第4話 赤と白の地底湖を越えて

 キノコ鍋は味が良かった。イチモツ茸型の亜人を食っても腹の調子や、体調が悪くなることはねえ。逆に、元気が出た気がする。若い連中は、夜遅くこっそりと寝床から出て行った。自家発電に出も行ったのだろう。一緒に食ったアマームには嫁がいる。


「子供ができるかもしれんわい」


 と、嬉しそうに語っていた。冬虫夏草かキヌガサ茸のいずれかに精がつく成分が入っていたのかも知れねえ。アマームが言う通りなら弱い虫に寄生していた冬虫夏草に大した薬効はねえはずだ。今迄に誰も食ったことがねえ茸の亜人が一番怪しいと思っている。


 大剣尾甲蟹の狩りは順調に行った。一日一発から二発の鉛玉をぶち込めば一匹は仕留められる。ただ、発砲音に魂消て甲蟹共はすぐ泥の中に潜りこんじまってなかなかでてくることはねえ。しょうがねえので、翌日に又来ることを繰り返した。

 結局、都合四日、計四匹の甲蟹を狩り獲り、甲羅を舟底を覆う資材として剥ぎ取った。部族との約束通り尾の部分は塩と交換をした。

 しかし、二匹分も渡せば十分な量と交換が出来た。一匹分を船の加工賃として、残りはそのまま剣を作って貰った。使うことはねえだろうが、交易都市に帰った際の土産にでもしようと思う。

 加工代金を払おうとしたが、職人の爺さんが「スモウを教えてもらった礼だ」と笑いながらタダでしてくれた。自分で参加をするつもりはないらしいが、見ているだけでも十分に面白いそうだ。

 舟の加工はワリスとクラテルを中心に皆で当たっている。族長の指示でアマームも手伝ってくれる。代わりに時々相撲の稽古を付けた。俺の力ではとても鬼人達には敵わねえが、ゴンなら別だ。ゴンは嬉々として鬼人達と相撲を取っている。

 後で聞いたらゴンの奴、中学生の時分までは相撲をやっていたのだと言う。ただ、ゴンの性格上、地球の試合で本気を出せることはなく、今回アマームの強さなら多少の本気を出せたと喜んでいた。あれでもまだ、完全な本気と言わねえのがゴンらしいところだ。

 舟の加工が終わるまでの間、手持無沙汰のラティオ達は狩りに、ソフィアはアンと顔人達を手伝いに借りて洞穴の生態系を調査していた。

 大抵、それぞれが仕留めた獲物をゴンが料理をして、その日の飯にした。塩が手に入ったので、料理に多少の塩気も効いて酒も進む。族長から貰った赤の濁酒は、集落を出るまでになくなりそうだ。




「赤と白の地底湖の案内役は、アタイがやるよ」


 舟の加工が終わり、鬼人の部族との別れが近付いた時、族長のメスィがそう名乗り出た。アマームと醜男衆の何人かが共に行くと言うが護衛役みたいなもので、実際の道筋は知らないのだと言う。

 族長筋のメスィは子供の頃から族長と共に、地底湖を越えているから道案内は間違いねえらしい。ただ、越えたらそこまで。鬼人達は、俺達から用済みとなる舟を貰い受け洞穴内へと戻る手はずだ。地底湖より先に大霊峰の麓まで水場はなく、舟は不要らしい。




 赤と白の地底湖――湖底に積った朱い砂が水面に反映して赤く見せている。湖面には白い結晶の塊がそこら中にある。交易都市のホウ砂とはまた違った結晶だ。遠目から見ただけではなんだか判らねえ。洞穴の天井は所々が地上に通じているのか陽の光が赤い湖面と結晶を照らしている。その名の通り赤と白が美しい地底湖だ。


「見た目に惑わされちゃあいけないよ。ここにいるのは、ろくな生き物じゃあないのさ」


「何がいるんだい」


「大剣尾甲蟹には劣るが、鋭いハサミで突きを放つ細剣蟹、それに蛸巻貝がよくでるわい」


「な!? ここに、蛸巻貝が生息しているのですか」


「希少種じゃあねえか!」


 ソフィアとワリスは驚きの声を上げる。洞穴の地底湖に住む蛸巻貝は王国や帝国では希少種とされ、生息する洞穴は狩人組合の管理下に置かれ高額の料金を払わなければ入場もできないようにされているらしい。


