第7話 秘密

 眼前の畑では、捕らわれたと思われる黒エルフや灰エルフの男性達が、ハート型の大きい葉が多くついた枝を切って集め、担いで運んでいます。どこかで、見たことがある植物です。


「あの葉っぱ、何だったけか。思い出せねえ」


 ゲンさんも見た記憶があるようです。私と同じように思いだせないようですが。


「オロエマの木だね。エルフの間では、金を育てる樹木って伝承がある樹なんだ。意味は分からないんだ。森ではあんまり見かけなかったけど、なんで、こんなところに群生をしているんだろう?」


「……何を言ってるんだブブキ。どう見たって、森の一部を切り開いて畑にしたんだろ。あんな、一定の間隔で自然の樹が生える訳ねえよ」


 呆れたようなゲンさんの言葉に、口を開けたまま呆けた後、ブブキの顔が思いっきり歪みます。よろよろと後ろに下がって行き、一本の樹にもたれ掛ります。


「白エルフの奴ら、森守を自称して他人種を蔑視している癖に、結局、他の人種と同じように森を切り開いていやがる。馬っ鹿じゃねえの」


「やっぱり、森を切り開かれるのは嫌かい」


「……前にも言ったけどこっちに影響がない範囲なら構わないと思うよ。後で後悔するのはアンタ達だから。森と共に生きて、森の中で死ぬ。生きる術の全ては、森の恵みで事足りるんだ。自分達の利益だけを享受するために、森を切り開いて他の生き物を追い出す理由なんて俺達にはないんだ」


 現代日本に生きる私達にとっては耳に痛い言葉です。森、山を切り開いて田畑を作り、道を切り開き、都市を作り、人間だけが住む。都市にも人間以外の生き物はいますが、それは、後から人間の社会に適応した生き物たちです。共存をしたわけではありません。


「オイは別にどうでもいいぞい。豊かな暮らしを望むなら、多少の犠牲はつきものだぞい。どんなエルフだって生きるためには飯を食うぞい。オイ達みたいに、枯葉と水だけを食って生きる訳にはいかんぞい。食わなきゃ死ぬぞい。食うためには、他の命を頂くぞい。ブブキ、お前達がよくいうことだぞい。結局、生きるには多くの命がいるぞい」


 コロモスさんの言う通りに、生きるためには様々な命を頂く必要があります。しかし、人が森を切り開いて得る豊かさは、生きるため、食べるための豊かさだけとは限りません。ただ、自己を満足させるためだけの豊かさもあります。


「話を振ってなんだが、この手の話は終わりがねえからやめにしよう。各々、言いてえことは幾らでもある。黙って聞いてりゃあ馬鹿を見る。ぶつかり合えば喧嘩する。勝った負けたは無しにして、手を取り合えば丸く収まる」


 白エルフのように、主義主張を振りかざして押し付ければ、反感を食らいます。黒エルフのように黙っていれば、何もかも失いかねません。どこかで、線を引いてお互いの手を取り合うのが一番良いことなのでしょう。


「……でも、もう、遅すぎたんだ」


 悲しそうにブブキは呟きます。白エルフと黒エルフの対立はもう、後に引けず、手の施しようがないと言いたいのでしょう。

 皆、一旦森の奥に引き返します。あまり、この近くにいすぎると監視に見つかる可能性もあります。ブブキは項垂れて、一人トボトボと歩いて行きます。肩を落としたその背中は、あれほど毛嫌いをしている白エルフと手を取り合うことが出来ない現実を目の当たりにして悲しんでいるような感じでした。




「夜になったら行動をしよう。あそこの監視は、内から外に出さねえようにはしているが、外から内に入ることは余り想定していねえ」


「兄弟は一体どんなところから脱出してきたんだ?」


「……多分、便所の排水路だな。足元は汚いが、糞づまりしてはいねえ。俺が通ったんだから、皆通れるさ。ハダスは口にマスクでもしてくれ」


「結界内デ嗅覚ガ鈍ッテイルカラ、多少、大丈夫ダロウ」


 ハアァとクラテルさんがため息をついています。まあ、ドワーフ帝国でも同じような場所に同行をした人ならではのため息です。私はしょっちゅうです。ため息も出ません。

 陽が落ち、夜も深まったところで行動を開始します。LEDライトや松明の光を出すわけにはいきませんので、ブブキに暗視の術を掛けて貰い密かに行動を行います。畑の中に人気はありません。

