第5話 急襲

 白エルフの『攫い部隊』は人種人族を問わずにあらゆる場所から人を攫う、白エルフの特殊部隊のようなものです。純血主義を掲げる前は、黒エルフや灰エルフに手を出すことはなかったそうですが、近年では誰彼構わずに攫い続けているそうです。

 透明化の術が必ず使える白エルフの中でも上級の術士集団で非常に厄介な存在だと教えられました。


「まあ、エルフの部落だと「霊力探知」は全員が使えるから、例え透明化していても見つからないことは滅多に無いんだ。ただ、終始気を張るわけにもいかないから、森で油断している子供や女衆が攫われてしまうことが多いんだ」


 助け出されることもあるそうですが、連れていかれてしまうこともあるそうです。確率から半々程度のようです。連れ去られた際は巧妙に行方をくらまし、深追いができないようにされてしまうそうです。


「大森林の中央部か、さらにその先に連れていかれているのは間違いないんだ。悔しいけど、親父達の親が白エルフから逃げ始めた時から今迄の間に、白エルフ達が占拠している大森林中央部はおろか周辺にさえも、まともに立ち寄れていないのが現状なんだ」


 さらに、白エルフ達は各所に結界と言うものを張って大森林を、迷いの森のようにしていると言います。

 元々、大森林に住んでいた樹人種達を白エルフ達はいつの頃からか、亜人と呼ぶようになったコロモスは語ります。黒エルフ達は、樹人種は亜人ではないと必死に白エルフ達を説得しましたが、彼らが聞く耳を持つことはなかったということです。


「樹人種の長老の話だと、大森林に入植した当初はこちらを忌み嫌う目線を送るくらいだったらしいぞい。けど、いつの頃か捕えるようになったぞい。殺された連中は、供養することもできないぞい」


 この世界でいう亜人とは「知性や知能がない二足歩行する生物の総称」になります。樹人種達は、昔から普通に言葉を話していたため亜人と認識することは、一般的に考えられないわけです。

 しかし、白エルフ達は樹人の容姿から亜人と決めつけているようです。樹人種の数は減り、襲われる危険性から単独で行動することはなく、黒エルフ等の部落で共同生活をするようになっているとのことです。


「俺達は、脚が遅いから単独で行動すると白エルフに間違いなく狩られるぞい。遠出もできないぞい。いつかは、森の外に出てお前達の国を見て見たいぞい」


 コロモスさんは胸を張り、そう話します。白エルフのせいで、長いこと森から出れなくなった彼らにとって、大森林の外、『外界』を旅するのが「夢」だそうです。できれば、早いうちにその夢がかなうといいと思いますが、その為には白エルフをどうにかしなければなりません。悲しい現実だと思います。




 更に森で一晩を過ごし、あと二日もすれば部落へたどり着くとブブキさんには説明をされます。アンの救出の時間制限は逆算で七日、約一週間程度。広い大森林を探すには時間が少なすぎます。先の事を考えると、不安で心がいっぱいになります。


「ゴン、不安なのは判るが寝ろ。寝ていないと、いざと言う時に力が出ねえ」


 ゲンさんに指摘をされ、無理をしてでも目をつむり寝ることにします。日中歩き通しだったため、心とは逆にすんなりと眠ることが出来ました。

 木々の間からわずかに陽が差す、足元の悪い樹海を進みます。鳥の鳴き声がわずかに聞こえ、風が吹けば葉が音を立てます。そんな中、私の頭に何かがぶつかります。立ち止まり周りを見渡しますが、何も見えません。木の実でも当たったのでしょうか。


「どうかしたのかい、ゴン。急に立ち止まるなんて」


「きき、きのせいだと思う……」


 急に立ち止まったため、後ろを歩いていたガリーザさんが訝しげに問いかけてきます。首を傾げて、先に進もうとしたとき再度、頭に何かがぶつかります。ぶつけられた上の方向を見て見ます。枝に、何かいるようです。


「ん、あれ、森林烏賊じゃないか」


「おお、本当だぞい。危ねえない! 石投げてくるぞい」


 数匹の烏賊が、大樹の枝に足を絡ませ、残り触手で、持った石を投げてきます。大した大きさではないので痛くもありません。弓に矢を番えたソフィアさんが、矢を放ち一匹の烏賊を仕留めます。驚いた烏賊達は、エンペラを広げて、枝から枝にムササビのように飛んで逃げて行きます。


