第6話 亡霊

 必要な武具を揃えて、不要な荷物は置いて行きます。ゲンさんの分の武具や短刀も持っていかなければなりません。宴の席に、刃物を付けるのは無粋だと言って外してあります。


 皇帝陛下から貰った、兜を被り、大盾を背中に背負います。


 薬や保存食といった必需品だけを背嚢に詰めます。ふと、あることを思い出したのでLEDのヘッドライトとデジカメは持ちだしておきます。この位は邪魔にはなりません。そういえば、ゲンさんは貰った首飾りが首を絞めると言って外していました。確か、荷物の中に紛れていたはずです。取りだして持っていきましょう。

 ワリスさんの掛け声が聞こえたので、慌てて、まとめた荷物を仕込んだ二つの背嚢を担ぎ、外に出ます。皆、支度が整い終わったようです。首飾りはしまい損ねたので手に持ったままです。その首飾りを目にした灰エルフの長老がこちらに近寄ってきます。


「良い法具ですな。術を防ぐ効果が付与されている。これが、貴方を霊力の矢から守ったのでしょう」


「ここ、これはゲンさんのです」


 私は、胸元から身に着けている首飾りを見せます。あの蒼い光の矢から私を守ってくれたのはこの首飾りのようです。ドワーフの皇帝陛下に感謝をしなければなりません。この首輪を身に着けていれば、近寄った白エルフの透明化の術も無効化して連れ去られることはなかったとのことです。




 ブブキを先頭に、樹海の中を、慎重に、素早く進んでいきます。夜は明け、樹海の木々の間から陽が差し、朝を迎えた事が分かります。ブブキは一旦立ち止まり、こちらに声を掛けてきます。


「いったん休憩しようと思うんだ。昨晩からろくな休憩を取っていないんだ。朝飯位は食べないと体力が続かなくなる」


「そうだな。少し休もう。焦る気持ちばかりが先行していても、ろくな結果にはならねえ」


 ワリスさんもブブキさんの意見に同意し、その場で朝食を取ることにします。火は使えません。相手に場所を悟られる可能性があります。

 黒エルフの部落で渡された保存食、烏賊の干物を齧ります。固く塩辛いですが、足場の悪い場所を進み続け、汗をかいているので丁度良い塩分補給になるでしょう。水筒の水を飲み、水分も補給します。コロモスさんは、朝露で濡れた枯葉と土を食べて水分と栄養を同時に補給しています。


「中央部まではどの位の日数が必要ですか」


「このまま進めば、今晩には周辺部にはたどり着くんだ。だけど、その辺りから結界が張られて、俺達でも方向感覚が狂いだすんだ」


「結界を破る術はないのか」


 ワリスさんの言葉にブブキは首を振ります。嫌な予感がして、方位磁針をポケットから取りだします。やはり、針の動きが一定しません。ここは、富士の樹海のように方向を狂わせる樹海の様です。今は、ブブキの案内で迷わずに進んでいますが結界のある範囲からはそれも難しくなります。


「ラティオ、向コウノ方角カラ蟻ノ匂イ。悪食大蟻デハナイ」


 烏賊を噛みしているハダスさんが二時の方向に指を指します。静かに、耳を澄ませると確かに、落ち葉や枯れ枝を踏みしめる音が聞こえます。


「このまま進んで、やり過ごしますか」


「いや、多分、蟻の亜人『ミルミギン』だぞい。白エルフの使役術が掛かっているから、こちらの情報が漏れるかも知れんない。始末するのが無難だぞい」


 コロモスさんは手に石斧を持ち身構えながら、進言します。この森には蟻の亜人が住んでいるようです。


 姿を現した蟻の亜人ミルミギンは一匹ではなく何匹もいます。体長は百六十センチ程度、触角と鋭い顎を持った蟻の頭に、幾つかの甲羅で覆われた平たく丸みを帯びた胴体を支える人と同じような足、そして棒を手にした二本の腕を持っています。ギイギイと鳴き、こちらを威嚇しています。


 前に躍り出たコロモスさんの石斧の一撃がミルミギンの頭を捕らえます。予想より簡単に沈みます。思ったより固い甲羅ではないようです。


 私も前に出て、戦槌で思いっきり引っ叩くと「カン!」と言う音とともに首がもげてしまいました。しかし、手ごたえは思ったよりも硬い感じです。


「流石にゴンは強いぞい。頼もしいない。こいつらは節が弱いぞい。他は固いから余り攻撃は効かないぞい」


 蟻の攻撃を受けてもものともせずに、石斧で次々に打倒していきます。ラティオさんが首や胴体の節目を狙い剣をふるい、ハダスさんは頭を掴みもぎ取って行きます。腕のケガは、部族の集落で受けた治癒の術ですっかりと治っているようです。

