第8話 魔力と霊力 上
「なんか……すごく見られてない?」
演習場に入った途端、ルダージュ一行は生徒たちから注目を浴びる破目になった。本当は目的地へと足を運んでいたときから、ちらちらとした視線を感じてはいたのだが、人が密集する場所では尚更その度合いが増して反応せずにはいられなかった。
「いつものことですよ。気にする必要はありません」
セルティアはルダージュのように気後れした様子はない。どうやら彼女の立場ではこういったことは日常茶飯事なのだろう。生徒会長で加護持ち……加えてルダージュみたいな精霊がいれば嫌でも人目をひくものだ。
「そうですねー私の場合は悪目立ちですけど……フフフ」
若干1名、虚ろな目でぶつぶつ呟いたり不敵に笑ったりして不気味だが「すぐに治まりますからほっといて大丈夫です」と有り難いお言葉をセルティアからすでに頂いていたのでルダージュは放置に徹することにした。
ちなみにセルティア自身はとっくに正気に戻っていた。その原因はルダージュと手を繋いだからである。「ルダージュが自分から……!」と歓喜した後に恋人繋ぎに組み直し、鼻歌交じりで腕をぶんぶん振り回されたら余程の鈍感でない限り見当がつく。そんなあからさまに反応されれば自意識も過剰になるというもの。むしろルダージュは「ちょろ過ぎてちょっと心配……」になったぐらいだ。
(変な精霊に騙されないと良いんだけど……俺とか)
『……ほう。ほうほう。ここにも素晴らしきおぱーいが並んでおるではないか……ふ~む。どれにしようか』
こんなやつのことだ。
物怖じしないところはルダージュも羨ましく感じたが、選んでなにをするつもりなのかはさっぱり見当もつかない。
「ミリー、最初に魔力を測ろうと思います。どうですか?」
「――え? あ、はい。私も賛成です」
戻った、と言うより治った。
流石親友だ。ミリアの扱いを心得ている。
「では、ルダージュ。こっちですよ。私にちゃんと付いて来てくださいね」
「もちろん」
と、言うが早いかさっきとは逆にルダージュが手を引かれているので離れるわけがなかった。
セルティアは心配性のようで、ぼそりと「迷子になったら大変です」とまで呟いている。実際、
「アーネ先生」
セルティアが立ち止まり、気だるそうに椅子に座っている女性に声を掛けた。
どうやらここで測定を行うようだ。
隣には球体の中に羅針盤のような円盤が収まっている不思議な道具が鎮座している。文字は読めないが記号のようなモノが時計の数字のように配列されている。
これが測定器であり、魔導具と呼ばれる魔法の道具だった。
「んー? おお、ティアとリアじゃないか、お疲れさん。今朝は大変だったそうだね」
愛称で呼ばれた二人が頭を下げる。
寝不足なのかアーネ先生と呼ばれた彼女の目の下には隈ができていた。ひらひらと手を振る姿はいかにも疲れてますと体で言ってるようなもので、服装も胸元をばっさりと開きローブを着崩している姿は官能的――という訳でもなく、だらしない印象が先に立つ。
『……ズキューン!!』
欲望に忠実なやつの心を射止める。セクシーな女性だ。
ルダージュの場合はその前に、“ある部分”が気になって仕方が無かった。ついついそっちを凝視してしまう。
「キミがティアの召喚獣かい? 獣人は珍しいかな……って当然か」
「!? いえ、その、すいません。間近では見たことがなかったので……」
どうやら視線が露骨過ぎたようだ。
彼女の赤髪からぴょこんと生えている犬のような耳にルダージュはずっと目を奪われていた。
「ウルフ系獣人のアーネ・フランだ。私にとっては人型召喚獣のほうが珍しいが……」
「セルティアの召喚獣のルダージュです……って、あの、なんですか?」
アーネが立ち上がりルダージュに近づいた……と思った次の瞬間には身体を掴んでいた。
華奢に見えるアーネだがその身体からは想像もつかないほどの強い力だ。
身動ぎ程度ではびくともしない。
「ふむ、なるほど。ほとんど体格は人と変わらないな。目新しいものといえば髪と瞳ぐらいだが……ふむふむ」
ぽんぽんとボディーチェックのように身体を触られる。少々くすぐったいがこれも検査の一環なのだろうか?
