第11話 研究の発表
「悪いな、ラティオ。後は頼んだ」
「ええ、分かりました。無事に帰りますので、発表とやらの準備に専念をして下さい」
餞別代りに銀貨十枚が入った袋を渡そうとしたが、やんわりと断られた。滞在期間中の行動は、基本自由なのが当たり前であり、依頼分は十分に貰っていると言う。アエラキ達の護衛料金と言うと、それは甘やかし過ぎだと逆に怒られた。
「今後も、手が空いていればアエラキさん達には討伐や狩りの手伝いをして依頼するつもりです。今回も、正式に二人に依頼してあります。ゲンさんが、その料金まで気にする必要はありません」
二人は帝国にいる間も率先して、獲物の解体、荷物運びをしたと言う。力が無いので、持てる荷物はたかが知れるが、手先が器用で小回りが効くため、俺の教えたくくり罠を作ったりして狩りの役に立つと言う。年齢の若い者は、経験をさせていけば成長が早い。
「わかったよ。餞別は控える。ただ、こいつは渡してえ……アエラキ、オルデン! こっちに来い」
ハダスの元で荷物整理を付き合うアエラキとオルデンを呼ぶ。ゴンが持っていた袋の中から、二人への贈り物を取り出し渡す。
ワリスから紹介された鍛冶屋に作って貰った、狩猟用のナイフに、浴場で身体を洗いながら大きさを測ってから買った革製の胸当て等の防具一式。厚手の布製の服。
「防具は、ゴンが大きめの方が良いと言うからサイズは後で調整してくれ。服もちょっと大きいだろうが、二人共まだ、身体が大きくなるだろうから大丈夫だと思う。ナイフは鉄鋼製の狩猟用だ。大事に使えば長く使える。よく手入れをして、無くさないこと。道具はいざと言う時に使えねえと意味がねえからな」
二人は、普段着の様な格好で手伝いに向かうから、衣服がボロになりつつある。繕って継ぎ接ぎだらけだ。ハダスが言うには、獣人種は大体身体の皮が厚いから、それほど衣服や防具に気を使わないらしい。ただ、ケガをしては意味がねえだろうから身に着けられる物は、身に着けさせてやりてえ。
二人共その場で、厚手の布製の服を着込む。ちょっとぶかぶかしているようだが、問題はなさそうだ。ズボンの裾を底の無い革靴の中に突っ込めば転ぶ心配もないだろう。今度、日本へ戻った時には、丈夫なゴム長靴でも買っておいてやろう。
二人共、俯いてこちらを見ない。何か拙い物があったのだろうか。内緒にことを進めたのが、裏目に出たか。声を掛けようとしたとき、二人が俺のズボンの裾を掴む。
「か、必ず戻るんだよう。ゲンさん、ゴンさん。こっちに居ついちゃあ嫌だよう」
「これで最後じゃあイヤに! もっと、色々と教えてほしいに!」
目を潤ませた顔を向けて、俺とゴンを説得するかのように話してくる。湿っぽいのは苦手だ。ゴンの奴は、目が潤み始めている。俺は屈んで、二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「心配するな。必ず王国に戻る。少し待っていろ。戻ったら、又、色々と教えてやる」
二人によく言い聞かせる。「約束だ」といって、俺の国の儀式の一つと言って、指切りを交わす。意味は良く分からねえだろうが、何とか納得してくれたようだ。
辺りを見回せば、準備が整った連中が幌馬車の中に乗っていく。今回は、八頭立てのような大型の馬車はなく、その分、四頭立てや二頭立ての馬車が多い。交易都市や王国に帰還する商隊が複数にまとまっているため人の数も多い。
「ドワーフに比べて、力の弱い肌人種は『数』で対抗する必要があります。お二人のような、肌人種は滅多にいないのです」
「……じゃあ、なおさら気を付けてくれ」
「そうさ、アタシのようなか弱い乙女は、悪い奴から狙われやすいからね」
