第9話 炊き出しと再会
炊き出しの手伝いを待つ期間中は、アエラキさん達と共に専ら薬草の採取をしていました。図鑑を借り、地球にはない薬草についても覚えます。食べられるかどうかは不明なので、口にはしていません。
驚いたことに、空いた時間を使いゲンさんは「石鹸」を作りました。話によると、水汲み作業をした時から考えていて、オークの脂を見た時にやってみる価値があると行動に移ったということでした。
オークは薬草採取の傍ら、池のほとりで皮を剥ぎ、背割りをした後にウム婆さんの冷暗室へと持ち込みました。ウム婆さんに何の肉かと問われて、オークの肉と素直に答えたところ、椅子からひっくり返ってしまいました。冷暗室に置くことも、少し嫌そうでした。ゲンさんは一つも気にしていませんでしたが。
この時ついでに、ゲンさんが作った「マタタビ酒」も保管してもらいます。二リットル度数三十五の安焼酎で漬けてあります。流石に広口瓶は持っていないので、露店で買った素焼きの壺に漬けてあります。「若いから、まだ飲まないように」ウム婆さんには伝えておきます。後ろで舌打ちが聞こえましたが、聞こえないふりをしておきました。
剥いだ皮は、結局、皮なめしの職人に売ることにしました。冒険者組合に紹介して貰った皮なめし職人の工房は、職人街の汚物処理槽の近くで内外ともに悪臭が漂っていました。ここには、鹿、馬等の動物の皮が多く集まっています。
鹿皮は小銅貨二枚で引き取ってもらえましたが、オークの皮は買い取ってもらえませんでした。引き取り手がいないのが理由でした。なら、俺が引き取るとゲンさんが言いましたが、なめす手間賃として銅貨六枚を要求されましたが、渋々支払っていました。出来上がりまでに、六十日近くは掛かると言われました。
皮なめしの工房に来る前、露店で買った安物の壺に獣脂を安く譲り受けます。小銅貨で一枚払えば壺に八分目程度に貰えました。以前は、獣脂蝋燭を作るのに買取りが多少はあったらしいのですが、最近は煙の多い獣脂を使わずに「香油」で蝋燭を作るようになった為、引き取り手が減り困っていたと教えてくれました。
同じく露店で買った木桶と、獣脂を満たした壺を持ち湖へと向かいました。水汲み場から離れた所で、獣脂の入った壺を温めておきます。その間に水を木桶で汲み上げ、湖の湖岸についている白い石を砕いて粉にして水と混ぜ、更にゲンさんはその中に自分の尿を入れます。温めて溶けた獣脂の中に、灰から作った灰汁をゆっくりと混ぜながら入れ、とろみが付いたら、白い石を溶かした液を加えます。それを、地面に四角く掘りシートで覆った中に注いで一晩待つと、固形石鹸が出来上がっていました。
「まあ、俺の小便入りで少し臭いが、服は洗っても支障がねえんじゃねえか」
出来上がりに満足し、ナイフで小さく切り分けながらゲンさんは、ガハハと笑いながら話していました。出来上がった物は新聞紙で包み、ビニル袋に入れて保管しました。これ、役に立つことがあるのでしょうか。
「そんな、今更困ります!」
「おう、申し訳ないがどうにもならんのだ。リカー嬢さん」
朝の炊き出しが終わり、現在は小休止中です。炊き出し係の私達はこれから少し遅い朝食で残り物の、ハチの幼虫シチューを頂いています。結局炊き出し係は、私達だけしか集まらなかったようで、リカーさん他、幾人かの冒険者組合関係者が手伝いに来ています。
私達が朝食を取る傍らで、困った顔をしたサプルさんとリカーさんが話し合いをしています。なにか、問題が発生したようです。
「おう、何しろ今朝に限って獲物が引っ掛からないんだ。あまり、森の奥に行くと昼までに間に合わなくなる。他の連中も、似た感じだ。どうする」
「……どうするも、食材の虫肉がなければ昼の炊き出しができません。食材を露店で買い求めていたら、出費が大きすぎます」
話を聞く限りでは、当てにしていた昼の食材が手に入らなくなってしまったようです。朝の食材は昨日のうちに用意してあったものを使いました。朝食を食べ終わり休んでいた、ゲンさんがのっそりと立上り、リカーさんの元に歩み寄っていきます。
「サプル、久しぶりだ。獲物が取れねえのかい」
「おう、ゲン久しぶり。いい加減、依頼受けてくれよ。まあな、おかしなことだが事実だ。嘘を言ってもしょうがない」
