向かって行った。

 「すごーい!きれー!」

 俺も玄関に入る。新居を汚さぬよう、キャリーバッグのタイヤに着いた汚れを、シューズボックスの上に常備してあるウエットティッシュでふき取っていく。

 そうしている間にも、あっちからこっちから「うわー」とか「すごーい」とはしゃぐ声が聞こえてくる。加えて扉を開ける音や水の流れる音、換気扇の音、カーテンを捲る音。すでに住んでいる俺からすると、家探しをされているような気分だった。

 探られて困るものは……ないよな。

 ウエットティッシュをこれでもかというほど消費して、入念にタイヤを拭き終えた俺は、キャリーバッグを持ち上げて、改めてその重さに辟易しながらリビングに入った。

 さっきまで家の中を徘徊していた綾乃は、リビングの窓を開け放して、ベランダに降りて外を眺めていた。

 太陽を反射し風にたなびく黒髪が、レースのカーテンと一緒に小川のようにさらさらと流れている。柵に手をかけ、微笑まし気に公園の辺りを見つめる目は慈愛に満ちていて、まるで聖母のようだった。絵画の一枚にでもありそうなその光景に、しばし目を奪われる。

 我に返ると、俺は聖母の背中に呼びかける。

 「バッグ、段ボールと一緒のところに置いとくぞ」

 「あ!ごめん。汚れ取らないと!」

 くるりと振り返り、こちらに駆け寄ってきたのは、いつもの綾乃だった。

 「もうやった」

 「ごめん……はしゃぎすぎてた」

 「気持ちはわかる」

 傷を恐れてキャリーバッグを横向きにして床にそっと下ろし言う。俺だって入居初日はテンションが上がったし、意味もなく家中を歩き回ったりもした。新しい家とはそれだけ心躍る代物なのだ。

 「で、感想は?」

 「素敵。内装も眺めも設備も全部、素敵」

 「そりゃよかった」

 絶賛してもらえたようで、選んだ側としては鼻高々だ。

 「でも、前との落差が激しすぎて、慣れるまで時間かかりそう」

 心配そうに言う。綾乃が前に住んでいたアパートは、俺が住んでいたアパートと同じ1Kの間取りだった。おまけに家賃をケチったために、築年数も相当経っている、こういっては悪いがボロアパートに住んでいた。それと最新設備搭載の2LDKでは、草野球とプロ野球並みに土俵が違う。臆するのも無理はない。

 俺も綾乃ほどではないが、中の下ほどのアパートだったので、その気持ちもわかった。

 「徐々に慣れるようにしよう」

 少しの汚れも過敏に反応するようになってきている俺にとっても、それは言えることだった。エスカレートして神経質な潔癖症に目覚めるのではないかとひそかに危惧していた。

 綾乃は自信なさげに苦笑いを浮かべて曖昧に頷く。俺も同じような顔をしていた。しばらくはお互いと同じくらい家への気遣いで苦悩しそうだった。

 「私、荷ほどきを先にやっちゃうね」

 気分を変えるように、綾乃が言う。

 「おう、手伝うよ」

 自然な流れで、手伝いに志願する。しかし、綾乃はぷくっと頬を膨らませて不満をあらわにした。

 「だめだって前に言ったでしょ。見られたくないものだってあるんだから」

 「でも、一人じゃ大変だろうし」

 「一人で荷造りしたんだから、荷ほどきも一人でやれます。必要な時はこっちから声を掛けるから、それまでリビングか自室でくつろいでて」

 ぴしゃりと言って、リビングの隅に詰まれた段ボールの山から一つ抱える。

 「部屋って、リビングでて右の空き部屋でいいんだよね」

 「ああ、うん。綾乃がここがいいって言ってたのが、そこ」

  さっき家探ししてるときに確認したんだろう。綾乃はさっさとリビングから出て行ってしまった。せめて案内ぐらいさせてほしかった。仲間外れにされたみたいで、なんだか空しい気持ちになる。

 仕方なく、開け放した窓を網戸に替えて、リビングの中央にある二人掛けのソファに腰を沈める。綾乃が自室とリビングを行き来する姿に、せめて運ぶだけでもと思ったが、拒否されるのは容易に想像がついたのでやめておいた。

