第6話 翼を持つ者

 寝床に借りた小屋の外が騒々しい。他の連中も気付いて目を覚ましたようだ。俺以外の連中も小屋の中に居る。女達は別の小屋を借りて寝ている。となると、外で騒いでいるのは村人達だと言うことだ。


「なにか、あったのでしょうか」


「でなけりゃあ、こんな早朝から騒がしくはならねえだろうよ」


 服を着て、防具を身に着ける。念のため武具も身に付けておく。銃は箱の中に入れて仕舞っておく。即撃ちがきかねえし、俺しか使わねえから話を聞く場に持っていっても術で先制されれば役に立たねえからな。

 木で出来た粗末で建て付けの悪いドアを軋ませながらゆっくりと開け、外の様子を伺う。村人たちが、昨晩皆で飯を食べた広場の方に集まっているのが伺える。住める所の限られた、山間の狭い集落だから少し遠くを見れば大体の様子は伺える。外に出て、広場へと向かう前にゴンが声を掛けてきた。


「げげ、ゲンさん。うう、上」


「あん? 顔が飛んでいるなあ。なんだいありゃ」


「たまに山間地で見受けられるハーピーじゃねえか。鳥の亜人て呼ばれる生き物だ」


 そういえば、昨日長老がしていた話の中にそんな生き物がいたとか言っていた気がする。亜人――今までみた亜人のなかで顔だけは肌人種に近いが、体型を見ればヒト型と呼ぶにはかけ離れている気がする。人の顔に翼と鳥の脚が生えた生き物。頭は髪の毛の代わりに羽根が生えているようだ。目、鼻、口の回りだけ羽根が生えていねえ。


 顔の部分だけが人型に近いので、見ていて余り気持ちのいい生き物ではねえ。空の上からケラケラと馬鹿にするような笑い声だか鳴き声を上げている。


「兄弟、あれも食うのかい」


「……ちょっと考えどこだな。食える肉も少なそうだ。モミジが食えるくらいか」


「『モミジ』トハ、ナンダ」


 いわゆる脚の部分だとハダスには教えておく。甘辛く煮こんだり、出汁を取るのにも使う。ゼラチン質が多いので煮凝りみたいにも使える。調味料の少ねえ、この世界では出汁に使うのが精々かも知れねえ。


「あ、汚い! 糞を落として来ますよ、あの鳥亜人」


 クラテルの頭の上に、白と黒の塊が混じり合った糞が直撃する。上を見て怒るクラテルを馬鹿にするような顔で見返しながらハーピー達は上空で旋回を続けている。飛びながら糞をすると言うことは、やはり飛び続けるためには体重を少しでも減らしておく必要があると言うことか。

 時々落ちてくる糞に気を付け乍ら、ゆっくりと広場まで近付く。女子供に年寄りばかりの村人達の頭上を広場の中央付近、偉そうに浮かんでいる背中から白い翼を生やし、白い顎鬚を蓄えた壮年のような顔立ちの男が、長老を見下すような目線で見ている。


「まだ、生きていたのですか。私達の食する物が減りつつあります。村の食糧を分け与えなさい。喜びなさい、これは世界の管理者たる私達の意思です。私達に奉仕ができることに感謝をしなさい」


「も、申し訳ございません。む、村に備蓄となる食糧はございません。働き手の男衆がいないため、畑作業も、狩りもままなりません。私達が生きていくだけでやっとでございます」


 長老は汗を掻き、しどろもどろの状態で翼を生やした男に謝罪をしている。俺はその様子を、イライラとしながら眺めている。


「では、貴方方が食べる分の食糧を差し出すのです。私達、世界の管理者に食糧を捧げられることに感謝をしなさい」


「そ、それでは私達が飢えて死んでしまいます!」


 長老の悲痛は叫び声のように周囲に響く。上空ではその様子をハーピー達がせせら笑う。翼を生やした男は何も語らない。

 しかし、顔を見れば何を言いたいかは直ぐに判る。――ならば、飢えて死ねばいいだろう。はっきりとそう顔に書いてある。あいつは、糞だ。白エルフと同類だ。

 そう思っているさなか、壮年の翼を生やした男の元に、新たな奴が舞い降りてきた。どこか上空を飛んでいたようだ。壮年の男に耳打ちをしている。二人共同胞だろう。身に着けている衣服が同じだ。真っ白い上等な布で作られた衣服を身にまとう。肌の露出は少ないが、俺が知る天使のような格好だ。耳打ちを受けた壮年の男がこちらに目線を向け、近づいてくる。


