第3話 鬼の暮らし

「穀物と少々の野菜にザリガニ一匹、残っている蜥蜴の肉だけじゃあ当面の食い物が心許ねえか」


「まあ、取れる獲物は肉ばかりじゃあねえわい。茸も取れるから心配ないわい」


 アマームは洞穴で取れる食い物は豊富だから心配の必要はないと言いたいらしい。マコモの茎と種もあるから、問題はねえと思うが船の加工の日程を考えると獲れる食い物はなるべく多く知っておきたい所だ。とりあえず今日の所は手元にある食材で飯の支度をしておこう。


 設営した拠点に戻ると火の支度が整い、部族の人間が貸してくれたのか素焼きの壺が用意されている。ゴンはザリガニの捌き方をアマームに教わり、頭をもぎ取り、殻を向く。


白いプリプリとした身が現れる。ナイフで背ワタを取り除き、アンを呼び寄せて水で洗い流して貰う。


「身の切り分けは、この上でやるといいよ」


 いつの間にかゴンの傍に歩み寄ってニコニコと笑った部族長の娘、メスィが綺麗に磨かれた青い色をした御影石の板を差し出している。


「壺もあの人が用意してくれたのです。随分とこちらに気を掛けてくれています」


 俺と一緒にマコモの種を毟り始めたラティオが教えてくれる。毟る作業を手伝いに戻ったアマームが眉間に軽くシワを寄せて、石のまな板を受け取るゴンの顔を眺めている。


「うーん、まさか浮いた話がとんと出ないメスィの姐さんが一目ぼれするとは思わなかったわい。やっぱり、女は顔に魅かれるのかわい」


「……何を寝ぼけたことを言っているんだアマーム」


 口から意味不明の言葉を吐くのでこちらがたまげる。それとも俺の耳に垢が溜まっているのか。そういば、あまり耳の掃除をしていねえ。


「おいおい、あれほどの良い面した鬼人なんて、滅多にいないわい」


 アマームは目を剥いてこちらに驚きの眼差しを向ける。どうやら、本気の様だ。鬼人達の顔の基準は良く分からねえが、驚いたことにゴンの面はかなり好いようだ。今迄の反応は、てっきり見た事の無い程の不細工だから驚いていると思っていたが、真逆のようだ。

 ワリスとクラテルと一緒に、ゴンが持って来たマコモの葉を剥いていたガリーザがスーと立上りゴンの方へと脚を向ける。ゴンは石のまな板の上でザリガニの身をナイフで適当な大きさに切り、隣に寄り添ったメスィがザリガニの脚先を外し突き刺していく。ガリーザは空いた隣にスーと座り同じように脚にザリガニの身を打ち始める。

 ガリーザとメスィの目線が合う。火花が散った幻影が見えた。修羅場の様だ。間に挟まれたゴンは気付かず黙々とザリガニの身を切り分けている。互いに冷笑を浮かべ、奪い合うような速さで身を串代わりの脚先に打っていく。


「さあ、ハダスさん。出来た串を取ってきて下さい。私が串焼き番をしますから」


「イヤダ。ソフィア、代ワリニ行ッテクレ」


 串焼きを始めるために串を取りに行きたい二人は怖くて近づけねえでいる。何も知らないアンと顔人が寄って行って串を運んでくれているので何とかなるだろう。毟った種を壺に入れ、術で水を入れてもらい炊き始める。


「子供に情けねえ姿、さらすなよ二人共」


「ゲンは、あの場に飛び込めるのですか」


「いや、無理だ」


 からかいがてらに一言嫌味を言ってみたが、そう返されると答えは一つしかねえ。受け取った串を火の回りに差しておく。種が炊き上がる頃には、良い感じに焼き上がるだろう。




 炊き上がったマコモの種とザリガニの身を食う。身は炙る前に塩で軽く味付けをした。赤米のようなマコモの種は食えないほどではないが、精米もしていないのでかなり渋みが強い。余り美味い物ではねえが、食えねえ程ではねえ。しかし、他の連中は余り食が進まねえようだ。


「王国の硬いパンの方が、まだましか」


「贅沢を言うんじゃねえよワリス。せっかく俺達の為に教えてくれた食い物だ」


 明日からはアン達に頼んで精米をしておいてもらうか。どうせ、明日からも、大剣尾甲蟹の居所を教えてもらうついでに狩りをする予定だ。アンと顔人を連れて行くつもりはねえ。強い術の使い手だが、子供を同行させるわけにはいかねえからな。リカー嬢さんが聞いたら鼻で笑いそうだな。


