第8話 儀式

 暗く、湿った臭気の漂う排水路を奥へと進み続けます。白エルフのタコ部屋に押し込められていた労働者達は、共に来る者と、戦力として当てにならないと自分で判断し、私達が進入路として使った廃屋となったトイレから逃げる人に分かれました。


「この排水路の先は、奈落になっているんじゃねえのか」


 ゲンさんは、捕えた白エルフの首にかけた紐を軽く引きます。グエとえづいて止まりかけますが、後ろから肩を押され再度進み始めます。


「はひ、それは間違っても奥に行かせないための嘘の情報です。この排水路は、各所の主要施設と繋がっていますから」


 怯えた白エルフは、何も身に着けていないまま水の中に素足を脛まで漬けて、ひんやりとした排水路の中を震えながら歩きます。


「知ってるかい、お前の股にぶら下がった奴、切り落とすといっぺえ血が出る。縦に割いてやってもいい。そうれでも、まだ、使うことはできる。慈悲だ」


「ヒィ、許して下さい、本当なんです、本当なんです、信じて下さい」


 屈みこみそうになる白エルフを立ち上がらせて、背中を蹴りつけ歩かせ続けます。


「あまり、やり過ぎると壊れて使い物にならなくなりますよ」


「ああ、悪いな。加減を忘れそうだ」


 ラティオさんが肩越しに、ゲンさんへ声を掛けます。焦りが、ゲンさんの加減を忘れさせているのでしょうか。

 このエルフを捕まえる前に少し休んだきり、ろくな休憩も取っていません。そのせいで尚更、殺気立つのでしょう。

 排水路の先に広くなった場所がありました。四方向から排水路が交錯しています。三方向から中央の溜りへと集められた大量の汚水は、別の排水路へ流れていきます。

 そして、部屋の四隅に設けられた床の上では、焚火をした幾人ものドワーフ達が座り休んでいました。私達の姿を見て驚いています。ワリスさんが慌てて声を掛けます。


「おお、おお、こんなにたくさんの女や子供がこんな小汚い場所でなにをしているんだ」


「攫われて、この排水路の掃除をさせられているんだ。部屋の奥や、他の場所でも働かされているはずだよ。ここに来る人は上から落とされるはずだから、新入りではないよね」


 ドワーフにしては、少し華奢な体つきで、ぼさぼさの髭を生やしたみすぼらしい格好をした女性のドワーフはワリスさんの問いかけに答えてくれます。

 他の子供らしきドワーフ達もみな、やつれている感じです。皆、襤褸をまとい髪も髭もぼさぼさです。首には一様に小汚い首輪を付けられています。


「このぼろい首輪のせいで、術が使えなくなっているのよ。このドブを定期的に浚って掃除しないと水があふれて危ないのよ。時々、洞穴火間虫も襲ってくるの。帰る道も判らないから、逃げるわけにもいかないし」


「食事はどうしているんだ、こんな場所じゃあ食うものはないだろう」


 話をしてくれる女性のドワーフへ、心配そうにワリスさんが語り掛けます。やつれた子供の目線に合わせる様に腰を屈め、頭を撫でてやります。短いながらも顎鬚が生えていますが、顔はまだ子供のままです。


「ネズミや、所々に生えている茸を食べているのよ。燃料はね、洞穴火間虫の死体がよく燃えるのよ。火は流れてくる木端を引き上げて、乾燥させたあとに、木切れをこすって火を熾せばどうにかなるわ。……それでも、弱い人から死んでいく。最近、やたらと人が増えて身を守るには問題ないけど貯蓄した食料が不足気味になっているの。なにか食べる物持っていない?」


「悪いな、俺達は何にも持っていない。ただ、逃げ道が分かるから、逃げてえ奴はそこから逃げてくれ。他の捕らわれた人種もそっちに向かった。夜半に紛れて、森へと隠れてくれ。俺達はまだ、やることが残っている」


 女性ドワーフは一瞬喜びますが、直ぐに萎れてしまいます。


「だけど、術も使えないのよ。追手から逃げ切れなくなるわ。術が使えれば、ひょろいエルフなんてぶっ飛ばしてやるのに」


 案内役だと説明された素っ裸の白エルフを睨みつけた後に、がっかりとした声を出します。華奢な体つきでも、こんな強そうな女性が何故捕まったのでしょうか。不思議そうな顔をした私に気付いた女性ドワーフは苦笑を浮かべて教えてくれます。


