第9話 鉱石採取

「じゃあ、早速明日から源泉付近の調査をできる許可が取れたのか」


「まあ、熱い湯が出ているだけで、他には何もない場所ですから」


 宿の食堂で、一緒に夕飯を食いながらクラテルは許可が取れたことの報告をする。昼前に向かい、管理組合に申請をして、直ぐに許可を貰えたらしい。

 ドワーフの認識だと、源泉周りは何もない場所のようだ。毒ガスが発生しているから、ろくに調べていないのかも知れねえ。クラテルを交えラティオ達と出発の時間を決め、早速、硫黄の採取をしよう。




「ふう、確かに臭いところだね。鼻が曲がるとは言わないけど、嫌な臭いだよ」


 ガリーザとクラテルが風の術を使っても、硫黄の匂いは浴場より強く感じる。この程度なら、死にはしないだろう。ハダス達、獣人種は布きれをマスクの代わりにして匂いを少しでも防ごうとしている。

 都市へと続く、太い土管を辿りながら、源泉へと向かうクラテルの顔は渋い。朝、大外の門で待ち合わせをしてクラテルの案内の元、大外の城壁を迂回してから、山に伸びる土管を目印に山を登り始め、匂いを感じ始めてから気が付いたようだ。


「ゲンさん。この匂いは、黄臭石と同じ匂いですよね……」


「ああ、同じだろうな。なんで、誰も気付かねえ」


「わたしは、研究者になってから、お金を少しでも節約するために共同浴場へ入っていません。行水で済ませています。ここに近づく人滅多にいません。多分、皆、知らないのです」

 

 徐々に匂いはきつくなってくる。全員に、ハダス達と同じように布でマスクをするように指示を出す。風の術で散らしているとはいえ、匂いがきついと言うことはガスで喉を傷める可能性がある。

 クラテルが、指を指した方向には野面で積まれた黄ばんだ石垣が見えてくる。白い湯気がもうもうと出ていて熱そうだ。土管は、そこから伸びてきている。湯が沸いている場所なのだろう。周辺からも所々で、湯気が噴出している。

 俺は、石垣に近づき厚く付着した黄色いもの――硫黄を削り取る。アエラキ達に持たせた革袋に次々と入れていく。クラテルも一緒になって詰め込んでいる。


「素手で、触っても大丈夫なのですか」


「その辺りから出ている湯気は高温の可能性はあるが、この黄色い粉自体は問題はねえかな。ただ、人によっては強すぎる場合もある。後で、手を洗う方が良い」


 辺りを警戒しながら、ラティオは硫黄について聞いてくる。王国でも見ない鉱物なのだろう。こんな簡単に取れるとはと、ぶつぶつと嘆くクラテルは無視して、革袋一つ分を確保したところで山を下りる。結局、山を下りるまで生き物らしい、生き物とは遭遇しなかった。


「クラテル、あのあたりには危険な生物はいねえのか」


「まあ、皇帝直轄地の場所ですから、定期的に守備兵が周辺の警戒を行っているでしょう。そもそも、毒素の多いあのあたりを好き好んで住み着く生き物はいません。人も来ないから、盗賊も寄り付きません」


 よく考えてみればその通りかもしれねえ。ラティオ達を雇った保険が過ぎた。一つ交渉をしてみようか。


「ラティオ、暇だったろう。どうだ、日は改まるが、次の荷物持ちをガリーザと二人で良い。一緒にやってみねえか」


「ゲンさんの言い方からして、きっと、何か裏があるのでしょうけど、まあ、いいですよ。鉱物採取と言うことでしたから、洞穴にでも行くと思っていました。ああゆう場所には、様々な亜人や害獣が住み着いている場合もあるので護衛を申し出たつもりでしたが、目論見が外れました。流石に、今回の状態で銀貨二枚は多いですね。今回の依頼料でつきあいましょう」


 言質はとった。次の場所は、ハダス、アエラキ、オルデンの三人は完全に不向きだ。多分匂いは此処の比ではない。知ったら、ガリーザの奴は怒るだろう。




 昼頃には、山から下りて城下町へと戻ってこられた。一旦宿に戻り、昼飯を食い、ラティオ達とは分かれる。アエラキ達に荷物を持たせて、クラテルの所に向かう。肌人種のラティオ達は工業区へと入るのは、色々と面倒だとクラテルに言われた。ゴンは大丈夫なのかと言うと、ソッと目線を逸らされた。


