第6話 ドワーフ帝国
「目が覚めたか、兄弟。朝だぞ。出発だ」
「……おはようさん、ワリス。分かった、直ぐに支度をする」
支度と言っても、簡単な飯を済ませて、用を足してくるだけだ。野営で寝る時は、交代しながら幌の中で寝ている。火は焚いているものの流石に外は寒い。風をしのげる幌の中の方が幾分かましだ。
俺を含めた寝ている連中が起こされて、身支度を整え、用意された朝飯を食べる。昨日仕留めてさばいた蜥蜴の余り肉を使ったスープ。昨晩の作り置きだ。味が染み出て、良い感じだ。ハダスが美味そうに食うものの、物足りなそうだ。
支度が整い、火の始末を終えればすぐに出発だ。明日には、帝国へと着く予定だ。昨晩ワリスに途中で村か、街でもないのかと尋ねたが王国へ行くルートは荒れ地ばかりで、開拓はされていないと言う。帝国より東側は穀倉地帯になっているため、そちらに人は住んでいるが回り道になるだけらしい。
「早く、帝国の薄焼きパンが食いてえよ。王国の硬いパンは食い飽きた」
ワリスは、酒を飲み笑いながら、そう零していた。帝国のパンは、王国のパンとは違うものらしい。ちょっと、楽しみが出来た。
帝国に近づくにつれて、徐々に周囲の様相が変わり始める。草の少なかった荒れ地から、徐々に草原のようになってくる。まだ寒いので、枯草が多いものの、チラチラと緑の部分も見える。この辺りを開拓すればいいのにと思うが、川から遠く、良い水場が近くに無いらしい。
進んできた道より大きな道につながる。敷き固められた砕石で舗装され、両脇にはご丁寧に石造りの排水溝ができている。王国の交易都市内の道の様だ。随分と整備がされている。
昼飯を終えた後、ワリス達から離れた場所でラティオから俺に申し出があった。
「申し訳ないのですが、ゲンさんとゴンさんの居る場所を、ハダスとアエラキさん達と交代して貰いたいのです」
「なにか、問題があったのかい。喧嘩をするような連中じゃあねえだろう」
「ええ、そうゆう訳ではないのご安心を。ワリスさん達は余り気にしていないようですが、帝国は、他の国の他人種が入国する際の検査は結構厳しく、王国の商人の護衛で来た時は結構な時間を割かれました。別に、私達は悪いことをしているわけではないのですが、ドワーフがリーダーの護衛班であればきっと、検査がゆるくなります」
「俺はドワーフじゃねえよ。ばれたら、逆にうるせえだろう。ワリス達には、結局言えずじまいのままなんだ。それに、なんで検査が厳しくなる? 戦争しているわけではあるめえ」
「ドワーフと言う人族は、手先が器用で、技術力が高いため、帝国の技術も他の国より高く、ここ十数年近く技術の流出や漏えいに対してかなり神経質になっています。特に、知性が高いとされる、肌人種には厳しい」
なるほどねと、思う。道の状態を見るだけでも、王国よりも技術力は上だろう。高い技術力は国の宝だ。せっかく他国より優位に立っているのを、みすみす手放す理由はないのだろう。ラティオの申し出を承諾すると、ホッとした顔をしている。ゴンやハダス達がいる方に戻り、交代の件を説明する。
「助かります。言い掛かりで、余計な揉め事になるのは出来るだけ避けたいのです」
「そいつは、誰でも同じだ。ハダス、アエラキ、オルデン、ワリスには話をしておくが、喧嘩なんてするな」
「スルワケナイ」
「しないに!」
「ガリーザさんとは違うよう」
余計なことを言ったオルデンが、後ろからガリーザに軽く頭を叩かれている。ハダス達を連れて、ワリスの元に行き、事情を説明する。
「俺が入れば、検査がすんなり通るって魂胆らしい」
「ガハハ、そりゃそうだ。同胞相手に厳しい検査なんてしねえからな。良いぜ分かった。獣人の子供相手に、悪さする奴はいねえから安心してくれ」
ハダス達はワリス達の乗る馬車へと乗り込み、俺達もラティオ達の待つ馬車へと向かう。全員が乗り込むと馬車は出発をする。明日の昼頃には帝国に着く予定だ。