そんなことを疑問に思っていると不意に彼女の赤いポニーテールが目の前で揺れ、柑橘系の甘い匂いがルダージュの鼻孔をくすぐってきた。
「匂いは……なんだ、ティアと同じ香りか。これではよくわからん」
「……ひぃ!」
匂いを嗅がれた! しかも首の側面を這うようにくんくんと鼻の先を当ててきているので背中がぞくぞくし、むず痒さが先程とは比べ物にならない。吐息を当てられた所為で声まで裏返る。
「先生、そろそろ止めてください。ルダージュが困ってるじゃないですか」
「……残念」
渋々と引きさがるアーネを見て、ルダージュは思わずホッとする。
今度はセルティアに引き寄せられ抱きしめられてしまったが、もう慣れた。腕に柔らかい感触が伝わるが慣れた。そう思い込むことにした。
「話はブライト先生から聞いてるよ。あっちの世界で怪我を負って記憶喪失なんだってね」
「……はい」
アーネがカルテのようなカードを机の上に滑らせた。
それは教師陣が所持している専用の連絡網であり、学園の敷地内であれば簡単な情報を共有できる魔導具だった。クレイゼルはセルティアの名誉と成績のためにルダージュの傷が召喚魔法によるものではないことを他の教師たちにも報告していたのだ。
見た目によらず、優秀な保険医である。
そして目の前にいる女性もまた、学園の保健医の1人だ。
「私は魔法薬の研究をしている。その手の薬もあるから今度私の研究室に顔を出しなさい。効くと思うよ?」
「なぜ疑問形なんですか?」
「やめてください。先生の薬は両極端なんですから、効果が無かった時のリスクが高すぎます。ルダージュで実験しないでください」
「……残念」
どうも掴めない性格をしている。残念とか言っておきながら表情に全く出ていないし、この学園の先生は変人しかいないのかと勘繰ってしまう。
「キミ、今、失礼なこと考えなかった」
「滅相もないです」
勘が鋭い。獣人と呼ばれる種族の特性なのだろうか。
「……ふむ、まあいいか、本題に移ろう。2人とも精霊たちにやり方の説明はしたか?」
「はい、大丈夫です」
「は、はい」
「じゃあ問題はないな。では最初は……リアの精霊を測ろう」
アーネはそう言うと、ミリアの頭からヴァルトロを掻っ攫い、どこから取り出したのかナイフをあてがった。
一瞬、血抜きでもして焼き鳥にするのかと身構えてしまったが、そういえば測定器に血を垂らす必要があると前置きされていたこと思い出した。
『優しく、するのだぞ?』
そんな
「この子の名前はなんてつけたんだ? リア」
「ヴァルトロです」
「……長いな、めんどくさい。トロでいいや」
あんた愛称で呼んでたんじゃなくて省略してただけか! しかもヴァルじゃなくてトロかよ!
鳥類なのにマグロの――しかも脂質の塊みたいなあだ名を付けられた友に対し、ルダージュは同情を禁じ得ない。
「トロ、ちょっとちくっとするが我慢するんだぞ」
『あなたのような乙女に傷を付けられるなど、我も精霊として召喚獣の極み。終わった後はその双丘で我を包み――あ、痛い! これ物凄く痛い! 友よー! 助けて―!』
「……」
「やっぱり固いなー羽毛の下に鱗でもあるんかね」
『ぎゃああああああ! ぐりぐりしないでえええええええ!』
ルダージュはトロを無視するように視線をそらし、自らの指先に傷を付ける。あれの二の舞は御免である。
「――はい、終了。こんなもんでいいな。じゃあ測るよ」
アーネがナイフから滴る血を測定器に垂らすと、すぐさま血が染み込み発光を始めた。そして中の針が握力計のようにぐいっと時計回りに動き、数値を示した。
「測定結果は……7か。さすがテンサイの1人と言ったところか。魔力すら平均を軽く超える精霊を召喚するとは」
「うぅ、その呼び方だとあまり嬉しくないです……」
魔力数値が7。つまりはセルティアたちと比べると魔法は少し劣るが、他の生徒のことは遥かに凌駕しているということ。
(やるなヴァルトロとミリア、ただのエロイドリとドジっ子ではないところを見せつけてくれる。天才と呼ばれても謙遜することないのにな。結果が出た時に場内が沸いていたから恥ずかしくなったのか?)