「お前さんが嘘つくわけねえことは分かっているよ。……なあ、リカー嬢さん『肉』なら何でもいいかい? 心当たりが実はある」
「本当ですか! 多少、古くても食べられるなら問題は無いと思いますよ」
「食えればいいな。間違いないな」
「え、ええ」
念の入用に、少し尻込みをするリカーさんを後目に、ゲンさんはこちらを振り向くと、私に大きい声で指示を出します。
「ゴン、飯食ったら悪いがウム婆さんの所に預けた肉持ってきてくれ。両方ともな。アエラキ、オルデン悪いが、もしかすると分け前なくなっちまうかもしれねえ。何かで、都合を付けるから勘弁してくれ」
残ったシチューを掻きこみ、直ぐに立ち上がって北門の方へと駆け出します。ウム婆さんの所にある肉――熟成をさせていた「鹿肉」と「オーク肉」です。
「あーあ、知らないに」とアエラキさんのぼやき声が駆け出した直後に聞こえました。
事情を話し、ウム婆さんの冷暗室から肉を取り出し担いで炊き出し場へと急ぎます。肉は表面が黒ずみ、しっとりとした肌触りです。驚いたことに、ウム婆さんが後をついて来ます。まあ、直ぐに距離は離れてしまいましたが。
炊き出し場では、リカーさんとサプルさんが一緒に待ち構えています。私の担いで来た肉を見てサプルさんが驚きの声を上げます。
「おう、おう、これは鹿の狩り肉か? いいのか、炊き出しで使うには勿体なさすぎる! こっちは、何の肉だ見たことがない?」
「私もこっちの肉は見当が付きません」
ゲンさんが広げておいてくれた、シートの上(洗ってあります)に持ってきた肉を降ろしますが、アエラキさん達以外はオーク肉に見当が付かないようです。悪い顔をしたゲンさんが答えを言おうとしたときに、後ろから声が掛かりました。ウム婆さんです。歳の割には、かなり早く追い付いて来ました。
「ヒーヒー、なんてえ足の速さだい。これでもまだ、若い連中には負けない自信があったけど、ゴンは尋常じゃあないねえ。しかも、肉の塊を持って走りっぱなしだよ。本当に肌人種かい。そ、それよりもリカーちゃん正気かい? オークの肉を食べさせるなんて」
一瞬にして、場が固まります。皆が、肉を見て、頷くウム婆さんを見て、肉を見て、頷く私を見て、肉を見て、どっしりと構えるゲンさんを見て叫びました。
「「「オークの肉!?」」」
「ああ、何の肉でも良いって言っただろう。別に禁忌食材じゃあねえんだし良いだろう」
「物事には限度があるに」
「そうだよう。ゲンさん」
ゲンさんの左右に控えていたアエラキさんと、オルデンさんに袖を引っ張られながら言われています。「そうか、大したことじゃあねえだろう?」と首を傾げます。未知の食材を食べるのは大したことだと思います。
急遽、話し合いが始まってしまいました。そんな中、私達はゲンさんの指示に従い、骨を外して部位ごとに切り分けた後、黒ずんだ肉の表面をそぎ落としていきます。
「この表面の肉は腐っているのかに」
「いや、匂いを嗅いで大丈夫なら腐敗じゃねえと思う。スープの出汁に使ってもいいんだが、間違って口に入るといけねえから今回は捨てるとしよう。オルデン、骨は捨てないぞ。持っていくな」
「な、何を言っているのかよう。そんなことするわけないよう」
慌てた口調で、手にしていた骨を元の場所にいそいそと戻しています。犬人族の人はやっぱり骨をしゃぶりたいのでしょうか。話し合いをしているサプルさんも、しきりにこちらを気にしています。
ついには、組合長であるノモスさんまで駆け付けました。肉の処理を大方終わらせて、後は大釜に投入するのを待つだけのこちらに歩み寄ってきます。
「組合長さんよ、時間が足りなくなる。結論を出してくれや」
「……ラティオ達から、話には聞いていたが本当にオークの肉を食っていたとはな。問題は無いんだな」
「ねえな。アエラキとオルデンも内臓を食った。大丈夫だったろう?」
「うん、あの後、お腹が痛くなってはいないに」
「ノモスさん、信じられないだろうけど美味しかったんだよう」
二人の話も聞き、ノモスさんは黙ります。ゲンさんの目をじっと見て、遂に口を開きます。
「分かった。責任は私が持つ、オークの肉を使え。味は、問題ないんだな」
「そこは、間違えねえな。美味いと思うぞ」
