第9話 強き者
強え奴が仲間内にいるということは、それだけでも相手にとっては不利になる。強え奴と戦うだけで、戦うことが嫌になる。逃げたくなる。今まで、ゴンという最強の男がいるということが、どれだけ心の支えになっていたのか。
――今になってみればしみじみと有り難さが判るもんだ。
竜人の強さは半端がねえ。ゴン一人ではとても太刀打ちできないと思い、周囲の皆が一斉に加勢をした。
怯えるスレイプニルから降り、ゴンの構える盾を殴り続ける竜人の後ろから振り掲げた戦斧槍を気合一閃に振り下ろした姫さんの一撃を咄嗟に腕で払いのける。
姫さんはその膂力だけでたたらを踏み、その隙にすかさず戦斧槍の柄を掴まれ放り出されてしまう。
打ち所が悪いのか、姫さんは起き上がっては来てくれねえ。
近付いたワリスが鋼鉄の戦斧を足元に喰らわせようとするが、振り抜こうとした腕を足裏で押さえられ、そのまま前に突き出された足の力で押し飛ばされてしまう。卓球の玉のような軽さでワリスの奴は、向こうの岩壁まで吹っ飛んじまった。
ワリスは立ち上がろうとするが、生まれたての小鹿みてえに四つん這いに震えている。
ラティオが一息の間に詰め寄って、ねじり絞り出した細剣の突きは肌人種の非力さを見るかのように竜人の肌には突き刺さらねえ。せせら笑うかのように、細剣の切っ先は折れ、ラティオの頭に目掛けて、羽虫をはらうかのように振るわれた竜人の手の平を咄嗟に防いだ腕は割り箸を折るかのように違う方向に折れ曲がった。
ラティオの奴はもう、剣を振るうことは出来ねえかも知れねえ。
闇にまぎれて喉元を噛みちぎろうと駆け寄ったハダスの突撃は、熟練の闘牛士のように華麗に躱され、顎に目掛けて膝をかちあげられた。でかく開けたハダスの口は強引な力で閉ざされて、鮮血が口から舞っている。突撃の勢いが消えねえまますっころんだハダスの顎は閉じることなく血を吐いている。
ハダスは好物の肉が食えねえのかな。
俺は、大楯の上からしこたま殴られて膝立ちのまま動けなくなっちまったゴンの肩を踏んづけて竜人の頭めがけて振りかざし戦槌を叩きつけようとするが、頭を軽く傾けて躱される。
それでも鎖骨目掛けて戦槌をぶちかましたが――まるで分厚いタイヤのゴムを叩いたかのような感触しか伝わらねえ。骨を覆う筋肉の強さが半端じゃあねえ。致命傷には程遠い。
邪魔な蠅を払うみてえに、胸に向けて手の甲を手首の動きだけで払われる。そんな動きだけで俺もまた明後日の方角に吹っ飛んでいく。胸は焦げた虫甲の鎧で覆われ、その下には分厚い布服をまとっていたが屁の役に立ちやしねえ。あばらの骨が何本かやられた。肺や心臓に突き刺さらなかっただけでも役に立ったと思った方が良いのかも知れねえ。
吹っ飛んでいく刹那の間に、岩に叩きつけられれば動けなくなるかも知れねえなと考えていた俺の身体を柔らかい何かが受け止める。
「ググ、ゲ、ゲ、ゲンさん大丈夫ですか?」
「ク、クラテル、お前どうして降りてきた? 上の連中はどうした?」
「だ、大丈夫です。問題はありません」
まだ、数がいたハーピーは片付いたのか。俺としては翼人の増援が来た時を考えて銃を持つクラテルには居て貰いたかったが、上からでもこの状況はまずいと踏んだのかも知れねえ。いずれにしても助かった。
「アンさんと顔人の二人組も直に降りてきます。あの、蜥蜴人は術で対抗しながら倒すしかありません」
