第3話 清掃人夫
陽が昇る前、辺りはまだ暗いままです。時計の時刻は、午前三時。こちらに戻った時、手持ちの腕時計はまた、こちらの時刻を指していました。
一日が二十四時間の間隔は、地球と同じようです。ただ、時計や時間と言った概念があるかはわかりません。
泊まった宿屋は一階が酒場、二階が宿泊施設となっていました。昨晩は酒場で夕飯を済ませましたが、スープと大きめのパン一個で一人小銅貨三枚取られています。明日の朝食用に、パンを一つ買っておきました。これも、小銅貨一枚でした。
宿泊部屋は八人の共同部屋で、私達の他にも四人、宿泊している人達がいました。部屋に入ると一斉にこちらに目を向けて来ましたが、ゲンさんが笑みを浮かべると、一斉に目を反らしました。このような場所ではとても、便利です。
荷物を持ち、安宿を出ます。ろくに外灯が無い道は暗いので、懐中電灯で道を灯します。昨日、受付の方に汚れても良い服装と言われましたので、日本の作業服専門店で購入した、上下作業用のカッパとピン付の長靴を着用しています。
「ベッドはあったが、固いし、なんだかあっちこっちが痒いな。ダニかノミでも、いるんじゃあねえか。飯もマズイし、野宿のがましだな」
同感です。お風呂もありませんでした。体を拭くにも、支給された水が桶一杯と少ないので我慢しました。周りが臭いので、余り気にされる方はいないかもしれません。しかし、あまり不潔だと病気が心配になります。
組合の窓は鎧戸が閉められています。建物の前には、木の樽や桶、スコップのような物を載せた荷車と、ロバが二頭います。
しかし、冒険者組合は本当に開いているのでしょうか? ゲンさんが、入口の木戸に手を掛けると、ギイと音を立てて開いてくれました。中は、松明により多少の明かりを灯していますが、大分暗く感じます。
受付には、例の女性と二人の人が居ました。私達が最後でしょうか。受付に近寄ると、木戸が開きもう二人、受付に向かってきます。
私達より先に来ていた二人は、いわゆる肌人種でしょう。十代位の若い男性二人組です。後から来た二人は、獣人種と呼ばれる人たちの様です。体格は小柄で、二足歩行をする猫と犬です。四人とも少し袖丈の長い貫頭衣とズボンを身に着けています。
「少し早いですが、今回の作業従事者が全員揃いましたので説明を開始します」
担当女性の説明によると、これから、朝までの間に「公共トイレ」二ヶ所の汲み取り作業を行うとのことです。
終了後、一時休憩を取り、貴族街の一角にある宴会場の床掃除をして、昼食を取り、その後は、夕方頃まで都市の中のドブ浚いとい内容でした。
「こちらで、何か用意するものはあるのかい?」
荷物の中からゴム手を取り出しながら、ゲンさんが尋ねます。特にないとの返答です。その代り、朝昼の食事は休憩中に各自で取るように言われました。汚れた服の替えも支給はないとのことです。
私達は、女性に申し出て手数料を支払い、荷物を預かってもらいます。手渡したキャリーの荷物には木札が付けられます。
女性は始め持ち上げようとしていましたが、重そうにしていたので牽けばば転がると教えました。意味が分かっていないようなので、実際にやって見せました。女性に牽かれながら、受付カウンターの奥に運ばれます。
冒険者組合の受付から出て、木の樽を三つ積んだ荷車を牽くロバの後ろに付いていきます。案内役は、暗い道を灯すロウソクを持った先程の女性です。長屋が連なる区画の大通りの手前で荷車を止め、人が通れる程度の短い路地の奥に、木の柱で建てられ、幾枚もの皮で覆われた粗末な小屋の前で女性が止まります。
「本日一ヶ所目です。朝の時間帯までしか作業はできません。迅速にお願いします。上澄みの液と、汚物は必ず別々の樽にまとめて下さい」
一緒に来た人たちは、布きれで顔を覆いマスクの代わりにしています。私達もタオルをマスク代わりにしています。入口に目隠し用に掛けられていた粗末な皮を取り外し、男性二人組が入っていきます。猫さんと犬さんのお二人は、顔をしかめ立ちすくんでいます。どうしたのでしょう?