私は水の張った二つの大釜に鹿とオークの骨を入れておきます。別々にはしません。食べない人は食べなければ良いとの判断です。もしかすると、だれも口に入れてくれないかも知れません。しかし、鹿肉と分ければそちらだけを食べる人が大勢出てしまいます。
ぐつぐつと煮える釜から灰汁を取り、骨を取り出し変わりに肉を放り込みます。支給されている少ない種類の野菜――玉ねぎとニンニク(のような物)を刻んで一緒に放り込みます。再び浮いてきた灰汁を処理して、塩で味付けをします。鹿も肉も、一口サイズに切り分けましたが、釜のサイズに比べて量が少ないため食べられる量はたかが知れています。
出来上がった、肉入りスープを木の器に盛り、木の匙と共にノモスさんに差し出します。肉は、鹿とオークが一切れずつ入っています。まず、匙でスープを掬いゆっくりと口にします。
「スープじゃなくて、肉を食え」
「わ、分かっている! それにしても、このスープは随分と好い味だ」
鹿肉を食べ、そっちじゃあねえだろうとゲンさんの目の合図を受けて意を決したノモスさんがオークの肉を口にします。目を瞑り、ゆっくりと咀嚼し飲みこみます。しばしの沈黙後に、信じられないような顔をこちらに向けます。
「う、美味いな。柔らかい肉だ。脂が良い。なぜだか、鹿肉も臭みがない。どうやって作ったのだ」
「おう、本当かよ! ゲン、俺にも試させてくれ!」
「おいおい、お前らが食っちまったら意味がないだろう。リカー嬢さん、配る前にオーク肉入りだと必ず言ってくれ、実際には食べたがらない奴が多いだろう」
「わ、分かっています。組合長が食べたのだから問題は無いと一緒に伝えます」
サプルさんにスープを渡し、リカーさんの前にも突き出します。
「嬢さんも食え。そして、私も食べましたって言うんだ」
「……分かりました」
サプルさんは真っ先にオーク肉を口に入れ、横目で見ていたリカーさんは組合長と同じように目を瞑り恐る恐る、口に入れます。
「おう、おう、おう、本当か、これがオーク肉の味なのか! 知らないのは損だ。これは美味い!」
「私には少し脂っこすぎますが、食べられないわけではないようです。臭みもありません。鹿肉も柔らかいし、臭みが少なくて美味しいです」
横から、ウム婆さんが釜に直に匙を入れて、鹿肉を取り出し口にします。
「おかしいね、私が昔に食べた鹿肉はもっと臭くてクセが強かったよ。これは、まるで別の肉みたいだ」
「下品な真似をするなよ婆さん。それは、きっと血抜きがまずかったんだろうよ」
「おう、血抜きってのはなんだ」
狩人の癖にそんなことも知らねえのかと、ゲンさんはサプルさんに説明をしています。サプルさんは真剣な顔で聞いています。そうこうしているうちに、昼の炊き出しを目当てにした人達が集まってきます。
リカーさんの説明を聞き、ザワザワと騒ぎが広がります。しかし、ノモスさんとリカーさんも食べたと聞き、サプルさんが美味いんだと叫ぶと、獣人種の人達が興味本位もあるでしょうが、スープを貰い始めます。中には「オークなんて食えるか!」と怒鳴り散らし、別に支給しているパンだけを貰って帰っていく人もいます。中には、幼い娘さんが持ってきた木の皿を払いのけている人までいます。せっかくのスープが勿体ないです。
「おお、これは美味いぞ」
「俺は好きだななこの味」
「ちょっと脂がすぎるね、くどいよ」
「鹿肉なんて生まれて始めて食べた。貴族様が口にするものだから美味しいねえ」
様々な意見が飛び交いますが、おおむね好評の様です。あまり激しく文句を言うと、ゲンさんが睨み始めるので大抵はすごすごと引き下がります。特に、犬人族系の人達には好評の様です。サプルさんがもう一杯とリカーさんに頼み込んでいますが、断られています。
釜の一つがなくなった頃、三つの人影がこちらに向かってきました。見たことがあります。「星の瞬き」のラティオさん達です。ハダスさんがすごい勢いで駆け付けてきます。
「ハダス、やめな! オークの肉なんて食うんじゃないよ!」
「イ、イヤダ! モウ、我慢デキナイ、俺ハ食ウ!」
「おお、久しぶりだなあ、ハダス。割り込みは駄目だ。並んでくれ」
列に並ぶハダスさんに遅れて、ラティオさんとガリーザさんが追い付きます。膝に手を付き、息を切らしています。落ち着くと、私達の傍にツカツカと肩を怒らせて近寄ってきます。
「あんたら、なんて物を出しているんだい! リカー、アンタも気が触れたのかい!」
