第2話 組合へ
昨晩は、前回と同じように交易都市の城壁周りで野宿です。朝はかなり冷え込んでいます。日本の都市部より、山間の地域に似た気候なのかも知れません。テントと寝袋があって助かりました。日本での準備が、早速功を奏します。ゲンさんはまだ寝ています。先に用を済ませて、朝食の支度をしておきましょう。
「ゴン、おはようさん。早速、朝飯の支度か」
「おお、おはよう、げげ、ゲンさん。ほほ、乾飯を使った、にに、肉雑炊」
日本でわざわざ作った乾飯です。余ったご飯をもらい、水洗いし、天日干しした物です。瓶詰で保管をしておきました。肉は、こちらで作った干し肉の余りです。水は、ペットボトルに用意してありました。もちろん、公園の水道水です。
干し肉は、ゲンさんが酒のつまみとして、結構な量を消費してしまいました。鹿の干し肉はありませんが、オークの干し肉はまだあります。定期的に干していましたが、カビなどが生える様なことはありません。地球の肉とは、何かが違うのでしょうか?
「お、オーク肉の雑炊か。こいつは美味そうだ。用を済ませてすぐに戻る」
ゲンさんはそう言って、堀の方に向かって行きます。戻ったら、朝食にしましょう。朝食を済まし、門の前の列に並びます。守衛の手荷物検査を受けるためです。入場税分のお金はあります。前回来たときの銅貨が手付かずです。少し、周りの目線が気になります。
「アンタ達か、覚えているよ。急に現れたから吃驚したが前回のような騒ぎにはならずに済んだ」
手荷物検査の順番が来た時に、守衛の方から声を掛けられました。前回のようなことは、もう沢山です。箱の蓋を開け、中身を確認しただけで検査は終わります。通常、いちいち広げるようなことはしないようです。前回の件が、イレギュラーなのでしょう。
私とゲンさんの分の入場税として六枚の銅貨を支払います。守衛の方は、代わりに木札を手渡してきます。片面には、短く掘った線が六本に中央を交差する形で長く掘られた線が一本あります。裏面には読めない文字と焼印がしてあります。
「門の中に入った後から、明日の日の出より短い線に朱が入る。滞在期間は六日間だ。長い線に朱が入る前に門の外に出てくれ。朱が入り切った札を持っているのが見つかると、捕縛され所定の期間、鉱山の労働を受けてもらうことになる。滞在期間中、開門時の出入りは自由だ。都市の中で、武器の類を所持することに問題はないが、手に持ち歩くことは禁じられている」
守衛さんから簡単な説明を受け、中に入ることになります。異世界に来て初めての都市潜入です。緊張します。
今歩いている場所の建物は二~三階建て、木造の骨組み、一階壁部分が石か煉瓦積み、二階以上の壁は漆喰が塗られています。窓ガラスはなく、木の格子窓に布か何かが張られています。下の階より出っ張った屋根は切妻で、間口の狭い住居が道沿いに長屋の様に並んでいます。住宅街のような感じです。
両端には、排水用の溝があります。排水設備は多少なりとも整備されているようです。しかし、それでも汚いと思うのが本音です。ゴミや汚物が散乱しています。住居の人が玄関先から、大声を出した後に、汚物を捨てています。
その一方で、排水溝や道を一生懸命に木製のスコップで掃除している人達もいます。役所に依頼された掃除人の方でしょうか。
「臭くて、キタネエ街だ」
ゲンさんの口から本音が漏れています。周りからにらまれる前に、朝二人で行くと決めた場所――狩人組合の建物を目指します。場所は守衛の方に確認済みです。
狩人組合の建物は、都市の中心部にある堀の外側にありました。住居と違い、石組で立派な建物です。途中にも似たような建物が幾つかありましたが、他の組合の建物でしょうか。
