第11話 模擬戦 2

 模擬戦の会場になった演習場はいつの間にか生徒でごった返していた。多種多様の獣人、鱗や角が生えた亜人、ローブを纏った魔法使いたち。様々な人種が一堂に会し、唯一統一しているのは皆が同じ学園の制服に身を包んでいるということだけである。


 一見、ルダージュにしてみれば仮装パーティーかコスプレ大会にしか見えない景色だが、立ち見以外にも箒で空中に浮いている生徒や自前の翼で直接飛んでいる生徒を見かけると、否応無くここが異世界なのだと実感してしまう。

 全員が本物の異世界人だと思うとちょとした感動すら覚えてしまうが、彼らにとってはルダージュの方が特別のようだ。


「人型精霊かぁ、どうやって戦うんだろうな」

「そりゃもう殴る蹴るの肉弾戦だろ」

「いやいや! 霊獣化して獣になって噛み付いたりとかするんじゃないか?」

「バカ、今回は霊核の状態でしか戦えないんだぞ」

「じゃあやっぱり殴るしかねえな」

「この脳筋ども……お前ら魔法って選択肢ねえのかよ」

「でも会長の精霊、魔力の評価が2しかないらしいぜ?」

「え、弱っ!」

「だとすると魔法はあんまり使えなさそうだな」

「かぁ~よく分かんねえのが召喚されちまったな! 噂を聞きつけて出向いた甲斐があったぜ」

「ああ、この試合かなり面白くなりそうだ。相手があのグロウってのがまたいい」

「……で、どっち応援するよ?」

「はん! そんなの決まってんだろうが」

「賭けもやってたが今回は成立しねえな」


 200人近くいる生徒たちの視線をルダージュが独占していた。一際大きい声で喋ってる生徒の話はルダージュも聞き取れたが、大体他の生徒も同じような内容を喋っているのだろう。全ての者がルダージュのことを好奇の目で見ている。流石に数が数なので恥ずかしさのあまり背中がむず痒くなるが、ほとんどが友好的な視線なので居心地が悪くなることはない。


「ちっ」


 アーデルデは周囲の空気を感じ取って不機嫌になっていた。取り巻きを除けば完全にアウェーの状態だ。しかし、この状況を生み出したのはアーデルデ本人であり、同情する必要はない。

 そしてこの雰囲気と注目度はルダージュにとっては好都合だった。生徒会長セルティアの相棒として恥ずかしくない姿を見せつけて好機だ。


「2人とも準備はいいかい?」


 クレイゼルがルダージュとアーデルデに確認する。模擬戦の舞台となる演習場の一階には、彼ら以外にセルティアが召喚獣ルダージュの背後に控えている。さながらポケ○ンバトルのような構図だ。


「僕は問題ありません」


 アーデルデが両手に杖と剣を携え佇んでいる。召喚獣らしき精霊の姿が見えないがもしかしたらあの武器のどちらかが霊核状態の精霊なのだろうか? どんなことをしてくるのか全く想像ができず、ルダージュは警戒を強めた。


「ルダージュくんはどうだい?」

「え? あ、大丈夫です。すぐ始めてください」


 いかんいかん、と首を振る。

 考え事をしていた所為で答えるのを忘れていた。意外にも緊張をしてるのかもしれない、と自己分析をする。馬鹿みたいに強い獣なら数えるのも馬鹿らしくなるほど戦ってきたルダージュだが、魔法使いの相手は初めてだ。それどころか対人戦闘の経験もない。


 もしルダージュの境遇を知っている者がいたら、アーデルデという未知の相手に不利な条件下で勝負を受けるのは無謀だと思うかもしれない。

 でも、ルダージュにわかっていた。本能が理解している。


 俺がこいつに負けるわけがない、と。


 あの地獄で培った野生の勘が彼にそう告げる。


「では、両者位置につきなさい。もう一度、今度は詳しくルール説明をする」


 ルダージュとアーデルデの間は距離にして約50メートル。これから決闘を行うにはかなりの広さだがこれには理由がある。


 魔法使いは基本的に遠距離戦を得意としており、強い魔法を撃って遠くの敵を倒し敵に近づかれたら負け、というのがこの世界アリアストラの常識だった。そして、その常識を覆したのが精霊たち、つまり召喚獣だ。近距離戦が苦手な魔法使いたちは自己防衛のために召喚士となり召喚獣を前衛、自分は後衛で援護という布陣を編み出した。これによって過去の戦でノイシス率いる召喚士軍団が戦績を残し伝説になった。


 全部セルティアのノイシス語りの受け売りだがこういったところで情報が役に立つ。この短距離走並の広さは言わば魔法使いたちの間合いであり、決闘の名残だ。召喚士となっても魔法使いの本質が変わるわけではないのでルールを変更する理由もなかったのだろう。


