第8話 襲撃

 戦の前の食事を皆が準備を進める間に、姫様から大筒の仕組みを教わる。火縄を通して挟む部分がねえ。日本では余り流行らなかったらしいが、いわゆる火打石を使ったフリントロック方式に似ている。

 しかし、火打ちを削るL型の当て金部分が見当たらねえ。火蓋を開けても火薬を入れる窪みがねえ。代わりに地球では見たことがねえ透明な朱色の美しい宝石がはまっている。撃鉄部分には火打石を挟む部分もねえ。


「姫さんよ、術を使う仕組みで作られているなら俺一人では使いこなせねえ。ああ、だからクラテルを同行させなきゃいけねえのか……」


「違うぞ。父上の話によれば、ドワーフ帝国の技術者組合ではクラテル研究員の考え方を尊重した形でことを進めている。それ以外の細筒に対しては現在、安全性能や品質、生産性について研究をすすめているぞ。

 技術者達の見解としては、お主が行っていた縄に火を付けて準備をする行為は時間がかかり、天候に左右されやすいという欠点が考えられたということぞ。火打石を代用する案もあったようじゃが、命中精度に難ありと言われたぞ」


「かか、代わりに高級な燃素霊石を用いたのですか? これを使えば確かに天候に左右もされずに火を熾すことは可能です……。しかし、余りにも高価な品になってしまいます」


 クラテルの話によると、フリント、いわゆる火打石の部分についている石は『燃素霊石』と呼ばれる衝撃を与えると燃える石なのだという。採掘される量も少なく、使い道がねえに等しいので宝石のような観賞用の扱いを受けるのが普通らしい。


「金剛石や紅玉と違い、取扱いを間違えると火事の原因にもなるので身に着けるような類にもならんぞ。希少性があるので高価じゃが、はっきり言えば、燃やす以外は役立たずの石と言っても良いぞ」


「おい、クラテル、高級品じゃあねえみてえじゃねえか」


「し、しかし、燃素霊石が市場で安く出回っているなんて聞いたことがありませんよ!」


「ああ、それはな兄弟、大きい石は宝石みたいな観賞用に貴族様がお買い上げになるが、加工もできねえようなクズ石みたいな大きさの石は国の鍛冶屋が使う火の燃料にするんだ。それだって、火打石や木炭に比べれば取れる量も極端に少ねえから、かなり良い値で売れる。鍛冶屋もここぞという仕事の時以外には使わねえよ」


 現在、燃素霊石が取れる場所は、ドワーフ帝国内に一ヶ所あるのが知られているくらいだ。他の国は探すこともろくにしていないだろうという。見つかれば儲けもの程度の考えだ。


「お主は良く知っておったなワリス。爺から聞いたのか」


「若いころに、なんで、うちの商会では取り扱わねえのかと聞いたんですよピーコ様。観賞用と、高い炭代わりにしかならねえ物、取り扱っても碌に売れねえだろう馬鹿、と怒鳴りつけられましたがね」


 ワリスはハハハ、と死んだような目で笑っている。よほど唸られたのだろう。こいつは勘が鋭いが、使い道が分からねえから損をしているとつくづく実感させられる。嘘でも取り扱いをしていれば、又、儲けの道が広がっていただろうに。会長だけのせいではなく、その先を説明できなかったワリスもまた、詰めが甘えのだ。


「ん、てことは撃鉄起こして、落ちた衝撃で燃素霊石から筒の内部のかや……爆発粉塵に火がついて弾が撃ちだされる仕組みかあー」


 語尾がカラスの鳴き声みてえになった。じゃあ、薬莢とライフリングが可能になればライフル銃が出来るじゃねえか! 雷管作るにはに化学の知識が乏しいから俺には無理だし、こっちじゃ尚更と思っていたが、流石は異世界、地球にはねえ便利な代物がありやがる。……絶対に黙っておこう。


「ゲンはまだ、なにか言いたそうじゃの。顔に出そうで、出るのが愛しき人の良い所ぞ。まあ、今はあの女がいるから詳しく聞くのは止すかの」


 この姫さんも鋭すぎる。俺にとっては減点対象だ。あの女――筒に興味津々なソフィアはドワーフの会合を遠目から必死に勘ぐっていることだろう。会合に先立ち、姫さんがアンに頼んで様々な盗聴や透視防止の術を掛けて貰っていた。

