第10話 模擬戦 1
「いやーすまない、すまない。本当はもう少し早く来ようと思ったんだけど、野暮用が長引いてしまってね。こんな時間になってしまった」
言葉とは裏腹に、まったく悪びれる素振りすら見せないクレイゼル。
「……別に待ってませんけど」
「おやおや、そんなことを言っていいのかな? ちょっとこっちに来なさい」
臆面もなくルダージュに近づき肩を抱くと、セルティアたちから距離を取る。どうやら内緒話のようだ。
「私はキミの霊力が測定できないことを見越していろいろ準備していたんだよ? 精霊ではないとばれないためにね」
「……遅くないですか、それ」
「だから、『すまない』と謝ったじゃないか。しょうがないからこの状況を利用して誤魔化すことにする。一部始終を見させてもらったが概ね私が用意したシナリオに近い」
「できるんですか?」
「後でデータの改竄もするから余裕さ」
ただの職権乱用だった。しかし、ルダージュは助けられる立場なため文句は言えない。
「でも、欺くためには一つの真実が必要だ。それは――」
なぜかクレイゼルは勿体振るように言葉を区切った。いかにも合いの手を入れてくれと言わんばかりの目線付だ。
面倒だがここは乗っておこう。
「それは?」
「ふふ、キミが勝つことだ」
「……」
「あのグロウくんに圧勝し、完膚なきまでに叩きのめす。そうすればキミは誰もが認めるセルティア・アンヴリューの召喚獣さ! できるかい?」
なんだ、そんなことかと呆れる。
「もとから俺はそのつもりですよ」
「……ほう」
クレイゼルが目を細める。
「自信があるんだね」
「別にそういうわけではないですよ。ただあいつがセルティアの事を馬鹿にしたのが許せないだけです」
「はは、よっぽど腹に据えかねているとみた。さすが、彼女の精霊だ。召喚獣としての立場をわきまえているみたいだね、ふふ。……おや? どうしたんだい? そんな怖い顔で睨まないでおくれよ」
「……別に。それより、見返りは何がいいですか?」
「ははは、僕としては人型精霊と世間話をするだけで十分さ。傷の具合も見ないといけないしね。いつでも健診にくるのを待っているよ」
体調管理のついでに異世界の情報を教える。それがルダージュの嘘に加担するクレイゼルに対する報酬になるようだ。安いのか高くつくことになるのか、今のルダージュには計れなかった。
「ブライト先生。立会人のあなたがいつまでも生徒の召喚獣と密談というのは感心しませんね」
あまり長く話していたわけでは無かったが、アーデルデはせっかちな性分らしく不機嫌そうな顔を隠そうともせず文句を言ってきた。
内容は正論なので誰も言い返すことはできない。
「いや、すまないすまない! 今ルダージュくんに助言をしていてね」
「なにっ!」
だが、このクレイゼル・ブライトという教師は自ら地雷を踏みに行った。アーデルデがまさに「助言とかしてないだろうな?」と釘を刺した直後、それを暴露してしまう暴挙に打って出る。
しかし、そもそもルダージュは助言なんて聞いていないため、彼の言動はめちゃくちゃだ。いったい何をする気なのか。
「……っ、立会人は公平な立場ではならないはずです。先生が人型に肩入れするのは構いませんが――」
「あ~違う違う、別にルダージュくんたちの味方をしているわけじゃないよ。模擬戦を見守る審判、この学園の教員の1人として生徒には平等に対応するさ」
怒りを抑えるように言葉を選んでいたアーデルデを遮り、クレイゼルが軽い口調で否定する。
「では、助言というのは?」
「ふっふっふ、これでも私は治癒術師だからね。生徒の身を案じてルダージュくんには1つだけ言っておかなければならないことがあったんだ。……
「……は?」
貴族とは思えない間抜けな声だ。他の生徒も声は出さないが首を傾げている生徒が多い 。ルダージュも当事者でなければその一員になりたかったぐらいだ。疑問符を浮かべてるセルティアの隣で。
「それは一体どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。キミは――いや、キミたちは勘違いをしている」
クレイゼルは生徒たちを見回し、自分が注目されているのを確認すると舞台役者のような演技を始めた。
「彼は決して霊力がゼロの精霊ではない。よくよく考えてもみてくれ。精霊である以上、霊力がゼロの精霊なんて存在するわけがないだろ」
周囲から先生の言葉に納得し頷く者が現れる。
「それに――」
ニヒルな笑みを浮かべ、態とらしく間を空ける。
「霊力がないということは彼は人型ではなくただの人間ということになってしまうじゃないか」
おい……! と、ルダージュは内心焦ったが表には出せない。
クレイゼルの
「勘違いをしていた子たちは今までこの学園で何を勉強してきたんだ? キミたちは生徒会長が人間を召喚したとでも思っていたのかい? この学園の教員の一人としてそんな妄想を抱いている生徒がいることが嘆かわしくて仕方がない」
挑発的な内容だ。
クレイゼルの話を苦笑して聞いてる者や恥じるようにして顔を伏せる者、ルダージュのことを見つめ見定めようとしている者と、各々の反応を示している。
「で、ではどうしてゼロという結果が出たんですか!?」
羞恥によって
クレイゼルの発言により妄想の代表格になってしまった彼には同情の視線も集中していた。
「そんなもん測定器が壊れただけに決まっているだろう」
つまらない質問をするな、と呆れたようにクレイゼルが呟いた。
「ルダージュの霊力が規格外過ぎて魔導具が耐えられなかったんだ。私の見立てでは彼の力は霊力10をも上回る」
