第12話 エピローグ

「本当に、ソフィアの手回しの良さには頭が下がる」


 ソフィアさんは、先日の話――火間の甲羅(鞘翅)と翅の加工の研究と検証――の手はずを整え、蟲甲の解体上で試作品を作る職人と打合せをしています。

 昨日は、冒険者組合に戻ると早速リカーさんに捕まり、引き続き蟲甲の解体と分別作業に当たって貰いたいと頼まれました。ソフィアさんとの約束があったので、断るわけにはいきません。


「この翅を窓枠に入れるのか。しかし、形がまちまちだから上手くいくか、どうか」


 職人さんは、翅を手に取り頭を悩ませています。鞘翅と翅の分類作業の手を休めて、眺めていた私達に気付いたソフィアさんが職人さんを連れて、こちらに歩み寄ります。


「こちらの方達の国に、『障子』なる物があると聞きました。どのような物か、説明をして貰えますか」


 ゲンさんは職人さんに、障子の事を説明しています。ただ、詳しい加工の方法や組み立て方等は分からないと正直に話します。その辺はこっちでどうにかできるだろうと、職人さんは返しています。


「ふうん。木の格子の表面に紙を張るだけ、ねえ。しかし、それじゃあ直ぐに破けちまうだろう」

「さっき言った通り、外部直に面した部分には確かに使えねえ。まあ、紙だから直ぐに張替えが可能かな」

「おいおい、「紙」なんて高級品はそう簡単に張り替えられる物じゃあないぜ」

「ありゃ、そうか。だが、代わりに火間の翅なら安く済むだろう。大きさが合わねえなら、格子を太くして、桟の所で継いでやればいい」


 それならできるかなと、職人さんは再度翅を眺め始めます。鞘翅も大きさの基準枠を作って、サイズ毎に分ければいいとゲンさんは助言をします。


「うん、まあやってみるか。ソフィアさん、ちょっと色々と貰って行くぜ」

「お願いします」

 

 嬉しそうに職人さんに返事をして、私達に分類した鞘翅と翅を荷車に積むように指示を出します。


「助かりました。早速、一歩前進です」

「まあ、色々と言った手前もあらるからな。できることはさせて貰う」


 荷車に鞘羽の積込をしている途中で、ソフィアさんからお礼を言われて、ゲンさんは照れ臭そうです。


 荷を積み終ると、待っていた職人さんは、ロバを荷車につなぎ牽かせて出て行きます。粗末な木の柵の、出入り口となる切れ間から出ようとすると「おっと!」と言う声と共に、荷車を止めています。


「おい! 危ねえ、急に飛び出すな!」


 職人さんは、飛び出した相手に向かって怒鳴り声を上げています。急に止めたため、荷を縛った縄が少し緩んだようにも見えますので、再度、荷を縛りなおすために荷車の方へと駆け寄ります。


「どうかしたのかい」

「まったく、小さいガキが飛び出してきたんだ。危うくぶつかるところだ。謝りもしないで、どっかに行っちまうし、まったく何を考えているんだか」


 職人さんはぶつぶつ言いながらも、私達と共に荷を締めて問題がないか確認をしています。そして、出ようとした時に今度はガラの悪い連中が声を掛けてきます。


「おい、さっきこっちに小娘が一人来なかったか」

「……知らねえな。どうかしたのかい」


 ゲンさんは一瞥をくれて、そう言います。話しかけてきた男は、睨み返してそのまま立ち去ります。職人さんもあまりいい顔をしていません。


「借金取りの連中か。全く、この間の騒動のどさくさに紛れて碌なことをしてないって話だ」

「どういうことだい」

「なんでも、死んだ奴の身内に借金があったから返せと、返さなければ鉱山に身を売れって脅しているらしい。十中八九、嘘だろう。貧民街の連中に金貸す奴なんて、いないからな」

「それなら、守衛や衛兵が動くんじゃあねえのか。嘘なんだろう」

「動かねえのさ。門の外の貧民街での騒動にいちいち相手にしてはくれないよ。さて、じゃあ行くぜ」


 そう言うと、ロバに荷車を牽かせて立ち去っていきます。あまり、聞きたい話ではありませんでした。それにしても、追われていた娘さんは大丈夫でしょうか。




 陽も暮れて、分別の作業を終え、依頼の報酬を受け取りに、冒険者組合に寄るとアエラキさん達と行きあいました。


「おい、二人共無事だったか。家族も大丈夫だったか」

「大丈夫に! 二人には感謝をするに!」

「本当だよう。助かったよう」


 どうやら、二人のご家族は無事だったようです。昼の職人さんの話では、貧民街には少なからず被害が出ていた様でしたので安心をしました。


「でも、逃げ遅れた人も何人かいたに。特に、足の遅い肌人種や、家に立てこもった人は駄目だったみたいに」

「最近の調べで、幾つかの森の部落が全滅をしたようです。それを受けて、ブルガル商会は商売権の剥奪、あの案内役は縛り首に決まりました。そういえば、そろそろ北門前の広場で執行のはずです」