「驚きましたよ。間違いなく翼人種です。気を付けて下さい、伝承や長老の話が本当なら彼らは耳人種達よりも霊力が高く、強力な術を使えるはずです」


「俺の見立てじゃあ、あの服はエルフ絹だぜ兄弟。汚れ防止の付与術まで付けていやがる」


 壮年の翼人種が近付くさなか、ラティオとワリスの二人が肩越しに小声で俺に教えてくれた。あれが、御伽話の中の人種と言われる翼人種、長老の言う天の御使い様。俺が知る天使かと思ったが、さっきのやり取りを見る限りでは、ただの傲慢な人間だ。まあ、天使だって似たようなものかもしれねえが。


「旅のものですか。貴方達、雄は私達ともに来なさい。女は不要です」


「断る」


 はっきりと言う。交渉の余地はねえ。相手は交渉をする気はさらさらねえだろう。こっちも、こんな馬鹿と話をする気にはなれねえ。壮年の男は、一瞬の間を置き、こちらの返答について鼻で笑う。


「世界の管理者の一員たる私に逆らうのですか。ならば、勝手に連れて行くだけです。村の人間も逆らいました。いずれにしても不要な村です。ハーピーの餌にでもしましょう」


 翼をはためかせ、頭上から離れていく。口が素早く動いて行く。周りに幾つかの蒼い光の塊が発生する。霊力の矢、攻撃の術だ。後ろでアンが歌い出し、顔人のヤドハクとアナーカが踊りだしたが間に合いそうもない。

 俺は盾を頭上に掲げる。ゴンが前に出て同じように盾を掲げる。一瞬の事に呆気にとられていた村人たちが悲鳴を上げて広場から逃げだす。慌てているため、上手い事逃げだせていない。自分の身を守るので精一杯になりそうだ。


「地を這う者が、天に近い私達に逆らった罰です。手始めに、醜いトロルとドワーフは死になさい。盾など無意味ですよ」


 せせら笑いながら蒼い霊力の矢がこちらに向かってくる。案の定、盾を躱してこちらの身体目掛けて矢は突き刺さる――直前に霧消する。壮年の翼人種の顔が不細工なしかめっ面になる。


「小賢しい、術防護の法具を身に着けているのですか!」


 水の精霊を止める時にぶっ壊れた銀色の首飾り。水の精霊は律儀にも、壊した物の代わりを寄越してきた。

 金色の首飾り。成金趣味みたいだったので「物が違う」と言ったら、水の精霊は笑いながら「欲のない奴。良いから貰っておけ」と受け取らなかった。樵とは意味が違う。もっと地味なのに変えろと、はっきり言ってやれば良かったが、今もこうして役に立っているから文句は言えねえようだ。


「何を身に着けようがこちらの勝手だ。……クラテル、筒持ってこい。あの位置じゃあ、手が流石に届かねえ。相手のやりたい放題だ。ゴン、付いて行ってやれ」


 俺とゴンは術を防げるが、残りの連中はそうはいかねえ。残念なことに俺達以外に首飾りを貰った奴はいねえ。あくまで、破損した道具の代償分しか貰い受けていねえ。


「アン、村全体に術封じか、術防護を掛けることは出来るのかい」


「無理だよ、ゲンおじさん。ヤドハクとアナーカ二人の支援だけだと、神殿のときみたいな範囲はできないよ。精々、私達の傍にいる人を守るのが精いっぱい」


「じゃあ、術防護の術を使ってくれ。おい、なるべくアンの傍から離れるな。ソフィア、弓矢であれを狙えるか」


「十中八九、風の術で軌道を逸らされます。術も期待しないで下さい。相手の方が、かなり上手です」


 ソフィアははっきりと戦況は不利になると暗に告げる。ハーピー達が次々に舞い降りてきてこちらに襲い掛かって来る。こうしてくれれば、叩き落とすことも可能だ。ラティオもワリスも手持ちの得物で対応している。

 しかし、上空で術を行使してくる翼人種二人には、現状ではどうあがいても攻撃を届かせる手段がねえ。クラテルが戻るまで持ちこたえる必要がある。村人達は、皆、建物の中に逃げこんでいる。広場に残るのは俺達だけだ。あの手の奴は、建物の中に逃げれば、喜んで火の術を掛けて建物ごと燃やすだろう。間違いねえ。

 アンと顔人二人を囲むような形で戦いは続く。ギャアギャアと叫びながらハーピー達はこちらに向かって襲い掛かる。口の中には牙が並んで見える。どうやら肉食の様だ。肉は臭いに違いねえ。食わねえで良かった。