「ゴンの言う通り日陰長草の茎は中々美味いわい。ゲンの取ったウドとかいうのも、良い味だわい」


「酒が欲しいなあ、兄弟」


「ねえよ」


 一緒に飯をくうアマームは、石の板に盛られたウドとマカモ茎の塩キンピラを始めは怖々乍ら口を付けたが、今は美味そうにつまんでいる。ワリスも美味そうに食うが酒が無いので物足りなさそうだ。まあ、実際はクーラーボックスの中に一本残っているが、ここの連中に飲み干されそうな気がして出してはいない。

 この洞穴では、岩塩が取れるらしい。場所は秘密だと言われた。塩は貴重品なのだろう。手元にあるだけでは心もとなくなっているので少し分けてくれと言ったら、大剣尾甲蟹の一部と交換をしてくれることになった。

 洞穴の部族でも大剣尾甲蟹を狩りに出ることは、年に数回程度と言うことで臨時で取れた部材も十分に価値があると言うことだ。


「船の回りを囲むのは甲羅を使用するわい。剣尾の部分は使わんからそこをくれればいいわい」


「そこが、一番価値のある部分だね。なかなか良い根性しているよ、アンタ」


 知らないわけがなかったかとアマームはカラカラと笑う。話によると、大剣尾甲蟹の尾はその形状から専ら武具として取り扱われる。最近はドワーフ達が作る鋼製の武具が人気のため王国や帝国での需要は減りつつあるが、それでも価値はあるとのことだ。鋼製の武具など手に入らない、この洞穴では尚更価値は高くなる。


「洞穴内で身を守るためにも、良い武具は幾らあっても問題ないわい」


「その割には、アマームは使っていねえじゃねえか」


「まだ、若い衆だからだわい。ただ、力なら部族でも上の方だと言う自信があるわい」


 ニヤニヤと笑い「ふうん」と、あまり信じていないような返事をガリーザがする。それを見たアマームは少しムッとしている。


「信じていないわい」


「始めに粘菌生物に襲われた、および腰の姿を見ているからねえ」


「なら、どうすりゃあ信じるわい」


「そうだねえ、……ゴンに力比べで勝ったら信じてやるさ」


 ニヤニヤと笑うのを止めないガリーザは口元に手を当てて、アマームをからかい続ける。しかし、ガリーザの案にアマームが目を剥き少し怒る。


「よおし、やるわい。旅の色男になんぞまけやしないわい!」


「まあ、待て。本人が何も言わねえのに勝手に決めるな。あまり、物騒な立会いで怪我をするのも問題だ。……どうだい、俺の国に伝わる『相撲』で勝負をするかい」


 皆、何だそれはという顔をするので簡単に説明をする。まあ、素人同士の単純な力比べをするなら相撲はうってつけだろう。見る方も楽しいしな。




「円の中から出たら負け、倒れても負け。簡単だわい、ゴンを転ばせればいいだけだわい」


「げげ、ゲンさん、よよ、止そう」


「まあ、いいじゃねえか。たまには、息抜きも必要だろう。……手え抜くなよ、相手に失礼だ。賭けもするつもりだ。俺は、お前に張るぞ」


 結局、俺もゴンの意見を聞かないから他の連中と同じだ。私利私欲に塗れた本音がもろに出る。さて、準備をするか。




 アマームとゴンの一番は広場の中心で行われる運びとなった。話を聞いた族長も乗り気だ。賭けをすることも快く承諾をしてくれた。どうやら、勝負事が好きみたいだ。きっと洞穴の中だけでの生活は娯楽が少なく、退屈な事が多いのだろう。

 部族の男衆総出で、土俵となる広場の石ころを広い簡単な土俵を整える。勝負俵なんてない、ただ円を描いただけの簡単な土俵だ。

 元々、革製の腰蓑程度しか身にまとっていないアマームに対して、ゴンは身に着けていた衣服を脱ぎ捨て部族の腰蓑を貰い受けるが、それを褌のようにして下半身にまとう。


「おいおい、尻がまるだしだわい」


 アマームや他の鬼人達がゴンの褌姿を見て笑う。ゴンは気にしてはいねえ。鬼人の女達やガリーザは少し、恥ずかしげな視線をゴンに送っている。ソフィアとアンは気にする様子がねえ。行事は俺がやる。公平性を期するために、外側の審議は族長を含めた部族のお偉方に任せてある。