 

 アエラキさんに続いて、リカーさんが、あまり聞きたくない補足の情報を付け加えます。あの男は、死刑になりましたか。


「じゃあ、帰りについでに、見に行くよう」

「おい、見世物じゃあねえだろう」

「? 見世物に。あいつのせいで、みんな死んだに。自業自得に」


 まだ、子供の二人から恐ろしい言葉が紡がれます。しかし、これがこの世界の価値観なのかもしれません。やはり、ここは私達の住む日本とは違う、異世界なのです。




 北門前の広場に着くと、ちょうど死刑執行の時だったようです。そこには、先ほど別れたソフィアさんもいました。会釈をして、挨拶をしておきます。何も言うことはありません。

 絞首台には、あの案内役の男がいて、脇の人がちょうどぶら下がった首に縄を掛ける最中でした。簡素な貫頭衣だけを纏った案内役の男は、涙を流し鼻水を垂らして泣きわめいています。首に縄を掛ける男は、粛々と縄を掛けて絞首台から降りていきます。

 下で待機をしていた、頭から目の部分に穴の開いた袋を被った、太った男が案内役の乗った梯子を引きます。――本当に、死刑は執行されました。

 目の前で男はジタバタと足をばたつかせて、もがき苦しみます。二人の年老いた男女が一生懸命に足を掴もうとしますが掴めないでいます。

 顔は赤紫色に変色し、目も飛び出しています。下からは糞尿を垂れ流しています。見たくない光景でしたが、目を背けることが出来なくなっていました。生まれて始めて見る、人の死にざまです。


「むごいもんだ。しかも、見世物にされて死んでいく」

「いえ、あれはそれだけの事をしでかしたのです。それに、誰からの人望もなかったのでしょう。通常なら、早く苦しみから解放するために足を引く者がいるはずなのに、二人しかいないようです。」

「元は、仲間なんだろう」

「あれは私達火間虫狩人――狩人や冒険者を下賤で野蛮な職業として、蔑んでいました。引退した火間虫狩人である親の事も、悪しざまに罵っていたくらいです。だから、誰からも嫌われていました。自ら足を踏み入れた商人の世界でも、仲間は出来なかったようです」

「なんで、そこまでわかるんだい。二人だけしか、両親しか足を引く奴がいねえからかい」

「……死刑を執行した男、あれはブルガル商会の会長だった男です。きっと、自分の罪を軽くするために自ら執行役を申し出たのでしょう」


 ゲンさんの言う通り、足を引く年老いた男女は両親なのでしょう。自らの子供を苦しみから解放するために足を引く。片や、自分の罪を軽くするために、元部下の死刑を執行する役を引き受ける。ヒトと言うものが、嫌になっていきます。


 吊るされた男の動きが止まり、足にしがみつきながら両親が泣いています。絞首台から降ろされて、粗末な衣服を執行役に剥ぎ取られた遺体を両親は引き取り荷車に載せます。死体が、晒されることにはならないようです。

 執行役の男は、絞首刑に用いられた縄まで貰い受けています。その縄を切って、幾人かの人に売っているようです。


「あの縄が、お守りになると言われているのです。私にはそうは思えせん。見ましたか、執行役をみる二人の目を。執行役が疎まれる理由は、恨まれるからです」

「ああ、確かに恐ろしい目付きだった」


 ソフィアさんの言う通り、案内役の両親は嬉々として縄を切り売りする執行役の男を睨み殺さんばかりに見つめ、衛兵に追われて門を出て行きます。もしかしたら、このような状態に追い込んだ、私達も恨んでいるのでしょうか。


「ゴンさん、気にする事はないよう」

「そうに、ゴン達のせいじゃあないに」


 なんとなく察してくれた二人に袖を引かれて、広場を後にします。見ていた人達も、徐々に解散していきます。今日の光景は忘れることは出来ません。これから、少し眠れない日々が続くのかもしれません。


 北門を抜け、堀の縁を貧民街の方角にしばらく歩いたところでソフィアさん、アエラキさん達とお別れをします。――が、ふいに私の脚に何かがぶつかります。足元には、一人の小さな娘さんが倒れていました。貧民街の路地から、飛び出てきたようです。


