第8話 異端児の研究

「こ、ここはどこですか」


「ようやく目が覚めたのかい」


 異端の研究者と呼ばれた『クラテル』は、俺達が朝飯を摂り終えたころようやく目を覚ました。背は他のドワーフと同じ程度で、俺から見ても低い。髭も髪も手入れをあまりしていないのかぼさぼさ。厚手のローブの上に、よれた上っ張りを着込んでいる。


「顔洗ってきな。朝飯食ったら家まで送ってやる」


「いや、それは、痛っ。首が……」


「ねね、寝違えたか」


 クラテルは、首を抑えて痛がっている。殴ったゴンが、心配をしているが言っていることがおかしい。当事者同士だが、やられた方も、やった方もその辺りの記憶はないようだ。


 ラティオ達には、帝国の冒険者組合に向かって貰った。交易都市に戻る護衛依頼がないかの確認だ。もしあれば、確保をしてもらうことになっている。

 アエラキとオルデンは、俺達と帝国内の散策をすることになっている。今日は一日、自由行動と言う名の休みにした。

 女将にクラテルの分の朝飯を用意して貰う。小銅貨三枚で、薄焼きパンとスープに、ミルクが付いてくる。俺達も今朝食べたが、王国で始めに泊まった宿の食事よりもかなりマシだった。


 顔を洗い、用を済ませたクラテルはガツガツと朝飯を食っている。「お金は持ち合わせていないのですが……」と風貌に似合わない弱気な態度でオズオズと俺に語り掛けてきたが、ゴンが昨日やらかした分の詫びだと思い奢ってやることにした。代わりに、昨日の事情を少し聞く。


「本当は、嫌だったのですが何しろお金がなくて、ここ最近まともな物を食べていませんでした。しかたなく、組合担当者の彼に頭を下げて、ここの食事を奢ってもらうことにしたのです」


 相手は集って来たと言っていた。こいつはこいつで、仕方なくと言っている。それなら、お互い飯を食わなければ良かったのにと思う。


「あれも、技術者組合の上層部から嫌味でも言われてむしゃくしゃしていたのではと思います。憂さを晴らすためか、グチグチと私に文句を言っていましたので。ただ、研究を馬鹿にされてついカッとなって……で、どうしたのでしたっけ?」


「二人して取っ組み合いの喧嘩になったところを俺と、ワリスに諌められた」


 そうでしたか、ご迷惑をお掛けしましたと頭を下げる。俺は、それよりも早く飯を済ませてくれと言う。残ったパンとスープを口の中に押し込んで、ミルクで流し込んでいる。そこまですることもないと思うが。

 全員分の食事代として銅貨三枚をカウンターの上に置いておくと、女将に伝えて宿をでる。ほんの少しだけ多いが、チップ替わりだ。昨日、ワリスから余計に護衛依頼料を貰っているので懐は温かい。


 一晩眠って酔いがさめているクラテルは、一人で帰れると言うがゴンのきつい一撃を喰らっているので、例え頑丈そうなドワーフとは言え、万が一もある。途中で倒れられても嫌なので、着いて行くことにする。

 念のため荷物を背負いこみ、クラテルに同行する。いつもの癖でもあるが、急に日本に戻されることも考えられるのでつい心配して荷物を担いだ。アエラキとオルデンはお供のように着いてきた。

 ここにいる間に戻された場合の事を考え、今後の宿代と飯代として銀貨三十枚をラティオに渡してある。俺達がもし、いなくなった時はそれで立て替えてくれと言っておいた。苦笑交じりに分かりましたと答えて、ラティオは素直に預かってくれた。

 クラテルは市内を城のある方角へと向かって行く。商業区画の大通りを進むと、又、城壁と門が見えてくる。門の前には守衛がいるものの、大体の通行人が顔パスで入って行く。ときたま、見学に行こうとした国外から来た肌人種が入場を断られている。


「工業区画の技術研究員クラテルです。こちらは、私のお客です。通行の許可を求めます」


 クラテルは懐から出した木札を見せて、身分を証明している。クラテルは、守衛から渡された皮紙にサインをしている。俺達も一通りの身体検査をしてから門を通り抜ける。


「顔パスの連中も多かったようだが、他国の人間の入場は厳しそうだ」


「当然です。工業区画の技術・研究は大なり小なり帝国の宝です。下手な人間が出入りして情報が漏えいされては一大事です。皆さんも、余計な施設に入りこむことや、他の研究員にみだりに話を聞くようなことはしないで下さい。私を含めて追い出されます」