「あとは、不老薬の入手先か。……実はな、これも当てはある。ただ、入手してもその後が大変だ。俺の知る知識では、再現しきれねえかも知れねえ」


「ほ、本当ですか!? 入手先が分かるだけでも助かります!」


 クラテルの家先にシートを広げ、昨日のコーヒを飲む。ゴンがアエラキ達用に手持ちの砂糖を入れている。こちらでは、高価なものだが構いやしねえだろう。美味しく飲む方が大切だ。ただ、それでもまだ二人は苦そうだ。今のうちから、大人の味に慣れて貰おう。


「ただ、な、幾つか聞いておかなきゃならねえことがある。わかる範囲で、正直に答えてくれ。その、便所の下は一体どうなっている? 定期的に汲み取りをするのか」


「いえ、トイレの地下は排土路と言うもので繋がっています。定期的に、糞甲虫フンコウチュウが溜まった汚物や生ゴミを集めて、収集場へ運んでいるます」


「収集場の場所は分かるのかい」


「多分、郊外です。市内に、汚物を溜める様な不衛生なことを皇帝陛下が許すはずありません。詳しい、場所は分かりません。聞いてきましょうか?」


「……いや、こっちで見つけよう。余計な詮索をされるかもしれねえ。ところで、お前さんは、トイレの地下に入ったことはあるのかい」


「あ、あるわけありませんよ! 一体、何をしたいのですか? トイレの技術を知りたいのですか?!」


 トイレの地下の状態は分からねえっと。工業区につながっていねえなら、最悪出入りしたところで問題はねえかな。だけど、いきなりラティオ達を向かわせると疑われるかもしれねえ。まずは、俺とゴン、クラテルで向かうとするか。まだ、わあわあ騒いでいるクラテルを無視して、アエラキ達に話しかける。


「アエラキ、オルデン、今日の二人の仕事は終いだ。この後は、俺とゴンとクラテルの三人でちょっと探索に行ってくる。遅くなるかもしれねえと、ラティオ達に伝えてくれ」


「ゲンさん、僕、仕事ちゃんとするに」


「暇なんて言わないよう。手伝うよう」


 二人は、昨日ガリーザが言ったことをまだ、気にしていたようだ。こちらとしては、そういうつもりじゃあねえ。


「いや、二人に仕事ができねえと、言っているんじゃあねえ。俺達と初めて一緒に仕事をした時に、一緒にいた奴らが言っていたろう。人種によって、向き不向きの仕事がある。今回はそれだ。クラテル、便所はどこだ」


「い、家の脇にある、小さい小屋がそうです。一体何を……」


 クラテルの疑問を無視して、便所に向かう。母屋よりもさらに、粗末な石造りの小さい小屋がある。扉もなく、代わりに獣の皮が吊るされている。

 ただ、この便所の中も臭くはない。便所には木の蓋がしてあり、手が届く範囲に二つの木の箱――中身は乾燥した葉っぱと、灰がある。この便所は、自分で消臭用の灰を投げ入れる形式の様だ。

 木の蓋を取り、穴の大きさを見る。思ったより小さい。アエラキ達は通れるかも知れねえが、俺達では無理だ。ただ、入り口を壊せば下まで降りられそうだ。


「ゲンさん! 一体トイレになにがあるのですか! まさか、ここに不老薬があるわけではないでしょう!?」


「いや、そのまさかだ。不老薬の元はこの地下にあるかもしれねえ。それを探す。クラテル、便所の修理代金はだす。ここを壊して、下に降りるぞ。ゴン、俺が壊している間に、宿までひとっ走りしてライトとゴム長、カッパの類を持って来てくれ。あと、園芸用のシャベルも頼む」


 ゴンに向かって一気に指示を出す。俺の話を聞いた、ゴン以外の三人はギョとした顔をしている。頷いたゴンは、アエラキ達より先に駆け出した。アエラキ達も慌てて、ゴンを追いかける。