幌の中で、軽く科を作ったガリーザを見て、珍しくゴンが吹き出す。それを見て、俺も、ラティオ達も皆笑いだした。顔を真っ赤にしたガリーザが、杖でゴンを叩いている。結構本気に叩いているのか、痛い痛いとゴンは言うが、蚊に刺されたようなものだろう。
馬に牽かれて行く馬車を見送る。アエラキ達がぶんぶんと手を振っている。俺とゴンも、手を振り返す。
――さて、これからクラテルの所に戻って作業に取り掛かるとしよう。発表迄の日には近いが、やることはまだまだある。時間は幾らあっても足りやしねえ。
「見送りは済みましたか」
「ああ、つつがなくな。さあ、残りの作業に取り掛かるか」
工場区画の門で待ち合わせをしたクラテルは一緒に戻れなくしたことを気にかけ、申し訳なさそうな感じだ。気にするなというように、クラテルの肩を叩き工場区へと戻る。
クラテルの眼の下にはうっすらと隈が出来ている。余り寝ていないのだろう。火薬を取り扱う以上、最低限の睡眠はとれと言ってある。危なっかしい手元で作業をされては命に関わるからだ。
「クラテル、焦る気持ちも分かるが体調だけは整えろ。無理をして、失敗をすれば何も意味がねえ」
「……ええ、分かっています。分かっていますが……」
色々と心配なのだろう。ここで、唸っても意気を挫くだけだ。出来ねえところは、こっちで手助けをしてやるしかねえな。
女将に作って貰った、薄焼きパンに、薄く切った塩漬けオークの肉を炙った物と玉ねぎの酢漬けに葉物野菜を挟んだサンドイッチもどきとコーヒで朝飯を済ませる。
こんな時でも、手早くきちんと食べればやる気も出るだろう。最近は俺が貰う分以外の分も作ってあるようだ。
あの女将は意外に、はしっけえ。
火薬の配合、割合の研究はクラテルに任せてある。一番気に病むところなのだが、そこまで口出しをしてしまうと、クラテル自身が何をしたのか判らなくなってしまいそうなので我慢をしている。
上塩硝の乾燥は、ワリスに頼むと直ぐに手配してくれた。術と言うのは非常に便利だ。乾燥をさせる設備の代わりを幾らでもしてくれる。天日に干すのを待っていれば、とても発表の日程には間に合わねえと思った工程を、風の術と、火の術の併用で直ぐに乾かしてくれた。
火の術で直接炙らねえようには言うと、上手い事、離れた位置から術を使う。この手の仕事は、普段から色々な研究者や技術者から依頼があるのでお手の物だと笑っていた。
「不老薬を七割、木炭粉末を二割、黄臭石を一割、この配合が爆発粉塵を使うこの道具には一番適していると考えます」
小さい筒だけのモデルを作り、火薬を入れ、離れた所から着火の術で実験を重ねた結果行き着いた割合だ。大体あっている。実際には、もう少し細かい数字が必要だ。発表までの、あと数日で細かい詰めまでやらせてみよう。
「もう少し、細かく割合を考えてみろ。それと、粉塵自体の粒状の具合、筒に込める火薬の量についても色々と考えてくれ。量の具合では、使い手が吹っ飛ぶかもしれねえ。危険性、使いやすさや、使い勝手が違ってくる」
「分かりました。今回の結果をまとめてから、又、爆発粉塵の作成や分量の研究に掛かります。ああ、今朝、改良した道具――玉吹筒がワリスさんから届きました」
ワリスは今回の件について引け目を感じているのか、色々と動いてくれる。俺の知る知識を総動員して描いた火縄の機構を鍛冶屋に見せた時は「流石に日程が間に合わない」と泣き言を言われたが、ワリスがどやして、なだめて、すかして、試し打ちと調整の期間まで作れるようにゴネてくれた。
結局、発表の数日前にこうして、物が出来上がっている。ドワーフっていう人種は本当に器用だ。日本の職人でも、ここまで出来るのは中々いねえと思う。いや、技術者って人間は誰だって泣き言は言っても、最後はきっちりと仕上げてくれる人種なのだろう。
