第5話 薬草採取と薬草婆

 陽が昇ると同時に起きて、朝食をとり、身支度を整えて日向の森へと向かっていました。本日の仕事は「薬草の採取」です。



 昨日、蜂狩人の荷物持ちを終え組合で報酬を受け取った後、掲示板に張られている依頼を適当に選びました。ゲンさんが剥ぎ取った依頼書の内容は次のようなものでした。


【依頼書】 薬草の収集

 採取した薬草を依頼者まで届けること。報酬は依頼者より手渡される。採取する薬草に関しては受付で指示書(図鑑)を手渡す。

 期日 :薬草が新鮮なうちに届けること

 依頼者:下町にすむ薬草婆 ウムブラ

 ランク:E(危険な場所への立ち入りは各自の責任とする)


「こいつなら、俺達のペースで進められる。気が楽だ、これにする」


 依頼書を手に受付へ向かいました。受付では見知った獣人種、白い毛並の猫人族アエラキさんと、柴犬のような犬人族オルデンさんが先に依頼を受けていました。受付は、眼鏡をかけた可愛らしい、あの女性です。


「蜂狩り問題なかったかに」

「ああ、問題ねえな。後を付けるのは息が切れるが、狩り自体は面白いもんだ。美味いもんも食ったし、幼虫も貰った」

「へえ、すごいよう。幼虫を貰えるなんて滅多に無いよう」

「そうか。まあ、きちんとした仕事の特別報酬だからな。ああ、すまんがこいつを受ける」


 そう言って依頼書をカウンターの上に置きます。依頼書を見た、受付の女性とアエラキさん達が、またもや渋い顔をしています。


「あー、知らないからしょうがないですか」

「うー、ウム婆さんの依頼だよう」

「リカーさん、ちゃんと教えた方がいいに」


 受付の女性はリカーさんと言うようです。覚えておきましょう。それにしても、三人の感じだと依頼者にはなにか問題があるようです。リカーさんは少し迷っている雰囲気です。


「いい、依頼者が、まま、まずいのか」

「もしかして、採取品を渡しても金を払わねえのかい」

「まあ、はっきり言えばそれに近いです。ウムさんは何度か依頼を出されているのですが、依頼を受けた冒険者に採取した品が違う、質が悪いと言い、物だけ受け取って報酬を払わなかったり、少なくしたりするのです」

「報酬と云やあ、依頼書には報酬金額は書いていねえなあ。常套手段じゃあねえのかい」


 ゲンさんがそう言うと、リカーさんは後ろの棚から一冊の本を取り出し私達に見せます。


「これは、ウムさんがまとめた『薬草図鑑』の写本です。薬草の種類によって支払われる金額が違うのです。種類ごとに必要な量も記載されています。もし、この依頼を受ける場合はこちらをお貸しします。但し、組合にもこの一冊しかない本なので、汚す、破損、欠損、紛失等が把握された場合は、高額な罰金を頂きますので取扱いには十分に注意してください」


 図鑑を開いて中を見ます。綺麗な草花の絵が描かれています。私達の良く知る植物の他に知らない植物も見受けられます。字は読めませんが、文章の末尾に数字が記載されています。

 リカーさんが、指を指し初めに掛かれた数字が取引価格で、後ろが必要量と教えてくれました。必要量は、小袋一つ分や、部位を一つと分類されています。


「ふーん、この図鑑を見る限り問題は無いように思うがなあ。依頼を受けた冒険者側に不備があったんじゃあねえのかい」

「他の薬草士や錬金術士なら取り扱うような品でも、ダメが出ましたから。ただ、こちらも専門職ではないので強く言えない面もあります」


「よよ、止すかい。げげ、ゲンさん」

「いや、受ける。そうゆう依頼こそ面白いじゃあねえか。ダメならそれまで、こっちの腕が未熟だってことだ」


 ゲンさんはそう言うと、リカーさんにサインの代筆をお願いします。諦め顔でリカーさんはサインをしています。アエラキさん達が心配そうにこっちを見ているので声を掛けておきます。


「だだ、大丈夫。なな、なんとかする」

「ウム婆さんは、因業だけど安く薬を作ってくれるに」

「喧嘩したらだめですよう。薬を売ってくれなくなりますよう」


 ウムお婆さんの性格はともかく、薬には信頼があるようです。最後にリカーさんから、組合から無料で貸し出されている、素材収集用の革袋と図鑑を渡された後、挨拶をして組合を後にしました。



