第7話 異なる価値観

「イッ」


「ゲンおじさん、我慢して」


 火に包まれたために焦げた虫甲製の甲冑や衣服を脱いでパンツ一丁の姿でアンの治癒術を受ける。美髯姫ピーコが掛けた、皇帝家お抱えの錬金術師が作る治癒薬のおかげで火傷は致命傷には至らずに済んだが、完全には治ってはいねえ。特に盾で守り切れなかった足元やら背中の火傷が酷えものだ。皮膚がずる向けで赤身が見えていた。

 だがそれも術のおかげで直ぐに治る。この世界で医術やら医療が発展しねえのも判る気がする。ラティオに言わせると術で直すのは金が掛かるので気軽に行えることではねえらしい。社会保障やらなんやらが、ほとんど発展していねえから結局、資産がねえ連中は割を食うことになる。


(まあ、日本だって威張れるほどのものじゃねえし、ホームレスの俺には保障はねえな)


「それにしても、痛えなあ」


「我慢」


 治癒術を掛け続けてくれるアンに動かないでと諭される。顔人の二人組もハミングのような歌を歌いながらも心配そうな顔でこちらを見ている。いつも無邪気な笑みを浮かべる顔人の二人には似合わねえ顔つきだ。そんなに心配しなくても問題はねえ。

 当初、慌てたアンは直ぐに治癒の術を掛けようとした。俺はやんわりとそれを止めてから水の術で洗ってくれと頼み、洗浄後にゴンを呼んで荷物から手持ちの消毒液を火傷の痕に振りかけてから治癒の術を掛けて貰っている。

 術がどの程度の効果があるかは判らねえ。ソフィアあたりの知識人に聞いても『傷を治す術です』程度の返答しかねえ。

 掛けて貰って分かるが麻酔の効果はありゃしねえから、火傷が回復していく際の痛みはなくならねえ。急激に肉や皮膚が再生されるので、突っ張った痛みを伴う。激痛ではないが経験をしたことがない、何とも言えない痛みだ。子供だと我慢ができずに泣いちまうと思う。

 ガリーザの奴が、コボルトに叩かれて骨折した時に痛み止めの薬を渡して有難がっていた理由が良く分かった。例え治癒術を使って早急に治癒が済むとしてもも、痛み止めがねえと治すのに億劫になるってもんだ。

 消毒、できれば殺菌の効果はあると思いたいが細菌というものについての概念がねえから難しいと思う。そう言えばラティオから以前にリザードマンに噛まれた場合に飲んだ方が良いと言われた毒消しの薬が残っているから飲んでおこう。


「やはりゲンは強き男であるぞ。それ程の傷を治すと大抵の者は苦痛に顔を歪めるぞ」


「肩の力を抜いて、やせ我慢をしているだけだ。大したことじゃねえよ。」


 痛えからといって力むと余計に痛え。だから、身体の力を抜くようにしている。それでも、痛みに対して反射的に身体が強張るから意識せざるをえねえ。痛みには強いつもりが、やっぱり痛えものは痛え。声も漏らさず、表情も変えずにとはいかねえ次第だ。


 治癒の術を受けている俺を尻目に、向こうではガリーザがゴンを責め立てている。


「顔が肌人に似ているからハーピーは殺せないなら、ハダスみたいな獣人は殺せるのかい」


「……」


「獣型の亜人は平気で殺していたじゃないか。結局アンタも耳人種や、さっきの翼人種みたいな、姿形で差別をする考えを心の底では持っているんじゃないのかい、ゴン!」


「ちち、違う……」


「止セ、ガリーザ。ゴンハ、アイツラトハ違ウ。同ジナラ、鼠人族ヲ見捨テテイル。助ケモシナイ」


「本心は判りやしないさ。人の心を完全に読み取るなんて術でも、なかなか出来やしないよ。みんなが見ている手前、見捨てられなかっただけかもしれないのさ」


 最近では鳴りを潜めていたガリーザのキツイ言葉がゴンを罵る。初めて会った時よりも容赦がねえ。それだけ、信頼を得た後に裏切られたと思われたのかも知れねえ。


「悪いが、ガリーザその辺にしてやってくれ。ハダスの言う通り、ゴンも悪気はねえよ。そもそも、人殺しの経験がねえから仕方がねえのさ。かくいう俺だって、耳人種の奴を殺したのが初めての経験だ」


「ハア?! 何を言っているんだい。じゃあ、元の世界じゃあ盗賊にでも襲われた時は逃げ回っていたのかい、アンタ達程の強さなら十人位の盗賊でも一人で叩き潰せるのじゃないのかい」


 ガリーザの言葉に俺は苦笑いを浮かべるしかできねえ。戦力として過大に評価をし過ぎだ。得物を持った十人の人間相手じゃあ流石にきついと思う。ゴンが本気で掛かれば大したことはねえが、無理な望みだ。蹴散らす程度は出来ると思うが。

 そして、こっちの世界の厳しさを再度、認識させられる。盗賊なんかに人権はなさそうだ。

 盗る方もきっと盗るなら殺すのだろう。急ぎ働きか。殺しに向かってきた奴を殺すのも問題はねえようだ。ある意味、当たり前の考え方なんだがな。


「俺とゴンのいた日本にはな、旅先に人を殺してまで盗みを働くような盗賊はほとんどいねえよ。まあ、悪人がまるでいねえわけではねえがな。他の国だと、物騒だからまだまだそう言う輩も多いしな。だから、ゴンはな、人、人間の類を殺したことはねえんだ。食い物確保のために猪や兎を殺すのさえ、始めは躊躇っていたくれえだからな」


 ホームレスにまで転げ落ちた当初のゴンは、食える物が見つけられずに生き倒れの状態で俺と出会った。蛙、鼠、昆虫、食える物は何でも無理矢理食わした。ゴミとして捨てられている、まだ食える食料も漁らせた。

 初めてした狩りの手伝いで、猪の解体をする時には顔を真っ青にしていた。今にも吐き出しそうな勢いだったのをよく覚えている。懐かしい思い出だ。


「だけど、アンタは殺せたじゃないか。アタシは、ゴンの奴の出来ない理由が気に入らない」


「まあ、向こうでも狩りはしていたから知性の無い獣みたいな亜人を狩るのには、始めは若干戸惑いもあったが直ぐに慣れたんだろうよ。俺達の世界にはなあ、ハダスみたいな獣人種はいねえんだ。はっきり言えば肌人種しかいねえ。だから、ゴンは肌人種を連想させるあの鳥を殺すことに躊躇をしたんだ。ガリーザ、お前だって初めて『人』を殺すことには戸惑いがあったんじゃねえのか。ラティオ、ハダス、他の連中はどうなんだい」


 俺の問いかけにガリーザは押し黙る。ラティオー達も顔を見合わせている。


「まあ、よほどの奴か、頭のおかしい奴じゃあねえ限りは兄弟の言った通り初めての人殺しには躊躇がある。かくいう俺だって、初めて盗賊に襲われて反撃した時には怖えし、殺すときには手が震えた」


「私は、旅自体の経験がないですから人殺しの経験はないのです。しかし、多分、ゴンさんと同じようなことになると思います。ハーピーを殺せないことはないと思いますが」


 度々、商隊を組んで旅商に向かうワリスは盗賊に襲われた経験もあるし反撃の経験もあるが、帝国のチンマイ自称研究所から出たことがないクラテルは、その手の経験がねえのだろう。まあ、この辺りの意見が一般的なんだろうな。


「確かに、ゲンとゴンのお二人は絞首刑を見る時も余り良い目線をしていませんでしたね。平和な国なのですね、きっと。身を守る必要もない程に」


「ちち、治安が、わわ、悪いよりマシ」


 やんわりと嫌味を感じるソフィアの言い方に、ゴンが少し噛みつく。平和ボケと言われる日本だが、ゴンの言う通り、一般人も武器を持たないとまともに暮らせないような世界に住む連中にその事をなじられる言われはねえ。


「しかし、ゲンは躊躇しないでハーピーを打ち落としていたじゃないか。ゴンが出来ない理由にはならないよ」


「いや、俺は人を殺すことについて覚悟ができるように訓練を受けていたことがある。ゴンにはいっていねえが、若いころ俺は、国の軍隊みてえな所に勤めていたんだ」


 実際には軍隊じゃあねえがな。自衛隊だ。ゴンの奴には余り俺の過去について教えてはいねえ。俺も余り聞いてはいねえ。お互い酒を飲んだ時や気の向いたときに、簡単な昔話をする位だ。余計な詮索をしねえようにしていた。付き合いは長いのにだ。だから、ゴンは少し驚いている。


「ぼぼ、冒険家じゃあ……」


「そいつも本当だ。だが、初めてのお勤めは自衛隊だ。レンジャー訓練を受けたこともある。その時にポカやって、元々、規則や周りがうるせえ自衛隊に嫌気が差して辞めたんだ。冒険家はその後の話だ」