 筒の製造や仕組みについては俺の言葉の通り、ドワーフ帝国の秘匿技術扱いにしているそうだ。間違いなく、戦力の増強だな。きな臭え話に進まねえことを祈るとしよう。


「ご飯だよ、ゲンおじさん」


 小屋の入口を開けてアンが飯の準備が整ったことを教えてくれる。ノックはねえ。いきなり、戸が開いたので全員吃驚した。そういやあ、アンのドアの開閉癖についてはウム婆もぼやいていたな。




 大鍋で、残ったリザードマンの肉を入れ、少量の麦を茹でて粥にしたスープが出来上がっている。神殿の襲撃に参加する者、しねえ者、皆、広場で飯を食べている。笑顔ではねえが、悲痛な様子はねえ。静かながらも燃えるような意思をそこここに感じられる。士気は高えようだ。ありがてえこと、この上ねえ。


「本当に、石を投げるだけの役割の人間もいますが、よろしいのですか? 私達も一緒に戦った方が役に立つのでは……」


「ろくに戦ったことのねえ奴らがいても危ねえだけだ。びびって足が竦んで盾にもならねえよ。投石はな、役に立つ。当たれば痛え。一つ二つじゃ仕方がねえが、量がまとまれば、それなりの嫌がらせだ」


 長老の話ではここいら以上に岩地の様で、現地調達も十分に可能だ。あるだけの皮を加工してスリングも作ってある。手で回すだけでなく棒に括り付けてもいる。それとは別に、長めの物干し竿の先端にリザードマンの肋骨を鉤爪のように加工した物を付けた棒も用意させた。戦闘用の鉤杖、騎兵の騎乗者を民衆が引きずり下ろした武器。単純な使い勝手だから、誰もが使える。


「ハーピーなんかが近寄ってきたらこいつで引っ掛けて落せ。落ちた奴は、皆で踏み殺せ」


 あれは、空を飛んでいるから厄介だが、身体自体は弱い。戦槌で殴り落とした感触で良く分かる。骨が脆い。空を飛ぶため身体を少しでも軽くするのにスカスカなんだろう。

 塩味の効いた粥をすする。翼人種は十数人。長老が初めて村を訪れた際に見た数からの予想だ。ただ、実際にはそれ以上にいるかも知れねえ。奴らを大筒で燻り出して、火縄銃で打ち落とす。その隙に姫さんとワリスにラティオ達が神殿の男衆を助け出す。狩人を引退した村の年寄りの幾人かが神殿の案内役を務める手はずだ。


(相手を殺すんだ。俺も死ぬ覚悟が必要だよな)


 中身の無くなった木のお椀を見ながら思う。耳人種白人族の連中を相手にした時は無我夢中だ。殺す覚悟はあったが、死ぬ覚悟はそれ程意識はしていねえ。生き残る術を考える人生だが、死ぬすべ考えたことはねえ。やっぱり、好き好んで戦争なんてしてえとは思えねえな。




 陽が落ち、空が赤く染まる。もうじき夜の帳が落ち始める。空の紅さが血の朱のように感じられる。各々、得物を持ち村を出る。得物を持つ村人の姿は、年寄りに女ばかり。頼りがねえ軍隊だ。だが、皆、覚悟が出来た顔つきをしている。みすぼらしさは微塵もねえ。

 翼人種共が、当日中に村を襲う確率は無くなったと思ってもいい。長老の話では今まで翼人種が夜に訪れたことは一度もねえらしい。俺の勘じゃあ、奴ら鳥目だ。フクロウみてえな感じではねえ。暗視の術でもかければいいと思うが、それでも余計なリスクは犯したくねえのだろう。

 途中で二手に分かれる。俺とゴン、クラテル、アンと顔人の二人が同行をして見通しの効く高台の方へと歩を進める。


「時守の神殿は誰が作ったのかは判りませんが、山の途中の崖を掘りぬいたような形状です。入口の前はちょっとした広場の様になっています。ただ、出入口は正面しかありません」


 村を出る前に行った軍議で長老からは、そう教えられた。そして、決めたことは簡単だ。俺が合図代わりに、見張り目掛けて大筒をぶっ放す。

 もし、村の男衆だったら入口付近に放つ手筈になる。翼人種共が出てきたのを見計らってから次に、姫さんを先頭にした別働隊が神殿目掛けて走る。

 神殿の入口を突破して男衆を助け出す。神殿内の構造は単純で、祭壇の間と両脇に倉庫があるくらいなのだとか。

 村の男衆はどうせ倉庫に囚われているはずだろう。どんな、扱いをうけているのかは判らねえがな。




 足元の悪い岩肌を登り、高台に立つと長老の言う通り神殿の広場が見渡せる。神殿には篝火が焚かれている。まさか、村人が襲撃するとは思ってもいないはずだ。もしかすると、俺達が襲ってくる位には考えられたのかもしれねえ。


