第10話 選択
結局のところ、俺は一度死んだらしい。
翼人の族長の放った短槍は、旅の間に蓄積した疲労、昼間に受けた火の術、竜人の一撃をとどめに喰らった結果もろくなっていた虫甲製の胸覆いを砕いて、胸を貫き、心臓の辺りの血管やらなんやらがズタズタになっちまったらしい。
アンは自分が発した声で動いた俺に青ざめた顔で治癒の術を掛け続けてくれたそうだ。顔人の二人は狂ったみたいに踊り、歌い叫んだと言う。それでも、傷口の肉が治癒するのがおっつかない。血がドクドクと流れ続ける俺の顔は真っ白になっていく。それを見てアンはついに泣き始めたと言う。
泣き声を聞いたゴンとガリーザが俺の元に駆け寄る間に、気を取り戻した姫さんが惨状を見て怒声と共に神殿へと突貫を掛けた。その声が合図となり、崖上で村人を守衛していたドワーフの戦士達も一斉に駆け下りて来て神殿へとなだれ込んだ。その状況を見て魂消た族長は隙を見せて、ソフィアに一瞬の間で締め落されたそうだ。
「たまには私も役に立つのです」
自分で言っている分には世話がねえ。腕利きの割には影が薄く、役に立っていねえ自覚があるようだ。誰もが突っ込まないのに気付いて、しょぼくれ始めた。やっぱり馬鹿な奴だ。怒らせたくはねえがな。
怪我をして動けずにいたラティオ達は、崖を迂回して降りてきた村人達が肩を貸し、神殿へと導いてくれた。神殿の宝物庫と言う名の倉庫の中には村の男衆が監禁されていた。ろくに飯も食わせてもらえていないため、皆、痩せこけ、やつれていたそうだ。数人の姿はその時から見えなかったらしい。過労か、栄養失調で死んだのかも知れねえ。
問題なのは祭壇の間には五人の翼人種がいた。抵抗することもなくドワーフの戦士達に捕まったという。理由は簡単。全員が身ごもっていた。腹がでかい。ただ、性別は判らねえ。翼人種はどいつもこいつも男か女か見分けがろくにつかない。筋骨隆々出もなく、丸みを帯びた身体つきとまでもいかねえ。髭を生やしていたた司祭を除けば中性的な連中ばかりだ。
「身ごもった翼人達の後ろには、三つ、卵がありました。殻が柔らかい大きな卵です」
ラティオの教えてくれた言葉に、まさかとは思ったが、そのまさかが現実になった。翼人の一人が急に産気づいた。床にうずくまり腹を抱える。皆が慌てる。竜人に襲われた時よりも、上を下への大騒ぎだ。だが、産気づいた翼人が力むと、すんなりと卵は産みだされた。殻が柔らかそうな大きな卵を抱きかかえ、他の卵がある場所へと大事そうに持っていく。親の顔をしている。
「卵生の哺乳類かよ。地球じゃあ数がすくねえ事例だ。人じゃあいねえな」
「もとより、地球には肌人しかいないではないですか。やだあ、忘れているのですか」
時の精霊が俺の頭をペシペシと軽く叩き、茶化すように笑う。かなりイラッとくる。これとは相性が悪いようだ。
「これを封印する間にもせっせと子作りか、好い身分だぜ」
「いえ、翼人種白羽族の者達は私の封印と同時に、種族の繁栄にも乗り出し始めたのです」
「わざわざ、神殿を襲って大事な封印の儀式をする時にかい」
「ええ、彼らの種の残し方は他の人種や生き物と少し違いがありますので……」
時の精霊はそこまで話すと、顔に影を落として言いよどむ。ここまで喋って真相を語らずにいられると寝付けに悪い。
「ええい、余計なことを話すな管理者を語る邪な霊よ!」
「黙るが良いぞ」
姫さんが戦斧槍の石突で頭を突くと族長は叫ぶのを止める。それを見ても、ソフィアは頭を踏みつけ族長の顔を地面に押し付ける。
「静かになりましたので続きをどうぞお願いします」