「クラテル、ハンマーかなにかあるかい。貸してくれ、それと、戻って来るゴン達が工業区画の中へ入れるように手筈を整えてくれ」


「ほ、本気なのですね。わ、分かりました。信じて付き合いましょう」


 クラテルもようやく動き出す。信じられねえのは無理もねえ。流石に俺も、古土法や硝石丘法の実物を見た事はねえ。これが駄目だと、後は、天然硝石のある場所でも見つける他なくなる。そうなると、流石に厄介だ。

 ハンマーで便所の石組を壊す。下に続く土管は、俺は無理をすれば何とか通れるが、ゴンは無理そうだ。ゴンにはここで待っていてもらおう。クラテルが、ゴンとアエラキ達を連れて戻って来た。道具を一式用意してある。地下に潜ると聞いて、ロープもきちんと用意してある。


「ゴン、俺が先に潜る。ロープを二回引いたら、ロープを戻してクラテルを降ろしてくれ。その後も、同じだ。アエラキ達はゴンと一緒に、宿へ戻って待機。いいな」


「わかったよう、戻るよう」


「ゴンさん、何かあったらすぐ知らせてくれに」


 二人はそう言って宿に戻る。着替えたらすぐに俺達は地下に降りよう。


 以前にやった、崖中腹のタマゴ取りの要領と同じように仕込んで、ゴンにロープを持ってもらい、つっかえながらも下に降りていく。不意に配管から抜けて身体が宙吊りになるも、きちんとゴンが支えてくれた。

 空いている手でヘッドライトを付けて、下を見て見る。ちょっと低いぐらいの部屋の高さで、人が普通に入れるほどの幅はある。驚いたことに、多少汚れているが、汚物は溜まってはいねえ。

 しかし、帝国の技術力と、衛生的な面が裏目に出た。床も壁も綺麗に石組みがされている。土に接している部分がねえ。これでは、土の採取はできそうもねえ。


「ゴン、このまま降ろしてくれ!」


 上に向かって大声で叫ぶとゆっくりと下に降ろされる。下に降りきったところで、ロープを外し、二回引っ張ると、ロープは上に引き上げられる。たいして待たないうちにクラテルも降りてくる。同じように降りきったところで、ロープを引き上げてもらう。


「こんなところに、不老薬があるのですか」


「ここにはねえな。やっぱり収集場へ向かうしかねえか……」


 部屋の一方についている、人が通れる程度の通路の方を抜けていく。しばらく歩くとかなり広い排土路にでる。何かの気配を感じ振り向くと一匹の丸みを帯びた、角の無い体高六十センチ程度の甲虫が後ろ足で、自分よりも大きな糞玉を転がしている。思わず、身構える。だが、クラテルが、こちらを制する。


「糞甲虫です。この虫が定期的に汚物を集めて運んでくれるのです。虫の後についていけば、収集場へ向かうことが出来るでしょう」


 この虫は、俺達の知るフンコロガシ、スカラベと言った昆虫の類だろう。スカラベは、もくもくと糞玉を転がして進んでいく。クラテルと顔を見合わせて頷くと虫の後を着いて行く。

 俺はヘッドライトを点け、クラテルにはLED懐中電灯を渡しておく。クラテルは、懐中電灯やヘッドライトにも興味津々だが、今は構っている暇はねえ。真っ暗な、排土路は多少臭うが思っていたほどではねえ。


「風の術を使ってくれているのかい」


「いえ、特には使ってはいません。少し臭いですから使いましょうか」


「いや、大丈夫だ。それにしても、汚物のある場所なのにどうしてこんなに臭いが少ない」


「発生する汚物自体に消臭灰を掛けているせいもありますが、地下の排土路からは、糞甲虫が死なないよう、ところどころに通気管も設けられているはずです。そのせいだと思います」


 糞玉を転がしていない虫達は、メインの排土路から各家庭や施設につながる分岐路に定期的に入って行く。ただ、規則性がないのか分岐路を無視する場合もある。分岐路から出てくる虫達は、団子状の汚物を転がしながら出てくる。やはり、かなり大きいスカラベの一種の様だ。

 メイン通路を何匹ものスカラベ達が、団子を転がし進んでいく。俺達は、その後についていく。ドワーフ帝国に一体どれくらいの人口がいるかは知らねえが、やはり、人糞というのは思ったよりも多い。

