第4話 合流

 狩人組合の腕利き。アシオーさんの言葉を聞いたときに気付くべきでした。ゲンさんは狩人組合長の部屋の中で、昨日撮った写真を片手に持ったソフィアさんに捕まっています。


「コレ、私も描いてください。こんな生きている様な絵、初めてみました。その箱の仕組みも、ぜひ教えて下さい!」


「判らねえんだよ! 仕組みのことなんて、ちいとも判らねえ。写真は撮ってやるから、それで勘弁してくれ」


 ばっちりとポーズを決めるソフィアさんをインスタントカメラで写します。私もついでに、手持ちのデジタルカメラで写真を記録しておきます。ゲンさんから渡された写真に気を取られている間に撮り、さっさと懐にしまいます。気づかれると後が面倒です。写り具合は後で確認できます。デジカメの好い所です。


「ゴンのも、面白そうだね。後で何か教えてね」


 いつの間にか後ろにアシオー組合長がいました。この人も気配を感じさせない人です。私に一声かけてから、自分の席に向かい腰を掛けます。


「なあ、アシオー爺さん勢いで依頼受けたが、考えてみればあれぽっちの情報で、本当にエルフ大森林にアンが攫われたかは判らねえ。この辺りに住むエルフが攫ったのかも知れねえ」


「いや、白人族のエルフは大森林以外に住むことはないね。旅のエルフが攫ったなら、アンはとっくに死体で見つかっているね。しかし、アンはまだ小娘だ。エルフが襲うには若すぎるね。まあ、人の性癖は分からんから何とも言えないがね。

 ――それに、確証はね、ある。いや、得たと言った方が良いね。お前達が持って来たニフテリザからの手紙に書いてあった。『探し物はエルフの大森林にあり。手助けをしてやってくれ』だってね」


「テリザの占い婆がこっちの人間だったとはな。やけに当たる占いだと思ったが、術を使っていたのか」


「あいつは、探知や鑑定系の術が得意だったからね。けど、それだけで占いなんて出来るのかね……」


 ゲンさんの言葉に、アシオーさんは首を傾げますがアンの行方は大森林にあると考えて良いようです。これで、目標は決まりました。




「では、成功を祈る。だが、決して無理はするな」


「ああ、逃げる時は逃げる。だが、アンは必ず見つけて、連れ出す。見捨てねえ」


 矛盾するかのような言葉に、ノモス組合長は苦笑をします。アエラキさんにオルデンさん、アシオー組合長に、ウム婆さん、リカーさんも見送りに来てくれました。


 ワリスさんは元から別行動を取る予定で動いていたようです。商隊の人達とは、元から話がついていたようです。クラテルさんは、寝耳に水のようでしたが商隊にいなくても問題ないようなのでアッサリとこちらへの同行が決まりました。不要人物扱いを受けて少し、へこんでいたみたいです。


 今回の旅に馬車は使えません。流石に、馬車で堂々と敵陣中を進むわけにはいきません。

 しかし、必要な物は多くあります。現地調達も考えましたが、勝手がわからないのでなるべく交易都市で用意をしていきます。潜入作戦には向かねえ性格だとゲンさんは苦笑していました。


 荷物を背負い、徒歩でエルフ大森林まで向かいます。旅程は七日程度の予定です。エルフ大森林は広く、その裾野は竜の顎を抜けたところまで来ています。その付近で、皇帝陛下が手配をしてくれた伝手の方と会うことになっています。




 日向の森で一晩を過ごし、日陰の森の渓谷、竜の顎で一晩を明かします。ここは、ラティオさん達とゴブリンの群れを仕留めた場所です。


 皆が眠り始めたころ、焚火から離れたゲンさんが荷物から数珠を取り出し多くのゴブリン達を閉じ込めた洞穴の前で、屈みこんで拝んでいます。私も隣に屈みこみ、手を合せます。


「……散々殺した後に、こうするのもなんだがな。まあ、死ねばどんな生き物でもみんな同じだ。気に入らねえ奴もいるだろうが、手ぐらいは合わせても迷惑じゃあねえだろう。こいつらは、食えねえが、食わしてもらった連中には感謝もしなきゃな」