 ガリーザの風の術で動きを遅らせて、各自の得物で叩き落とす。翼人種共は懲りずに術を掛けてくるが、アンの防護を破れずにいるためイライラとしている。術の巻き添えになってハーピーも減るから一石二鳥だ。


「ええい、肌人の小娘にしては霊力が高いと思ったが、半人であったか。よくみれば、奇怪な顔の生き物は、耳人共の成れの果てではないか」


 どうして、顔人が耳人種だと知っているのか疑問だ。白エルフどもはこいつらと繋がっていた可能性があるのかもしれねえ。自分達の恥部を見せるほどの関係だったのか、勝手に盗み見たのかは分からねえが。

 大楯を振り回してハーピーを追い払うゴンと蒼い顔をして箱を抱えて走るクラテルがこちらに向かってくる。霊力の矢が襲い掛かるが、ゴンの巨体の前で霧消してしまう。滑り込むように、二人が輪の中に入って来る。


「げげ、ゲンさん、これ」


 クラテルはゴンの様にドモリつつ、肩で息をし乍ら抱えていた箱をこちらに渡してくる。ゴンの後ろで隠れる様にしながら、素早く箱の蓋を締めている紐を取外し中身を取り出す。ざっと銃の点検をするが異常はねえようだ。一緒に入っている弾が保管してある革の小さなポーチから早合を取り出し、筒先から込める。


「ゴン、そのままこちらを翼人種から隠していてくれ。クラテル肩を貸せ。耳は塞いでおけ。多少、熱いかもしれねえが我慢をしろ。合図で着火の術だ」


 ゴンは大楯を上空に翳し、翼人種の目線から姿を隠してくれる。こちらは、戦いのさなか、反撃が届かないことをいいことに、上空で留まるアホな翼人種を狙い撃ちだ。銃の存在も知らねえ奴らが、矢よりも早え銃弾を術で防がれたらお手上げになるが、そうはならない自信がある。狙いは、大きく羽ばたく翼。的がでかいから外すことはねえ。胴体を狙っても良いが、より確実な方を狙い撃とう。


「着火!」


 俺の合図と共に、火薬が爆ぜる音がなり、若い翼人種が傾き地面に叩き落ちる。片翼に大きく穴があき、飛び続けられなくなった結果だ。地面に叩き落ちる瞬間に、でかくゴツンと言う音がした。

 初めての経験で恐慌状態に陥ったのか、まともに受け身も取れずに頭から落ちたようだ。首が変な方向に曲がっている。あれは、間違いなく死んでいる。

 それを見ていた壮年の翼人種は、始めは銃の音に魂消ていたのか呆けた顔をしていたが、若い翼人種が墜落し、死んだことを悟ると遠目から見ても顔を赤く染め、怒り心頭になっている。


「若き同胞が殺された! 地を這う下賤な生き物に! 我らが家畜のくせに逆らうだけでも許されぬのに、尊き同胞を殺すとは!」


「化けの皮が剥げてきたなあ、俺達はお前達の家畜じゃあねえよ。いずれにしても、家畜だって、飼い主が悪ければ逆らうさ。お前達に管理されるのは御免とな!」


 二発目の弾を込め終えて、狙いを残りの翼人種に向ける。先ほどの一発で気づいたのか、壮年の翼人種はその場から滑空するかのように動き始めた。

 狙いが着けにくくなる。相手は飛びながらも口先を動かすのを止めない。無数のバスケットボール程の火の弾が頭上に浮かび、こちらに向かってくる。

 しかし、悉くアンの防護の術で防がれてしまう。ハーピー達もろとも火の術は撃ち込まれるため、ハーピ達は恐慌状態だ。いずれにしても、壮年の翼人種が疲れて止まったところを狙い撃てばいい。ここは、我慢のしどころだ。


 ――だが、展開は悪い方向に転がった。火の弾の術を怒りに任せて打ちこむ翼人種のコントロールがずれたのか、狙ったのか何発か火の弾が住宅の一件に撃ち込まれた。火は木造の建物に瞬く間に引火する。

 建物の中から、小柄な人影、子供ではなく獣人種鼠人族の家族が慌てた様子で飛び出してくる。それを見た恐慌状態のハーピーが家族に向かって襲い掛かる。ゴンが輪から飛び出し、大楯を振り回しハーピーを追い払う。