 私が組合からお借りしている図鑑を持ち、ゲンさんが日本から持参した「野草百科(ポケット版)」(古本)を開き、図鑑と見比べています。


「ここに、載っていねえようなやつもある。仕方がねえか、世界が違うからな。今回は、両方に載っているのを探すか。日向の森と沢の付近を重点的に当たろう。できれば、昼飯後には都市に戻るようにしてえからな」


 今回も、必要な荷物だけを持ち、残りの荷物は門の守衛さんに預かってもらいました。山菜を採取するような身支度です。ただ、亜人対策用に身を守るための武具は身に着けています。ナイフやスリングの他に、日本でもシートで隠しておいた短剣と棍棒です。私が短剣、ゲンさんが棍棒を手にしています。


「それにしても、この婆さん、なんで毒草まで採取させる気なんだ? トリカブトとドクゼリがご丁寧に載っていやがる。ドクゼリに至っては、根っこ持ってこいと書いてある。ニリン草とセリかシャクと勘違いしているんじゃあねえか?」


 珍しいことに、野草百科と図鑑を見比べているゲンさんが首を傾げています。どちらも、日本で間違いやすい野草と毒草の代表格です。この世界のことは、よくわかりませんが、変なことに使われないことを願うばかりです。


 今回の採取では、図鑑に記載されていない野草でも、食べられる物は採取していきます。万が一、報酬の支払いにケチをつけられた時は、それらを食べて今日の夕食代を浮かします。自分たち用の山菜を入れるために、布袋も用意しておきました。

 日向の森では、ほとんど手付かずの状態の山菜が手に入ります。春先から初夏にかけて来たいものです。この時期なら木の実やキノコも取れると思います。ただ、キノコは素人判断をするのは危険なので口にしない方が良いでしょう。


 まずは、日当たりのよい日向の森の縁を散策していきます。多分、こちらも十月、日本の秋に近い時期です。山に近いため、日本の都市部より早朝は肌寒いです。この時期では、取れる野草も限られてきます。

 私は今、前回から散々お世話になっている、通年で取れる開花前のタンポポを全草、根っこまで取るようにしています。これは、借りた図鑑には載っていません。ゲンさんは図鑑に出ていた「ツリガネニンジン」の根を採取しています。


「ノノ、ノビルを発見」

「でかした。良い酒のつまみなる。日本と違って、排ガス風味の心配はねえからなあ」


 日本の地方の道端でもよく見かけるノビルですが、交通量が多いところでは、排気ガスの風味が強くてとても食べられたものではありません。私達も、山菜の類は交通量の少ない場所の物を食します。

 今回取れた物は、朝露で湿らせた新聞紙に包み、日本から持参している小分け用のビニル袋に入れます。こうしておけば、干からびる心配が減ります。

 

 森の中ではシシウドの根っこ、トリカブトの全草を採取しました。ヤマイモも見つけましたが、時間が無いのでムカゴを採取しておきます。


「こいつは、マタタビの実か。少し時期が遅れているが取っていくか。アエラキにやったらどんな反応をするのか」


 ゲンさんが悪い顔をしながら、コブ状の果実を選んで摘み取ります。アエラキさん達に変なことをしないで下さいね。力づくで止めますから。




 途中で、私達と同じ薬草採取の依頼を受けたであろう若者三人組に行き会いました。三人とも腰に短剣を差し、厚手の貫頭衣とズボンの上から、皮の胸当てや脛当てを着用しています。こちらの方達が、毟っている植物に心当たりはありません。この世界独自の植物なのでしょう。ゲンさんが声を掛けます。


「アンタ達も、薬草の採取かい」

「ああ、そうだ。ここは、俺達が先に見つけたから他所を当たってくれ」


 顔を向けずに、若者の一人が聞こえにくい声で答えます。あまり、良い雰囲気ではありません。


「そいつは、なんていう薬草なんだい」

「知らないよ。指示書の絵と同じ草を取っているんだ。邪魔だから、さっさと他の場所に行ってくれよ……」


 若者は、ゲンさんと私を見て絶句しています。


「ああ、邪魔して済まねえな。直ぐに行くよ。ただ、もう少し丁寧に取った方が良いと思うぜ」

「よ、余計なお世話だ! こ、この前の婆もケチをつけて報酬を渡さなかった!や、薬草なんて取れていれば十分じゃないか!」


 そうかい、邪魔したな。と言ってゲンさんは歩き出します。私も後に続きます。若者たちから距離を取ると、悲しそうな顔をしてゲンさんが話し始めます。


「あれじゃあ、いけねえよ。野草だってきちんと摘まなきゃ駄目だ。婆さんが報酬を渡さない理由がなんとなくわかる」


 私が見た所、若者達は群生していた植物を毟り取っていました。葉も、茎もズタズタで構わず革袋に詰め込んでいました。野草は種類によって、刃物を使って取ることもしてはいけない場合があります。