ゲンさんが木戸を押し開け、入ってすぐの受付カウンターの様な場所めがけてノシノシと進みます。内装は、外壁と同じ石組みが露出していて、大きな木造の柱と梁が架けられています。
壁にはランプが幾つか照らされ、明かりを生み出していますが、部屋全体は薄暗いです。それにしても、受付担当や周囲の人たちの目線が痛いです。又、勘違いされているのでしょう。ゲンさんは構わずに、中年男性の受付の方に声を掛けます。
「組合長のアシオーさんはいるかい。二月ほど前に、世話になったドワーフもどきの肌人と、トロルみたいな肌人の男達が合いに来たと伝えてくれるかい」
……トロルと呼ぶのは蔑称でしょう。気にはしませんが。
門にはいる時に守衛さんから、あれからどの位の時間が経っているのかを確認してあります。守衛さんは首を傾げながらも、二ヶ月位だろうと答えてくれました。私達が日本へ戻った時の様な時間の食い違いは、どうやら無いようです。
受付担当の中年男性は訝しげな顔を浮かべたまま、席を立ち奥へと向かいました。
幾らも待たないうちに、体格の良いご老体、好々爺の笑みを浮かべた組合長アシオーさんがこちらに向かってきました。
「オオ、よく来たね。ラティオ達から、何も告げずに別れたと聞いたときには、もう、来ないかと思っていたね」
「ああ、ラティオ達には、悪いことをした。まあ、色々あってだな」
「まあ、ここではなんだね。奥に来なさい」
アシオーさんは手招きをして、私達を受付の奥にある、組長室に迎え入れてくれました。組合長室は広いものの、内装は木造りで、質素です。しかし、雰囲気はあります。アシオーさんから来客用の椅子を勧められたので、荷物を降ろして、腰を掛けます。少し、固い椅子です。アシオーさん自身が案内をしてくれたので、私達以外は誰もいません。
「よく来たね、異界の来訪者の方。どうやって戻って来たのかね」
「……やっぱり、気付いていやがったのか。前にも、誰か来たことがあるのか?」
アシオーさんは私達が、異世界からの来訪者だと判っているようでした。ゲンさんもそれに気付いていたようです。私はさっぱり分かりませんでした。お二人とも、勘が鋭いものです。
「隠し立て手もしょうがないね。二十年前に一人の青年と、その三年後に一人の年配の方と出会っている。出会った時、二人とも言語が理解できないね。オタクらと同じような格好をしていたね。こちらの常識に疎いね。見たことのない、道具を持っていたね。これだけ符合すれば、違うところから来た来訪者だと分かるよね」
「そうか、前任者が居たか。それで、二人はどうなった」
「二人とも、一年程度たったくらいの時に、急に姿を消したね。今回はやけに早いと思ったがね、まさか、戻って来るとは思わなかったね」
アシオーさんは、私達以外の日本からの来訪者と遭遇したとのことでした。青年も年配の方も、遭遇した当初からしばらくはアシオーさん宅で寝泊まりし、手に職を持ち、自立し始めると安宿で生活を始めたそうです。アシオーさんは、自分以外の者は、二人が異世界からの来訪者だとは知らないはずだとおっしゃりました。
「と言ってもね、二人が儂に教えてくれたのではなくてね、始めの青年が消えた後に残された手記を読んで始めて分かったんだがね。今回で、ようやく確信できたね」
その事を聞き、ゲンさんが腕を組み右手で顎髭をいじりながら、アシオーさんに問いかけます。
「他の連中には、黙っておいた方が良いのか」
「まあ、好きにするがいいね。だけど、十中八九は信じて貰えないね。多分、儂だって信じないね。頭がおかしいと思うね」
アシオーさんの返答に、「そりゃそうだ」と鼻息交じりにゲンさんが返します。余計なことは言わないのが良いという、結論が出たようです。