「蛸巻貝の殻は法具の材料になります。取引き価値がかなり高いのです」


 ソフィアもワリスも、見つけたら狩る気満々だ。だが、そう上手くいくか。ゴン並に力の強い鬼人達が恐れる生き物、もしかするとソフィアやワリスが知る細剣蟹や蛸巻貝とは、また違った生態の可能性もある。




「おい、細剣なんて生易しいものじゃあねえなあ!」


「ぼやいてないで、こっちを盾で防ぎな! おちおちしてれば船底に穴があくよ!」


 岸に近い浅瀬付近を船が通過した時に、細剣蟹の群れが襲ってきた。体長は二メートル程度でかなり大きい。王国や帝国に生息する細剣蟹は、親爪が刺突剣のような細さらしいのだが、今、目の前にいる蟹の爪は長剣程度の幅広だ。長い腕を上から落とすように突き刺してくる。かなり危ない相手だ。ドワーフ謹製の盾を持つ俺とゴンは守りを専門的に担っている。

 ガリーザ、ソフィア、アンの火の術で蟹を攻撃していく。かなりくすんだ色の赤が、火の術を喰らい仕留めると綺麗な色になって沈んでいく。辺りに蟹の焼けるいい香りが漂う。戦いの最中だが、生唾を飲みこんじまう。


「なあ、一匹ぐらい上手く仕留めて確保できねえのかい?」


「うるさいよ! こんな蟹の群れを相手にして何を考えているんだい!」


 おもわずガリーザにぼやいたが怒鳴り返された。まあ、命の瀬戸際に馬鹿なことを言う俺が悪いのは承知の上だ。

 最後の一匹をアンの火の術で仕留めた間際に、戦槌の先を引っ掛け湖底に沈むのを食い止めた。どうにかして、食ってみたいという思いが反射的に行動を移してしまった。


「やれやれ、ゲンは食い気が強い奴だよ。アマーム! 岸に付けな、一休みしてから先に進もうじゃないか」


 メスィが言うのを聞いて、舟尾で舵をこぐアマーム達は了解の返事をして、舟を適当な広さの岸へと近づける。俺は、引っ掛けた蟹を落とさないように必死だ。岸に上げたら、もう一度火で炙って貰おう。この体長なら一匹でも全員が十分に食う量があるだろう。

 蟹の肉は大層良い味がした。ラティオの話だと、火の術で攻撃した獲物は価値が下がるという。生け捕り又は火の術を使わずに捕殺するのが理想なのだと言う。


「ただ、このような岸辺で相手をするのが普通です。今回のように船の上で襲われたら、撃退を最優先するのが一般的ですね。ましてや、私達が知るどの細剣蟹よりも親爪が太いのを相手にするなら尚更です」


 生のまま獲れば、肉、爪、甲羅と捨てるところはなく一匹でかなり良い値段でさばけるらしい。今回は勿体ねえが、命あっての物種だ。それに、例え火の術で仕留めてもその場で食うのであれば問題はねえだろう。

 甲羅には、味噌がたっぷりと詰まっている。これもまた、火の術で炙られ香ばしい匂いがたまらねえ。俺は、クーラーボックスから酒瓶を取りだす。四合瓶サイズの昔ながらの粕取り焼酎だ。かなり臭いが、飲むと病みつきになる。


「おお、兄弟、向こうの酒だな! 御相伴に与るぜ」


 ワリスが口から涎を垂らす勢いのまま直ぐに駆け寄って来る。さて、果たしてこいつに、この稲わらを焼いたような味のする酒がなじむかどうか。椀もコップもねえので、ラッパ飲みで一口飲むことを許しワリスに酒瓶を手渡す。嬉々として口を付けるが、口に含んで飲みこむと、案の定、おかしな顔になった。


「うーん、兄弟、こいつは余り美味くねえなあ」


「まあ、酒の味は人それぞれ好みがあるからな。今回は口に合わねえってことだ」


「じゃあ、ワイにも一口飲まんせい」


 アマームは、ワリスから酒瓶を貰い受け一口飲む。こちらは、驚きの顔をしている。


「なにが、不味いんだわい! これは、たまらんわい!」


 護衛に付いてきた鬼人達の醜男衆が次々に酒瓶に口を付けていく。俺の所に回る頃には中身はなくなるだろう。元よりそのつもりだ。不味くて誰も飲まないのならば、仕方がないが、喜んでもらえるのならばそれでいい。この酒は、俺からのちょっとした礼のつもりだ。