 ハーピーの姿が見えねえ代わりに、広場ではリザードマンとオークがたむろしている。各自が棍棒やら、錆びた剣を持っている。数もそこそこにいる。どうやら、神殿の守衛がわりのようだ。


「亜人に守りを固めさせているのか。知能がねえ連中をまとめることができるのかよ」


「あのね、白人族が蟻の亜人に使っていたのと同じ使役術を使っているの」


 俺が一人でつぶやいた問いかけに、聞こえていたのかアンが答える。なら、納得がいく。所詮は亜人だが、数が多いと多少厄介だ。前回みたいに大混乱の状態なら凌ぎやすいのだが。


「使役の術は、その、意思や感情みたいなものを消して操るのかい」


「違うよ。『ここを守らなくてはいけない』みたいな感覚を埋め込むの。女の人に掛けていたのは、意思や感情をおしこめてしまう術。ただ、心の中までは操れないよ」


 じゃあ、混乱や恐慌状態には陥るかも知れねえな。感情がねえ死人みてえな奴を相手にするのは骨が折れるからな。


「たた、松明の火が、みみ、見える」


 別働部隊も御到着。俺の合図を待つばかり。クラテルが準備をしていた大筒を手渡してくる。次の火縄銃も準備をしてくれる。火薬と弾を詰める作業だけだから、時間が早く済む。


「周りから少し離れてくれ。でかい音がするからな。ビビって出遅れるな。別働隊が動く前に、一斉に矢と石を投げつけろ。その後は当たらねえように気を付けてな」


 銃床を肩に着け膝立ちに構える。皆が俺の回りから離れた位置につく。アンが祈るような構えをして顔人が周りで静かに踊る。ゴンは村人の中に紛れている。小さい松明の火が遠くでゆらゆらと揺れている。神殿前の亜人共はのんきな様子だ。


 火縄も、火打石もねえ、異世界の大筒の撃鉄を落とす。轟音と共に白煙が舞う。あまりの衝撃に後ろに転がる。広場の前にいた一際大きなオークを狙った。見事に着弾をしたようだ。胸から上がありゃあしねえ。恐ろしい威力だ。広場の前、亜人共は動じた様子がねえ。あいつら心まで操られているのか。


「クラテル、弾込めておけ! 細筒渡せ!」


 俺の怒声に、クラテルは細筒を渡す。今回は火縄を付けている。クラテルには弾込め役に従事して貰ているからだ。棒立ちのリザードマンの胴体を狙って弾丸を放つ。命中すると胸に穴があいて崩れ落ちる。周りの亜人共が呆けたようすでそれを見る。

 合図の口火は切った。別働隊が動き出している。神殿の入口付近が騒がしくなってきた。それでも亜人共は棒立ちだ。様子がおかしい。


「ゴン! 石投げろ! 矢を放て!」


「お、おう!」


 でかい図体で遠心力を目一杯つかったスリングから拳大の石が放たれる。続いて、大小様々な石と、矢が棒立ちの亜人に向けて一斉に放たれる。当たる当たらないは別として、いい加減こちらに気が向くはずだ。

 石は亜人共の頭や胴体にぶち当たる。外れた奴も多い。ゴンの投じた石はオークの頭に当り、当たったオークはぶっ倒れた。矢の多くは突き刺さっている。流石は、引退しても元狩人を名乗る年寄り連中だ。

 クラテルに火縄銃を渡し、弾込めの終わった大筒を受け取る。火縄を使わない分だけ取扱いは早いが、衝動が半端じゃあねえ。用意された弾自体も十発だ。決して多くはねえ。別働隊は広場の付近に踊り込んでいる。神殿の入口付近ならまだ影響はねえはずだ。

 その、入口付近には二つの人影が見える。村の男衆かと思ったが、篝火を反射するほどの白い美しい布を巻きつけた、男だか女だか分からないほどに美しい顔を顰めさせて怒鳴り声を上げているのだろう。背中には白い羽根をまとった翼が広がっている。翼人種だ。


「飛ばさねえよ」


 翼人種目掛けて大筒をぶっ放す。白煙が舞う。入口の壁に大穴があく。今度は転がることなく、衝動を肘と肩で上手く逃がすことが出来た。何度か見に行った、各流派の抱え大筒の演武がこんな場所で役に立つとは思いもしなかった。見よう見まねでも何とかしなくちゃあならねえ。