「匂いがきつくて中に入れねえのかい? 無理しねえでそこで、出した物を受け取ってくれ。ゴン、お前も外で受け取ってくれ。全員が入るには、ちと狭めえや。受けた仕事だ、木桶の匂いは我慢してくれ」
なるほど。猫さんも犬さんも、私達より嗅覚が鋭いのでしょう。ハダスさんも匂いでオークの接近に気付いていました。この共同トイレの中での汲み取り作業は、我慢が出来ないのでしょう。
「わわ、わかった。おお、俺が、ばば、倍は持とう」
ゲンさんが、小さく笑いながら「頼もしいこった」と言ってトイレの中に入ります。先に入った男性の一人が木桶に入った、上澄みの黄色い液を手渡してきます。犬さんが、空いている木桶を手渡します。
「次もすぐ来る、少し待っててくれ」
言うが早いか、次の木桶がもう一人の男性から手渡されます。私は、荷車前に置かれた樽に中身の入った木桶を運びます。猫さんが蓋を開けておいてくれたようです。中身を樽に移し替えますが、ここだと、いちいち運ぶのが面倒です。樽のについた取っ手を持ち、入口近くまで運びます。
「荷車はそちらまで近づけることが出来ませんよ。中身が入った樽は重くなります」
女性担当者が、離れた場所から声を掛けてきます。元の場所に、戻せるか心配なのでしょう。この程度、私なら問題ありません。
「だだ、大丈夫。ちち、力なら自信ある」
そう答えておきます。女性は、少し胡乱な顔でこちらを見ています。
「ゴン、早くしろ。木桶が空かねえ」
ゲンさんに急かされます。木桶の液体を入口で受け取り、次々に樽の中に注いでいきます。何回も繰り返しているうちに、樽の中身が一杯になります。蓋をして、取っ手を掴み持ち上げます。流石に、中々重いですね。まあ、まだ大丈夫ですが。
荷車まで樽を持っていき、次の樽を持っていきます。こちらを、女性担当者が茫然と見ていました。しかし、気にしては入られません。
「次は、クソになる。別の樽に入れてくれ」
二つ目の樽が一杯になる頃に、ゲンさんから声が掛けられます。ただ、固形物は重くなります。次は、犬さんと猫さんにも手伝ってもらいましょう。
「つつ、次は、てて、手伝ってくれ」
「「ハ、ハイ」」
二人揃って返事が返ってきました。木桶を持って、中の人達に手渡します。奥から、「俺が入るから、桶受け取って外の連中に渡してくれ」とゲンさんの声が聞こえました。一体何のことでしょう?
茶色く柔らかい固形物が木桶に満たされ渡されます。酷い匂いです。猫さんも犬さんも、顔をしかめながらも我慢して運んでくれます。猫さんは背が百三十センチ位と、犬さんよりも小柄なので、木桶を、顔の近くまで上げなければならないので苦しそうです。
私が後ろから、木桶を掴み持ち上げてやります。楽な仕事になりますが、私が樽に注ぐ役割をした方が良さそうです。
「おお、俺がやろう。ふふ、二人で運べるか?」
「で、できるに」
答える顔が少しこわばっています。尻尾が股の間に入っています。きっと、トロルみたいな私の顔が怖いのでしょう。「よよ、ヨシ。たた。頼む」と返事をして、犬さんが持ってきた木桶を受け取り、中身を空けます。
最後の樽が八分目位の量になった時、トイレの中からゲンさん達が出てきました。
「あぁ、臭かったぜ。まったく、たまんねえなあ、糞まみれだ」
ゲンさんの手と足元は随分と汚れています。
「どど、どうしたんだい」
「底に溜まった糞とるのに、中に入ったんだ。三十センチ位は溜まってやがった。狭いから、俺一人で中に入って、手で浚って木桶に入れた。ゴム手が有って良かったぜ」
奥から聞こえた声は、そうゆうことでしたか。私達以外の人達は普通の短靴ですから、汚物ダマリに入るのは、流石に気が引けるでしょう。荷車に摘んだ木樽は、中身がいっぱいになりました。樽を入れ替えるなりしないといけませんが、どうするのでしょうか。
「では、職人街の区画へ行きます。付いて来て下さい。その前に、あなたには『洗浄』の術を掛けておきます」