「蜥蜴じゃなくて竜だとよ、それだけじゃあ決め手に欠けるかも知れねえ。あれの強さは半端じゃねえ。俺には霊力の強さは判らねえが、半端な術じゃ奴には通じねえ。今まで見てきたが強い術使うには時間が掛かるだろう。その隙作るほど弱え奴じゃあねえ。現に、ガリーザの奴は動けねえままだ。……クラテル、大筒持ってきているな? 俺に寄越せ」
「当たるわけがない! 筒の弾丸さえもかわす勢いですよ!」
そういうクラテルが持つ大筒を引ったくる。折れたあばらの痛みのせいで息をするのが億劫だ。呼吸のたんびに痛くてしょうがねえ。クラテルの言う通りに遠くから大筒をぶっ放しても躱される可能性が高え。それでもやる価値はある。大筒に目をやる俺の後ろからクラテルの呟きが聞こえる。
「う、嘘でしょう」
何を言っていやがると思いクラテルに目をやる。俺の方を見ているわけじゃあねえ。もっと遠くの方を見て茫然としている。クラテルが見る方向に向けて目をやる。そこには先ほどまで膝立ちで動かなかった、ゴンがゆらりと立っている。あいつ、動けねえんじゃなかったのか。それよりも竜人が片膝をついている何が起こった。
「立ち上がったゴンさんの前蹴りを躱さずに受けた竜人? が、後ずさり膝をついたのです……」
一部始終を見ていてクラテルが俺にそう告げる。剣や斧を払いのけるような筋肉を持つ相手に対して蹴り一つでダメージを与えたのか? つい先程までは手も足も出ねえ状態だったゴンの奴がか?
ゴンの顔は、長い付き合いの俺でも見たことがない表情だ。あいつが本気に近い力を出すときは目が座ったような冷めた状態だ。
今は、不細工な顔を怒っているような笑っているような顔に大口を開けて歪ませている。暴悪大笑面、悪への怒りが極まるあまりに大口を開けて笑い滅する。その言葉が良く似合うような表情。
「ガガガガガ」
ゴンの口からは不気味な咆哮のような笑い声が上がって来る。どちらが敵役なのか分かったもんじゃねえ。竜人は立上り、縦に長い瞳孔を篝火の光で赤くさせてゴンを睨みつける。盾も、大戦槌も放り投げたゴンが竜人に掴みかかる。
膂力であれに敵う訳がねえだろうと叫びたくなったが、掴みかかったゴンの両腕を掴み返した竜人は動けずにいる。虫甲の腕甲に容易く爪を食いこませたものの力は拮抗している。信じられねえ程にゴンの奴は強え。
ゴンと竜人のお互いが一瞬の隙を狙い動かずにいる。竜人は鋭い牙と顎の力で噛みつきたいだろうが、その隙をみせればゴンにぶん投げられるだろう。ゴンがその隙を見せれば、ゴンの喉か肩は噛み砕かれる。
ゴンは開けていた口を食いしばるが笑みは消えてはいねえ。だが、悪を笑い飛ばす笑みは、強敵と出会えたかのような笑みにも見えてくる。
そんな様子を見ているしかねえ、弱い俺は見ているしかねえんだと思っていたが、そんな勝負の美学なんてことはどうでもいい連中が横やりを入れようとしている。
「ゲンおじさん! あれを止めて!」
岩肌を掛け降りてくる男の顔人ヤドハクに背負われたアンから叫び声が上がる。後ろには女の顔人アナーカも微笑みを絶やさずに付いてくる。結構タフな奴らだ。
アンの指差す方向を見る。翼人の二人、司祭と族長が腕を振りかざし何かをゴンに向けて投げようとしている。術だとしたら無駄だ。ゴンは精霊から貰った術を防ぐ首飾りをキッチリと着けている。霊力がなく、術への抵抗が皆無の俺も同じだ。
アンもそんなことは百も承知の上だ。それでも叫んだ。嫌な予感がする。俺は咄嗟にゴン達の方向に向けて走り出す。あばらが折れた痛みもへったくれもねえ。痛みなんて感じやしねえじゃねえか。
痛えなんてまやかしだ。動けねえのは心が弱えからだ。今一番頑張っているのはゴンの奴だ。それを邪魔しちゃあいけねえ。
