その4 反対はしないけど/うまい酒には何かある

<ロサンゼルス 午後八時 エミリア・ウィルハーツ>


 今日は取り立てて急ぎの仕事もなくて、平和に終わったと言える。定時で会社を出て、お父さんとレストランでディナーを食べることになった。


 お父さん。養父だけれども、今では本当の親子のようだと、わたしは思ってる。


 ジェンキンズさん、なんて苗字で呼んでいた時期もあったけれど、こうやって、二人で親子として出かけることができるようになったのも、五年前に結がおせっかいにも忠告してくれたおかげかしら。まるで幼い頃にできなかったことを今果たしているかのように、わたしは時々こうしてお父さんと街中に出かける。もう十八なんだから、本当は親離れしてるはずなんだけど。


 ディナーの席で、わたしの誕生日が日本に出張中だったから、と、お父さんがプレゼントを買いたいと言ってくれた。


 プレゼント。何をもらえばいいのかな。日本にいるときに、結と照子がアクセサリーをくれた。それと、二人の息子の淳が、絵を描いてくれたんだった。子供はあんまり好きじゃないって思ってたけど、淳はとってもなついてくれて、かわいいと思った。


「エリー、何を考えているんだ?」

 お父さんが話しかけてくる。

「日本に行ってたときのこと。結達の子供、かわいかったなって」

「そうか。……よほど楽しかったんだね」


 お父さんは嬉しそうに笑っている。


「うん。わたしも早く子供がほしくなったわ」


 冗談交じりで言うと、お父さんの表情が少しこわばった。


「ふふ。冗談よ。まだ結婚なんて考えられないもの」

「おまえを幸せにする人なら、私は反対しないよ」


 そう言いながら、安心した顔になってるわよ。


「そんな人、まだいないわ」


 いつか、本当にこんな話をするときがくるのかしら。そうしたら、お父さん、やっぱり不機嫌になるのかな。

 そんなことを考えたら、なんだかおかしくなった。

 ちょっと笑って、お父さんの顔を見て、言った。


「お父さん。わたしを育ててくれて、ありがとう」

「ん? どうしたんだ急に?」

「どうもしないわ。言いたくなったのよ」


 お父さんは、とても嬉しそうに笑って「こちらこそ、ありがとう」と言ってくれた。


 食事が終わって、家に帰る途中、見覚えのある男達がバーに入っていくのが見えた。

 リカルドとレッシュだ。どこかと取り引きかしら。それとも、プライベート?


 そういえば、情報屋から「リカルドとレッシュはできている」などといううわさが流れてきたと仲間が笑いながら言ってたけど。まさか本当に?

 まぁ、どちらにしても今は勤務時間外だから、関係ないわね。

 ……できれば、もう仕事では直接関わりたくないものだけど。




<ロサンゼルス 午後八時半 レッシュ・リューク>


 結局、リカルドに呼び出されてから彼が退社するまで仕事に付き合うことになった。まぁ、今日の休みは他の日補ってもらうことで話はついているからおれとしては問題はない。


 問題といえば、今夜はリサとデートするはずだったがキャンセルしなければならなくなった、ってことだな。電話してドタキャンを伝えたら、やっぱり文句言われちまった。普段、あんまりおれに対して不満なんて言わないリサだけど、さすがにここ最近会ってないからなぁ。