 せっかく綾乃が来たのにまたも手持無沙汰になった俺は、今後のために必要になりそうなもののリストを作って暇つぶしをすることにした。




 張り切って段ボールを運んでいた綾乃は、しばらく部屋から出てこないように思われたが、以外にも早く、一時間もしないうちに部屋から姿を現した。

 結局一度もお呼びがかからなかった俺は、リストから顔を上げる。

 「お疲れ。早かったね」

 ソファの隣を開けると、綾乃はうーんと伸びをしながら、ソファに座った。

 「うわ、ふかふか」

 そう言って、ソファの上で二、三度跳ねる。連動して、おれの態勢が崩される。

 「結構いいやつだからね。なんか飲む?」

 「あ、うん、お願い。何があるの?」

 「麦茶とコーヒーと紅茶とココア。お茶は作り置き、あとは全部インスタント」

 「じゃあ、ココア。冷たいのがいいな」

 「あいよ」

 立ち上がって、キッチンでココアを作る。少量のお湯で粉末を溶かし、水を加えてかき混ぜ氷を浮かべる。ついでに包装されたビスケット二枚と一緒に持っていくと、綾乃はありがとう、と言って受け取った。

 「荷ほどきは終わった?」

 ソファに掛けながら尋ねると、綾乃は難しい顔をして唸った。

 「やっぱり家具がないと、中身を取り出したところでほとんど置き場がなくて。クローゼットにしまえるものだけしまって、あとはそのままになっちゃった」

 そりゃそうか。

 「自分の部屋の家具は自分で気に入ったの選んだ方がいいと思って、ノータッチにしてたけど、前もっているもの聞いて買っておいても良かったかもな」

 必要なものリストの空いた枠に『綾乃の部屋用家具』と書き足す。

 「それ何?」

 横から綾乃がノートを覗き込んでくる。近い。

 「綾乃が来たことで必要になりそうなもののリスト」

 「へえー」

 綾乃の目が左から右にながれては戻るを繰り返し、文字を追っていく。

 まじかに迫った綾乃からは、三年前から変わらない柑橘系の香りがする。安い割に量が多く、それでいて安っぽさを感じないさわやかさだから愛用していると、前に綾乃から教えてもらった。

 俺も、この香りは好きだった。いや、正しく言えば、綾乃がつけている香水だからこそ、この香りが好きになった。もし綾乃が別の香水をつけていたら、俺はその香りが好きになっていたと思う。

 さすがに恥ずかしすぎて、そんなこと綾乃には言えないけど。

 「ほかに必要なのとか、逆に必要ないものとかあれば言って」

 どぎまぎしながら、ノートを綾乃が見やすい位置にずらす。

 「うん。余計なものが多いかも。歯ブラシとかドライヤーみたいな私物に含まれるようなのは持ってきてあるから必要ないよ。あ、あと服とかも。家出してきたわけじゃないんだから」

 まあその辺りはわかってて書いたけどね。いらないと言われた名前の端にバツをつけていく。

 「これ、ベッドって私の?」

 綾乃が『ベッド。シングルorセミダブル』と書かれた項目を指さす。

 「いや、あと俺のも」

 前の住居で使っていたベッドは処分していた。綾乃の分を買うついでに自分のも買えばいいやと、今は床に布団を敷いて寝ている。

 「一緒に寝るんじゃないの?」

 意外そうに目を丸くする。俺の心臓がドキリと跳ねる。

 「え、そうなの?別々の部屋あるんだから別々で寝るんじゃ」

 「せっかく一緒に住むのに、それだと寂しいよ。よって、一つでおっけー」

 綾乃が俺からペンを取り上げて、シングルorセミダブルの部分を二重線で消し、その横にダブルと書き足す。俺も実際のところどうなるんだろうなとは思っていたこともあって、自分のベッドを買わずにいたところもあるけど、いざ一緒にと言われると緊張してしまう。

 「そうなると、置くのは面積が広い俺の部屋になるけどいい?」

 「荷物少ないし、私の部屋でもいいよ」

 「あの部屋だと、ダブルベッド置いたらそれだけで埋まるよ」

 綾乃からペンをもらい、ダブルの横に俺の部屋と書く。その様子を見ていた綾乃は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 「なんか、同棲って感じだね」