「ここに攫われたて来たドワーフは子供ばかりなのよ。私は、もう、随分前に攫われて生き残った古参の一人。ここでの生き残り方を、後から攫われたドワーフの子供に教え込んでいるのよ。大人のドワーフがエルフなんかに負けるわけないわ」


 当たり前だと自信満々のワリスさんと、目を逸らすクラテルさん。まあ、ドワーフと言っても人それぞれでしょう。首紐を引いて、引きずり倒したエルフの耳に短刀を押し付けたゲンさんが問い質します。


「この首輪、取る方法を教えな」


「し、知らないのです。ほほほ、本当なんです! 上級の術士が封印を解く術で外すか、霊力が全くない者が外すしかないのです! 私は術を使えません! 少しでも霊力を持つ者が触れれば、強烈な痛みを伴います! 刃物を当てれば首輪が燃え上がります、霊力がなくとも素手で引き千切るには強化の術を掛けなければとても無理です」


 怯えて、許しを請うような姿でゲンさんに対して必死に返答をします。様子を見る限りでは本当の様です。私の目の前にいるドワーフの子供の首輪に手を掛けて、優しく引き千切ります。少し、硬いですが何とかなるでしょう。引き千切れないと言った白エルフは目を飛び出さんばかりに見開いています。


「ガハハ、流石はゴンだ。俺達の常識をいつも越えやがる。霊力がねえのに、その強さ。惚れ惚れするぜ」


 ワリスさんは笑いながら私の肩を叩き褒めてくれます。嬉しいですが、照れたりしている場合ではありません。残りのドワーフ達や付いてきた術の使える人達の首輪も取り外していきます。奥にいた人も呼ばれて来たので結構な数を千切りました。少し、指先が痛いですね。


「じゃあ、俺達は行くぜ。そっちも気を付けてな」


「待ちなさい。こんな場所だけど、少しでも食事を摂ってから休んでいきなさい。アンタ達随分とくたびれているわ。そのまま行っても、いざと言う時にまともに戦えないわ」


 女性ドワーフはそう言うと、皆で食事の準備を始めます。本当は、直ぐにでもアン達を救出に向かいたいのです。そんな風に考えていると、後ろからゲンさんに背中を叩かれます。


「ゴン、休もうや。お前達は俺を休まずに追って、ここに来たら余計な労働もした。ここは、気分を落ち着かせよう。アン達はきっと大丈夫だ」


「わわ、分かった」


 ゲンさんの言葉を聞き、その場に腰を降ろし休むことにします。食事の準備を終えて、暇になったドワーフの子供が集まり、腰を降ろしても、子供より背の高い私の背中によじ登ったりして遊びに来ます。


「よしなさい! その人はこれから大事な仕事に向かうんだから、休ませてあげなさい」


「いい、いい、だだ、大丈夫だ。おお、落ち着く、和む」


 やつれても、無邪気な子供に心を和ませます。この子達を解放させられるだけでも、来て良かったと思います。しかし、アンも救出をしなければなりません。まだ、本番はこれからです。

 串に差したネズミの肉やキノコを火で炙った物を貰い食べます。調味料がないため、塩っ気もありませんが、結構な旨みを感じます。全員が食べるとなると量が少なくなりますがそれでもお腹に少しでも物を入れられたので助かります。

 コロモスは食事を断り、与えられた水を飲みます。女性ドワーフは、コロモスの姿をジッとみています。


「俺達は珍しいかない」


「……そうね。やっぱり亜人ではないのね。以前は随分とアナタ達の仲間が干からびた死体で流れてきたのよ。つい先日久しぶりに流れてきたわ」


「……そうかない」


 首を下げ、肩を落としたコロモスからは弱弱しく短い答えだけが口にされます。わなわなと震えています。悔しいのか、悲しいのか、両方なのか。私にはわかりません。突如、一画からブブキの大きな怒鳴り声が聞こえてきます。


