第7話 テンサイがもたらすもの

『我を投げ捨てるなど、酷いではないか友よ』

「うちの召喚士にちょっかいを掛けようとするのが悪い。それに飛べるんだから問題ないだろ」

『それはそうだが……』


 ヴァルトロがブーメランのように戻ってきたことを機に、ルダージュたちは目的地を教室から測定を行う演習場へと変更した。


 最初はセルティアたちが所属しているクラスの教室を集合場所にしていたのだが、途中で合流できたため向かう必要がなくなった。ちなみに現地集合にしなかったのはただ単に精霊も交えてお喋りしながら歩きたかっただけである。


 今もまたルダージュとヴァルトロの言い合いを聞いて召喚士の2人は楽しそうに笑い、時折「やきもち屋さんなんですよ、ルダージュは」とか「微笑ましいですね」など、こそこそと話をしている。

 ルダージュとしては「これは嫉妬じゃない」と否定したいところだったが、にやにやと楽しそうに振り返る少女たちを前にしては、受け入れる事しかできなかった。


『男の嫉妬は見苦しいぞ、友よ』


 うるさい。焼き鳥にして手羽先だけ食ってやろうか。


「ルダージュ、見てください。あっちにある大きい建物がこれから向かう演習場です。今日、明日と測定のために使われますが、普段は魔法の練習、戦闘訓練、模擬戦などを行う場所なんですよ」

「あれが演習場か……」


 外へ出るとセルティアが学園内の説明を始めた。彼女はルダージュと移動する度にこういった観光案内的なものを披露した。それは校舎や寮などの内部や学園の敷地内など、内容は様々だ。


 目的地の演習場は校舎から離れていた。寮から校舎内の教室を経由すると必然的に遠回りになる位置だ。それはこの世界に不慣れな精霊のための道案内も兼ねていたのだろう。


「そして反対側の……見えますか?」


 セルティアが振り返り、今度は逆側を指さす。その先には小型ピラミッドを半分まで造り終えた様なものが石柱に囲まれていた。


「……」


 たぶんあれのことだろうと、ルダージュは無言で頷く。


「あの石造りになっている台形型の祭壇であなたを召喚したんですよ。近いうちに一緒に見に行きましょう。記憶が蘇る足掛かりになるかもしれませんから」

「……ありがとう」


 記憶に関することをセルティアの口から言われるたびに、ルダージュの胸にちくりと何かが刺さる。そんな身勝手な感傷を上塗うわぬりするように、召喚魔法に関して彼は考える。

 あの世界は精霊界なのか、行き来できるのか否か、または特定の者を召喚できるのかどうか……ルダージュが“やり残したこと”をできるのか調べる必要がある。


「――ルダージュ。大丈夫ですか?」


 はっとなり我に返る。

 セルティアが心配そうにルダージュを見つめている。

 我が儘だとはわかっていても、彼女にはそんな顔をして欲しくないと彼は思ってしまった。


「ん? ちょっとね。気になったことがあって」

「気になること? なんでしょう?」


 察しの良いセルティアは誤魔化されたと気付きながらも話に乗ってくれる。


(駄目だな俺……)


 セルティアの優しさに甘えなくてもいいように言動や態度に注意しないといけない。自分が望んだ嘘と隠した過去に一々沈んでいても意味などないのだから。

 自分は“嘘つき精霊”なのだ、と早々に割り切らなければならない。それが嘘を吐いた彼の責任である。


「この学園って裏側が壁で囲まれてるだろ? 都市を囲む外壁の一部なんだろうけど、ここら辺一帯が増築されて他より高くなってるよね。どうして?」


 寮や校舎から見えたのは高さ二十メートルほどのぶ厚そうな石の壁。それが都市全体を囲む外壁との高低差があからさまだったので気にかかっていた。これは嘘ではない。


「……それは妖精の森と呼ばれる魔物の巣窟と壁が隣接しているからですね」

「妖精の森?」


 メルヘンな名前だ。

 しかも可愛らしい名前の割には物騒だった。

 だから他の壁より高くしているのか――と納得しかけたが、じゃあ森の近くに街を造るなよ、という疑問が残った。都市を開発した後に森ができたとは考えにくいが、魔法がある世界の『妖精の森』のためその線も否定できない。


「ふふ、不思議そうにしてますね。妖精の森は普通の森とは違い、特別な性質があるんですよ」

「特別な性質?」

「あの森に住んでいる魔物は外に出ないんです」

「……どういうこと?」


 引き篭もって生活できるほど自然が豊かってことか? 

