第6話 友
「ひどいです……なんですかその「あ……」って。ルダージュさんだけでなくセルティーもですか!?」
「ご、ごめんなさいミリー。これはその忘れていた訳ではなくて――」
「いいんです、わかってましたから」
ミリアが遠い目をしている。
何もかも諦め、全てを悟った表情だ。
「セルティーは精霊大好きっ娘ですから……ルダージュさんが最優先で、私のことは二の次になってしまうんです」
「そ、そんなことは……」
「抱きつくのを止めてから否定してください」
「うっ」
ミリアに指摘され渋々といった感じでセルティアが離れていく。
ミリア・クランケット。
セルティアの同級生であり天災の魔女。
ルダージュはまだ、ミリアとはあまり会話をしていないが、それでもセルティアとミリアの仲の良さはすぐに把握できた。二の次という台詞には「二番目には自分のことを優先してくれる」と暗に言ってるようなものであり、親友としての自信の表れにも思えた。
「ヴァルトロなんてなぜか抱っこさせてくれないし、この差はなんですか!?」
『我は抱くなど……巨乳以上になってから出直すのだな!』
胸囲の差である。
「機嫌を直してください。私も一緒になって考えてあげますから」
「……本当ですか?」
「ええ。それに私がミリーのことを蔑ろにするわけないじゃないですか」
「うぅ、でも……」
「朝にした約束は覚えてますか?」
「……! もちろんです!」
「私もちゃんと覚えていますよ。測定が終わったら練習をしましょう」
「はい!」
ミリアは態度というか表情がころころ変わる少女であり、もう元気に笑顔を見せている。
拗ねたミリアとそれを宥めるセルティアという図は姉妹のようにも見えて、ルダージュを和ませた。
彼女たちはまるで甘えん坊の妹と世話好きの姉のようだ。
「まったく、現金な娘なんですから」
セルティアがくすくすと笑ってミリアの鼻をちょこんと触る。すると赤みが差していた鼻が見る見るうちに元の色に戻ってしまった。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
治癒系の魔法による回復だ。
さりげないやり取りがルダージュにはまた微笑ましく映り、親戚のおっさんのような気分にさせる。
「そういえばルダージュさんは学園の制服を着ているんですね。似合ってますよ」
「ん? ああ、ありがと――」
「ですよね!! 私もルダージュを一目見た時から絶対に似合うと思ってすぐ用意して貰ったんです! 黒い髪に黒眼という夜の帳のような私の精霊さんには落ち着きのある色合いが重要ですからね! 学園の制服はまさに打って付けでした! そこにすぐ気付くとはさすが私の親友です!」
「……」
服を着たペットの犬になった気分だ。まだおっさんの方が良かったかもしれない。
「セルティー! 苦しいです! 胸で息がっ、忌々しい胸で、息が!」
ミリアは自分の胸のことを気にしているらしく、忌々しいと聞こえたの間違いではない。
(ヴァルトロのおっぱい好きは黙っておいたほうが良さそうだ)
『なんと羨ましい……我も主のように埋もれたいものだ』
いつの間にか廊下の窓枠に移動していたヴァルトロが口惜しそうに呟いた。
芯のぶれない鳥である。
「お前、そんなことをしたら俺が黙ってないからな? あまりふざけたことはしないでくれ」