「変な言い掛かりは止してくれや、ガリーザ。組合長さんも食ったんだ。お前さんも食うんなら、ハダスを見習って並んでくれ」
「だ・れ・が、食べるか!」
「ハハハ、まあ、まあガリーザさん落ち着きましょう。お久しぶりです、ゲンさんにゴンさん。その節はお世話になりました」
「おお、ラティオ、悪いなあ心配をかけさせたようだ。急にいなくなっちまたからなあ。霧に紛れてアンタ達の姿を見失った後、ちょっと旅に出たくなっちまってな」
ゲンさんは、下手な嘘をつきます。しかし、ラティオさんは文句も言わずに「そうでしたか」と言ってくれました。ハダスさんは私から受け取ったスープから、早速オーク肉を口に入れます。少し、大ぶりの肉を入れてあげましたので、きっと満足してくれるでしょう。
「オオ、ヤッパリ美味カッタノカ! アノ晩ノ匂イニ嘘ハ無カッタ!」
あっという間に平らげて、再度列に並ぼうとするところをリカーさんに咎められています。肩を落とし、すごすごと列から外れていきます。傍に居た、サプルさんに肩を叩かれています。
「私達も、食べてみましょう」
「ハァ? 何を言い出すんだいラティオ!」
「こういう経験も必要なんですよ」
ラティオさんに連れられて、ガリーザさんも遂に列に並びます。しかめっ面でスープを受け取り、食べるかどうか迷っています。ラティオさんは、スープを口にした後、すこし動きを止めて肉を口に含みます。
「……確かに、美味しいですね。私は好きです」
ゲエ、とした顔をしてスープを見つめたガリーザさんは観念して、やはりスープから口にして、アレっと驚きの顔をして肉を食べます。
「し、信じられないよ! オークがこんなに美味いのかい!」
「ガハハ、遂に食ったな、認めたな。どうだ、参ったろう」
ゲンさんは腕を組み得意げに、ガリーザさんに勝利宣言を上げます。ガリーザさんは悔しそうな顔をしながらも、スープを食べ続けます。
「ゴ、ゴブリンまで食おうとした奴の言うことなんて信じられなかっただけさ!」
「ああ、言っただろう、あれは食えないほど不味かったって」
それを聞いた、周囲の人間が皆、ゲンさんの回りから離れ、凄い目で顔を見つめています。周囲で食べていた人も同じです。アエラキさんも、オルデンさんも引いています。
「ア、アナタ、ゴブリンも食べたのですか」
「なんだい、皆そんなに驚くなよ。口にはしたが、直ぐに吐いた。毒はねえと思うが、不味くて死ぬかと思った。あれは、腹が減っても食わねえ方が良い」
「「「「当たり前だ!!」」」」
こればかりは、私も皆さんに賛同をします。
昼の炊き出しも終わりました。昼食を食べ、今は後片付けをしています。アエラキさんとオルデンさんの二人もスープを美味しく食べてくれました。分け前となるはずだった、鹿肉の代わりを考えなくてはいけませんでしたが、二人は別にいいと言ってくれました。実は、途中で二人の両親もスープを貰っていたそうです。バタバタしていたので気付きませんでした。今は、家に戻ったようです。
「真っ先に並んでいたに」
「僕達から話を聞いていたからよう」
「なんだい、アエラキとオルデンはこの二人に付いているのかい。ゲンみたいになっちゃいけないよ」
傍に居たガリーザさんが声を掛けてきます。
「しし、知り合いなのか」
「この子達は冒険者組合のマスコットみたいなもんさ。怪我させるんじゃあないよ」
もちろん、承知しています。ゲンさんもこちらに来て、アエラキさん達に話しかけます。
「ラティオ達を知っているのかい」
「ラティオさんがリーダーの「星の瞬き」は、若手で一番の実力者に! ガリーザさんは怖いに」
「ハダスさんは、この辺に居る獣人族で一番強いよう! ガリーザさんはおっかないよう」
聞いていた、ガリーザさんは目をとがらせて、二人の頭を叩き、「余計なことは言わない」と言いつけています。貴方が、そんなことをしては駄目でしょうと思っている私の目に、一人の男が移ります。
黒いローブを目深にかぶった男「香油収集人夫」の案内役の男です。門の前の人を突き倒して、市内へと駈け込んでいます。突き倒された人は怒鳴り声を上げていますが、ローブの男には聞こえた風なく門の中へと消えていきます。
「誰か、いたのかい。ゴン」
「いい、イヤ、別に」