「今回は召喚士がルダージュ側にいないが通常通り魔法決闘式で行う。つまり何でもありだ。ポーションを使って回復してもいいし、魔導具の使用も許可する。ちなみに演習場の観戦席には結界が張られているので上級魔法ぐらいなら余裕で耐えられる」


 風魔法によってクレイゼルの淡々とした声が演習場に響き渡る。


「――よって、使用する魔法の上限、制限はないものとする」


 クレイゼルの言葉を受け観戦席にいる生徒たちから乾いた笑いが漏れた。

 面白いことを言ったわけではないのに、なぜ笑っているのか。 


「ルダージュ」


 その疑問はルダージュの背後で控えていたセルティアが答えた。


「上級魔法は普通の生徒では魔力量が圧倒的に足りないので普段の戦闘では使いません」

「そうなの?」

「私もまだ未熟なので魔法の種類にもよりますがそう何発も撃てるものではありません。学園の一部の卒業生やミリアなら可能ですが……」


 生徒たちが遣る瀬無い態度をとり失笑したのは、クレイゼルの小意気かどうかよくわからないジョークに「撃つわけねーだろ」と笑い返したのだ。

 あのアーデルデすら笑ってる。立会人であるクレイゼルが司会者のように場をあっためているのだろうか。


「ただし! 召喚獣ルダージュは結界に向けて力を使うことを禁じ、これが守られなかった場合は反則負けとする!」


 空気が凍りついた。


「は? え?」

「いや、それって……」

「嘘だろ……」


 数名の生徒により一石が投じられ空気が氷解し、波紋のようにどよめきを広げていく。


「会長の召喚獣は上級魔法、いや! それ以上の力を持ってるってことか!?」

「んなバカな、ありえねえよ。俺、結界が破られるとこなんて見たことねえって」

「当たり前よ! この結界は学園長直々の特別製なんだから……普通は無理よ」

「キャンセル系魔法を使えるんじゃない?」

「……魔力2が?」

「「「無理だね」」」


 盛り上がる会場。ルダージュとしてはこの置いてけぼり状態をどうにかしてほしいところだったが、後ろを振り返るとセルティアが目をまん丸にして驚いており、アーデルデに向き合うと忌々しそうに睨みつけてくる。


(俺が何したっていうんだ……というか、事あるごとに魔力2を強調しないでくれ。悲しくなってくる)


「ルダージュくん、観戦している生徒に向けて派手な攻撃はしないと約束できるね?」


 全ての元凶は一見真面目そうに見える顔で問いてきた。

 微妙に口角上がっている。ウインクまでしてきた。絶対に確信犯である。


「キミが同意してくれないと試合を始められないよ」


 ザッと生徒たちが一斉にルダージュから距離をとる素振りを見せる。謎の連帯感は健在である。


「わかりました。注意して戦闘を行います」

「よろしい。では、両者共に学園生徒として名乗り上げなさい!」

「……え?」


 何それ?


「魔導都市学園三年・召喚士アーデルデ・グロウ・カスティー! 精霊覇蛇はじゃ黒杖こくじょうペインペルト!」


 アーデルデが声高々に杖を掲げ名乗り上げるのを見て、「あ、成程」とルダージュは頷く。

 でも、だからといってそう簡単に武士みたいな名乗りなどルダージュが思い浮かぶわけもなく。


(えーと、あいつの召喚獣が覇蛇の黒杖でヴァルトロが蒼剣の霊鳥だから……俺は……なんだ?)


『まるでお姫様を守る騎士みたいです』

「!?」


 唐突に、彼女の言葉を思い出した。

 理由はわからない。たぶん戦闘が始まるせいだ。これから先、ずっと戦いに負けないために心がルダージュを戒めているのかもしれない。


「……」


 無言で立ち尽くすルダージュをいぶかしむように、周囲が騒つく。

 逆にルダージュは急激に精神が冷えていくのを実感していた。

 そして、


「――召喚士セルティア・アンヴリューの召喚獣が一柱」


 周囲を制するように静かに言葉を紡ぐ。


「精霊騎士……ルダージュ」


 これは決意表明みたいなものだ。

 セルティアの、そして自分自身のために彼女を守り続けるという宣言。

 慣れないことをしているという自覚はある。だが不思議と恥ずかしいという気持ちは湧いてこない。


「よろしい。では第一回召喚士アーデルデ・グロウ・カスティー対召喚士セルティア・アンヴリューの模擬戦を執り行う! 両者、学園生として最善を尽くしなさい! 始め!」

「爆ぜろ業火! 燃えさかれ大池!」


 開始の合図と共にアーデルデが叫ぶ。


「!? 避けてくださいルダージュ! 上級魔法です!」


 悲鳴に近いセルティアの声が背中に刺さる。


「今更遅い! 喰らうがいい僕の最強魔法を!」


 アーデルデは勝利を確信したような笑みを浮かべていた。

 憎たらしい顔だ。そう思った次の瞬間、ルダージュの視界は真っ暗に染まり、


「全てを無に化せ! エクスプロージョン!!」


 大爆発が起こった。

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