第10話 凶報

「……アンと、姉妹の契約を交わそう」


 私の説得に応じた精霊は、渋々ながらもアンとの契約を結びます。お互いに重ねあった左手が蒼く光り、しばらくすると元に戻ります。

 ブブキとガリーザさんが羨ましそうに指をくわえて眺めています。私が断った後、真っ先にガリーザさんが立候補しましたが「霊力に格差があり過ぎる」とバッサリ断られました。


「契約を交わせば、我の力を若干ながら行使できるようになる。水系の術は何かと役に立つぞ」


「おお、これでアンがいれば、いつでも風呂に入れるのか」


 水の精霊の言葉にゲンさんが喜びます。そういう意味で喜ぶなと言ったようなジト目を精霊は向けますが、まるで気にしていません。お風呂の他にも飲み水の心配も減るでしょう。喜ばしいことです。


 蚕の地下養殖場も精霊の力であっさりと制圧されます。霊力と強い術が使える白エルフの男達は女王との交わりの儀式へと参加し、そこに参加できない者――いわゆる三下のようなものばかりがいると言うことでした。捕まえた白エルフに聞くと、その夜の間だけは自分ですることも許されるとのことです。


「自己発電か、男色にでも走るか、まあ、それも今日で終わりかもしれねえな」


 それは、本人次第だと思います。今迄の風習を良しとするのであれば、それも構いません。差別主義者はもれなく、術を封じられての生活が余儀なくされます。

 朝を迎えた際に上げられた狼煙を合図に、ブブキ達の部族と共同した他の部族もこちらに向かってきていました。

 捕まえた白エルフを案内役にし、白エルフ達が住む中央集落へと向かいます。こちらも、多少の抵抗はありましたが精霊の力であっさりと制圧が出来ます。この精霊、以外に強いです。よく、私達が助かったものです。




 神殿で汚物の棺に捕らわれた女王は地中深くに埋設されます。琥珀葬の棺で埋葬されている者達も一緒です。


「同胞達の体液で作られた棺を見続けるのは忍びないぞい」


 中央集落から離れた一画で、家畜のように捕らわれていた数多の樹人種達を救出し、仲間達と話し合ったコロモスは、そう言うと精霊にお願いして、代々の白エルフ達が埋葬された琥珀の棺を目に付かない場所へと埋める様に頼んだ結果です。

 ここに忌まわしき琥珀葬も、呪いの首輪も、その存在を否定されエルフ大森林より姿を消すことになるのでしょう。そして、長く大森林の外に出ることが出来なかった樹人種達も又、時を経ずして外の国々にその存在を知られることになるのでしょう。


「ワリス、クラテル、ラティオ達もだ、国に帰っても馬鹿な情報を話せねえでくれ」


「ああ、判ってるよ兄弟。樹人種を守るためだ」


「欲の深い者は何も白エルフだけではありませんからね」


 間違えても今後、樹人種達が同じ過ちに晒されないようにする為には情報を隠すことも必要でしょう。知らないことが良いことも世の中には幾らでもあります。ただ、いずれ知られてしまうのかも知れませんが。

 白エルフの集落で捕まった人々の多くは術封じの首輪を付けられます。白エルフが樹人達の皮を加工し作り上げたものです。

 解放されたドワーフや半エルフの奴隷から取り外された物や、作り置きした物を使用しています。反省を出来そうもない人は、精霊の術により汚物の棺に封印されました。

 寿命が長く、性交の回数も限られている白エルフ達は能力が高くも、人数は限られています。それでも、黒エルフ達よりも人数が多かったのですから驚きです。


「女王には、多産の術が施されるぞ。性交の日以外は常に産み続ける。まあ、その他女達も儀式には参加するから、その子達も多いがの」


「今回の儀式に参加していた女に手を付ける雰囲気はねえようだったが」


「今回は新女王の就任の儀式になるからの。あそこにいた、女王からあぶれた姫達を含めて全員の女の腹から、卵巣を取り出し杯に捧げて強き次代の女王の出産を願うぞ。まるで、効果の無い意味の無い儀式であったがの」