女性はゲンさんから少し離れた位置に立ち、手を前に向けボソボソと呟いています。声が止んだ時には、汚物が粉のように落ちていました。
「お、こいつは便利だ。ついでに、身体も洗えねえのか?」
「『身体洗浄』は別の術になります。有料ですが、宿の女将が大抵できます」
女性はそれだけ言うと、さっさと先頭に立ち馬を引き始めます。身体を洗う術もあるということですが、今朝の感じだとゲンさんが宿に泊まるか怪しいものなので、女将の術は期待できそうもありません。せめて、どこかで身体を拭ければよいのですが。
荷車は、私達が通った門とは逆の方向に進みます。大通りを進むと城壁に小さな門があり、そこを通るようです。女性は、守衛の方に用紙を見せてから門を開けてもらい外に出ます。私達もその後に続きます。
堀に架けられた橋を通り、門の外に出ると城壁の住居と同じ二階家で木造の骨組み、但し壁はところどころ剥がれた漆喰塗りの土壁になります。道はただ、地面が平らにされただけです。ここが、職人街なのでしょう。
荷車の振動が大きくなったので、載せた樽が落ちないように皆で支えながら職人街の中を進みます。住居がなくなった町の外れに、異臭を放つ肥溜めがありました。差し掛け小屋が設けられていますが、誰もいないようです。二つの層に区切られています。大と小用に分かれていました。一体何の意味があるのでしょうか?
「ここに、それぞれの樽の中身を空けてください。空け終ったら、もう一ヶ所に向かいます」
女性がそう告げます。男性達が木桶で中身を、掬い出そうとしています。面倒です。私が樽ごと、中身を空けましょう。男性達を手で制してから、液体の入った樽を持ち上げ肥溜めに近づきます。男性達は、唖然としています。
私は、樽の蓋を開けて、底と口に手を掛けて中身が飛び散らないようにゆっくりと傾けます。二個目の樽の中身も空け、三個目の汚物が入った樽を持ち上げるのには、ゲンさんの助けを請います。
「ゲゲ、ゲンさん、汚物の方は、ひひ、一人じゃあ持ちあがらない」
「手伝うよ。早く済ませちまおう」
樽の取っ手を各自で一つずつ掴んで持ち上げます。
「確かに、こいつは重てえや」
ゲンさんはそう言いますが、二人掛りなら何とか持てます。三個目の樽の中身も空けて、次の共同トイレに向かいます。途中で、ゲンさんが連れの人に、声を掛けています。
「肥溜め二つに分けてどうするのか知っているかい?」
「……俺も詳しくは知らないが、尿の方は鍛冶職人や、毛織職人がよく使うらしい。糞の方は、皮なめしに使われると聞いたことがある。どう使っているのかは知らないぜ」
都市の外の街外れに捨てたわけではなく、職人が使用するようです。だから、職人街の外れに肥溜めができたのでしょう。それにしても、一体、あんな物を何に使うのでしょう。
二つ目の共同トイレも、一つ目と同じように作業を行いました。無事、中身も空けて身軽な状態で都市に戻る頃には、すっかり夜が明けて、陽が差しています。今日も、晴天です。都市に入る門の前で、女性担当者が全員に『洗浄』と『消臭』の術を掛けました。こうして、衣服の汚れや臭いを落とすなら、服が汚れた場合の替えの用意もないのでしょう。
「汲み取り作業は完了しました。次は、貴族街に行きますが、その前に休憩を取ります。各自、朝食を取る場合は、今のうちにお願いします。この砂時計が休憩の目安です。ここに、遅れずに集合して下さい。私の担当はここまでです。次は別の担当者が来ます」
冒険者組合に戻ると、女性から休憩を宣言され各自が朝食を取り始めています。私達以外の人は外に食べに行くようです。
「どこか、火を焚いても良い場所あるかい? 自炊をしてえんだ」
「建物の裏庭が多少は広いのでそちらで行ってください。もし、火事をおこせば縛り首です」
怖いですね。しかし、携帯ガスコンロを使うので、間違えなければ燃え広がることはないでしょう。お言葉に甘えて、裏庭をお借りしましょう。
預けた荷物から中身を取り出す許可を取り、昨晩買ったパンと、ガスコンロ、鍋、水、干し肉と食器を取り出します。