「ハア、もう野営はうんざりだね。早く、帝国の宿でゆっくりとしたいよ。帝国の宿は清潔だから、アンタ達が心配するようなノミやらダニなんていやしないよ」
「へえ、そうなのかい。そいつは朗報だ」
ガリーザはこちらに近づき小声でさらに話しかけてくる。
「ドワーフには言えないが、あの見た目と違ってかなり綺麗好きなんだよ。街の中も、トイレも王国よりもずっと良く整備されているのさ」
ワリス達は全員、髪も髭も伸び放題でお世辞にも綺麗好きには見えない。現に、野営が続いて水浴びが出来ない状態にあっても、気にするそぶりは見えない。俺やゴンなんかは、余り臭うと流石に嫌なので、ガリーザに頼んで洗浄の術を掛けて貰っている。しかし、術の処理と風呂は別物だ。すっきりはするが、サッパリはしねえ。
「ガリーザ、何度も言うが……」
「見た目は関係ないね。アンタを知ると良く分かるのさ」
俺の言葉をさえぎって、カラカラと笑いながらガリーザは返事をする。小娘に、からかわれたか。俺もまだまだだ。
街道の途中で、最後の野営の準備をする。晩飯は、残したコボルト肉を使った鍋とする。オークよりも肉の塊が小さいので熟成も進んでいるだろう。オーク肉もさばいて、ワリス達が飲み干して空になった適当な大きさの酒樽を安値で購入し、半分残った肉に塩をまぶして、塩漬けにしておく。どの程度の期間、帝国で過ごすかは分からないが念のため保存食は作っておく。
帝国についた日の晩は、オークの肉で焼肉でもしようと考えている。ワリス達にもご馳走する予定だ。コボルト肉の表面、乾燥して黒ずんだ部分を短刀で剥いでいると、ワリスが話しかけてきた。
「人生半ば近くまで生きてきたが、オークに続いてコボルトを食うとは思わなかった」
「へえ、ワリスは何歳なんだい」
「多分、兄弟と同じくらいで、153歳だ」
聞いた俺は思わず、短刀を落としそうになる。冗談かと思うが、どうにも判断が出来ねえ。ああ、とか適当な返事をして言葉を濁す。さばいた肉を鍋に入れてから、ラティオに近づき、ワリス達に聞こえないよう先ほどの言葉の真偽を聞く。
「ラティオ、悪いが教えてくれ。前にもいったが、この辺りの常識が良く分からねえ。実際、俺達の国の方には肌人種しかいない。……さっきのワリスの話、本当か」
「そうなのですか、珍しい国です。
それより上になると、
「そうだ、もし、
ワリス達ドワーフよりも長命な人種がいるらしい。この世界は、本当に面白い。俺達の住む世界とはまるで違う。できれば、色々な所を見て回りてえ。だが、好きに来られるわけではないから、そうそう都合のよい状態にはならねえ。残念だ。
コボルトの肉を入れた鍋からは、香ばしい良い香りがしてきた。腹が鳴る。皆で頂く。嫌な顔をしていたガリーザも、一口食べれば、すんなりと受け入れた。俺は、どちらかと言うとハダスやオルデンが食えねえと思っていたが、美味そうに食っている。共食いとは、口が裂けても言えねえ。心配していたことは、心の奥底にしまっておこう。
ドワーフ帝国は、三層ほどの石造りの城壁に囲まれている。大外の城壁部にはデカイ門があり、開いたままになっている。多くの商隊や人が、門に向かって進んでいる。門の奥は橋の様だ。城壁の裏は、堀になっているのだろう。
山岳の麓を何段かに分けて開発している。山裾に住居らしきものが見えている。ただ、城らしきものは見えてこない。多分、ここから見える山をくり抜き、西洋式の神殿に建てられるような、でかい柱がある部分の奥に城はあるのだろう。
大外の門を抜け、橋を渡る。橋は、頑丈そうな石造りになっている。堀には水が張られている。交易都市の堀より深く、水も綺麗だ。
次の門の前で列が出来ている。荷物検査の順番待ちかなんかだろう。すんなりと抜ける連中もいるが、守衛にやたらと調べられている奴らもいる。調べられている奴らは大抵、ドワーフ以外の人種、特に肌人種だ。獣人種は、それ程長く調べられてはいない。ドワーフなんかはほとんど素通りだ。
前に並んでいたワリスは、守衛と適当に言葉を交わし、馬鹿笑いをした後、何事もなく通過している。次は俺達の番だ。幌の中にいた俺達は、一旦全員降りる。