 ワリスさんが槌の一撃を喰らわせ、崩れ落ちた仲間を見て、見捨ててに逃げる一匹のミルミギンに向かって蒼い光が撃ち込まれます。ブブキの放った霊力の矢です。逃げようとする者を皆で撃ち漏らさないように倒していきます。クラテルさんだけは、先頭場所から離れ震えています。この人は、ドワーフの割に戦闘向きの人ではないようです。

 全てのミルミギンを打倒したことを確認して、やっと一息つけます。まともな休憩にはなりませんでした。ワリスさんがクラテルさんに文句を言っています。


「全く、技術研究員はドワーフの癖に肝が小せえ。だから、すこしは戦闘訓練も受けさせるべきなんだ」


「私達の仕事は研究して新たな技術を作り出すことです。戦うことは戦士達に任せます」


「手前の身は手前で守るの。技術職人連中は威勢がいいのになあ」


 ワリスさんはそうぼやき、クラテルさんが大事そうに抱える包みに目をやります。この人は、ゲンさんにこれを渡すために付いて来ているのでしょう。今回のメンバーで銃を扱えるのはゲンさんだけです。しかし、銃が術に対抗できるのでしょうか。



 陽も暮れ、陽が差し込まない樹海はあっという間に闇の帳が落ちてきます。昨晩は、エルフの人達から暗視の術を掛けて貰い進むことが出来ました。

 今晩もブブキさんに暗視の術を掛けて貰っています。全員分に術を掛けても平気な顔をしています。エルフにとって、この程度の術は霊力消費の内に入らないと自慢げに話しています。

 陽が完全に落ちて、本格的な夜を迎える頃ブブキから全員に中央の周辺部に近付いたことを伝えられました。


「ここから、中央部まではまだ一日以上の距離があるはずなんだ。はっきり言って正確な状況は分からないんだ。親父達が中央から離れて、五百年は経っている。その間、まともにこの辺りへ近づいた黒エルフや灰エルフはいないんだ。年配の人達の記憶も流石に曖昧になっているんだ。ここから先は、俺も役には立たないんだ」


「じゃあ、一体どうするんだ」


「本当は、アンタ達の力を借りて、時間を掛けてでも攫い部隊を一人でも捕まえる。……考えだったんだ。だけど、そう言う訳にもいかない状態だろう」


 どうやら、様々な悪い状況が重なり予定していた行動が完全に頓挫してしまったようです。多くの仲間を攫われ、霊力探知の術も掻い潜られています。


「ミミ、ミルミギンの、ああ、後を追うのは」


「駄目だぞいゴン。白エルフは亜人を悉く嫌っているぞい。使役術を掛けたミルミギンだって中央集落に入れることはないと思うぞい」


 では、あの蟻の亜人達は一体なんの役目を追っているのでしょうか。偵察か、黒エルフ達の部落の調査、そんな所でしょうか。

 突然、森の一画を見たブブキがギョっとした顔をしています。そちらに目をやると、ミルミギンの群れが眼の前に迫っています。それに気づいた、ブブキとハダスさんが騒ぎ始めます。


「な、なんで、全然気配も音と感じなかった!」


「匂イモ感ジナイ! オカシイ!」


「これは、してやられたのかも知れません。白エルフの結界は方向感覚だけでなく、こちらの嗅覚や気配探知も鈍らせたのかも……」


 こちらをあざ笑うかのような、ギギギという沢山の鳴き声が聞こえます。ミルミギンの数は、とても数え切れません。火間虫の大群を相手にした時のような感覚になります。あの時のように生理的な嫌悪感は感じられませんが。

 背中から大盾を降ろして、構えなおします。普通の人なら片手で持つものではないそうですが、私には丁度いいサイズです。武器も鋼製の大戦槌に持ち替えます。これなら、硬い甲羅でも一撃で潰すことが可能なはずです。

 戦闘が始まる直前、木々の間に隠れて蒼い光が垣間見えます。霊力の矢です。放たれてこちらに向かう矢の前に躍り出て術を防ぎます。


「攫い部隊までいるぞい! これは、潜入作戦はばれているぞい!」


「そんなこたあ、もう判っている! 突き進むしかねえ!」


 放たれた矢を合図にミルミギン達が襲い掛かってきました。盾で押しのけ、戦槌をふるい叩き潰します。木の棒を持ち襲い掛かる者より、鋭くとがった爪や、牙で噛みつこうと近付いて攻撃する者の方が厄介です。

