第5話 ミリア・クランケットの精霊

「魔力測定っていったいなにをすればいいんだ?」

「難しいことはありませんよ。測定器に自分の血を垂らして結果を待つだけです」


 場所は学園の廊下。

 2人はセルティアの友人であるミリアとの約束のために目的地である教室へと向かっている途中だった。

 校舎と寮を行ったり来たりとルダージュにとってはなかなか落ち着きのない一日だが、日本では目にすることのない建造物の中に入ったりすると修学旅行を思い出し、ちょっとした観光気分にもなれた。

 それに忙しい方が気分転換――気を紛らわすこともできて丁度良かった。


「生物の血液には魔法の原料であるマナが含まれています。それは人や魔物、そして精霊も変わりません。だからその質と量を調べればその者の潜在能力を数値的に知ることができます」

「へ~」


 ミリアとの約束とは一緒に精霊の強さを確認しに行こうというものだったらしい。

 ルダージュは髪を切ってもらってる間にセルティアに色々と学園について聞いていた。

 例えば、精霊の召喚に成功した召喚士たちは、今日か明日の夜までに自分の召喚獣の魔力と霊力というものを測り記録しなければならない。


 精霊は主に戦闘で使役される。

 力量を把握しておかなければ授業やクエストに支障が出るため能力の数値化は必須。近いうちに模擬戦や強化合宿などもあるのでルダージュもうかうかしていられない。


(だけど、俺に魔力なんてあるのか?)


 少しでもあればまだいい。だが、精霊でもない異世界人であれば全くないなんてことも考えられる。


「……ちなみに、セルティアはどれくらいあるんだ?」

「私ですか? 魔力には数字によるランク付けが零から十までありまして、数字が大きいほど強大な魔力の持ち主と言われています」

「ふむふむ」

「私が最近測定した時は八でしたね」

「ほう」


 八か……うん、なるほどね。流石セルティアだな。


「ルダージュ、わからないのならちゃんと質問してくださいね」

「……すまん、聞いといてなんだがピンとこない。なにかに例えたり比べたりしてくれると助かる」


 んーとセルティアが上を向き思案する。


「自慢に聞こえてしまうかもしれませんが、この学園の生徒の平均は四です。上位には五、六の者もいますが七以上の者はほとんどいません」

「え、そうなの? その中で八って……セルティアってそんなにすごい魔法使いだったのか」

「今は召喚士です」

「……」

「しょ・う・か・ん・し」

「……セルティアってそんなにすごい召喚士だったのか」

「ふふん、これでもルダージュのパートナーですから」


 若干「面倒臭いな」と思いつつ、得意げな顔をするセルティアが可愛らしくてルダージュは苦笑を零す。


「それに、この学園の生徒会長を務めている身としてはある程度強くないと話になりません」

「生徒会長?」


 異世界の学園にも生徒会という組織がある。ルダージュは元の世界との共通点を見つけて、なんとなく嬉しくなってしまった。


「といっても肩書だけですよ。成績上位者が選ばれるだけであって特別なことなんてあまりしません。優秀でいつも不機嫌そうな副会長がほとんどの仕事を請け負っているので私の出る幕もありませんし」


 と、副会長の話が続くのかと思ったら急にセルティアが眉をひそめた。

 なにか面白くないことでも思い出したのだろう。


「生徒会長ってことはこの学園で一番強いのはセルティアってこと?」

「え? そうですね……そうとも言えますし違うとも言えます」

「どういうこと?」

「私が選ばれた理由は総合力の高さです。魔力の質、量、戦闘技術、学問、召喚士としての素質など、全体的な評価になります」


 ですが、とセルティアは続ける。


「私より遙かに上回る魔力の持ち主がこの学園に在籍しています。魔法の強さだけを見れば英雄と呼ばれた方々に匹敵するほどの力を持った娘が……実はルダージュも知っている娘のことですよ?」

「もしかしてそれって――」


 ルダージュが知っている学生なんてあと1人しかいないのに、なぜかセルティアは勿体振っていた。しかも自分のことを話すより自慢げだ。

 