 信司には強がって「それで終わるならそれだけの仲だ」なんて言っちまったが、やっぱりそんなことで別れるのはいやだよな。酒飲み終わったら、リサんとこ行こうかな。


 さて、リカルドに連れられてバーに着いた。なかなかよさげな店だ。リカルドはよく来るらしくてバーテンと親しげに喋ってる。軽く会釈をすると愛想いい笑みが返ってきた。


「今日はご苦労だった。なんでも好きなものを頼め。私のおごりだ」


 リカルドが気前よく酒を勧めてくれるから、ちょっとお高い酒なんかを注文してみた。

 あぁ、うまい。やっぱりいい酒は違う。ん~。いい感じでまわってくる。


 ……んん? おれ、こんなに酒に弱かったっけ? そんなに飲んでないのに、なんだか頭がぼーっとしてきたぞ。


「ところで、つかぬ事を尋ねるが、おまえ、今付き合っている女はいるのか?」


 なんだ? 唐突だな。


「え? ああ。いるよ」


 あ、ひょっとして、リカルド好きな女できた? そういうことなら、相談に乗るけど。


「どのようなきっかけで付き合い始めた?」

「彼女がコンビニでバイトしている時に強盗にあって、たまたま居合わせてたから助けてやったんだよ。元々高校の同級生で、彼女はおれのこと覚えてて……。それからなんだかんだ言って会うようになって」

「ほう、私の元で働き始めてからのことか?」

「あぁ。二十歳くらいだった」


 突っ込んで聞いてくるなんて珍しい。やっぱ好きな女できた? だとしたら、誰?


「ということは、八年近くか。よく続いているな」

「まぁ……」

「愛しているから、か?」


 リカルドはニヤリと笑った。


「ああ。そりゃ愛してるさ」


 って、あれ? らしくないセリフが勝手に口から……。


「ということは、当然体の関係もあるのだろう?」

「ああ」


 な? おい。リカルド、あんたらしくない質問……。


「彼女が、初めての相手か?」

「違うよ。高校んとき付き合ってたのがいたから。リサは二人目」


 げ。と、止まれおれの口。

 リカルドを見ると、満足そうにうなずいている。

 もしかして、一服盛られた?


「あんた、何か仕込んだな?」

「何のことだ? 照れくさいなら質問を変えようか。初恋はいつだ?」

「中学のとき。……って、自白剤か?」

「理性的な考え方も物言いもはっきりとできるのだな」


 酒をおごるとかいって、はじめから実験材料にするつもりだったのか? リカルドの手元を見たら、ちゃっかりとメモとってやがる!


「相手は誰だ?」

「こ、これ以上、答えるか……」

「相手は?」

「姉貴の友達。……く、くそぉ~! 実験材料にするな!」

「強く問われると抵抗できない、と。酒の力もいいように働いているのかもしれないな」


 リカルドは、いちいちおれの反応に満足して笑っている。くそ、性格悪いヤツめ。


「新しいクスリには臨床実験が必要だろう」

「だからって、おれで試すなよ!」

「手ごろな相手が他にいなかったからな。ところで夜尿症はいつまで続いていた?」

「や、ヤニョウショウ?」

「平たく言うと、おねしょだ」

「五歳くらいかなぁ」

「ふむ。質問の意味が判らなければ問い返す、と」

「も、もう勘弁してくれ……。デートドタキャンして、なんでその上こんな目に遭わなければならないんだ」


 泣きたくなってきた。


「デートだったか。ならこの辺りで許してやろうか。これからは、もっと自分の言動の影響を深く考えてから行動することだ」


 な、何のことだ? ……あぁ、昼間の、あのちょっとしたジョークか。ていよく女達をおっぱらってやったのに……。


「解毒剤ないのかよ?」

「あるが、ここには持ってきていない」


 な、なんだとー?


「さぁ送ってやろう。彼女の住所はどこだ?」


 しっかりと彼女の家の住所を聞き出されてハイヤーで送り届けられた。

 リカルドは、リサに対しては紳士な態度だ。


「デートとは知らずつき合わせて、深酒をさせてしまいました。すみません」


 頭を下げるリカルドにリサは恐縮していた。そりゃそうだよな。リカルド、会社の社長って肩書きあるもんな。


「では、私は失礼します。レッシュ、酔っていて口が軽くなっているからな。気をつけろよ」


 なにをわざとらしく余計な一言を添えていくんだ。リサにいろいろと突っ込んでみろって言っているようなものじゃないか!


 くそ~。完全にハメられた。あんたやっぱ“コールド・ゲイル”の異名ぴったりだよ。性格悪い~!

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