 歩いている最中にクラテルに話を聞くと、そう教えてくれた。


 門を抜けた先は、住居区や商業区と違い平屋の大き目な石組造の建物になる。一つ一つの敷地が広い。何かを作っている建物からは、終始でかい音が聞こえてくる。どの建物にも煙突がつきもので、大体、白や黒い煙がもくもくと出ている。クラテルと同じ様なローブと、よれてくたびれた上っ張りを引っ掛けた連中が通りを歩いている。ただ、人により来ている物の色が違う。少ない色を着込んでいる連中の服は身だしなみを整えて、なんとなく偉そうな感じがする。

 クラテルの歩みは、大通りから外れ、次の路地からも外れ、どんどんと人気の少ない方へと向かって行く。そして、少し開けた場所にある、みすぼらしい平屋の小屋の前で立ち止まる。


「ここが、私の住居兼研究所です。小さいでしょ」


 自嘲気味に笑ってから、汚いですが中でお茶でも飲んでくださいと中へと勧められた。小屋の中は、書類やら道具やらが山積みになりかなり汚い。しかも、おかしな匂い、硫黄や煤の匂いがする。


「臭いに」


「汚いよう」


「クラテル、悪いがここじゃあ逆に落ち着かねえ。外に椅子を出すぞ。それと、中で火を使うと危ねえから表に水と茶飲み道具を持ってこい」


 わかりましたーと、住居の奥へと入っていたクラテルからの返事が来る。俺とゴンは、椅子を引っ張りだそうとしたが、煤でかなり汚れている。面倒になって背負った荷物から携帯ガスコンロとブルーシートを取りだしてその上に座った。腰掛代わりに、表にあった薪にする為の木材を幾つか拝借してくる。

 湯沸し用の鍋と水に素焼きの杯と石製のお椀が一つ、蓋付の小さめの壺をお盆に載せてクラテルは外に出てくる。考えてみるとこちらに来て茶を飲ませてもらうのは初めてだ。王国でも、帝国でも、護衛の時でも、水代わりに飲んでいるのは薄いワインかエール等の酒だった。どこに行っても生水は飲まないように言われている。


「金がねえなんていう割には、嗜好品の茶なんてあるのかい」


「ハハ、最近、安値で買ったのが、大分残っているのです。南方の国で作られている飲み物らしいのですが、苦いし、飲みずらいので、帝国では人気がなかったようです。余った不良在庫を半ば押し付けられたのですよ。ただ、時々、無性に飲みたくなりますね」


 そんなもの客に出すんじゃあねえよと言いたいが、俺も色々な物をこっちの人間に勧めている手前あまり偉そうに言える立場ではねえ。シートの上に茶飲み道具を揃えた盆を置き、クラテルも薪の上に腰を掛けるも、鍋と壺を持ちキョロキョロとしている。


「火はどこで点けましょうか?」


「この台の上に乗っけな」


 首を傾げながらも、小鍋を携帯ガスコンロの上に置く。ゴンがつまみを回して、俺がオイルライターで火を付ける。このガスコンロは着火の所がバカになっているため捨てられていたが、まだまだ使える。点火の際にゴウと小さい音がして、少し大きめに火が出るも、その後は問題なく火が灯っている。

 クラテルは馬鹿面をして、目が点のまま小さい壺を片手に持って固まっている。油が切れた人形のように、首を動かしてこちらを見つめている。まだ、首が痛いのだろうか。


「その壺の中身入れるのじゃあねえのかい」


「は、はあ、その通りですが、これ、一体なんなのですか」


 壺の中身の青緑色した豆を、空の鍋の中に適当に入れながら、茫然とした感じでこちらに質問をしてくる。この感じ、ソフィアの時に似ている。さて、どう誤魔化すか。


「俺の国で、普通に使われている火を灯す道具、誰でも、簡単に火を灯し続けることが出来る道具だ」


「誰でもですか? 術が使えなくとも」


「ああ、そうだ……」


 クラテルは、腰を掛けた薪から立上るも直ぐに、這いつくばって携帯ガスコンロを間近に眺め始める。首を動かし、つぶさに見ている。外側から見るだけじゃあ、何も分かりはしないだろう。考えてみると、昨晩『術を使わない道具』どうこう言っていたような記憶がある。すっかり忘れていた。