「呆れますね。随分と沢山の荷をお持ちだと思いましたが、鍋や食器までお持ちでしたか」
「ああ、放浪の旅には色々必要なんでな。まあ、気にしねえでくれ」
驚くのに飽きた感じの女性を後にして、裏庭に向かいます。今日の朝食は、パンをスープでふやかして食べましょう。昨日の宿のスープよりも、ましな味になるでしょう。
朝食を食べ終え受付に戻り一休みをしていると、他の方達も受付へと戻ってきます。若い男性二人組がこちらに話しかけてきます。後ろ頭をかきながら、少し頭を下げてきます。
「さっきは助かったよ。まさか、汲み取り作業が入っているとは思わなかった。今朝、聞いて驚いたよ。まあ、やけに清掃作業にしては朝が早いから嫌な予感はしていたんだけどさ」
「受付に尋ねたんだが、どうやら先日の汲み取り作業が思いのほか進まなかったんで、急遽組み込まれていたみたいだな。依頼料に多少は色が付いているが、割に合わないぜ」
「普通は、こんな風にしねえのかい?」
ゲンさんが、男の人たちに問いかけます。お互い顔を見合わせた後、答えてくれました。
「ああ、アンタ達見かけない顔だから、ここの仕事は初めてになるのか。普通、清掃人夫の作業は、朝に、貴族たちが使った宴会場の掃除、昼から都市内部のドブ浚いなんだ。」
「共同便所の汲み取りは、普通、市民が寝静まった夜九時から陽が昇る前までに行うもんだ。昼間やったら、臭くてしょうがないからな」
話をしているうちに、入口から猫さんと犬さんが近寄ってきました。私の元に来ると、ピョコンと頭を下げてきます。
「先ほどは、ありがとう。助かったに」
「お役に立てなくて、ごめんなさいですよ」
「いい、いい。きき、気にしない」
急にそんな風に、謝られても困ってしまいます。人には、得手、不得手がありますから。しかし、二人とも不安げに尻尾が揺れています。
「ゴンの言う通りだ。何にもしなかったわけじゃあねえ」
ゲンさんも、ついでに答えます。男の人達はどうでしょうか?
「まあ、いつもなら怒るかもしれないが、今回は俺達も、大した役にたってないからな」
「そうそう。それにしても、アンタ達すごい力だ。特に樽を一人で運び上げた時はたまげたぜ。おかげで、嫌な作業が早く終わってくれた。いつもなら、担当に嫌味言われながらまだ、続けていたかもしれないよ」
こちらも、私達を褒めてくれています。恥ずかしくて思わず俯いてしまいました。ゲンさんも少し、眉間にしわが寄って苦笑いをしています。恥ずかしいのでしょう。「それにしても……」と男の方が続けます。
「獣人種が汲み取り作業をするのは無理だろう。今まで、見たことがない。獣人種は、あの手の作業に手を出すことはないこと位、受付担当者だってわかりそうなもんだ」
「大方人手が集まらなかったんで、黙っていたんだろうよ。上手くすれば、依頼料を減らすこともできたしな」
二人は、小さめな声で組合に対しての愚痴を言います。事情はどうあれ、無事に一つ目の作業を遂行できましたので、良しとしておきましょう。私の隣に腰を下ろした、猫さんが声を掛けてきました。
「お二人の名前は、なんというに」
「俺は、ゲン。こいつはゴン。二人とも肌人種だ。よろしくな」
「「「「えっ」」」」
いつものパターンです。分かります。
その後、残りの人達の名前も確認しました。「ゲンさんが取合えず、終わるまでよろしく頼むは」と返しています。
「みみ、皆さん、よよ、よろしく頼みます」
私も、この癖があっても、返すべき返事は、きちんと返すべきなのです。
次の作業場所に行く時間になり、受付から、身なりの整った少し太めで、立派な髭を生やした中年の男性がこちらに向かってきます。
「全員いるな。では、貴族街に向かう。下手な行動はしないように注意すること」
冒険者組合を後にし、内堀に架けられた橋へと向かって行きます。貴族街と冒険者組合の距離はそれほどありませんでした。内堀には、水が流れています。近くに川はなかったはずです。どこから来ているのでしょう。