 畑から少し離れた隅の方に、朽ち果てた小屋がありました。かろうじて石の外壁が残っています。崩れた壁の陰には人が通れる程度の穴があります。崩れた土砂のせいで傾斜上になり、下まで歩いていけます。私とハダスさんが通るには少し狭いです。


「ここが何の小屋だったかは判らねえが、ぶっ壊れたまま放置してあるみてえだ。ここからな、下水管につながる。本管は結構広いから安心してくれ。底には延々と水が流れている。どこに流れているかは判らねえ」


 ゲンさんはそう言うと、穴の中にさっさと潜りこんでしまいます。他の人も後に続きます。一番体の大きい私は最後に行くことになります。

 ハダスさんが抜けた合図の後に、潜りこんだ穴はかろうじて進める程度の広さでした。途中、身体を曲げてつっかえながらもどうにか下まで降りることが出来ました。降りた本管は意外と広く、私が立ってもギリギリで頭が当たることはありません。

 底にはどこから流れているのか水が延々と流れています。水深で三十センチ程でしょうか。足元が濡れて冷たいです。我慢して進むしかありません。


「水の流れに逆らって進む。途中の枝孔からたまに汚物が流れるから注意してくれ。樹の扉があるところが出入り口だ」


「ゲンさん、一体そこはなんの部屋だったんですか」


「皆目見当がつかねえよ。二重の部屋になっていたことは判るがな。白蟻人追いかけていたらここまで辿りついた。穴を抜けたら、白蟻の奴は見当たらねえ。陽が昇る前に、適当に走っていたら、お前らと行きあえたんだ。偶然の賜物だな」


 ラティオさんの質問に答えつつ、ゲンさんは先導して先に進みます。水の流れも、物ともしません。途中にある枝孔から流れる汚水を避けながら進みます。クラテルさんは興味深げに排水管を見ています。


「エルフの衛生観念も大したものですね。排泄物や汚物を溜めずにきちんと処理をしているようです」


「王国では考えられませんね。汚物はそこらに捨てるのが基本ですから」


「王国のやり方はともかく、白エルフのやり方が一概に衛生的とはいえねえな。この水が行き着いた先がどうなっているのか、そこを見ねえ限りはな」


 日本の汚水は処理場を通り、海や川へと流されているはずです。確信は持てません。実際に目で見た訳ではないのです。昔は、肥やしにしたりして目で見える形で処理をしていましたが、現在は臭いものには蓋をして見向きもしていません。


「ここだ。この扉からここに降りてきた」


「ゲンさん、この先は一体どうなっているんだ」


 珍しく真剣な顔をしたブブキが問いかけます。ゲンさんは、ボリボリと後ろ頭を書いて答えません。眼が上の方を向いています。嫌な予感がします。


「悪いな。判らねえんだ。先も言ったが白蟻の後を夢中で追いかけていたから、ここから先はどこをどう通ったのか忘れちまった。すまねえ」


 ガハハと小さく笑いながら出た答えを聞いて、皆がっくりと首を下げます。その時、奥から誰かが来る音が聞こえてきます。皆、緊張で固まります。扉から陰になるように壁際にへばりつき身を隠します。しかし、狭い管の中なので直ぐにばれるでしょう。

 ――ギイと建て付けの悪そうな音とともに木の扉が開きます。暗がりの人影は前に乗りだし、ゴミを捨てます。ハダスさんが、その人の首の後ろから腕を回して、口を押えてきずり出します。ラティオさんが剣の切っ先を首に突き立てます。ゲンさんがそっと木の扉を閉めます。