私の様子に気付いたゲンさんが声を掛けてきましたが、気にかける様なことではないと思い適当な返答をしておきます。「そうか」というと、アエラキさん達の方に向かい、
「二人共、本音は隠すのが大人になるコツだ」
「「あい」」
二人にそう助言をしていますが、ガリーザさんに拳骨をもらっています。「あい、じゃないよ!」とアエラキさん達も叱られてしまいます。ハダスさんとラティオさんが笑っています。周りの人も笑っています。仕事は楽しい事ばかりではありませんが、こういう時は馬鹿に出来た物ではありません。
洗い終えた釜等を荷車に乗せ、冒険者組合に運び終えた後、再度、炊き出し場の後に戻ります。今日は、荷物を預けていません。自分たちの目に届く場所に置けるので、少しでもお金の節約をしておきます。最近は、色々と買い込んでしまいましたので節約は大事なことです。炊き出しの最中までは、晴天だったのですが徐々に曇り始め、今は完全な曇天です。明日は雨かも知れません。再び、こちらに来てから雨には降られていませんでした。
陽は沈み始める時間のため、曇天のせいか辺りはもう薄暗くなってきています。報酬はこの場で受け取れるようです。ゲンさんはラティオさん達と立ち話を始めています。
「お前さん達、今日は休みにしたのかい」
「いえ、朝から討伐目当てで森には行きましたが獲物がいませんでした。それに日向の森の中でやたらと、骨を見ました。新しいものです。それを報告するために、早めに切り上げたら炊き出しの匂いをハダスが嗅ぎつけたのですよ」
「ラティオ! 明日カラ、オーク狩リダ! 獣人種ノ狩人ヤ冒険者ハ軒並ミ狙ッテイル!」
ハダスさんは両手を上げ、威勢を上げています。よっぽど、獣人種の方達はオークの肉がお気に召したようです。一帯のオークが哀れでなりません。狩りつくされなければ良いのですが。
報酬を渡すために、近くに寄ってきたリカーさんが私達に声を掛けようとして、訝しげな顔をして後ろの方を見つめています。振りむくと、大勢の人が職人街の方から門の方へと逃げ始めています。城壁の上も何やら騒がしくなってきています。
ハダスさんや、サプルさん、アエラキさん達の耳や鼻が動きます。何かを感じ取ったようです。
「おう、騒ぎが大きくてよく聞こえねえが、かなりの数の足音が向かってきている。人や亜人じゃあないな」
「アア、数ガ多イ」
カンカンカンと城壁から鐘の音が鳴り響きます。リカーさんが、驚きの声を上げます。
「何かが、交易都市に襲撃を掛けてきたようです。皆さん早く私達も市内に戻りましょう」
そう声を掛けられ、自分達の荷物を背負いこみ門へと向かいます。ゲンさんが小声で「武器を念のため持っておけ」と指示を出して来ます。門に入る前に仕舞えばいいと言われます。他の方達も橋のたもとについた時には、各々の武器に手を掛けています。
背の高い私と、ハダスさんには見えてしまいました。襲撃してきた者の正体を見ました。もう、職人街の道や建物を溢れんばかりに覆い尽くしています。すごい勢いです。あれを相手にするには数が多すぎます。以前のゴブリンの比ではありません。
すべての人を収容しきる前に、門は閉じていきます。門を閉めた守衛達に罵声を上げつつ取り残された、多くの人は東の湖の方角へと逃げ始めます。
「ゲゲ、ゲンさん。俺達も逃げよう、むむ、無理だ」
リカーさん率いる冒険者組合の人達は、混乱する人達をどうにかしようと誘導しています。本当は手伝わなければいけません。しかし、足がすくみます。ガサガサとした足音が、もう聞こえ始めています。
「判断がちと遅えなあ、ゴン。とても逃げきれねえよ。こうなりゃあ、俺達は殿だ。クソッタレ、叩き潰しがいがありそうじゃあねえか――このゴキブリ共は!」
結局、リカーさんやアエラキさん達を逃がすためにも誰かが、食い止める役を受けざるを得ません。貧乏くじが大好きなゲンさんと一緒にいる限り、この役から逃げることはできません。
ゲンさんは威嚇の声を上げながら、手にした棍棒を思いっきり振り回して、こちらに近寄ってきた一匹を叩き潰します。ラティオさん達も近寄る香油の原料『洞穴火間虫』を振り払います。――私も、意を決してこの『大ゴキブリ』の大群に立ち向かうしかありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます