第5話 大霊峰の村

 登坂がだらだらと続く。周りには背の低い樹木が点在している。草は所々に生え、そうでない場所は石ころが多い。余り豊かな土地には見えねえ。まあ、街の暮らしになれた連中には少々不便だろうが、元々住んでいる連中にとってはなんてことはねえのだろう。


「コレハ捨テテイカナイカ」


「駄目です」


 ゴンと一緒に蛸巻貝の巨大な殻を棒で担ぐハダスがウンザリとしている。ソフィアは持つこともしねえが、捨てることは絶対に認めねえ。笑顔で拒否をしている。ゴンの奴もしかめっ面だ。重さはともかく、がさばるから歩きずらいのだろう。この殻のせいで歩みが遅くなっているのも事実だが、ソフィアはどうあっても譲らねえだろう。残念だが、今回はこちらが諦めるしかねえようだ。


「やあ、煙が見えます。鬼人の方達が言っていた麓の村に無事辿りつけそうです」


 額の汗をぬぐったラティオは坂の向こうから立ち昇る白い煙を見て、ホッとした様子だ。鬼人達に教えられた方向と道のりの先に、火焚きの煙が見えたのだ。当然、人がいることに期待が出来る。


「飯炊きの煙にしちゃあ、随分と盛大だな。祭りか炊き出しでもしているのか?」


 ラティオが指で示した方角を見て俺は妙な雰囲気を感じる。鬼人達の話では『ちんけな村』だと言っていた。それにしては煙の量が多すぎる。俺は一人、皆を置いて坂道を駆け上がる。歳のせいで息が切れる。なんだかんだで俺も四十代だ。ゴンやラティオ達の若さには敵わねえ。

 坂の先、少し下った先に村というよりも小さな集落が見える。ざっと見ても家屋は五十軒程度か。山の麓の窪地と坂に寄り添うように建物が建てられている。集落の柵の周辺に、遠目から見ても肌人種ではねえ、何かが集っている。あれは多分、蜥蜴の亜人リザードマンだろう。洞穴で見た奴らとは色肌の感じが違うようだ。


「おうい、集落が亜人に襲われている!」


「数はどのくらいだ兄弟!」


「ざっと見た限りでは三十体位だ! 既に村に紛れちまっている奴もいるかも知れねえ」


 俺を追いかけて来ていた他の連中にざっとした状況を教える。ここで、集落から情報を得られなくなるのは厄介だ。助けた方が良い。ハダスとゴンも蛸巻貝の殻を取りあえずそこらに放りだし、駆け上がって来る。ソフィアが心配そうに置いてきた蛸巻貝を一回見て、気を引き締め直した顔でこちらに向かってくる。完全に欲でボケてはいねえようだ。

 俺はハダスとゴンを後ろに従えて、先行して集落へと掛けていく。下り坂に足を取られて縺れそうになるがグッと堪えて体勢を立て直す。後ろの巨体の二人は、あっという間に俺を追い越して集落へと掛けていく。信じられねえ身体能力だ。チラリと見えたゴンの顔が冷めていた。本気の面だ。原因は判る。村で女子供が逃げ回っている様子が見えたからだ。


「「ガアアアアアア!!」」


 ハダスの雄叫びと、ゴンの威嚇が重なり凶暴な音量になる。集落の付近に集っていたリザードマン達がギョットした顔を一斉にこちらに向ける。悪鬼のような面をしたゴンとハダスにビビったかもしれねえ。

 勢いのままにハダスはリザードマンに突っ込む。何体かが吹っ飛び、狙われた一体の喉元を噛みつき、咥え上げ喉元を食い千切る。咀嚼した肉をベッと吐き出す。


「鳥ノ肉ノ味ニ近イ。イイ肉ダ」


 後ろ姿しか見えねえが、ハダスの顔と行動を見たリザードマンが一斉に恐慌状態に陥る。捕食する側が捕食の対象になったことを感じ取ったのだろう。その中に別のリザードマンが叩き込まれる。首がひしゃげている。飛んできた方向に眼を向けると大戦槌を振りかざしたゴンがいる。襲い掛かってきたリザードマンを大盾で押し返し、戦槌を頭に食らわしている。一体、又、一体と沈んでいく。