 捕まえた人はハダスさんの手の中でもがきます。顔を見ます。肌人種でしょう。


 ……どこかで会ったことがあるような顔です。暗がりのせいか向こうは気付いていません。


「げげ、ゲンさん、ここ、この人は確か」


「お前、清掃人夫の仕事で一緒になった奴じゃあねえか?」


 口元が隠れているので確証は出来ませんが、まず、間違いはないでしょう。ゲンさんはラティオさんの剣を治めるように指示してから、静かに喋れと男に注意してからハダスさんの手を口から離させます。


「ゲ、ゲンさんか? 間違いないんだな! ゴンも一緒なのか、それに、星の瞬きのラティオさんに、ハダスさんまで! 何故こんなところに、アンタ達も攫われたのか」


「違うな。俺達は進んでここに来た。攫われた娘を救いにな」


「アンタ、結婚していたか」


「そうゆう娘じゃあねえんだがな。まあ、少しだけ縁のある娘だ。お前、いつ攫われた、今、何してた」


 少しやつれて無精髭が伸びた男は、目を白黒させる様に驚いています。ブブキが暗視の術を掛けたため、顔を認識できるようになり、他の面子を見て再度驚いています。こちらも驚きです。意外な人物に出会った気分です。


「俺はつい最近だぜ。多分、十日位前なのかな。相方と森で薬草取りをしていたら、後ろから殴られて気付いたら袋の中だ。相方も一緒だったぜ」


「おい、その時、小さい娘はいなかったのか」


「判らないな。ここに、女はいないぜ。俺はゴミと汚物を捨てに来ていたんだぜ。共同部屋の溜め桶は直ぐに一杯になるからな」


 残念ながら、アンの行方は分かりませんでした。もう一人の相方さんと一緒に気づいた時は共同部屋の中で寝ていたと言います。部屋には十人程の様々な人種の男達が居るそうです。


「長居していても大丈夫なのか」


「俺達の区画にまともな監視はいないぜ。見張りは扉の向こうにいるだけだぜ。白エルフの奴ら、本当は俺達、異人種を見るのも嫌なんだぜ」


「そんなぬるい監視で、何故、逃げようとしねえ」


「無理を言わないでくれ。捕まって術の使える連中は霊力を法具で使えないようにされているんだぜ。それに、どこから逃げればいいんだ」


「……この排水路から外に出られるぞ」


「え、そうなのか。そんなこと誰も知らないぜ。部屋の連中からは、奈落の底に繋がっているって聞かされたぜ。だけど、表に出たってエルフ大森林の中だとしたら帰り道の見当がつかないから、やっぱり駄目だぜ」


 なんだか間抜けな話に聞こえます。ただ、男の言う通り闇雲に逃げても、あの大森林で迷う可能性が高いでしょう。そうすれば、結局再度捕まるハメになりかねません。ゲンさんが逃げ出しても、慌てている雰囲気を感じないのはそのせいかも知れません。


「ここには、男だけがいるんだな。好色の白エルフ共がなんで男を攫う。アンタ達は何をしている、あぶれた女エルフのお相手か」


「それなら喜んで攫われるだろうぜ。白エルフの奴らは、汚れ仕事をしたくないんだぜ。汚れ仕事をさせるために、他の人種の男を攫う。弱くて数の多い肌人種は、よく狙われているみたいだぜ」


「どんな仕事をしているんだい」


 ワリスさんは男から仕事の内容を聞き出そうとしています。事情を知らない男は、状況をつらつらと喋ります


「ああ、信じられないけどあれが噂の『エルフ布』や『エルフ紙』の原料になるって言うんだから。俺達はその原料を産む蟲の世話をしている。後は掃除だ」


 ワリスさんの目が闇の中ギラリと光ります。ここにきて、皇帝陛下の依頼を解決する糸口が見つかりました。アン達よりも先にです。


「……その、仕事場に近づけるか」


「簡単じゃあないのか。アンタ達が身に着ける武具を取り外して、俺達と一緒に紛れ込めばいい。仕事場は昼夜を問わずに動いているからな。そろそろ、俺達の番だ。一緒に来ればいいさ」