ドワーフの守衛がラティオ達に向けた目線は訝しいものだったが、俺の姿を確認するとたまげたような顔をした後に、一気に和やかな感じになる。
「ワリスが言っていた護衛のリーダーはアンタだな。確かに、すごい体格だ。アンタみないなのが、帝国の戦士になってくれるとありがたいのだがなあ」
「いや、悪いが俺は旅が好きなんでな。一所に、留まるのは性に合わねえ。それより、検査を頼む」
ああ分かったと、軽く返事をして荷車に乗り込み、適当に樽の中身やなんかを覗くと直ぐに降りてきた。ラティオ達に、一言、二言話を聞き、俺からワリスのサインが記載された護衛の依頼書を見せられて頷く。
「問題ないようだ。ようこそ、旅をする同胞よ。我々は、アンタ達を歓迎するよ」
「入場税は取らないのかい」
「アンタ達は、Dランクの冒険者だろう。冒険者組合の協定で、ここいら一帯、同じ様に取決めが定められている。ここも、入場税はタダになるから安心してくれ」
対応をしてくれた守衛に礼を言い、俺達は荷車に再度乗らず馬車の後につく形で徒歩のまま第二の門を通る。舗装がされた大通りがまっすぐに伸びている。道幅は広く、馬車と人が行き来している。
道沿いに並ぶ住居もまた、間口は狭いが頑丈そうな石造り、大体二階建てになっている。屋根も、割った平スレートが葺かれた切妻屋根で出来ているようだ。大層な作りになっている。
「この辺りは住居地域です。もう少し進めば、商業地区に入ります。護衛の仕事はそこで終わるはずです」
並んで歩くラティオがそう教えてくれた。確かに、ワリス達の後に続いて行くと、立ち並ぶ建物の間口が広い建物へと変わる。木製の重厚そうな扉は、開け放しになっていて、客と思われる人が行き交いしている。荷車を牽く馬車が待機している店も多い。しかし、見た感じ敷居が高そうで俺なんかは入り難い。
他の店より間口の広い店の前でワリス達の馬車が止まる。ワリス以外のドワーフ達は、荷車から降りて積荷を店の中に運び入れている。こちらの馬車も止まり、ワリスが歩み寄って来る。
「兄弟。名残惜しいが、護衛の依頼は終了だ。依頼料は直ぐに支払う。少し待っていてくれ。依頼書にサインをする。用意をしておいてくれ」
「わかった。依頼書は懐にある。戻ってくれば直ぐに渡せる」
ワリスはいったん店に入り、それ程しないで戻って来た。手には革のきんちゃく袋を持っている。俺に向かって、巾着袋を投げて渡す。ずっしりと重い袋を受け取る。日当は一日銀貨六枚。十日で、六十枚。ラティオに三人分の報酬を渡すが、残った銀貨の量が明らかに多い。
「ワリス、銀貨の量が多い。勘定を間違えている」
「いや、間違いじゃあねえんだ兄弟。今回は色々と良い体験をした。亜人を食うとは思わなかったが、鉱山の宿場街で飲んだ酒の礼もある。貰ってくれ。要らないなら、捨ててくれ。出した銭、引っ込めることは出来ねえよ」
「分かった。ありがたく貰う。勿体ねえから捨てることはしねえ」
お互い、ニカリと笑い両腕を広げ、肩を抱きあう。ワリスが先に動いたので、とっさに反応できたが握手の習慣はないようだ。「宿は、ここで取れ。大部屋になるが、これを見せれば安くしてくれる」別れ際にワリスが
「ワリス、今晩宿の食堂で一緒に飯を食おう。残ったオークの肉を焼いて食う。慣れないかもしれないが、脂がのって美味い肉だ。あと、酒も御馳走する」
「おお、分かった必ず行く。待っていてくれ」
ゴンが塩漬けオークの樽を持ち、ハダスが布で包まれた肉の塊を持ち運ぶ。見送るワリスに手を振り、場を後にして紹介された宿を目指すことにする。
「ワリスの紹介状だね。あの男が紹介状を出すなんて珍しいことだよ。八人部屋を用意するから、好きなだけ泊まっていきな」
三つ編みの髪と、短く切りそろえた顎髭を生やした切符の良さそうな女将に案内をされて部屋に辿りつく。驚いたことに、ドワーフは女も立派な髭を生やしている。ラティオやガリーザは気にもしていないので、これも、この世界の常識なのだろう。
