第2話 鬼の住処

 鬼人種アマームの案内でたどり着いた部族の集落の入口付近には篝火が焚かれていた。燃料となる木材はどこから仕入れているのだろう。

 あまり派手に燃やすと酸欠の心配もあるような気がするが、どこかで換気が行われているのだろうか。この疑問は直ぐに解決した。

 物珍しい外からの客に対する視線を感じながら集落の中へと進む。広場と思しき場所は十分に高い洞穴の上部に、大きな竪穴が開き、茂った木々に覆われ乍らも空が見える。壁伝いに蔦が生えている。換気はこれで十分なのだろう。ただ、木材を手に入れるにはあまりにも高い位置にあり過ぎる。


「火はどうやって燃やしているんだい。俺達は、洞穴で木端を見ることはなかった」


「そうだわい。ここじゃあ、木材は貴重だわい。その代りに、燃える泥がそこかしこにあるわい。時に集めて、乾燥させればよく燃えるわい」


 素直にアマームは教えてくれる。この洞穴では地上と違った暮らし方や生態系があるのだろう。話を聞いただけで興味が湧いてくる。

 家々は、大きな生き物の甲羅や骨、皮を組み合わせて竪穴式住居のように建てられている。ちらちらと、アマームと同じような不細工な男達を見かける。体格は、アマーム程ではないがみな逞しいようだ。

 逆に、女衆は驚くほど顔立ちが良い。同じ部族の人間には思えねえ程にだ。燃えるような赤い髪を、各々が好きな形でまとめている。赤黒い肌、頭部には角、目鼻立ちがすっきりとした美人が多い。なにより、筋肉質だがナイスバディだ。乳も尻もでかいのに、身体のくびれがはっきりしている。


「兄弟、皆、でかいな」


「……」


 ワリスの耳打ちには無言で答える。そばをよく見ろ、ガリーザの目線が剣呑だ。少しは気を回せ。男のチラ見は女のガン見だ。余り目線がいかねえように注意をしよう。




「集落に初めて来た時は、族長に挨拶をする必要があるわい」


「なにか、礼儀作法はあるのかい」


「気にする事はないわい。外から来た珍しい客人だもの。襲い掛からない限りは大丈夫だわい」


 アマームが「入るわい」と表から声を掛け、入口にたらされていた皮をめくり族長宅へと招き入れられる。

 族長はアマームよりも逞しく、不細工で、少し目じりのしわが深い中年の男だった。アマームが事の次第を話し始め、終わるころにコチラから自己紹介をしておいた。


「ゲンだ。道で偶々、アマームの手助けをした。王国からエルフの大森林を経てここへ来た」


「このあたりの洞穴部族の族長パノだ。見た事の無い人種を伴にする者よ、部族の若い衆であるアマームを粘菌生物より助けて貰ったこと礼を言う。だが、アマームよ粘菌生物ごときに遅れを取っては醜男の名が泣く」


 アマームから話を聞いてなお、族長は厳しい言葉を放つ。醜男、不細工の意味ではなく強く逞しい男の意味なのだろう。


「い、いや族長、珍しいくらいにデカイ粘菌生物だったわい。後ろから追い詰められてしまったわい」


「俺達は所見の生き物だから標準的な大きさは知らねえが、俺の相棒のゴンよりも縦も横もでかい粘菌だった」


 族長は、後ろにボウと立って控えているゴンを座ったまま見上げる。一瞬、驚いたような顔をしたが、直ぐに取りを直し落ち着いた顔になる。


「むう、それはでかい。普通はその半分程度だ。よほど強力な火の術でなければ、追い払うことができん」


「そっちの娘さんが、強い術を使うわい」


「……アマーム、族長を謀るか」


 違う違うと必死になって冷や汗を垂らしつつ説明をしている。まあ、アンはどこからどう見ても、小さい子供だ。とても、強力な術を使えるようには見えねえのだろう。それとなしに、こちらからもフォローを入れておくが、納得はしていない様子だ。