「それで、どうするかね。この都市内で生活するなら、儂の住居に寝泊まりするかね。部屋なら空いているね。婆さんも気にしないね」
「……いや、それなら職を紹介してくれ。あまり、難しいことはできねえ。狩りだけで生計建てられるほど、腕はよくねえと思う。日雇いみたいな職が良い。定職は御免だ」
少し考えたゲンさんが、直ぐに答えをまとめてアシオーさんに告げます。
「なら、冒険者だね。冒険者なんて言うけど、討伐を専門にしているのは、一部の腕扱きだけだからね。各組合からの要請で様々な仕事を受けるね。護衛、採取、雑用なんでもござれだね。冒険者組合に登録するといいね。初回登録はタダだしね」
「ん? あんときは確か、砂糖と物々交換じゃなかったか」
「ホッホッホッ、あの時はゴタゴタしたから、ノモスへの私的な贈り物として扱わせようかと思ったがね。あいつは、真面目だから受け取らなかったね」
ケッ、余計な知恵が回る爺だ。ゲンさんが毒づきます。あまり大きい声で云わないで欲しいです。あとで、組合の他の方々に睨まれます。ゲンさんは気にもしないでしょうが、私はすごく気になります。心臓の作りが、根本的に違いますので。
「まあ、いいさ。大した用はねえんだ。ただ、あん時のアンタの言葉どおりに尋ねたまでだ。知りたい事は教えてもらった。長居は無用。冒険者組合の場所を教えてくれ。登録してくる」
「ホッホッホッ、せっかちなことだね。アンタ達なら狩人として十分やって行けると思うがね」
アシオーさんはそう言い、笑いながらも、丁寧に冒険者組合の場所を教えてくれました。それほど遠くもありません。道のカドを一つ曲がって直ぐです。荷物を持って立上り、アシオーさんに挨拶をして分かれます。
「じゃあなあ、爺さん。又、そのうちにな」
「しし、失礼をします」
「まあ、気が向いたときにでも顔を出しなさいね。内緒で、向こうの話もしてくれると面白いね。では、また」
部屋を出て、カウンターの奥から抜け出し、狩人組合の建物を後にします。足早に、次の目的地である、冒険者組合の建物に向かいました。
冒険者組合は途中で見かけた、狩人組合と同じような石組みの建物一つがそうでした。他の建物も、別の組合所有の建物なのでしょう。
受付の雰囲気も似たようなものです。ただ、受付待ちの人達の人相が、狩人組合の人達より若干よろしくない方が多いように思えます。
ゲンさんは、今度は眼鏡をかけた、お下げ髪の可愛らしい女性担当者に声を掛けます。
「初めてなんだが、二人、登録できるかい。二人とも身元を証明するようなもんはねえ」
受付の女性は、黙って後ろの棚に置いてある木の箱から二枚の紙と小さいナイフを取り出します。
「冒険者組合の登録には、特に身元を証明するような物の必要はありません。この『能力確認用紙』に、氏名と性別、種属を記載して下さい。最後に、この印の上に血を一滴垂らしてもらいます。現時点での、能力が冒険者に適さない場合は登録ができませんので悪しからず」
「字は、この辺りの字で書かなきゃあいけねえのかい。残念だが、自分の国の字以外は書けねえんだ」
「では、私が代筆を行います。貴方からどうぞ」
受付の女性は、チラリと他の担当者の方に目を向けてから、再度ゲンさんに問いかけてきました。ゲンさんは気にせずに、問いかけに答えます。
「俺は、ミナモト ゲンジロウ、男だ。肌人種になる。ゴンはドモリ癖で聞きづらいから俺が答えてもいいか」
「いえ、これは本人にお願いします」
にべもなく、女性は答えました。
「アア、アイダ ゴゴ、ゴウ。オオ、男。はは、肌人種です……」
毎度のことですが、我ながら少し嫌になりますね。受付の女性が、念のため繰り返して聞きます。
「ミナモト ゲンジロウとアイダ ゴウ。お二人とも男性、肌人種で宜しいですね」
ジィっと受付女性の顔を見ていた、ゲンさんが答えます。