「難しいことはなしだ。中央でお互いに構えて、俺の合図で始めてくれ」


「おう」


「あ、ああ」


 お互い、睨み合い簡単な返事をするだけだ。やる気満々だな。余り勝負事が好きではないゴンも珍しく、真剣だ。アマームは中腰に屈んだスタイル。ゴンはきちんと相撲の構えを取る。馬鹿みたいなほど様になっている。まずいなゴンの奴、素人じゃあねえのかも知れねえ。

 俺の掛け声と共に、二人は動き出す。頭からぶちかましに行ったゴンに対して、アマームが拳を突き出す。やばい、禁じて位は説明をするべきだった。ゴンの額にアマームの拳が当たるも、ゴンの勢い変わらない。下手に腰蓑を掴み、一気に押し出しにかかる。電車道で決まりだなと思ったが、今わの際でアマームが堪える。大した足腰だ。

 覆いかぶさるように上からゴンの褌を掴もうとするアマームを勢いよく引き寄せてから、股に片膝を入れて、腕力と共に持ち上げゴロンと投げ倒す。櫓投げ。大技を決めやがった。投げられたアマームは転がったまま、ポカーンと大口を開けている。静寂が当りを包むなか判定を下す。


「ゴンの勝ちだ。どうだい、族長」


「うむ、文句はあるまい」


 軍配はゴンの方へと上がり、静寂から打って変わり大きな歓声が上がる。ゴンはアマームに手を差し出し、立ち上がらせる。勝負の後は恨みっこはなしだ。だが、近寄って行った部族の婆様が余計なことを言う。


「カアー、最近の若い衆は弱いのう。肌人種に負けおった」


「お婆ボケるのは早いわい。ゴンのどこが肌人種だわい」


「ハア? おかしいのう。顔は美形じゃが、頭に角がないから肌人種だと思うた」


 アレっと言った表情を浮かべた婆様の目線に、鬼人達の眼が向く。ゴンはわざわざ頭の薄い髪をかき分けて見せてやっている。気づいたアマームが両膝を着いて項垂れている。周りの連中も、どよめきを隠さない。族長の娘メスィの顔は蒼い。


「なんと、肌人種であったか。それにしても、見事な膂力だ」


 族長は驚嘆の声を上げ、ゴンを称える。この部族で差別的な考えはないようだ。他の連中は近寄り、ゴンの身体を叩いている。ゴンは頭を掻いて、少し恥ずかしそうだ。




 族長に乞われて相撲について知る限りの事を教えることになった。醜男衆の稽古や、行事として取り組むのに面白そうだと言われた。詳しいことまでは判らねえが知る限りの知識を伝える。土俵の作り方や、やってはいけないこと等だ。口だけでは覚えきらないだろうから、日記に代わりに使っている大学ノートのページを切り離して書き記しておいてやろう。


「スモウを教えてもらった礼と、ゴンの勝利の祝いにこれをやろう」


 族長はお供に連れた巨体の男が持って来たデカイ壺を寄越す。中身は、赤く濁った液体だ。匂いからして、マコモの種から作ったドブロクだと思う。美味いかどうかは飲んでみねえと判らねえかな。天然発酵は失敗する事も多いからな。


「赤の濁酒は量が少なくて貴重でな。この壺だけでも部族では貴重なのだ」


「まあ、船が出来るまでの間に楽しませてもらうよ」


 そうしてくれと、笑いながら族長は場を後にする。何かの頭の骨で作られた杯も人数分おいて行ってくれた。早速、ワリスが中身を掬って味見を始めている。


「少し甘味が強いかな。だが、久々の酒はやっぱり美味い」


「慌てて全部飲むなよ」


 一応釘を差す。折角、族長が貴重な品を分けてくれたのだ。馬鹿みたいにガバガバ飲んでは申し訳がねえからな。

 広場では、ゴンに張った掛けを取り戻そうと教えたばかりの相撲をしたり、数人で車座に固まり小さい骨の腕の中に何かを転がして盛り上がっている。車座の方に近寄り何をやっているのかを覗くと、サイコロ三つでやる大衆的な賭博のチンチロリンのようだ。

 周りで見ている奴に頼んで、サイコロを一つ見せてもらう。骨製で、一から六まで点が彫り込んである。形が少し不格好だ。物によっては出目に偏りが出そうだ。


「クラテル、もう少しマシな形に作れねえか」


「はあ、素材があればこの程度のものなら作れますよ」


 とりあえず、サイコロについてはクラテルに頼むとして、ルールについて聞いてみよう。なんだか、親の回り方がおかしい。ただ、順繰りにサイを振っているだけの様だ。

 ルールを聞くと一巡して単純に出目の多い奴の勝ちなのだと言う。同じ出目の奴が複数いたら、そいつらだけで振り直して一人が勝ち残るまで続けるだけであるという。貨幣がなく物々交換が主体の洞穴では各自が同じ程度の価値の物を持ちより勝った者が総取りだと言う。