『ぬ、貴様……先程からちらちらと視界に入る小賢しい若造ではないか。それと我はオマエという名ではない。主からヴァルトロという気高き名を頂いた
「……俺だってキサマなんて名前じゃない。セルティアからルダージュって名前を貰ったんだ」
胸のことしか頭にないのかと思ったら普通に会話が成立した。しかもミリアを主と呼ぶときのヴァルトロからは、どこか忠義というか親情を感じた。脳内はお花畑だが召喚獣として召喚士のことを想っているのだろう。
ルダージュは少し、彼のことを見直していた。次からはちゃんと名前で呼ぶことを心に誓う。
『ん? ルダージュと言ったな。もしや貴様は我が君の召喚獣か!?』
「我が君? ああ、セルティアのことか。彼女は俺の召喚士だよ」
『いいなーいいな~ずるいではないかルダージュ、あんな美乳に恵まれて……! 我の主はただのぺちゃぱいで包容力が足らんのだ……。どうだ? パートナーを交換せぬか?』
「……」
(やっぱりこいつでいいか)
「と、ちょっと待て……ヴァルトロはどうして俺が召喚獣ってわかったんだ?」
危なかった。
話の流れに身をまかせてしまい、ルダージュは見落とすところだった。
精霊にとっても人型精霊は珍しいはずだ。にも関わらずヴァルトロはルダージュを一目で召喚獣と判断するのはおかしい。
彼は何をもってルダージュを召喚獣――精霊だと判断したのか。基準を知らなければならない。
『はあ~? ルダージュよ、貴様はなにを言っているのだ?』
怪訝そうな顔をしたヴァルトロは、翼を器用に動かし羽先でルダージュを指した。
『顔の紋様は飾りか? 契約の証は召喚獣である証拠でもある。それを見れば一目瞭然よう』
「……」
左頬に触れる。どうやら紋様のおかげで精霊にも召喚獣と認識してもらえるらしい。契約の証様々である。
でも――
「じゃあ、ヴァルトロは俺が精霊に見えるのか? こんな人間の姿をしたやつが?」
『……なに?』
召喚獣と見られても精霊と見られるかは別だ。わざわざ単語を使い分けていることにも理由が存在するはずだとルダージュは考えた。
『ふむ、確かに人型の精霊は我も初めて見たが……精霊界も広いからな。今は行方知れずの精霊王も人型だったと聞く。珍しいが特別というわけでも……ん? んん?』
「な、なんだよ……急に首を傾げたりして」
『ルダージュ……貴様のその力……』
力? 魔装のことか?
『なんとも表現しづらいな。不思議な力を持っているのはわかるのだが……』
う~んと人が腕を組むように翼を交差させヴァルトロは頭を悩ませている。
『まあ、よいか』
面倒になったのか考えるのを放棄してしまった。
諦めるなよ! と、ルダージュは叫びたいところだったが、藪蛇になる可能性も否定できない。
『ところでルダージュよ。貴様はなぜそのようなことを気にする?』
「え?」
『人型であっても精霊は精霊であろう。貴様の言いぐさでは己が精霊に見られること事態が不可解でならない、と聞こえるが?』
「……!?」
現に深入りだったことを証明するようにヴァルトロの疑問がルダージュを悩ませる。
だが、これから精霊として生きていく上で彼らとの接触は避けては通れない。人間だとばれないように対策や対処法を考えておきたかった。
そして確証は得られていないがヴァルトロが他の精霊より鈍くない限り、精霊はルダージュのことを不審に感じない。
ここを切り抜ければルダージュたち嘘は押し通せる……!