「おい、冗談だろ! お前、何を食っているんだ!」


「う、うるさい! 昨晩は何も食べていないのだ、貰ったのだから食べさせて貰う!どうせ、私は生き延びることはできないのだろう」


 子供から手渡されたのか、白エルフはネズミ肉の串焼きを口にしています。おかしいです、白エルフは茸はともかく『肉』は口にしない筈です。しかし、構わず口にしています。


「食っていい、悪いの問題じゃない! お前達、白エルフは祖先が『野蛮に殺した肉を食うことはしない』と自らを戒めたのじゃあないのかよ!」


「そんなこと、今更、知るか。我ら白エルフに食われればどのような肉でもあり難い存在にかわるのだ」


 身勝手な理論を振りかざし、食べ終えた焼き串を放り投げます。ぶざけるなと吐き捨て、怒りのままに、殴りかかろうとするブブキをゲンさんが制します。私は、霊力を封じると言う千切れた首輪を手にして、後ろからエルフの首に掛け結びつけます。


「き、貴様、何を着けた! ああ、ああ、術が使えない」


「一度、引き千切られても結びつければ効果があるのか。少し持っていこう」


 ゲンさんは引き千切られた首輪を拾い集め、女性のドワーフが渡してくれた風呂敷程度の大きさのボロ布にまとめて担ぎます。


「さあ、飯も食った。元気も出た。案内を続けろ」


 ゲンさんが白エルフの紐を引きます。しかし、反応がありません。


「……おい、聞こえただろう。案内をしろ」


「断る。私は、貴賓なる白エルフの純血種だ。これ以上、貴様達のような下衆で下賤で下等な人種の命令など聞けん。殺すなら殺せ!」


 腹が膨れて、気を取り戻した白エルフはこちらの命令に反抗をします。紐を引いても、立ち上がろうとしません。

 ゲンさんが、蹴り倒してから耳をそぎ落とします。小さく悲鳴を上げますが、それでも反抗的な目を止めません。困りました。案内役がいないとこの先の道が判りません。

 短刀を手にしたまま立ち上がった、ゲンさんは明後日の方向を見続けます。何を見ているのでしょうか。私も、ゲンさんの目線の方向を見ます。

 暗く湿った排水路の先に、白い姿がぼんやりと浮かび上がります。白い蟻の亜人ミルミプロ――過去に白エルフ達に滅ぼされたしろ蟻の亜人の亡霊。

 白エルフの悲鳴が聞こえます。コロモスに担ぎあげられています。背の高いコロモスの腰まで浸かる汚水の水場を構わずに突き進み、合流して一つの場所へと流れ落ちる排水路に向けて白エルフを叩き落とします。


「使えないなら死ぬがいいぞい。例え一人でも、仲間の敵を討たせてもらうぞい」


 水に押し流されないように踏みとどまり、大量に汚水が流れ落ちる排水路の先に向かってコロモスは呟きます。その姿は、悲しみと静かな怒気に包まれているようです。


「……付いて来てくれ。又、白蟻の奴が案内をしてくれる。俺には見える。ゴンも見えるな」


「ああ、ああ、みみ、見える、行こう」


 私達二人は共に進み始めます。皆には見えないのでしょう。それでも、何も言わずに付いて来てくれます。


「コロモスの方が、覚悟が決まっていやがる。情けねえ話だ」


 目をミルミプロに向けたまま、私の隣を歩むゲンさんが小さい声で呟きます。何の覚悟について言っているのでしょうか。余り、知りたくはありません。




 排水管の先、ミルミプロが消えた先は、上に伸びる深い竪穴のある場所でした。上を見ると、薄らと明かりが見えますが、昇る方法がありません。

 しかし、何故か後からついてきたあの女性ドワーフが前に出て術を唱えると壁に沿って垂直に石が突き出て、階段のようになっていきます。


「さあ、進んでおくれ大した戦力にはならないだろうから、こんな時にでも役に立つよ」


「お前達も、何人かついてきたのか」


「ああ、古参の何人かが付いてきたわ。子供たちは、別の奴らが面倒を見ているから大丈夫。白エルフになにかしてやるんでしょう。手伝うわ。やられぱなしはドワーフの性に合わないの」


 タコ部屋から付いてきた人達と合わせれば、四十人近くに膨れ上がります。もう、隠密的な行動はできません。

 術で作られた階段を昇り切った先は、石組の壁に、一つだけある重厚な木の扉と部屋を淡く照らす松明があるだけの部屋でした。私達が昇って来た穴が部屋の中央にぽっかりと口を開ける様にあります。何の部屋だったのでしょうか。


