第5話 旅路

「おはよう、ゲンさん、調子はどうかに」


「おはようさん、アエラキ。申し分ない。お前は大丈夫か?」


「? 大丈夫に。昨日の疲れもないに。いつもより、調子が良いに」


 確かに、アエラキの顔の毛並はいつもより艶が良さそうだ。逆にオルデンは、眠そうだ。アエラキが心配で寝付けなかったのかも知れない。仕方がない奴だ。


 出発の準備をしていると、昨晩酒を勝手に飲んだ、黒猫人族の女が近寄って来た。歩いている感じを見た限りは、こっちも問題はなさそうだ。


「おはようさん。体調に問題はねえかい」


「……ないなぁ。最近、客の取り過ぎで疲れていたのに、調子が良いくらいなぁ。昨日飲んだのは、間違いなく、ゴブリンの瘤を漬けた酒なのかなぁ」


「ああ、間違いない。だが、もう、酒は残ってねえよ」


 別にいらないとは言うものの、頭の耳が少し下り、名残惜しげな感じを出している。どうも、禁断の実といわれるゴブリンの瘤を漬けた酒を飲んだのに、調子がおかしくなるどころか、逆に調子が良い。わざわざ、ここに真偽を確かめに来たということだ。


「う~ん、とすると、部族の長老達が嘘をついているということかなぁ?」


「まあ、その辺の判断はそちらでしてくれ。ただ、直ちに体に悪くはなくても、止められなくなるとかの中毒性もあるかもしれねえから、安易な判断は下さないでくれ」


「そうするなぁ。同胞に行き会ったら、ちょっと聞いてみるなぁ」


 この女は長老たちに教えられた『ゴブリンの瘤=禁断の実』ということを怪しく思い始めているようだ。調べるのは勝手にやって貰いてえが、間違ったことにはならないでもらいてえ。女は、少しおどおどしていた、ゴンをからかってから去っていく。


 マタタビ酒を飲まなかったオルデン以外は、皆、初日の疲れは残っていないようだ。オルデンはその様子を見て、ふてくされている。


「旅の初日の疲れは残りやすいんだが、昨日の薬酒、本当に良く効く」


「俺達の国では、疲れた旅人が、口にしてまた旅に出ることが出来たから、マタタビなんて言う説もあるからな」


 ワリスはふうんと頷き、今度、作ってみるかと言う。交易で、都市を行き来するワリスのような商人にはうってつけな酒なのかもしれないな。ただ、アルコール度数三十五度以上の酒が必要だ。後で、それを教えておくとしよう。


 鉱山街の宿場町を後にする。森を抜け、何回かの夜を過ごす。街道途中の村で寝泊まりもしたし、野営も行った。徐々に、辺りから植物は少なくなり荒野の様そうに成りつつある。あちらこちらに、礫や岩が増え始める。馬車が通ると砂埃がやたらとたつ。


「ぼちぼち、国境付近だ、兄弟。これで、旅程は半分。もう少しの我慢だ。」


 国境と言っても何があるわけではない。関所や、砦もないとのことだ。結構、その辺はあやふやなのかもしれない。荒れ地のこの辺りをどうにかしようとなんて、考えてもいないのかも知れない。

 ボケっと、馬車の中から外を眺める。後ろから、少し大きめで痩せた、薄汚れた毛並の野犬が数匹、涎を垂らしながら息を荒くしつつ馬車と並走するように走っている。


「なあ、野犬が並走しているぞ。馬、大丈夫かい」


「あん、野犬だ? ちょっと、どいてくれ、兄弟」


 ワリスは、俺をどかして、同じように馬車の外を見る。チッと、盛大な舌打ちをした後に大声を張って叫ぶ。


「オイ! 盗賊犬だ! この先に群れが待ち構えているぞ! 武器を持て! 蹴散らすぞ!」


 馬車の操者にまで聞こえたのか、馬車は、徐々に速度を緩めていく。ワリスの言う通り、あちらこちらか野犬が増えてくる。五十匹はいるようだ。俺も、ゴンも馬車の荷車から降り、守るような配置を取る。ラティオ達も、降りている。アエラキ達は荷車の上だ。


