第2話 護衛依頼

「おやまあ、久方ぶりだよ、どこまでほっつき歩いていたんだい」


「追われていたら、そのまま旅の虫が疼き始めた。それだけの事だ」


 ウム婆さんは、ヒヒヒと笑って「そいつは、どうしようもないね」と嫌味たらしく言ってきやがる。まあ、仕方がねえ。確かに、急にいなくなったのはこっちだからな。


「婆さん、くれた薬な俺が使ったわけではねえが大層効いた。ありがとさん」


「そうかい、そうかい。量を間違えなきゃ、良い薬だからね。で、何か用があるんだろう。ただ、挨拶に来るたまじゃあないだろうからねえ」


「婆さん、金の用意は大丈夫かい」


「薬草持って来たのかい。その位なら、幾らでも……本かい? そうだね、本譲る気になったのかい! ああ、ああ、待ちな、金貨三枚、なんとかするさ!」


「婆さん、それじゃあ足りねえんだ」


 ここに来て足元を見るのか、と言った感じの目でこちらを睨む。背負った荷物を降ろして、以前に見せたポケット百科「山菜・木の実」の他に、「キノコ」、「薬草」、「昆虫」を取りだす。昆虫はソフィアようだが、まあいいだろう。中古書店で買った。安かったから、予備も買って持っている。


「これが、この前に見せたもんだ。こっちが、俺達の国で扱う薬草を専門に扱っている。多少内容が重複するから注意をしてくれ」


「これは、茸の図鑑かい? こいつも欲しいねえ。貯めた金がなくなっちまうよ。まあ、死んだら使えやしないから別に構わないか。……薬草と茸の図鑑を貰うよ。ちょっと待ちなよ」


 ウム婆さんはいそいそと家の奥に入って行く。高い買い物だが、背中が嬉しそうだ。よっぽど欲しかったのだろう。

 ボケっと待っていると店のドアが開く。この店に客が来るのを始めてみる。考えてみると流行っていそうもねえ、この店の主がなんで大金を持っているのかが不思議だ。

 開いた扉の先には、小さい娘が体に似合わない大きさの篭を持って立っていた。こちらを見ると、直ぐに顔を逸らして、一回ゴンを見上げてから、ドアを開けたまま家の奥へと入って行く。ちょうど、奥からウム婆さんが戻って来た。


「これでいいねって、アン、買い物から戻ったのかい。ありがとよ、パンは机の上に置いておくれ。だけど、いつも言うようにドアはきちんと閉めておくれ」


 荷物を抱えた小娘は、婆さんと入れ替わるように奥へと消えていく。アン、どこかで聞いたことがある名前だ。


「忘れているね。アンタ達がいなくなる前に、借金取り共から助けた娘だよ。安心おし、のした借金取り共は皆捕まったよ。流石に証文もなしで、人売りまでしようとした連中をのさばらして置く訳にもいかないからねえ」


 ――ああ、思い出した。確かにあの時の小娘だ。以前より、やつれていなかったので少し分からなった。しかし、あの小娘はソフィアに預けたはずだ。疑問に思っていることが顔に出ていたのか、婆さんは机の椅子に腰を掛けて教えてくれた。


「ソフィアがね、ああ、ソフィアは小娘の頃から知る仲なんだがねえ、アンが家に入ってくれないので預かってくれと泣きそうな顔して、ここに来たのさ。

 あの娘は火間虫狩人だろう、ああ、アンタ達は知らないねえ。火間虫狩人は、狩人と研究者の二面性を持つ者が多いのさ。だから、家には研究用の火間を飼っている。アンは、母親が火間虫に殺されただろう?」


 結局、アンは火間虫に恐怖を覚え、ソフィアの家に入ろうとしなかったらしい。家の中は、大部分が研究部屋になっているらしく、入ってすぐに火間が篭の中で蠢いているとのことだ。流石に、潰れた商会のような管理はしていないから逃げ出すようなことはないらしい。

 生活場所は、研究部屋の奥になっているのでなんとか奥まで連れこんだが、朝起きるとアンがいない。慌てて、辺りを探すと部屋の窓から外に出て、布きれ一枚に包って一晩を明かしたのだと言う。

