第10話 研究の成果

「アンタの仕事は、毎回、毎回、なんでこうも汚いのさ!」


「心が汚れるわけじゃあねえだろう。服や手が汚れたのなら洗えばいいだけだ」


 ハハハと渇いた笑いをするラティオが、地下から麻袋に入れた糞甲虫のフンを担いで持っていく。俺は、地下の糞甲虫の住処で角スコップを片手に床のフンをすくい集めて、ガリーザの持つ麻袋に入れていく。

 ゴンは、クラテルの持つ麻袋にもくもくと糞を集めている。今入れている袋がいっぱいになれば、作業は終了だ。後ろに、幾つかの袋が山になっている。鼻から下を布で覆ったハダスに、アエラキ、オルデンも袋を運んでいる。多少臭うが、我慢できると言って手伝ってくれている。


 荷車は昨日の夜、城下町に戻ってから、店が閉まる寸前のワリスのいる店に駆け込み銀貨一枚で借り受けておいた。多少の量は積む予定だが、ゴンとハダスが入れば牽くのは訳がないと思い、馬やロバは借り受けなかった。その事を話したらワリスも「違いねえ」と笑っていた。


 ここには、ラティオ達肌人種が来ても、出入りの際に検査をされることはなかった。なんでも、他国の来賓が来た時にはドワーフ帝国の技術力と衛生さを見せるために、度々見学をさせているらしい。ただ、何処の国の来賓も顔をしかめていくだけで何の理解も示すことはねえと言う。

 どうせ、キタネエとか、不潔な場所だとかしか思い浮かばなかったのだろう。馬鹿な連中だと思う。自分達だって、毎日のようにひねり出している物だろう。王国みたいにそこらにぶちまけている場合じゃねえことを気付くべきだ。

 

 積み込みが終わり、立ち会っていたドワーフの管理者に礼を言う。再び訪れた時は、本当に来るとは思っていなかったと、笑いながらに告げられた。最初は、フンが集められている場所から持っていけと言われたが、掃除の手伝いも兼ねて地下から持っていくことにした。


「研究が上手くいくといいな。そうすれば、このゴミになるしかなかったフンに利用する価値が出てくるのだろうな」


「ああ、そうだ。そうすれば、ドワーフ帝国の排土技術は生産、消費、分解が完結する技術になる。スゲエことだ。称賛に値する」


「……そこまで言われると、なんだか期待をせざるを得ないな」


「期待していてくれ。それと、もう一つ余った糞玉に森の落ち葉や、刈草、稲わらなんかを混ぜて、小高い丘のようにしてしばらく置いておけ。雨で流れねえように注意をする。乾燥をし過ぎてもいけねえ。皮かなんかで覆っておけ。定期的にかき混ぜて、匂いが気にならなくなったものを、休耕中の畑に鋤きこむ。俺の住む国で『堆肥』と呼ばれるものだ。作物の出来が良くなるはずだ。ただ、鋤きこみすぎても良くねえらしいからその辺は適度にやってくれ」


「お、おお、よく判らんが、無駄にしなくて済むのならそれも助かるな。なんだか良く分からんが、アンタは色々と知っているな」


 先人の知識ばかりだ。俺が、発見したわけじゃあねえ。これくらいの事、教えた所で問題はねえだろう。これから作る物の方が、よっぽど問題だ。堆肥の事、後でメモ書きをクラテルに渡してやらねえとな。


 ゴンが荷車を押し、ハダスが牽く。残りはぶらぶらと一緒に歩いている。二人が疲れたら俺とラティオが荷車を押して、ガリーザとアエラキ、オルデンで荷車を牽く予定だ。まあ、見た限りゴンとハダスの二人に疲れの色は見えない。


「ハダス、後で昼飯奢るから頑張りなよ」


「オウ! 任セテクレ、コノ程度ナラ問題ハナイ」


 ガリーザがハダスにハッパを掛ける。荷車を牽きたくねえと言うより、荷に近づきたくねえのだろう。風呂に入らないのは大丈夫なくせして、困った女だ。



 陽が暮れる前に、城下町に辿りつくことが出来た。結局、ハダスとゴンの二人で荷車は運びきってしまった。寒いのに、二人は汗をかいている。ただ、顔はいい汗をかいたと言った感じだ。体力の底がしれねえ。普通なら、歩くだけでも疲れる距離だ。現にクラテルは途中でだいぶへばっていた。