「ワリス、一気に駆け抜けねえのかい」


「無駄、無駄。盗賊犬は脚が早えし、しつけえ。荷を背負っている分、遅くなっているから馬をやられるだけだ。弱っちいから蹴散らした方が早えのよ。こいつら、餌だけじゃなくて貴金属を奪って、女も襲う。駆除しとかねえと、後の連中が困るだけだ。さあ、来たぞ兄弟、力を見せてくれ!」


 遠巻きに、威嚇しながらグルグルと小走りを続けていた野犬共がこちらに向かってくる。戦槌のハンマーの方を、頭に叩きつける。キャインと叫んで、転がり落ちる。ワリス達も、斧や、槌矛で向かってくる野犬共を叩き潰している。あの強さなら、少数でも護衛なんていらねえと思う。

 ちょっとした隙に足元に喰らいついてきた一匹の頭を掴み、強引に引っぺがす。脛当て、厚めのズボンに阻まれて牙は届いてはいねえ。ギャンギャンと叫びながら暴れるので、放り投げてからピックで頭を穿ってやると静かになった。


 放り投げた骸に、遠巻きにしていた他の犬共が集り食い始める。こいつらに仲間意識はないようだ。それ以前に狂犬病にでもかかっている可能性が高い。さっきは、牙が届いていなくて助かった。


「兄弟、噛まれたなら後で傷口に解毒薬を掛けておけよ。放置しておくと、盗賊犬の毒に当たって死ぬことがあるからな。こいつらは弱いが、それだけは厄介だ」


「牙は届いていねえから大丈夫だ。それにしても、呆れた犬共だ。こちらを襲わねえで、死んだ仲間の遺体に集って食うのに夢中だ」


「こいつらは、ああゆう習性だ。目先の餌を優先する」


 ゴンやラティオへ襲い掛かった連中も、あえなく撃沈して、数匹の遺骸が足元に転がっている。まだ数は多いが、少し、慎重になったのか今はやや離れた場所から威嚇をしている。それより離れた奴らは、俺が放り投げた遺体にまだ集っている。もう、食える肉も少ないだろうに。


「ワリス、ちょっとだけ、幌の中に戻る」


 そう言って、素早く中に戻り、ばらしたコボルトの肉を適当に外へ放り投げる。念のため、一食分程度は残しておこう。


「これも投げて、集ったところを攻撃しよう。ガリーザ適当に術をぶつけてくれ」


 任せなと威勢の良い返事を帰してくる。笑い返してから、ワリス達と共に足元に転がる野犬の死体や、コボルトの肉塊を適当に離れた位置へ投げる。威嚇をしていた盗賊犬共は、我先にそちらへ向かってしまう。

 ワリス達やラティオ、ハダスはじりじりと距離を詰め、俺とゴンは、革のスリングに礫をしこんで、餌に集る盗賊犬に投げ込む準備をする。ガリーザに目線を送り、合図を待って、餌に集っている一角に礫を放つ。

 礫は、餌に集って動きを止めていた盗賊犬にぶち当たる。ガリーザは水の術を使ったようで、犬達はずぶ濡れになっている。だが、それだけだ。


「ガリーザ、何の意味があるんだ」


「盗賊犬はね、水に濡れるのを極度に嫌がるのさ。見て見なよ、動きがあからさまにわるくなっただろう」


 ガリーザの言う通り、水に濡れた犬達はブルブルと震えて、ヨロヨロとしたり、へたり込んだりしている。詰め寄っていたワリス達が、嬉々として打撃を打ちこみ仕留めに掛かっている。俺達も、スリングで攻撃するより近づいて仕留めた方が早そうだ。

 残りが、数匹になると野犬共はキャンキャンと吠えながら逃げて行く。負け犬の遠吠え。ゴンが拳骨サイズの石を放り投げる。流石に当りゃあしねえと思ったが、速度も載って、変な風に曲がり、逃げた一匹の頭に当たる。ガリーザが術を掛けていたようだ。

 それを見た野犬達は吠えるのもやめて、より遠くへと逃げて行く。ガリーザは嬉しそうに笑っているが、ゴンは少ししかめ面だ。追い払う程度に、石を投げたつもりだったのだろう。


「ひとまず追い払ったな」


「ハハハ、ゴンは容赦がないな。連れてきた、肌人種と狼人族も良い感じだ」


「お前達もな。護衛、別に要らなかったのじゃあないかい」


「そうでもねえさ。この先、まだ、色々と出くわすだろうし、やっぱり人数が多けりゃそれだけ、有利に戦いを進められるしな。餌に集らせてから、投擲で気を逸らしてから、水の術を掛けたのは良かったぜ。弱い奴らと一緒だと、こうも上手くいかねえさ」