橋のたもとと、橋の先に居る守衛さんに、担当者の方は木札と書類を見せて、通行していきます。私達も離れないように、後を追います。
橋から少し歩いた場所にある、三階建ての石造りで窓にガラスが嵌めこまれた大きな建物の中に担当者の方は入っていきます。扉を一歩入ると、きれいに磨かれた石の床――但し、床の上は吐瀉物まみれ――が目に入ります。酷いものです。
「では、掃除を始めてくれ。収集した者は、裏の排水溝に捨てること。その際に、絶対に他の床に零さないように」
それだけ言うと、担当者さんは外に出てしまいました。木桶やボロ布は、部屋の一角に用意がされていました。あれで、拭き取れということでしょう。
「あー、こいつはお好み焼き見てえだ」
木桶片手に床を這って拭きながら、ゲンさんは零します。身体の大きい私には辛い作業でした。広間には、机や椅子はそのままで、高価な品でしょうから傷つけるわけには行きません。屈んでも机にぶつかってしまいそうです。
この作業では、小柄な猫族のアエラキさんと、犬族のオルデンさんがせっせと、床にまかれた汚物を木桶に集めてくれています。
「ゴンさん、これを外に出してくれに」
アエラキさんが木桶を手渡してきます。私が四苦八苦していことに気を効かせてくれたのでしょう。ありがたいことです。腰を伸ばして、木桶を貰い受けます。中身は八分目程度で、こぼれる心配はありません。
「ああ、ありがとう。たた。助かる」
アエラキさんは二カッと笑いを向けます。やっぱり猫は、可愛いですね。和みます。貴族の吐瀉物は壁、机や椅子にこびりついていました。一つ一つ丁寧に拭き取ります。お昼に近いころには、終了をしました。今回は、余り役に立ちませんでした。
担当の男性が、広間を歩きチェックをしていきます。
「……フム、まあ、いいでしょう。ここでの作業は終了です。貴族街から出ますので、遅れないように」
男性は言うが早いか、スタスタと建物の玄関の方へと歩いていきます。ホッとしました。
「それにしても、貴族様が会場で吐き放題か。よほど、酒が振る舞われたのか。羨ましい」
「違う、違う。あれは、吐く専用の場所なんだぜ。会場はもう少し奥らしい。食った物を吐いたら、また食う。それを繰り返してんだとさ」
勿体ない話です。それなら、無駄に作ったり、食べたりしなければ良いのに。食材への冒涜です。「無駄口を叩かずに、黙って進むこと」担当の方から声が掛かります。迂闊なことを口に出せば、睨まれる可能性もあります。注意しましょう。
お昼頃、冒険者組合へと再び戻ってきました。担当の方は、砂時計を出して、ここに戻るように指示を出した後、そそくさとカウンターの奥に消えていきます。
「昼飯は、どうするか。ゴン。予定通り外食をしてみるか」
毎回、同じ物を食べるより、都市の中の食べ物を少し味わってみようと、昨晩の内にゲンさんと決めて置きましたが、考えてみればどんな食べ物があるか知りません。
「じゃあ、俺達と一緒に食いに行こうぜ。良いで店を知っている。お前達も来いよ」
ゲンさんの言葉を聞いた男性達が声を掛けてくれました。ついでに、アエラキさん達も誘っています。オルデンさんが心配気味に尋ねています。
「高い店はむりですよう」
「お互いの財布の中身は知ってるよ。お前達もどうせ行く店は同じだろう」
苦笑交じりに、尋ねられた男性の方は答えています。それもそうです。ここにいる皆、手持ちが少ないからこんな仕事をしているのでしょう。
男性達に連れられて来たのは、屋台が集まった広場でした。組合からもそう遠くはありません。ずいぶんと賑やかです。
私としては、肉の串焼き屋さんみたいなものがあるのかと思っていましたが、かなり想像を裏切られました。大体の店先に並ぶのは、虫の串焼き、炒め物の類です。目が点になります。
「俺のおすすめは、大王スズメ蜂の幼虫のシチューかな。濃厚な味がたまらないんだ」