 拝み終ると、スッと立上り、さっさと焚火の元に戻ります。亜人と呼ばれ、忌み嫌われるゴブリン達も確かに生き物です。ただ、襲われて何もせずにいればこちらが殺されます。私達も最低限、身を守る必要があります。


「そろそろ、竜の顎を越えます。そこからは、日陰の森より深い樹海になります。私達は、ここでアンの探索を止め、引き返しました。これより先は、私達も未知の領域です」


「いずれにしても、皇帝陛下が用意してくれた伝手は、この先にいるはずだ。そこから先は、そいつが案内をしてくれるさ」


 慎重に歩を進めるラティオさんに、ワリスさんが答えます。皇帝陛下の用意した伝手とはどのような人なのでしょう。そのことについては、依頼書にも特に記載はありませんでした。

 日陰の森よりもさらに、木々が茂り陽もほとんど差さないような森です。樹齢を長く経た大樹が多く、私よりも背の高いシダ類が鬱蒼と生え、地面には地衣類、コケが多く茂ります。太い倒木から、新たに木々が生えている場合もあります。


「こりゃあ、全く人の手が入ってねえな。手付かずだ。原生林だな」


 周りを見渡し、ゲンさんはそう呟きます。ワリスさんは、キョロキョロと周りを見渡しています。伝手の人を探しているようです。


「ラティオ、ここはもうエルフ大森林の入口なのかい」


「いえ、この辺りは境界付近と考えられます。エルフの居住地はもっと先だと考えられます」


 伝手を探しながらも、周囲の警戒を怠りません。しかし、周りに人の気配は感じられません。と、思った矢先、大樹の裏から気配を感じます。ワリスさん以外の全員が、身構えます。ワリスさんは手を横に広げ、皆を制し抑えた声を発します。


「ドワーフ帝国、第五代皇帝テソロ=アクラーの命によりここに来た。伝手の方か、返事をしてくれ」


「……返事がねえ場合、下手な動きをした場合は直ぐにやる。警戒は続けろ」


 ゲンさんは低く小さな声で、こちらに指示を出します。相手の姿は、まだ見えません。ゲンさんは、戦槌を構えます。皇帝陛下から貰った、武器は荷物に括ったままです。道中は、ピッケル代わりにもなる前回購入した戦槌の方が便利でした。


 不意に、大樹に寄りかかるようにあった、近くの倒木が動き出します。余りに近いので、咄嗟に手が出ます。殴りつけた感触は、完全に樹でした。皆が飛び退きます。大樹の裏に隠れていたヒトも動き出しますが、私は、動き出した樹を相手に取っ組み合いをしています。


 樹の高さは私よりもかなり高く、珍しく私が見降ろされます。力もかなり強いです。ただ、この樹は力が強く抑え込んでいるだけで、後は大したことがなさそうです。横目で、皆さんの動きを追います。


 大樹の裏から飛び出した相手に向かい、ハダスさんが飛びかかりますが横にかわされます。そこを狙って、ゲンさんが戦槌の石突を突き出しますが、これも後方に飛び退き逃げられます。かなり身が軽いようです。


 相手はフードを被り、裾の無いコートの下にチェニックを着込み、太めのズボンを着用し長い革靴に裾をしまいこんでいます。色は、全身が黒ずくめで、陰に隠れるとかなり分かりづらくなります。被ったフードの奥で、白い眼が鋭く光ります。


 焦れてきた樹がこちらを押し倒そうと動き出します。押された力を利用して、一気に引き込み体重をかけた腕と共に、投げ倒します。樹は「グエ」と一声うめきます。どこが首で、どこが胴なのか分かりませんが腕を取り、袈裟固めで動きを止めます。ジタバタと暴れますが、どうにかなりそうです。


 こちらを見て慌てた黒ずくめは、こちらに向かってきます。剣を持ち、斜に構えたラティオさんが、素早く前に立ち牽制をします。躊躇した瞬間、ゲンさんが戦槌のピックを襟元に引っ掛け後ろに引き倒します。ハダスさんが相手の胸の上に跨り、喉を掴みます。術を警戒しているのでしょう。