女将は全員で一日銀貨一枚あれば良いと言う。但し、飯代は別になるとのことだ。毎度のごとく一階には広めの食堂兼酒場があり、昼時を少し回った今時分は客が大分少なくなってきているものの、酒を飲むドワーフ達で十分に騒がしい。
持ち込みしても構わないということなので、今晩は予定通りオーク肉で焼肉をするとしよう。肉の事を話すと、地下の冷暗室で預かってくれると言うので願ったり叶ったりだ。塩漬け肉を入れた樽も一緒に預かって貰う。これで、重い荷がかなり減る。
女将に二階の宿泊部屋に案内され、部屋のカギを預かり各自、荷を降ろす。やっと一息つく。女将はまだ部屋の外で腕を組みながら待っている。
「アンタ達、帝国に来たのは初めてかい?」
「俺と、こっちのでかい男、それと獣人種の子供は始めてだ。残りの三人は、以前に護衛依頼で来たことがある」
「じゃあ、三人はトイレの使い方は分かるね。場所は一階の食堂から外に出ると、小屋がある。男女別々の入口があるから間違わないでおくれ。それと、風呂はないから後で『共同浴場』の場所を教えるから入っておいで。アンタ達、野営続きの旅をしたせいで結構臭うよ。洗浄の術だけじゃあ、やっぱり駄目だね」
「ふふ、風呂があるのですか?」
「ああ、あるよ。国の後ろの山から湧く熱い湯を引いているのさ。王国の民は風呂が嫌いだから嫌だろうけど、流石にそのままベッドに入られるのはお断りだよ」
風呂があると聞いて驚いている俺を差し置いて、思わず聞き返したゴンが喜んでいる。ゴンの奴も、いい加減、肩まで湯に浸かりたいのだろう。余りの喜びように、女将も含めてラティオ達も驚いている。
「なんだい、アンタ、そんなに風呂に入りたかったのかい? 珍しいね。帝国以外の連中は、たいして気に留めもしないことなんだけどね」
それはともかくトイレの使い方を教えるよと女将は言い、一階のトイレまで連れていかれる。
食堂を抜け、一旦外に出るとやはり石組で作られ木の扉が二ヶ所に付いた小屋がある。小屋の脇にはチョロチョロと水が流れている木の樋があり、下の甕に水が溜まって溢れている。手洗い場の様だ。
「右が女で、左が男。中を見ておくれ」
部屋の中には、小さめの銅製の皿から小さい火が灯り、ぼんやりと通路を照らしている。中には仕切りがない穴の開いた石の腰掛に三つの木の蓋が付いている。木の箱には、大きめの渇いた葉っぱが仕込まれている。糞を拭くための紙代わりなのだろう。椅子の上の天井からはロープがぶら下がっている。まさか、水洗なのか。
「蓋を取って、用を足しておくれ。穴に落ちると、地下の排土路まで真っ逆さまだから注意しておくれ。特に、子供は落ちやすいから気を付けるんだよ。用が住んだら、蓋を戻して、そこのロープを引くと、消臭用の灰が掛かるから忘れずにすること。それと、人間の排泄物や生ゴミ以外のゴミは捨てないでおくれ。もし捨てたことがわかったら、宿から追い出すし、衛兵にも捕まるよ」
アエラキとオルデンが蓋を外して、恐る恐る下を覗いている。俺も後ろから覗くが下は真っ暗で何も見えない。匂いはほとんどしない。嗅覚が鋭い二人も、それ程不快な顔はしていない。しかし、穴の深さに少し怖がっているようだ。
ガリーザが言うようにドワーフ帝国は、王国よりも衛生的で清潔だ。王国も街路に排水溝は整備されていたが、住人がやたらと汚物を捨てているから清掃が間に合っていない。一度泊まった宿のトイレは木の桶。他の住居も同じなのだろう。溜まったら本当は、それを共同トイレに捨てるわけだが、面倒なので道に捨てる。
手洗いの水はあったが、大体、たまり水だった。尻を拭くのも、木の棒の先に海綿が付いた糞拭き棒が水の入った木桶に一本突っ込んであっただけだ。王国の宿に泊まるのを渋るのは、このせいもある。野グソをしたほうがましだ。
「この水は飲めるのかい」
「よした方が良いね。大抵腹を下すし、不味いよ。それなら、店のエールかワインを飲んでおくれ。どうしても水を飲むなら沸したのを出すよ」