「まあ、よい。所で外からの客人達よ、この大洞穴へ何をしに来た」


「ああ、水の精霊の導きでな。大霊峰の時守の神殿へと向かいてえ。道、判るかい」


「うむ。時守の神殿とやらは判らんが、大霊峰への道筋は大体判る。赤と白の地底湖を越える必要があるな。舟がいるぞ。それに、強き者達も必要だ」


「舟は、ある。カヌーを担いで来た。強き者かどうかはわからねえが、全員、冒険者みたいなものだ。それなりの実力はあるつもりだ」


 クラテルが一人、顔を背けているが見なかったことにする。族長は頭に手をやり、角を撫でつつ考え込んでいる。


「……ここまで担いで来た舟であれば、外界の木の舟だな。それでは、越えることが難しい。強くする必要がある。時間はあるのか」


「ああ、まあ、多分、大丈夫だろう。どうすればいい、教えてくれ」


 族長の話によると、地底湖に住む強い生き物の攻撃を喰らうと船に穴があく可能性が高いので、表面を甲羅で覆うように加工していけという。問題は、素材を持つその獲物だ。


大剣尾甲蟹たいけんびかぶとかにだって! あんな大物を狩るのかい」


「そもそも、大剣尾は海水付近でしか生きられないはずです。ここに、海水はないでしょう?」


 ガリーザは驚き、ソフィアは不審の声を上げる。どの程度の生物か判らねえ俺には驚くすら出来ねえが、ソフィアの言う通り甲蟹が淡水域の生き物ではねえことは判る。族長は、笑いながら答えてくれた。


「赤と白の地底湖と、大水脈が交わる泥砂地帯に住んでおる。地底湖の水はしょっぱすぎるが、大水脈と交わっているあのあたりは丁度良いのだろう。結構な数がいる。あれを狩り獲れなければ、地底湖を渡ることはとても無理だ」


 どうやら、この地底に干潟のような場所が出来上がっているようだ。地球では聞いたことがねえ様な場所だ。面白い。半信半疑だが、ソフィアも興味がありそうだ。いずれにしても、狩り獲らなければ先には進めやしねえ。


「貴重な情報、ありがとさん。狩り獲るとするから、後で案内を頼む」


「うむ。時があるなら少し休んでから迎え。我々からも手伝いをだそう」


 アマームを助けて貰った礼だと、族長は言う。助かる申し出だ。遠慮なく、助力を受けよう。だが、礼とは言えそれだけの助力を得るからには、ここで泊まるのに、余り迷惑をかけるわけにはいかねえ。


「雨露の心配はねえだろうから、集落の中で適当に休ませてくれればいい。あと、飯は自分達で狩る。食える物と、そうでない物は教えてくれ」


「そうか。我々も、食うに困らない程度の生活はしているが贅沢をできるわけでもないのでな。狩り以外の事も手伝って貰うと助かる」


「ああ、狩りよりも他の事が得意な奴もいる。手伝おう」


 族長はこちらの申し出に微笑みながら、快く答えてくれた。舟の加工が終わるまでの拠点を得ることが出来た。後は、色々と教わりながら生活をしていくとしよう。


「アンタは少し、周りの意見を聞く気はないのかねえ」


 ガリーザは、族長と俺とでちゃっちゃと話を決めたことに文句を言っている。


「意見を聞けば、答えが変わったのかい」


「……まあ、変わりやしないねえ」


「なら、さっさと決まっていいじゃねえか。下手に意見を合わせてもしょうがねえだろう」


 なんとなく腑に落ちないような表情のままガリーザは拠点の設営を手伝う。周りの連中は苦笑いをしている。下手な考え休むと同じだ。だいたいの時、答えは決まっているんだ。後は、決めるか決めねえかだけ。




 集落の広場から離れた適当な所で穴倉を見つけた。中の地面を均して、外に石で竈を組めば取りあえずの設営は終わりだ。シートは一枚持って来ただけだから、今後の事も考えて敷物としては使わねえ。テントや寝袋は、交易都市に置いてきた。俺達だけの分しかねえからだ。エルフの大森林に向かう時も朝晩は多少冷えたが、各自が毛皮に包まって寝ていた。