 俺達の住む、日本ではいったいどれだけの汚物が発生しているのか。場合によっては、科学技術が発展してねえドワーフ帝国の方が、汚物処理に関しては地球よりも環境に配慮をしている可能性があるかもしれねえ。


 二人で結構な距離を進む。スカラベは続々と集まり、俺達を避けて通路にひしめいている。クラテルが言う通り、消臭灰の効果もあるせいか団子状になっている汚物からの臭いもあまり感じられねえ。


 二時間ほど歩いた先、ついに大広間に辿りつく。大広間は円形状で、壁際に木の手摺が付いた階段が設けられている。きちんと給排気を行っているのか、各所に松明の明かりが点けられ明るい状態に保たれている。俺達はLEDライトの光源を落として、辺りを見回す。

 スカラベ達は持って来た糞玉を中央に集めていく。集まった糞玉を、二人一組で担ぎ棒にぶら下がった布にまとめて、階段から上に運び出しているドワーフ達がいる。

 運搬をしているドワーフは誰もが帽子をかぶり、口と鼻をマスクで覆っている。手には革製の鍋つかみのような手袋、シャツの上に貫頭衣を着込み、つぎはぎの多い太めのズボンの裾を脛までゲートルで締めた底のなさそうな革靴を履いている。

 ――運搬人の様子を見るドワーフの一人がこちらに気付き、近寄って来る。怒られるかもしれねえ。少しこわばった顔になっている俺達を見て、手袋を外してからマスクを下げてニカリと笑って話しかけてきた。


「どうした、アンタ達。クソしている最中に二人揃って落っこちたのか。どこかで、便所の床がまとめて抜けでもしたのかな」


「あ、ああ。そんなところだ。どうあがいても上に昇れねえから、糞甲虫の後を追っていたら、ここまでたどり着いた。ここから、外に出られるのかい」


「もちろんだ。ここは、城下の郊外にある糞玉の収集場。城下の汚物は皆ここに集まる。城から直線距離で来ているから、外から帰るとなると時間が掛かるぞ。今から戻ると、完全に陽が暮れるかな。ぼちぼち、交代の時間だから馬車で一緒に送るよ」


 相手の応対は、思ったよりずっと穏やかだった。もしかすると、本当に落ちた奴も俺が言ったような感じで、ここまで迷ってくるのかもしれねえ。帰りの脚の確保ができたので、少しホッとする。しかし、残念なことにこの広間も綺麗な石組みで造られている。ここでも、土は取れそうにない。


「少し臭いが、見学をしてみないか。ここのことは、余り市内でも知られていない。俺は、管理者として城下から来ている。働いている大体の連中が農村からの出稼ぎが多い。時々、軽度の罪人や金に困った旅人が冒険者組合から斡旋されて働く場合もあるがな」


「秘密事項ではないのかい。俺は、この国の人間じゃあねえ」


「いや、別に秘密にはしていないな。ただ、好き好んで見学する奴がいないだけかな。まあ、自分達の出した排泄物の行方を知りたい物好きは少ないのかな」


 管理人のドワーフは苦笑いをしながらも、じゃあ簡単に案内をしようと言い、先に歩き出す。俺とクラテルもその後を追う。


「クラテルは、ここの事を知らなかったのかい」


「ええ、彼の言う通り、興味があることではありませんから。地下の構造や、糞甲虫が掃除をしている位の事しか知りませんでした」


 管理者の説明では、集められた糞玉は上の施設に運搬されて天日干しにされる。乾燥された糞は、建築物の石組みの固定に使われたり、暖炉や、工場の火力を増すための燃料としても使われたりもするという。


「多少は残して、糞甲虫の成虫や幼虫の餌になるな。ただ、現在は供給過剰状態かな。交易の関係で都市に来訪する人間が増えたから排泄物の発生量も増えているな」


「残ったのはどうしているんだい」


「古くなった物から燃やしているな。近隣諸国に売りに出そうかっていう話も出たが、結局買い手がつかなかったらしい。流石に、他所の国から、わざわざ排泄物買う奴はいないかな。結構、燃料としての使い勝手は良いのだけどな」


 管理者は苦笑交じりに残念そうな顔で首を傾げている。まあ、どの国も自国の排泄物の処理に手を焼いているだろうから、わざわざ余計に買う奴はいないのかも知れねえ。一度、地下に戻り糞甲虫の飼育部屋も見せてもらう。