 沢にたどり着くと、私は採取した野草の類の泥汚れや、ゴミを丁寧に落とし、枯れた葉を取り除きます。又、固い不食部分も切り落としておきます。濡れた物を、種類毎に仕分けて新聞紙でくるんでおきます。

 ゲンさんは、図鑑に出ていたユキノシタの全草とドクセリの根茎、私達用にワサビの葉と根茎、クレソンを摘んでいます。


「あの時、摘んだワサビ葉の醤油漬けも美味かったなあ。あっという間に食っちまった。こっちの方が土地の栄養が強いのか、向こうより味が濃い感じがするなあ」


 私もそう思います。山菜は、畑で取れる野菜よりもクセや風味が強いのですが、こっちで取れた物はさらに味も濃い感じがして美味しいです。ただ、余り毎日のように同じ物を食べると少し飽きが来てしまいます。

 また、ビニルハウス栽培で取れる野菜の様に一年を通じて取れる物ではなく、収穫時期が限られているからこそ楽しめるのも美味しく思える要素の一つと言えます。通年取れるタンポポの類が不味いわけではないのですが。


「結構、川魚も見かけるな。今度釣って食ってみてえな」


 沢の方を見て、オークの干し肉とクレソンの炒め物を食べながら、ゲンさんが呟きます。市内の露店では、蟲肉は売っていましたが、鹿肉や魚等は売っていませんでした。高級品なのででょうか? 私は、沢の付近で見つけて採取したサルナシの実を口に含んでいます。皮を口から出して答えます。


「つつ、釣り道具を、つつ、作るかい」

「まあ、次にしようや。言いだしっぺの俺が言うのもなんだが、欲張りすぎてもいけねえからな。今日は、このまま都市まで戻ろう」


 昼食を済ませ、小休止した後、採取した薬草と、私達用の山菜とに袋を分け、都市へと戻りました。途中で、若者達と行きあった場所も通り過ぎましたが、無残に毟られた植物の群生後が残るだけで彼らはそこに居ませんでした。きっと、都市へと戻ったのでしょう。


 夕暮れ前には都市へと戻ってきました。門に立ち寄り、預けた荷物を返却してもらいます。何人かの守衛さんとは顔なじみになってきました。なじみの人達は、もう、こちらを怖がるような素振りはありません。ゲンさんが、ウムお婆さんの住居の場所を守衛さんに聞いています。


「ああ、ウム婆の家は北門の傍にあるよ。北門は職人街や貧民街に続く門だ。葉っぱの絵が描いてある、薬草売りの看板が目印だよ」

「ありがとさん。取っといてくれ」


 ゲンさんは情報をくれた守衛さんに、小銅貨を一枚握らせます。少なくとも、心遣いは必要です。ついでに、「因業な婆だから気を付けなよ」と笑いながら言われました。

 私達は、北門の方向に向かいます。清掃人夫の汲み取り作業で、汚物を運び出してから近付いたことはありません。近くまで来ましたが、分からなかったので道に居た年配の女性に尋ねた所、ビクビクとしながらも場所を教えてもらえました。

 

 ウムお婆さんの薬草店は、門へと続く道から路地に入り、陽が当たりにくい奥の方にありました。


「守衛の野郎、あの説明だけじゃあ、分かりゃあしねえよ」


 ゲンさんがブツブツと文句を言っています。確かに、奥まった見つけにくい場所にあります。玄関の木戸の上に、木でできた看板が吊るされています。看板には、読めない字と葉っぱの絵が描かれています。多分、ここでしょう。ゲンさんが木戸をノックします。


「冒険者組合の依頼を受けた物だ。採取した薬草を持ってきた。入ってもいいかい」

「……開いているよ、さっさと入りな!」


 家の中から、しわがれながらも、大きい声で返事がありました。「確かに、因業そうな感じだ」ゲンさんが、苦笑しながら小さい声でこちらに言ってきます。相槌だけを打っておきます。