 霊力の矢も次々と撃ちこまれます。前の方向から撃ち込まれるので、私が盾役となり、今のところは防いでいますが、白エルフが迂回を始めると厄介です。霊力の矢の撃ち出される方向を確認します。真っ暗な森の中、蒼い光が浮かび上がり目立ちます。場所を教えている様なものです。

 大楯を思いっきり突き出し、戦槌でミルミギンを薙ぎ払った一瞬の間を使い、目を閉じたまま白エルフがいるであろう方向に向けて、兜に取り付けたLEDヘッドライトのスイッチを入れます。悲鳴が聞こえて、樹の上から落ちる音が聞こえます。直ぐにライトの明かりを消します。瞬間、ミルミギンの統率が崩れます。


「何をしたんだ、ゴン!」


「ひひ、光を浴びせた! めめ、目が眩んだはずだ!」


 大戦槌を持ち直し、群れの一画に突撃を始めます。使役の術が解けたのか右往左往するミルミギンをなぎ倒しながら進んでいきます。皆、後ろから付いてきます。

 あの香油採取の時、火間虫の管理人の男は、自分だけかけた暗視の術のせいでLEDのライトの光に目をやられていました。何でもやってみた仕事の経験が、こんな形で役に立ちます。ゲンさんには感謝です。


「闇雲に進んでも、迷うだけなんだ!」


「しかし、今は進むしかありません!」


 ブブキの悲鳴に、ラティオさんが檄を飛ばしています。今は、この群れを突破することがなによりも優先されます。このままでは中央に辿りつく前に、力尽きてしまいます。


「群れが途切れた! 一気に駆け抜けろ! クラテル走れ、走れ」


「ヒ、ヒ、わ、分かっています!」


 群れの中で揉まれながらも包みを決して離さずにいるクラテルさんも立派です。使役の術が解かれてもなお、本能からか人を襲うとするミルミギン達は、隙間を埋めようと向かってきます。コロモスさんとハダスさんと共に威嚇の声を上げながら蹴散らします。

 白エルフがいた方向から、赤い光が撃ち込まれ、ミルミギンの群れの一画が燃え上がります。


「キ、火の攻撃術だぞい! これはマズイ逃げるぞい!」


 火の恐怖に足がすくみ始めたコロモスさんをハダスさんと庇いながら、強引に押して歩かせ、その場を退きつつあったブブキさん達の後を追います。ブブキが信じられないと怒りと嘆きの声を上げています。


「白エルフの奴ら、森の真ん中で火の攻撃術を使いやがった! アイツラ、森守の自覚まで無くしたのか! 樹が、生き物が死んじまう!」


 まだ、目が眩みこちらが見えないのか火の攻撃術は闇雲に打ち込まれている感じです。燃えたミルミギン達が逃げ回り、樹のあちらこちらに火が回り始めます。

 ブブキは立ち止まり、細剣を火の方向に構え、三度軽く払うと大量の水がミルミギン達に降り注ぎます。同時に、膝から崩れ落ちます。

 気を失ったブブキを担ぎあげ、再度、逃走を始めます。水を浴びせられたミルミギン達は、完全に恐慌状態です。この隙に逃げきれるでしょう。




「馬鹿が、火を消すために、広範囲に水の術を使いやがった。あれだけの術だ、例え、エルフでも、若造の霊力量じゃあギリギリだったんだろう」


「しかし、森林火災に巻き込まれる心配はなくなりました。そちらの方が、死ぬ危険性が高かったと思われます」


 ミルミギンと白エルフの襲撃を逃げ切ったものの霊力を使い切り、気を失ったブブキをワリスさんは酷評し、ラティオさんは評価します。


「困ったない。術はブブキに任せるつもりだったぞい。オイラは、ろくな術が使えんぞい。それに、完全に迷ったぞい」


 火の恐怖に、震えていたコロモスさんはどうにか立ち直り、自分の脚で歩んでいますが、情けない顔をして悲壮な声でそう告げます。ある程度開けた場所に出た所で、立ち止まり休憩を取ります。保存食を口にし、水を飲みます。水の量も心もとないです。


「みみ、水場はわかるか」


「全然わからんぞい。結界の中のせいか、方向感覚も、なにもかもがおかしい感じだぞい」


 そう言ってコロモスさんはへたり込んでいます。皆、疲れて座り込んでいます。部落に着いてからまともに寝ていません。ここに来てかなり、眠いです。こんな時に、ゲンさんがいれば心強いのですが……。