「下手な事するんじゃねえ。一体、なんのようだい。答えな」


 ゲンさんは腰に差した短刀を抜き、顎の下に刃を当てます。ワリスさんが、割って入りフードを外し、相手の正体を見極めます。フードの下からは、浅黒い肌に、艶のある黒く長い髪をまとめた美男子の顔が見えました。


「耳人種黒人族、黒エルフだろう、あんた。ドワーフ帝国が接触した部落の一員で間違いねえよな。なんで、こんなことをする。アンタ達も結局、排他、差別主義者か。それなら、今回の話は、ねえことにさせて貰うぜ」


「い、いや、ちょっとからかったんだ。ついでに、実力を見たかったかたんだ。いやー、強いなアンタ達。もういいじゃん。手を放してよ、苦しいんだって」


「……ガリーザ、ゴンの押えている樹、術で焼いちまえ。よく燃えるだろう」


 軽い感じの黒エルフの答えに、イラついたと思われるゲンさん言葉を聞き、ガリーザさんの杖の先に火が灯ります。抑え込んでいる樹が必死に私から逃げようとしています。私も一緒に燃えてしまうので、できれば勘弁をして貰いたいですね。


「ちょ、ちょっと待って! 本当、本当なんだ! 謝るから、手を引いて! ね、手を引いてください!」


「確証が持てねえ。信じられねえ」


「ふ、懐に約定があるんだ! ド、ドワーフ帝国の署名入り!」


 ソフィアさんが、必死で叫ぶ黒エルフのコートの懐に手を入れ、紐で巻かれた革紙を取りだし、ワリスさんに手渡します。紐を解き、内容を確認し、ゲンさんの方を向き頷きます。

 どうやら、伝手の人で間違いがないようです。肩を叩かれたハダスさんが黒エルフの胸から降りたのを見て、私も樹の拘束を解きます。ゲホゲホと両者が咳き込んでいます。


「ヒデエない。鬼人種までいるなんて聞いてねえぞい、ブブキ」


「ゲホ、こっちだって聞いてないよ! コロモスがあっさり抑え込まれるなんて思いもしてないし!」


 解放された二人は、お互いの顔を見るなり、ブウブウと非難を言いあいます。黒エルフのブブキの頭に、ゲンさんの拳骨が入ります。余りの痛みに、頭を押さえて悶えています。


「冗談がな、過ぎるんだ。そっちの樹も仲間なんだな」


「ま、待て兄弟! 樹の人種なんて聞いたことがねえ!」


「……私も初めて見ます。聞いたこともありません」


 ワリスさんは驚きの声を上げ、ソフィアさんは目を細めて訝しく見ています。どうやら、二人も知らない新人種なのかも知れません。もしくは、亜人。


「ワイは樹人種じゅじんしゅだぞい。亜人じゃないぞい」


 こちらの考えを悟ったかのように、木人種のコロモスは木の洞の端を吊り上げ、非難めいた目線をこちらにむけます。私も、亜人のトロルとよく間違われます。鬼人種とかにも間違われていますが、こちらはまだ人扱いなので許せる範囲です。


「まあ、その辺は信じてやるさ」


 ゲンさんはそう言うと、自分の名前を告げ、それに続いて各自の紹介を続けます。改めて、二人も名前を告げます。黒エルフのブブキ、樹人種のコロモス。エルフ大森林の住人だと言います。


「なあ、ワリス。皇帝からの依頼は、エルフの独占技術『エルフ紙』と『エルフ布』の技術の調査だったよな。この二人に付いて行けばそれが分かるって事なのかい」


「悪いな、兄弟。そうは上手くいかねえんだ。その二つの技術は、白人族――アンを攫った白エルフのみが知っている。この二人、いや他の黒エルフ達も確実に知らねえはずだ。今回、この二人が一緒に探索を手助けする手筈なんだ」


