第12話 エピローグ
「ゲ、ゲン! 起きな、大変だよ!」
「うるせえなあ、今、起きるから待っていろ」
いつかのように部屋の外から、ドンドンと女将が戸を叩く。陽はまだ上がり切っていないので外は暗い。ゴンは、目をしぱしぱさせている。放っておこう。又、先日ののような自体であれば、今度こそ相手を殴って、帝国からおさらばしよう。
ほら、ほらと女将に背を押されて階段を降りる。この慌て用を考えると、皇帝の使いが来たのかも知れねえ。あれから数日たつが、今の所、宿には誰も来てはいねえ。
女将にはそれとなく、お偉いさんの使いが来るぞと伝えてはおいたはずだ。何をそんなに慌てる必要がある。
クラテルのやったことに触発を受けたのか、皇帝の言葉が重いのかは知らねえが、ドワーフの研究者、技術者たちは目の色を変えて、打ち上げ花火の研究と製作に取り掛かった。こういう連中が本気を出すとすげえもんだ。硫黄の採掘、木炭の加工、上塩硝の生産を、設備を整えつつ一気に取り掛かる。
かくいう俺も騒動に巻き込まれているから、周りを囲まれて、矢継ぎ早の質問に怒鳴り返してウンザリしていた。こいつはあれだ、ソフィアよりも性質が悪い。
上塩硝は、作るのに時間が掛かると思ったが、熱してから冷やすと再結晶化することに気付き、術士が寄って集って出来た溶液を冷やして人工的に再結晶化を早めた。煮詰め作業も、乾燥作業もひっきりなしにやっている。必要な量はある程度確保ができた。
フルイにかけた銅粉、銀粉を、乳鉢を用いて粉砕し、幾つかの配合品を作り、色、音、光を確かめていく。金属粉の種類が少ないので残念なことに、色はある程度限られてくる。今後の課題だ。しかし、必要な量の和剤が出来上がっていく。
普通は手間と根気のいる星掛け作業も、ドワーフの体力を持ってすればお手の物だ。男女共に休むことなく、糊と水を加えた和剤と芯となる植物の種を入れたタライを一定の間隔で動かし続け、綺麗な星を作っていく。出来た星は乾燥作業に掛けられ、何回も同じ作業を繰り返することで、星を太らせていく。日本の一流職人に引けを取らない均一な出来上がりに、俺自身、目を見張る者があった。
爆薬の一種となる、割薬作りはクラテルが中心となって、配合の研究と製作を進めている。話を聞く限り、形にはなって来たという。一人でやるよりもやはり、何人かで進めた方が何事も進み速い。
作業が終われば、宿の食堂で酒を酌み交わして交流を深める。昨日も結局、女将に追い出されるまで飲みに飲んでいた。お代は、全部、国持ち。税金の無駄遣いなんて言われるかもしれねえが、飲んじまえばこっちのものだ。
このままいけば、あと数日のうちに向かえる雪虫の祭には、打ち上げ花火を公開することが出来るだろう。術と、技術者と、研究者、そしてクラテルが意地で開発した火薬のおかげ。少しは役に立ったと思いたい。
そんな日々を過ごしていたせいで、半ば皇帝との約束は忘れていた。こんなに朝早く来るとは思ってもいねえ。まあ、こんな時間じゃねえと、技術者連中に連れ回される俺自身がここに居ることはないだろう。
食堂には、俺より頭一つ分小さい、豪奢なドレスを着て、お付きの戦士を二人連れた女が椅子に座っていた。
女将が飲むために入れたコーヒーの杯を持ち香りを楽しんでいる。美しい金髪の長髪、碧色の眼、堀が深く彫刻のような美しさの容姿、白磁のような肌に、筋肉質だが素晴らしい体格、そして、胸まで伸びた長い金色の髭。
「ゲン、皇帝陛下の長女で王位第三位継承権を持つ、テソロ=ピーコ様だよ。……私達は『美髯姫』様って、呼ぶよ。ああ、なんてお美しいお髭」