「だが、兄弟よ長尻するなら敷物は欲しいぞ。身体の冷え方が変わるからな」


「じゃあ、とりあえず剥いだ蜥蜴人の皮でも敷いておくか」


 使えるのもは何でも使えとばかりに、残しておいた蜥蜴皮を敷く。洞穴内なので雨の心配はねえから屋根は作らずに済む。鞣せばいい革になるかも知れねえが、使わねえでいるよりかは使った方が勿体なくはねえ。使わずに腐らせるよりかはズッとましだ。


「リザードマンの皮を持っていたのか。アイツラは洞穴のどこに出もいるわい。弱い癖に群れて襲うから良い素材になるわい」


「ああ、いい食糧にもなった。この洞穴は温度が一定だから、肉の管理もしやすいな」


「……リザードマンを食うのか、変わった連中だわい」


 様子を見に来たアマームは尻に敷いた皮を見た時は感心して笑っていたが、肉を食ったと話したら、変な笑い顔を浮かべ、頬と眉を引きつらせていた。この洞穴に住む鬼人種も亜人の皮や骨は利用するが、肉は捨てるらしい。食えるのに勿体ねえ。やっぱり二足歩行している生き物食うのは、そんなに気が引けるのか。


「アマーム! こいつらが外から来た客人だね! あちきに紹介をしなよ!」


 長く美しい艶のある赤い髪を一つにまとめた、部族で見たどの女衆よりもナイスバディーで美しい二本角の女が、良い笑顔を振りまきながらこちらに歩み寄って来る。きっぷと威勢が随分と良さそうだ。


「メスィの姐さん! ゲン、こちらは族長の娘さん、次代の族長候補のメスィの姐さんだ」


「おう、判った。これから世話になる肌人種のゲンだ。よろしく頼む」


「ああ、よろしく頼むよゲン! 挨拶にしては面白い冗談だよ!」


 腕を組みカラカラと小気味よく笑うが、俺は本当の事を言ったまでだ。やはり、始めは信じて貰えねえようだ。ラティオー達やワリス達を紹介する。アンの事を話すと、アンが顔人達を紹介すると言う。


「こっちの男の子がヤドハク。女の子がアナーカ。二人共、挨拶をして」


 ニコニコと笑いながらその場で軽くステップを刻む。踊りを見たアマームの腰が、一瞬だが引けていた。こんな時に術を使う訳はあるまい。メスィは物怖じせずに顔人の二人を見て笑う。


「見たことがない人種だね。何処から来たのかねえ」


「エルフの大森林の生まれだよ」


「あっち方面に行くことはないからねえ。旅にでるのは地底湖を越えるのが普通だからねえ。時に、死にそうな樹人が流れてきたことはあったけど。アチキ達の知らない昔の話さ」


「樹人はどうしたんだい」


「看病はしたみたいだけど、長く持たなかったようだねえ」


 もしかすると、余り陽が当たることのない暗い洞穴では栄養が取れても光合成ができなかったのかも知れねえ。ましてや、看病のために部屋に閉じ込められれば尚更だ。鬼人種達がその事を知っているわけもねえしな。


「そう言えばゴンがいないわい」


「おお、あいつは奥で荷物の整理中だったな。今、呼ぶ」


 岩陰の奥で荷物を整理しているゴンをでかい声で呼び寄せる。図体はデカイが、以外にマメなゴンは暇を見ては荷物を整理してくれるので助かっている。ぬうと姿を現してこちらに向かってくる。


「どど、どうした、げげ、ゲンさん」


「悪いな。こいつはドモリ癖があるんだ。ゴン、挨拶をしてくれ。族長の娘さんでメスィだ」


 ドモリながらも「宜しく」と言ってゴンは頭を下げる。メスィが何も言わない。微動だにしない。ゴンのドモリ癖が気に障ったのかも知れねえ。だが、性格が悪いわけではねえことを判って貰うしかねえ。何か一言だけ言っておこうと口を開ける前にメスィがゴンに話しかけた。