 私達も、アンを救出するために交易都市を経ってから、ろくに身なりも整えていません。髭も生え、風貌もくたびれています。目の前の男と大して変りはありません。


「流石にゴンとハダスは目立たねえか」


「多分、大丈夫だろうぜ。ほとんど、こっちの事なんか見ちゃいねえぜ。白エルフの奴らからすれば、他の人種の男の人相なんてどうでもいいんだぜ。逃げようとすると攻撃術が飛んでくるけどな」


 だから、逃げようとする奴なんていないぜと男は意味なく嘯きます。自慢にはなりません。取り急ぎ、木の扉と通路の間にある部屋の中に外した武防具を置き、念のため男を先に出して合図を受けてから通路に出ます。

 一緒に部屋へと転がり込みます。中にいた人達は驚いていますが、ゲンさんが口に人差し指を当てて騒がないように指示を出します。


 事情を説明し、中の人達の代わりに仕事場へ向かうことになりました。但し、黒エルフのブブキと樹人種のコロモスは付いて行かない方が良いと言われました。

 監視人以外のエルフが此処で働いていることはなく、コロモスさんのような人種は見たことがないと言われました。ドワーフは見かけないそうですが、紛れ込めばわからないだろうと言います。




 しばらく待つと通路から人の声がして、通り過ぎます。それを合図に、男と共に通路に出て仕事場に向かいます。他の部屋からも、人が出てきます。私達を見て首を傾げていますが、それまでの様です。新入りが来たとでも思っているのでしょう。都合の良いことです。


「さあ、まずこの辺り一帯の掃除だぜ。木桶に集めて荷車に載せてくれ」


 広い広間の床にはこぶし大の黒く丸い物が一面に転がっています。それは、天井との境にある中空上の網状に編まれた棚の上から落ちてきます。棚の上には何かが蠢いているようですが、緑色の葉っぱにの陰に隠れているので良く分かりません。


「こいつは一体何だい」


 丸い物体を手でつかみ木桶に入れているゲンさんが男に尋ねます。


「これは、上で葉っぱ食っている芋虫のフンだぜ」


「げえ、そうゆうことは先に言ってくれよ」


 ワリスさんが男に文句を言いますが、特に道具もないので結局手で拾うしか方法はないと思います。各々が糞を拾い集め木桶に溜めて、荷車に積まれた大きめの樽に移していきます。


「ゴン、ハダスさん、俺が案内をするから、荷車の樽が一杯になったら運んでくれ」


 指示を受けたころには、樽は一杯になりつつあります。男が先導を務め、ハダスさんと一緒に荷車を牽いていきます。通路を抜けるとまた、広間がありました。

 広間には壁沿いに水が張られ、幾つかに仕切られた水槽があり、集められた糞は水槽の中に次々に投げ入れられています。

 水槽の中には、別の労働者がいて熊手の様な道具で、一生懸命に糞が投入された水をかき混ぜています。撹拌が済むと、茶色く染まった水が抜かれ底に溜まった繊維状の物が残り、それをまた次の水槽に入れ撹拌していきます。

 この時に、灰のような物が大量に投入されています。同じことが二回程繰り返されて、白くなった繊維状の物は、又、荷車に積まれ別の場所へと運び込まれて行きます。――あれが、紙の原料になるのでしょう。


「ゴン、樽の中身はどこに捨てられていた」


 戻ると直ぐに、いつまでたっても上から糞が落ちてくるので綺麗にならない床の掃除を黙々と続けていたゲンさんに聞かれます。


「すす、水槽の中。せせ、繊維が残った。たた、多分、和紙だ」


 私の言葉を聞き、手に取った丸い糞を見つめたゲンさんは、嫌々ながらも手を止めずに糞を片付けるワリスさんに話しかけます。


「そんな面で仕事をするなワリス。お前の手にするそれが紙の原料だとよ」


「ハア!? 何を言いだすんだ兄弟、ゴン、何かわかったのか」


 ドモリ癖で上手く話せない私に変わってゲンさんが説明をしてくれます。次の荷車をゲンさんとワリスさんで運びます。二人は戻って来ると、状況を見て納得した顔で戻って来ます。