「で、こいつらへの報酬は何なんだい」


「……俺達の報酬は、仲間の解放を手伝って貰うことのはずだよ」


 ブブキが私達にそう告げます。一体どうゆう意味なのでしょうか。暗い顔をしたブブキが説明を続けます。


「白人族の奴ら、純血主義を掲げてからおかしくなっちまったんだ。以前から仲違いはしていたけど、今はもう断絶状態。他人種を認めない、恋愛なんてもってのほか。馬鹿じゃねえかと思うんだ。最近は特にひどい。俺達の子供や女まで攫って行く始末なんだ。

 俺達は大森林の端に追い詰められているんだ。強い戦士の人数も少ないから、ドワーフ帝国に手助けを求めたんだ。本当は、俺達だけで解決したいんだけど……」


 ブブキは悔しそうに下を向き、唇を噛みます。自分達の手だけで仲間を救えない悔しさか、守れない悔しさか。それとも両方か。私にはわかりません。軽い雰囲気は、なりを潜めています。コロモスが肩を叩いて慰めています。


「ワリス、俺達だけで人数は足りるのか。出直した方がいいんじゃねえのかい」


「いや、帝国もそれ程派手に動けねえよ兄弟。出る前にも言っただろう。下手な動きをすれば白エルフとドワーフ帝国は戦争だ。その結果、王国がどう動くかもわからねえ。上に関係のねえ所で動いて、技術を盗んで、白エルフの特産を潰す。それが狙いだ」


「フン、堂々と盗む宣言が出たな。こいつらの仲間達の解放と、アンの救出はついでか。お前達はそれでいいのか」


「構わないぞい。どうせ、紙と布を作っている場所を見つけ出せば仲間を救えるぞい。そこで、強制労働をさせられている可能性が高いぞい」


 樹の洞のような口が動き、言葉が紡ぎ出されます。どうやら、白エルフ達は人を攫い労働の担い手にしているようです。

 奴隷のように扱われているのでしょうか。アンの事が心配になります。後の事は、進みながら説明すると言ってブブキが立上り、先導役を務めます。


「そうだ、二人に先に言っておく。俺もゴンも肌人種だ。今後、間違えねえようにな」


「やだー、冗談は顔だけに……すんません、すんません、許して下さい」


「キキキ、嘘はいけないぞい。こ、怖い顔しても駄目だぞい」


 ゲンさんに睨まれてもなお、二人は信じてくれませんでした。拳骨を貰ったブブギは睨まれて、怯えています。さっさと歩いて進んでください、非常に邪魔です。




 白人族の純血主義は、百年位前から始まったと言うことです。いつからか、大森林を居住の地としたエルフ達は森守を自称し始めます。このことについては、黒エルフ達も自覚があります。これより先では、森の木々や植物、動物を無暗に取らないように注意を受けました。


「俺は若いから、昔の事は知らないけど、白エルフの祖先達は大森林に移住した際に『肉を食わないこと』誓ったそうなんだ。そのくせ、穢れていると言って、前から森に住む亜人や獣を殺してまわる。

 だから大森林には、湧いて出る蟲以外の生き物はほとんどいないんだ。確かに亜人や獣は人種を襲うけど、森の一部には変わりないんだ。俺達、他のエルフは、何の理由もなく生き物を殺すことに反対し、白エルフと距離を取るようになったんだ」


「樹人種は亜人じゃないぞい。元から大森林に住んでいるぞい。白エルフ共は、俺達を亜人って呼んで、捕まえるぞい。許せんぞい」


 太い枝のような腕を振り上げて、コロモスは怒ります。大きく、固そうな体のわりには、進みにくい樹海の道をひょいひょいと器用に進みます。怒っているところ悪いのですが、珍しいので見ていてるだけでも飽きません。ソフィアさんは食い入るように行動を見ています。研究対象の様です。

 白エルフが掲げる主義主張はどんどんとエスカレートをしていきます。森を開拓する他人種を野蛮人呼ばわりし、見下し、縁を結ぶことさえも拒み始めます。この頃から、黒人族と白人族は袂を分かち始めたとのことです。そして、他人種、他人族を人と認めない『純血主義』を掲げたことに寄り完全に敵対関係となります。