 ラティオ達を一足先に宿に戻す。風呂に入って行くことを忘れねえように言っておく。ガリーザには湯船に入る前に、身体を洗うのを忘れるなとも言っておく。ハイハイと、うっとおしそうに返事をしていた。こいつも、ドワーフの女衆に怒鳴られるのは嫌だろうから分かっていると思いてえ。

 アエラキとオルデンは最後まで手伝うと言ってきかなかった。しょうがないので、クラテルの家まで付き合って貰い、家先にフンの詰まった麻袋を山積みにして濡れないようにムシロを被せておく。クラテルには、明日の朝又来ると伝えておく。それと、釜や木桶などの必要な道具の準備も頼んでおいた。


「二人共、最後まで付き合ってくれて、ありがとさんだ。風呂は奢るから、ゆっくりと浸かって、疲れを落とそう」


「当然の事をしたまでに。お風呂は短めでいいに」


「当たり前の事だよう。お風呂は簡単でいいよう」


 ……二人も風呂が好きではないようだ。なぜだ。あんなに気持ちがいいものは、滅多にねえだろうに。




 風呂に入る前に、ワリスの元へと荷車を返しに行ったついでに少しだけ話をした。クラテルの研究を手伝っていると伝えたら、案の定笑われた。


「ガハハハ、異端児クラテルの手伝いか。兄弟も酔狂だ。おかげで、今年辺り少しは面白い技術が発表されるかもな。期待しているぜ兄弟」


「今年の発表てえのは、なんなんだい?」


「うん? クラテルから聞いてねえのか。あと、ひと月ほどすると雪虫の祭の前に、技術者組合でその年の研究の成果を報告する発表会が開かれる。てっきりそいつに付き合うものとばかり思っていたのだがなあ」


 残念だが、その前にラティオ達が取ってきた護衛依頼の期日が来ちまう。上塩硝の作成までこぎつければ、後はクラテル一人で火薬の製作にこぎつけられるだろう。しかし、火薬だけを作っても、何も良い反応は得られないかもしれねえ。その時は、諦めてもらうしかねえかな。


 俺はこの後、何回かクラテルの元に通うことになる。糞甲虫のフンを水で溶かして、大きいごみを取れるように木桶脇に小さい穴をあけた物に汲み入れて、穴から出てきた水を別の桶に溜める。数日置くと、少し汚れた白い釘のような結晶が桶の回りに出来るのでこれを取り、釜で煮たった湯の中に入れて溶かして、溶かした水を布で濾してまた数日待つと透明なつららが桶の回りに出来る。これで、上塩硝の出来上がりになる。

 若いころに職業柄、火縄銃と当時の火薬の作り方に興味を持ち、あちこちの博物館や資料館を見学したり、書物を読み漁ったりしたことがこんなところで役に立つとは思わなかった。


 各工程での結晶が出来るまでの期間の間に、アエラキ達を連れて罠の作り方を教えたり、ラティオ達と狩りや討伐に出かけたりした。又、帝国内の見物も忘れてはいねえ。

 話の通り、帝国は鍛冶工が盛んでドワーフの作る鋼製の道具は日本の鍛冶工に引けを取らない出来の良い物ばかりだった。

 金貨二枚は飛んだが、ワリスに紹介された腕のいい鍛冶屋に、二本のナイフの製作を頼んでおいた。途中製作の物を流用して優先的に作ってくれるということで、ここを離れるまでには間に合うらしい。




 帝国を離れるまで残り数日といったところで、無事に上煮塩硝のつららが出来上がる。木桶の回りに張り付いたつららを木槌とノミで起こし取り、後は良く乾燥させて粉体にすれば、上塩硝が完成する。


「これが、クラテル、お前さんが言う不老薬と同じ役割をするものだ。取扱いには注意をしてくれ。火気は厳禁。樽かなんかに保管して、隔離をしておけ。乾燥させるのに、天日干ししながら風の術を使えば乾きも早いかもしれねえ」


 出来上がった物を手に取りクラテルは神妙な顔をしている。これだけあれば、木炭、硫黄、硝石と合わせて発表するには足りるほどの火薬ができるだろう。しかし、俺には懸念が一つある。黙って、上塩硝を見るクラテルに話しかける。


「なあ、クラテル。近く、研究発表があるんだろう。この辺りは空気が乾燥しているみてえだし、上手く術を併用すればギリギリ、かや……爆発粉塵の製作には間に合うだろう。だが、それだけじゃあ、他の連中は納得しねえんじゃないのかい」