族長の頭の後ろを踏みつけ乍ら、何かの琴線に触れたのかソフィアが興味津々に時の精霊に説明の続きを求めている。おっとり顔の精霊様も、俺もドン引きだ。コホンと軽く咳払いを一つして、意を決したかのように精霊は語る。
「種族の特性については、創造者の方でさえ予想していないことです。それを踏まえて、かつ、どのような種族にも種を残すと言う行為に悪意はないことを忘れないでもらいたいのです。翼人種の身体には性器というものが存在しません。お腹の中には精巣と卵巣があるのみです。性交をすることもあり得ません。意味がないからです」
「おかしいじゃあねえですか、それじゃあ一体どうやって子供を作るんですかい」
珍しく下手な敬語交じりの言葉を使ってワリスが時の精霊に尋ねる。なんで、皆これにそんなに敬意を表すんだ。封印を解いてやったんだ、もっと偉そうにすればいいんだ。俺の思いをよそに、ワリスの質問に対して時の精霊は一時の間を置いて慎重にゆっくりと答える。
「翼人種はお腹の卵巣に子を成すために、精巣を食するのです。過去、最近に至るまでは自分達の種族間で愛する者の片割れの腹を裂き精巣を取り出し子を成していました。当然ですが、それでは種族の繁栄には至りません。ただ、取り込む精巣はなにも翼人種である必要はありません。他人種のものを取り入れても、必ず翼人種が産まれます」
精霊の言葉を聞き、一瞬の空白が生まれる。
「イヤアアアア!!」
聞いていた村人の幾人かがその場で叫び声を上げる。中年くらいの母親、若い女。多分、自分の倅や夫が見つからない女衆だろう。
見当たらない男衆は、翼人種に精巣を食われて死んだのだ。
「ななな、なんと、天の使いどころか、亜人にも劣る身の毛もよだつ、おぞましき種族ではないか! こんな連中を崇めようとしていたとは……」
長老が言葉を放ち、村人達が生き残る族長や翼人種達に一斉に忌まわしいものを見る目線を送る。翼人種達は、その目線に無言乍らも怒りをあらわにする。しかし、俺はその言葉に賛同をすることは出来ねえ。
「待ちなよ長老さん。これが言っていただろう。どんな形であれ、種として生き残る手段を『おぞましい』と言うのは止しな。俺達だって、生きるためには他の命を食らっている。腹を膨れさせるのにリザードマンを食った。命を守るためにハーピーを踏み殺した。他の生き物を押しやって街を作る。結局、どんな生き物もどこかで必ず命を貰っている。だから、翼人種をおぞましいなんて呼んじゃあいけねえよ」
俺の言葉を聞いても、長老や他の村人は納得が出来ていない。実際には俺だってそうだ。理解はできるが受け入れることは、なかなか出来ねえ。自分の金玉もがれて食われるのは御免だ。
「この方の言う通り、生態を理由に差別が起こるのは私としては心苦しいのです。まあ、干渉を行うほどのことではないのですけど。ところで、いい加減踏みつけるのはやめてあげて下さい。そちらの方が見ていられません」
精霊の言葉を聞きいれソフィアは脚をゆっくり、そっとどけてやる。どこか名残惜しい感じを受けるのは気のせいだと思いてえ。ゲホゲホと咽てから、族長は低い声で精霊に呪詛のように呟き始める。
「余計なことを喋りおって。性を交える汚らわしい行為をしなければならない他の人種に比べて我らの行いのほうが、よほど潔いではないか。他人種の種であろうとも、気高い翼人種として生まれ変われるのだ。我々は生まれた子供を差別するような行いはしない。愚かな白蟻の末裔とは違うのだ。邪な精霊を駆逐し、全ての人種を支配下に置き管理する立場にあるのは、我ら最も天に近き翼人種にこそ相応しい……」