「他人種を野蛮だと言う割には、随分と自分達も野蛮な風習を続けていたのですね」


「閉ざされた世界で生活をし続けた結果なのかも知れねえな。まあ、解放されたことが良いことばかりじゃあねえかも知れねえがな」


 ラティオさんの意見に、ゲンさんはそう答えます。技術が発達していないから、文明が発達していないから、間違った教育を受けているから、野蛮である。とは決して言えないのかも知れません。

 ブブキが言うように森や山を切り開き自分達だけの生活圏に変えて住む都市の人間は例え、文明、技術、教育が進んでいるから野蛮ではない。と言えないのと同じです。


「まあ、こっちは当面、この樹の研究だ。どんな条件で育つかを調べねえとな」


 クラテルさんは根巻をしたオロエマの樹の苗木を手にホクホクした顔をしています。黒エルフ達との話し合いの結果、今回の依頼報酬の一環の一部に当たると判断され持ちだすことを許されたのです。桑の葉が育たなければ、養蚕の手筈は整いませんからね。

 全ての人を無事救出でき、ゆっくりと身体を休めました。養蚕場からひとまず逃げていた労働者達も黒エルフが迎えに行き、ここに来ています。王国の若者二人組も無事なようでした。一生懸命に黒エルフの女性に言い寄っています。結構、あちこちで肌人種の若い男がエルフの女性を、エルフの男性が肌人種や獣人種の女性を口説こうとしています。

 ソフィアさんはやんわりと冷たくスルーをして、ガリーザさんはあからさまに、睨みつけます。ラティオさんに色目を出そうとした黒エルフの娘さんもいましたが、相手にされることはありません。私と、ゲンさんの周囲に来る女性は誰もいません。アンと水の精霊以外は。




 その晩、黒エルフ達の祝宴に招かれました。白エルフの結界から大森林と神殿を、そして多くの仲間達を解放で来た祝いの宴です。

 多くの酒と、野草や木の実、川魚を焼いた物や、蜂の子の丸焼き、キノコの串焼きに鍋物、様々な食べ物が並び、部族毎の歌に踊りの儀式がそこかしこで催されます。精霊様に乞われて、アンと顔人種達も歌と踊りを披露しています。


「ほほ、本当に、ええ、エルフの子だった」


「ああ、近親交配が長く続いた結果だったとはな。だが、生粋の白エルフより、いや、どの人よりも幸せそうな顔をしていやがる」


 ニコニコとした顔で歌い、踊り、食べ物を食べる顔人達は捕まっていたことを引きずることもない様子です。ただ、精霊の話ではエルフよりも寿命は肌人種並に短く、知性も低いままで、次代に子供をなすことは出来ないと言います。

 一般的な術は使えませんが、霊力が高く仲間との協調性が高いため踊りや歌を用いた、原始的な術は得意だとも教えてくれました。「我の行動を阻害するほど強力な」と精霊は最後に付けくわえていました。

 皆で酒を酌み交わしている最中に、ブブキとコロモスさんに伴われた部族の長老がこちらに歩み寄ります。ゲンさんが酒の入った杯を地面に置き、一人立ち上がります。代表のつもりでしょうか。珍しいことです。


「この度の働き、黒エルフを代表して礼を言おう」


「ああ、こっちも礼をするぜ。――よくも、酒に混ぜ物をしたな」


 長老が謝辞の言葉を述べた後に、間髪を入れずゲンさんは言い放ち長老を殴り飛ばします。遠慮のない、本気の一撃です。長老は転がり、吹っ飛びます。その様子を見て、ブブキや他の黒エルフがにわかに殺気立ちます。


「おい、随分と都合が良いじゃねえか。俺達が来た、その日に来訪した部族が襲撃されて、酒に強い俺が眠りこける。ゴンの奴が、落としたことを詫びてきたが最後にアンタから貰って飲んだ酒、明らかにおかしい味がしたのを覚えているぞ。

 見張りをどうしたかは判らねえが、他の部族に襲撃が続くには不用心が過ぎるのもおかしいぜ。狙っていたんだろう。他人種の俺達が攫われてるのを。その後を追って、白エルフの拠点を探す手はずだったんだろう。予想以上に結界が強いのは誤算だったようだがな。白蟻の奴が俺達の前に姿を現してくれて良かったぜ」


