その3 旦那と部下の妙な関連性

<大阪 午後十二時 青井照子>


 土曜日の遊園地。思っていたよりも混んでいる。最近、少子化とかで遊園地が次々と閉園を決定していて寂しい限りだけど、ここは大きなところで今のところ大丈夫みたいね。


 元気な長男坊はさっきから同じ乗り物に夢中で、もう五回も乗っている。まだ一歳にならない長女が乗るベビーカーを旦那さまに預けて付き合ってるけど、けっこうこっちも目が回ってきたかも。


「もいっかい、ママ」


 どこまでも元気だね、淳。


「うん。もう一回ね。けどね、淳、そろそろお昼ご飯にしようよ。ママおなかすいてきちゃった」


 そう言うと、淳もおなかを押さえて「うん、おなかすいたー」だって。まるでキーワードを入れられたロボットみたいな反応だね。子供って面白い。

 後ろを振り向くと、ベビーカーを押して結が近づいてきた。


「昼ご飯か?」


 にこりと笑う結。元気そうだけど、足元が疲れてるね。無理もないか。昨夜も帰ってきたの遅かったし、朝から子供達につき合わせてるんだから。


「うん。芝生のところ行って、お弁当にしよう」

「わーい。ごはん~」


 淳は、わたし達の周りをぴょんぴょんと跳びはねている。


「パパー。かたるるま~」


 そして結に肩車をせがむ。結は笑顔で淳を抱き上げて肩に乗せた。淳はパパの肩車が大好きだね。結、身長高いからなあ。


 芝生まで移動して、レジャーシートを準備。

 結が淳を降ろすと、早速辺りを走り回っている。とっても楽しそうに。


「淳。ご飯食べよう」


 結が呼びかけると、淳は元気よく返事をして、靴を脱いでシートに座った。

 お弁当を広げると、淳は喜んで手を伸ばして行儀よく食べ始める。食べているときと寝ているときだけはおとなしいね。


「青井さーん」


 不意に、男の人の声がした。そちらを見ると、結の部下の渡部わたべさんが近づいてきた。同じように家族連れで、後ろに奥さんと、お子さん二人がいる。


「やあ渡部君。君も家族サービス?」

 結が応えると、渡部さんはうなずいた。


「いつもお世話になっています」

「いえいえこちらこそ」


 家族ぐるみの挨拶。淳も、渡部さんのところのお子さんとは時々遊んでいて、顔なじみだから会えて喜んでいる。

 渡部一家も交えて、一緒に昼ご飯ということになった。


 取り留めのない話をしながら、今まで知らなかった事実も知った。

 たとえば、結が五年前ロスへの出張を言い渡されたあの日、渡部さんが奥さんにプロポーズしたんだって。


「ロス出張を言い渡された次の日に出社したら、渡部君が『聞いてくださいよ、青井さん。彼女にプロポーズしたらOKくれました~』って、それはもうこの世の幸せを独り占めしているかのような表情で言ってくるものだから、あの時は複雑だったなぁ」


 結が当時を思い出してか、本当に複雑な表情で言う。そりゃそうだよね、自分だってプロポーズしようと思っててくれたんだもんね。


「あははは。すいませんでした」

 渡部さんは頭を掻いて謝っている。


 あと、渡部さんにお子さんが生まれた時に、結が仕事で大変だったりとか、……なんか、話聞いてたら、渡部さんが幸せなときに結が苦労しているっぽい。単にタイミングが悪いんだろうけど、ちょっとこれから渡部さんの動向をチェックしたくなってきたわね。


「そう言えば青井さん。ちょっと前に話してたゲーム、どうですか? やってみませんか?」

「あ、いや、……前に借りたのもまだやってないから、またの機会でいいよ」

「気にしないでください。いつでもOKなんで。はい、これ」


 渡部さんがリュックから袋を出して結に渡してる。遊園地にゲームソフト持って来てたの? さっきの話じゃ偶然会ったみたいだけど? ……普段からゲーム持ち歩いてるって、かなり濃いオタク?


「あ、ああ。ありがとう」


 結は苦笑して受け取ってる。


「今度、会社のセキュリティ強化の時に、アタック側のパソに、そのゲームの萌えキャラ画像を送りつけるようなトラップ仕込もうかなぁ、なんて考えてるんですけどね」


 そ、そんなことできるの?


「そのトラップの噂が流れて、興味をそそられて仕掛けてくる輩が出るから、やめておけ」

「ダメですか? 残念~」


 個人的にはちょっと見てみたいかも、そのトラップに引っかかった人の反応。


 ふと、渡部さんの奥さんと目が合った。恥ずかしそうに頭を下げている。

 結の話だと、結構キツい人らしいけど、やっぱりだんなさんの上司の手前、黙っているのかな。


 お昼ご飯が終わって、渡部さん達と別れた後で聞いてみた。


「渡部さんの奥さん、言いたいことはずばっと言う人だって聞いてたけど?」


 結はうなずいて苦笑した。


「帰りが遅いことが続いたとき、奥さんがキレて乗り込んできたことあったよ。うちの人を殺す気か、ってね。西村さん、焦ってたな」

「どうなったの?」

「ちょっとの間、早く帰ってもらってたよ。徐々に元のペースに戻ったけどね」

「ふぅん。じゃあ、結の帰りが遅い日が続いたら、わたしもやってみようかな」

「それは、勘弁してくれ」


 あはは~。やっぱり?


「うん、しないよ。立場悪くなっちゃうもんね」

「ぼくいくー。パパはやくかえってっていう」


 淳が急に話に参加してきた。聞いていないようで聞いているのが子供。あなどれない。


「ありがとう。でも大丈夫だよ。パパ、できるだけはやく帰るからね」


 結が表情を崩して淳の頭をなでている。うれしいんだ。

 本当に淳が行ったらどうなるだろうか? と、ちょっと考えなくもなかったけど、さすがに試しちゃダメだよね。


「さ、ご飯終わったし、片付けようか」

「じゅんくん、じぇっことーたーのる~」


 またしばらくジェットコースターに付き合わされそうだ。食べたもの戻さないように気をつけようっと。

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