「セルティー! ルダージュさ~ん!」


 噂をすればなんとやら。

 立ち止まり振り返ると、そこには話題の中心になりつつあったミリアが走りながら手を振り自分の存在をアピールしていた。遠目でも目立つ魔女のような尖がり帽とローブを翻し、肩には定番の黒猫――ではなく蒼い鳥が留まっている。


「待ってくださーい! ――ひゃいっ、あぶしっ!」


 転んだ。


「あの天性的なドジがなければ今頃ミリーも生徒会の一員になれたのに……」


 一緒に仕事ができなくて残念です、とセルティアは呆れ顔にそんな想いを滲ませ、慈愛に満ちた目でミリアを眺めている。


(というかミリアってドジっ子だったのか。俺の見舞い――というよりセルティアを心配してついて来ていた時は頼りになる親友だと思ったんだけどな)


『フッ、我が主には本当に困ったものよ!』


 そんなルダージュ達の言葉を代弁するかの如く、無駄に格好良い低音ボイスが突然響き渡った。


『貧乳なのだから足元の視界は良好だろう! 転ぶなら爆乳になってからにしろ!』


 発信源はミリアの肩に留まっていたはずの蒼い鳥。それがセクハラまがいのセリフを口走りながら飛行していた。

 そして『とう!』と掛け声を上げると水泳のダイビングのようにくるくると回転しながら地面に降り立つ。


『我、華麗に着地! 審査員! 審査員はおらんのか! あまりの美しさに卒倒してしまったか!?』

「……」


 ルダージュは思わず言葉を失った。

 脳内を駆け巡ったのは「なんだこいつ!?」という驚嘆と頭痛。


「こんにちはヴァルトロ。儀式以来ですね、私のことを覚えていますか?」

『おお! その胸! その美乳! 我が愛しの君ではないか!』


 セルティアと判断する基準が最低だった。

 蒼い鳥からエロ鳥へとシフトしていく。


「ミリアとの契約は上手くいったようですね」

『うむ、そうなのだ! 巨乳以外と契約を交わしてしまったのは不本意だが、将来性はあると判断した!」


(なに言ってんだこいつ)


 しかも残念なことにやはり精霊なのだ。嫌な予感はしていたが現実を突きつけられると精神的にくるものがある。ルダージュはこれと同類ということなのだから。


「契約の証、とってもお似合いですよ」

『ふはは、そうだろ。さあ、存分に見てくれ! そして受け取るがいい! 我の愛を!』


 ヴァルトロと呼ばれた蒼い鳥の精霊が胸を張って両翼をバサバサ動かし反復横とびを始めた。

 もはやルダージュの困惑は隠せるものでは無い。え……なにこれ……? もしかして鳥類の求愛ダンスってやつか? とまじまじと見つめてしまう。


「今度は霊核の状態で応援してくれてるんですね」


 セルティアがなぜか嬉しそうに笑ってる。

 反応がおかしい。どう見ても応援には見えないし、微妙に会話も成立していない。

 もしかして、


「なあ、セルティア。その鳥がミリアの精霊なのか?」

「そうですよ」

「なにを喋ってるのか理解できてる?」

「残念ながら正確にはわかりません」


 やっぱり。


「ヴァルトロは言語を喋るタイプの精霊ではないため私にはクエっクエって鳴いているようにしか聞こえません。ですが……」


 セルティアがヴァルトロに美乳と称されたその胸を張り、手を腰に当てふふんと鼻を鳴らす。


「精霊好きの私には彼がなにを伝えようとしてるのか手に取るようにわかります。これから魔力測定に行く私たちのことを鼓舞してくれているのですよ、きっと!」

『んほー! いい! やはりいい!! もう少しボリュームが欲しいところではあるが、流石さすがは我が君! 素晴らしいおっぱいをしておる!』


 ああ、うん……世の中には知らなくてもいいことってたくさんあるよね。

 ルダージュは遠い目をした。


「どうですか、ルダージュ。精霊同士なら意思疎通が可能なのでしょう?」


 当たってますか? と笑顔で問いかけてくる。

 散髪中に教えてもらったことの1つに翻訳魔法の説明があった。召喚魔法には精霊がこの世界アリアストラの言語を理解できるようにするため、翻訳魔法がパーツの1つになっている。ルダージュがセルティアたちと普通に会話できるのもその影響を受けているためであり、これも帰還魔法と同様、単体では使用不可能な魔法の1つだ。

 だから言語を扱わないヴァルトロのような精霊には一方通行な翻訳にしかならないし、セルティアたち自身には魔法すら掛けられない。


 そんな劣化ほんや○コンニャクのおかげかは知らないが、ルダージュにはヴァルトロの言葉も理解できてしまった。セルティアにとっては精霊同士だから喋ることができるという認識なのだろうが、それは翻訳魔法の隠された効果なのかもしれなかった。


『おっぱい! おっぱい!』


 この反復横鳥と会話できても、ルダージュはまったく嬉しいとは感じなかった。

 リズム刻みながら「おっぱい」と連呼する求愛ダンス。「本当にそれでいいのか」というツッコミすら虚しい。セルティアが「お、声援が激しくなりましたね! クエクエ?」と同調する姿すら痛ましく見える。

 欲望の赴くままに鳴いてるだけなので真似すらしてほしくない。


「くっ……」


 ツッコミたい衝動を抑える。そんなことをしたらセルティアにばれてしまう。この精霊が変態だってばれてしまう……!


「……そう、だな。セルティアの考えている通りだよ」


 こんな仕様もない嘘を吐くことになるなんてルダージュは思いもしなかった。だが、セルティアのような純粋な娘に現実を突きつけるなんて非道、彼にはできない。

 それは自分のことを棚上げにしたルダージュだからこその思考ともいえた。


「ですよね! 精霊はみんないい子ばかりで嬉しいです!」


 笑顔が眩しかった。

 このまま現実逃避していたい。


「それにしてもヴァルトロは小さいと可愛いですね~思わず抱きしめたくなってしまいます」

「……え?」

「ほら、ヴァルトロ! こっちですよー私の胸に飛び込んできてもいいんですよ~?」


 なんてことを!

 そんな誘惑をしたらこの変態鳥がダイブすることはもはや必然。

 絶対に阻止しなければ……!


『誇り高き精霊である我を抱きしめたいだと? その胸で? その豊満な胸で! 柔らかそうなおっぱいで!? ひゃっほーう! 合意の上ならば致し方あるまい! 我、その谷間に突貫す! とうっ! ――ぎゃぺっ』

「……ふう」


 口上が長く助かったためセルティアの触れる直前に握りつぶ――掴まえることができた。

 力が入りすぎて変な音が聞こえた気もするが何も問題ない。ただの雑音か幻聴だろう。


「ル、ルダージュ! なぜ邪魔をするのですか!」

「いや……これは、その……」


 セルティアが初めてルダージュに非難の目を向けた。それは遊んでいたおもちゃを盗られた子どものような反応だが、こんな精霊の所為で自分が咎められているのだと考えると悲しくなってくる。


『貴様! なにをする! もう少しで我が故郷に帰還を果たすところだったのだぞ!』

「お前は黙ってろ」

『きえー! 苦しい! オス臭い!』


 なにが故郷だ、この助平鳥!


『息がーできぬー殺されるー』


 わざとらしい棒読みにルダージュもたじたじだ。


「ルダージュ! 私にも抱かせてください!」

「駄目だ」


 ヴァルトロを天高く掲げると、セルティアがぴょんぴょんと飛び跳ね奪おうとしてくる。


「もう! どうして意地悪するんですか!?」


 別に意地悪したいわけじゃない。ただ困り顔のセルティアも可愛いな、なんて思えてきたため全否定はできないが、とにかくこの不純物を近づけさせたくないだけだった。

 頭上から『よいぞ、よいぞ~ぷるんぷるん』と口走るヴァルトロ。この状況でもぶれない精霊にルダージュは頭を抱え、理解できてしまう自分に自己嫌悪すら覚えてしまう。


「もしかしてルダージュ、あなた……」

「な、なんだ?」


 飛び跳ねるのを止めたセルティアが驚愕したようにルダージュを見つめる。


「そんなにヴァルトロのことを抱っこしたかったのですか!?」

「違う!!」


 あまりの見当違いな発言にすぐさまツッコミを入れる。


『え……我、男色はちょっと――』

「お前は巣に帰れ!」


 全力でヴァルトロを投げると『あーれ~』とわざとらしく鳴き、エコーを残しながら飛んでいった。もうなんなんだよ、あいつ……。


「では、なぜ……あ――」


 色々と疲れ切ったルダージュに今度は「気付いちゃった……」みたいな察した表情で見つめてくる。しかも頬を赤らめ口元を手で隠すおまけつきだ。


「ルダージュったら、そんな……それならそうと先に言ってくれれば……」


 隠しているつもりなのだろうが、にやけているのが丸わかりだ。

 セルティアはいったい何を考えているのか。微かに聞こえる「可愛い……可愛い!」という呟きがルダージュの不安を駆り立てる。

 絶対になにか勘違いされているのは間違いない。


「ふふ、自分の召喚獣の気持ちをすぐに理解できないなんて……私も召喚士としてまだまだ、ということですね。さあ! ルダージュ! 遠慮せず私の胸に飛び込んできてください!」

「……なんで?」


 なぜそうなる? あの羽毛しか取り柄のなさそうな精霊を抱っこしたかったんじゃなかったのか? そんな両腕を広げてカモーンされても行かないから。


「もう、恥ずかしがり屋さんですね! いいでしょう、私から抱きついちゃいます!」

「うおっ!」


 ぎゅうーっとセルティアの腕が腰を締めつけてくる。


「やきもちを焼くなんて可愛すぎますよ~」


 ぐりぐりと顔をルダージュの胸板に擦りつけ、ふごふごと服に押し付けるように喋っていたがなんとか聞きとれた。


(やきもちってなんだ!? どう脳内変換されたらそうなるんだよ!?)

 

「私は精霊がみんな大好きですけど、ルダージュはもっと特別なんですよ。ナンバーワンのオンリーワンなんです!」

「え、ああ、うん……ありがとう」

「でもルダージュがそれでも不安なら他の精霊には極力、うつつは抜かさないように努力しますね」

「……」


 なるほど、これはあれだ、と察する。他人のペットと戯れていたら自分のペットが寂しがってむくれた……みたいな感覚だ。セルティアにはルダージュの行動が全部「構ってほしい」という意思表示に見えたらしい。だから邪魔してきたり意地悪してきた……と解釈したのだ。


(……なんだその勘違い! めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?)


 ルダージュは訂正したかった。だが、恍惚と顔を上気させ喜んでいるセルティアには、もう何を言っても無駄であり、水を掛けるのも気が引ける。


「やっぱり私の精霊さんは最高です……!」


 ……諦めよう。セルティアが満足しているなら本望だ。ルダージュはそう自分を納得させた。


「じゃあヴァルトロのことは抱きしめないでくれ」


 せめてあのおっぱい星鳥には近づかないように釘は刺しておこう。

 これは嫉妬ではない。断じてセルティアを独り占めしたいわけではない。彼女の身を案じた末の結論である。


「わかりました! ルダージュのお願いなら断れませんね!」


 一先ず安心していいだろう。

 勘違いを逆手にとって頼みを聞いてもらう、というのは卑怯な気はしたが今更であり、実際はそこまで全部勘違いだとは言い切れない。


「(じー)」


 何かを期待する眼差し。

 それを受けてしまったルダージュが軽く抱きしめ返すと「く~」と感極まった唸り声が鳴った。あまりに素直な反応にルダージュの頬が緩み、さらに隣では「うぅ~」という恨めしそうな鼻声まで聞こえてきて――


「二人とも仲良しなのは結構ですけど、私のこと忘れてませんかぁ~」

「「あ……」」


 2人で振り向くと、そこには涙目のミリアがいつもの尖がり帽にヴァルトロをちょこんと乗せ、赤くなった鼻を擦りながら立っていた。

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