 あの時期の寒さだ、ガチガチと震えて寝られなかったのだろう。まだ、栄養も十分に摂れていなかったから、かなり衰弱した状態になり、困ったソフィアは、知己のウム婆さんの所を訪ねてきたそうだ。で、結局そのままウム婆さんが預かることになった。


「まったく、色々と困った娘達さね。噂をすれば、ほら、来たようだよ」


 開け放しになったドアの先には、長い黒髪を後ろで一つにまとめた美人、ソフィアが驚いた顔をして立っていた。


「ゲンにゴン! いつ、戻ってきていたのですか。急にいなくなってしまったので、どうしたのかと心配をしたのですよ」


 そう言いながら、ソフィアも店の方に入って来る。又、何かを聞こうとしたのだろうが、机の上にある本を見て、嬉しそうな顔をこちらに向ける。


「ああ、忘れずに覚えていてくれたのですね。しかも、種類が増えています。本当に、ありがとう……」


 と、ポケット百科に伸ばした手の甲を、ぺしゃりとウム婆さんに叩かれる。


「これはねえ、アタシが買い取ったんだよ。勝手に触るんじゃあない」


「な! や、約束が違います!」


「おいおい、人聞きの悪いこと言うな。あの時、先約がいると言っておいたろう」


 そんなことは忘れたという感じに、こちらを睨んでソフィアは唸っている。昆虫と、山菜のポケット百科を手に取って渡してやる。しかめ面を改めて、嬉しそうな顔でこちらを見る。


「二冊で、金貨六枚。幾らでも払うんだよな」


「え……」


「アタシは、きちんと払ったよ」


 したり顔の俺と、どや顔のウム婆さんの顔を交互に見比べると、一気にしょげ返る。

 この娘は見ていて面白い。こうも、浮き沈みの表情がはっきりわかると、見ていて楽しくなる。山菜百科を、婆さんの前に置き、昆虫百科をソフィアに手渡してやる。


「ツケにしておく。必ず払え。そっちは婆さんにオマケでやるよ」


「まったく男は、美人に甘いよ。だけどオマケくれるってことは、私もまだ満更じゃあないのかね、ヒヒヒ」


 気持ちの悪い視線をこちらに向けねえで貰いてえ。ソフィアは、満面の笑みを浮かべて礼を言って、喜びはしゃいでいる。タダじゃあねえこと、忘れてねえか。ソフィアは、ひとしきり喜んだあと、思い出したようにウム婆さんに話しかけた。


「ところで、ウム婆様、アンの件はどうですか」


「やっぱり、並の霊力保有量じゃあないねえ。肌人種でいけば、一流以上さね」


 何の話か分からねえ顔をしていると、説明をしてくれた。どうやら、アンの霊力と術の才能が問題になったらしい。

 この世界では、アンの年頃になると簡単な術の一つや二つを覚えさせる。アエラキ達も術を習っているとか言っていた気がする。アンは教えた術を直ぐに覚えた。

 しかも、普通は覚えても霊力を高める修練を積まないと使えないような術も使って見せた。立ち会っていたウム婆さんも驚いたらしい。そこで、先日冒険者組合で、霊力の量を判定して貰ったのだが、


「はっきり言えばエルフ並、伸び次第では、超える可能性もあるさね」


「それは、凄いことなのかい」


「凄いなんてものではありません。肌人種で、エルフ並の霊力を持つ者なんて、国の上級術士でもいません」


 ソフィアは、かなり驚いている。霊力がない、術を使えない、術を知らない、ないない尽くしの俺としてはなんとなく実感がわかねえ。当の本人である、アンは奥に行ったまま出て来やしねえ。最近は、ウム婆さんとソフィアで暇を見て術を教えているとのことだ。

 話が一区切りつくと、ウム婆さんは手にしていた革袋をこちらに渡す。中を見ると、金貨六枚、確かに入っている。


「ありがとさん。じゃあ、行くぜ。又、適当によらせて貰うよ。ソフィア、金貨三枚、忘れずにな」


「ええ、忘れたころに会いましょう!」


「……おめえ、やっぱり今すぐ払え」


 ハハハ、と笑いながら昆虫百科を鞄に入れ、突っ立っているゴンの腕を挨拶代りに軽く叩いてから、ソフィアは足早に店を出て行く。

 慌てて店先から外に出ると、もう姿は見えねえ。あいつもたいそう、逃げ足が速い。

 仕方なく、店の入り口からもう一度顔を入れて、婆さんに挨拶をして店を後にした。


 ――次は、冒険者組合に顔を出そう。

 