「ア、アタシは族長の一人娘でメスィと、も、申します。これから、よろしく、お、お願いします!」


 メスィはたどたどしい物言いのあと、いそいそ頭を下げると、顔を下にしたまま急ぎ足でその場を立ち去る。今迄と随分と違った雰囲気だ。それを見ていたアマームは、随分と呆けた顔をしている。


「おい、アマーム。最後なんかおかしくなかったか」


「おかしいわい。あんな、姐さん見たことねえわい」


 首を傾げ乍ら聞くワリスに、アマームも不思議そうな顔で答えている。やっぱりゴンのドモリ癖が気に入らなかったのか、それとも顔が不味すぎるか。確かにゴンの顔は鬼人種よりもいささか不味い。だが、直し様がねえ。アマームと顔人以外の一同が、ジッとゴンの顔を見て、ため息をつく。


「ななな、なんだ、みみ、皆して!」


「嫌なに、罪作りな顔をしていると思ったまでだ」


「ああ、本当だわい」


 不機嫌な顔をしたゴンの物言いに、的確な返答をしてやるが、なぜかアマームが真面目そうな顔で相槌を打つ。客人に対して、あまりいい反応ではねえ気もするが、なんとなく、悪気はなさそうなので無視をしておこう。




 メスィが立ち去った後、アマームは食い物を取りに行くための狩りへ誘いに来たことを告げる。お互いにああいう申し出をしたが流石に気に掛けて貰えたのだろう。


「わざわざ、リザードマンの肉を食う物好きはいないわい。長旅でろくに食うものがなくなったからだろうから、良い肉を食わせてやるわい」


 別にリザードマンが狩れればこちらとしては、十分なのだが。もしくは、蛙だろうな。あの蛙は美味い。できれば、野菜の類からも栄養を取っておきてえが、この洞穴で食えそうな植物は見かけたことがねえ。しかし、ここで生きている鬼人種がいるのだから何かしらあるのであろう。


「付いてくるわい。ああ、別に全員でなくてもいいわい」


 幾人かを残してアマームの言う狩場へと向かうことにする。果たしてどんな獲物が狩れるのか、楽しみだ。




 アマームが教えてくれる洞穴の生態系は、俺が思っているよりずっと豊かなものだった。食べられる物も多いようだ。ただ、陽の当たらない場所の為か色々と地上とは勝手が違うし、鬼人種達も俺やゴンの知識とは違う感覚を持ち合わせている。


「この岩についている苔は食えるわい。おお、日蔭長草が丁度いい具合だわい。刈り獲っていくわい」


 アマームに「食える植物」の有無を確認したところ、まず、この場所に連れて来られた。薄らとだが陽の光がさす地底の洞穴の中、上を見れば組み編まれたような木々の枝と葉が見える。間違って、あの上に乗ればここまで落ちてしまうのだろう。

 所々に岩があり、大水脈の支流から水が来ているのか、地面はぬかるんでいる。泥炭地の様だ。アマームの言う日陰長草があちらこちらに群生している。泥炭は植物が長い間に堆積してできたのかも知れねえ。燃える泥とは、この泥炭の事だろう。


「これで、美味いスコッチできるかなあ」


「スコッチて、なんだ、兄弟」


「ああ、俺が持って来た琥珀色の酒の兄弟分だ」


 ワリスは俺の言葉に目を向いているが、どうやるかはとんとわからねえからそれ以上の事は黙っておく。アマームが言った日陰長草はマコモの近似種の様だ。ゴンよりも背丈がでかくなっている。ゴンが、群生している日陰草を刈り取ろうとするとアマームから待ったがかかった。


「ああ、ゴン、こっちの種を取るんだわい」


「はは、葉を取れば、ねね、根元が食える」


 アマームは稲穂が伸びた種を食うと言う。ゴンは、葉を剥いた根元の部分を食うと言う。どちらも正解になるのだろう。根元の部分は筍の様に食えるし、稲穂の種は穀物になる。両方を適当に取っておくとしよう。穂のなっていない日陰草を刈る俺達をアマームは不思議そうな顔でこちらを見ている。