「なるほどな、上で葉っぱを食っている芋虫のフンに残った植物の繊維を集めていたんだな。よく考えていやがる。和紙を作るのに必要な蒸し、乾燥、さらしに叩きなんかの工程が省けるようだな」


「兄弟達の国に一度行ってみてえよ。さぞ、驚きに溢れた国なんだろうな。あれだけを見て、エルフ紙の作り方を想像できるのだからな。俺にはちいとも判らねえ」


 あの繊維を漉いて薄い板状にした物を圧搾後乾燥した物がエルフ紙になるのでしょう。紙すきはまた、別の労働者の方がしているのでしょうか。エルフのエの字も入りそうにない製品だと思いますが。


「さあ、次は上の仕事に移るぜ。付いて来てくれ」


 下で掃除をしていた人達が一斉に上に上がります。始めに入って来た入口からは別の人達が入ってきて床の掃除を始めます。完全な交代制のようです。棚から垂らされた縄梯子を昇り上へと向かいます。

 大きなハート状の葉っぱ「オロエマの葉」が大量に敷き詰められた棚の上には、葉を覆い隠すように体長六十センチ程の一抱えはありそうな白い芋虫が蠢いています。どうみても蚕の幼虫です。


「なんだいこいつは。生白くて気持ちの悪い芋虫だ」


 そう言うワリスさんの後ろ頭を、ゲンさんは引っ叩きます。


「お蚕様の悪口を言うんじゃねえ」


 引っ叩かれた意味が分からないワリスさんは、引っ叩かれた頭を押さえて驚いた顔をしています。


「さあ、繭を作った『コーコンルー』を運び出してくれ。繭を持ったら一緒に来てくれ、持っていく先は危ないから注意だぜ」


 棚の上に積み重なれた葉の上はふわふわと歩きづらく、蚕の幼虫を踏まないように注意をしながら、繭玉を抱え上げます。皆が繭玉を手に取ると、男の案内で別の部屋へと連れていかれます。

 通路の先には、幾つかの板の橋が架けられていて、橋の上から手にした繭玉を下の釜に投入していきます。釜の中はお湯で満たされています。煮え立つことはありませんが、湯気が立ち熱気が立ち込めています。釜の中に落ちれば、火傷をすることは間違いがありません。


「落ちても助けてはくれないぜ。落ちた人間はそこらに転がされて、釜の中の繭玉を直ぐに取りだすんだぜ。死体は、排水路に捨てられる。ここでは、人の命より繭玉の方が価値があるぜ」


 板の橋の上から繭玉を放り投げて戻って来た男からそう教えられます。釜の付近には上半身を裸にした別の労働者が釜の中を長い木の棒で突き、柔らかくなった繭からほぐれた幾本もの糸を手繰り寄せ、板状の糸巻きに巻き取っています。巻き取られた糸は、集められて別の場所へと運ばれて行きます。

 糸が巻き取られ茹で上がった蛹は、お玉のような道具で掬い上げられ、床の上に山積みにされています。こちらも定期的に荷車で運ばれて行きます。

 皆、繭玉を釜に入れてから棚の上で、再び繭を探し出します。所狭しといる蚕をどかして、繭を探し出します。ラティオさんは蚕を撫でて呟きます。


「見た目は悪いのですが、繭も幼虫も触り心地は最高ですね……」


 幼虫は見た目のようなブヨブヨと柔らかい触り心地ではなく、しっとりとさらさらとした触り心地です。確かに触ると気持ちいい感触がします。繭玉も、さらりとした触り心地でした。