「別に私達精霊は世界の管理者ではありませんよ。精々、その管理者の方の小間使い程度の存在です。その管理者の方にだって上の管理者がおられます」
時の精霊の語る言葉に一瞬で場が静まる。族長も言葉を失っている。
「地球で言う『神様』みてえな存在かい」
「まあ、そう捉えてもらって構いません。ただ、唯一神ではありません。地球の管理者の方々は相当難儀をしているとの話ですが……。失敬、今の言葉は忘れて下さい。管轄外の世界について語るのはちょっとまずいのです」
俺の問いかけに言葉を滑らせた精霊は顔を横に向けて口を一文字にする。腕を交差させてバツ印を作る。管理者に怒られるのがおっかねえのかな。
「凄い、事実じゃあないですか。ドワーフ帝国に残る伝承で聞いたこともありません」
「……他所の国でも聞いたことがねえな。精霊様の上の存在に、更に上の存在かよ」
「王国での取りまとめは私がやりますので、クラテルさんは帝国での取りまとめを……」
「いや、クラテルにワリス、この一件についてはまず父上にご相談をしてから……」
後方で、声を抑えることが出来ない密談が繰り広げられている。時の精霊があわあわとしている。知られたくはねえのであろうが、もはや知れ渡るのは時間の問題だ。自業自得だな。
「そういえば、管理者様の使い走りのこれの封印はどうやって解いたんだ」
「……いい加減、これ呼ばわりは止して下さい」
「ハハハ、ゲンさん言葉使いを少し改めて下さいね。ピーコ姫様以下ドワーフの戦士の方々が乗り込み祭壇の間にあった、強い霊力を発する白エルフが納められていた琥珀の棺を打ち砕いたそうです。――時の精霊様を封印するほどの触媒は、霊力の高い白エルフの遺体が納められていた琥珀の棺だったようです」
あの時、白エルフの女王が水の精霊様を琥珀の欠片で封じられなかった理由が分かる。奴らは多分、翼人達と裏で手を組んでいた。封印術について教わったのだろう。中途半端にだが。そして、あの水の精霊に使役術を掛けた白エルフの司教が残した言葉
『ば、馬鹿な、使役の術の強化に成功したと……ま、まさか』
まるで、他人から教わったかのような言葉に違和感があった。手前達で研究した成果じゃねえのか、同種族にまで裏切り者でもいたのかなと思っていたが。どうやら、白エルフも翼人種にそそのかされたか、騙されていたようだ。今際の際で司教様は気付いたみたいだな。遅すぎたがな。
「触媒にされていた琥珀と白エルフは、打ち砕いたと同時に塵となり消え去ったぞ。封印の触媒として使われ、叩き壊された結果、形を保つのも無理になったのかもしれんぞ」
「これを、封印するのに死んだ後も使われたんじゃあ、その白エルフは報われねえなあ」
「いい加減にしなさい! 命の恩人に向かってこれ呼ばわりは止して下さい!」
俺の言葉にいい加減、時の精霊が切れたようだ。命の恩人? 一体どういう意味だ。
「ゲンおじさん、私の術じゃあ治癒と回復は間に合わなかったの。時の精霊が、ゲンおじさんの身体に時戻しの術っていうのを使って身体を元通りにしてくれたんだよ」
「そうです、その子の言う通りです! だから、私を尊び崇め称えなさい! とくにあなただけは!」
でかいパイオツを実らせる胸板をここぞとばかりに反らせてふんぞり返る馬鹿が見える。盛大に舌打ちをかまして、鼻で笑ってから答えてやる。
「嫌なこった。元はと言えば、誰のせいでこっちの世界に迷い込まされて、助け出す手間かけさせられて、挙句の果てには死に目に合わされた。全ての原因はこれじゃねえか。命の一つや二つ助けて貰っても当然だ」