「だだ、大丈夫かい?」


 膝を屈めて、娘さんを起こし、付いた埃を払ってあげます。膝を擦り剥いたりはしていないようです。娘さんは黙って、こちらを見上げています。少し、痩せています。


「なんだ、アンに。どうかしたに」

「知っているのかい」

「同じ貧民街に住んでいるよう。だけど、お母さんが火間虫に襲われて死んでいるよう」


 二人の話だと、父親はいないので今日まで一人でいたようです。こんな小さな娘さんが? 不憫でなりません。しかし、いついなくなるか分からない、私達ではどうにもなりません。ゲンさんも頭をかいて迷っています。どうしたらよいのか考えていると、どかどかと十人程の男達がこちらを囲み始めます。


「おい、その娘こちらに渡して貰おうか」

「……どういうわけだい」

「お前達には関係ないだろうが! いいから渡せ!」

「小さい娘をいい大人の男が追い掛け回していたんだ。きちんとした理由があるんだろう」

「ハッ! そのガキの親が俺達に借金をしていたんだよ! 親が死んで払えねえだろうから、鉱山にでも売り払うのさ! お前達、貧民の孤児なんざに、かまったて何にもならねえぞ。痛い目見たくなきゃあ、とっとと渡せ……」


 男は娘さんの襟首を引き、無理やり立たせようとします。孤児だからと言って、どんな扱いを受けてもいいわけでは、アリマセン――


 身体が、勝手に、動いて、行きます。いつもの、悪い、癖です。


 娘さんを、掴んだ、男の、腕を、思いっきり、掴みます。

 

 男は、顔を、歪めて、娘さんを、放します。


 柔な、腕、骨ごと、握り、潰れそう。

 

 周りの、男達が、五月蠅い、男を、堀に、投げ飛ばす。


 武器を、抜いている。正当防衛。躱して、足を払い、頭を踏む。

 

 腕を、掴んで、肘を、下から、突き上げる。折れた。

 

 膝を、前蹴り、ベルトを、掴んで、投げつける。


「ゴン、もういい! 逃げるぞ!」


 ゲンさんの声で我に返ります。周囲には先ほどの男達がうめき声を上げて倒れています。幾人か数が足りません。堀に投げ込んだせいですね。


「こいつら、証文もなにももっちゃいねえ。やっぱりでっちあげだ。小娘はソフィアに任せた。守衛が来る! 面倒事は御免だ、今なら暗がりで誰にもわかりゃしねえ!」

「だだ、だけど、ひひ、人に見られた!」

「貧民街のみんなは誰も見ていないに」

「そう言うことだよう」

「早く、行きましょう。松明が見えます。では、また今度」


 言うが早いか、ソフィアさんは娘さんを担いで姿を消します。アエラキさん達も、狭い路地に入りこみ消えていきます。キャリーの荷物を持つ私とゲンさんでは、あの路地には入れません。取り急ぎ、堀に沿って走りだします。


 倒れた男達の方角から「何をしている!」「何があった!」と声が聞こえます。振り返っている余裕はありません。少し広めの道を選んで逃げて行きます。なんとか、私でも通れる路地を抜けていきます。この世界では外灯が無いため、陽が落ちれば辺りは真っ暗です。何も見えません。


 路地に立ち並ぶ貧民街のバラックも、城壁の篝火も何も見えません。


「おいおい、幾らなんでも、これはおかしいだろう……」


 走るのを止めて歩き出したゲンさんは、辺りを見て訝しげにしています。しかし、次第に思い当たる場所に行きつきます。日本で止まっていたドヤ街の安宿の近くの路地です。遠くで車の音が聞こえます。いつの間にか、外灯の明かりでアスファルトで舗装された道が照らされています。


「なんだい、日本に戻っちまったか。また、碌な挨拶をできなかった。……まあ、いいか」


 ため息交じりにゲンさんは言います。本当に、いつも突然です。二人で安宿まで帰る途中に、考え事をしていたゲンさんは、ニカっと笑ってから、こちらに向かって話し始めます。


「ゴン、明日で日雇いの作業は止めにしよう。宿も引き払おう。手筈は俺がしておく。もう、冬だ。そろそろ、毎年の所に転がり込もう」


 ゲンさんの言う通り、もうじき冬が来ます。私達ホームレスにとっては、寝泊まりできる場所がないと生死に関わります。場合によっては、夜起きて昼眠ることを余儀なくされますが、いつもの場所に行けば問題はありません。相手には迷惑をかけます。ゲンさんは気にしません。なぜか、相手も余り気にしていないようです。


「いつも通り、解体小屋を借りよう。明日には連絡をしておく。今年は、寝袋もテントもある。去年よりか、幾らかましだ」


 ゲンさんは、意気揚々と宿へと戻り、明日からの計画を立て始めています。私は、まだ、今日見た光景が頭に残り、最後に出会った孤児の娘さんが気になっています。向こうも寒くなります。できれば、皆さん無事に冬を超えて貰いたいです。――夜空に浮かぶ、綺麗な満月を見て、私はそう祈るしかできません。

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