第三章

第1話 プロローグ

「では、とりあえず乾杯ということで」


 ジョージの適当な声と共に、一斉に乾杯の声が上がる。今期に獲れた、猪の肉と地元で採れた野菜に、自家製のこんにゃくを仕込んだ、味わい豊かな味噌仕立ての鍋をつまみに酒を飲む。猟期明けの宴会に、狩りや解体の手伝いをした、俺達二人も御相伴に与っている。


「ゲンさん、これ、貰っといてくんない」


 面子の中でも、一番年配の南雲の爺様が三本のバーボンと、茶封筒を渡してくる。多分、茶封筒の中身は金だろう。それなりの厚さがある。


「どうしたんだい、急にこんな大層なもんを渡してくるなんて。おいそれとは、貰えねえ」


「なにを言ってるんだい。シシに切られた時に飲ませてくれた薬、高いんだろ」


 爺様が言うのは、猟期が始まって早々に油断して猪の牙に太腿を突かれて出血した時に飲ませた、ウム婆さんの『治療薬』の事だろう。

 あれには驚いた。爺様の傷を見た時に「こいつはマズイ」と思い、やけくそ気味に飲ませてみたのだが、恐ろしく効いた。

 みるまに出血が止まり、幾分か傷口も塞がり始めていたくらいだ。皆で慌てて連れ込んだ村医者の親父に「狩りの男衆がこの程度の傷で、慌てるな!」と怒鳴られたくらいだ。

 南雲の爺様も、連れてきた皆も首を傾げていた。とてもじゃなあいが、出所は言えない。言っても信じちゃ、貰えねえだろう。

 ただ、爺様は出血して血が足りなくなったのか、何日かは養生のため休んで、年明け頃、元気になって戻ってきた。


「あんときは、もう駄目だって思ったよ。死んだ婆さんの所に行くのかなって」


「縁起でもねえこと言わねえでくれ」


「そうでもないさ。その位の傷だったわけだから。まあ、詳しいことはゲンさん、言いたくなさそうだから聞かないけど、あれには本当に助かったよ。だから、これ、遅くなったけど、あの時のお礼、貰ってくんない」


 鳥の図柄が描かれた、俺の大好きな酒を渡してくる。どうりで最近、酒の銘柄について詳しく聞いてきたわけだ。爺様に横文字言っても判らねえと思って、「雉みたいな鳥が書いてある」って適当なことを言っておいたが良くわかった物だ。


「せがれに聞いたら、多分これだろうって。ちなみに雉じゃなくって七面鳥だって。せがれが、いんたーねっとで色々と買ってくれたから、飲み比べてみてくんろ」


 そう言って、出した物を引っ込める様子はない。八年、十三年、レアとどれもアルコールが、四十度を超えた酒精の強い俺好みのバーボンばかり。ここ、数年はまともに飲んだ覚えはない。美味そうだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて受け取らせてもらうよ。ありがとさん、南雲さん」


「ああ、いいって、いいって、命を助けて貰ったお礼だもの。ただ、今日は、こっちを飲むべえよ。オラホは、こっちの方が好きだから」


 そう言うと、日本酒を入れて熱燗にしたチロリから、陶器のコップに注いでくる。寒い時期にこの一杯は応える。身体の内から温まって来る。最高だ。

 爺様にも返杯をして、二人で酒を飲みあう。そんな所に、ビールを片手に顔を赤くしたちょび髭のジョージが割って入って来る。こいつは、直ぐに酒が顔に出る。


「猟期も終わったから、ぼちぼち今年も出て行くのかな。ゲンさんも、ゴンさんもいい加減、腰を落ち着けたらどうだい。いっそのこと、この村で猟師をすればいいじゃないか」


「そうさね、二人ならいい腕しているから。ゲンさんは、そのまま一端の猟師になれる。オラホが保証する。面倒見るから、ここに居ついちゃいなよ」


 二人は笑いながら、そう言ってくれる。褒め言葉としてもありがたい。


「悪いな。俺は、やっぱりこのままで良い。ジョージには毎年迷惑を掛けるが、例え腰を落ち着かせる場所を作っても、どうせ、ふらりとどっかに行っちまう。……又、外国へ行きてえと思っていたが、最近はどうでも良くなったしな」


 貰った日本酒をあおった後に、断りを入れる。あそこに行ってから、外国へ探検の旅に出たいという気持ちが無くなった。――日本でも、地球上のどこでもない、あの異世界に行ってから。


「ゲンさんのことだから、そう言うと思っていましたけど。まあ、ゴンさんは程々にして下さい。まだ若いから」


 ジョージは、ゴンの方を向き説教じみた事を言う。焼酎を烏龍茶で割ったのをゆっくり飲んでいるゴンは何とも言えない顔をして、頭を掻いている。

 だがジョージ自身、暇があれば外国に行っているから説得力にはかなり欠ける。実際、三年間程行方が知れなくなっていたくらいだ。しかし、誰も心配をしちゃあいなかった。


「ああ、そうだ。酔って寝ちゃわないうちに、こいつを渡しておかなきゃ」


 そう言うと、自分の荷物の中から箱を取りだす。俺が頼んでおいた「インスタントカメラ」だ。

 もし、又、あの世界に行った時、記念に写真を残したいと思っていた。ジョージに相談したところ、始めは「でじたるカメラ」を進められたが、できればその場で印刷が出来て、充電式ではないヤツが良いと言ったら、こっちを選んできた。