「まあ、この辺りの日陰草は大量にあるから、適当に刈り取って食っていいわい」


「なあ、こっちに良い感じのウドが生えているが食わねえのか」


 俺は、泥炭地から離れた陽の当たらない場所に、結構な大きさになった白いウドを見つける。天然の白ウドになるのだろうか。日本の地下で栽培するウドと同じものが、地下の洞穴に自然と生えているようだ。


「そんなものが食えるのかわい」


「食わねえのか、毒があるのか」


 そんなことはないわいと言いつつも、アマームの顔からは「変な物を食う奴だ」といった感じが滲み出ている。こっちからすれば、長く住んでいるお前達が何故食わないのかと問い質してえ。

 そんな事を考えてる途中、ぬかるみに足を取られないように、一度足元を見ると、でっかいハサミが俺のクルブシを掴もうとしたので慌てて飛び退いた。ついでにこけたので、全身泥だらけだ。


「おい! なにかいるぞ!」


 体勢を立て直して、背中に携えていた戦槌を構える。他の連中も直ぐに駆け寄って来る。俺を掴もうとした奴は、両手のハサミを掲げて威嚇のポーズをしている。


「どうした、兄弟! なにがいた」


「なんじゃい、泥エビガニだわい。大したこたないわい」


 骨の柄で出来た石斧を片手で軽く持ち、アマームはザリガニに向かって行く。ハダスとゴンも共に向かう。あの体格の三人が向かうと迫力が満点だ。ゴンが大戦槌をわざとハサミに掴ませて、泥地から引きずり出す。ハダスが残ったハサミを脇に挟んで動きを止める。アマームが石斧で頭をかち割ると、黄色い味噌が割れ目から出ている。呆気ない勝利の様だ。


「こいつの身は食えるわい」


「コレハ『乞食ザリガニ』ダロウ」


 ハダスは獲物を見て、首を傾げている。アマームは泥エビガニと言っていた。乞食ザリガニの身は何度か王国の屋台で食ったことがある。白身の淡白な味わいだ。


「お前達はそう呼ぶのか? まあいいわい。このまま食うと泥臭いから、あとでワタを洗った方が良いわい」


 獲れた獲物を取りあえず置いて、辺りをもう少し探す。今度は油断をせずに仕留めた。だが、しばらく探すと違う生き物に行き会っちまった。粘菌生物だ。マコモを取り込んで食っているようだ。以前に出会った奴よりかは二回りは小せえ。

 後ろからソフィアが近付いてきた。フフンと胸を張って術を唱え始めるので後ろから蹴りを入れた。バランスを崩して前のめりにこけた。俺と同じく泥だらけだ。


「な、ひ、酷いです、ゲン! 本の金は必ず払うのに、ここで嫌がらせですか!」


「アホか、お前は。こんなところで火の術を使うな。この辺の土は、アマームの言う燃える泥だ。渇いていなくても、燃える可能性がある」


「……なんで、そんなことが判るのですか」


 泥の顔パックをしたまま立ち上がったソフィアはブツブツと愚痴を言う。相手が気付かねえ前に逃げるがいいだろう。粘菌はマコモを食うのに夢中だ。念のため、アマームに言っておいたが、放っておいても問題はねえと言う。粘菌生物一匹程度では日陰長草は食い切れやしないから、食い飽きた所で他の場所に行くだろうという。


「あの粘菌は食えねえのかい」


「ゲンは何でも食いたがるわい。毒があるから無理だわい。俺が食ったわけじゃあねえぞ。部族の言い伝えだわい。昔は、食える奴もいたらしいが、今じゃあ見たこともないわい」


 食える奴は『肉粘菌』と呼ばれていたらしい。透明ではなく綺麗な赤身の粘菌で、なんでも部族の先祖が万能の薬にもなるからと、結構な量を取ってしまい辺りから姿を消したと言うことだ。結局、どの世界でも人間って奴は意地キタネエ。俺が言うセリフではねえな。

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