 なぜ、ゴンはハーピーを叩き落とさない。大楯はハーピーに当たらないように振り回されている。あれは、追い払っているだけだ。ゴンの奴は、輪の中でも俺の姿が翼人種から見えないように盾を上空に向けて構えるだけだった。クラテルと一緒の時も、そうだった。


「ゴン! 早くその鼠人達をこっちに連れて来い! 火に巻き込まれれば死ぬかもしれねえ!」


 術によって生まれた火の弾は防げても、それで発生した建物の火事は術防護では防げねえかも知れねえ。やってみたことはないが、今、試すことではねえ。追い払うだけで叩き落とされないことを悟ったのか、ハーピー達はゴンと怯える家族の回りを集ったまま離れようとしねえ。仕方がねえ、俺が叩き落とすか。


「クラテル、持っておけ。ゴンを助ける」


 術防護の首飾りを付ける俺とゴンは輪から外れても問題はねえ。集中的に集られると、今のゴンのような状態になるので皆と一緒にいたまでだ。


「バアアア!」


 威嚇の声を上げて、戦槌を振り回し乍らゴンの元へと向かう。集ってくるハーピーを構わず叩き落とす。


 翼人種の術は効かねえし、ハーピーは弱い。


 それは、そんな俺の油断から起こったのだろう。死角から滑空して降りて来たハーピーの脚先に首飾りが引っ掛かり、鎖が千切れて首からするりと落ちていく。

 上空から壮年の翼人種は目ざとく見ていたのだろう。俺は、あっと思い天を見上げる。見えるはずもねえ、離れた空の上に飛ぶ翼人種の嫌な笑みが見える。

 そして、無数の火の弾が俺に向かって撃ちこまれる。咄嗟に盾を前面に翳すが、身体の全てを庇い切れねえ。しかも、上空から撃ち込まれるのだ。足元やら、背中がやたらと熱い。


「げげげげ、ゲンさん!」


 身体に付いた火を鎮火させるために転げまわる俺に向かって、ゴンがいつもより酷くドモリながら悲痛な叫びを上げる。鼠人族の家族を、火とハーピー達から庇いながら、どうするかを迷っている。

 迷ってるんじゃあねえよ。ゴン。お前は、そこからどいちゃあいけねえ。そこを見捨ててくるような性格じゃあねえだろう。俺は何とかする。何とかする。

 そう言いてえが、声も出ねえ程、熱いし痛い。術の威力を甘く見ていた。術から守り続けられて来たツケがここにきて、しっぺ返しみてえに襲い掛かってきた。


「兄弟、逃げろ! また、撃ち込まれるぞ!」


「ゴン、アンタ、何とかするんだよ!」


 ワリスが俺に向かって叫ぶ。糞の翼人種が、きっと嫌な面して術を打ちこもうとしているのだろう。ガリーザ、無茶を言うな。ゴンは鼠人の家族を守るのに手いっぱいだ。

 多分、身体についた火は消えた。虫甲製の防具の隙間から厚い布の服を燃やした火は俺のあちらこちらに火傷を残した。痛みには耐える自信があったが、ここまで痛いと立つのも億劫だ。

 ゲラゲラとした大きな笑い声が聞こえる。ハーピーの鳴き声にも似ているが、あの翼人種の笑い声だろう。アンの防護術の輪は俺の位置まで届かねえ。ゴンが駈け寄れば鼠人の家族は死ぬ。どうにもならねえか。


(本当に、最後の旅になっちまったか)


 インチキ占い婆め、ここぞとばかりに当ててきやがった。どいつもこいつも叫んでいるが、手前のことで精いっぱいだろう。無理をするな。蠅みてえに空を飛ぶ、あの馬鹿面に一発食らわせてやれねえのが心残りだな。


 ――もはやここまで、おさらばか。




 観念をした、俺の耳にも聞こえるような風切音が聞こえる。


「何者か! 背後から我を狙う不届きものは!」


「フン。外したか。少々、遠いぞ。妾の愛する者を傷つけ、さらに命を狙う愚か者には死をくれてやるぞ。だが、その前に……」


 馬が駈け寄る蹄の音。どこかで、聞いたことのある声。一体全体何が起こった。訳が分からねえ。ゴンのいる方角から、ゴトゴトと何かを叩き落とす音がした後に、ハーピー達の叫びが聞こえる。

 複数の脚音が俺の脇を駆け抜けて、アン達の方向に向かって行く。火傷をした俺の身体に何かが浴びせられる。濡れて冷てえが、火傷の痛みが引く。完全に痛みが無くなったわけではねえが、どうにか動けそうだ。 起き上がり、液体を掛けてきた方に目線を向ける。