費用はツケになっている。なんだかんだで、金貨で十枚は必要になってきている。とっても今の手持ちじゃ足りやしねえ。もし、研究発表でこけると、こっちの世界でもご破算だ。まあ、最悪、手持ちにある予備のポケット百科やら、バーボンやらを叩き売って金に換えようと思っている。
又、ひと騒ぎあるかもしれねえが、その時はクラテルも連れて逃げる。こうなれば一蓮托生、とことん面倒を見てやろう。流石に日本へ連れては帰れねえがな。
「試し打ち出来る場所の見当をつけてくれ。人がいない、なるべく広い場所。もし、使えなくなったような鎧があったら用意してくれ。そんなものねえか」
「もしかしたら破けた鎧があるかもしれません。溶かされる前の物を借り受けましょう。試し打ちの的にするのでしょう。今迄は、近距離で土山に発射していただけでしたからね」
頼むと言って、俺は後の事をクラテルに任せる。銃が出来たということは、別件も片付いている可能性がある。そいつは、ワリスが預かっているはずだからそれを貰い受けに行くことにする。あれのおかげで、みょうちくりんな武器であると皆には思われているのだろう。
俺は、宿に戻れば口薬の入れ物や早合用包、鉛玉を作っている。クラテルから借り受けた鍋をガスコンロの火にかけて鉛を溶かし、型に注ぎ込んでいく。一時間もやっていれば、百発位は出来てしまう。あんまり作っても意味がないことに途中で気づき、材料も勿体ないので止めることにする。
早合用の筒は、新聞紙を切って蜜蝋で浸した物を使用した。蜜蝋は、ワリスの仲間が取り扱っていて比較的簡単に手に入れることが出来た。火薬が出来たら、玉、火薬の順に筒に詰めて蓋をして完成になる。
三日後、試し撃ち場所の準備が整ったとクラテルから伝えられた。毎日のように顔を出してはいる。無茶をされては敵わないからだ。寝てはいるようだ。ただ、心労で少し参っている感じもする。この辺りは、自分で心を鍛えて貰いたい。
調整に調整を重ねてきた玉吹き筒からズドンとした感触の後に、ドスンと音が鳴った。試し打ちの的にした鎧との距離は、歩測で測って大体、二十メートル程度にした。瞬発式火縄銃としたので、命中精度は高い。銃身の長さは百センチ程度、銃床と合わせれば百三十センチ程度の長さだ。玉の重さは二匁=七.五グラム程度。標準的な火縄銃といえる。
それでも、結果は最悪だ。用意した大きめの的の鎧を撃ち抜いている。玉の大きさよりも大きい穴が空いている。火薬の量はやや少ないかと思ったが、威力は十分なのかもしれない。あれなら、当たれば簡単に人は死ぬ。
「そ、そんな、まさかこれほどに威力があるなんて……」
考え出した本人である、クラテルは顔を蒼くしてへたり込んでいる。身を守る程度の道具としか考えていなかった物が、立派な武器になると思い知ったのであろう。術を除けば、この世界で、この距離から相手を仕留められる武器は少ないであろう。
「……爆発粉塵の量は、もう少し調整が効く。増やしてもいいが、増やし過ぎると銃身が持たねえかも知れねえ。量を増やせば威力も距離も増すが、さすがに離れすぎると当たらなくなる」
ひりひりと少し傷む左頬をさすりながら、クラテルに試し撃ちの具合を話す。初めて作り上げて、ここまでできれば上出来だ。やはりこいつは、要領は悪いが、天才なのかもしれねえ。ただ、今はこちらの、言うことに反応せずに黙っている。
「どうした、怖気づいたか。なんなら、発表を止めるか」
「……いえ、発表します。悪用するかしないかは、ヒトしだいでしょう。皇帝を信じます」
俺は会ったことはないが、この国の皇帝は人気が高い。悪口を言う奴はいねえ。皆、誇りに思っているようだ。強く、賢い皇帝。帝国を現在の状況にまで引っ張りあげた一人者だと言う。倅たちも出来がいいらしく、次世代も安心だと酒場でワリスが語っていた。