女将はそこまで言うと、風呂に行くように促す。服は、共同浴場の術士に頼めば洗浄の術を念入りにかけてくれると言う。濡れた体も、乾かしてくれるらしい。着替えもタオルも持たずに行っても構わないようだ。
「別に水の代わりに湯を浴びるだけじゃないか。ゴンは何がそんなに嬉しいんだい」
「ふふ、風呂は気持ちが良い。ささ、サッパリする。つつ、疲れも取れる」
他の連中も、ガリーザの意見に同意をしているようで、どうでもよさそうだ。俺としてはゴンと同じく久しぶりの風呂に入れると思うと、共同浴場へ向かう足取りは軽い。
女将の話だと、一人、小銅貨二枚で共同浴場の利用ができる。しかし、中で色々とサービスがあるから入浴料以外にも適当に小銭を持っていけと助言された。
共同浴場のある建物は、象牙色の虫の巣のような穴が所々に空いた、切り出された大きな石が組み積まれている。出入り口は一つで、管理者に入浴料を払うと中に入れてもらえる。男湯と女湯は分かれているので途中でガリーザとは別れる。
脱衣場のような場所で服を脱ぎ、各々の衣服を衣紋掛けみたいなところに引っ掛けておく。盗まれねえか心配だが、誰も気にしている感じがしねえ。ゴンには念のため、小銭の入った巾着袋は首から下げて持っていかせるとしよう。
浴場はデカイ風呂があり、湯気の熱気で結構暖かい。天井は漆喰塗りのドーム型で、立ち上った湯気の湿気が壁際に行くようになっているようだ。風呂を見て、突撃を掛けようとしたアエラキとオルデンの首をむんずりと捕まえる。
「まずは、身体を洗え。それがマナーだ」
ゴンは、壁の吐水口から湯が出ている洗い場に一人向かっている。直ぐ風呂に向かおうとしていたラティオとハダスも、すごすごと洗い場に向かう。王国の人間には、本当に風呂の概念が無いようだ。
旅の間にこびり付いた垢を綺麗に落とす。洗浄の術を定期的に掛けていたため、それ程汚くはないようだが、湯を浴びるとやっぱりさっぱりする。アエラキとオルデンに、湯を掛けてゴンと手分けしてよく洗ってやる。この二人は、旅の最中に洗浄の術もあまり掛けていない。始めに洗い流した湯はかなり汚かった。
「二人共、狩人になるならちゃんと身体を洗え。野生の獣は匂いに敏感だ。嗅覚の鋭い、獣人種のお前達には、よく判るだろう。お前達が、獣や亜人の匂いに気付くように、相手も人の匂いを嗅げば気付く。それに、狩りの後、傷ついたときもよく洗え。変な病気になりにくくなる」
「今後は気を付けます」
「ソウスル」
洗い終わって、ブルブルと身体を揺すぶって毛についた水気を落とす二人に変わって、ラティオとハダスが返事をする。お前達に言ったんじゃねえよと返したいが、黙っておいてやる。
広い風呂で肩まで湯に浸かると、心まで洗われ感じだ。旅で冷えた身体が芯まで暖かくなり、疲れが湯に溶けだし、コリ固まった筋肉が弛緩していくようだ。
他の入浴者であるドワーフ達もここでは静かに入浴をしている。随分とマナーが良い。
一人のドワーフがこちらに寄って小声で話しかけてくる。
「お前さん、よその国から来たんだろう。こんなに身体のでかい同胞は、皇帝以外に見た事が無いもの。それにしても、帝国の浴場の礼儀を良く知っている。王国の民は、いきなり湯に浸かろうとするから、大抵、俺達に唸られる。もし、獣人の子が入ろうとしたら唸るところだった。……できれば、風呂場で、しかも小さい子を唸りたくはないからな」
「いや、当然の事をしたまでだ」
ドワーフはそうかと言う感じに、小さく笑みを残して場を離れていく。白い湯気の中、皆の姿もぼんやりとして見える。余り長湯をすると、のぼせそうだ。浴場に入った時から、少し、硫黄の匂いがする。
山から湧く湯はやはり温泉か。ドワーフ達はその事が分かっているのだろうか。
――だが、今はそんなことはどうでもいい。この心地よさに身を任せたい。
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