「こっちに乞食ザリガニの串焼きがあるなあ。ちょっと泥臭いが、プリプリした身は最高だ」
お二人の話によると、どの店も小銅貨一~二枚で買えるそうです。ゲンさんの目がキラキラしています。どんだけ、ゲテモノ食いなのでしょう。ここでは虫は一般的な食材の様です。まあ、地球でも蜂の子も、ザリガニも普通に食していますから変ではないのでしょうけど、どの虫も地球の虫より何十倍も大きいサイズです。
「あ、森林烏賊の姿焼きに! 美味しそう」
「だめですよう。アエラキ、この前食べ過ぎて、脚が震えてましたよう」
私は、アエラキさんが食べ損ねた森林烏賊の姿焼きを食します。そこそこ大きいです。味付けは塩コショウのみ。シンプルですが、宿の食事より美味しいです。ゲンさんは、幼虫シチューを食べています。
「お、こいつはいい! 確かに濃厚なシチューだ、具のパンにも味がしみてやがる。親父最高だ!」
「おう、うちのはきちんと、ワタ抜きをしている奴を仕入れているから臭みが少ないんだ。アンタ、味が良く分かるねえ!」
広場の屋台は、時間帯で入れ替わり宿が閉まる頃と同じに店を畳むとのことです。パンやお酒を売り出している店もあります。
「よし、ゴン! 仕事が終わったら、このシチューと、ザリガニの串焼きを夕飯にしようや。ついでに、酒も買っていこう」
「わわ、わかった。かか、買い過ぎないように」
「その辺は心得ているよ。安心しろゴン」
ゲンさんはシチューが大分お気に召したようです。夕飯にするということは、私も食べるということです。……人生、色々食べるのも経験の内です。
昼食を食べ終わり、組合の壁に寄りかかって少し昼寝をしました。石壁が、ひんやりとし気持ちが良かったです。
昼過ぎからのドブ浚い用として、各自に木製の鋤が渡されました。組合の前には、樽が二つ詰まれた荷車と目の粗いフルイが置いてあります。今回は、馬がいないので私が代わりに牽くことにします。
先頭には、先ほどと同じ男性の担当者が案内役として街路を進んでいます。ときどき、「撒けるよ!」と大声を出した後に住人が木桶の中に溜まった汚物を排水溝に捨てています。通り過ぎた後に男性達が不服そうに話をしています。
「まったく、規律違反も甚だしいぜ。本当は、共同便所に捨てるはずだぜ。スラム街であれをやったら、直ぐに罰金を取られるんだぜ」
「そう言うな。どっちにしたって、俺達が金を貰って掃除をしているんだ」
「では、残りの時間はこの区画の排水溝を掃除して下さい。集めた汚泥は、西門外側の堀に捨てること。では、始めてください」
そう言うと、担当の人はどこかに消えてしまいました。ドブを浚い木桶に汚泥を入れていきます。桶の中身を、樽に空けようとしたときに、待ったが掛かります。
「ゲンさん、このフルイに通しながら捨てないとだめだぜ」
「なんで、いちいちそんなことをするんだ」
まあ、見てなと言って男性が木桶をフルイの上にあけ、激しく揺すります。汚泥が下に落ちた後に何かがフルイの上に残ります。
「お、幸先がいいぜ。小銅貨一枚頂きだぜ。ドブの中には、こういったお宝が潜んでいるんだぜ。最後に、少しだけ担当の奴にも渡さないといけないがな」
「ハッ、そのフルイは何に使うかと思ったが、そうゆうことか」
男は、こちらに聞こえる程度の声で説明をしてくれました。この辺りは、公然の秘密のようです。アエラキさん達は、木桶に入れる前にフルイにかけているようです。
「こいつは、見つけた奴の物になるのかい」
「嫌、今回作業したみんなで山分けするのが暗黙のルールだぜ。破った奴は、次からおすそ分けはなしになる」
「じゃあ、ゴンお前が木桶を運ぶ役をやれ。いちいち、一人一人が揺すぶるより効率がいいだろうよ」
ゲンさんの言葉を聞いた、アエラキさん達は木桶の上でフルイを掛けるのを止めてドブ浚いに専念します。私は、木桶を次々とフルイにかけていきます。一つ目の樽は、直ぐにいっぱいになりました。空のもう一つの樽を積み、汚泥で一杯になった樽を荷車に積み込みます。