発表までの残り数日は、さらに銃や火薬の微調整を行ったり、作った火薬を早合用の筒に詰めていたりして過ごした。戦争にでも出かけるわけではねえのだから、ここまでしなくてもいい感じもするがなんとなく安心が出来ねえ。心がモヤモヤしてどうしようもなく、定まらねえ。
(とっとと、終わりにして、王国に戻りてえな)
俺らしくもなく、弱気な考えが何時も頭をよぎって、モヤモヤとした日々を過ごした。
ドワーフ帝国の一番の奥に位置する所の手前の広場で、研究技術の発表は行われている。石を切り出したとすると、大層な手間と時間が掛かったであろう美しい形状の円柱が横に並んだ洞穴城入口の手前に広場はある。
城の入口と広場には高低差があり、段々を昇っていく必要がある。発表をする研究者達は、その段々に腰を掛けて呼ばれると自分達の成果を発表していく。発表が終われば、お約束のように見学している民衆からも、拍手は起きるがあくまでも儀礼的な雰囲気だ。
俺の隣で発表を聞いているゴンは欠伸をかみ殺している。俺は、どうしても時たま舟をこいでいる。クラテルは一人、緊張をしているようだ。
よそ者である俺とゴンに対して、こちらに向ける周りの研究者や技術者達の目線はあまり芳しくはねえ。発表者の中には、あの、嫌味な野郎もいる。
そもそも、試し撃ちを行う俺はともかくゴンは着きあう必要はねえ筈だった。クラテルの奴が当日に、書類が入った箱を一式渡して来て、一緒に立ち会うように願い出てきた。書類を持つのはゴンが良いと譲らねえ。クラテルも、書類を入れたと言う別の袋を背負っている。
何事もなく、発表は進んでいく。広場の後ろにそびえる柱の上から張り出しているテラスの上には、王侯貴族や軍関係の幹部がいるのだと言う。頭を上に向けても、見えることはない。あんなに離れていても声が聞こえるのかと思ったが、術によって声を運んでいるから問題ないらしい。仕組みはさっぱり分からねえ。
「では、最後の発表者はクラテル研究員になります」
進行役の案内の元、クラテルの出番になる。都合よく最後の発表者になっていた。研究者達からは、期待をされていなかったのだろう。見学者からは少しザワザワトした声が聞こえてくる。『異端児』クラテルの名前は多少なりとも有名なようだ。
「……発表をすることは、始めてなのです。変な研究をしているとは知られていますが」
『術に頼らない画期的な道具』を作ると、叫んではいるものの、成果が出ずに毎回発表は無しの男が遂にお披露目をするとなり、ちょっとは興味を持たれたようだ。後ろの発表者達からは、無駄な時間とか、意味なしとか、こちらに聞こえる程度大きさの声で嫌味が聞こえてくる。殴り飛ばしたいが、グッと我慢をする。
「では、クラテル研究員、あなたの研究成果を発表して下さい」
司会者から期待をしていないような声を掛けられて、クラテルは一つ頷き、唾を飲み込む。声は上ずり、たどたどしいものの説明を始める。
「わ、私が研究を続けていた主旨は『術を使えない者が身を守る道具』でしたが、結果としては『術を使わない遠距離型武器』となってしまいました。
この旨は、前もって、発表を取り仕切る技術者組合へは報告済みです。私が、この武器『玉吹筒』を使うには『爆発粉塵』を作成する必要がありました。
爆発粉塵は、過去に不老不死を夢見た肌人種の錬金術師が製作の過程で見つけた物です。当の本人は、爆発に巻き込まれ致命傷を負い間もなく死亡しています。これ自体は、失敗作とされていました。研究書類も古紙として、露店に出回っていたものを偶々発見しただけです」
他人種の失敗作と言った説明に、かなりの研究者達が鼻で笑った。ここにいるドワーフの研究者達は、どうも、他の人種を少し見下している気がする。あまり、良い傾向ではねえと思う。