「全く持ってその通りじゃな。此度の不始末、与えた影響は大きいぞ」
俺の言葉に続いて、時の精霊を責め立てる奴がいる。姫さんみてえな喋りだが声の音が違う。誰だと思い振り返ると、大森林にいるはずの水の精霊がその場にいた。時守の精霊は、水の精霊の登場に目を丸くして驚いている。
「水の姉さま、いらっしゃたのですか。神殿を開けるのはマズイですよ。それに、空間転移術を人前でするのは止してもらいたいのですが……」
「神殿は樹人達が守っておるから多少の時間は問題は無いぞ。空間転移系はお主の領分の術じゃからの。まあ、見ても使える術ではないぞ。……将来は判らんがの」
水の精霊はアンと顔人の二人をちらりと見て少し苦笑いをする。アンは小首を傾げる。どんだけの才能があるんだよアンには。水の精霊を問い質したいが止めておくとしよう。
「く、空間転移の術、そ、そんなことが可能なのですか……」
「実際に目の前に水の精霊様がいるしなあ……」
「やっぱり、精霊様との契約は必要だよ、ラティオ、この件の方がついたら他の精霊神殿を探しに……」
「駄目です」
「……帰ったら研究対象が山積みです。狩人組合に申し出で人手を……」
「ワリス、クラテル、戦士達よこの事については……」
後ろが騒々しい。転移術の存在はそれ程に影響がでかいのだろう。地球で発見されたって大騒ぎだ。水の精霊を見て、今回の旅の本題を思い出す。封印を解くことは理由の一つでしかねえ。
「なあ、おい、ところで地球に戻ることはできるのかい」
「ええ、できますよ。触媒が必要ですが」
「触媒? 俺達を呼ぶのに毎回、触媒を使っていたのかい」
「いえ、お二人が来たのは白羽族達が行った封印術に抵抗する際に起きた事故ですね。正式に送り返すには触媒が必要なのです」
「じゃあ、過去にこちらに来た地球人二人も事故なのかい。やっぱり触媒使って帰したのかい」
「過去に、二人? どういう意味じゃゲンよ、そんな話聞いたことがないぞ」
「あ、ヤバ」
俺の言葉に水の精霊が慌てて問い質してくる。時の精霊の顔が蒼い。こいつ、他の精霊には黙っていやがったな。
「管理者の使い走りは口が軽いんだか、重いんだか」
「まて、時の妹よ管理者の方々の話までしたのか」
「ちょっと、口が滑りまして」
水の精霊が眉間を指で押さえている。出来の悪い妹がいると大変なもんだ。俺にはわからねえ悩みだな。
帰還に必要な触媒は直ぐに見つかった。なんてことはねえ。ソフィアの奴が最後まであきらめなかった蛸巻貝の大殻がそうだった。皆が目を向いて驚いた。
「見なさい! 今回の私の活躍を! そして、ゲン、これを幾らで買い取りますか?」
「なんでえ、譲ってくれるんじゃあねえのか……。まあ、当たり前か。ゴンの利用賃と本の代金を差し引いても足りねえのかなあ」
「そ、そうですね。す、少し足りません。多分」
多分と言う言葉が気に掛かるが、実際ソフィアの奴には何かと助けられた。その礼もある。
「礼は後でする。いずれにしても、殻を村から持ってこようじゃねえか。俺達の荷物も一緒に残してきた。それも持ってくる必要があるしな。その間に、飯でも食おうじゃねえか村の男衆は腹を空かせているみたいだしな……」
俺は言葉を紡ぐことを止めて、強い気配を感じた神殿の入口に向けて振り返る。神殿の入口辺りには人影が三つ。大小分かれるが、どの影もゴン並にでかい。二つはゴンよりも明らかにでかい。蝙蝠のような羽根を畳みこちらへと近づいてくる。――竜人種。一人を除けばどうみても、俺達が戦ったナブウよりも強そうだ。