「……ええ、ゲンさんの言う通り『爆発粉塵』だけでは、術が使えなくても身を守る道具とは認めて貰えないと思います。――ちょっと、奥に来てもらえませんか見て貰いたいものがあるのです」


 少し暗い顔をしたクラテルは、俺とゴンを誘い住居の奥へと歩を進める。積み重なれた書物や書類を避け、道具をまたぎ、狭く汚いため、踏み入ることのなかった部屋の奥へと入って行く。扉の奥にはクラテルがいる。

 机の上にある、物を見て俺は後悔をする。クラテルは平凡な研究者ではねえ。なにをどう、考えてここに至ったのかは判らねえが、クラテルの手には明らかに「銃」の原型がある。


「これは、まだ試作品です。完成ではありません。中に詰めた火薬にどう火をつけていいのか考えている最中なのです。しかし、簡単な着火の術が使えれば使用は出来るはずです。この鉄の筒の中に爆発粉塵を詰めて、鉛玉を入れて――」


「クラテル、俺との約束忘れていねえよな」


 銃の使い方の説明をしているクラテルの両肩を掴み言葉を遮り、俺は静かに問いただす。静かで真剣な物言いに少し、吃驚したのかクラテルは声を詰まらせるように返答する。


「え、ええ、た、他国に情報を決して漏らさないようにする、でしたか」


 そう、その通りだ。しかし、俺は今、もう一つの約束を取りたいと思っている。――そいつを発表しねえでくれと、喉の先まで出掛かっている。しかし、それを言えばクラテルの研究者生命を絶つことになりかねねえ。


(やっぱり、言えねえ。あとは、この世界の奴ら次第だ)


 俺は、腹をくくる。最後まで付き合う覚悟を決める。ゴンの顔をちらりと見る。とぼけた顔をしている。また、こいつを変なことに付き合わせることになっちまう。後で、謝るしかねえ。


「クラテル、あと数日で帝国を去るって話なあ、そいつを見て心が変わった。それの発表会での試し撃ち俺にやらしてくれ。それまでの実験にも付き合う。金は要らねえ」


「ほ、本当ですか、それはとても心強い。し、しかし、良いのですか?」


「ああ、ラティオ達には、今晩にでも説明をする。やることが出来たから、今日の所はこれで帰らせてもらう。乾燥させるのは任せた」


 そう嘘を言うと、汚い家の中を出て宿屋へと戻る。ラティオ達はアエラキ達を連れて狩りに行っている。最近は、狩った獲物の解体をアエラキもオルデンも良く手伝う。ガリーザよりよっぽど手際が良い。歩きながら、ゴンに詫びを入れる。


「悪いゴン。勝手に決めた。あれを見てケツを割る訳にはいかなくなった」


「おお、驚いた。まま、まさか銃があるなんて」


 やはり、ゴンも驚いていたようだ。できれば、火薬の他の使い道を考えて、そっちを発表させてやりてえ。打ち上げ花火でも作りてえが、仕組みや構造自体は多少わかるが、製法や配合なんてチンプンカンプンだ。


 下手な物作って爆発でもしたら死んじまう。発表どころの話じゃなくなる。


 気持ちを落ち着かせるため、宿の食堂で早めの昼飯を取る。もやもやした心のまま食う飯は、どんなに美味くてもマズイ。俺の様子を見てゴンは、コーヒーを淹れてくれた。コーヒー豆は、ワリスの所で売って貰った。ワリスも店員も喜んで、安く大量に売ってくれた。全く売れずに、不良在庫となっていたようだ。

 コーヒーの香りで少し心が落ち着く。苦い飲み物と言っていた女将も最近では、ゴンに淹れ方を教わり、暇な時間に香りを楽しみながら飲んでいるようだ。そのうちに、流行るかもしれねえ。

 ゴンは、少し街中をぶらつくと言って外に出た。俺は、部屋に戻りベッドで寝転がる。コーヒーの香りで少し落ち着いた心が又、モヤモヤとしてきて定まらねえ。

 火薬ができて、もし戦争が始まれば、人がたくさん死ぬのは目に見えている。国や軍と言うのは、ああゆう技術に目を付けるのが早い。悪いわけじゃねえ。そうしなければ、自分達が負けて死ぬかもしれねえんだ。