 一つの影は見えなくなり、もう一つの影は離れた所で蹲っている。人の形を保ってはいるが、砕けた石の破片が翼や身体に食い込んで動けねえのだろう。大きくなった入口から更に二人の翼人種が湧き出てくる。怒り心頭なのだろう。後ろにハーピーの群れを引き連れて、こちらに向かってくる。火縄を構えるが、飛んで向かってくる相手は狙いが定めにくい。

 翼人種は術を放つ雰囲気だ。後方にいたハーピーが先にこちらへと向かってくる。暗視の術でも掛けたのか、鳥目でもこんだけ煙があれば判るのか方向は大体あっている。

 群れに向かって、石や矢が放たれる。数が多いから言い様に当たる。翼人種の回りだけは翼の風の影響のせいか矢と石の軌道は曲がり、外れていく。夜の闇のせいで判らないが、どうせいやらしい笑みを浮かべているのだろう。

 二人の翼人の間に無数の火の弾が形勢されている。村人達の居る方向に向けて火の術を放つつもりだ。が、一瞬で火の術は霧消される。翼人は突然のことに戸惑いを隠せないでいる。アンが抑止の術を使った結果だ。顔人二人と合わせて、ようやく翼人一人の術を打ち消すことができるだろうとアンは予測を立てていた。どうやら、無事に効いたようだ。


「あばよ」


 呟いて、術を消されていないにも関わらず慌てる翼人に目掛けて火縄の弾を放つ。羽がもがれて浮力の失った翼人がきりきり舞いに地面へと落ちていく。この高さでは助かりはしまい。術が消された翼人に向けて、村人達から矢と石が浴びせられる。村人に向かっているハーピーに当りつつも、なお、無数の礫や矢が浴びせられる。痛みに堪え切れず身を縮ませた所にゴンが止めの石つぶてを当て、こちらも地面へと落ちていく。村人達から喝采が上がる。ゴンは心配そうに落とした相手を見ている。

 向かっていた、ハーピーの数体は振り回される鉤杖に引っ掛けられて地面へと落ちていく。今度はゴンも容赦なく踏みつぶしている。ゴンの奴も、覚悟は決めているらしい。それでも、人を殺めるようなことは出来ればさせたくはねえ。

 広場の前では数が劣るはずの別働隊が一方的に亜人達を蹂躙をしている。スレイプニルに騎乗する姫さんが体躯に合わない長柄の戦斧槍を振るうと、でかいはずのオークもリザードマンも木切れのように吹っ飛ばされる。後に続く、ハダスが縦横無尽に亜人に喰らいつき、ワリスが斧を振るう。ソフィアと斥候役の元狩人の爺様達は次々に矢を放ち、ラティオとガリーザが集ろうとする亜人を蹴散らしている。使役の術が解け始めた亜人は四散を始めている。


「あの姫さんは、どんだけ英傑なんだ。残る脅威は翼人種が数人か……」


 神殿の入口から人影が見える。亜人共を相手にしていた姫さんが入口付近へと近づきつつある。大筒の準備は整っているが撃つのは控える。姫さんなら翼人相手に遅れをとることはねえだろう。

 そして、その考えは直ぐに覆される。戦斧槍を構え、スレイプニルと共に突撃を掛けた姫さんが神殿からでた大柄な人影が振るった腕の一振りで、スレイプニル共々押し戻された。ここからでは顔が見えねえが、当の本人が一番驚いていることだろう。

 姫さんは神殿から現れたゴン並の巨躯から距離を取る。巨躯の人影は姫さんとの距離を詰める。その間に、別の人影が姿を現す。翼が見える。こちらに向かうつもりか。


「させねえよ」


 大筒を放つ、轟音と共に発射され弾丸が着弾すると共に翼人の人影は吹っ飛ぶ。吹き飛んだ破片が飛び散るも、姫さんは巨躯の陰にいるので被害はねえだろうと踏んでいたが、巨躯自身に影響がねえとは思いもしていねえ。――あれは、厄介な相手だ。


「クラテル、筒の扱いは判るな? 飛んできた翼人はお前が仕留めろ。ゴン、姫さんを助けるぞ」


「どど、どうやって、おお、降りる」


「義経公は、鹿に出来て馬に出来ねえ道理はねえと言ったらしいが、馬に出来て人に出来ねえ理屈はねえよ!」


 おれは、大筒と火縄銃をクラテルに押し付けて戦槌を手にして岩肌を掛け落ちる。ああは言ったが、高台から神殿前に続く登坂は結構急だ。降りる速度に足の方が付いて行くのがやっとだ。もつれそうになる脚をこらえて一気に駆け下りていく。