 笑いながら、ワリスは荷車に飛び乗っていく。ワリス達が乗り切ったところで、俺達も馬車に乗る。全員が乗り終えたことを伝えると、ワリスの合図で馬車はまた、走りだした。野犬は痩せて固そうだったし、これ以上荷物も増やすのは嫌だったので、あえて手を付けなかった。盗賊犬を食うなら、コボルトの方が肉付きも良くて美味そうだ。




 盗賊犬を撃退してから、三日が経過した。所々に草が生える程度の荒地が続く、緩やかな傾斜の山岳路を馬車は走っている。何事もなければ、あと二日で帝国に辿りつくそうだ。あくびが出る様な代わり映えのしない風景が続く。

 国境を超えてからは、野営が続いた。この辺りには水場がないので、身体が洗えない。風が吹くと砂埃が舞い、服や髪にこびり付くので、全身ざらついた感じがする。


(風呂に入りてえ、ダメならせめて、水で身体を拭きてえな)


 俺も、柔になったと思う。ワリスや、ラティオ達、一番旅に慣れていない筈のアエラキ達でさえ、我慢をしているそぶりも見せていねえ。日本人なら、仕方がないことなのかも知れねえ。そんなことを考えながら、再び、ぼんやりと外を眺める。ゴンも隣で、外を見ている。


 ゴンは不意に、指を指し、何も言わずに首を傾げる。


「どうした、ゴン。何かいたのかい」


「いい、岩が動いたような気がした。たた、多分気のせい」


 ゴンが指を差した方向は、もう後ろだ。大きめの岩が転がっているだけで、他には何もない。気のせいだろうと思い、俺は、違う方向を向く。ゴンが、俺の肩を掴んでまた、指を差している。


「ああ、あの岩! うう、動いている、ここ、こっちに向かっている!」


 ゴンが指を差した方向、先程は動いていなかった大岩の一つが、ガサゴソとこちらに向かってきている。大きさに似合わず、結構な速さだ。話を聞いていた、ワリスが俺達の肩越しから身を乗り出して、ゴンが指差す方にある動く大岩を睨む。


「あちゃあ、大岩蜥蜴だ。しかも、でかい。こりゃあ、逃げきれねえな」


「厄介な相手かい」


「とにかく、固い。表皮が岩の様に硬い大蜥蜴、だから、大岩蜥蜴。普通の奴より、倍くらいありそうだ。馬車止めて、相手にすると時間が掛かるな。城下街に到着するのが夜になると、兄弟達の宿が取れなくなるかもしれねえ」


「ワリス、俺達を降ろせ。ラティオ達にも手伝わせる。荷物持ちの二人は連れていってくれ。この先、どこかで昼飯だろう。そこで、落ち合おう。やばそうだったら、ラティオ達を向かわせるからそのまま、逃げろ。足止め程度の時間は稼ぐ」


「兄弟ならそこまで、気を張る相手でもねえよ。飯の準備をしておくから、遅れねえで来てくれや。そうそう、仕留めた蜥蜴は持って来てくれ。肉も皮も良い値がつく。買い取るぜ」


 流石は商人、こんな時でも商売っ気を忘れねえ。俺は、後ろの馬車に向かって「仕事だ!」と怒鳴る。馬車は速度を緩め、俺達は飛び降りる。ラティオ達も飛び降りている。


「アエラキ、オルデン。荷物を頼む。ワリス達を手伝ってやれ」


「わ、わかったに。任せてくれに」


「気を付けてくれよう!」


 アエラキの返事を聞き、オルデンが手を振る姿を見送りながら、馬車は速度を上げて離れていく。後ろからは、大岩蜥蜴が砂埃を上げて近づいてくる。ラティオが、向かってきている相手を視認して呟く。


