子供はババアの三分の一
一年ぐらい前から、おれはあるきっかけで霊体とかそういうモノが見えるようになってしまった。
見えるものを見えなくするのは無理らしいんだけど、せめて寄ってくるモノを遠ざけるってお守りを買うことになった。その額、二〇〇万円なり。
大学生のおれにそんな金はないし両親にも頼めない。なのでお守りを売ってくれる退魔師のところでバイトすることになったんだ。
今年の春から三か月ほどで何度かバイトして、三〇万円払えた。あと一七〇万円
四日前に、その退魔師から仕事の通達が来た。
「幸治くん、今夏休みだよね? 泊りがけのバイト大丈夫? いつもより多めにバイト代出すからさ」
「はい、いけますよ」
バイト代が増えるならラッキーだ。
「とある神社に、いたずらばかりする子供達の霊を封じた小さな塚があるんだけどね、そこの封印の結界が弱まってきているんだ。その結界を一度取り払って張り直すのに、五日間ぐらいかかるんだ。その間、その子達が悪さをしないように、引きつけてほしいんだよ」
退魔師の亮さんが、にこやかに言う。
子供達の霊は、一緒に封じられている「ピカピカの石」が大好きらしくて、それに寄って行く習性……、習性? があるそうだ。その石を持って逃げ回ってほしいと。
「なんでそんな霊を封じておくだけなんですか? 亮さんなら消しちゃうことだってできますよね?」
「あの子達、あそこにとどまっている間は守り神としていい仕事してくれるんだよ」
ここで、なるほど、とか思っちゃうおれも相当こんな生活に慣れちゃってるよな。
「捕まっちゃったら大変なことになるからね。頑張って逃げてね」
「ちょっと、待ってください? 霊って寝ませんよね?」
「寝ないね」
「捕まっちゃダメってことは、逃げ続けないといけませんよね」
「うん」
「おれに五日間、寝るな休むなってことですか?」
最初から負けが決まってる鬼ごっこじゃないか。それ絶対無理ゲー。
「大丈夫。幸治くんだけじゃなくて、助っ人もいるから」
そう言って紹介されたのが、すごい派手な金髪のにーちゃん、……おっちゃん、っていうにはちょっと若いかなぐらいの見た目だ。三〇代前半ぐらいかな。
「よぅ、おれはレッシュだ。よろしくなコージ」
日本語うますぎな気さくな外国人だ。
つまりおれとレッシュで車を交代で運転して子供の霊から逃げ回れ、ということだな。
「あの子達、そんなに速くないから大丈夫だと思うよ。時速にしたら30キロぐらいかな。子供だしね」
いや、それ原チャの速度でしょ。そんな速さで走る子供がいるかよ。
「百キロババァの三分の一だな。よし、行けるぞ」
レッシュも笑ってる。
……すみませんこの手の人達に世間一般の常識を求めたおれがアホでした。
で、次の日に塚の結界が解かれて、おれとレッシュの五日間の逃避行が始まった、と言うわけだ。
三日間で車で走った距離は二千キロ近く。この期間でこの距離は新記録だな。塗り替えるなら楽しい事で塗り替えたい。
できるだけ混雑しないルートで高速を走って、距離を稼いで宿に泊まって寝た。昨夜は間にあわなかったから車中泊だった。
飛行機とかで北海道あたりに行った方が時間が稼げるのに、と思ったが、万が一のことを考えると公共機関では他に犠牲者が山のように出るから駄目だってさ。その、想定している万が一って、霊が何らかの形で追いついちゃって悪さをした場合、ってことだよな。子供の霊のくせにどんだけ力強いんだよ。
「あと二日かぁ。四国の方とか行ってうどんとか食ってみたいけど、道路が混んだりしたらシャレにならないからダメだなぁ」
レッシュがのんびりと言う。この人も大概肝が据わってるよな。亮さんの関係者ってみんなこんな感じなんだな。
結局、今日は九州の方へ行って、明日は近畿へ帰るルートを取ることになった。もう中国道、見飽きたぞ。
緊張のドライブが続いて、なんとか今日もやり過ごした。
あと一日。
「そんじゃ、九州ぐるっと回って近畿に帰るか」
レッシュは、のほほんと言いながら車を運転する。
この四日間でいろんな話をした。この人もバイク好きでよくツーリングに出かけるらしい。外人かと思ってたら日本人なんだって。ハーフで、見てくれが外国人だから外国名の方をつけられたとか。元々、亮さんの弟さんの友達で、その関係で仕事を手伝うようになったらしい。
おれがどうしてこの仕事に関わってるかを話したら、レッシュはそりゃ災難だったな、って笑った。馬鹿にしてるわけじゃなくて、親しみ込めた感じで。
なんか、この人といるとリラックスできる。この調子で今日一日乗りきれば。
と、思ってたら。
「あれ、エンジンかかんねぇぞ」
サービスエリアでちょっと長めの休憩を取った後、運転席に座ったレッシュが、きょとんとした顔でキーをガチャガチャいじくった後、こっちを見た。
いや、そこで見られても困るんだけど。
まさかのエンスト? バッテリーあがったとか?