「それだけじゃあ、物足りねえだろう。いいかい、俺とゴンがやるような決め事でやってみな」


 三つのサイコロと椀を借り受け、一般的なチンチロリンのルールを教え込む。そうすると、倍払いなんかの役をどうするか考えて、先程土俵作りで集めた石ころを札代わりにする。

 途中からワリスとガリーザ、二人の年配の鬼人衆を交えてゲームを続ける。サイの出目に偏りが出る物はその都度、気付いた段階で省いて行く。クラテルは早速、骨を貰い受けて器用にサイコロを削り出していく。ゴンは途中で抜け出し、クラテルの手伝いをしている。


「げえ、ヒフミじゃねえか」


「やったね。倍額払いな」


 俺も抜けて、ワリスとガリーザが残り、ワイワイと鬼人達と一緒にチンチロリンを楽しんでいる。始めはルールが面倒だという感じであったが、直ぐになれて今は誰も気にもしていねえようだ。

 俺達には賭けるものはなかったが、普通に貨幣を掛けて構わないと言う。ここの鬼人達も修行のために外の世界に旅に出ることがあり、帰って来た連中から外界のことを聞き貨幣については知っているようだ。今の若い衆が外界に修行へ出る時に必要だから少しは欲しいのだと言う。


「余り、熱くならないようにな」


「……ああ、わかっているよ、兄弟」


「余計な心配はしなくていいよ」


 ぼちぼち、いい時間になってきたので設営地に戻ろうと声を掛けたが、二人は相手の投げたサイの目の行方を注視している。余り、こちらの声は聞いてねえ気もするが、まあ、身ぐるみ剥がされるようなことはねえだろう。多分。

 相撲を観戦している族長にも一言声を掛けてから設営地に戻る。アンと顔人二人が黙々と精米をしていた。三人にも礼を言って、休むようにする。三人とも真面目だ。ガリーザ辺りは爪の垢を煎じて飲めばいいと思う。




「結局、素寒貧か、二人共。金は貸さねえぞ。借りた金で博打やる馬鹿は死ね」


「そ、そこまで言うのかよ、兄弟」


「ひ、酷い言い様だよ」


 朝、起きて早々にワリスとガリーザの二人が金の無心に来たから当然のことを言ったまでだ。下手の横好きに貸す金はねえだけのことだ。まず、戻って来ねえし、本人のためにもならねえ。他の奴に博打の金は貸さないようにきつく言ってある。

 依頼報酬を先渡しするのが精々だ。だが、今回の件は、好き好んで付いて来ているから無償だ。全員、交易都市に戻ればドワーフ皇帝の依頼の報酬、金貨百枚は貰える。当面は悠悠自適だ。

 今日は早速、大剣尾甲蟹の巣となっている場所に行く予定だ。話によるとかなりでかい獲物らしい。アン、クラテル、顔人二人は設営地に残って貰う。クラテルから火縄銃は借り受けておく。早合は、そこそこの数が残っている。目に見えるところから一発、お見舞いをして見よう。




「こりゃあ、予想以上に……楽な狩りになっちまいそうだなあ」


 遠目から見えた、大剣尾甲蟹は八メートル程度の体長で、その名の通りに尾の先端が「剣」のようになっており、体長の半分程度を占める尾っぽを振り回し反撃してくる厄介な相手だ。普通に立ち向かうには確かに手ごわい。

 尾の間合いに入るのは厄介だ。ゴンに盾で防いでもらいながら距離を詰めていきたいが、もし、その間に他の蟹が寄ってきたら太刀打ちができなくなるだろう。

 ただ、的がでかすぎだ。外す方のが難しい。試しに火縄銃を一発、離れた間合いで狙って撃ったが簡単に当り、一発受けただけでかなり弱っていた。もう一発当てたら、仕留めてしまった。しかし、音に魂消たのか他にいた連中が泥沼の中に潜り逃げてしまった。


「一体そいつは、なんていう武器なんだわい」


「悪いな。言う訳にはいかねえんだ」


「……私には教えてもらいたいのです、ゲン」


 はっきりと言う俺の言葉に、アマームは諦め顔だが、ソフィアはなかなか折れてはくれねえ。エルフの司祭を撃った時、ソフィアはまだ洗脳状態だから覚えてねえのは仕方がねえ。仕留めた一匹を岸まで引きずって状態を吟味する。デカイ穴が二つ空いた甲羅、船を隙間なく包むには、あと三、四匹は必要だろう。