「少しだけ、仮眠を取りましょう。さすがに、きつい。交代で見張りを立てましょう」


 ラティオさんの提案に従い、交代で少しずつ眠ります。火もない、森の中は冷えてきます。本格的に寝ると死んでしまいそうです。




 ――ゲンさんが、石組みの地下の通路を歩いています。手に木の枷を嵌められ、顔が少し腫れています。前を歩く、白い服装に金髪の白い肌のエルフを胡乱な目で睨んでいます。ふと、こちらに顔を向けています。眼が会いました。この場にいないのに。


 前を歩く白エルフを無視してこちらに歩いてきます。自由な人です。見つかれば、大変なことになりますよ。しかし、白エルフは気付かずに歩いて行ってしまいます。なんとも、注意力が散漫な奴らです。私の目線は前を向きます。ゲンさんは後を追いかけて来ます。


 なんだか、もう大丈夫な様な気がします。そうすると、目線は後ろに下がり、ゲンさんの背が見えます。ゲンさんの前には、一匹の真っ白いミルミギンがゆっくりと歩いていました。




「ゴン、交代だぞい。見張りを頼むぞい」


 コロモスさんの声で目が覚めます。仮眠で済ませるつもりが、結構深く眠ってしまったようです。身体が冷えないように、皆で寄り集まり眠っていたので問題は無いようでした。

 預けたベルトの切れた時計を預かり交代します。時計の長針が一時間を回る毎に交代をしようと提案をしました。

 この世界には時計はありません。時間の概念もあまりはっきりしていません。クラテルさんは眠る前、興味深げに時計を眺めていました。

 コロモスさんは、皆の輪に交じり眠り始めます。私は輪から外れ、見張りに立ちます。少しですが眠りについたので頭の中がすっきりとしました。鳥の声や、樹の葉がかすれる音以外は何も感じません。暗視の術を掛けられていない森の闇は、先が全く見通せません。結界の中、五感が鈍っているので不安になります。

 それなのに、その姿ははっきりと見えました。森の闇の奥に、ぼんやりと白い姿が浮かび上がります。目を凝らします。白い姿、白エルフです。皆を、静かに起こします。ラティオさんが直ぐに起き上がります。


「どうしましたか、ゴンさん」


「ああ、あっちに白い姿が見える」


 指を白い姿が見える方向に向けます。ラティオさんはその方向に眼を向けて、見続けます。他の人も起き、同じように目をそちらに向けます。


「……ゴン、何かいるのか。俺には見えねえ」


 ワリスさんが、変な冗談を言っています。そう言うことを言っている場合ではありません。しかし、ラティオさんからも信じられない言葉が出てきました。


「私にも何も言見えません。一体どうしたのですか?」


 不審げに私の顔を見て首を傾げています。何故ですか、あんなにはっきりと白い姿をしている相手が見えない筈はありません。あの、白いミルミギンの姿が。ギョットして、私は再度、その白い姿を凝視します。


「しし、白いミルミギン」


 夢で見た、ゲンさんが追いかける白いミルミギンと同じです。寝ぼけていた、ブブキとコロモスが私の声を聞きおかしな顔をしています。


「白いミルミギンは存在しない筈なんだ」


「そうだぞい。白いミルミギンはもういないぞい。なんで、ゴンが知っているぞい」


 おかしなことを言い始めます。現に、あそこに白いミルミギンは存在しています。一匹だけですが、確かにいるのです。そして、背を向けて歩み始めます。逃げられます。追いかけなくては――


「ゴン、どこに行く! 勝手な行動をとるんじゃねえ!」


 ワリスさんがそう叫びますが、皆がおかしい状況では、その言葉に従うことは出来ません。荷物を手に取り、白いミルミギンを追いかけます。

 他のみんなも遅れながらも追いかけて来るのが分かります。私が、進まなければ誰も進みません。

 招くかのように、白いミルミギンは暗い闇の森の中を進んでいきます。しかし、歩いている割には走っている私との距離は縮みません。

 他の人達と距離が開きすぎても困りますので時に立ち止まります。そうすると、白いミルミギンも立ち止まりこちらに顔を向けます。闇の中、知性の無いはずの亜人である白いミルミギンと二人だけになったような感覚です。