「先に進むか。扉はいずれにしても一つしかねえ」


 ゲンさんは扉に手をかけ、少しだけ隙間を作り中を覗きます。


「霊力探知が当てになるかは判らないけど、何も感じないんだ」


 ゲンさんにブブキが耳打ちをします。一つ頷き、扉をあけ中へと入りこみます。誰もいないと思い、周囲を見渡し声が詰まりました。

 予想以上に広い部屋の壁には、眠りについた白エルフが沢山いました。蜂蜜色に磨き抜かれた透けた棺の中で美しい姿のままに。

 部屋の中央には、一人の美しい女性のエルフが納められた棺があります。上には鉤に掛けれれた一人の樹人種の遺体が吊るされています。棺に樹人の琥珀色をした体液がゆっくりと流れ落ちています。

 コロモスは、仲間の樹人の下によろめきながら歩み寄り、遺体を見上げます。ゲンさんが傍に寄ります。


「駄目だぞい。もう、死んでいるぞい。白エルフの奴ら、オイ達の体液が目的だったんだない」


「お前達の体液は『琥珀』なのか。そうか、樹人だものな」


 琥珀――地球では埋没した樹の樹脂が長い年月により固化した鉱物。磨き上げれば美しい宝石のようになります。

 樹人種の体液は、その琥珀だったようです。エルフよりも寿命の長い樹人種を、亜人として殺したため知り得た、樹人種の秘密。それを利用した、白エルフの美しくも愚かで残酷な棺。


「ゴン、ハダス、降ろすのを手伝ってほしいぞい」


 縄に掛けられ吊し上げられた樹人の遺体をそっと降ろします。今はまだ、何もすることが出来ません。忍びありませんが、ここに置いておくことしかできません。


「それにしても、人気を感じねえ場所だ。白蟻の奴は何故ここに連れてきた」


 ゲンさんは先に進み、部屋の奥に設えてある木の扉に手を掛け、止まります。間をおいてから、部屋の内側に扉を一気に開けてから廊下に躍り出ます。皆、慌てて後を追います。


「す、すまねえアン! 驚かせちまった」


 壁に押し付けられた小さな娘さんの姿を見て、にわかにゲンさんの声が大きくなります。そこには、攫われたアンがいました。少し、やつれた姿になっていますが元気そうです。首には、ドワーフ達と同じように首輪が着けられていました。近寄り、優しく丁寧に忌々しい首輪を引き千切ります。


「おじさん達助けに、来てくれたの」


「ああ、ああ、たた、助けに来た」


「アン、ここで何をしていた」


「食事を運んでいたの。みんなの世話をしていたよ。お願い、みんなも出してあげて」


 ゲンさんに押し付けられた際、廊下へ倒れた荷車の回りに、こぼれた食事が散乱しています。この食事を運んでいたのでしょう。こっちと言うとアンは廊下の先に進みます。

 しばらく後に続くと、廊下の奥にもまた、木の扉があります。扉を開けると階段があり、さらに地下へと続きます。アンは、その階段を気にせずに降りていきます。階段は横幅が狭く、並んでは通りずらいため私と、ゲンさんにブブキとコロモスさんが順番に降りることにします。

 階段を降りた先には地下牢がありました。松明で照らされ、太い鉄の縦格子が嵌められています。その奥には、首から先がなく、胸に顔がある人達が二十人程います。彼らもエルフの大森林にすむ人種なのでしょうか。


「なんだい、こいつらは見たことがないぞい」


「俺も知らないんだ。でもかなり霊力が高いんだ」


 コロモスさんとブブキは二人して知らないと口にしています。では、彼等は誰なんでしょうか。格子に近寄り、胸についた顔を無邪気に微笑ませながらアーアーとアンに声を掛けています。


「ごめんね。食事はこぼしちゃった。でも、ここから出してくれる人達が来たよ。一緒に逃げよう」


「アン、こいつらは亜人か」


 ゲンさんの質問に、真っ直ぐに顔を向けてアンは答えます。


「違うよ、ゲンおじさん。この子達は、言葉が話せないけど人だよ。白エルフの王族の子供」


 その言葉に、皆、ギョとした顔を向けます。どこからどうみても白エルフには見えません。はっきり言って、エルフに見えないばかりか、どの人種とも違うと思えます。アンはここに連れられて来た時に、白エルフからそう説明を受けたと言っています。こんな場所に閉じ込められていてもなお、王族だから丁重に扱えと言われたと言います。