「こいつらは、どうやって各汚物があるかないかを察知している」


「ああ、消臭灰は工場区域からでる木灰に消臭草を混ぜた物を使っているのだが、その消臭草の匂いを感じ取って集まるようにしているのだな」


 階段の途中にある踊り場の扉を抜けると、下にはたくさんの糞甲虫達がいた。虫達は、階下の別の通路から出入りをしている。幾人かのドワーフ達が、死骸を運び出したり床の掃除をしたりしている。以前の火間虫の養殖場より衛生的に管理されている。


 設置されている梯子から下り、下の状況も見させてもらう。自分達で集めた糞玉を餌にしているものや、雄雌の営みに励むもの様々だ。時に、糞玉から出てくる成虫もいる。大きさ以外の生態は、地球のスカラベとそれほどの変わりはないのかも知れない。

 つい、落ちている糞甲虫のフンと思われる手のひらより少し小さい黒い玉を手に取る。フンの中には、あめ色の小さい結晶が所々に含まれている。俺は、結晶を取りだして一舐めする。しょっぺえ。管理者とクラテルが、俺のした突然の行動に驚いている。


「げ、ゲンさん! 流石に汚いですよ」


「なあ、この虫のフンは一体どうしているんだい」


「あ、ああ、捨てるだけだな。結晶みたいな、不純物が多いから建材には出来ないし、燃やすと変な匂いがするからな。まとめて捨てるだけだな」


 そうか、捨てるだけなら持っていっても構いやしねえな。驚いた。あめ色の結晶は灰汁塩硝だ。こいつを、あと数回程溶かして煮詰めれば上塩硝が取れる。かなり、余計な手間が省ける。凄い発見だ。

 そばをノタノタと歩いている糞甲虫の甲羅をなでる。この虫はすごい。日本で養殖すれば、一儲けできるだろう。まあ、そんなことはできやしねえ高望みだ。訳が分からないと言った顔つきのクラテルと管理者に向けて、俺の要望を言う。


「明日、俺の連れと一緒にこの虫のフンを取りに来る。捨てるだけなら、貰っても構わねえだろう」


「な、何に使うのだ」


「この、クラテル研究員の研究に必要なんだよ。なあ、クラテル」


 クラテルの肩を抱き寄せて、話を合わせろと睨むようにしてアイコンタクトを送る。なんだか少し怯えた様子で、コクコクと顔を縦に頷かせている。管理者は、迷っている感じだ。意を決したクラテルが声を出す。


「ぐ、偶然の発見ですが、ほ、本当に必要なのです。必要なら、お金も出します!」


「うぅん、分かった。とりあえず持って行きな。アンタの研究が成果を出したなら、きちんとした取引になるだろう。今は、タダのゴミだ。タダで持っていってもらうだけでもありがたいからな」


 管理者が、負けたといった感じの笑みをクラテルに向けて交渉が成立する。偶然とはいえ、行方が分からなかった材料の目途がついた言われて、クラテルは放心している。まあ、不老薬といわれている硝石については、これから少し手間をかけなければならねえが。

 「終いだぞー!」というでかい声が聞こえてくる。夜間もひっきりなしに働く糞甲虫達の面倒を見る人間が交代で残ると言う。施設への運搬作業は、重労働なので日中のみとのことだ。

 壁沿いに設けてある階段を昇ると、多くの糞玉が広い部屋に集まっている。ここから順次加工されて天日干しをされるらしい。扉を抜けると、外で加工品が天日干しをされている。


「じゃあ、馬車に乗りこんでくれ。狭いが勘弁な」


「乗せてもらえるだけ、ありがてえよ」


 都市に帰る一団と共に馬車に乗りこみ、帰路に発つ。明日、ラティオ達を連れて糞甲虫のフンを貰いに来よう。当初は、硝石丘か廃土を取らせようと思っていたが、随分と楽な仕事になっちまった。まあ、ガリーザは確実に文句を言うだろう。

 自分で、ああは言ったものの、クラテルはまだ半信半疑の顔をしている。今後の展開次第では、目を向くのは間違いないな。ガタガタと揺れる馬車の中から夜の帳が落ちて暗くなった空を見ながら、俺は一人ほくそ笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る