 木戸を潜った部屋の中は、唯一、明かりが取れる窓からの明るさを頼りにしているためかなり薄暗い状況です。夕暮れ時には、直ぐにランプが必要になるでしょう。部屋の一角に、シワの深い、長い白髪を後ろに一房にまとめたローブを着込んだ痩せたお婆さんが椅子に座っていました。こちらがウムお婆さんでしょう。


「どれ、取ってきた薬草を見せておくれ。どんな状態でも受け取りはするけど、下手な物には金を払わないよ」

「ああ、分かっているよ。図鑑にあったのを選んで摘んできた。ツリガネニンジンの根、シシウドの根を各一袋、ユキノシタの全草を二袋、状態が良ければどれも銅貨一枚で引き取ってもらえるはずだ」


 怪訝な顔をした後に、ヒヒヒとウムお婆さんは笑い続けて「状態が良けりゃあね」と言います。ゲンさんが冒険者組合から借り受けた素材収集用革袋の中に入ったビニル袋を取り出し、野草を包んだ濡れた新聞紙を丁寧に開けます。ウムお婆さんは、ジッとこちらが取りだした野草を見つめます。


「採取した薬草を、わざわざ袋分けにして、しかも紙で包んできたのかい。顔に似合わず、ご丁寧なこったねえ」

「婆さん、顔は関係ねえだろう。で、どうなんだい」


 ウムお婆さんは「慌てるんじゃあないよ」と、言うと一つ一つ野草を手にして顔に近づけて見ています。すべてを見終わると、フゥとため息を一つ付き


「まあ、合格だね。既定の料金を払ってやるよ。最近の連中が取ってきたのと違って、きれいに摘んである。顔に似合わずね。全部で銅貨四枚ちゃんと出すよ。他の連中は、適当に採取された薬草を適当に煎じて売っているが、私はそうゆうのは嫌いでね」

「だから、顔は関係ねえよ。婆さん、試すようで悪いとは思うが、こいつも摘んできたんだが、一体何に使うんだい? 返答によっちゃあ渡すわけにはいかねえんだ」


 ゲンさんはそういうと、革袋の中で仕分けしてある「トリカブトの全草」と「ドクセリの根茎」を取り出し、中身を見せます。


「……こいつは、両方とも猛毒だ。間違って食えば死んじまう。あんた、図鑑に間違って記載したんじゃあねえのかい」

「お馬鹿かい! 間違えるわけないだろう! あたしゃ、こう見えても小娘の頃から薬草煎じて薬作っているんだ! こいつが、毒なのは承知の上さ! だけどね、きちんと「毒抜き」の加工をして、調合すれば痛み止めや、傷治療薬や霊力回復薬の原料になるんだよ! 他の奴らは、馬鹿なことに使っているかもしれないけど、あたしゃそんなことしないよ!」


 烈火のごとく捲くし立てられ、ゲンさんが珍しく後ずさりをしています。


「す、済まねえな。俺達は遠くの方から来たんだが、この植物は毒としか見られていなんでな。悪かった、謝るよ」


 ゲンさんが素直に頭を下げます。その様子を見た、ウムお婆さんは直ぐに落ち着いて、ヒヒヒと笑った後に喋りだします。


「一体どこの辺境からやって来たんだい。薬草士や錬金術師じゃあ、当たり前の事なんだよ。まあ、アンタ達冒険者が知らなくても仕方がないかね。どっちかっていうと、毒だってきちんと知っていた事の方が立派かも知れないね。ん? あんた、これ落としたよ……」


 頭を下げた時に、ゲンさんの上着のポケットから野草百科が落ちてしまったようです。ウムお婆さんは、落ちた野草百科を手に取り、目にして固まっています。ゲンさんは「しまった」という顔をしています。

 ウムお婆さんは真剣な顔つきでゆっくりとページをめくっています。暗くなり始めた部屋の中で、野草百科の一頁を食い入るように見ています。


 ウムお婆さんが口を開ける前に、ゲンさんが口を開きます。


「婆さん、悪いがそいつは売り物にはしてねえんだ。返してくれ」

「金貨でニ、いや、三枚は出すよ。アンタ達の国の字は読めないが、この生きたような絵はそれだけの価値があるよ。それに、私が製作した図鑑よりも多くの植物が載っている。私が知らない植物もある。よく調べたもんだよ。長生きしても知らないことは沢山あることを思い知るよ」


 目を野草百科から離さずに、ウムお婆さんはこちらに問いかけてきます。古本で買った野草百科に金貨で三枚の価値が付くのは驚きでした。ごくりと唾を飲み込みながらも、ゲンさんは首を横に振り「悪いが、今はその一冊しか持ってねえから渡すわけにはいかねえんだ」と返答をします。