「まあ、落ち漬けよ、クラテル」


「落ち着けません。ここに、私が求める一つの形が存在している。どこで、手に入れて、ああ、貴方の国では、普通に使われている、ああ、貴方の国ではこのような道具が数多くあるので、ああ、先程、火を付けた小さい箱も……」


 クラテルは、携帯ガスコンロを見ながらも、自問自答を繰り返す感じの呟く声が止まらない。ゴンが豆の入った小鍋をコンロの上で一生懸命揺すぶっている。徐々に香ばしい香りが漂ってくる。


「ゲゲ、ゲンさん。たた、多分コーヒー豆」


「クラテル、これ誰からどこで貰った。まだ、あるのか」


「地下の倉庫に麻袋で一つ残っています。欲しければ分けますよ。昨晩のお詫びと、今朝の朝食のお礼です。もっと欲しければ、昨日貴方達と一緒にいたワリスさんが勤めるプロクリス商会から貰ってください。あの店で買い物した時に、訳も分からず押し付けられたのです」


 携帯ガスコンロから目を放すことなくクラテルはこちらの質問に答える。多分、ワリスの奴が買い付けたのだろう。あいつ、商人の癖に興味本位で物を買い過ぎだ。会長に怒鳴られるわけだ。ただ、勘は良い。買った物の使いどころを分かってはいねえが。

 ガスコンロから目を放さず微動だにしなくなったクラテルを置いて、ゴンは、適当に炒ったコーヒー豆を少しだけ石の椀に入れてこぼれない様に丁寧に砕いて挽いていく。挽き終った粉を小鍋に戻して水を入れ沸かし始める。沸く寸前に、火を鍋から降ろし荷から取りだした匙でかき回す。三回程繰り返し、零さないよう丁寧に木の杯に注ぎ、各自に杯を渡す。

 クラテルは、杯を渡される段になってから、ようやくガスコンロから離れてゴンから杯を受け取る。


「おや、よく『クフ豆』の淹れ方知っていましたね」


「まま、前に、のの、飲んだことがある」


「うー、苦いに」


「に、苦すぎるよう」

 

 流石にアエラキとオルデンには、砂糖を入れないコーヒーは苦すぎたか。無理して飲むなと二人に言い、俺は久しぶりのコーヒーに口を付ける。俺もそれほどコーヒーが好きな訳ではねえが、この香りを嗅ぐと心が落ち着く。どうやら、クラテルも少し落ち着いてきたようだ。


「申し訳ありません、お客さんをそっちのけにして、お茶まで入れて貰って……」


「ガハハ、全くだ、研究者って奴は、自分の興味を引く物があると周りが見えなくなっちまうから、たちが悪いな」


 笑いながら、冗談めかして本音を言う。クラテルの奴は申し訳なさそうに縮こまりながらコーヒーを飲んでいる。しかし、そう言われてもなおガスコンロについて色々と質問をしてくる。だが「知らねえ、分からねえ」と言うしかねえ。実際、詳しい仕組みなど俺には分からねえ。


「なあ、クラテル。もし知っていたとしても教えることは出来ねえ。帝国だって同じ事をしているじゃあねえか」


 言われたクラテルは気付いて残念そうに顔を下に向ける。帝国も技術が宝だと良く知っている。タダで、知ろうとするのは浅はかな考えだ。沈黙の後、意を決したようにこちらに顔を向ける。譲ってくれとでもいうのかな。


「お願いがあります。……少しの間でも構いません、私の研究を手伝って貰えません

か!」


 予想外の話に、口にしていたコーヒーを吹きそうになった。どうして、そんな考えに至る。不思議そうに、クラテルを眺めていると、真剣な顔つきでこちらに語って来る。


「多分、次の技術研究発表会で成果が出なければ、私は工業区画の研究者としての地位を追われます。それは、絶対に避けたい。しかし、私の研究は現在、完全に行き詰っています! どうか、力を貸してください!」


「この、道具を発表するってえんなら、お断りだ」


「ち、違います! あくまで、今、私が研究している『爆発粉塵』を完成させて発表したいのです!」


 クラテルは薪から腰を下ろし、膝をついて頭を下げて懇願してくる。俺は『爆発粉塵』と言う言葉を聞き、内心驚いている。

 先ほど見た、家の中の様子を見る限り、多分、こいつは『火薬』を作ろうとしている。どうして、そこに至った。面白そうだ、しかし、下手に力は貸せねえ。


「その研究成果、何に使えるんだい。意味なんてあるのかい」


「……」


 クラテルは顔を俯かせたまま答えない。それとも、答えられないのか。断ろうかと思った矢先に、言葉を選ぶようにゆっくりと質問に答える。


「こ、この研究の成果がでれば『術が使えない人』でも、じ、自分の身が守れるようになるはずです。わ、私の勘がそう囁くのです」


 力なく、あいまいな答えを出す。本音を言うなら、『はず』や『勘』で動くことは出来ねえ。ただ、こいつは必至だ。嘘じゃなく、真剣だ。『術が使えない人間』のためを思っているのは確かかも知れねえ。こちらから目線を外すことなく見続けている。