 昔ながらの作り方で作られていると言う、粕取り焼酎は癖がかなり強い。ワリスの言うように飲む人を選ぶ。最近作られているのは、癖も少なく飲みやすいが、俺は少し物足りねえと思っている。


「すまんわい、ゲン。みんな飲んじまったわい」


 申し訳なさそうにアマームが空の酒瓶を返してくるが、俺は笑って受け取る。


「構わねえさ。喜んで飲んでもらえるのが一番だ。これで、荷が一つ軽くなった。瓶もやる。まあ、これ一本だけだ、割らねえように大事にしてくれ」


 向こうじゃあ、土産にもならねえ空き瓶もこっちでは大層な代物になるのだろう。アマームは族長へ手渡すと嬉しそうに語ってくれた。空き瓶はメスィが預かり、大事そうに荷袋へしまっていた。




 朱い水面を掻き分けて二艘の舟は進む。飯を食ってからあと、問題は生じねえ。変わり映えのしない風景に少し飽きが出てくる。ぼんやりと洞穴を眺めていると、メスィの声が上がる。


「見な、出口の光だよ。もうじき、洞穴の外に出られるよ」


 船の進む先を見ると、暗い洞穴の先にゴマ粒のような光が見えてくる。これで、ようやく洞穴の中から出て、まともなお天道様が見れる。ホッとした気分になった。


 ――しかし、そうは問屋が卸してはくれねえようだ。


「うう、後ろから、なな、何か来る」


 舟尾で警戒をしていたゴンが声を出す。メスィが目を凝らして睨みつけると、でっかい舌打ちを一つして、声を張り上げる。


「蛸巻貝が来たよ! 追い付かれる前に岸に着けな、水面で襲われたらひとたまりもないよ!」


 疲れていたであろう鬼人達の漕ぎに力が入る。追い付かれまいと必死だ。俺とゴン以外の連中が驚きの声を上げている。


「な、なんだあ、あの蛸巻貝は規格外のでかさじゃねえか」


「あれを仕留めればいい法具が沢山できますね!」


「欲ボケしてんじゃないよ! 今の状態で襲われれば餌になるだけさ!」


 ソフィア以外は戦々恐々としている。蛸巻貝と呼ばれた生き物、てっきり蛸が巻貝を背負っているのかと思っていたが、あれは俗に言う「オウム貝」のようだ。無数の触手で水を掻き分け乍ら、こちらにえらい速度で向かってくる。体長は四メートル近く、触手の一本一本も太い。


「普通、あれはどうやって仕留めるんだい」


「水中から引きずりあげて、皆で攻撃を加えるのが通常です。私達の知る蛸巻貝は水底から滅多に出てきません。この洞穴の奴は、好戦的の様ですね」


 ラティオは腰に佩く剣を抜き不安定な船の上で構えながらこちらの質問に答える。こちらも、今まで以上に舟の速度は出ているが所詮は人の手で進んでいるのだから、たかが知れている。蛸巻貝は見る間に近づいてくる。


「アン、水流を操作できるか」


「多分、大丈夫」


 アンはそう言うと、顔人の二人に目を向ける。顔人の二人は、微笑みながらお辞儀をするようにアンに向かって頷く。舟の上では流石に踊れないからか、代わりにハミングのような声で、二人一緒に歌い出す。良い声だ。アンが声に合わせて、歌うように術を唱え始めると舟の速度が徐々に速くなっていく。これなら、どうやら追い付かれる前に岸に着きそうだ。


「なあ、兄弟。すこーし、速すぎじゃあねえかい」


「いや、構わないよ、このまま一気に岸辺まで行こうじゃないか」


 舟の速度に腰が引けているワリスの情けねえ声を尻目に、メスィが威勢よく声を出す。蛸巻貝に追い付かれねえように、ギリギリまで速度を保つ様にアンに促しておいた。

 水面を激しく荒らしながら朱い砂の岸辺に滑り込むように舟は派手に突っ込む。どうにか、蛸巻貝に追い付かれる前に岸に着くことが出来た。しかし、蛸巻貝は執拗にこちらへと追いかけてきた。浅瀬付近で留まりつつ触手をこちらに伸ばしてくる。