「おい、こっちの烏賊は森に居るのか、だから森林烏賊なのか」


「烏賊は森にも当然います。ゲンの国は烏賊もいませんか」


 仕留めた烏賊を手に取り、ソフィアさんはゲンさんの言葉に首を傾げます。ガリーザさんから私達の住む世界の烏賊はどこに居ると聞かれ「海にだけ」と答えます。じゃあ、日持ちがしないねと言われました。

 森林烏賊は通常の烏賊より少し大きい程度の大きさです。話によると、深い森には比較的生息しているそうです。大量に取るためには匂いを頼りに群れを探す必要があり、嗅覚の鋭い獣人種か、猟犬で探す必要があるとのことです。

 この森林烏賊は日持ちが良く、塩に漬けてから乾燥させた後に燻製にした物が、冒険者が長旅の時に用意する保存食の一つになるそうです。保存食は今回の旅でも口にしていますが、あの塩辛いだけの固い肉がそうだったようです。

 ゲンさん曰く塩辛く、お酒が進みやすい点は変わりませんが、流石に塩が効きすぎて旨みも何もないと評していました。




 ――樹海を歩き続けた結果、予定通り二日目の夕方近くにブブキ達の部落に辿りつきます。ブブキ達はそのまま、長老宅まで案内をしてくれます。


 部落の住居は、木と草藁を使用した竪穴式の住居か、樹の太い枝と枝の間に作られた粗末な木造の小屋のいずれかとなっています。主に樹人種が竪穴式住居、エルフ達がツリーハウスに住んでいるようです。ただ、厳密に分かれているわけではないようです。竪穴式住居の入口から顔をのぞかせるエルフも見かけます。

 長老宅は、他の住宅より比較的大きい竪穴式の住居でした。ブブキ達の後に続いて中に入ります。長老とよばれる人は、灰色の肌を持つエルフでした。浅黒い肌をしているブブキ達とは違う人族と思われます。それに、長老と呼ばれるには見た目が私よりよっぽど若く見えます。


「ようこそ、外界の方々よ。ブブキ、案内役ご苦労であった。どうぞ、皆さん中で寛いで下され。獣人と鬼人の方には、少々狭いですかな。許して下され」


 老いた風の喋り方で私達に座るように勧めます。容貌と感じが違うので少し違和感を感じます。ソフィアさんが私達に、後ろからそっと教えてくれました。


「貴方方の国には、肌人種しかいないとアシオー組合長から聞いています。エルフは長命種でかつ、年を経ても見た目が変わらない人種です。あの長老も見た目よりずっと年を経ているのでしょう。きっと、この中の誰よりも」


 樹齢二百五十年のコロモスさんも部屋の中にはいます。ソフィアさんは彼よりも歳が上だと言いたいようです。とても信じられませんが、顔に出さずに促されるまま腰を落ち着けることにします。

 地面を叩いて土間としたような床の上には、蔦で編まれた敷物が敷いてあり各々適当に腰を据えます。ブブキとコロモスさんは長老の傍らで立ったまま控えています。ワリスさんは懐から、皇帝陛下のサインが記された依頼書を取り出し、長老の方へと手渡します。今回は流石に投げ渡すことはしませんでした。


「……確かに、テソロ帝のサインがある。助力に感謝する戦士達よ。ここに来るまで、野営が続き疲れているであろう。本来であれば、盛大に宴を開きたい歓迎をしたいが、昨今の状況ではそうもできぬでな。ささやかな宴になるが、お主たちの来訪を称えたい。宴の後はゆっくりと休んで下され」


「来訪の宴、感謝する。だが、兄弟の大切な娘が白人族に攫われている。我々は、その娘を救い出したい。ブブキ達の話によれば、残された日数は僅かだ。明日から早速探索に出たい」


「そうか。出来うる限りの力にはなろう。ドワーフ帝国の後ろ盾があるのならば、我々も白人族の結界を突破し、中央部より奥へも浸入する覚悟。攫われた者達を解放したい気持ちは同じでな。――お主達を引きいれた段階で、もう、後には引けぬのだ」


 悲痛な顔をした長老は、一同を見渡しそう言います。ブブキ達も真剣な顔になっています。どうやら今回の件は、黒エルフ達にとっても相当な覚悟になっているようです。




 夜も深まり、部落の中央の広場には火が焚かれ皆が集まっています。長老が杯を捧げた後、私達も配られていた杯の中身を飲み干します。


「なあ、兄弟、どうして異世界人のアンタ達がエルフと同じ酒を持っていたんだ。兄弟の住む世界にもエルフがいるのか?」


 ワリスさんが、首を傾げてゲンさんに問いかけています。杯の中身はぬるかったですが、かなり地球のビールに近い味がしました。


「いや、いねえよ。だが確かに、ホップの効いた酒だ。原料は判らねえが、王国や帝国のエールとは違った味わいだ。なかなか、美味い」


「こいつはね、果実酒の中にモサの蔓の花を乾燥させて粉にした奴を混ぜてから寝かせたんだ。そうすると、日持ちがいいんだ。苦味と独特の香りがするから好みは分かれるね。ところで、ホップってなに?」