「ど、どけえ!」


 ゴンは盾を前に強引に集落の中へと踊り込んでいく。こっちの出番が無くなりそうだ。恐慌状態の群れを襲っているハダスの元に駆け寄り、戦槌を食らわしていく。


「あんまり肉を傷めるな。こいつは、熟成期間が少なくすむ手頃な獲物だ。この村で解体して食おうや」


「賛成ダ」


 ニヤリとした悪い笑みを俺に向けてくるハダスに、俺も笑みを返す。その様子を見たリザードマン達が再度、恐怖の叫び声を上げている。そんなにハダスが恐ろしいのか。困った奴らだ。


「ゴンさんの後を追います。そちらは任せます」


「ああ、任せた。集落の人間の救出を優先してくれ。食う分はここにいるだけでも十分だろうよ」


「ハァ、毎度毎度アンタ達の食い気には恐れ入るよ」


 俺とハダスが群れを叩いている脇をすり抜けるラティオ達が、一言残して集落の中へと向かって行く。どうやらハダスは目出度くこちら側に認定されたようだ。




「アン、水の術で火を消してくれ」


「はい」


 俺の要求にアンは軽く返事をする。すぐさま顔人の二人――男のヤドハクと女のアナーカ――が、嬉しそうな顔を浮かべて踊りだす。軽やかなステップだ。火事になっている家屋の上から雨のような水が落ちて消火を始める。火は、瞬く間に鎮火していく。


「あの歳の子供に、あれだけの術を使われると立つ瀬がなくなるよ」


 呆れ顔のガリーザが、アンの使った術を見てぼやいている。術士から見ても、今のアンは規格外と言うことなのだろう。多少の被害と何人かの怪我人出たものの、集落の民に死人は出ていねえそうだ。

 リザードマンが襲ってきた際に、松明の火で追い払おうとしたが失敗して逃げようとしたときに、そこらに松明を放り出してしまい何軒かの家屋がボヤになったところを俺達が駆け付けたようだ。運がいい事このうえねえ。

 集落の広場には、リザードマン達に襲われて疲れ果て座り込んだ住人達が集まっている。おかしなことに女は子供から婆まで一通りの年齢の奴らがいるが、男は幼い子供と年老いてよぼよぼの爺様ばかり。若い奴はともかく、俺位の年齢の奴も見当たらねえ。実はリザードマンと戦って死んだとは誰からも聞いていねえ。


「ワリス、こんな場所の集落には若い男衆がいねえものなのか」


「いや、狩りにでも出ているなら別だが、そんなことは幾らなんでも滅多にねえよ」


 それなら、村の連中から話を聞いた方が手っ取り早いか。こんな時は俺が聞くより、優男のラティオ辺りに頼んだ方が無難かもしれねえ。だが、こちらが動くよりも先に部落の長老らしき肌人種の爺様が立上りこちらへ歩み寄ってきた。


「旅の方、助けて頂き本当にありがとうございます」


「まあ、困った時はお互い様だ」


「しかし、申し訳ありませんが今、村には何もございません。その日の食い扶持を確保するのも困難な始末。何もお礼が出来ません」


「働き手の男衆に何かあったのかい」


「……」


 長老はおどおどとした態度で俯いたまま何も語らねえ。言うに言えねえ事情があるのかもしれねえ。余り、立ち入りたくはねえかな。それなら先にこちらの目的を述べて情報を貰うとしよう。


「俺達は時守の精霊の神殿を探している。聞いたことがあるかい」


「!!」


 こちらの顔を驚いた雰囲気で見つめる。どうやら知っているようだ。結構、あっさりと見つかりそうだ。


「……知っています。しかし、今は時守の精霊様はいらっしゃいません」


「ああ、知っているよ。だが、用があるんだ」


「あそこは今、立ち入ることが出来ません」


 長老はブルブルと小刻みに震えている。よっぽど恐ろしい奴がいるようだ。エルフの次は悪魔みてえな連中がいるのかも知れねえ。悪魔を相手に勝ち目があるのか疑問は残るが、どうにかしねえと日本に戻すことは出来なくなる。


「それでも行かなくちゃあならねえんだ。場所を教えてくれるかい。それとも、結構行き着くまでに距離があるのかい」


「この村から神殿まで、私達の知る道のりなら半日程度で行きつけますが……」


 長老は俺達が神殿へ行くことには賛同しかねるようだ。嫌だからと言った感じではねえ。こちらの身に危険が降りかかる心配からだろう。どうしたものかと迷っていると俺の袖を引っ張る奴が要るので振り向くとアンがいた。