「長く研究をしていましたが、結局自分一人の力では限界があり、ここに居るゲン氏の協力を得て、今回の発表までこぎつけることが可能になりました。又、武器の取り扱いにもなれているゲン氏が自ら試し撃ちを申し出て貰えました。
……百聞より、一目見て貰った方が、話は早くなります。ここから武器を使い、向こう側に的となる鋼製の鎧を狙い打ちます。皇帝陛下の御足元ではありますが、武器の使用について許可をお願いしたいと思います」
民衆は又、ざわめいている。距離が遠く、俺が見た限りでは的になる鎧は試し撃ちで撃ち抜いた鎧よりもはるかに質が良さそうだ。クラテルにそっと耳打ちをする。
「万が一、玉が跳ね返った時を考えて周囲を囲むように土壁を設けさせてくれ。術でどうにかならねえかな」
クラテルは、司会にその旨を伝えると直ぐに準備がなされて行く。結構対応が素早い。俺の回りには、屈強そうなドワーフの戦士が集まっている。もし、皇帝に出も武器を向ければただでは済まねえと物語っている。気にしねえで、火縄にライターで火を灯しておく。
的までの距離は、試し撃ちの時より大分離れて百メートル程度と眼見当で予想される。本日はおあつらえ向きに晴天で風はない。早合に仕込んだ火薬と玉を筒に込める。銃床に仕込んであるさく杖で突き固める。腰のポーチに入れておいた、小さいペットボトルの口先を改造したお手製の口火薬入れの火薬を火皿に入れる。火蓋を締め、火ばさみを上げて、火縄通しの穴をくぐらせ、火ばさみに挟む。ここまで大体四十秒くらい。慣れればもう少し速度が上がる。
構えて、火蓋を切る。狙いを定めて引き金を引く。
ズドンと言うデカイ音とともに、白煙が舞う。一番近くに居た戦士の何人かが音にたまげて、腰を抜かしている。見学をしている民衆からのざわめきも大きい。いつの間にか、テラスにいたお偉いさん方が、手摺の傍まで集まってきている。
同じ事を、二回繰り返した。撃つたびに周りの戦士が、後ずさる。見学者側の騒ぎも大きい。テラスに目をやると、他のドワーフに比べて一際大きい、と言っても俺と同じくらいのガタイのドワーフがこちらを見ている。――あれが、皇帝なのだろう。
手袋をしたクラテルが、試し撃ちをした鎧を取りに向かっている。木の棒に突き刺さっていた的の鎧を取り外し、こちらに持ってくる。周りを囲んだ戦士達は、三つのでかい穴があいた鎧を見てギョットした顔を向けている。
「……このように、爆発粉塵と玉吹筒を組み合わせたこの武器を使えば、現状で製作されている板金鎧も意味をなさなくなります」
「貴様! ペテンをしたな! 術なしで近衛兵の鎧に穴があくものか!」
嫌味野郎と取り巻き達が喚きながらクラテルに掴みかかろうとするも、ゴンが前に立ち制止する。ゴンが前に出た途端、全員の腰が引けている。俺が前に出て、文句を言う。
「この鎧、お前達、技術者組合で手配した物だろう。金も、伝手も、コネもねえクラテルに細工なんかできやしねえよ」
「よ、余所者は黙れ! そ、そうだ、お、お前が術を使ったのだろう! 我々の知らない強力な術を……」
「俺は、術を使えねえ。そもそも、術を使うのに必要な霊力がからっきしねえよ。誓ってもいい。審議判定板でも何でも持ってこい。嘘はついてねえ」
「霊力の無いドワーフなんて居るものか!」
「俺はドワーフじゃねえ! ゴンと同じ肌人種だ!」
俺の怒鳴り声に、一気に回りが静かになる。目を閉じたまま痒くもないが、ぼりぼりと後ろ首を強く掻く。
徐々にざわめきが大きくなる「まさか」とか「そんな」とか、「あれは角のない鬼人種では……」と違う方で驚きの声も上がっている。
見学者の最前列にいたワリスが驚愕の顔をしている。クラテルも同じ反応だ。皇帝の傍にローブを着込んだ一人のドワーフが近寄り耳打ちをしている。
「その者の言うこと間違いはない。審議判定師が、その者の言葉に嘘がないことを確認した。霊力探知、霊力鑑定術の結果でも、その者に霊力がないことは分かっている。問題は……」
一拍の間を置いてから、皇帝は俺に向かって問いかける。
「術も使えない、霊力もない、肌人種があのような強力な威力の武器を簡単に取り扱えることだ。その武器で、今ここにいる我を狙えるか」
「狙えるな。だが、この状態じゃあ流石に無理だ」
周りは、ドワーフの戦士たちに囲まれて、手持ちの武器を向けられている。今、準備を始めれば直ぐに取り抑えられるか、切殺される。撃つまでには時間が掛かる。それが、火縄銃の弱点の一つとも言える。
「その武器と、研究資料をこちらに渡して貰いましょう」
戦士たちの輪を潜り抜けた嫌味野郎が、ヘラヘラと笑いながら意味の分からないことを言いだす。
「まだ、発表の途中だろう」
「いえ、もう終わりです。その研究の成果と資料は、ドワーフ帝国の技術者組合が管理します。他人種の貴方が、持つべきものではないでしょう」
「なら、研究の成果を認めたことになるな。俺が、担保で渡したカメラ。返してくれ」
「……あれは、皇帝陛下に献上した。私の手元にはない。返してほしかったら皇帝陛下に奏上しろ」
ぬかしたな。明確な契約違反だ。もしかすると、譲渡やなんかの項目はねえかも知れねえ。が、どう考えたって元から返す気はなかったのだろう。俺は、懐に隠していた、さらしに巻いた剣を火縄の先端に取り付ける。本来なら、火縄を銃剣のように扱うことはしない。俺は、こんな事態が起こった場合に備えて、この刃を別途ワリスに注文をしておいた。
「なら、断る。この銃も、資料もお前達技術者組合に渡す義理はありゃしねえ。文句があるなら力ずくで来い! 死なば諸共よ!」
「き、貴様! この状況が分からないのか! 野蛮で低能な肌人種ごときが威勢を張るな!」
ゴンは身構えるために、手持ちの資料をいつの間にか近寄ってきていたクラテルに手渡す。クラテルは、受け取った資料を床に落としブツブツと呟く。
――資料が箱ごと燃え出す。俺とゴンも含めて周囲に居た人間が呆気にとられる。顔を真っ赤にした、嫌味野郎がクラテルに、呂律が回らないまま怒声を浴びせる。
「こ、こ、この馬鹿者! こ、こんな時に何を考えている! いい、異端児が……」
「火薬の資料はすべて燃やしました。後は、私の頭の中にあるだけです。ゲンさん、玉吹筒も壊してください。貴方の武器はなくなりますが、二人共、私が逃がします」
クラテルの言葉を聞いて、慌てて床を這いつくばる嫌味野郎は資料の火を消そうと懸命だ。クラテルは火縄銃も壊せと言う。しかも、俺達を逃がすとも言う。どうするか、迷う。
「何をするのかは知らないが、お前達を捕まえれば事は済むのだ!」
「捕まりたくはないのです。近付けば、これを使います」
背負った袋をゆっくりと降ろし、中身を取り出し両手で持つ。素焼きの壺が出てきた。周りが、何を考えているかわからず呆気にとられている。
「壺の中身は爆発粉塵です。鉄の破片なんかも入れてあります。私が着火術を使えば、周囲もろともに吹っ飛びます!」
周りにいる研究者達が後ずさりする。戦士団の連中は肝が据わっているのか、微動だにしなくなった。だが、もし、クラテルの言うことが、ハッタリでないなら言う通りの結果になる。嫌味野郎が一人、気勢を上げる。
「ど、ドワーフの戦士達が、そんな脅しに退くものか! さ、さあ、国のために……」
「お前さんは、なにか、勘違いしちゃあおらんか?」
気勢を上げていた嫌味野郎に向かって、年配と思われるドワーフの戦士が冷ややかな目を向ける。
「ワシら、戦士団に命令を出せるのは将軍か、その上に立つ皇帝陛下のみ。なぜ、技術者組合の小童ごときの指示で動かにゃならんのだ。奪いたいなら、お前がやれ」