「一日、一回ここに来て仕留めていくか」


「まあ、護衛に私達が一緒に来ていれば事足りそうですね。こんなに楽な大剣尾甲蟹の狩りは始めてでしょう」


 ラティオは苦笑しながら答える。まあ、道中までの距離はそこそこあるから、一人で行動して、万が一変な奴と遭遇した時に対処ができなくなると困るから、明日以降も同じ面子でここに来れば問題はねえだろう。




 大剣尾甲蟹を仕留めて、獲物を持ちかえる際に出会った奴を見て思わず叫んだ。


「マ、マタンゴ!?」


「む、歩きベニダケだわい。気を付けろ、あいつは叩くと毒粉をまき散らすから術士の火の術で焼くか、水かけて湿らしてから攻撃するかしないと駄目だわい」


 二足歩行で歩いている赤い傘をもつ、毒々しい茸を見て思わず昔見た映画を思い出してしまった。なんとも、おかしな生き物だ。


「み、見たことがない生き物です。私は、聞いたこともありません」


「帝国でも聞いたことがねえな。クラテルの奴も聞いたことがねえかもしれねえ」


「ん、あれは茸の亜人だわい。この洞穴には色々な型がいるわい。亜人じゃあない奴は、食える奴もいるわい。ゲン、あれは食えんぞ。食ってたリザードマンが泡拭いて死んでいたわい」


 俺が何かを言う前に、アマームに釘を差された。流石にあの毒々しい赤色をした茸を食う気にはならねえ。あからさまに、猛毒の紅テングダケだ。

 根元が二股に別れ、脚になり、ひょこひょこと歩き回っている。見ていて面白いが、いい加減見飽きたのかガリーザが火の術をかまして焼き殺してしまう。


「もう少し、周りの了承を得てから術を行使しませんか? 貴重なサンプルでした」


「あんたが一人の時にやっておくれ」


 ソフィアの小言に、ガリーザがつっけんどんに返答をする。研究者肌のソフィアとしては新たな生き物に興味津々だったので、内心がっかりとしているのだろう。


「他にもキノコ型の生き物がいるのかい」


「ああ、幾らでもおるわい。食える奴もいる。どおれ、見つけてから帰るとするわい」


 興味を示した俺達にアマームは先頭を切って意気揚々と進みだす。昨日、ゴンに負けた癖に馬鹿に機嫌が良い。


「何かいいことがあったのかい、アマーム」


「うむ、ゴンに不覚を取ったスモウはな、実におもしろいわい。退屈な事も多い洞穴暮らしに花が咲いた感じがするわい。次は負けんぞ、ゴン」


「おお、おう」


 二人は不細工ながらも、熱く笑い目を合わせる。俺から見た限りでは、好い絵面ではねえ。鬼人の娘達が見れば別の感想を得るのかも知れねえ。




「あれは、頭骨虫だわい。頭の骨のような形をした茸型生物で、あれは食えるわい」


 わしゃわしゃと動き回るオニフスベに多脚を付けたような生き物が、洞穴の肌に隠れていく。ピックの先に引っ掛け引きずり出し捕える。今日の飯の一品にしよう。


「あれは、イチモツ茸の亜人だわい。食えるかどうかは、食ったことがないから知らんわい。まあ、他の生き物に襲われて食われているが何ともなさそうだから、きっと問題はないわい」


 紅天狗茸の亜人と同じように根元が脚になった、卑猥な形をした茸の亜人は、キヌガサ茸の亜人と思われた。地球なら高級食材の一種だ。間違いなく食えるだろう。こいつも捕獲。


「あの虫を見てみい。触角以外にもう一本生えているのは寄生型の茸だわい。ああやって虫に寄生して、栄養を横取りしながら生きているわい。虫が死んで暫くすると枯れるわい。あれは、結構美味い」


 アマームの言葉に魅かれて、早速捕獲。ダンゴムシをでかくした様な虫は、何と言う名だか判らないが肉が少ないと言うことなので、仕留めた虫は捨てて茸を頭から抜き取る。冬虫夏草の一種かな。薬効成分もあり、洞穴部族でも珍重される茸だが今回は虫が対して強くないので大した薬効はないだろうと説明を受ける。強い虫に寄生している茸ほど薬効が高いそうだ。


 大剣尾甲蟹に、色々な茸型の生物を狩れた。今日は、美味い鍋が食えそうだ。

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