うっとりと姫様を見つめる女将は小声で最後の方を俺に教える。残念なことに、ドワーフの美的感覚については、少し付いて行けねえところがある。
「待っておったぞ。ゲン殿。苦しゅうない、ちこう寄れ」
こんな喋り方をする、人間の近くに寄りたくはないが。揉めたくもないので、仕方なく近づく。あと一歩といったところで、椅子を跳ね飛ばしてこちらに鋭い突きを放ってくる。余りの鋭さに、横っ飛びで身をかわす形になるが、臨戦態勢で相手に向き直り、身構える。
「……どうゆうつもりだ」
やはり、俺が知る火薬の知識に危惧を持ったのか、それとも、カメラの存在が惜しくなったのか。思い当たる節は幾つかある。
しかし、女は嬉しそうな笑みを浮かべてこちらに近寄って来る。今度は、敵意を全く感じられねえ。拍子抜けした俺の身体をペタペタと触っている。
「済まぬな。少し試させて貰ったぞよ。ふむ、やはり強き男じゃ。それでこそ、わらわの夫として相応しい」
意味不明な言葉を口から出している。偉い人間の、言葉は分かりづれえ。意味が分からねえ。姫様の熱い目線を受けて背筋に寒気を感じる。一歩、二歩と後ずさる。ねえはずの壁に当たる。振りむくと、ゴンが立っていた。
「おお、お早う、皆さん。ああ、朝が早い」
俺が脇にどいた刹那に、またもや姫が突きを繰り出す。俺に向けた時より威力が強く、しかも鋭く速い。ゴンは左の掌で突きを横に受け流し、そのまま腕を取ろうとするが、姫はバックステップで交わす。ゴンの目付きが一瞬、本気になっていた。
「研究発表の際に、上から見ておったが、お主、本当に肌人種か? 以前におうた鬼人の戦士より、よほど強いぞよ」
褒めているか微妙な発言だが、姫様が驚いているのは変わりがねえ。お付きの戦士は、姫様のやんちゃぶりに慌てている。これの、お供は大変だろう。
姫様の要件は、やっぱり写真だった。始めの不穏な発言は聞かなかったことにしてえ。雪虫の祭の時に、城に来いという。祭りの見ものとなる「雪虫の舞」は、城の前庭で行われると言う。
「父上は楽しみにしておる。わらわも楽しみじゃ。将来の夫を直ぐに紹介できる」
別れ際、姫様はやはり意味の分からないことを言って去って行った。どうする、限りなく行きたくなくなった。このまま、逃げてえ。
「げげ、ゲンさん、いい、いつもモテモテ」
「……譲るぜ、ゴン」
ハハハと、作ったように笑いながら、もう一寝入りするのかゴンは部屋へと戻る。俺は、女将にコーヒーを入れて貰おう。疲れた心を休めてえ。心なしか、こちらを見る女将の目線がニヤニヤしている感じがする。気にしてはいけねえ。
少し危惧していた紙は存在していた。少し厚手の和紙の様だ。十分に使えるだろう。高価な品らしいが、気にしては入られねえ。花火のおおよその構造を書いて、技術者組合の連中に渡す。嫌な連中かとも思ったが、流石は技術者だけあって見せた図を理解すると試行錯誤で形を作っていく。見ている限りでは問題はなさそうだ。
そんな中でも、嫌味でお堅いドワーフとクラテルの間に入った溝は修復がされる見込みはない。人間、簡単に、自分の感情を押し殺して仲良くできるわけではねえから仕方があるまい。ただ、一度だけ俺に話しかけてきたことがある。
「私の何が悪かったのでしょうか。出来もしないことを無理して研究する必要性はないのではありませんか」
「まあ、普通の人間はそう考えるだろうよ。だけど、アンタ達は技術者、研究者の類なんだろう。それにドワーフ帝国は「技術」の高さを誇っているわけだ。それなのに、出来ねえ、出来ねえと騒ぎ立てると言うのは、どういう意味なのかよく考えてみるこった」