 なんだかんだ言っても付いてきたゴンの方が、器用に駆け下りて姫さんの元へと駆け寄っていく。オークが一体逃げ遅れていたが、ゴンのぶちかましに転げて吹っ飛ぶ。


「派手な登場の仕方だよ!」


「初めて会った時のお前達の真似をしたまでだ」


 残党の処理を終えたガリーザの言葉に返してやった。古いことを言うなと、顔を赤くして喚いている。可愛いもんだ。残りの連中も姫さんの回りに集まっている。


「き、貴様ら地を這う下賤な生き物が、我々管理者に夜襲を掛け、数多の同胞を殺すとは……、許せぬぞ、許せぬぞ……」


 神殿の入口には、村の広場で見た壮年の翼人種が顔を赤黒くさせて怒りで振るえている。そして、もう一人。壮年の翼人種よりか若干若そうな、男だか女だか分からないほどに美しい顔立ちで他より多少服飾が派手な翼人種が控えている。


「世界管理者の手に余る邪悪な存在か。今、ここで、討伐をする必要があるな司祭よ。同胞の犠牲を無駄にするな。やはり、白蟻のように、子を成すことを儀式化してしまうと一族繁栄の将来性に危惧を覚えるな。こいつらを駆除した後は、多くの子を産む手筈を整える必要があるな」


 壮年の翼人は司祭のようだ。そして、もう一人の翼人はそれより偉い。長か何かなのだろう。いずれにしても、こちらを人とは見ねえ目で睨んでいる。邪悪な存在ねえ。どちらのことを言っているのやら。

 馬鹿の話を尻目に姫さんに近づく。眼の前には、ゴン並の巨体を持つ、屈強そうなリザードマン。そう言えば、長老がそんな存在について口にしていたことを思い出す。


「蜥蜴人、強ええのかい姫さん。手助けするぜ」


 俺の問いかけに、姫さんは無言だ。どうしたことかと顔を見る。顔つきが真剣だ。相手から目を逸らさずにいる。


「ゲン、残念だが、あれは蜥蜴人ではないぞ。……信じられん。信じられんが」


「じゃあ、何人種だって言うんだい」


 一瞬の沈黙、やはり目を逸らさないままに姫さんは呟く。


「竜人種。本来なら羽根をもつと伝承では謳われる強大な力をもつ人種ぞ。まさか、本当にいるとは思いもせんぞ。そして、翼人共と違い、伝承に偽りなし。掛け値なしに強いぞ。……ゴンよりもな」


 姫さんの言葉を聞いて俺は驚きを隠せない。姫さんは帝国の宿でゴンの力量を測っている。その本人がいうのだから間違いはねえ筈だ。ゴンより強い存在。確かに、滅多にいていい存在じゃねえ。

 姫さんの言葉を聞き、身を引き締める。亜人が四散した今、人数ではこちらが有利になった。だが、人数どうこうの問題ではねえことは今まで散々自分達で示している。戦争も喧嘩も数の多い方が有利に決まっているが、士気や力量、技術力次第では簡単に転ぶ。

 目の前の存在、竜人はこちらの数の有利を容易くひっくり返す可能性持つ。その存在の前に、一つの影がのっしりと立ちはだかる。戦槌と大楯を構えたゴンの奴だ。眼が座っている。本気の状態に近い。

 盾を前に構えて、一瞬で加速し、竜人に向けて巨大な身体ごとぶちかましをかます。いつもなら、これで終わりだ。相手は吹っ飛ばされ、勢いのついたゴンが攻撃をするか俺が止めを刺す。

 しかし、ゴンのぶちかましを喰らっても竜人はビクともしない。流石に、軽く受け止めた感じは見られない。だが、ゴンの巨躯を力任せに押し返す。ゴンがたたらを踏んで押し戻される。上げる、声もでねえ。


「フ、フハハハハ! 流石は最強を謳う蝙蝠蜥蜴の一族よ! 封印使役術の結果、飛ぶ羽根は封じてしまったが十分な戦力ではないか! 豚や地蜥蜴とはまるで違う!」


「族長の仰ったとおり、生かしておいて正解でしたな」


 司祭と、翼人の族長が笑い声を上げている。竜人はゴンの戦槌の攻撃を受け留め、盾を殴りつける。盾を持つゴンの顔が歪んでいる。不細工な顔が更に不細工になっているじゃねえか。殴打の攻撃を受け止める、ドワーフ謹製の鋼製の大楯はみるまにボコボコに変化していく。翼人共の笑い声が耳障りだが、どうすればいい?


 ――こいつは強すぎる。

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