 「感じじゃなくて同棲なんだよ」

 「あ、そっか」

 頬をほんのり染めて頭を掻く。

 「これから一緒に住むんだもんね」

 「そう」

 「不束者ですが、よろしくお願いします」

 「ああ、こちらこそ、よろしく」

 綾乃が恭しく頭を下げたので、俺もそれに倣う。

 ゆっくりと頭を上げると綾乃と目が合う。なんだこのやり取り、と俺が笑うと、綾乃もあはは、と声を上げて笑う。

 二人仲良く肩を寄せ合って、笑う。

 幸せだった。一緒に暮らしたら毎日この幸せが訪れると思うと、いつか幸せすぎて死んでしまうのではないかと、自分の身が心配になるほどに。それくらい、綾乃の存在は俺の中で大きくなっていた。

 この幸せは、絶対に手放さない。

 ひとしきり笑い合って、俺は決断を下すように、膝を打って立ち上がる。

 「ホームセンター行きがてら、昼ごはん食べに行こっか」

 「そうだね。私もお腹空いちゃった」

 綾乃がお腹をさすりながら立ち上がる。

 「ちなみに、夜は居酒屋にしようと思ってるんだけど」

 「賛成!チーズ揚げはあるところ?」

 「あります」

 「やったー!」

 極上の笑顔を浮かべて万歳をすることで、身体全体で喜びをあらわにする綾乃。下手に気取ってレストランを選ぶより、好きなものが食べられる店の方がいいだろうと思って提案したが、どうやら正解だったようだ。

 「じゃあ、各自出掛ける準備をして、玄関に集合な」

 「うん!あ、ちょっとお手洗い借りるね」

 スキップしながらリビングを出て、綾乃がトイレに姿を消す。自分家のトイレ使うのに借りるも何もないだろうと、口には出さずにツッコんで、俺は窓を閉め、二人分のマグカップを片付けて、リビングに隣接した自室に入った。

 日の光に照らされた、PCデスクと本棚がかろうじて生活感を与えている殺風景な部屋。

引っ越してくる前にほとんど捨てるか売り払っただけに、七・三帖ある部屋の半分以上を持て余している。ベッドが来たら、自ずと空いたスペースも埋まって見栄えもするだろうが、ここで綾乃と寝ることになると、俺の部屋はどちらかというと寝室扱いになりそうだった。

 まあ、それはいいとして。

 俺はPCデスク下のチェストの、一番上の引き出しに手を開けた。

 中にあるのは二つのみ。封筒と、小さな箱。

 手前に置かれた、必需品を買うためのお金の入った封筒をポケットにしまう。

 「那須香君、早く行こー」

 コンコンとドアをノックする音と共に、待ちきれない様子を声にのせて綾乃が呼びかけてくる。

 俺は、おお、と返事をし、もう一つの小さな正方形の箱を手に取り、ポケットにしまおうとして、止めた。

 出先でタイミングを見計らって渡すつもりだった。でも、どうせ渡すなら、忘れられないように二人の思い出に関連付けさせたい。記念日とまではいかなくとも、ふと思い出せるような記憶に残るシチュエーションで渡せたらと思う。

 顎に手をやり、考える。ゆかりがあると言えば、出会いの場であり待ち合わせの場だった地元のコンビニだが、さすがにこれを渡すためだけに地元に引き返すわけにはいかないしなあ。かといってそこらのコンビニだと関連性が薄れる。そもそもコンビニでってのは、いくら関連付けたいにしても、ムードがなさすぎる気がする。

 コンビニ以外で、なにか共通項はなかっただろうか。

 そういえば、俺たちが初めて出会ったのは深夜だった。思えば友達になったのも、異動を告げたのも、三年ぶりに再会し、恋人になったのも深夜だ。

 出会い、友達、別れ、恋人。重要な節目が訪れるときは、いつも深夜だった。記念すべき、同棲生活の始まり。これもまた、重要な節目と言える。関連性は十分に思えた。

 決めた。これは深夜に渡そう。

 「那須香くーん」

 「今行く」

 そして。

 俺は、箱を大事にポケットにしまう。

 新たな関係への始まりもまた、深夜の縁に結び付けるには、もってこいだろう。

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深夜の縁 人仁 @flake666

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