「大岩蜥蜴ですか。私の剣では、少し厄介な相手です」


「普通よりでかいらしい。今回は、俺とゴンが攻撃に回る。牽制を頼む。ハダス、こいつを借りた、使え」


 持っていた金属製の槌矛をハダスに渡す。結構重いが、ハダスなら問題なく振るうだろう。固い表皮には、鋭利な刃物よりも鈍器の方が、攻撃も通りやすいはずだ。

 その名の通り、表皮がゴツゴツとした岩のような大岩蜥蜴は、待ち構えていたこちらに気付き、長く、先が二つに分かれた下を出し、グルグルと威嚇を始める。

 大岩蜥蜴が動き始めた時、動き出した先の地面がへこみ腹の下が盛り上がったため、地面から脚が離れ、一瞬、動きが止まる。その隙に、ゴンとハダスが駆け寄り、各自が両手で持つ戦槌のハンマーと槌矛を頭部に狙って振るう。ガキンと、鈍い音が響く。確かに硬そうな相手だ。

 二人の一撃は効いたようで、大岩蜥蜴は盛り上がった山からずるりと落ちた後、少し目を回したのか、頭を左右に揺らしている。再度攻撃を加えようとする、ゴンとハダスを睨む。

 大柄な二人の後ろから飛び出すようにラティオが眉間を狙って剣で突きを入れる。ギン、と音が鳴り固い表皮に突きは阻まれ、その隙に噛みつこうと前に一歩踏み出すも、ゴンとハダスに阻まれて歩みを止める。

 ハダスの後ろから回り込んだ俺は、思いっきり振り上げた戦槌のピックの方を、眉間の辺りに叩きつける。表皮の岩と岩の間に食い込む。が、運悪く食い込んだピックが抜けない。大岩蜥蜴の力は強く、振り回されて戦槌の柄を手放した俺は転がってしまう。


「痛ててて、油断した」


「何をやっているんだい! だらしないねえ」


 ガリーザに文句を言われる。しかし、ラティオの言う通り、防具を整えておいて良かった。厚手の布製防具のおかげで、多分軽い擦り傷程度で済んでいる。

 俺が手放し、刺さったままの戦槌の柄をゴンが握っている。足元には、ゴンの戦槌が転がっている。大岩蜥蜴は、ゴンを引きずり込もうとしているが、びくともしていない。ゴンが両手に力を込めると戦槌が外れた。

 ゴンが放り出した、戦槌を持ってもう一度大岩蜥蜴に近づき、ハダスと交互に頭部を叩く。叩くたびにギンギンと音がする。鍛冶屋で仕事をしているみてえだ。しかし、あまり効いてはいねえようだ。こちらに噛みつこうと、隙を見ては飛び出してくる。そのたびに、誰かが一撃を入れて叩き伏せているが、やはり効いてはいねえ。始めに使った術の後から、術を使わずにいるガリーザに声を掛ける。


「ガリーザ、火の術を使えるかい」


「使えるけど、こいつには効きやしないよ。しつこく殴って、目を回した所でひっくり返して、腹に一撃を加えるのがいつものパターンさ。それまで、アタシの出番はないようなもんさ」


「それなら、イッチョ頼む。火で炙って熱くなった部分に水の術で冷やしてくれ。なるべく一気にな。それを、何回か繰り返す。頼む。」


「また、何か考えがあるのかい。どうなるかは知らないが、やってみようか!」


 そう言うと、口の中で術を呟き、杖の先を大岩蜥蜴に向ける。杖の先から、それなりの火が勢いよく噴き出す。大岩蜥蜴は火を嫌がり後ずさる。術が切れた瞬間、今度はタイミングよく蜥蜴の上に水が被る。ガリーザは術を仕掛けるタイミングが何時も上手い。手慣れている。

 ガリーザ以外の全員で、大岩蜥蜴に術が当たりやすいよう、牽制をして動きを止める。熱する冷やすを繰り返すした場所にハダスの一撃が当たると、鈍い音がして表皮の大岩が脆くヒビが入る。どうやら俺の目論見は成功したようだ。

 ゴンがさらにヒビ割れを目掛けてピックを打ちこむと、ボロリと表皮の岩が取れる。俺も、同じように打ち込む。ひび割れた大岩は面白いように剥がれる。かわるがわる打ちこむと、しまいには表皮の下にある柔らかそうな肉が見え始める。

 ラティオが、肉に目掛けて剣を刺し込む。今迄、弾かれていた剣先が嘘のように突き刺さる。大岩蜥蜴が、痛みで急に身をよじったので、ラティオもまた、剣を手放し後ろに飛び退く。しかし、動きが明らかに鈍くなった。