「夜の闇の中、火間虫のごとく地を這いつくばって巣の隙間を探す狩人にとって古びた岩窟のスキマを見つけて忍び込むのは容易いのですよ。友の火傷の借りです。死ね」
腕を振りかざす直前の司祭の陰から、いつの間にか忍び寄ったソフィアの短剣が首元を裂く。動脈を切られて血を吹き出し翼人の司祭は倒れている。あの女はおかしな調子だが、おっかねえ女だ。そんなことは、昔の同胞が首吊るされるのに冷淡な様子で見ていたことで判っている。
翼人の族長は気にも留めずに腕を振り下ろす。ひ弱そうな身体をしている癖に、プロの野球投手みてえに鋭い投げ方だ。あれは術を使っている。間違いがねえ。ゴンに向けて投げ出されたのはなんだ? 短剣か? 短槍だな? いずれにしても術じゃあねえ! 奴ら考えやがった、自分の筋力を術で強化して物理的な攻撃をかましやがったんだ! ゴンに致命傷を与えなくても隙が生まれれば竜人の咢の餌食だ!
族長はソフィアに向けて細かい術を連発して、その場から離れていく。弱い術だが翼人の霊力ゆえの術の強さからかソフィアは躱すのに精一杯だ。
「バアアアア!」
俺は雄叫びを上げてゴンと竜人の間に立ちはだかる。族長の投げた短槍が竜人の一撃を受けて脆くなっていた虫甲の胸部を貫いて突き刺さる。予想以上の威力だ。ゴンが喰らってもタダじゃあ済まねえな。
「グ、て、テメエ、どこから湧いたんだい!」
悪いことは続く。ガリーザを後ろから襲い掛かる奴がいる。若い翼人、ゴンの奴が石をぶつけて落した奴だ。死んじゃあいなかったのか。ゴンの奴ぶつける時に、また、手加減をしたな。馬鹿たれ、ピンチを呼んだじゃねえか。
ガリーザの声が耳に届き、視界の端に移った翼人の顔が見えたのかゴンに動揺が起きたのが分かる。自分の手加減のせいで、ガリーザに、仲間に、また危機が迫ったせいだ。
竜人を掴む手を放し、腕甲に食い込む竜人の手を無理矢理振りほどいてガリーザの元へと一直線に駆け寄ろうとする。そんなに甘い奴じゃあねえだろう。お前が初めて会った強敵は。
ガリーザの元に向かうゴンの後ろから竜人が鋭い牙を並べた、でかい凶悪な咢で噛みつこうとしている。
――痛くねえ。痛くねえよう。
心の中で、そう叫んで槍で胸貫かれても、血反吐を吐いても離さなかった大筒を持ってゴンを背中から襲おうとしている竜人の背中に駆け寄る。
ゴンの馬鹿は射線から少しずれている。
痛みで冴えた頭と、闇夜の中くっきりと見えるゴンの背中。ゼロ距離とはいかねえが、かなりの近距離砲撃だ。流石の竜人様もタダじゃあ済まねえだろうよ。
「さらばだ……」
消え入りそうな意識の中でそう呟く。誰も聞いちゃいねえだろうがな。
抱え大筒の引き金を引く。でかい轟音が鳴り響く。真っ白な硝煙の匂いがどことなく懐かしい。竜人の背中の肉がはじけ飛ぶ。飛び散る肉と血が夏の夜に咲く花火見てえだ。
それでも、向こう側が見えねえ。どんな筋肉をしているんだ。だが、骨が見えて血がドバドバと流れているのが分かる。俺も同じかな。竜人が倒れていく。俺も倒れていく。
その先にはゴンの奴が、ガリーザを襲った奴の頭を思いっきりぶん殴っている。翼人の頭はぐるりと回って見当違いの方向に捻じ曲がった。ああ、ついにやっちまったか。悪いなゴン。綺麗な手のままで帰してやりたかった。すまねえな。
占い婆の占いは良く当たると評判だ。最後の旅になっちまった。これでお終い。おさらば。
自衛隊に入ったきっかけは俺を育てた鬼のように怖い祖母のせいだ。実際は大学内定まで決まっていた。憧れの名門登山部に入るつもりだった。
「アンタの性根を治すには軍隊に入るしかないよ!」
自衛隊は軍隊じゃねえと言い返してやったが聞く耳を持ちやしなかった。祖母は知り合いのお偉いさんをお為ごかして、大学の内定を勝手に取り消して、気付けば俺は陸自の一員にされちまった。
規則に縛られ、きつい訓練が続く。先輩に付き合わされて毎晩酒を飲む。金が尽きても、宿舎で飯にはありつけるから飢えることがなかったのは良い点だ。上に進めば門限がなくなるから、給料日の当日に街の酒屋を朝まで梯子して螻蛄になったこともあった。良い思い出だ。
「この街のおっかない連中は上の人達が追っ払っちまった」
酔った先輩からよく武勇伝を聞かされた。人を殺す訓練をしているから、そんじょそこらの連中とは心意気が違っていた。絡む連中も少なかった。
それでも俺の性には合っていねえと思っていた。
部隊長からレンジャーの推薦を受けた。栄誉あることと周囲からは言われたが、内心で渋々だった。良かった点はサバイバルの技術が覚えられたこと。そうゆう技術が、三度の飯よりも俺は大好きだった。いや、やっぱり飯の方が好きだな。
悪い点は、レンジャー課程の最後の最後、俺のヘマで仲間が傷ついたこと。ジョージの顔の傷は俺のせいだ。
「気にしないで下さい」
ジョージは笑って、地元で猟師をするからといって隊を抜けた。結局俺も居るに居られずそのまま後を追うようにして辞めた。どちらかというと、辞めるいいきっかけだったのかも知れねえ。
隊を辞める前に知り合ったおっかねえ女と結婚もしていて子供も二人授かっていた。女と男一人ずつだ。
死ぬ前の祖母にどうにかして孫の顔を見せられたのは良かったと思っている。鬼のような育ての親の祖母は孫の顔を見て、俺が隊を辞める前にポックリと死んだ。だから、辞める事に文句を言う奴はいなかった。
隊を辞めた後は冒険家を自称した。世界を股に掛けて旅をした。楽しかった。好景気の時代だったおかげでスポンサーも付いた。金には困らなくなっていた。
だが、その後が良くなかった。大好きな旅を続けるせいで他の事全てをないがしろにした。家にも半年に一回、悪ければ一年に一回顔を出すくらいだ。金の事は会計士に任せっきりだ。
冒険の旅から戻ったら会計士が金を持って、とんずらしていた。
不況になったせいでスポンサーはなくなっていた。
嫁さんは書置き残して、子供を連れて、実家に帰って、いなくなっていた。
手前のせいで全部を無くしていた。
自己破産の手続きをして保護下に入る前に、持つ物持って夜逃げ同然に姿をくらませた。逃げるのは得意だ。そのまま、今の無宿人、いわゆるホームレスになった。
ホームレスにはホームレスのルールがある。くそくらえと思った。仲間の世話を受けなくても、自然の恵みだけでも、自給自足が出来る自信があった。現にそうして生活が出来た。だけど、それでは心細かった。寂しかった。
そんな生活を三年程続けていた時にゴンに出会った。でかい図体で若い癖に前頭部が薄く禿げ上がり、つながるような太い眉、餃子耳、デカ鼻、タラコ唇で髭面。眼の堀が深いから日本人には思えなかった。
他人から泣く子が叫ぶ、マフィアが避ける悪人面と呼ばれる俺からしても不細工な奴だと思った。
ブラック企業でパワハラを受けていた同僚を上司から庇ってクビになったら転げ落ちる様にホームレスになったと、聞き取りづらいドモリ癖のある口調で泣き言を言っていた。残飯漁ることもできねえから生き倒れをしたと言う。馬鹿な奴だと思った。
だけど、なんとなく世話をしてやった。知り合ったからには、目の前で死なれても困る。サバイバル技術を教えてやった。実際にはやったことのねえ、他の連中から聞きかじった金を稼ぐ方法も知ったふりしてやって見せた。
以前のなじみに頭を下げて働き口を斡旋して貰った。まあ、日雇い労働者が関の山だったがホームレスの生活が気にいっていた俺には丁度良かった。
ジョージの奴の所にも顔を出すようになった。借りた携帯でうろ覚えの電話番号を掛けたら奇跡的に合っていた。それから、猟期には猟の手伝いをするようになった。始めの頃は村の連中から訝しげに思われていたもんだ。
一年を過ぎたころから、ゴンの奴の潜在的な強さを知った。ゴンの奴が、質の悪いチンピラに絡まれていた高校生を助けるのに一気に詰め寄り全員を殴り飛ばしていた。あっという間の出来事で言葉も出なかった。
本当は、ゴンの奴が真面目で直ぐに社会復帰を出来ることは判っていた。
寂しいオイラのわがままに付き合わせていただけだ。すまねえ。
走馬灯のように、昔の事が思い出される。こいつは死んだな。もうじき三途の川が見えてくるかな。綺麗なお花畑に、船が浮かんで此岸から彼岸へ向かうんだろうな。その先にいるのはきっと、奪衣婆に鬼なんだろう。地獄行きまっしぐら。俺にはお似合いだ。
「めめ、目を開けろ! げげ、ゲンさん!」
目を開けた俺が見るのは、綺麗なお花畑に川辺に浮かぶ小舟の代わりに、とんでもなく不細工な顔を歪ませて涙と鼻水をドバドバと垂れ流す――ゴンの顔。
キタネエったらありゃしねえ。一体全体どうなっていやがる? 俺は死んだんじゃあねえのかい。
「ふう、危ない、危ない。ギリギリ間に合いました」
ゴンの後ろで、おっとりした感じのパイオツのでかい姉ちゃんが掻いてもいない額の汗を拭くような仕草をしている。誰だありゃあ、見たことがねえ。
「間にあったとか、間に合わないとかいう問題では無い気がしようぞ……だが、我が愛しき人の命は救われた。感謝しよう」
俺の顔を見てうっすらと涙ぐむ姫さんがいる。よせやい、照れくさくなる。
「お主達もよくぞ間に合わせた。又、村の男衆よ疲れた身体に鞭を打ちながらも見事な行いぞ」
「有り難き幸せですな、ピーコ姫様」
チンマイながらもガタイのいい屈強そうなドワーフの戦士が十数人はいる。姫さんが言っていた後を追ってきている連中なのか。話より随分と速い到着だ。ああ、クラテルが大丈夫と言っていた理由はこいつらか。全員が、火縄銃まで持っていやがる。もう、量産化まで漕ぎつけているのかよ……。
オイオイと泣くゴンがいい加減鬱陶しい。身体を起こす。痛みはねえ。問題はなさそうだ。夢でも見ていたのか? それにしては、周りの様子が大げさだ。やっぱり死にかけたのだろう。
「術で回復をさせたのか? 術ってへのは、やっぱり便利なもんだ」
「人の命を救うほどの術なんてありませんよ。はっきり言って奇跡ですね」
折れた腕が元に戻っているラティオがいる。顎が砕けたはずのハダスもガフガフと笑っている。不思議そうに二人を眺めていると誰かが腰の辺りに抱き付いてくる。小さく柔らかい感触がする。
「ゲンおじさん、無茶しちゃ駄目だよ」
「悪いなあ。もう、しねえよ。痛いのはごめんだ」
俺の腹にうずめるように顔を押し付けるアンがいる。小さい頭を撫でてやる。手前の子供の小さいころを思い出す。あいつらは、もう大分デッカクなっているはずだ。アンの一歩後ろには顔人の二人がニコニコと笑っている。こいつらも、生きている俺を見て安心をしたような感じだ。