 小柄ながらも体躯のしっかりした六本脚の馬に跨った、美しい金髪の長髪、碧色の眼、堀が深く彫刻のような美しさの容姿、白磁のような肌に、小柄で筋肉質だが素晴らしい体格――そして、胸まで伸びた長い金色の髭


「美髯姫様! どうしてここに!」


 クラテルの驚きの声が上がる。多分、ワリスの奴は驚きで声も出ねえのだろう。俺だってそうだ。姫様が従者も連れずにこんな辺境の地まで来るのはおかしい。幻覚か、罠じゃあねえかって疑う。そんな、姫様にむかって霊力の矢が撃ち込まれるがやはり霧消する。


「ドワーフ皇帝家に伝わる、術守り法具。翼人種ごときでは打ち破れぬ」


「モグラの末裔ごときが偉そうな口を訊くな!」


 壮年の翼人種が歯噛みをしている。キーキー、キーキーとこいつはうるせえ。


「アンタ、本物かい」


「酷いぞ。ゲン。愛しきわらわの姿を見て疑うか」


 軽く眉をひそめて、悲しそうな笑みを浮かべる役者な姫様の戯言は放っておきたいが、助けられたのは事実だ。それに、どうやら本物であることは確かなようだ。金色の髭を引っ張って確かめてみたいが流石に無礼だ。命の恩人にすることではねえ。


「助かった。礼を言う。だが、まだ終わりじゃあねえ」


「まあ、大半は終わったも同じぞ。ハーピーは四散してもうおりはせんぞ」


 落ちた首飾りを拾い、首元に着け乍ら辺りを伺うとあんだけいたハーピーが見当たらねえ。あれだけ、盛大に術で巻き添えにしていたのだから嫌でも逃げた訳か。一人飛び続ける翼人種が見えるだけだ。

 姫様が手にした戦斧槍を地面に突き立て、背負った弓を取り出し、矢を番えて翼人種に向けて撃ち放つ。スゲエ、風切音だけが聞こえる。だが、それでも翼人種の前で若干失速し体を横にして躱される。躱した割には翼人種の顔が真っ青だ。


「ど、どのような膂力を持つのだ貴様。我が、風の術で逸らしきれんとは……」


「噂に聞く程の術の使い手ではないぞ」


「いや、姫の矢を逸らしただけでも見事としか言い様がねえですよ」


 呆れた顔をしたワリスがぼやいている。確かに、あの威力の矢を逸らすのは大したことなのかもしれねえ。


「……次はないぞ、地を這う下賤な者どもよ。明日には村もろとも滅ぼしてくれる!」


 翼人種は悔しそうに捨て台詞を捨てて飛び去って行った。一人で相手にするには手に余ると判断したのだろう。そもそも、女子供と年寄りしかいねえ村を襲うだけのつもりだから大した戦力では来ていねえのだろう。俺達が居たことが不運だったのだ。


「だだ、大丈夫か、げげ、ゲンさん」


 俺に向かって心配そうな顔をしたゴンが駈け寄って来る。大丈夫じゃあねえが、痛みは先程までよりましだ。防具を外して身体の状態を見ねえと判らねえが、アンやガリーザの治癒の術で直してもらえば何とかなるだろう。大丈夫だと返事を帰す前に、大音量の怒声が響く。


「ゴン、貴様は何をやっているか! なぜ、ハーピーを叩き落とさずに追い払うに留まるか! 鼠人の家族もろくに守れず、ゲンまで見捨てるか! ゲンはお主の仲間――家族同然の仲間ではないのか!」


 馬から降り、俺の傍にいた姫様の叱咤の怒声。それを聞いたゴンは途中で立ち止まり。唇を噛み顔を俯かせている。ブルブルと震えている。そして、顔を上げ叫び声を上げる。


「みみ、見捨てた訳じゃあない! ひひ、人の顔をした鳥が、ここ、殺せない! わわ、私は、みみ、皆とは、ちち、違う! ひひ、人を、ここ、殺したことはない! ここ、殺せない!」


 ハーピーは、今まで出会ったどの亜人よりも顔だけは地球に住むような俺達、肌人種に近い。だから、殺すことが出来なかったのか。

 だがなあ、ゴン。この世界にはハダスのような獣の姿をした獣人種もいる。コロモスみたいな、樹の形をした樹人種だっている。お前の助けた鼠人だって肌人種には程遠い。


 ――容姿のせいで苦労をしてきたお前が、そこの一点だけで迷っちゃあいけねえよ。

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