「私も油断をしました。予想以上に突き刺さってしまいましたね」


「剣が弾かれて、鬱憤でも溜まっていたのかい。まあ、後しばらくの辛抱だ」


 ゴンが、むき出しになった肉の部分めがけてピックを打ちこむ。ハダスが、槌を打ちこめば表皮の岩がまた剥げていく。そこに目掛けて、俺もピックを打ちこむ。こうなれば、もう、こっちのものだ。

 いい加減ピックで叩き、穴だらけになった大蜥蜴は動かなくなった。ラティオは、刺さった剣の束を手に取り、動かなくなった大岩蜥蜴に足を掛けて、力いっぱい剣を引き抜き、外す。

 俺はもう一度、頭部の頂部にピックを叩き込む。蜥蜴の小さい脳みそを捕らえただろうか。念のため、ラティオに頼み、先程と同じ場所に剣を深く刺してもらう。


「随分な念のいれようだね。大岩蜥蜴が可愛そうなくらいだよ」


「前に、オークの反撃を食らいそうになっていな。死んだふりかも知れねえ。念には念を入れておくよ」


 心にもないことを口にするガリーザの茶々を適当にあしらって、ゴンと共に、大岩蜥蜴の腹の下にピックを刺し込み、ゴロリと転がす。動かない。流石に、死んだようだ。


「これなら、大丈夫か」


「問題ないとでしょう。ワリスさんに持って来てくれって言われているのでしょう」


 オオサンショウウオのような体格の大岩蜥蜴は、体長二メートル程度で、まだ随分と残る表皮の岩を考えると、結構重そうだ。力のあるゴンとハダスに指示を出して持っていかせるとしよう。二人の武器は俺が担げばいいだろう。


「おお、兄弟、その蜥蜴の様子を見るとやっぱり水冷破砕の方法を知っていたな。ただ、表皮の岩が結構取れているから、革の価値は少し下がるな。それでも、買い取らせてもらうぜ。そのでかさの奴は、なかなかいねえからな」


 ワリスは、銀貨五枚で大岩蜥蜴を引き取ってくれた。他のドワーフ達が、早速さばき始めている。頭部を斧で切断して、腹を裂いて卵のような内臓を取りだしている。岩が張り付いたような表皮は、二人掛りで引っ張ると肉から綺麗に剥けていく。


「あの、モツは食わねえのかい」


「食うぜ。頭は、討伐証明になるから流石に食わねえが、脚や、尻尾の肉はここで食っちまおう。胴体部分は売りもんなんで勘弁だ」


 それでも、結構な量がある。今日の昼飯は、肉がいっぱい食えそうだ。


 さばかれた蜥蜴の肉や内臓は塩で味付けをしてから鍋に入れられる。肉の一部は焚火で良く炙ってから食った。淡白な味わいの肉だ。締まっているので少し固いが、噛むほどに味が良く出る。ワリス達は、肉をつまみに酒を飲んでいる。ここに来るまでに樽が二つ空いている。


「ゲンさんは、本当に色々なことを知っていますね。ワリスさん達が言っていた、水冷破砕とはなんなのですか」


「詳しいことは、俺にもわからねえ。固い岩を砕くのに、火で熱してから一気に冷やすと脆くなる。鉱山で働く奴らが使う手段だ。ワリス達が住むドワーフの国は、鉱物資源が豊富なんだろう? 奴らもその辺に詳しいんだろうな。ラティオ達は、Eランクの時に、色々な仕事をしなかったのかい」


「そうですね。私達は、ランクを早く上げたかったので、亜人の討伐や、害獣駆除ばかりをしてきました。依頼料は入りませんが、討伐証明でもらえる報酬で十分でした。今となると、遠回りでも色々と試してみた方が良かった気がします」


「まだ、若いんだ。遅くはねえよ。これから、色々と知識を蓄えればいいさ。こうやって聞くのも良いことだ。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』俺達の国の言葉だ」


 そうですねと、ラティオは笑う。まあ、大岩蜥蜴に使った方法は一種の賭けだ。あの表皮が、岩みたいな別物だとしたら効かなかったかもしれねえ。又、怒られちまうからガリーザには黙っておくことにする。

 俺は、笑いが顔に出ないように肉に噛り付いた。旅程もあと、二日。このまま無事にたどり着きてえものだ。

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