 

 ――ただ、沢山の人死にの原因が「俺」かもしれねえのはやっぱり嫌だ。


 そんな思いを知らない奴が、遠慮をすることなく部屋の扉を、ガンガンと叩く音がする。鍵なんてかかっちゃいねえ。どこのどいつだ。


「兄弟! 俺だ、ワリスだ! 話がある、部屋に入れてくれ!」


「鍵はかかっちゃいねえ。勝手に入れ」


 居眠りの邪魔でもしたと思っているのか、少し申し訳なさそうな顔をしたワリスが部屋に入って来る。


「今日は、クラテルの所に行ってねえのか、兄弟」


「いや、昼飯前まで向こうに居た。用が済んだから戻って来ただけだ。何か用か」


 ワリスは問い質した俺の眼から顔を下に背ける。いつでも真っ直ぐな視線を向けるこいつらしくない。何かあったな。


「……済まねえ、兄弟。貰った『画』のことが、俺の親父、会長にばれた。まるで、生きた俺を切り抜いたような画の事を問い質されて、喋っちまった。

 先日親父は、皇帝へこの事を報告した。そのことで、技術者組合の連中がどやされたらしい。他国の技術に劣るとは何事かと。技術者組合の連中は躍起になって道具を手に入れようとしている」


「見つかったところで渡しやしねえ。俺の性格わかっているだろう。何をそんなに、慌てていやがる」


 ワリスは、誰もいないのにわざわざこちらに近寄り小声で話を続ける。


「奴ら、兄弟と一緒にいるクラテルに目を付けた。研究成果を出していねえアイツを工場区画から追い出す気だ。それをネタに、兄弟の道具を奪えと脅す気だ」


 宿屋に置いておいた、全部の私財を担いで部屋を飛び出す。この状態なら、戦槌背負っていても問題ねえはずだ。宿から出るところで、ゴンと行きあう。寝転がっているだけだと思っていたが、少し寝ていたのかもしれねえ。陽が思ったよりも傾いている。

 工場区画の門を通り抜ける。守衛が静止を求めるが、構ってはいられねえ。後から来るワリスなり、ことが済んだらクラテルにでもどうにかして貰おう。いつの間にか、ゴンが並走している。自分の荷物を背負っている。帰れるわけじゃあねえよと言ってやりたいが、そんな口を訊く余裕もない。

 

 クラテルは、自宅の家先で何人かのドワーフから吊し上げを喰らっている。真ん中にいるのは宿の食堂で出会った、髪と髭をきっちりと切り揃えたお堅そうなドワーフだ。駆け寄って来た俺達に気付き、いやらしい笑みを浮かべている。――気に入らねえ。


「ほら、クラテル、お前が行くより先に、向こうから勝手に来てくれた。お願いをしてみたらどうだ。仲がいいお前なら、きっと快く願いを聞いてくれる」


「……」


 クラテルは黙ってうつむいている。剛毅な奴が多いと思ったドワーフでも、やっぱりこう言う奴もいるらしい。初めて会った時は、もう少しましな奴にも思えたが、印象だけでは人って奴は判らねえものだ。

 荷物を降ろして、中身を漁る。まだ、二枚しか撮っていないインスタントカメラを取りだして、クラテルと、嫌味なドワーフ、その取り巻きに向けて写真を撮る。ジジジと印画紙が吐き出される。何をしたといった感じの顔をこちらに向けている。――印画紙と、カメラを嫌味ドワーフに向けて差し出す。


「望みの物だ。担保だ。証拠はその出てきた紙だ。もう少し待てば画が写る」


 訝しげな顔をこちらに向ける。肩で息をしながら遅れて来た守衛の中にワリスが紛れているのを見て、納得した顔をしている。


「プロクリス商会の若頭から教えてもらったのですか。なら、話が早い。では、頂きましょう……」


 俺の言葉の意味が分かっていない、嫌味野郎の前にゴンが立ちはだかる。背の高いゴンが前に立ち、冷たい目で全員を見下ろすと、途端に腰が引けている。


「お前達にくれてやるわけじゃあねえよ。だと言ったんだ。クラテルの発表の結果が出るまで、預けはするが手を出したら承知はしねえ。一筆、残せ。でなけりゃ、渡さねえ。クラテルが言う研究の成果が出なければ、そのままくれてやる。評価がされればきちんと返せ」