『……しくしく、傷物にされてしまったのだ。もうお嫁にいけないのである』
「お前は雄だろ。変な語尾までつけて……先生、ヴァルトロが痛がってるのですぐに治してあげてください」
「おっと、そうだった。忘れていたよ」
本当に大丈夫かな、この学園。
「そろそろ魔力切れだから今回は特別だ。私の特性
アーネが懐から緑色の液体が入ったフラスコを取りだすとヴァルトロの傷に沿う様に振りかけた。するとシュゥーという音と共に湯気が立ち、あっという間に傷を塞いでしまった。
……傷といっても二センチほどの長さを浅く切られていただけだが。
「よく頑張ったな、トロ」
『! ではご褒美に我を――ぬわー』
ヴァルトロが投げ捨てられた。
「ヴァ、ヴァルトロ!? どこ行くんですか! 戻ってきてくださ~い!」
「さあ、次はルダッ……えーと、ティアの精霊の番だ」
ミリアたちでは目で追い切れなかったらしいが、アーネが高速でポイ捨てしたのをルダージュは目撃していた。
「……なにか嫌らしい視線を感じてね。手が滑った」
「なにも言ってませんよ」
「言いたそうな顔をしてたじゃないか」
俺って顔に出るタイプなのか?
ルダージュは首を傾げたが、獣人の第六感が優れてるだけだと結論付けることにした。クレイゼルと同類というのも腑に落ちない。
「そっちはどうでもいいんですよ」
「意外に冷たい。じゃあ何が言いたいのかな、ルダッ、ル……ルージュくん」
誰が口紅だ。
「それですよ、それ。ルダまで言っておいてどうしてそうなるんですか。俺の名前はルダージュです。間違ってますよ」
「惜しい」
「どうせならもう少し悔しそうに言ってください」
「そうですよ、先生。私が一生懸命考えた名前なんですからちゃんと覚えてください。もしくはいつもみたいにあだ名でもいいですよ」
セルティアの前向きな発言は方便に過ぎない。諦め顔が色々と物語っているので今までもこんなことがあったのだろう。
「じゃあ、ルーくん」
「却下で」
例のごとく適当に略し始めた。ルダージュは会話の端々に横文字を入れる気もなければ料理にとろみを与えるつもりもない。
「ルーさん」
「そういう問題じゃありません」
「ルディーはどうでしょう?」
「それはなかなか――ってセルティアも考えるの?」
「楽しそうだったので、つい。先生はどうですか?」
「長い。無理」
「……先生、もう少し頑張ってください」
折角セルティアが考えたものを無駄にするなんて万死に値する。
「……決めた。今日からキミのことをルルと呼ぼう」
「ルル、ですか」
「いいですね! ルル! ルダージュにピッタリの可愛い愛称です!」
ん~と唸るルダージュを余所にセルティアは気に入ったようだ。
「……ぴったり? かわいい?」
「私もルダージュのことをルルと呼んでいいですか?」
「やめてください。セルティアにはルダージュと呼んでほしい」
「まあ!」
なにが嬉しいのやら、セルティアが頬を染め目尻を下げた。
「はい、ルルに決定ってことで、さっそく魔力を測定しよう。準備は……できてるみたいだね。じゃあ直接これに触れるんだ」
魔装でつけた傷を見せると球体の前に案内された。
「触り続けると魔力を吸収し続けるから注意するんだ。血を吸わせるのは一瞬でいい」
「わかりました」
いよいよルダージュの魔力が知られてしまう。
「……」
セルティアを見るとニコリと笑顔を返される。それはルダージュが強い精霊だと確信し懸念を抱いていないのか、それとも魔力の高さなどどうでもいいのか。どちらにしろ彼女に不安の色はない。ルダージュとしては彼女のためにも高い数値を出したいところだが、
「遅い。早くしなさい」
「え、あ! ちょっ!? まだ心の準備がっ――」
アーネに手首をつかまれ測定器に手が触れる。
「……っ」
すると一瞬だけ指を吸われる感覚に襲われ「はい、終わり」というアーネの声とともにすぐ解放された。
「どれどれ、気になる人型精霊の魔力は……っと」
「……」
「……ふむ」
沈黙が続く。それは数秒ほどだったがルダージュには何分、何十分のようにも感じられる時間だった。
(というか、黙らないでくれ……!)
周りの学生たちもさっきとは打って変わって妙に静かになっており、演習場全体が異様な空気になっていた。
そして、
「ルル」
測定器を眺めていたアーネが重い口を開く。
「キミの魔力は……2だ」
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