「なるほど、軍隊に所属していたのなら対人戦についての訓練もしていたことになりますね。しかし、戦争の経験があるのに耳人種を殺したのが初めてとは……」


「ラティオ、俺達の国はどの国とも戦争をしていねえよ。戦争も仕掛けねえ。専守防衛だ。過ちから自らに設けた戒めだ」


 戦わない軍隊と思われたからか、ラティオは呆れ気味だ。まあ、当の本人たる俺も若干腑に落ちねえこともある。だから、辞めたのだ。


「ともかく、俺達の国ではな全ての人の命は何よりも等しく尊いと教えられる。最近じゃあ、全ての命は尊いから、獣を狩るのも野蛮だなんて言われる始末だ。下手すりゃあ、稀代の犯罪者の命も尊くなる。そんな国で育ったゴンにとって、人を殺すという行為は人生の一大事なんだ。はっきり言えば死ぬまで一度もあってはならねえ。まあ、その辺りはこちらだって避けられば避けてえだろうしな」


「全ての人の命は等しく尊いですか。王侯貴族が、所有物である民の命と自分達の命が等価値と思うことはないでしょう」


「建前上は、帝も首相も民と同じ人間で、命の価値は変わらねえよ」


 俺の言葉にソフィアは絶句している。封建的なこの世界では、衝撃的な考え方なのかも知れねえ。他の連中も信じられねえ顔をしている。


「妾とゲンも同じ人。皇帝家であっても、身分の違いもなし。良い。良い考え方ぞ。これを進めれば頭の固い連中を黙らすことが……」


 俺の話を聞いて一人だけ頭のネジが明後日の方向に飛んだ奴がいるが気にしねえでいたい。治癒術で生じている痛みよりも、頭が痛くなりそうだ。後に支障がでるから、痛み止めの薬は飲みたくねえが欲しくなるところだ。

 難しい話がひと段落したところを、見計らったかのようにノックの音がして返事をする。長老が入口のドアを開けて顔をのぞかせる。外でタイミングを計っていたのかも知れねえ。オズオズとした様子で中に入って行くる。


「一度ならず、二度までも助けて頂き、感謝の言葉がありません。しかし、申し訳ありませんが私達はこの村を直ぐに出も捨てようと思います。また、あの翼人種が襲ってくるのは間違いございません。食べる物も僅かです。生き残るにはそうするしかないと結論を付けました」


「どこへ、逃げるんだい」


「わかりません」


「連れ去られた男衆はどうするんだい」


「……もう、生きてはいないと諦めました」


 往生際が良すぎだろう。長老の言う通り、翼人種は美髯姫に吐き捨てた言葉通り、この村を襲うだろう。同族意識は高そうな連中だから、同族を殺めた俺を許さず追い回すかもしれねえ。だから、俺はあがくことを決めている。


「長老さんよ、逃げるんなら神殿の道を教えてくれ。直ぐにな。俺は今晩にでも奴らを襲う。夜襲を掛ける。だから、痛えのを我慢して無理に治癒術を受けている」


「正気か、兄弟! 相手の手の内も録に判らねえのに」


「やばけりゃあ逃げるよ。無理に付き合う必要もねえ。クラテル、筒と弾を俺に預けてくれ。ありったけの弾撃ちこんで来てやる」


 銃は火縄銃だ。元々の仕組みが術を使えなくても使える武器だ。最悪、俺一人でもやれる。


「一人で行くのは無茶が過ぎますね。元々、時守の精霊の封印を解くことが今回の主旨ですから最後までお付き合いしましょう」


「アンタ一人じゃあ、又、間抜けな事態で死ぬかもしれないしね」


「狩リ肉ノ恩ヲ返ソウ」


 ラティオは義理堅く、ガリーザは厭味ったらしく、ハダスは食い物の恩からそれぞれ付き合ってくれることを申し出てくれた。ラティオ以外の付き合う理由がは何とも頼りがねえが、頼もしい。


「俺と兄弟の仲だ。一緒にやるぜ。あの翼人種は気に入らねえ」


 ワリスも笑いながら俺の肩に腕を回して威勢よく返事をくれる。違う人種と判っているのにいまだに俺を兄弟と呼ぶ、弟分。年齢的には兄貴分。良く分からねえ関係だが、嬉しいことだ。


「アン、お前は残れ」


「嫌。私達がいないと翼人種の術は防げないよ」


 アンは、俺の言葉を即座に否定する。顔人種の二人も付いてくるきだ。言葉はなくても雰囲気で判る。はっきり言って、子供を巻き込みたくはないのだが、アン達が使う術はなによりも強力だ。いるといないとでは、戦力に大きい差ができちまう。


「勿論、私も着いて行きます。時守の神殿に、時守の精霊。伝説にも、伝承にも、書物にも、吟遊詩人からさえも聞いたことがありません。興味深いですね」


 相も変わらず、欲の深えソフィアらしい理由だ。だが、こいつの使う術も、弓矢も十分に当てになる。火間虫狩人の長と言うだけあって、はしっけえ戦い方をする。他の連中に比べて地味だから目立たねえだけだ。


「わ、私は……」


「お主も来るのだぞ、クラテル」


 考えあぐねているクラテルの言葉をピーコ姫が遮り、同行することを勝手に決める。本人は元々、その気だ。普通、お姫様は足手まといになるのだが、この姫さんは、ゴンに勝るとも劣らない重要な戦力だ。クラテルは名前を呼ばれてうれしいのか、無理やり決められて悲しいのか、表情がクルクルと変わっている。


「そういえば、姫さんはどうしてこんな辺鄙な所にきたんだい」


「ウム、実はの、普段は戯言として相手にしない占星術師がどことなくいつもと違う雰囲気で告げた言葉がどうにも気になっての。――大霊峰の麓にて運命の者、窮地に陥る。妾が行けば助かり、行かなければ死ぬ。本当に当たるとは思いもせんぞ。今後は、あの占星術師の言葉、もう少し聞いてやらねばの」


 皇帝家に仕える、姫様の言質に従えば胡散臭い占星術師の言葉を聞いて、皇帝の愛馬だが、姫様の言うことしか聞かない駄馬『スレイプニル』を駆り立て、行く手を遮ろうとした家臣、重臣、戦士達を弾き飛ばして、ここまで駆け付けたのだと言う。

 弾き飛ばした連中もそのうち、ここまで追いかけて来るだろうと笑っている。戦力としてあてにしてえが、来ても最低二日は遅れると姫さんは試算をしている。どんだけ、飛ばしてきたんだ、このお姫さんは。


「愛する者の窮地と聞いては居ても立っても居られないぞ。しっかりと野営はしているから安心をして良いぞ。宿の女将から、お主達が亜人の肉を食うと聞いていたので途中で狩った肉で食事も済ませているぞ。……ただ、あまり美味しい肉ではないの」


 狩ってすぐの肉、多分、血抜きもろくに出来ていねえのだろう。聞きかじっただけじゃあ仕方がねえ。この後、昨日の余りの蜥蜴肉を食わせてやろう。あれは、熟成期間がなくとも食える味だ。


「後は、風呂。汗と砂埃で我慢が出来んぞ。しかし、この村では望めんか」


「いや、アンが水の精霊と契約を交わしているから行水程度だが湯が使える。治癒の術の後、戦の前に全員必ず身を清めよう。匂いで相手に悟られる間抜けはしたくねえ」


 ガリーザはウンザリした顔をしているが、姫さんは嬉しそうだ。共に入ろうとか言ってきたが、しっかりと断る。ドワーフ帝国でも混浴はねえはずだ。


「ゴン、お前はどうするんだい」


「いい、行く」


 ゴンは俺の言葉にドモリながらもはっきりと答える。


「……ゴン、アンタ、今度はきちんとやれるのかい」


 ガリーザが訝しげにゴンに問う。


「わわ、判らない。たた、ただ、みみ、皆は守る」


 人殺しの覚悟を決めることなんて簡単には出来る訳がねえ。俺だって、本音を言えば異常だと思う。だから、皆を守る。ゴンはそれでいいのだと思う。日本に帰るのなら、わざわざ、綺麗な手を汚す必要はねえ。


「スマンが、長老。村を離れる件は、なしにしてくれんか」


 夜襲を掛けると言った俺の言葉に茫然とし、それに付いて行くという皆の言葉を黙って聞いていた長老が立ちつくす小屋の入口から、一人の頬髯を生やした、浅黒い肌の色の枯れた爺様が入って来る。南雲の爺様みてえな年寄りだ。


「ワシはこれでもまだ、狩りができる。だから、この人達についていく。ワシは歳だ。村を捨てるのも、長旅もきつい。それに、孫も倅も見捨てるのはやっぱりできん。生死ぐらいは知りたい」


 爺様の後ろにはいつの間にか、村に残された女、年寄りが集まっている。幼い子供もいる。一人の女が爺様の後ろから脇を抜けて出てきて長老に訴える。


「私も行くよ。旦那も子供も、あの翼人種共に連れていかれちまった。助けるよ! 術を使うとは言え、あんな子供も行くって言うんだ。女とは言え、大人が出向かない理由はないよ!」