三人の竜人が歩み寄る。一同に緊張が走る。だが、後ろには水の精霊と時の精霊が控えている。あの時、水の精霊は『竜人種よりも強い』と言っていた。その言葉、信じるしかねえ。
竜人達は俺達を一瞥し、精霊二人を見ると跪き傅く。
「世界の管理を担う精霊様。お初にお眼にかかります。竜人種青鱗族の若く未熟な戦士ナブウの父、竜人の戦士シャラルと申します。……此度は我が倅が未熟がゆえに迷惑をお掛けしたようです」
祭壇の前で静かに眠る己が倅の骸を目にして状況を察したようだ。どうやら、敵対関係になるわけではねえみたいだ。内心、ホッとする。
「よいのです。使役の術で操られていた彼に罪はありません。罰は使役術を掛けた者が受けることでしょう」
「して、その術を掛けた愚か者はどこにいるのでしょうか」
時の精霊は、白羽族の族長に目をやる。折角生き延びたと思った白羽族の族長は一気に奈落の底に落ちたみたいな顔になる。
「……白羽族の族長よ、わが未熟な息子が外界との接触の必要性を説き、許可を得ずに最も近在にいるお主達の元へ向かったのは知っている。結果がこのざまでは何も言えん。しかし、我が息子を手に掛けた罪には報いてもらうぞ」
「ま、待て。お前の倅を殺したのはその、ドワーフもどきの肌人種だ」
ナブウの父親は俺を一瞥する。そんな馬鹿なと言った顔つきだ。
「真実ですね」
時の精霊が語る。
「その通りだ。俺がやった。どうするんだい。逃げも、隠れもしねえ」
殴られたら痛いだろうな。俺が親でもそうするもの。もし、俺の子供が殺されたら、地の果てまででも追い掛けて殺した相手に報いを与える。必ず、絶対にだ。
だが、周りの連中はその意味を察しきれねえ。争いになると思ったのか、全員が身構える。実力の差は判っていてもやり合う所存の様だ。俺を守るためにか。泣けてくる。
「倅は死に際に何と言ったか」
「世界をもっと知りたかったとさ」
「使役の呪いから解放されたことに感謝をし、傀儡のまま行かずに済んだことを喜んでいました。そして、強き者達と戦えた事に満足をして逝きましたよ」
時の精霊が余計なことまで語る。争いを避けさせるためか。だが、殺したことには変わりはねえはずだ。
「正確なことを述べずにいることが美学とは言えないこともある。ゲンよ、その事をもう少し知るべきぞ」
「手を掛けたことに、違いはねえよ」
「あの者の使役の呪いは『死』でしか解放は出来ません」
「そうでありますか。ならば、倅の死は運命だったのやも知れません」
「そんな、言葉で片付けるなよ! 手前の倅じゃあねえか!」
俺の怒声に周りが魂消ている。竜人の親父は苦笑いを浮かべたように見える。後ろに控える、他の竜人よりも小柄な竜人だけは剣呑な目線を俺に向けている。そうだ、それが正しいんだ。
「判っている。判っているのだ。そう、責めんでくれ。倅に手を掛けて、結果として呪いを解いたお主を恨みたくはないのだ。倅の世界を知る望みを少しでも聞いていれば、結果も変わったのかもしれぬ。そう言う意味では私とて同罪なのだ」
言葉が出ねえ。俺自身、納得ができねえが言いたいことは判る。息子の言い分に聞く耳を持たなかった父親の複雑な心中なのだろう。
「罪はこいつらに償わせる。それでいいのでしょう、アナタ」
残る二人の竜人の内、少し痩せた竜人が族長の首根っこを押さえる。族長はそれだけで抵抗が出来ないようだ。ナブウの親父以外は、声の感じから言って女の様だ。ナブウも親父のシャラルも腰巻を付ける程度だが、二人は胸を隠している。よく見ると身体が丸み帯びている。呼び方して、シャラルの嫁なのだろう。もう一人は娘かな。
だが、少しだけ待ってもらいてえことがある。
「族長と一人以外の翼人は子を、卵を孕んでいる。産むまで殺すのは待っちゃあくれねえか。腹の子や、産まれた子に罪はねえ。頼む」
「判っているが、親がいない卵は多分持たん。翼人種の産んだ卵は、その親が霊力を送り続けなければ孵化することはないはずだ」
シャラルの言葉に愕然とする。じゃあ、村の男衆を犠牲にして産まれた卵も、もたねえということか。それは、可愛そうじゃねえか。
「た、叩き割ってください! あの人の命を奪って産まれた子供なんて見たくもない……」
村人の女の一人が叫んでいる。気持ちは十分に判る。それでも、子に罪はねえ。産まれてくる子供が悪意に塗れているのであれば別かもしれねえが。
「ゲンの言う通り、子に罪はなかろうぞ。教えを間違えなければ、現状のような間違いは生まれはせんぞ。時守の神殿で預かるのは、その者達の心情的にもよくはないだろう。我の神殿で卵と産卵間近の者達は預かろうぞ。霊力の件は心配するな。これでも精霊である。どうとでもなるぞ」
水の精霊が寛大な心を持って納めてくれた。そこまで言われれば渋々ながらも翼人種を除いた全員が納得をする。卵を産んだ翼人達は竜人達が水の精霊の住む神殿へと引き取りに行く手はずとなった。
シャラルは水の精霊から神殿の位置を聞き、有り難き幸せだと再び傅く。どうやら、この一件はどうにか納まりそうだ。翼人達は竜人達が連れて帰ると言う。部族で裁きを与えることになるようだ。そっちの事に干渉をする気はねえ。
「遺恨を残すことになるぞ、翅付蜥蜴め!」
「望むところだ。なりそこないの鳥よ。受けて立つ」
族長の捨て台詞に、シャラルは堂々と答える。きな臭いことにならなければ言いなと思う。心配するだけ無駄かもしれねえけどな。
ゴンとハダス、ワリスに幾人かのドワーフの戦士達を村に向かわせ、残った荷物を引き上げるのを頼む。その間に、飯の支度をしておく。村に戻った際に塩を持ってくる算段になっているからとりあえず準備をする位だ。食材は、外に転がるリザードマンとオークの肉だな。
「おい、このオークの肉を熟成させてくれ」
「……時の術でこんなことをするなんて」
「お前はオークの肉を食うと言うのか、なんという悪食」
時の精霊はがっかりとした感じでオークの肉に熟成を早めるための術を掛けてくれる。こいつは便利だ。地球で使えれば役に立つ。時間の節約だ。
オークとリザードマンを食うと言う俺の言葉にシャラルと他の竜人二人――嫁と娘さんも絶句している。食って、その考えを改めて貰おう。今まで散々実績を作っているのだ。
血抜きは水の術を応用してアンにして貰った。これも便利だが、霊力を節約するのであれば始めから多少の手間を掛けるべきであろう。誰もが多量の霊力を持っているわけではねえからな。
宝物庫にあったでかい壺を幾つか取り出し、オークを煮る鍋代わりにした。後ろで時の精霊がさめざめと泣いているような気がする。「貴重なのに、貴重なのに」と泣き言が聞こえるが、使いもしねえのに貴重品も糞もねえ。使うのが道具としては一番ありがてえはずだ。
良い感じに煮える頃にはゴン達が戻って来た。味付けはゴンに一任して出来上がりだ。男衆たちにはスープを多めにして渡す。腹を空かせていきなりがっつかれて、喉に詰まらせて死なれては困るからだ。
「こ、これは……美味いではないか!」
「私の食べた肉とはまるで違うぞ」
「フフフ、オーク肉ノ素晴ラシサ、ワカッタカ」
シャラル達竜人は驚き、姫さんは自分で仕留めた肉との違いに首を傾げ、ハダスが得意げに語る。ハダスはもはや肉の伝道師の様だ。シャラルに焼いた肉の美味さを伝えている。竜人達の喉がゴクリゴクリと動いている。