「どうしたんだい、アン」


「村の人達は皆お腹を空かせているの。お腹が空いていると治癒の術の効き目も悪いの」


 ケガをした連中に、ガリーザと共に治癒の術を掛けていたアンがこちらに訴えてきた。アンが見つめる方を見ると、少しやつれた感じの肌人種の子供や、ドワーフ並に小柄な鼠のような人種が地面に敷いてあるボロ布の上で横たわっている。治癒の術を掛けられてはいるが、まだ完治できずに痛みで辛そうに見える。


「長老、神殿の事はひとまず置いて飯を食おうじゃねえか」


「残念ですが、碌な物がございません。辺りで取れた芋が多少ある程度でして……」


「食えれば、人間と毒でもねえ限り何でもいいかい」


「はあ、ここらには食べられる物は少ないですよ。今から狩りにでも行かれますか」


「何でもいいかい」


「……構いませんが、本当に獲れる食べ物は少ないのですよ」


 よし。言質は取った。




「ゴン! 来る途中でユリみてえなのが生えていたからユリ根を集めてくれ。あとは、オオイタドリが見受けれた。何人かを連れて適当に摘んでくれ。俺はハダスと解体作業を進める」


「わわ、判った」


 ゴンは指示を受け直ぐにラティオ達を連れて、途中で見かけた山菜を摘みに行く。岩地見えてえな場所だが時期的に食えそうな草花が芽吹いている。あとは、先程獲れたリザードマンを解体して鍋にすれば皆が食えるものになるだろう。




「そ、その亜人を食うのですか!?」


「何でも食うって言ったろ。それとも亜人を食うのは禁忌かなにかに当たるのかい」


「そうではありませんが……」


 リザードマンの解体を始めた俺とハダスを見て、長老たちは驚きの声を上げる。どこに行っても、こればかりは同じだ。獲れたリザードマンは洞穴にいた奴よりも肌がごつごつしている。ドワーフ帝国で見かけた大岩蜥蜴を柔らかくした様な皮だ。見た感じはイグアナに似ている。

 邪魔な尻尾と短い手足に頭を切り落として、血抜きをしてから皮に切れ目を入れて一気に向く。ピンク色の肉が丸見えだ。村民の女衆が目を背けている。鶏をばらすのと大して変りはねえと思う。


「この村では狩り肉は食べねえのか」


「いえ、普通に獣が取れればご馳走として振る舞うのに解体をしますが、亜人は流石に気持ちが悪いでしょう?」


「そうかい? 二足歩行をした獣なだけだ。あとは何にも変わらねえ」


「ソウ思ッテイルノハ、オ前クライダ。マア、俺モ今デハ同類ダガ」


 ガフガフと笑いながら解体する手を休めずにハダスがこちらをからかう。長老は、訝しげな目を俺とハダスに向けている。村の住人は、肌人種と獣人種鼠人族を合わせて八十人程度。リザードマンの大きさから考えれば二体もあれば皆に肉が行き届くか。逃げた奴も多いが、村の辺りでゴンとハダスが討ち取っただけでも十体以上ある。後は、塩でもまぶして干しておこう。少しは日持ちがするだろう。

 山菜を摘んできたゴンは早速、解体したリザードマンをぶつ切りにしている。見た目と違いゴンは料理が上手い。料理人とまではいかねえが、そこらの主婦並には手際が良い。俺とラティオも肉を捌く手伝いはするが味付けはゴンに一任する。まあ、塩位しか調味料はねえがな。味噌も醤油も残りわずかだ。大人数を賄う分はとてもねえ。


「げげ、ゲンさん。ほほ、骨をくれ。だだ、出汁を取る」


 塩だけでは旨みがすくねえと判じたゴンは、リザードマンの骨から出汁を取ると言う。思い切ったことをする。亜人の肉さえ嫌悪するのに、骨で出汁を取ったなんて知れたら食う奴がいなくなりそうだ。まあ、食わねえで飢えて死ぬのは各自の勝手だ。


「そのような、雑草や根っこも食べられるのですか?」


「ええ、食べられます。私達もあの二人に教わりました」


 ユリ根やオオイタドリをアンが術で出した水で洗っているソフィアに、長老は質問をしている。ガリーザは「慣れって言うのは恐ろしいよ」と言って笑っている。やはり、長老は心配そうだ。まあ、嫌でも食えば黙るだろう。