「私は苦くて余り好きになれないね。混ぜ物をしないまま飲みたかったよ。蜂蜜酒があるみたいだから、そちらを貰うことにするよ」


 ゲンさんはブブキの言葉を聞かなかったことにして、ガリーザさんは蜂蜜酒を貰いに行きます。何気にブブキがしょぼくれています。私もビールは苦手なので、蜂蜜酒を貰うことにします。


 机の上には大きな葉のお皿に盛られた、蟲の幼虫の姿焼きや、野草と肉の炒め物、蒸かした芋、様々な果物や木の実が盛られています。中央の竈の焚火には鍋が置かれ、ぐつぐつと料理が煮えています。野草を食べない世界だとばかり思っていましたが、エルフの人達は天然の野草や果実を食べるようです。並べられた料理を見て、ソフィアさんが首を傾げています。


「おや、エルフは肉を食べないと聞いていたのですが」


「来る途中に言わなかったっけ? それは白エルフだけ。俺達黒エルフや灰エルフは普通に食うよ。まあ、食べる以上に獲ることはしないけど」


「獲ったら食う、いい心掛けじゃあねえか。食わせてもらえることに感謝だな。――いただきます」


 ゲンさんはそう言って手を合わせてから、並べられた料理を葉っぱのお皿に貰い手づかみで食べていきます。同じような考え方をしていると感じて、ブブキは嬉しそうにしています。

 灰色の肌をした可愛らしいエルフの娘さんが、煮えた鍋の中身を卵の殻の器によそい、こちらに持って来てくれます。アツアツのキノコ汁です。

 他の人にも料理を配る娘さんを見ながらゲンさんが、小声でブブキに話しかけます。


「なあ、ここは黒エルフの部落だよな。あの灰色の肌のエルフは何エルフになるんだい」


「ああ、白人族と黒人族の間に生まれた人達で灰人族って呼ばれるんだ。今いる灰エルフの人達は皆、年配の人ばかりなんだ。親父の親の代の生き残りって言ってもいい。ここは、特に古くからある部落だから灰エルフも多いんだ」


「そんな人達に飯よそわせて、お前みたいな若い衆が酒飲んでんじゃあねえよ」


 ゲンさんは呆れた顔でブブキを見ています。年老いて若い連中の世話が好きな人が多いから良いんだと、ブブキは笑っていましたが、アンタも手伝えと後ろから別の黒エルフの方に頭を引っ叩かれて、襟を掴まれたまま引きずられています。当然のことですね。

 アツアツのキノコ汁は出汁が良く出てとてもおいしいです。出された料理を食べたゲンさんは、一声唸った後に立上り席を離れます。


「ゴン、ちょっと部屋に戻る。皆に聞かれたら、直ぐに戻ると伝えてくれ」


 私に一言残し、寝るためにあてがわれた住居に向かって行きます。なにか、考え付いたことでもあったのでしょうか。料理が口に合わないということは、考えられません。器の中身は空っぽです。

 焚火から離れた所には、コロモスと仲間であろう樹人種達が寄り集まっています。エルフ達はそちらに料理を運ぶことはしません。大きめの樽が置かれていて、樹人種達はそこに杯を入れ何かを飲んでいるだけです。私は、そちらに行き何を飲んでいるのか見ます。


「おう、ゴンどうかしたない」


 近寄った私に、コロモスさんが声を掛けます。樽の中身はただの水のようです。ここでも差別があるのでしょうか。


「ささ、酒は飲まないのか。りょりょ、料理も美味い」


「ああ、樹人種は水と土があれば生きていけるぞい。といより、それしか飲み食いできん、受けつけんぞい。酒なんて飲めば。直ぐに倒れるぞい」


 私の問いかけにキキキと皆笑っています。ついでにと、コロモスさんは、樹人の仲間に私の事を紹介しています。組み倒されたと話したときには、どよめきが出て、流石は鬼人種だと言われました。実際は、肌人種なのですが、いまだにコロモスさんには信じて貰えません。