「元々、俺達の人数は白エルフ共より少ないんだ。親父達は、大森林の中心から逃げて、小さい部落を作って隠れて住むようになったんだ。それでも、白エルフ達は時折、部落の人間を襲い攫って行くんだ」


 今では、多くの黒人族たちは大森林の中心部がどのようになっているかも知らない状態になっているとのことです。


「おいおい、そんなんで案内役が務まるのかい」


「だから、探索を手伝って貰うことになっているぞい。一緒に、探すんだぞい」


 先の長い話になりそうだなおいと、ため息交じりにゲンさんが声を出します。二人は、ともかく謎の多い大森林の縁の近くにある自分達の部落まで案内をしてくれることになっています。


「そうそう俺達、黒エルフは自由恋愛主義だから安心して。森の開拓についても、こちらに影響がなければそんなに気にしないから。勝手にやってて感じ。助っ人はむさいオッサンばかりだと思っていたけど、美しい人がいたから嬉しいんだ」


 ブブキはガリーザさんとソフィアさんの方を振り向き、白い歯を見せさわやかな笑みを浮かべます。ガリーザさんは冷めた目をして、一言問いかけます。


「アンタ、歳いくつだい」


「え、八十九歳。エルフの中では、かなり若い方だよ」


「オイは、二百五十歳位だぞい。まだまだ、若いぞい」


「コロモスは俺より年上か。それで若いと言うなら、樹人種は長生きなんだな」


 信じられない言葉が、ぽんぽんと続きます。見た目で年齢を判断できないコロモスさんは別として、ブブギはどう見ても二十代前半、見た目の若さはラティオさんとたいして変わりません。


「ああ、君達肌人種や獣人種は、短命種だったね。最近だと、この辺に迷い込む人種もいないから忘れていたんだ。親父達の中には、大恋愛の末に一緒になった、他人種に先立たれたことを、引きずっている人もいるくらいだからね」


 だけど、好きな人と添い遂げたんだから幸せだよねとブブキは笑います。なんとなく軽い感じは抜けません。しかし、次の話を始める時、ブブキは暗い顔をします。


「それにね、白人族と袂を分かれて始めて気づいたことがあるんだ。親父達の話によるとあいつら、普段、絶対に夜の営みをしないらしい。隠れてしているんだろうって親父達は思っていたらしいんだ。だけどね、違った。

 あいつらはどうやら新月の夜にしか、性行為をしないらしいんだ。だけど、大森林の外でならその規律から外れる。男は特に欲望を発散させるために、わざわざ旅に出て買春をするらしいんだ」


 しかし、差別主義者ゆえの傲慢さから、幾ら顔が美しくとも、娼婦からも相手にされず、手頃な女性を連れ去り襲うことが多くなるそうです。最低な連中です。ブブキの話は続きます。


「それに、女王の死んだ次の新月の夜迄は特に女を対象とした人攫いが、多く発生するみたいなんだ。親父達は、攫った女を新しい女王就任の為、生贄にしているんじゃないかって言うんだ」


「……見たわけじゃあ、ねえんだろう」


「そうだね。誰も、白人族が殺しているところを見たことはないんだ。けどね、女王が死んだ新月の夜の後には、多くの腹を裂かれた他人種の女が捨てられているらしいんだ」


 ブブキの話に目の前が暗くなります。もしかすると、アンもその対象なのでしょうか。早く救い出す必要があります。


「焦るな、ゴン。アンが生贄になると決まったわけじゃあねえ」


「なんだい、身内の女が攫われているのかない。それはまずいぞい。ここ最近『攫い部隊』がやたらと暗躍しているぞい。風の噂だと、女王が死んだみたいだぞい。次の新月の夜、多分、十日後位には新女王の戴冠が執り行われる可能性があるぞい」


 コロモスの言葉に、息が詰まります。ゲンさんの顔も険しくなります。どうやら、時間は余りないようです。しかし、まだ、エルフの大森林までの道程は長く続きます。


 ――焦ってはいけません。それでも、気持ちは焦ります。アン、無事でいて下さい。

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