 格子に付けられた扉のカギを大戦槌で叩き、強引に取り除きます。ラティオさんと同じ程度の体格の顔人達が部屋からぞろぞろと出てきます。皆、一様に腰巻を付けているだけですが、胸に顔があるので身体つきで男性か女性かを判断が出来ます。


「また、人数が増えちまったな。行動するには多すぎるか」


「大丈夫だよ。今は、誰もいないよ。白エルフ達は神殿で儀式の準備をしているから」


 アンの言葉に皆、顔を向けます。儀式が始まってしまいます。


「アン、お前はなんでここにいる」


「私は子供だから。大人の女性達は皆、連れていかれちゃった」


「その場所に案内できるか、アン」


「階段を昇ればいいと思う。一緒にいた人達がそう言っていたの。また、抵抗もできずに乱暴されるから嫌だって皆言ってた」


 女王が死んだと噂される今回は乱暴だけでは済まなくなります。連れていかれた女性達はその事を知らないのでしょう。

 急いで、助けに向かわなくては行けません。私達とアンの後に続いて顔人達が続いて階段を昇ります。何故か、皆、ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべています。


「……ブブキ、半エルフてのはなんだ」


「エルフと他人種の間に生まれた子供の事だ。ゲンさん、その子は半エルフなんだろう。それにしても、桁違いの霊力だ。だけど、黒エルフや灰エルフの子供じゃあない。肌の色が違いすぎる。間違いなく白エルフの間に出来た子だ。多分、母親は……」


「よせ、言うなブブキ」


 アンの存在に気付き、ブブキは言葉を止めます。アンの母親は白エルフに襲われたのでしょう。そして出来た子供がアン。だから、生まれても、母親に愛されることがなかったのでしょう。最後の瞬間、死に至るまでは。




 階段を昇り切り、ラティオさん達と再度、合流をします。ワリスさんが顔人達を驚きの顔で向かえます。


「きょ、兄弟、なんだいそいつらは」


「説明は後だ、どうやら儀式が始まっちまう。アンが案内をしてくれる。儀式を潰す。クラテル、箱を寄越せ。お前達は逃げろ」


「いや、ここまで来て逃げるわけにはいかねえ。付き合うぜ」


「ガリーザさんにソフィアさん、王国の人間も捕まったままです。行きますよ」


 皆の答えを聞いて一つ頷くと、私はアンを肩車します。


「アンの脚だと間に合わねえ。そこで俺に道を指示してくれ」


「うん。じゃあ、まっすぐ進んで一つ目の階段を昇って」


 アンを肩車した私は駆け出します。皆、その後に続きます。肌人種も、獣人種も、小人種も、耳人種も、樹人種も、顔人も一緒です。捕らわれた仲間を救うために、走ります。この先に何が待ち受けるかは判りません。それでも、諦める訳には行きません。危険は承知の上です。




「どこから来た貴様ら! ええい、今宵は全ての不浄が隠れる新月の夜、ましてや新女王が就任する聖なる『闇の夜の交わり』、殺せ! 早く殺せ!」


 青い大理石が積まれて作られた祭壇の踊場で仰々しい派手なローブをまとった白エルフの男が大声で怒鳴ります。

 ひな壇には、薄い布をまとっただけの、肌人種、獣人種、白、黒、灰の耳人種、様々な人種の美しい女性達が立ち並びます。女性達は皆、一様にぼんやりとした顔をしています。




「あれは、多分、白エルフの使役術に掛かっているんだ。ショックを与えれば、目が覚めるはずなんだ」


「お前の術は使えそうかブブキ」


「ああ、ここに結界の影響は来ていないんだ。だけど、相手の数が多いんだ」


「素っ裸の連中を相手にするのは楽だろうよ。しょぼい金玉、潰してやる」


 皇帝陛下から賜った武防具を一式身に着けたゲンさんと私が前に出て、立ち並ぶエルフ達を殴り倒していきます。儀式が始まる直前、儀式の間の扉から堂々と入りこんだ私達に驚き、白エルフ達はパニック状態です。

 百人を超える白エルフの男達は皆一様に衣服を纏っていませんでした。私達が乗り込む直前まで、皆、ひな壇に立つ女性達を見て、目を欲望でぎらつかせていました。なんの儀式を行うか知れた物です。