「……金、支払えるのかい。どれくらいの期間しか手伝えるか分からねえが、俺達は王国に帰る護衛依頼の日程までしか、帝国にはいられねえ。研究が出来上がらなくたって、帰らなきゃならねえ。俺とゴンが手伝うとしても、一日一人当たり銅貨六枚は貰いてえ。飯を食うにも困るアンタに払えるのかい」


「か、家財道具を売り払ってでも、お金は用立てます! この国にはない、貴方方の国の知識がきっと必要なのです!」


 クラテルはあやふやな「勘」を信用している。しかし、外れてはいねえ。材料さえどうにかなれば、火薬は出来る。俺は、作り方を知っている。なんとかしてやりてえが、この技術は色々とこの世界のバランスを崩すことになるかもしれねえ。


「なあ、クラテル。一つだけ約束してくれ。『爆発粉塵』が出来たとしても、絶対に他国に情報が漏れないようにしてくれ。研究の成果は、帝国で完全に秘匿にしてくれ。皇帝にでもなんでも、命を掛けてでも懇願してくれ」


「……わ、分かりました。なにが、それほど重要なのか分かりませんが、約束します。安心して下さい。研究の成果を表に出すほど、帝国は馬鹿ではありません」


 クラテルの返答を聞き(今のところはな)と、心の中でつぶやく。どんなに秘匿しても、情報はいずれ漏れる。本当に悩みどころだが、三大発明の一つである火薬は技術の進歩に必要であろう。もしかすると「術で出来ないことは出来ない」という考えを、爆破してくれるかもしれねえ。


「わかった、手伝おう。但し、さっき言った通り次の護衛依頼の日が来るまでの間だ。俺とゴンが手伝う。それ以外の人間を俺が使うときは、こっちで金を払う。お前が必要とした場合は、お前が払う。それでいいなら、引き受けよう」


「それで構いません! お願いします!」


 再度、頭を深く下げて俺に向かって礼を言う。ゴンが後ろに近づき、屈みこんで俺に囁く。


「いい、良いのかい。まま、拙いのじゃないか」


「いや、ゴン。ここまで頼まれたんだ。手伝ってやろう。ちたあ、この世界に貢献してやってもいいだろう」


 クラテルに聞こえないよう、ゴンに耳打ちをする。答えを聞いてもなお、ゴンは心配そうだ。そりゃそうだろう、もしかすれば、えらい危ねえ発明の手助けをすることになる。しかし、それは使う側の問題だ。俺のせいじゃあねえや、と割り切るしかねえ。


「ところで、詳しい話を聞いておきてえ。クラテルの研究はどこまで進んでいる」


「実は『爆発粉塵』自体の製作は出来ているのです。昔の記録が載っていた古文書で作り方を見つけました。何かの薬を作ろうとして、爆発で死んでしまった錬金術師の記録です」


 研究所に入った際に、煤で汚れていたのと硫黄の匂いがしたので、なんとなくそうじゃあねえかと思ってはいた。そうすると、何が問題だ。


「材料が手に入らないのです。手に入ったとしても高価すぎて、量産が出来ません。私の作った爆発粉塵の量では、たいした検証もできません」


「なんの、材料が足りねえんだ」


「木炭は手に入ります。が、まずは黄臭石。この辺りでは手に入りません。プロクリス商会で少しだけ手に入れました。なんでも、肌の塗り薬の元として仕入れたそうですが、風呂に入ったのと大して効果が変わらないと、会長にどやされたらしく高い買い物だったと店員が零していました。

 もう一つは、薬屋で手に入れた不老薬と言われるものです。黒い粒状の物ですが、入手先がいつだか、分からないほど以前に手に入れた物らしく、はっきり言って不老の薬効は疑い深いものがあります。どうにか少量だけ手に入れました。しかし、もう、手元にはありません」