 出汁を取ることから始めたため、鍋が出来たころには陽が沈みかけている。こちらもいい加減、腹ペコだ。背中がくっつきそうだ。本日はこの一食だけだ。食えるだけ食っておこう。

 リザードマンの肉はハダスが言うようにやはり鶏肉の味に似ている。洞穴で取れた肉はササミのようにサッパリしていたが、こちらは少し脂がある。洞穴でもらった塩の味も良い。出汁も効いて旨みも十分だ。


「食ってみなよ長老さん。現に俺達は先に食っている。毒はねえよ」


「はあ、気は進みませんが恩人の進めですので……」


 年寄りならではの頑固さなのか、今迄に経験がねえ恐れからか長老は一口目が中々進まない。黙って見つめていると、一度こちらをちらりと見てから、ため息を一つして、意を決してスープを飲む。肉か山菜を食えと言いたい。


「おお、よい塩の味がします。洞穴の鬼人種から塩を分けて頂いたのですか?」


「ああ、いいから具を食え。汁じゃあ精がつかねえだろう」


 目の前で肉に被りつき、長老の退路を断つ。グウと漏らして恐る恐るに肉に口を付ける。目を瞑り、咀嚼し、咀嚼し、咀嚼してから飲みこむ。眼がゆっくりと開き固まる。


「……美味いですな」


「そうだろう」


 長老の一言を聞き、腹を空かした子供たちが鍋に寄って来る。肩を掴んで止めさせようとする親もいるが、払いのけて鍋に寄って来る。長老が食べたのだから安心できるのだろう。腹を空かせて何でも食べたい子供は次々に鍋の肉や山菜を口に入れていく。親の言うこと等お構いなしだ。


「美味しい!」


「うん、食べられう」


 よほど腹を空かせていたのだろう子供達は持ちよった器を次々に空にしてお代わりを求めてくる。量は多めに作っておいた。不足しても明日の分の肉もある。足りなくなれば、こちらから亜人を襲えばいい。立場がまるで逆転することになる。亜人にとっては災難なことだ。


「あ、亜人が食べられるなんて……」


「お腹が空いているとなんでも美味しいのかしらねえ……」


 子供の母親や祖母らしき連中も、恐る恐る鍋を食べ始める。よそう係はゴンがしている。そのうちに誰かが交代をしてくれるだろう。


「不細工なおじちゃんもう少し肉を多めに」


「ハハハ、みみ、皆で食べる、がが、我慢をして」


 子供の要求に、微笑みながらもゴンはやんわりと断っている。後ろから駆け寄った母親が子供の頭を思いっきり引っ叩いて平謝りを始める。それを見てもゴンは笑っているだけだ。

 怪我人にはガリーザやソフィアが匙を取り食わせてやっている。若い男はいねえから変な色目を使われる心配もねえ。怪我をしたのは女ばかりだから、同じ女の方が落ち着くだろう。腹が満たされたので辺りの雰囲気が少し和らぐ。長老も一息ついている。


「なあ、長老さん。実際、この村の男衆はどうしたんだい。女と子供、年寄りばかりだ。戦でもあったのかい」


「……いえ、戦ではありません」


 俺が再び始めた質問に長老は答えかねている。どうしたのもかといった雰囲気だ。


「じゃあ、遠くに狩りにでも言っているのかい。それにしては不用心だ。あの程度の亜人の群れに襲われて右往左往するのなら守り手に幾人か残すべきだったろう」


「狩りに行ったわけでもありません。……神殿に連れていかれたのです。だから、貴方方も神殿に近寄らない方が良いのです」


「男衆が神殿に連れていかれたのかい? 労働力としてかい」


「判りません。天の御使い様の意図が分かりません」


 なにやら、不穏な雰囲気だ。悪魔じゃなくて天使が男を攫ったようだ。あまり、宗教的な揉め事に首は突っ込みたくはねえ。俺は死人に手を合わせはするが、信心があるわけではねえ。精々それは惰性で続けられた習慣みてえなものだ。


「詳しく教えてくれるかい」


「ええ、なんの手助けにもなりはしないと思いますが」


 そう一言言ってから、長老はポツポツと語りだした。




 天の御使い様――背中に真っ白な羽根を持つ翼を生やした人達が舞い降りたのは、暑い時期だと言う。今は寒い時期で、暫くすると暖かい時期になるというから、去年の夏頃ということか。