生徒たちから戦慄が走る。皆、驚いたようにルダージュとセルティアを見つめている。セルティア自身はどう反応していいのかわからないのか、なんとも言えない顔をしている。ルダージュは他人事のように10以上の結果もあるんだ……と別のところで驚いていた。
「馬鹿な!」
過剰に声を荒げたのはやはりアーデルデだ。
「ありえない! そんな伝説級の精霊をただの平民が召喚できるはずがない! カスティー家の名を継ぐこの僕ですら霊力6の精霊なんだぞ!? 由緒正しき家柄である僕を差し置いて、そんなことあるはず――」
「では模擬戦でそれを確かめてみるがいい」
「……っ」
たじろぐアーデルデを横目にクレイゼルは他の生徒にも聞こえるように言い放った。
「ただし戦力差を踏まえ特別措置としてアンヴリュー側はセルティアの参戦を禁止し、精霊であるルダージュは霊獣化を禁止するものとする!」
「は、はあ!?」
「そんな! 待ってください先生!」
セルティアが慌てたように割り込む。
「先生はルダージュ
「その通りだ」
「無茶です! それではルダージュが不利すぎます! それに精霊と召喚士のタッグでやらなければ模擬戦と言えません!」
「アンヴリューくん。模擬戦とはそもそも精霊の力を召喚士が目にする機会として学園が用意した舞台だ。自分の精霊の能力を把握できれば問題はない」
血の気の多い魔法使いばかりでいつの間にかタッグ戦になってしまったけどね、と呆れたようにクレイゼルが付け足した。
「でも――」
「生徒会長セルティア・アンヴリュー!」
「は、はい!」
「キミは弱い者いじめが好きなのかい?」
「……え?」
弱い者……誰のことか確認するまでもなくアーデルデのことだろう。本人もピクリと反応を示しクレイゼルを睨んでいる。
「そして自分の精霊をそこまで信用できないのかい?」
「っ! 私はルダージュが心配なだけです!」
「……だそうだが? ルダージュくんは問題ないね?」
ここで自分に振るのか。
セルティアが断りなさいと目で訴えかけてくるが、
「問題ありません」
「ルダージュ!」
答えは決まっていた。クレイゼルの中で出来上がっているシナリオに準拠するためにも断る理由はない。ここで逃げてしまうと霊力を持ってないことを誤魔化せなくなる可能性もある。
それにセルティアとは出会ったばかりだ。そんな彼女と連携の取れたタッグ戦を行えるとは思えなかったので、一緒に戦おうとは言ったが1人で戦った方がやりやすいという本音もあった。
「霊獣化の禁止……その意味はわかっていますか?」
「ああ」
簡単な話、変身できないという意味だ。ルダージュはそれっぽいことはできるが、使う予定はまだ無かったため逆に好都合だった。
「……」
一度は模擬戦を了承したセルティアだったがクレイゼルが提示した条件が余程意にそぐわないらしい。ルダージュが自信満々に即答しても悲しそうに目尻を落とすだけだった。
「さて、話し合いは終わったようだね。早速模擬戦に移ろうじゃないか。グロウくんも準備はできてるかい?」
「……はい」
怒気を隠そうともせず、アーデルデはルダージュたちを睨み付ける。
クレイゼルに散々弱いだのなんだの言われたため、むしろ彼に矛先が向いているような気さえする。
「では準備に取り掛かろう。フラン先生、測定器も壊れてしまったことだし今日の検査は終了しましょう」
「……え?」
傍観していたアーネが突然話を振られ、驚いたように獣耳をピンと立てた。
「あ、はい……そうですね。これでは続行できませんから、ね」
針が内部で暴れ回ったせいで硝子にヒビが入った測定器を眺めた後、生徒たちの様子を伺ように周りを見渡し、諦めたように呟く。演習場はこれから始まる模擬戦を観戦する雰囲気になっており、気が早い者は指示するまでもなく二階に移動し始めていた。
「生徒諸君! 20分後に第一回新召喚士による模擬戦を始める! 君たちも後学の為に是非見学していくといい。すいませんが先生方はこれから緊急ミーティングを始めたいと思うのでご協力お願いします」
その言葉を機に残りの生徒は二階に避難したり、何故か慌てて外に飛び出ていく者がいたりと忙しない。アーネを含めた教師陣はクレイゼルの元に集まり、何事かを話し合っている。
「ルダージュ」
セルティアがくいっとルダージュの服を掴んだ。
「無茶は、しないでくださいね?」
不安で揺れる瞳を安心させるため、彼女の紋様に手を重ねた。
「さっきも言っただろ? 俺は君の召喚獣だ。だから、信じて待っていてほしい」
まるで恋人のように見つめ合う。数秒、あるいは十数秒の時が過ぎた頃、彼女はふっと表情を緩めた。
「最高の精霊だってみんなにも証明してあげてください」
「ああ」
「勝ったら頭をナデナデしてあげます」
「いや、それは別に――」
「というか私がやりたいだけなので拒否権はありません」
「……はい」
恋人みたい、と浮ついたことを考えていたのはルダージュだけのようだ。
「ちなみに負けたらどうなるの?」
「負けちゃうんですか?」
質問で返されてしまった。勿論その気などさらさらない。
だからルダージュは握っていた手を自分の頬まで掲げ宣言した。
「この紋様に誓って、それはない」
「……!」
その返しがよほど嬉しかったのか、セルティアの頬がデレっと緩み、だらしのない笑みを浮かべる。
「ふ、ふふ、ふふふふふ」
ちょっと不気味だ。
「そうですね。その場合はルダージュの傷を満遍なく治療してから頭をナデナデして慰めてあげます!」
どうやら撫でられることは逃れられない運命らしい。セルティアのブレることのないスタイルにルダージュは苦笑で答えることしかできなかった。
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