「……実は俺、記憶が無いんだ」
『なに……?』
「目が覚めたときにはもうこの世界にいた。全身ボロボロで自分が精霊……召喚獣だということもわからなかったし精霊界のこともよく覚えてない」
『……』
「ここに来て初めて出会った精霊がヴァルトロだった。だから精霊について知りたかったんだ。俺みたいなやつは変わり種らしいし他の精霊となにが違うのか不安だったから――って、どうした?」
ヴァルトロの様子がおかしい。
身体を震わせどこから取り出したのかハンカチみたいなもので目元を拭っている。
『……ルダージュ、きさまあ、苦労していたのだなあ』
「う、うん? なんだ? もしかして泣いてるのか!?」
嘘がばれないように言い訳をつらつら並べていただけだったのだが、それはヴァルトロにとって御涙頂戴話になってしまったらしい。
『精霊界とは平和の象徴。我も召喚されるまでは平穏な日々を送り、毎日を安寧と共に過ごしていた。だが、その裏で貴様は傷つき、記憶が無くなるまでボロボロにされていたのか……!』
「ヴァ、ヴァルトロ? 別に俺の記憶が無いのは誰の所為でもないんだぞ? 精霊界が平和なところなら足を滑らして落ちて頭を打っただけかもしれないし……」
この流れはよくない。ヴァルトロの故郷である精霊界にルダージュをぼこぼこにした悪い仮想精霊が出来上がってしまう。
『よい、よいのだ。先程も述べたが精霊界も広いのだ。貴様のような人型精霊もおれば、それを快く思わない低俗な精霊もまたいるのだろう』
あぁ……とルダージュは罪悪感に苛まれる。
ヴァルトロの精霊界に対する見方がどんどん変わってしまい、申し訳ない気持ちになっていく。
『安心しろ! 我はルダージュの味方であり、今日からは友である! 貴様の仇となるモノから我が、蒼剣の精霊ヴァルトロの名にかけて守護しようではないか!』
翼を広げバサバサ飛んできたので思わず叩き落としそうになった。
友と呼んでくれたヴァルトロに酷い仕打ちだと思うかもしれないが、これは仕方のないことだった。誰でも鳥が顔面に向かって急に飛んできたら驚き、反射神経をフル稼働させてしまう。むしろ腕の動きを止めることができたルダージュにはまだ良心が残っていたと喜ぶべき瞬間かもしれない。
『ルダージュよ! 困ったことがあれば我を頼るがいい。友として貴様の助けとなろう!』
叩かれそうになったことなど知りもせず、ヴァルトロはその腕に器用に止まっている。
「……ああ。ありがとう、ヴァルトロ。これからよろしくな」
『うむ』
(……ま、結果オーライか)
どうやら精霊に人間だとばれる要素は今のところないらしく、上手く誤魔化すこともできた。
それに――
『はっはっは! そうだ! 友情の握手でも交わそうではないか!』
この世界で初めてルダージュに友ができた。精霊で、しかも鳥だ。
「握手って、ヴァルトロに手はないだろ……」
『問題ない。人間の言葉にはな、手羽先という言葉があるらしい』
それは食べ物の部位の話だ。
『だからそこを掴めば握手のようなものだ。ほれ、ここらへんだ』
ヴァルトロが翼を差し出してきたので軽く握る。
不格好な握手である。
「ふふ、ルダージュとヴァルトロが仲良くなっていますよ」
「私たちの精霊ですからね! 当然です!」
どうやらセルティアたちに一部始終を見られていたらしい。
思わず照れてしまうが、それは一瞬の気の迷いに過ぎなかった。
『おほっ! 我が君の美乳はいつ見ても良いものだなぁ~!』
「……」
たぶんセルティアが腕を組んでいるせいだ。腕に乗ることで胸が強調されているから、それに興奮しているのだろう。
『やはりセルティア殿のような方に抱っこしてもらわなければ召喚獣になった意味がない!』
デレデレと顔を赤くするヴァルトロとは逆に、急激に冷めていく感覚がルダージュを襲う。
『さあルダージュよ、握手もそこそこに、我は二つの実った果実を採りに行かなければならない……鳥だけに。だから我の羽を放すのだ……む、どうして我の身体を鷲掴みにする? 少し痛いではないか……むむ? 何故我を持ったまま振り被るのだ? この光景はさっきも――』
「俺の感動を返せ! このエロ鳥がっ!」
『なぜだああああああ! 友よおおおおおおおおおお!』
窓から投げ、外へと飛んでいったヴァルトロを見送る。
どうやら友になってもルダージュとヴァルトロのやり取りは変わらないらしい。
「本当、仲がいいですね!」
「はい! ルダージュさんもヴァルトロも楽しそうです!」
意外と豪胆な召喚士の2人は、そう言って顔を見合わせ笑いあった。
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