「この葉っぱ、桑の葉だったんだな。余りにでかくて見当がつかなかった。エルフ布は絹の事だったんだな」


「この蟲持っていけば、エルフ布の原料になる糸が手に入るわけだな!」


「いや、お蚕さんは美食だから、この葉っぱしか食わねえ。まずは、この「おろえま」が栽培出来ねえと無理な話だ」


 ゲンさんの言葉に、ワリスさんはがっくりと肩を落とします。養蚕が出来ないことには、紙も布も作ることは出来ません。

 養蚕をするには、桑の葉は必需品です。皇帝陛下の依頼となる技術調査は出来ましたが、盗むことは出来ませんでした。

 しばらく同じ作業を続けると、交代の時間になったようで下で掃除をしていた人達が昇ってきます。


「飯を食って、一休みの時間だぜ。休んだらまた、別の仕事がまっているぜ」


「紙や、糸から絹を作ることはないのかい」


「そんな作業はないぜ。糞の掃除、糞の水洗い、繭玉運び、糸をつむぐこれ以外の仕事は無いぜ。後はどうなっているのかも知らないぜ」


 そう言って、棚の先にある通路に向かって男は歩き出します。たどり着いた部屋には別の部屋から来た労働者たちも集まり、茹でられた蚕を切り分けて盛られた器と、篭に盛られた野イチゴのような桑の実を、皿に盛り空いた場所に座り食事を始めています。


「ゆでたお蚕さんと桑の実が飯になるのか。白エルフは何にも損をしねえ。よくできていやがる」


 受け取った食事を美味しそうに頬張りながらも、若干呆れ気味にゲンさんはぼやきます。皆、嫌がる素振りもなく茹でられた蚕を口にしています。


「この、赤い実も結構いけますね」


「食える分だけ王国で仕事をしているよりもましなのかな」


 茹で蚕を平らげた男はふと、そうつぶやきます。皮肉なことに、攫われ差別的な扱いを受けるエルフ大森林での労働の方が、王国で生きるよりもマシだと思えているのですから。


 食事を終え、休憩をする為に元来た部屋へと戻ります。


「エルフ紙と布の秘密は分かったが、困ったことにアン達の行方はまるで分らねえ」


「もう、あまり時間はありません。ここで一休みをしている余裕もない状況です」


 ゲンさんとラティオさんは、状況を確認しててづまりの状態になっていることに気付き悩んでいます。儀式までの日取りは、ブブキ達の話が事実なら、あと数日のはずです。しかし、アン達がどこにいるのかも判りません。


「そう言えば、ここにはなんで樹人種やドワーフがいねえんだ。エルフは表で畑仕事をしていたな」


「わからないぜ。ここには、肌人種と獣人種の男しか働いていないぜ」


 ワリスさんの問いかけに、うとうととしていた男は、ぼんやりとした顔で答えます。やはり手掛かりはないようです。


「強硬手段を取るか。知っている奴に聞くとしよう。おい、場合によっちゃあここにいる全員逃げることになる。構わねえか」


 ゲンさんの言葉に眠気が飛んだ男は慌てて詰め寄ります。


「逃げるのは構わないぜ。だが、森で迷わずにいられるのか」


「最後まで付き合って貰えばな。かなり危ない橋を渡ることになるのは間違いがねえ」


「何もしなければ、一生ここで過ごすはめになるぜ。長い奴は、もう十年以上ここにいるぜ。働けなくなった奴は、排水路に捨てられるだけだぜ。やるぜ、付き合うぜ」


 部屋の全員の意見が一致します。他の部屋の人間の意思も確認しますが、同じ様です。




「おい、人が死にそうなんだ! 助けてくれ!」


 通路につながる木の扉を男はドンドンと叩き続けます。普段なら決してしない行動です。白エルフが助けるはずはありません。


「うるさい。黙れ。殺すぞ」


 扉の向こうで冷淡な声がびきます。白エルフの歩哨でしょう。それでも構わず木の扉は叩き続けられます。木の扉が開き、生白い顔についた薄い色の唇を動かして術を使おうとする白エルフが顔を出します。

 扉の陰に隠れていた私はエルフの首根っこを掴み引きずり込みます。ゲンさんがお腹に拳を軽く打ちこみます。息が詰まり、口が止まります。通路の扉を閉め、排水路に続く部屋の中に引きずり込み、皆で囲みます。


「き、貴様ら、白エルフの私にこんなことをしてタダで済むと――」


 言葉は続くことなく、ゲンさんが尖った耳を掴み上げます。白エルフは痛みに顔を歪めています。ワリスさんが排水路の扉を開け、ゲンさんが耳を掴んだままエルフを排水路に引きこみます。