 わざわざ、焚火から離れているのも樹人種は見た目通りの樹なので火に対しては大層弱いとのことです。大概の攻撃は防ぎ、治癒能力も高いと言うことですが火の攻撃を受けると傷が治らなくなると言うことでした。よく見れば、部落のエルフ達がかわるがわるこちらに来て、樹人種の方達と話をしています。どうやら、私の下手な心配だったようです。何となくほっとします。

 焚火の鍋の方が少し騒がしくなっています。戻ったゲンさんがワリスさんと珍しく揉めているようです。どうしたのかと思い、そちらに戻って確かめに行きます。酔って喧嘩でも始めたのでしょうか。


「どど、どうした、げげ、ゲンさん」


「ああ、ゴン、ワリスに言ってくれ。これは調味料だって」


「いや、兄弟。流石にそれは信じられん。どう見たって、食いもんじゃあねえだろう」


 ゲンさんは手に鍋と味噌を持っています。私の荷物から取りだしたのでしょう。こちらの世界では味噌も醤油もあまり使っていません。地球では美味しいと言われていますが、こちらの人の味覚に合うとは限らないからと使わないようにしています。


「こっちの鍋に自分達の分だけを食うから問題はねえだろう。せっかく、キノコの良い出汁がでているのに、塩だけじゃあ物足りねえ」


「兄弟達の世界じゃあ、糞を調味料にするのか」


 糞じゃねえよと、しかめっ面でゲンさんは返します。灰エルフの娘さんに、鍋の中身をよそって貰い、味噌を溶いて入れます。味噌のいい香りがします。ゲンさんの言う通り、このキノコ鍋には味噌味が良く合いそうです。

 いつの間にか近寄っていたブブキから、ゴクリと唾を飲む音がします。どうやら、味噌の匂いに寄って来たようです。ゲンさんが、ブブキの手から杯を引ったくりキノコの味噌汁をよそい、ブブキの方に差しだします。しかし、取るのを躊躇しています。


「安心しろ、俺達の国で豆から作られた調味料だ。変な物じゃあねえ」


 ゲンさんはそう言うと、美味しそうにキノコ汁をすすり始めます。問題がないとアピールしているようです。ブブキも恐る恐るキノコ汁を口にいれ、二口目からは無言で食べ始めます。もともと、塩を入れた汁の中に味噌を入れたので、多少塩辛いのですがやはり、味噌の味は美味しく懐かしさを呼び戻します。

 キノコ汁を食べ終えて、酒で、塩辛さを流したブブキはゲンさんに向けて器を差し出します。


「とっても美味いです! 茸スープにとても合う! そっちにも入れちゃいましょう」


 ブブキは、ゲンさんの傍にあった味噌を取ろうと手を伸ばしますが、私が阻止します。貴重な味噌です。素人に入れさせるわけにはいきません。

 いつのまにか、ゲンさんは灰エルフの娘さんにも味噌仕立てのキノコ汁を試させています。娘さんも頷きながら美味しそうに食べています。どうやら、エルフの口に味噌はとても合うようです。娘さんの承諾を得て、鍋の中身と、塩味の濃さから適度な量の味噌を入れます。

 新たに味噌で味付けをした鍋から次々と中身がよそわれて行きます。どのエルフ達も美味しそうにキノコ汁を食べています。


「いやあ、すまねえ兄弟。疑っちまった。てっきり、糞を入れようとしているのかと思っちまった」


「ワリス、見た目だけで判断するのは良くねえことだ。頭じゃ味は分からねえよ」


 何でも食べるゲンさんが言うから、説得力があります。ワリスさんも味噌仕立てのキノコ汁を食べては、お酒が注がれた杯を空けていきます。ゲンさんもかなりのペースで酒の杯を空けていきます。

 結局、大きめの酒樽を二人で飲み干し、長老さんから各々に用意された新たな酒瓶を飲み続けたゲンさんとワリスさんは、その場で同時に寝てしまいました。クラテルさんがワリスさんを、私はゲンさんを担いで宛がわれた住居へと戻ります。宴は終わり、各々が眠る為に住居へと戻っていきます。

 不意に、変な気配を感じ立ち止まります。辺りには変な人物は誰もいません。黒エルフと灰エルフ、樹人種の皆さんがいるだけです。少し、酔ったせいだと思った瞬間、別の住居に向かって歩いていたガリーザさんとソフィアさんが崩れ落ちます。エルフの娘さん達も、何人か崩れ落ちています。

 担いだゲンさんを地面に落として、ガリーザさん達との距離を詰めるために駆け寄りますが、風切り音が聞こえ立ち止まります。地面には矢が刺さっています。その間に、ガリーザさんとソフィアさんは宙に浮き、遠ざかってしまいます。後を追うにも、矢が次々に放たれて危険です。