「ちょうどいいや、支払いはこいつで足りるか、丸出しで悪いが」


 南雲の爺様から貰った、茶封筒から二万円抜きだして、そのまま渡す。当初は、残しておいた虎の子の銭を渡す予定だったが、急遽、予定外の収入があったので助かった。


「ん~、ちょっと多いかな。実は、オイラも買ったんだよねえ。面白そうだから。その時に買ったこれ、付けておくよ。オイラはいつでも買えるから」


 オマケで付いてきた印刷用の紙とは別に、五十枚入りの用紙に予備の単三電池を渡してくる。こいつは助かる。


「ついでに一枚試し撮り。おーい、皆こっち向いて。……ハイ、チーズ」


 ジョージは、俺に渡した箱の中身を勝手に取りだして、いちいちやり方を説明しながら準備をすると、軽い掛け声と共にシャッターを切る。カメラの横から、ジジジと用紙が出てくる。席を離れた、仲間内の一人が覗き込む。


「なんにも、写っちゃいないんじゃないかい」


「いやいや、あとニ、三分お待ちの程を」


 ジョージの言う通り、待っていると用紙に写した皆のアホ面が浮かび上がって来る。写真を見ながら「バカ面だあ」だの「撮り方が悪い」と笑いながら騒いでいる。やはり、その場で直ぐに見られるのは面白れえと思う。


 夜も更けて、酒を飲まなかった奴の車に乗って皆が帰宅をする。ジョージが、土地まで買って建てた狩猟用の解体小屋は、村から少し外れた所にある。

 猟に行くには使い勝手が良い。しかし、暗い夜道を酔っぱらって歩いて帰るのは危険だ。飲酒運転は、絶対に駄目だ。事故るのは勝手だが、巻き込むのは大馬鹿のやることだ。


「じゃあ、俺も帰るから。あ、さっきのカメラと酒、持って帰るの忘れないように、納屋の荷物の上に置いといたから」


 ほろ酔い状態のジョージも別の車に乗っかって帰っていく。酔っている癖に、変なところに気を回す。

 薪ストーブに炎が灯っているとはいえ、わざわざこの寒い中、お手製の掘っ立て小屋みたいな所に泊まっていくもの好きはいない。ホームレスになってから毎年のように使わせてもらっている、俺と、ゴン以外は。

 俺が毎冬居るものだから、ジョージが行方をくらましていた時も、特に何も言われなかった。後で知って、勝手に使ったことに謝りを入れたが、奴は「別に良いんじゃないの」と問題にしていなかった。あれも随分と性根が太いと思う。

 全員を見送ると、チラチラと白いものが舞い始めた。風花かとも思ったが、どうやら本格的に降り出したようだ。


「ささ、寒いわけ、ゆゆ、雪が降っている」


「ああ、本当だ。だけど、ひんやりして気持ちがいいや」


 酒で火照った身体に、外の寒さが心地よい。流石に、長くいると風邪を引きそうだ。雪の降る量は、徐々に多くなってくる。こいつは積もりそうだ。暖かい小屋に戻るとしよう。




 翌朝、目が覚めて、建て付けが悪くて開けずらい木の窓から外を見ると、案の定、辺り一面真っ白になっていた。雪は止んでいる。晴天の陽射しが、雪に反射して眩しいようだ。結構積もっている。尺雪以上に降ったようだ。山に近い村とはいえ、この辺りはみるが、雪は結構少ないので珍しいことだ。


「こいつは、随分と積もっちまったな。あの、ボロの納屋潰れちまってねえかな」


 ジョージが去年の夏に建てたという、新築の割にボロの納屋。一応、南京錠で鍵も掛かるから、俺とゴンの荷物は、手狭になる解体小屋に入れずに、そちらに入れさせてもらった。


「ゴン、見に行ってみるか」


「そそ、そうだね」


 案の定、納屋は雪の重みでひしゃげていた。掘っ立て小屋の屋根から落ちた雪がそっくり納屋の上に落ちている。馬鹿かあいつは、建てる場所をよく選べ。 

 周りの雪を、解体小屋に立てかけてあった角スコと剣スコでかいてから、引違いになっている木戸を開けようと手を掛けてみるも、開いてはくれない。


「しかたがねえ、ゴン、一発蹴りを入れろ」


「まま、拙い、壊れる」


「どっちにしたってこれは、建て直すしかねえよ。俺が許す。やれ」


 渋々ながらゴンはひしゃげた納屋の扉に蹴りを入れる。上手い事、扉が外れる。ついでに、扉もへし折れている。仕方がねえ。中を見ると、酒もカメラも、俺達の荷物も、どうにか無事だった。

 中の物を、このままにしておくのは流石に嫌なのでそのまま背負いこむ。解体小屋に戻ろうとしたとき強風が吹いて、そこら中に積っていた雪が目の前に舞い散る。

一気に、視界が真っ白になる。


「いやあ、おい、前が見えねえ」


「ハハ、まま、真っ白だ」


 舞い散った雪が落ち着くと、そこには見覚えのある風景が広がる。高い城壁に、バラックが並んだ路地。人の声がチラチラと聞こえる。どやら、こっちでは雪は降らなかったようだ。二人共、スコップ片手に突っ立っている。


「……まったく、毎回毎回、唐突だな。なあ、ゴン」


「そそ、そうだね。まま、全くその通り」


 ため息交じりに、お互い言葉を交わす。まあ、ウダウダ言っても仕方がねえ。取り急ぎ、ウム婆さんの所に出も寄って、治療薬の礼をしてから、冒険者組合に顔を出そう。

 明日の仕事を見つけておく必要がある。まあ、今回は楽が出来ると思う。できれば、この辺りを旅してみてえな。狩りが休みの日に買い込んでおいた、何冊かのポケット百科をウム婆さんに売りつけてやれば、いい銭になるだろうからな。


(源 元次郎の手記より)

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