嫌味野郎は「えっ」と言った顔をして、戦士団の面々を見る。確かに、誰も動く気配は微塵もねえ。それに、その後ろで頭一つデカイ奴がいつの間にか立っている。気付いた他の連中が俺の目線の方に顔を向け、ようやく気付く。――皇帝陛下のお出ましだ。
「なかなか、面白い見世物だった。だが、その危険で無粋な壺はしまえ。お前が命を張る必要はない。その者の、所持していた道具は返そう」
皆がかしずいている。事情が分からねえ俺とゴンは、ボケっと突っ立ている。そんな俺に向けて、皇帝はカメラを差し出す。皇帝の後ろには、他にも強そうなドワーフが控えている。相手にするのは厄介だ。慌てて気付いた俺は、火縄銃を床に置き、周りと同じように一応、かしずく。ゴンも後に続く。
「そこの研究者、貴殿はその武器や爆発粉塵をどうしたい。世に広めたいのではないのか? さすれば貴殿は多大なる功績を受け取れるかも知れんぞ」
「……恐れながら皇帝陛下に申しあげます。私は、そこのゲン氏と約束を交わしております。この技術の情報を、流出も漏えいもさせてはいけないと。始めは意味が分かりませんでしたが、玉吹筒の威力を知り、その言葉の意味が良く分かりました」
「肌人種には見えない者、貴殿の国ではどうなのだ?」
「俺達の国でも、玉吹筒は戦争のやり方を変えちまった。ただ、火薬は使い方によっては色々使える。危ねえのは変わりないが、使う人次第だ」
「どのように使う?」
「改良が出来れば岩を離れた所から砕いたりできる。後は、まあ俺が話せる範囲では、大空に上げる花火くらいだ。筒に、爆発粉塵を入れた玉を入れて、同じく打ち上げ用に入れた爆発粉塵で空高く打ち上げてから爆発させる。夜空に上がると、火が一瞬で花みたいに咲いて、散って綺麗だ。ただ、俺には構造位は分かるが、割合やなんかは分からねえ」
フムといって、立派なあご鬚をさすりながら皇帝は思案顔だ。目を瞑り、ジッと考え始める。皆、何を言い出すのか待っている。
「――決めた。ゲンの言う、花火を作れ。命令だ。爆発粉塵の他に必要なもの、割合の研究を直ぐに始めよ。技術者組合の総力を上げて、雪虫の祭前夜祭までに間に合わせよ」
突拍子もないことを言いだした。嫌味野郎が慌てて、反論をしようとするも皇帝は続ける。
「他国の技術であろうと何であろうと、良い物は使え。我らの技術がいつまでも頂点であるなどと言う奢りは捨てよ。近年の技術は、以前の技術の色を変えた程度の物ばかり。我は、そこが不満であった。頂点を歩み続けるのであれば、学び、常識を超えろ。では、始めよ」
ここまで言われてはぐうの音も出ないのか、嫌味野郎は結局、何も言えなくなってしまった。悔しそうに唇を噛んでいる。なにが、そんなに悔しかったのか。他国の技術が認められたことか、クラテルが認められたことか。
この言葉を聞く限り、俺の仕事はまだ終わりそうもねえ。周りは、動き始めている。クラテルの回りにも人が集まり始める。立ち上がった俺に、ついでとばかりに皇帝が囁く。
「その姿を描くという道具、上手く使えなんだ。出てくる画がぼやける。あとで、我と家族を描け」
「ああ、分かった。俺は、居住区の宿に居る。プロクリス商会の若頭ワリスと知己だ。詳しいことはそっちに聞いてくれ。……それと、花火作るのも色々と危険だ。場所の手配なんかは、こっちの指示に必ず従ってくれ。あの粉塵は、嘗めてかかかると人が多く死ぬ」
「心得た。美しい物を見せてくれ。日にちはないがな」
笑いながら、場を後にする。俺みたいな下賤な物言いにも笑って返す度量を持っているようだ。大した男だ。上に立つだけの器を持つだけはある。
玉皮やら親導は何とかなるが、割薬、星は上手く作れるか心配だ。紙もいるが、そう言えば皮紙は見るが、俺の知る紙は見たことがない。――まあ、やるだけやってみるか。
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