俺の言葉を聞き、何かを言いたげだったが堪えて明後日の方向に歩み出す。ドワーフは長生きだ。あとは、ゆっくり自分で考えてみて貰いてえ。
俺に対して差別的な発言をしたのは、一時の感情からか、根っこの所でそう考えているのかは分からねえが、こうして意見を求めてくるって言うことは、根が深い問題ではねえのだろう。年長者が諭すように言っているが、クラテルとあいつは70歳だという。俺よりかなり年上だ。
昼過ぎ城の郊外で、試し撃ちを行う。三号玉程度の大きさの玉をつかう。本番では五号玉サイズの物を使う予定だ。流石に尺玉作るのは、おっかねえ。どちらかと言うと発射薬と割薬の試験を兼ねているので、合図玉のように音と煙だけがでるだけだ。
玉を筒の中に入れて離れてから、術士が念じて発射薬に火を付ける。術と言うのはやっぱり便利だ。危険性が少しでも減る。音とともに、玉が打ちあがる。ボンと言う音とともに空に煙が上がる。発射薬も割薬も問題はなさそうだ。隣にいたクラテルが眉をひそめている。
「思ったより、綺麗な物ではありませんね」
「そりゃそうだ。今日は実験のために、音と煙だけだ。まあ、合図に使うような玉だから見ても面白味はねえよ」
はあ、気のねえ返事をしたクラテルは、心配そうに空を見上げている。バンバンと肩を叩いてやる。強く叩きすぎたのか、少し咽ている。ドワーフの癖に柔だ。
「大丈夫。本番では、夜空に綺麗に花を咲かせるさ。お前さんみたいにな」
ガハハと笑い、励ましてやる。しかし、まだ、何か不満げな顔をしている。
「……ゲンさんのおかげで、発表は成功しました。出来上がった結果はともかく、爆発粉塵も玉吹筒も日の目を見ることが出来ました。しかし、私一人では何もできなかった。果たして、私の成果と言ってよいのでしょうか。これは、ゲンさんの知識をただ使っただけではないでしょうか」
「まあ、今回は偶々俺に行き会った結果が良かったから成果が出たと言わざるしかねえだろう。だが、そこに行きつくまではクラテルが一人で研究した結果だ。
もし、始めてお前の家に行ったときに、何も手が付いていない状態で手伝ってくれと言われても、どうにもできねえよ。研究の時間が短縮された。そう考えればいい」
「そんなものでしょうか」
「そんなもんさ。それに、一人でくよくよ悩むな。人に頼り過ぎるのも、問題だが、お前はもう少し人の力に頼れ。そうすれば、あそこまで追い込まれることもなかっただろうよ。
あと、家の中で一人グズグズ考えているだけじゃあなく、外に出て色々と見て見ろ。お前は事務的な研究は得意なようだが、外にあるものを見る目がねえ。
ついでに言うと、発表が下手クソすぎだ。研究するだけが研究者じゃねえ。自分の考え方を売りこんで、資金稼いで、物に出来なけりゃあ、一端にはなれねえよ」
矢継ぎ早におれにダメ出しを言われて、クラテルは完全に肩を落としてしょぼくれる。再度、バンバンと肩を叩いてやる。まだまだ、先があるんだ。頑張れ、頑張れ。俺より年は上だがな。
前夜祭の当日、俺は酒瓶とつまみ、杯を入れた袋を片手に、城の郊外に出る。打ち上げ花火の様子を見るためだ。無事に終わったらクラテルと共に飲もうと思っている。ゴンと一緒に歩いている俺の姿を見た、ワリスが一緒について来た。多分、酒の匂いに鼻が利いたのだろう。
試し撃ちの時と同じように段取りは整っている。しかし、皆緊張をしている。皇帝陛下直々のお達しだ。失敗は許されねえと思っているのだろう。こんな時、余所者の俺は少し気楽だ。
玉の大きさにあった筒に、花火玉がセットされる。方角から行くと、城の方からよく見える位置に配置はされている。昼の試し撃ちの時に確認済みだ。