 

 

 市内の道は相変わらずの汚さだ。しかし、そこかしこで清掃人夫の依頼を受けた冒険者がドブを浚い、掃除をしている。流石にゴンとは違い、荷車を牽くのも、桶を運ぶのもそれなりにきつそうだ。

 この仕事で初めてアエラキとオルデンに知り合えた。一緒に仕事をした二人組の男達とは、たまに冒険者組合で行きあったこともある。せいぜい、軽く挨拶を交わす程度だが。


「あ、いけねえ。マタタビ酒引き取るの忘れた」


「そそ、そろそろ良い、つつ、浸かり具合だね」


 まあ、なくなるわけではないだろうから、又、間を見て婆さんの店に寄ればいい。


 ゴツイ蝶番がきしんで音のする、組合の扉を開けると受付カウンターで、やたらと小さいオッサンがリカー嬢さんと何やら揉めている。ここからみても、俺より背が低いのが分かる。どうにか、カウンターから頭が出る程度の身長だ。

 リカー嬢さんが、こちらに気付き「アッ」とした顔をする。背の低いオッサンも、何事かと訝しげな目線をこちらに向ける――が、目を見開き、驚いた顔をしてから、嬉しそうにこちらに向かってくる。

 顎に豊かな髭を生やした、堀が深くて鼻のでかい、背は低いが、かなりがっしりしたガタイのオッサンは、俺の肩を掴んでゆさぶり、でかい声を張る。


「なんでえ、なんでえ、いるじゃあねえか、こんなに、強そうな同胞が! なあ、兄弟」

「……揺するのを止してくれ。どこかで、会ったことが在ったかい」


「ああ、無いな。だが、同じドワーフ族、何処であっても、皆兄弟じゃあねえか! 嬢ちゃん、こいつで良い! こいつをリーダーにしてくれ! そうすれば、後の人選はこいつに任せる! じゃあ、アンタの目に適う奴らを連れて来てくれ。いやあ、それにしてもスゲエ体格だ。帝国では見た事も、聞いたこともないから、他の国の出なんだろう?

 皇帝様よりでかい同胞、見たのは初めてだ。後は任せた、俺は帰る準備を進めなきゃならない」


 一方的に捲くし立てて、俺の肩を叩くとゴンを見て、吃驚した顔をしている。「こっちもスゲエ」と言いながら、オッサンは出て行く。リカー嬢さんは、カウンターに頬杖を付き、眉をしかめてタメ息を吐いている。


「……お久しぶりです。三ヶ月程、顔を見せませんでしたね。アエラキさん達や星の瞬きのメンバーが心配していましたよ」


「悪いな。急に、旅の虫が疼いてな」


「そうですか。できれば、立ち去る時は一言、挨拶をして下さい。場合によっては、書類を作る必要もありますから。『今回』の依頼の様に」


 リカー嬢さんは「今回」を強調してから、又、ため息をつく。別に俺が、悪いわけではねえ。あの、オッサンが勝手に一人で決めちまったことだ。


「断ってもいいんだろ。俺で問題があるなら、他を当たってくれ」


「いえ、絶対に受けて下さい。先方が、勝手に勘違いをしただけです。正式な依頼書を作成します。日当は銀貨六枚。護衛人数は、報酬から考えて、貴方とゴンさんを含めて五人程度が望ましいです。荷物持ちを雇うなら、報酬から日当を払ってください」


 依頼内容は「ドワーフ商隊の護衛」。Dランクの依頼に相当するそうだ。俺達は前回、Dランクに昇格している。引き受けることが可能だ。

 本来なら交易都市の冒険者組合に、商人とは言えドワーフ達から護衛の依頼は珍しいとのことだ。ドワーフ自身が、並の冒険者よりよっぽど強いという。

 しかし、今回来た依頼人――あの、小さいオッサン――は、商隊のリーダーで、間に合うはずの仕入れが遅れたため、数人を残してあらかたの人員を先に「ドワーフ帝国」へ帰したそうだ。全員を残すほど、商いに暇も余裕もねえという。