 鼻をひくつかせたハダスさんが、唸り声をあげながら暗がりにある一本の樹に駆け寄ります。次々と、矢が放たれますが右に左に躱し続けます。樹の上から蒼い光が灯り、ハダスさんに向かって放たれます。矢を交わすように躱しましたが、軌道を変えてハダスさんに直撃してしまいます。

 それでもなお、ハダスさんの動きは止まりませんが、別の方向にも蒼い光が灯ります。流石に、二回目は危険です。光が灯った方向に向けて駆け寄ります。

 光はハダスさんではなくこちらに放たれました。私も躱そうと横に飛びますがやはり、軌道を変えてこちらに向かってきます。とても躱しきりませんが、私に当たる直前蒼い光は霧消してしまいました。

 再度、蒼い光が灯ります。放たれる前に近づかなければなりませんが、まだ、距離があります。躱しても無駄だと思い、両腕で前面をブロックして駆け寄ります。しかし、次の光も直撃する前に霧消してしまいます。三回目の光が灯りますが、流石に今度は放たれる前に相手がいる樹まで近寄ることが出来ました。

 勢いのまま、樹に体当たりをします。太い樹なので倒れる心配はありませんが、盛大に揺れました。光は放たれる前に、消えてしまいます。

 再度、体当たりをするとどさりと音がして白いローブの人間が浮かび上がります。こちらを振り向くと、憎々しげに睨む異常に生白い顔が闇夜に浮かび上がります。白粉を塗りたくったような、気持ち悪いくらい不自然な白さです。

 掴もうとしますが、再度、姿を消してしまいます。その場で立ち止まり、音や気配を感じ取ろうと五感を集中させますが、相手は襲い掛かってくる気配有りません。失敗しました、逃げられたようです。

 広場には、多くの部落のエルフ達が集まっています。戸惑い、かなり険悪な雰囲気になっています。ブブキは悔しそうに地面を蹴りつけています。目を覚ましたワリスさんは、長老に詰め寄っています。


「おい、どういうことだ! 見張りを立てていなかったのか! 宴だからって油断しすぎじゃねえのか!」


 ワリスさんの言葉に、周囲のエルフ達は反発をしています。長老が、片手を水平に上げ騒ぎを鎮めます。


「すまん客人よ。見張りは立てていた。相手は、闇夜に紛れながら、霊力探知を掻い潜ってこちらに近づいたようだ。最近、他の部落が軒並み攫い部隊にやられていた。もしかすると、霊力探知を遮る術を開発したのかも知れん……」


「ほほ、他の部落が、やや、やられていたのに?」


 思わず私も非難めいた言葉を上げてしまいます。他の部族からの情報に対して何も対策を立てていなかった。そうだとすると、ワリスさんの言う通り油断と言われてもしょうがありません。


「長老、俺達はこのまま、後を追うぞ。そちらからも手を出してくれ。酔っているが、走れば醒める。なあ、兄弟。……兄弟、おい、ゴン、兄弟はどうした?」


 ワリスさんの問いかけに辺りを見渡します。ゲンさんの姿が見えません。あの人は、このような時に何も言わずに単独行動を取る人ではありません。腕を押さえた、ハダスさんが近寄ってきます。エルフの一人が傍により、術を掛け始めます。治癒術なのでしょう。


「ゲン、身体ガ浮イテ連レテイカレタ。俺ニハ、ソウ見エタ」


「馬鹿な、兄弟はそこで目が覚めねえ程、酒に弱くねえ筈だ!」


 もしかすると私が地面に落としたときに頭を打っていたのかも知れません。頑丈な人だから、ケガをすることはありませんが酔っていたのでもしかすると軽く気を失っていた可能性があります。

 私の取った迂闊な行動が、ゲンさんを危機に追いやってしまいました。珍しく苦々しげな顔をした、ラティオさんもワリスさんの救出行動に賛同をします。


「ガリーザさんと、ソフィアさんも連れていかれています。ゲンさんはともかく、女性の二人は情報を考えると、かなり不味いと思われます。当てにしていた戦力が減っていますがワリスさんの言う通り、直ぐに準備をして追いかけましょう」


 宴から一転して、急遽、救出作戦が始まってしまいました。アンに続いて、ガリーザさん、ソフィアさん、そしてゲンさんと拉致の被害が広がってしまいました。ゲンさんは完全に私の失態からです。身体は疲れていますが、泣き言を言っている場合ではありません。


 ――直ぐに追いかけなければいけません。

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