城の前の広場では、皇帝自ら祭りの開催宣言が行われるらしい。そっちも華やかだと言うが、俺にはこっちの方が大事だ。
城の方角から狼煙が上がる。皇帝の開催宣言が終わる合図だ。術士が念じて、着火の術を行うと、勢いよく花火が打ちあがる。
打ちあがった花火は、空気の冷たい夜空にパっと咲いて、一瞬で儚く散る。次々と打ち上げられていき予定数量分、見事に打ち切った。咲いて散るのが花。まさしく、体現した花火だった。
美しさに言葉を詰まらせていた者、音にたまげていた者、誰もが花火の成功に喜びの声と喝采を上げている。俺の傍に控えていた、クラテルとワリスも同じだ。二人に杯を渡し、酒を注いでやる。バーボンのレアもの。ゴンの分を注ぐと、代わりにゴンが俺の杯に注ぐ。
「無事、成功だ。おめでとさん。これは俺のおごり。飲んでくれ。乾杯!」
乾杯の習慣があるかは知らねえ。いつも、食堂では各々勝手に飲み始めていた。俺は勝手に各自の杯に軽く自分の杯をぶつけて、ゆっくりと飲み干す。熱い線が喉から胃の底に降りていく。冷たい空気が体に心地よくなってくる。
ワリスは、再び飲めたその美味さに酔いしれ、初めて飲むクラテルはたまげている。
「な、なんですかこのお酒! すごく美味しいじゃあないですか!」
「俺の国の酒。この酒は、トウモロコシと麦を発酵させて、蒸留した後に木樽で数年寝かして作る」
「トウモロコシ?」
「黄色っぽい粒がいっぱいついた穀物だ。美味い酒作るなら、美味い水もいる。次の研究は、酒の研究をして美味い奴を飲ませてくれ」
黄色い粒がいっぱいついた穀物と聞いたクラテルは「えっ」とした顔をしている。心当たりがありそうだ。そのうち、良い酒飲ませてくれるかな。楽しみだ。
その場での祝杯は一杯だけにして、後は宿に戻って、四人と女将で飲み干した。もったいねえが、あっという間だった。ちなみに、女将が花火は綺麗だったと言ってくれた。しかし、なんとなく花より団子に酒となっちまった気がしてならねえ。
翌朝、ゴンを共に連れて荷物を背負いこみ皇帝陛下の元に参上する。俺とゴンは顔見せだけで工場区画を抜けて、城の方に向かう。広場の段々を昇り、でかい柱の列の間を抜けて、洞穴の様な回廊を進む。岩をくりぬいたような回廊は暗く、要所に篝火が焚かれている。
通路の奥に光が見える。光の先は、綺麗に選定された木々と、中央に湖。洞穴の上は抜けて、青い空が見えている。抜けた壁には蔦が這っている。湖の回りにふよふよと白い光が沢山、浮いている。
湖の道沿いを歩いていた俺に気付いた衛兵の一人が声を掛けてきて、奥に案内をしてくれる。一般人は、これより先に入れないようだ。俺達が出てきた湖の反対側にある神殿の入口を通り、更に中へと案内をされる。湖を望める石造りの回廊を抜けると、皇帝一家がそこにいた。荷物を降ろし、一礼をする。
「良い。では早速、一枚描いてくれ」
「ハッ」
それらしい返事をして、カメラを取りだす。皇帝に渡された時、印画紙は切れていた。代わりの箱をセットしてある。ジョージが用意してくれた予備があって良かった。
インスタントカメラは自動制御式のはずだが、暗いところでフラッシュを焚かずに撮ったか、いきなりシャッターを押しまくったかどちらかの原因で手振れが出たのだろう。
この場所は明るい。フラッシュは必要ねえ。写真好きの日本人の一人として、カメラの最低限の知識は持っているつもりだ。最新式は良く分からねえが。
「もう少し、両側の人は寄ってくれ。そう、それでいい。じゃあ撮るから、動かないでくれ。……ハイ、チーズ」
いつもの癖で、掛けた言葉の後にカシャリと音がして、ジジジと印画紙が出てくる。少し待てば、先程撮った画がきちんと出てきた。故障していたわけではねえようだ。安心した。
「おお、見事だ! あの時見たように生きた姿を切り抜いたような画だ! あと、四枚描いてくれ! 家族全員に持たせたいのだ」
皇帝も、家族の元では父親だ。承ろう。同じ場所に戻って貰い、四回シャッターを切る。フィンダー越しの姫の視線が熱いのは気のせいだ。寒いのに脂汗と冷や汗が止まらねえ。
写真を撮り終った時に、何故かワリスと見知らぬ年配のドワーフが顔を出した。ワリスに顔立ちが似ている。ワリスと、爺様は片膝を付き、頭を下げて皇帝陛下に挨拶を始める。
「どうした、爺、こんな時間に倅を共に連れてくるとは何かあったのか」
俺も、何かあったのかと言う視線をワリスに向けるが目を逸らされた。……こいつ、又、何かをしでかしたな。
「ハイ、皇帝陛下。実は昨日の晩遅くに酔っぱらったこの馬鹿倅が、とても美味い酒を飲んだ、これからクラテルと美味い酒を研究すると嬉しそうに叫んでいました。その酒、何処で飲んだと今朝がた、きつく問い詰めると――どうやら、そこのゲン殿がお持ちらしい」
ワリス、口が軽いにもほどがある。それとも、それほど親父が恐いのか。何かを聞こうとする皇帝より先に俺は口を開く。
「もうねえよ。空っぽだ。残念ながら、すっからかん。諦めて……」
「ここ、これです。ババ、バーボン十三年物」
ゴンは俺の荷物から勝手に最後の一本を取りだして、皇帝に向かって差し出している。
「ゴ、ゴン! 血迷ったか、裏切るとは何事だ!」
「どど、どうせばれる。しし、審議判定の術」
皇帝の後ろに控えた、多分、王子の一人がニヤリと笑う。眼の色が先ほどと違う。ああ、これでは、ばれる。最後の至宝が、皇帝の手に渡される。バーボンの瓶を渡されて、皇帝はしげしげと瓶を眺める。
「美しいな。この透明な入れ物も、中の琥珀色をした酒も。愚かなエルフが誇る琥珀よりもよほど美しい、我の杯をここに持て」
控えていた使用人が、直ぐに銀杯を持ってくる。皇帝の分だけ。バーボンを、杯に並々と注ぐ。ああ、もったいない。ストレートであれを一気に飲み干すのか。
「……酒精が強いから、咽ないように気を付けてくれ」
「ウム。では、馳走になろう」
皇帝の癖をして毒見も入れずに、いそいそと杯に口を付ける。酒に強いのか、味わいつつ、ゆっくりとしながらも酒を喉に流し込んでいく。十三年物美味いのだろうな。
目を閉じ、余韻を楽しんだ皇帝は爺様とワリスへ静かに語り掛ける。
「この研究、国の大事と考える。皇帝家よりも資金を出そう。必要な物は、技術者組合に申し出よ。速やかに研究に移れ」
「ハ、承りました。プロクリス商会の総力を挙げて、クラテル研究員と共にその酒の実現に力を入れましょう。では、皇帝陛下時間が惜しいので失礼いたします」
ワリスを伴い爺様はいそいそと、場を後にする。商売に強い奴は、やっぱり、はしっけえ。狙いどころを良く分かっていやがる。プロクリス商会は、もっとでかくなるな。まあ、いい縁が出来たと喜ぶことにしよう。
「ゲンとゴンよ。お主ら二人に褒美を取らす。あれを持て」
用意されていたのか、幾人かの従者が褒美をのせた盆を持ちしずしずと奥から現れる。渡される前に、ゴンが一言申し出る。
「わわ、私は、なな、何もしていない。じじ、辞去したい」
「ならん。お主らは二人で共に旅をしている仲間なのだろう。爺からそう聞いている。それに、お主は最後にあの酒を献上した。あれは、千金に値する」
そう言われて困った顔をしたゴンだが、俺が脇を肘でつつき黙らせる。こいつが貰わねえのなら、俺も貰わねえ。いつも、無理、無茶に付き合わせているのは俺だもの。
まずは、銀製の首飾りを渡される。シンプルな作りで軽い。輝きが美しい。高そうだ。
「これは、術を防ぐ効果を持つ法具だ。お主らは、霊力が無い。術を防ぐ手立てが必要であろう」
良く分からねえが、大層な物の様だ。ありがたく貰っておく。次は、金貨の入った袋。百枚はある。こっちの世界じゃあ、金持ちだな。話によると、銃を作るためのツケも、全て支払ったと言う。口止め料もあるのかも知れねえ。
「残りは、後日になるが武具と兜に、盾を用意した。鍛冶屋に作らせている」
「……そんなに貰ってもいいのかい」
「お主らのおかげで、色々と滞っていた技術開発、研究の流れを止めていた厄介な堰が切れた。帝国は更なる発展をする。それに、我々ドワーフは他人種を排他的に扱うような狭い度量ではない。案ずる必要はない」
「そして、ゲンには最後の褒美として、わらわを……」
「我々は、急ぎの様があるのでこれにて失礼!」
頭の煮えた姫様の言を遮り、場を急ぎ後にする。走らないように、急ぎ足でだ。急げ、急げ! しかし、姫様もツカツカと後を追ってくる。はしたなく思われるから止せ!
回廊から臨む湖の回りに浮かぶ白い光が増えている。あれは一体何だ。
「あれが、雪虫ぞゲン。ドワーフ帝国の湖に住む、光虫。春が訪れる前に白く光り求愛行動を取る。今の妾のように……」
聞こえねえ。聞こえねえ。さらに、速度を上げる。神殿の入口に辿りつき外に出ると一面真っ白だ。ゴンと共に立ち尽くす。本当に、雪が舞い散るようだ。
「すす、凄い」
思わずゴンが呟く。俺はあまりの珍しい光景にカメラを構えて、写真を撮ろうとする。もう少し、落ち着いた方が綺麗なのかも知れねえ。姫様の事も忘れて、シャッターを切る瞬間を待つ。徐々に、雪虫の舞が納まって行く。目の前に、娘を連れたドワーフが一人いる。ここには、一般人は入れねえ筈だ。城の関係者か。
「ワシの写真を撮るのか。ゲン。けったいなことを考えるなお前は」
俺の前に立っていたのは、防寒着を着込み、長靴をはいたジョージの親父。隣の娘は知らねえ。
また、戻されちまった。カメラを降ろし、ふと、今回は助かったのかも知れねえとも思う。
「なんだ、撮らねえのか」
辺り一面は真っ白の雪が積もったまま。俺達が、向こうに行った時間から幾らも経っていねえのだろう。始めと違って誤差がねえな。
「爺さん、こんな雪積った日にどうしたんだい」
「なに、ジョージの作った掘っ立て小屋と納屋が心配で見に来た。……ありゃあ、納屋は見事にひしゃげたなって、扉やったのはゴンおめえか。流石に、ああにはなるめえ」
「その娘どうした。どこで攫った。歳を考えろ、捕まるぞ」
「馬鹿こくな! これは儂の娘で、弟子だ!」
ジョージは結婚していねえ。冗談で聞いたつもりだが、ますます怪しい。思わず訝しげな視線を爺様に送る。
「あー、勘違いするな。この娘は、親を亡くして儂の夫婦が引き取ったのよ。婆さんも承知の上だ。ジョージの馬鹿に、隠し子作って育てる、甲斐性はねえよ」
俺と、ゴンの脇を通り過ぎる爺さんと娘は首元にぶら下がるシンプルな意匠の銀の首飾りにチラリと視線を送って来る。似合わねえからな、目立つのだろう。胸元に隠す必要があるな。
ゴンに預けた金貨はかなり重い。金なら、こっちでも売れる。小銭を稼ぐのに少し売りさばくか。爺様が、納屋壊して建てなおすから少し手伝えと言ってくる。帰って早々忙しいことだ。背負った荷物を小屋に降ろして、手伝うとするか。
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