「な、何を根拠に言っているんだアンタは! 精霊様に対する姿勢と言い、無礼が過ぎるんじゃあ……」


「よい、ブブキ。その者の言う通りじゃ。しかし、ミルミプロがそなた達の前に現れたのは別の理由じゃよ」


 ゲンさんが捲くし立てた言葉に威勢を上げたブブキを、殴り飛ばされた長老が制します。別の黒エルフの手を借り、ヨロヨロと立上ります。顔の頬が盛大に腫れています。


「神殿の奥に、石碑がありこう書かれておった」


 愚者と共に時の分岐は現れる


 時の分岐に強きは惑い、弱きは立つ


 惑いの前に、狂乱の王は立ちはだかる


 狂乱の王に、罪なき者の祈りが通じる


 長老は、今日、白エルフ達から解放された時の分岐に現れた愚か者を、混ぜ物の酒で酔いつぶれたゲンさんではないかと言います。失礼な奴です。そして、立ち上がった弱き者は黒エルフ。狂乱の王とは白エルフの司祭だといい、罪なき我々の祈りが通じたのだと解釈を述べます。


「随分と都合のよい解釈をするぞ。エルフの年寄り共は、年を経てボケてしまったの」


 長老の後ろから、アンを伴い歩み寄った精霊が呆れた顔で解釈を否定します。エルフ達は一斉に跪き頭を垂れます。


「水の精霊様の顕現したお姿を見ることができ、恐悦至極でございます……」


「下らん戯言は良い。我から、言っておく。石碑に掛かれているのは愚か者の意味ではない。占いに言う愚者ぐしゃぞ。まあ、お主達には判るまい。そして、狂乱の王とは我の事ぞ。弱き者も、罪なき者もお主達ではない――愚かなエルフの長老よ、ミルミプロの亡霊が、お主らの前に姿を現さなかった意味、よく考えよ」


 以前、地球で占い師のテリザ婆さんに教えてもらったことがあります。タロットカードの大アルカナに属する「愚者」のカードは自由、型にはまらない等の意味を有します。まあ、確かにゲンさんを意味するには適した言葉になります。

 水の精霊の言っている意味がよく判っていない様子の長老を差し置いて、精霊はこちらへと更に歩み寄ります。


「ゴンにゲンよ。よく聞け、お主達に関わることぞ」


「一体何だい、改まった様子で」


 静かにこちらを見る水の精霊の顔は若干険しく、あまり良い情報は期待できそうにもありません。ここで、まさか冗談は言わないでしょう。


「世界には数多の精霊が存在する。我はその一人にすぎぬが、この世で強き部類にはいる。竜人種よりもな。大森林の管理を任されるほどにの」


「その割には、白エルフがやりたい放題じゃあねえか」


「そう言うな。我にすれば、あの程度の事は瑣末に過ぎんぞ。樹人種や、滅ぼされ

た亜人には悪いがの。文明が発達するのも森が開拓されるのも人の勝手ぞ、全体の

滅びにさえ繋がなければ良いと思うぞ。

 話が逸れたぞ。我が、中途半端な使役の術で自我を失いかけたことも問題じゃが、もっと深刻な事態が発生したぞ。

 ――大霊峰の神殿を管理する『時守の精霊』が封印されたぞ。お主達がこの世界

へ行き来する原因は、時守の精霊のせいであろうぞ。この精霊が封印されていては、元の世界に戻ることは、まず能わぬ」


 元の世界に戻れない、不意に告げられた水の精霊の凶報は冗談に聞こえますが、

どうみても真剣な顔を見ると本当の様です。夢ではないのでしょうか。目の前に広

がる風景の色彩が一段階、暗くなります。

 アン達の救出と解放、今回の旅はこれでお終いだと、又、帰る時が近付いている

と心のどこかで思っていたことが、一瞬で打ち砕かれてしまいました。テリザ婆さ

んの言葉が思い出せれます。


『いつもより長い旅。最後の旅』


 帰るためにはゲンさんと共に、大霊峰にあるという神殿に赴き、時守の精霊の封

印を解かなければいけません。もしかすると、生きて戻れぬ、人生最後の旅になる

のかも知れません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る