 先日、無事に遅れた品も届いて帰る段になったが、流石に、残った人数だけで帰るのは心許ねえと、冒険者組合に護衛依頼を出しに来たそうだ。

 だが、依頼の条件でリカー嬢さんと揉めた。依頼条件に「屈強なドワーフを必ず付けること」を言ってきたと言う。

 交易都市内にドワーフは住んじゃあいねえ。王国になら、数名程度の職人がいるらしいが、冒険者なんてやっちゃあいねえ。嬢さんが「これの条件は無理です。外してください」と頼むも、オッサンは、「絶対に外せない」と頑として譲らねえ。

 依頼を断り、万が一オッサンの身に危険が生じた際には、同胞意識の強いドワーフ帝国との国交や交易に支障が出る可能性もある。

 そんな場合でも、おかしな連中ではねえらしいので、理由を話せば分かってもらえるだろうが、自分の身では判断をしかねる。


 組合長に相談をと思ったところに、ドワーフみたいな肌人種の俺が来てしまった。


 一瞬、渡りに船とも思ったらしいが、実は肌人種だと分かった時は依頼条件を違えたことになり、マズイことになると考えたが、オッサンの方で勝手に勘違いをして俺をそのまま御指名してしまった。


「だから、もういいです。貴方をリーダーとして、後三名、一緒に依頼を受ける人を探してください。指名を受けたのは、貴方ですから」


「随分と投げやりじゃあねえか。肌人種だとバレたらどうするんだい」


「どうするも、こうするも、勝手に間違えたのは依頼人です。貴方から、申告しても構いません。それで、依頼を破棄するなら違約金を頂くまでです」


 リカー嬢さんは、ぶつぶつと冷めた調子で語り、依頼書を作成していく。少し、怒っているようだ。俺に当たらねえで貰いたい。


「ハイ、これで完成です。ドワーフ帝国までの道程は、馬車で、片道十日程度です。帰りは、向こうの冒険者組合で別の護衛依頼を受けるか、寄合の馬車にでも乗って下さい。

 大体の冒険者は護衛依頼を受けて帰ってきます。この時期なら、帝国から帰還する王国の大商隊が、交易都市に向かうための護衛依頼を出しているはずです」


 何かの革を紙代わりにした依頼書に、俺とゴンのサインがされている。あと、三名分の空欄がある。残り、三名どうするか。まあ、当てはある。


「残り三名が決まったら、一度、こちらに寄ってください。手続きも必要ですので」


「荷物持ちは、どういう扱いなんだい」


「荷物持ちは、貴方達が雇う形になります。依頼書作りましょうか?」


 荷物持ちも当てはある。ついでに依頼書を作ってもらう。日当は一人銅貨五枚。護衛の日当を銀貨一枚にすれば、五名で割り振りが可能だ。ごねる様なら、俺達の分を少し減らせばいい。先ほど、多少の金が手に入った。

 ……考えてみると、金貨の価値を知らねえな。ついでに聞いておこうとしよう。


「リカー嬢さん、金貨ってえのがあるらしいな、どの位の価値なんだい」


「銀貨百枚相当です。安心して下さい。簡単に手に入る物ではありませんから」


 荷物持ち用の依頼書を作成しながら、顔を向けずにこっちに語る。ウム婆さん、あんた、どこで手に入れた。長年の貯金だったのかい。

 まあ、相手が決めて、納得して払った正当な代価だ。文句はあるまい。ソフィアからは、忘れずに徴収をしなければならねえ。ゴンが、こちらを肘でつついて小声で話しかける。


「ちょちょ、ちょっとした小金持ち」


 無駄遣いをしなければな。こちらでの当面の資金は問題が無くなったのかもしれねえ。依頼書が出来たら護衛の当てにしている連中の居場所を聞いて、探すとしよう。行き違った時の事を考えて機嫌の悪そうな、お嬢さんに言伝も頼んでおくか。

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