 がっくりとうなだれたウムお婆さんは手にしていた野草百科をこちらに向けて差し出して来ます。


「残念だよ。無理をしてでも欲しい本だよ。ああ、毒草のほうもきちんと摘んであるね。そうすれば、さっきの薬草と含めて全部で銅貨八枚。いいね」


 そういうと、ウム婆さんは奥にある戸棚の中から銅貨を取り出し渡してくれました。私は懐から出した小銭入れに使う革袋の中に銅貨をしまいます。


「しかし、アンタ達は相当遠いところから来たようだ。全く知らない字だねこりゃ。だから、始めにおかしな名前で薬草を取り出したんだね」

「こっちじゃ、違う名前なのかい」

「ああ、全然ちがうよ。こっちから、ランプ草、ホウボウ花、イワの草、オーク殺し、キゾク草。こっちじゃこう呼んでいるよ。」


 毒草は、いかにも怪しげな名前が付いています。ウムお婆さんはこちらに顔を向けています。なにかようでしょうか。


「ところで、奥のブサイクさんもなんか持っているんじゃないかい。まだ、隠しているものがあるんなら素直に見せなよ」

「顔は……仕方がねえか。ゴン、見せてやれ。こっちは俺達の食糧だ」


 ゲンさんはフォローをしてくれませんでした。ヒドイものです。まあ、本当の事ですから仕方がありません。私は、袋の中の山菜を一つずつ丁寧に取りだします。


「こっちも顔と図体に似合わない丁寧さだね。感心するよ」

「かか、顔は、かか、関係ない」


 一応、私もそう返答しておきます。ウムお婆さんはヒヒヒと笑って、「本当にそうかも知れないね」と答えてくれました。しかし、中身を見ると呆れた顔をしてこっちに話しかけます。


「本当にこいつを食べるのかい。変わったお国なんだね。ワタゲ花の若草、ニオイ草の全草、ナガネの実、ゴブリンの瘤、ピリリの根っこ、カワウズメ、ゴブリンの頭、どれもこれもこっちじゃ薬にもしない」

「フーン、そうなのかい。俺達の国では、ワタゲ花の若草の根は天日干しして煎じて飲めば胃腸薬、ゴブリンの瘤はアルコール度数の高い酒に暫く漬けてから飲めば滋養強壮や鎮痛に効くて言われているんだがなあ」

「……聞いたことはないねえ。特にゴブリンの瘤を酒に漬けるなんて考えたこともないよ」


 薬酒という考え方が無いのかもしれません。結構、古い時代からあると聞いたことがありましたが、こちらの世界では発展しなかったのでしょうか?

 ワタゲ花の天日干しを煎じるのは試してみたいということで、少しお譲りすることにしました。ウムお婆さんは「タダで悪いねえ」と笑っています。


 店を後にしようとしたとき、ちょいと待ちなと呼び止められます。奥の戸棚から口が窄まった素焼きの壺を取り出して来ました。


「良い本と、珍しい話をしてくれた礼だよ。壺の中身を移し替えて、壺は返しておくれ。傷の治療薬だよ。良く効くよ。但し、一日にカップ半分位までしか飲んじゃあいけないよ。それ以上は毒になる」

「本当にいいのかい」

「ヒヒヒ、因業で金にウルサイ婆だと聞いたんだろう。その通りだけど、払うものは、払うよ。それに、今は、あの一冊しか本はないけど、次がありそうじゃあないか。そん時は、必ずここに持って来なよ。他に持っていったら承知しないよ。それと、その本間違っても、ひけらかしたりするんじゃあないよ。貴族や、領主に目を付けられたら取り上げられちまうからね」


 壺を受け取り「分かった。気を付けるよ」と言いながら店を後にします。外は、綺麗な夕暮れ時です。じきに暗くなります。明日の仕事を探しに冒険者組合に行きましょう。


「こんど、日本に戻ったら中古の本屋で、ポケット百科を買い占めておくか」


 ゲンさんが、こちらに顔を向けてニヤリと笑いながら言います。


「とと、獲らぬ狸の、なな、なんとやら」


 「おっと、言われちまった」とゲンさんは笑います。しかし、今度もきちんと戻れるのでしょうか? それに、戻ってまた次があるのでしょうか? そう考えながら、明日の仕事を探しに、冒険者組合へと向かいました。

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