「ゴン、悪いがそいつを運んでくれ。木桶運びとフルイ役は俺が変わる。誰か、道案内をしてくれ。俺とゴンは、昨日初めてこの市内に入ったから道が分からねえ」
「僕が行きますよう」とオルデンさんが、トコトコと走りだします。結構、早いです。急いで荷車を曳き始め、置いていかれないように後を追います。
西の門は、それ程の距離はなく、程なくしてたどり着きます。オルデンさんが、守衛さんに首から下げた、通行用木札を見せて外に出て行きます。私も同じようにして、荷車を曳いて外に出ます。橋を抜けたところで、オルデンさんが手を振っています。
「ここで捨てれば良いですよう」
傍まで行き、蓋を開けた樽を持ち一気に中身を空けます。樽を荷車に戻し、急ぎ元来た道を戻ります。
「ゴンさんは、やっぱりすごいですよう」
「そそ、そうか」
オルデンさんが横に並んで、笑いながら褒めてくれました。やっぱり、少し照れます。道も覚えましたので、次からは一人で樽を運んでは中身を捨てていきます。区画のドブは綺麗になり、皆、汗でぐっしょりになってしまいました。
「いやあ、こんなにはかどったのは始めてだぜ。樽が戻る早さが違うと、進み具合が半端じゃあないな」
「ま、まったくだ。しかも、量をこなしたからお宝も多い」
男性達は、疲れながらも満足そうな笑みを浮かべています。アエラキさん達もくたびれて座り込んでいます。
「銀貨が一枚に、銅貨が三枚、小銅貨が十枚だ。どうやって、山分けをするんだい」
「担当に銅貨を全部渡して、残りを山分けにしよう。銀貨は銅貨十枚の価値がある。ええと何枚に分ければいいんだ?」
「小銅貨の価値は、どうなるんだい」
「小銅貨は五枚で銅貨一枚分の価値だ。そんなことも知らなかったのか。」
「遠くから来たもんでな、通貨の価値が違うのよ。ということは、小銅貨十枚で銅貨二枚分だから、銀貨と合わせて銅貨十二枚分、各々四枚ずつに山分けだ」
「顔に似合わず、随分と勘定が早いぜ。俺なんか、出店の親父に騙されそうになる事も多いのに」
「計算に顔は関係ねえよ」とゲンさんが苦笑しています。アエラキさん達は、臨時収入が多いのか、随分とはしゃいでいます。
そのうちに、担当が戻ってきて区画のドブを点検していきます。男の一人が近寄り、そっと銅貨を手渡しています。数を見て、担当は満足そうに頷いています。
「今回は、随分と捗ったようです。少し早いですが、終わりにします。組合に戻り、報酬を定額通りに受け取ってください」
そう言い残し、担当は一人で組合の方角に戻っていきます。私達は道具を載せた荷車を曳き戻ります。西の夕陽が赤く染まっています。
資材は、受付の指示に従い裏庭に戻しておきました。受付に戻り、本日の報酬を貰い、皆に別れの挨拶をして外に出ます。臨時収入と合わせて、本日の稼ぎは銅貨九枚です。
「きょきょ、今日の宿は、どど、どうする」
「今日からは野宿に戻そう。あの宿のベッドなら外の地面も変わりやしねえ。広場の屋台で、シチューを買って帰るぞ。タッパに入れてもらおう。あと酒だ。こいつは、空のペットボトルに入れて貰おう」
ゲンさんは、街路をズンズンと進んでいきます。日本にいた時よりも生き生きしています。明日の依頼は、組合を出る前に選んであります。今回は、門の外で待ち合わせできるものを選びました。
「大王スズメバチ狩りの荷物持ち」の仕事です。
依頼料は、銅貨六枚です。荷物は、門の守衛に手数料を払えば預かってもらえるそうです。依頼内容を見た、アエラキさんとオルデンさんは、難しそうな顔をしましたが、
「ゲンさんとゴンさんなら大丈夫に」
「それも、そうだよう」
と言っていました。狩りに参加するわけではないですから、それほど危険ではないと思いたいです。そもそも、大王スズメバチの幼虫は、これから買いに行くシチューの元です。変な縁があるようで、嫌ですね。
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