「で、こいつの処遇はどうするのですか。火間虫の巣にでも放り込みますか」
冷ややかな笑みを浮かべたソフィアの奴が術封じの首輪を嵌められて、顔をボコボコに腫らした翼人の頭を小突いている。ソフィアの怒りはまだ収まってはいないようだ。おっかねえ奴だ。
「兄弟、そんな奴を相手にするよりも看取ってやって貰いたい者がいる」
背後からワリスの奴が声を掛けてくる。泣いて目をはらしたゴンと一緒に振りむく。沈痛な顔持ち。俺の後で誰かがやられたのか? クラテルか、ガリーザか。
「こちらに来てください、ゲンさん」
「なんか、怪訝そうな顔つきをしているねえアンタ」
ピンピンとしているがどことなく元気のないクラテルとガリーザの足元に寝転ぶ者がいる。俺が、背後から大筒をかました相手、竜人だ。あれを喰らっても、まだ生きているのか。
「……俺は生き返って、なんで此奴は駄目なんだい」
「傷の程度で行けば、貴方よりもこの竜人の方が深手なのですよ。生命力が特に強い竜人種の致命傷を治せるような治癒術を行使するには多量の霊力が必要になります。それに、異世界渡りの貴方の命を助ける許可は出たとしても、この世界の住人たる者を蘇生させるような術の行使は残念ながら許可が下りません」
おっとりした顔の美人が淡々と結果を述べる。勝手なことを言うな。いったい誰の許可が必要なんだ。俺が無理矢理にでも許可を取り付けてやるから、教えやがれ。
おっとり顔の美人を睨む。おどけた様子をして、首を横に振る。どうしても駄目か。やはり、人の命を蘇らせるような行為はしちゃあいけねえのか。
「すまんな、強き者達よ。我を救った礼を言うことしかできん」
ゆっくりと消え入るようで、それでもはっきりと聞こえる声を竜人が絞り出す。
「我は竜人種青鱗族の未熟な戦士たるナブウ。竜人に立ち向かう、恐れを知らぬ地上の強き者よ。白羽族の使役の呪いから解き放ってくれたことを感謝する。傀儡のまま、逝かずに済んだ……。二人の名を教えてくれ」
「肌人種の源 元次郎」
「は、肌人種、あ、合田 豪」
「そうか、ひ弱だと聞かされた肌人種にこれ程の猛者がいるとは思いもしなかった。やはり、世界は広いのだ。もっと、世界を知りたかったが……残念だ。しかし、最後に強き者と遇えたことは良かった……」
最後にそう言って竜人種はあっさりとこと切れた。世間を知らねえんだろうな。俺とゴンを見て、肌人種だと簡単に納得しやがった。他の連中ならあり得ねえ。
「あ、やっぱり肌人種なんですね。良かったあ、地球には肌人種しかいないと聞いていたのに、どう見ても小人種のドワーフ族と鬼人種古代トロル族にしか見えないですもの」
しんみりとしている俺とゴン、他の面子をよそに、おっとり顔の美人がホッとした声を出し、でかい胸をなでおろしている。殴ってもいいのかな。いいよな。だけど、ここはグッと我慢だ。
「姫さん、こいつはいったい誰なんだ」
「……愛しき人よ、この方が時守の神殿の真の主たる時守の精霊様ぞ」
姫さんの言葉を聞き、でかい胸を反らして得意げな顔をしている。竜人を救えねえ癖に偉そうだ。思わず指を突き指して聞き返す。
「これがか」
「これとはなんですか!」
時守の精霊は俺に「これ」呼ばわりされて、顔を赤くして怒り出す。暇を持て余したソフィアに頭を何度も小突かれている哀れな翼人共に封印された精霊。これ呼ばわりで十分だ。
――これじゃあ逝った竜人が救われねえよ。
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