何はともあれ、飯は美味しく頂けた。仕事の後の飯はどうしてこんなにも美味く感じるか。不思議でしょうがねえ。
「世話になった。約束通り、後に娘を時守の神殿の巫女として向かわせる」
騒ぐと喧しいので布でグルグル巻きにした白羽族の族長と子を産んだ翼人を肩で担いだ竜人の夫婦と娘が神殿の入口に立ち、簡単に別れの挨拶をする。
残った翼人は術と霊力を封じられ、残された卵と共に水の精霊神殿へと連れていかれる。生まれてくる子供たちが捻じ曲がった教えを受けることが無いように祈るしかねえ。まあ、あそこには水の精霊と樹人達しかいねえから問題はねえだろう。
「では、さらばだ儚くも強き者達よ。ところで妻よ、途中にオークの巣があったな」
「ええ、山間に住処がありました。数は少ないですが」
「肉は今回みてえに直ぐには食えねえから、熟成をさせてくれ。教えたとおりにな」
別れの挨拶を交わした後、俺の言葉にシャラル達は軽く頷いてから、飛び立っていく。オークはこの世界から絶滅をするかもしれねえ。可愛そうなことをしちまった。
シャラル達との別れを済ませて祭壇の間に戻ると、時の精霊と水の精霊が待ち構えていた。今度は真面目な顔をしている。
「此度の件、大変に世話になったぞ。我からも礼を言う」
「こちらに迷い込ませたお詫びに、封印を解いていただいたお礼をしなければいけません。これを」
時の精霊は漆黒の丸く磨かれた拳大の珠を俺とゴンに渡す。中を覗くと深淵に吸い込まれて行くような感覚だ。あまり、芳しい代物ではねえ。
「時の精霊の宝玉です。お守り代わりにお持ち下さい」
「お守りねえ……」
それなら、水の精霊に貰った首飾りで事足りると思うがそれだけではねえんだろうな。後ろで、『国が買える』とか言う声が聞こえてくるが、聞こえないふりをしておこう。
「では、これより異世界帰還の法を行使します。お二人共準備は宜しいですか」
俺の袂にいるアンが服の裾をギュっと掴む感触が判る。眼をやると、目を背ける。頭のいい、物わかりのよい子だ。だが、良すぎるのも考えものだ。
「あー、悪いな、ちょっと待ってくれ」
「そうですね、別れの挨拶が必要ですからね。先にお二方には言っておきます。今回の法が行使された後は、私の力の範囲では何があってもこちらの世界に来ることは出来ません。例え、今回のような事故が原因としてもです」
尚更、言いづらくなっちまうな。姫さんまでも少しオロオロし始めている。ゴンの奴も、戸惑いを隠せないでいる。どいつもこいつもしんみりとし始めた。
「いや、そうじゃあねえ。そうでもねえか。ええい、面倒くせえなあ」
俺は懐から一通の手紙をしたためた封筒をゴンの胸へと投げ渡す。ゴンの奴は慌てて、落とさないように封筒を受け止める。
「ゴン、地球に戻ったらそいつを俺の家族に渡してくれ。占いのテリザの婆に聞けば連絡をしてくれるはずだ。俺の元妻に、子供、出来のいい兄貴。それぞれに話をしてくれ。――俺は、こっちの世界に残る。地球には帰らねえ」
「「「ハア?!」」」
突然の俺の意思表明にどいつもこいつも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔に代わる。精霊の二人までも魂消ている。今回の旅の間に考え抜いた結果だ。誰も一言も『帰る』とは言ってはいねえ。
――俺にはこっちの世界の方が性に合っているみたいだからな。
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