「あんだけデカイと筒で撃っても大した影響は受けねえかな」


「できれば殻を打ち砕くような攻撃はしないでもらいたいですね」


 以外にソフィアは欲が深い。どうしても蛸巻貝の殻を手に入れたいようだ。あんなにでかい殻を持っていくことは出来やしねえのに。蛸巻貝は陸地では活動ができないのか、水辺から上がって来る雰囲気はねえ。

 こちらとしては放ってそのまま洞穴の外に出たいが、鬼人達はここから部族の元に戻らなければならねえから、どちらにしても始末をする必要がある。


「こうなりゃ引きずり出すに限るわい。お前さん達も手伝ってくれい」


 アマームは舟から取りだした停留用の鉤爪のついたロープを振り回し蛸巻貝に向けて放り投げる。蛸巻貝は餌と勘違いしたのか、鉤爪を触腕で捕えてしまう。アマームが踏ん張るも蛸巻貝に引きずり込まれて行く。俺達は慌ててロープを持ち蛸巻貝との綱引きが始まる。

 鬼人の醜男衆に加えてゴンとハダスにワリスもいる。ジリジリと蛸巻貝を引きずり込むことが出来ている。触手がこちらを攻撃してくるが、綱引きには加わらないガリーザ達が風の術や火の術で牽制をしてくれる。時たま、火が傍で弾けて熱いが我慢のしどころだ。


「おいおい、焼きガニに続いて蛸の丸焼きかよ。又、腹が減って来た」


「アンタの食い意地には頭が下がるよ! 今は、引きずりあげるのに集中しておくれ」


 女でただ一人綱引きに参加しているメスィが呆れた笑いを上げている。言う通り、今はこいつを引きずりあげることに集中をした方が良いだろう。

 ジリジリと岸辺へと引きずり込むことには成功をしたが、相手がでかすぎて、続けてどうすればいいのか見当がつかねえ。そう思っているところに動き始めたラティオから声を掛けられた。


「剣持ちは触腕をさばきます。ゴンさんと一緒に戦槌で頭部の頭巾を叩き割ってください。あの下に脳があります」


「よし、任しておけ」


 鋼鉄製の戦槌を持ち、蛸巻貝へと歩み寄る。両脇を陣取るラティオとメスィが迫りくる触腕を次々に捌いてくれる。メスィの手には、大剣尾を加工した大剣が握られている。族長の娘を名乗るだけあり、アマーム達よりも力が強いのか大剣を軽々と振り回している。

 術の支援、剣での守りを受けて蛸巻貝へと近づき、ゴンと共に頭巾に戦槌を食らわしていく。アマーム達、醜男衆も手にした戦斧やメイスで殴打を続ける。まさに、タコ殴り。

 ゴンが気合の入った掛け声と共に繰り出した一撃を受け、硬い頭巾にヒビ割れが生じる。ヒビ割れに目掛けて、更に戦槌を振るうと、欠片が飛んでいく。蛸巻貝は逃げようにも陸に上がり、動きが鈍っている。逃がす気は毛頭ねえがな。


「どきな! 止めを刺してやるよ!」


 脇で触手を捌いていた、メスィが近付きヒビの入った頭巾に向けて大剣を突き刺す。

 しかし、まだ大剣は頭巾を突きぬくことはできねえ。ゴンが横から戦槌を上段に振りかぶり、再度勢いよく頭巾を叩く。ヒビの太さが太くなり、そこに再度ねじ込むようにメスィが大剣を突き刺すも中途半端に先端だけ刺さり抜けなくなってしまう。


「どど、どけ!」


 ゴンの声を受け、メスィは大剣を手放し脇によける。ゴンは戦槌を野球のバットを振るうように横に振り、剣の束を思いっきり叩く。大剣が、一気に半分近く蛸巻貝の頭巾へと突き刺さる。


「もう一丁!」


 背の低い俺が、戦槌をナナメ上に向けて振るい、再度、大剣の束をぶっ叩く。大剣は更に半分ほど頭部へと埋まって行く。蛸巻貝は痙攣して動かねえ。止めの一撃をゴンが振るう。大剣の刀身はすっかり蛸巻貝の頭部へと埋まる。岸辺でどうにか踏みとどまっていた、蛸巻貝はバランスを崩し、横にドサァと倒れてしまった。

 その様子を見て、一斉に醜男衆から勝利の雄叫びが上がる。威勢がいいことこのうえねえ。俺もつられて、でかい声を上げちまう。メスィが良い笑顔をしたまま、ゴンの背中を叩いている。