 ワリスの馬鹿は、何を考えているのかわかりゃあしねえ。あいつは仕入れの際に後先を考えていねえのか。不老薬は硝石の事だろう。こいつを手に入れる当てはある。その前に、クラテルは随分とおかしなことを言った。


「なあ、クラテル『黄臭石』がこの辺で手に入らないのかい」


「え、ええ。帝都の商会をつぶさにあたって、ようやくプロクリス商会で見つけました。この辺りにあるなんて、聞いたことがありません」


「似たような物を、別名でもか?」


「はい、ありません」


 クラテルはきっぱりと返事をする。おかしい、どう考えてもおかしい。温泉が近くにあるのに黄臭石、俺達の知る硫黄が近くに無いわけがない。あの浴場の風呂からは、微かにだが間違いなく硫黄臭がした。


「なあ、浴場の湯を引いている場所は立ち入り禁止か何かになっているのかい」


「はあ、一応は皇帝の管轄地ですから。ただ、許可を得れば行けるはずです。毒素が発生していて危険な場所なので入る人はいませんが」


 火山ガスが出ているのかも知れねえ。なら、立ち入るのは危険だ。流石に、毒ガス用のマスクは持っていねえ。


「あ、でも風の術士がいれば、術で毒気を避けて近づけます」

 

 続いて出た、クラテルの言葉にこけそうになる。なら、問題はねえ。ガリーザに手伝って貰うか。帰って相談をしよう。


「お前さんは、風の術を使えるのか」


「はい、一通り基本術は使えます。まあ、並のドワーフ程度の霊力しかありませんが」


「よし、じゃあ、クラテル、湯が湧いている場所まで行けるように許可を取ってくれ。先立つものがいるだろうからこれを使え。ツケで貸してやる。後で、必ず返せ」


 ゴンに銀貨十枚を仕込ませた革の巾着袋を用意して貰い、クラテルに渡す。これじゃあ、まるで研究の投資家だ。クラテルは、喜び勇んでいる。絶対に無駄遣いをするなと、言い含めてから俺達は宿に戻る。許可が出たら宿に来いとも言っておく。

 直ぐに許可を取り付けますと、その足でクラテルは何処かへと向かう。残された俺達は、場所を片付けて宿へと戻った。茶道具は玄関先に置いておいた。盗まれてもあとは知らねえ。




「二十一日後、交易都市に戻る商隊の護衛依頼がありました。大きい商隊ですので、幾つかの班が雇われるようです。それまでの宿代は、まとめて女将に支払っておきました」


「ありがとさん、ラティオ。残りは皆の風呂代や飯代の足しにしてくれ。足りねえようなら追加するが」


「本当は、護衛依頼が済んでいますから自分達の分は、自分達で出すのが普通です。まあ、貰えるものは貰いますが」


 ラティオも優しげな顔をしていても、きっちりしている。いずれにしても預けた金は保険にしておこう。これで、アエラキ達の分の宿代もとりあえずの心配はない。


「それとな、近いうちに、近くの山へ鉱物採取に行くのにガリーザを借りてえ。毒気が発生しているから、風の術使える術士がいるんだとよ」


「行くなら、私達も行きます。三人で一日、銀貨二枚で行きます」


「ああ、それでいい。アエラキ達もその時は、荷物持ちを頼む。二人で一日銅貨六枚。どうだ」


「いいよう。どうせ暇だよう」


「い・け・な・い・ね。アンタ達、いずれは狩人になるのだろう。狩人なら、自分の仕事は自分で探すのさ。暇だ、なんて言っている身分じゃあないよ。宿代も飯代も依頼主持ち、こんなに条件のいい仕事は普通ないよ。ゲンとゴンが甘やかし過ぎなのさ」


 うりうりと言った感じでアエラキとオルデンの頭をわしゃわしゃとガリーザが撫で

る。「わかっていよう」と言い、ガリーザの手から逃れようと二人共必死に抵抗している。こっちへ来る前に、リカー嬢さんに過保護は良くないと言っておきながら、他から見れば俺達もまだまだ甘いようだ。


「ガリーザの言う通りだな。飯代ぐらいは、各自が出すか。ラティオ、預けた金から、ガリーザの分の金を戻すか」


「ガリーザさん、それでいいですか」


「い、いいわけないだろう!」


 笑いながら冗談だと言っておく。ただ、アエラキとオルデンには無駄遣いは絶対にするなよと言い含める。二人共、将来の資金にするからしないと返事をしてくれた。その言葉を信じて、今日の昼飯を奢ってやろう。

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