 鳥のさえずりが聞こえ始めます。樹のスキマから朝の光が差し始めました。気が付くと、白いミルミギンの姿は見えなくなっています。立ち止まり、辺りを見回してもその姿は見えません。夢でも見ていたのでしょうか。不意に、後ろから小突かれます。振り向くと、中腰の姿で肩で息をするワリスさんがいました。


「バ、バカヤロウ。ゴン、こ、こんなところまで勝手に進みやがって。兄弟がいたら怒り狂う所だぞ」


 他の人も次々と追い付いてきます。皆、くたびれて座り込んでいます。


「な、なんでアンタは平気な顔をしているんだ。ずうと、走りぱなしなのに。やっぱり、鬼人種は体力無双なんだ」


「キーキーキー、勘弁してほしいぞい。もう、どこにいるのかもさっぱりわからんぞい。絶対に帰れないぞい」


 へたり込んだブブキと、両腕、両ひざを着いたコロモスが非難の声を上げています。他の人達も似たような状態です。

 あの程度の速度は、軽いジョギングと同じはずです。ハダスさんは、多少息を切らしている程度です。ゲンさんなら、きちんと付いて来ます。多分。

 この場所は、今迄の樹海よりも少し、樹の量がかなり減っている感じがします。日向の森に近い感じです。人の手が入ったような感じです。少し明るく、落ち着きます。

 ガサリと、背の方向から音がします。私は一人で身構えます。他の人は、気付いていますがなかなか立ち上がれません。ハダスさんだけが、低い唸り声を上げています。


 しかし、心配は杞憂に終わりました。


「なんだい、お前達がいたのか。驚いたもんだ」


「きょ、兄弟! 無事だったのか!」


 まともに、立ち上がれなかったワリスさんはゲンさんの方にヨロヨロと近づき肩を抱き、オイオイと泣き声を上げます。ゲンさんは迷惑そうな顔をしています。ゲンさんの腕には木の枷が嵌められたままです。


「男が簡単に泣くな。ラティオ、ハダス、他の連中も無事なようだ。ゴンは……、元気そうだな」


「ああ、ああ、げげ、ゲンさん」


 ゲンさんの無事な姿にホッとします。心のつかえも外れた感じです。ワリスさんを肩から剥がして、皆にこっちに来いと合図を出します。ゲンさんに近づき、木の枷を大戦槌で叩き割ります。ワリスさんが不思議そうにゲンさんに声を掛けます。


「ところで兄弟、どうやって逃げ出したんだ」


「なに、変な案内役がいたんだ。白い蟻の人間だ。牢屋から出されて、後追いかけていたら外に出た。意味が分からねえ」


 ゲンさんの言葉に、皆が静まり返ります。私が見た白いミルミギンと同じです。コロモスさんと、ブブキは顔の表情がなくなっています。


「なんだい、そんなに珍しい奴だったのかあの、白蟻人」


「珍しいなんてものじゃないぞい。白い蟻の亜人、ミルミプロはとうの昔に白エルフに滅ぼされているぞい」


「俺達の親の代の話だから詳細は分かんないんだ。ただ、絶滅したのは間違いないって親父達は言っていた。白エルフは、ミルミプロをとにかく毛嫌いしていたって言ってたんだ」


 では、私とゲンさんがみたあのミルミプロは目の錯覚? 又は幽霊とでも言いたいのでしょうか。笑えない冗談です。しかし、朝日と共に消えているのも事実です。


 ……考えたくもないことです。


「まあ、なんだっていいじゃねえか。こっち来てみろ、難題が一つ解決したようなもんだ。朝が早えからまだ、誰も出て来ねえ。白エルフの奴ら、ここには誰も来ないと思って油断したきりだ。ただ、俺が逃げたから今後は判らねえ」


 ゲンさんは来た方向に歩み、茂みに身を隠して外を見ろと指で合図します。皆が、茂みからそっと外を覗き、驚きの顔をします。

 茂みの向こうは、森を切り開いた畑が広がります。青々とした美しい葉を茂らせた高木が等間隔に植えられています。明らかに人の手が入った畑です。


「この先にある、建物から逃げてきた。臭い通路を抜けてな。毎度の事だが、どうにかして貰いてえ。そこから、地下牢に行くルートがある。多分、捕らわれた連中はそこにいるはずだ」


 ゲンさんは、はっきりと言い切ります。一体どのようなルートで逃げてきたのでしょうか。気になります。皆で話し合った結果、日中は身を隠し今晩、再度潜りこむことになりました。


 ――ガリーザさん、ソフィアさん、アンを救い出す光明が見え始めました。

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