「ヒィ、な、なんて汚い場所に、白エルフである私を――」


 言葉が続く前に、排水路に流れる水の中にエルフの顔を沈めます。髪を掴んで、十秒ほど押し込んだままにします。白エルフは暴れ、バシャバシャと水が跳ねます。顔を水から引上げると、顔を歪め泣きそうな様子です。


「なあ、教えてくれ。ドワーフや、樹人種、女達はどこにいる?」


 冷めた口調でゲンさんは白エルフに問いかけます。嘲るような笑みを浮かべた白エルフは何かを言おうとしますが、口にする前に水に顔を沈めます。十秒間です。


「悪いな。こんなことはしたくはねえんだ。どうだい、教えてくれねえか」


 ゲンさんは、再度問いかけます。水を飲み、咽るエルフはゲンさんを睨み又何かを言おうとしますが、その前に顔を沈められます。態度が改まるまで、何度も何度も同じことをゲンさんは続けます。

 何度も汚水を飲みこんでは吐き、泪と鼻水で顔を汚し、白く美しく、端正で整えられた顔を苦しそうに歪めた白エルフはゲンさんに詫びを入れています。


「許して下さい、言いますから、お願いします」


 許してくれと言っても態度が悪いなあと笑いながら顔を水に沈められ続けた白エルフは口調も改まっています。差別している他人種に対する口調ではありません。


「ドワーフは排水路の奥で、詰まった汚物を片付ける作業をしています。樹人と女達は……わ、わかりません」


 目が泳ぎました、ゲンさんは見逃すはずがなく、ゆっくりと顔を水に沈めます。


「ゲエ、ハ、ほ、本当に知らないんで……」


 嫌がる白エルフの顔を水にゆっくりと近づけます。本当の事を言うまで、続けられます。その様子に、ブブキさんとクラテルさんが顔を背けています。


「し、神殿にいます。樹人種と攫った女達は神殿にいます。本当です、信じて下さい」


 目が虚ろになった白エルフは、謝りながら、息も絶え絶えにこちらの質問にようやく答えます。無駄に時間を取った気がします。突然、後ろから割って入ったブブキさんが胸倉を掴み、白エルフに問い質します。


「おい、神殿があるんだな。本当か!」


「く、黒エルフ! なぜここにいる、貴様がこいつらをここに導いたのか!」


 暗がりの後ろに控えていたので気付かなかったのか、ブブキの存在に驚きの声を上げています。コロモスさんがブブキさんを引きはがし押えます。


「樹人種まで、一体何を企んで……」


 ゲンさんは髪を掴み、排水路の水の中にエルフの顔を叩きつけます。何回も、何回も同じことを繰り返します。


「口調がなっていねえな。神殿の場所まで案内しろ。騙すな、誓え」


「そ、そんなことするわけが……」


 短刀を取り出し、柄の後ろで前歯を叩き折ります。叫ばないように口を押えて、痛がるエルフに向かって、暗く、臭気の漂う排水路の中で薄い笑みを浮かべ、ドスの効いた声で脅し掛けます。


「次は耳だ。その次は鼻、耳、指、そぎ落とせるところは順次そぎ落とす。最後は生きていても皮も剥ぐ。そぎ落としながら、水洗いをしてやってもいい。これは、お願いじゃあねえ、命令だ。案内をしろ。いいな。騙したときは、楽には殺さねえ」


 目から涙を流し歯を折られた口を押えながら、白エルフは頷きます。美しかった顔立ちの面影はもはやありません。

 白エルフの衣服を全て切り裂き、ひも状にして、後ろに回した両手を縛り、口に猿轡をさせ、帯を首に巻き逃げられないように後ろで持ちます。

 素っ裸の白エルフを、神殿への案内役に連れて行きます。騙したらただではすみません。しかし、私は人の命を奪った経験はありません。


 ゲンさんもきっと、ないはずです。そのわりに、白エルフを尋問するのに躊躇はありませんでした。私は実際の所、ゲンさんの過去の事についてあまり知りません。


 ――この人は、一体何をしていたのでしょうか。

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