 祭壇の踊り場から無数の蒼い光が立ち昇り、こちらへと撃ちだされました。私とゲンさんが前に踊り出て盾を構え受け止めると、蒼い光は霧散します。


「こいつはいいや。術の攻撃が無効になるなら、しめたものだ」


「だだ、だけど、かか、数が多い」


「毎度の事だ。だが、今回はこっちも頼れる奴らも多い」


 白エルフ達は、コロモスさんが腕を振るえば、遠くへと吹き飛び、ハダスさんが体当たりをすればなぎ倒されます。共に来て術で筋力を強化したドワーフ達の殴打を喰らえば、軒並み沈んでいきます。他の肌人種や獣人種の力にも屈するありさまです。


「随分と弱いな、白エルフ」


「不意を突かれてパニック状態ですからね。術を使えば一流ですが、力は一様に弱いのですよ」


 術を使おうとしていた白エルフの喉を剣で刺したラティオさんが、乱戦の束の間、ゲンさんの問いに答えてくれます。あれは、生き残ることは出来ないでしょう。


「アッサリと殺すなあ、ラティオ」


「何を言っているのですか、こちらは仲間の一人が攫われているんです。遠慮をするような相手ではないでしょう」


 術を使えないよう、ハダスさんに喉を噛み砕かれ、コロモスさんの硬い腕で頭をつぶされる白エルフも見えます。ワリスさんも、手にした槌で遠慮なく腹を叩き、内臓を潰しています。

 祭壇上でまた、蒼い無数の光が現れ私達の居る別の方向に撃ち込まれます。私達に術が効かないと気付き、別の人達を狙い始めたようです。狙いを定めれば外れることのない霊力の矢は、何人かの味方に被弾をします。


「狼狽えるな! 我々の方が数が多い、女達を盾にして祭壇へと上がれ! 樹人種が一人いる、琥珀の材料が足りぬが火の術で燃やせ!」


 派手なローブを着たエルフが大声で指示を出すと、白エルフ達は、祭壇へと向かい始めます。余り距離を取られて無差別に術で攻撃をされると、流石に庇い切れなくなります。


「敵もそんなに甘くはねえか、しかも、下衆だ。俺も覚悟を決めるか。クラテル、箱の中身をよこしな。濡らしていねえだろう」


 戦闘に参加せずに私達の傍で、ひたすらに身を屈めていたクラテルさんは大事に抱えていた箱を急いで開けて、ゲンさんに火縄銃と早合が入った袋を渡します。私は、前に立ち盾を構えて用意をするゲンさんの身を守ります。


「玉の数はあるな。クラテル頼みがある。銃の構造を知るお前なら、爆発粉塵に着火の術を直に掛けられるよな。その方が手間が早え」


「出来ます。合図を下さい。やります」


 ああ、頼むぜと一言言うと、早号の袋を破り火薬と鉛玉を手早く込めて構えます。


「戦はな、将の命取った方が早くケリがつく――よし、着火!」


 ゲンさんの合図とともに、クラテルさんが一言呟くと「ドン」と言う音と共に火縄から煙が立ち昇り、祭壇に立つ派手なエルフの頭が飛びます。周りの白エルフ達が慌てて駆け寄りますが、確実に無駄でしょう。


「……よし、殺したな。これで、俺も童貞卒業だ」


 意味の分からない冗談をゲンさんは呟きますが、直ぐに次の弾の充填を始めています。少しだけ、手が震えているようにも見えます。

 祭壇の最上部に張られていた白く美しい布の奥から、倒したエルフよりも派手で豪奢なローブと長い頭巾をかぶったエルフが姿を現します。


「攻撃術を防ぐ法具を見にまとった助祭が倒れたか。おかしな道具を使うようだ。新しき女王に当たってはならぬ。皆、ローブの前に立ち、盾となれ」


 豪奢な格好をしたエルフの言葉に、白エルフの男も、ひな壇にいた女性達も皆、ローブの前に向かい立ち並びます。人の盾です。男はその中に紛れて屈みこみます。


「流石に、あれだけ集まると女に当たるかも知れねえ。銃が使えねえよ」


「なな、なら突っ込むまで」


 ゲンさんの答えを聞き、私は祭壇へと向かいます。この中にガリーザさんとソフィアさんもいるはずです。必ず、助け出さなければ行けません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る