レッシュも同じようなことを考えたんだろうな、まずいな、って顔になった。
何度かエンジンスタートを試みるが、かちかち言うだけでかからない。
「JAF呼ぶか。……ヤツらが追いついてくるまでどれぐらいだ?」
言いながらレッシュはスマホを取り出してる。
そっちは任せるとして、子供達がどれぐらいでここまで来るか計算してみる。
朝、出発する時点で三十分ぐらいの余裕があった。ってか寝坊して本当はもうちょっと早く出るはずだったのに距離を詰められちまったんだけど。
あれから一時間ぐらいは地道で、そっから高速乗って二時間で、休憩一時間だから……。
「二時間ぐらいじゃないかな」
「それならまだ大丈夫かな」
うん、おれもそう思ってる。
……そう思ってた。
けん引トラックが来て、代車も借りられた、まではよかった。
けど、ちょっと走ったところでまさかの事故渋滞!
おい! 混雑がないから中国道選んでるのに。
焦るおれとレッシュ。
「あとどれぐらいだ?」
「三十分かな」
けれど前はテールランプの列。とてもじゃないが三十分じゃ解消されなさげ。
どうする? 石持って走って逃げる? でもそれじゃ時速三十キロは振りきれない。
時間は残酷に過ぎる。車はじりじりとしか進まない。
あと十分。
「くそ、どうしようもねぇぞ」
そばを走り抜けるバイクを睨むレッシュがすっげぇ怖い顔だ。殺してでも奪い取るって選択肢があったら迷わず選びそうだ。温厚な人と思ってたのに、さすが命がかかってるとあってはそんなこと言ってられないよな。
何とか、何とかならないか、と考えて……。
「そうだ、亮さんに連絡とってみたら?」
おれの発案にレッシュは顔を輝かせた。
早速スマホを取り出すレッシュ。けど、彼の嬉しそうな顔はすぐに絶望に変わった。
「つながらねぇ……」
彼のつぶやきと同時に、後ろの方から、すっごい嫌な気配が近づいてくる。
恐る恐る、後ろを見る。
子供だ、たくさんの子供達が高速道路を、怖いくらいの笑顔で走ってくる。でも周りの空気がどす黒く歪んでて、いかにも呪いを振りまくぞ、的な……。
「うわ、うわうわうわ!」
おれの声にレッシュも振り向いた。
「げ! おい、しゃれになんねぇ!」
「来るな来るな来るな来るなー!!」
おれらの絶叫が重なり合う。
ガキどもがもう車のすぐ後ろに――!
思わず目を閉じた。
「はーい、おまたせ」
後部座席から、のんきな声が聞こえた。
目を開けると亮さんが座ってる。ど、どうやって?
「結界できたよ。あの石、貸して」
おれは慌ててリュックから石を出してきた。
「はい、君達こっちね」
亮さんに導かれて、追いついてきた子供達は嬉しそうに石にじゃれついた。
「それじゃ、まぁゆっくり帰ってきてよ」
そう言って、亮さんは消えてしまった。だから、どうやって!?
「た、……助かった……」
レッシュが脱力した。
おれもへなへなとへたり込んだ。
も、もうこんな危険な仕事はたくさんだー!
今回の報酬、二十万円。
霊除けのお守りの二〇〇万まで、あと一五〇万円なり……。
(了)
キワモノと呼ばないで 御剣ひかる @miturugihikaru
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