「やっぱりアンタは凄い男だよ。鬼人種じゃないのが悔やまれるね」


 俺が放った止めの一撃はついでみたいなものだ。実際にはゴンの一撃で決まったも同然だ。族長の娘で鬼人の戦士である、メスィはその辺りが良く分かっている。ゴンの肩に腕を回しはしゃいでいる。目に嬉し涙まで浮かべている。そんなことを考えている俺の頭を軽く叩いた奴がいる。


「まったく、本当にアンタ達は朴念仁だね」


 薄らと笑みを浮かべたガリーザがいた。ゴンに絡むメスィをじっと見つめている。何が何だかわかりやしねえが、女の心は良く分からねえから俺が間違っているような気がした。




「本当に貰い受けても良いのかわい」


「ああ、この先にはろくな水辺がないのなら舟は邪魔になるだけだ。この、でかい甲羅を持っていくので限界だ」


 蛸巻貝を討伐した後、無理をして進まずにその場で野営をした。蛸巻貝の中身は綺麗に取り出し、美味しく頂いた。残り少ない醤油を使って味付けをした。香ばしい醤油の香りは好評だった。懸念していた味についても問題はねえようだ。

 次があるのなら、少し多めに持って来てやりたいが多分、次はねえ。日本に戻れば、いつでも手に入れることは可能だ。戻れればだが。

 本音を言えば、二メートル近い殻も置いて行きたいのだがソフィアの奴が頑として譲らなかった。最後は地団太踏んで駄々をこねていた。美人が台無しだ。

 ゴンとハダスが戦槌の柄にロープを括り付けて担いで持っている。中身がなければ思ったよりは軽いが、ガサばってしょうがありゃしねえ。洞穴を抜けて、しばらく進めば大霊峰の麓の小さな村に辿りつくと言うからそこを拠点に時守の神殿を探すつもりだ。


「洞穴部族族長パノに代わり、族長の娘メスィより奇特な旅人達に告げよう。お主達と共に過ごした短い期間は驚きと楽しさに満ち溢れていた。変化の乏しい洞穴暮らしに陽が差したようだった。礼を言う。もし、機会があれば立ち寄ってくれ。……よき旅を」


 俺達に向かい真面目な顔で礼を述べ、一度俯いた後に微笑みを向けた。力強く、綺麗な女だと思う。


「こちらこそ散々世話になった。洞穴部族の鬼人達に感謝する」


「アンタは本当にいい女だよ。潔すぎる位さ。私はもう少し粘ってみるよ」


「立場上どうすることもできなかったアタシに代わって頑張りな」


 俺の礼の脇から喋りだした、ガリーザとメスィは訳の分からねえことでお互いを理解し合っている。当初の頃は、気が合わなそうな二人だったが今は親友のような感じを見せる。変わった女達だ。

 鬼人達は元来た地底湖を戻っていく。手を振り別れを見届ける。人数が少なくなって危なくねえのかと尋ねたが、少ない分だけ船の速度も上がるし、あんなに大物の蛸巻貝が襲ってくることは滅多にねえのだと言う。結局は俺とゴンが招きよせたトラブルの一環だったのかもしれねえ。

 小さい光だった洞穴の出口を抜けると、広く青い空が広がる。久しぶりのお天道様だ。目が眩むようだ。大森林のような大きい樹木は見当たらず、辺りには低木がまばらに見える位だ。薄らと緑が掛かった岩壁を見上げる。ゴツゴツとした岩からなる山脈――大霊峰の麓に辿りついたようだ。




「道なりに進めば、小さいながらも村があるそうじゃねえか。いこうぜ兄弟」


 大霊峰を見上げる俺にワリスは声を掛け、先に進む。皆、ぞろぞろと後について行く。ゴンとハダスは蛸巻貝をえっちらおっちらと運んでいる。あの二人ならそんなに苦労はしねえだろう。

 時守の精霊を封じた奴はどんな奴なのだろう。どうせ、碌でもねえ奴に決まっているが。

 しかし、あの水の精霊の様な力を持った奴を封じ込めたのだ、ぶち当たるにしても一筋縄ではいかなくなる。


(テリザの占い婆は「最後の旅」なんて抜かしやがったが、インチキ占いを証明してやるさ)


 俺は先を進むゴンの若禿になりつつある頭を見て心に決める。悪い意味での最後にするつもりも、旅を終えるつもりも更々ねえ。ただ、あんまり気張ってもしょうがねえ。結局、最後はなるようになるだろうさ。

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