「フン、良いでしょう。こいつにまともな研究成果が発表できるわけがありません。夢想家の研究者なんかに、何が出来ると言うのです」


 出来ないことを、可能にしようとするのが研究技術者じゃねえのか。こいつこそ、戯言を言っている気がする。皇帝とやらが唸った理由は、別にあるのかも知れねえ。

 嫌味野郎はクラテルが家から持ちだした、革の紙につらつらと文字を書き、ペンと共にこちらに差し出す。字の読み書きができねえ俺は、ワリスに頼んで文章に問題がねえか確かめてもらう。ついでにサインの代筆を頼む。


「兄弟は、読み書きができなかったのか。意外だ。……内容に問題はねえな。商人の俺が保証する。これを書き換えたなら、帝国の法律で罰せられる」


「壊したときの場合の賠償責任について記載はあるか? ねえなら、付け加えてくれ」


 俺の言葉に、嫌味野郎はムッとしている。分解しても、元に戻せる自信でもあるのかもしれねえが、とても無理だろう。釘を差しておくか。


「バラしても、組立直しできやしねえよ。俺にも無理だ。俺の国の、専門職でなきゃあできやしねえ」


「な! ドワーフ帝国の技術力を、バ、馬鹿にするのか、貴様!」


「ああ、そう受け取るなら、そう受け取ってくれ。そいつは、お前達が見た事も、聞いたことも、触れたことも無い技術の塊だ。ほれ、紙に画が写った。見て見ろ」


 問答の間に、印画紙からクラテル他全員の姿が写しだされている。インスタントカメラの写りは普通のカメラに比べて少し悪いが、こいつらには十分すぎる驚きだろう。現に目を剥いて、ザワザワと驚きの声が上がっている。


「その画を持って、皇帝陛下にでも渡しておけ。お前の指が触れている、丸いところを押せば、後ろにある小さい覗き窓から見えた景色が一瞬で描かれる。残り、七回は使えるはずだ。写す分には使っても構わねえよ」

 

 ワリスが俺の頼んだ一文を書き加えた書類と共に、カメラを預ける。奴らは、慎重に手で持ち抱え込む。これで、発表会までの時間は稼げる。ここまで来たら、銃は使えるように仕上げなきゃならねえ。今のままだと、部品が足りねえ。


 ワリスが言うにはここへ来た奴らは、技術者組合の若手の幹部連中だったらしい。嫌味野郎は、その筆頭でクラテルの同期、片や将来を有望されている幹部、片や何時までもうだつの上がらない研究者。

 しかし、なぜクラテルはそんなに術を使わねえ技術に固執している。膝を付きこちらに項垂れているクラテルにその事を聞くと静かに答えてくれた。


「誰かのためとか、術が使えない人のためとか、そんな大層な理由ではありません。ただ、現在どの国も術に頼り切った技術体系に偏りつつあります。私は、それだけではいけないのではと考えます。術で出来ないことは出来ない、そう言えば解決してしまう現状を、なんとか解決したいのです……」


 クラテルは、クラテルなりに判らないながらも現状を危惧しているようだ。地下の排土路のシステムなんかは良くできていると思うが、もしかすると、かなり以前の技術なのかも知れねえ。カメラが奪われたことを気にして、ずっと頭を下げている。


「クラテル、気にするな。気にしているなら、研究を完成させて奴らの鼻を明かせ。そして、俺の道具を取り戻せ」


「ハイ、必ず完成させます。もう少しで、形になります。何としてでも仕上げます」


「ワリス、手伝ってくれ。少し絵を引くから、懇意の鍛冶屋に頼み込んで直ぐに部品を作らせてくれ。頼む」


「分かった、兄弟。元はと言えば、俺にも責任がある。最大限の力を貸す」


「ゴン、俺はこっちに泊まり込む。皆に、一緒に帰れねえことを代わりに伝えてくれ。見送りの日には、一度顔を出す」


「わわ、分かった。つつ、伝える」


 ゴンは、宿に戻るために再び走りだす。霊長類最強に近い男の脚は早い。直ぐに背中が見えなくなる。俺は、早速準備に取り掛かる。

 とにかく今は、出来上がった上塩硝の乾燥と、銃の原型を火縄銃として使えるように改造が必要だ。時間がねえ。直ぐに動く必要がある。やることを頭の中で整理しながら、クラテルに指示を出していく。これじゃあ、どっちが上だから分かりやしねえが、今はこうするしかねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る