 ルダージュは地球の――アマゾンとかに生息している動物たちを連想したことで、あまり特別なようには思えなかった。


「妖精の森はその名の通り妖精が管理している土地のことです。妖精が森を守っているので安全が確保され、外に出るメリットが魔物には無いんですよ」

「肉食系の魔物が人を襲うために外に出るってことはないのか?」

「ないですね」


 断言された。


「なぜなら森一帯のマナを妖精が管理しているので魔法が使えません。魔物も狩猟の知恵はあるので襲うくらいなら森で待ち伏せて不意を突いてきますよ」

「すごいな」


 まるで『世界のビックリ動物特集!』みたいなテレビ番組の解説を聞いている気分になった。


「私たちは逆にそれを利用して敵国の襲撃から身を守るための壁にしているんですよ。戦争の名残みたいなものです」

「あぁ~なるほど。だから森の近くにこの都市を造ったのか……あれ? でも森を燃やされたら意味がないんじゃ――」

「そんなことをしたら妖精が激怒して彼女たちが扱う専用魔法で皆殺しですね」

「……」


 アリアストラの妖精は容赦がない。

 羽の生えた手のひらサイズの女の子が悪戯してきたり、鱗粉を浴びると空を飛べるとかただの幻想である。


 だからこそ“護り”に優れている。森を突っ切ろうとすれば魔物に襲われ、森に害をなそうとすれば妖精が殺しにくる。防衛手段として最適であり尚且つ低コストだ。

 納得した。

 でも肝心な最初の答えがまだ出ていない。


「それで、どうして外壁が他より高いんだ? 安全だと知っているなら高くする必要ないよね」

「……ぅ」


 セルティアが誤魔化せなかったか……みたいな作り笑顔で冷や汗を流している。

 珍しい。

 さっきまで意気揚々と説明していた人間とは思えない態度だ。

 そしてこの話題が始まってからミリアが一言も喋ってないのが気になる。


「……ぁぅ」

『――すちゃ!』


 ルダージュが視線を向けると、ミリアが尖がり帽をぐいっと両手で下げて目元を隠してしまう。ついでに帽子に乗っていたヴァルトロが反動で落ち、華麗に着地していた。これはどうでもいい。ポーズをとって流し目を送ってくるが無視だ。ルダージュは審査員ではない。


「もしかしてミリアが何かやらかしたのか?」

「……あの時は大変でした。冒険者ギルドで前衛を雇い、学園長率いる召喚士と召喚獣の後衛に護られ、激怒した妖精たちに謝罪とお詫びの菓子折を持って逝くSSランク級クエスト……付き添っただけでも泣きそうになりました」

「……ご、ごめんなさいぃ」


 セルティアが遠い目をしている。ミリアは涙声だ。

 どうやらルダージュは地雷を踏んだらしい。この地雷原に踏み込むのは危険だ。


「うん。もういいです。聞かなかったことにします」

『なに!? これから主の英雄譚が始まるのだぞ!?』


 空気を読めないヴァルトロが何を勘違いしたのか騒ぎ出す。そんな誉れ高いものではないため、ルダージュはまたしても彼を無視した。


「さあ! 2人とも! 演習場に急ごう! 約束があるんだろ! ゆっくりしてられないぞ!!」


 2人の手を引き歩く。

 ルダージュは気付いていた。セルティアの視線の先に増築された外壁が映っていたことを。そして壁の継ぎ目に沿った不自然な焦げ跡が無数にあったことを……。

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