 顔を赤くした、少しやつれた中年の女は威勢よく長老に向かって吠える。その言葉を聞いて、後ろに控えた村人達が皆、口々に「行こう」「助ける」と叫び始める。その言葉を聞き長老は顔を下に向けている。少し、肩が震えている。


「……元々、男衆を見捨て、村を出ても長くはないと思っていたのです。それでも、皆、生き延びるために、心のどこかにしこりを残しても我慢をして、村を出ることを決めましたが、皆の言う通り、そして、貴方方に一縷の望みを掛けて、私達も一緒に、夜襲に、参加をします! 連れて行ってください!」


 年老いてなお、村を治める長老は力強く言葉を紡ぐ。巻き込みたくはねえ。しかし、自分達のことを自分達で解決しようとする心意気を妨げることもできねえ。本来なら、反対をするべきだが、言いだしっぺは、この俺だ。反対はできねえ。


「遠くから、石を投げる、弓矢が使える奴は弓矢で攻撃。近接戦闘はしねえこと。危なくなったら四散して逃げろ。それと、幼い子供とその親は行かねえで待機。やばいことになったら姫さんを知らせにやるから、一緒に逃げる。いいな。姫さんもそれでいいか」


「判った。後方の連中と合流して、もしもの時は残った村人は必ず守ろうぞ」


 姫さんはこちらの意図を汲んでくれる。最低でも、残った村人はドワーフ帝国の庇護下に入ることが出来るから生き延びられる。全員そうすればいいだろうが、もう、村人達は囚われた男衆を見捨てる気はねえから、嫌と言っても付いてくるだろう。




 急遽言い出した俺の夜襲の案について、あらかたの方針は決まった。後は、火傷を治して身を清めて、軽く飯を食う。腹が減っては戦ができねえ。

 アンが施す治癒の術は良く効く。じっとしていろと言われても俺が何だかんだと動こうとするから、アンがゴンとハダスに頼んで押さえつけさせている事態だ。ガリーザがこちら指してゲラゲラと笑っている。ゴンの事は俺が気にしていねえし、事情もあらかた判った見てえだからもう気にはしていねえ素振りだ。ただ、当の本人が、どこか気にしている。


「おお、そうじゃぞ。話が途中で変わったので言い忘れる所ぞ。ゲン、父上から預かってきた物があるぞ」


「なんだい、皇帝陛下は姫さんの事を止めねえのか」


「父上は狭い度量を持ち合わせてはおらんぞ。笑いながら見送ってくれたぞ。ついでに、これを持っていけと言われたぞ。ゲンなら使いこなせようと言われた。――スレイプニルに担がせておるので持ってくるぞ」


 姫さんは一旦小屋から出て、一抱えもある黒い木箱を抱えて持ってくる。小柄だが、力があるので重そうには感じないが降ろした音から感じるに結構な重量だ。


「クラテル、ゲンに代わってお主が開けてみよ」


「箱には、防水性の付与術やら技術がしてあります。なんですかこれ」


 防水性の言葉を聞き、俺は嫌な予感がした。箱の中身はさらに紙で厳重にくるまれている。少し黄ばんだゴワゴワしている感じが油紙のようだ。紙をほどき、震える手でクラテルが取りだした中身を見て、内心してやられたと思う。


「小人種髭人族の優秀な職人はの、一度見れば試行錯誤で同じような物を作るぞ。本当に作らせたくないのであれば、見せぬ方が良かったの。煙が見えたので、村の外に置いてきたが爆発粉塵も二壺ほど預かってきたぞ。父上も、兄上達も、将軍も、妾も、皆、同じ考えぞ。お主達の作り上げた筒は――戦を変える」


 散々使っていながら、助けられながらも、やっぱり見せなきゃ良かったと心底思う。それに、ドワーフの職人技術を甘く見過ぎた。下手すりゃあ、日本の特級の技術者並かそれ以上だ。そんな連中がこぞって、しかも国を挙げて作れば火縄銃なんて直ぐに出も作り上げる。

 そして、クラテルが振るえる手で抱える銃は、俺達が作った二匁程度の弾を発射する一般的な口径じゃねえ。五十匁筒、抱え大筒と呼ばれる、船や建物の壁に風穴をあける威力を持つ最大級の火縄銃。


 ――こんなもの、誰がぶっ放すっていうんだ。

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