 空には顔から翼が生えた亜人が舞い飛び、幾人かの白い翼を持つ人の他に屈強そうな蜥蜴人種が一人後ろに控えていたそうだ。


「蜥蜴人? リザードマンではなく、人種だと? 聞いたことがありません」


「それよりも、白い翼が生えた人って言うと、翼人種か? 実在していたのか」


 ラティオとワリスが長老の話を聞き首を傾げる。どちらもかなり珍しい存在のようだ。何回か話に出た翼人種は王国や帝国では御伽噺にでるような存在としか捉えられていねえ。俺の感覚で言えばどうしても西洋で言う天使を想像する。

 舞い降りた天の御使い様は、今後、時守の神殿を管理することになり、その為に村の若い男衆を労力として使用するので連れて行くと一方的に宣言をして連れて行ってしまったそうだ。連れていかれた男衆は未だに誰一人として帰っては来ていないらしい。


「翼人種達は何人位いたんだい」


「天の御使い様は十人程度です。蜥蜴人種は一体だけでした。あの程度の人数で神殿を管理していくのは確かに大変だと思います」


「今までは誰が神殿を管理していたんだい」


「定期的にこの村の住人で掃除はしていましたが、寂れる一方でした。私達も生活をしていくためには、あまり神殿の管理へ労力を割く訳にはいきません。男衆を連れていかれてからは、どうにも立ち行かない状態でしたし……」


 止めとばかりにリザードマンが襲ってきて、もはや終わりかと思った時に俺達の助けが入り大変助かったと長老は頭を下げてきた。偶然とはいえ、良かったと思う。


「それにしても、アンタ達は何で翼人種を『天の御使い様』なんて呼ぶんだい」


「村で翼人種という人種がいると言うことは聞いたことがありませんでした。ここでは、翼の生えた人は天の御使い様と呼ぶように伝えられています。昔、村に舞い降りた白い翼を生やした人が、とても強い術を見せたことがあるという言い伝えが残っているのです」


 術を見せつけた翼人種は畏れられ過去の村人達から崇められたと言う。それ以降姿を見せたことはなかったらしいが、ここに来て大人数を連れて舞い降りたから長老を含めた村人達は大層驚いたのだと言う。


「最後に一つ、俺達が神殿に行くのがどうしてまずい。天の御使い様に近づくなとでも言われたのか?」


「……おっしゃる通りです。私達も含めて、天の御使い様が再び訪れるまで神殿には近づかないようにと」


 時期的なことを考えてみても翼人種達が時守の精霊にちょっかいを掛けたのは間違いねえだろう。まさか、管理すると言っておきながら神殿の主に悪さをしています、なんて事を村人に見せる訳にはいかねえのだろう。

 しかし、一つだけどうにも解せねえことがある。ならなぜ、村の男衆を労力として連れて行った。そんな場所に村人を連れこむ理由はねえ。見せねえようにしていても、雰囲気や気配で悟られる事だってある。


「まあ、それでも俺達は神殿に向かわなくちゃならねえ。悪いが長老さん、道を教えてくれ。俺達だけで行く。迷惑は掛けるつもりはねえ。アンタ達とは会ってもいねえことにする」


「いずれにしても、出立は明日の朝になりますね。今晩はこの村で一晩泊まらせて頂きましょう」


 いまだに神殿への道のりを教えることに若干の迷いを長老から感じたが、村に泊まることは快く承諾してくれた。稀に来る客人を止まらせるための家があるのでそちらを使えるように整えてくれるそうだ。女衆が掃除をするからそれまで待っていてくれと言う。


「行水用のタライと、水を溜める大きめの壺に桶はあるかい。あれば貸してもらいてえ」


「ありますよ。しかし、この時間から行水するには寒いでしょう」


「術で湯を出すから大丈夫だ。アン、悪いな一つ頼む。身体が埃っぽくて気持ちが悪い」


「はい」


「アン、断ったっていいんだよ。こいつらの風呂好きは異常だよ」


 素直に返事をするアンに向かって、ガリーザが余計なことを吹きこむ。素直で純真なアンが、捻くれてガサツなお前みたいにならないように注意をしなきゃあいけねえな。

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