「ああ、その通りだ。間違いねえ。書いた内容がその通りかは、判らねえが。――あの時はお粗末な物を見せちまった。申し訳ねえ。フードで顔が見えねえから女だとは思っていなかったんだ。組合長のノモスを呼ぶのは、別に構わねえから」
急に何を言い出すのかと思いましたが、女性の顔をよく見て、ようやく思い出しました。門前で服を脱いだ時に、ノモスさんと一緒に出向いて、術を掛けてくれた女性でした。顔に、朱が差しています。思い出したく無いことを思い出してしまったのでしょう。
ゲンさん、セクハラで捕まりますよ。
女性から目配せを受けた、別の受付の方が奥へと向かいました。狩人組合の時と同じようです。ゲンさんは構わずに登録を進めます。
「この印に、血を垂らせばいいんだな」
「……そうです。一滴で構いません」
そう言うとゲンさんは、人差し指の先をナイフで軽く突き滲み出た血を用紙に近づけ垂らします。その瞬間、用紙が淡く白く光りだし、光が収まると驚いたことに、用紙に数字らしき字が書き込まれています。
「分かりました。能力値は適正を超えています。ミナトモ ゲンジロウを冒険者として登録します」
女性は、そう言うと口の中でボソボソと唱えた後に、身に着けていた指輪を用紙に押し付けます。ジュウと軽い音がなり、少し焦げ臭い匂いがしました。用紙には焼印が押されています。術を使ったのでしょうか。
「次はアナタです」
ゲンさんの付いた血を綺麗に拭き取ったナイフを手渡されます。少し痛いですが、我慢をしましょう。内心、おっかなびっくりに指にナイフを突き刺し、どうにか血を滲ませます。用紙に、近づけ血を垂らすと同じように光った後に用紙に字が記載されています。用紙の字を見た、女性が少し目を向いています。ダメなのでしょうか。
「アイダ ゴウ。……能力値は適性を超えています。冒険者として登録します」
大丈夫だったようです。ホッとしました。同じように指輪の焼印を押された用紙を受け取ろうとした時に、見知った偉丈夫が女性の後ろに立ち私達の用紙を手に取り眺めます。組合長のノモスさんでした。
「もう一度問うが、本当に肌人種なのだな」
「しつこいぜ、ノモスさんよ。俺はドワーフじゃねえし、ゴンもトロルっていう亜人じゃあねえ。亜人と一緒にするのは侮蔑的だと言うじゃあねえか」
ゲンさんが少し、むっとした口調で答えます。
「なにも、亜人と一緒にしているわけではない。だが、この数値は肌人種の平均を遥かに超えるぞ」
「悪いが、俺達は、その字が読めん。その、なんだ、これも術とやらで解決できんのか?」
「ん? 言われてみれば言葉の理解が出来んのだったな。スマンが、文字の判読はかなり高等の一般理術になるため扱える術士がここにはいない。この用紙には、お前達二人の基本能力値として『耐久力』、『筋力』、『霊力』が数値で示されている。二人とも霊力値はゼロだが、ゲンはドワーフ並、ゴンに至っては鬼人並だ」
聞く理解は簡単に出来ても、読む理解は難しいようです。術も簡単ではないといったところですか。
「そいつは、珍しいのかい」
「ドワーフ並の肌人種は稀に見るが、鬼人並になると私は見たことがない」
どうやら私達の能力は結構良い値みたいです。まあ、数値で幾ら良い結果が出ても使いこなせなければ意味がありません。
ノモスさんは私達の用紙をまだ睨み続けています。受付の女性の方が、コホンと咳払いを一つします。
「組合長、まだ、お二人への説明が途中です。用紙をお二人に渡して下さい」
「ん、ああ、すまんな。説明を続けてくれ」
ノモスさんから用紙をようやく受け取ることが出来ました。女性が説明を続けるようです。
「無事に、お二人は冒険者組合に登録されました。今後は、この国の他の街や都市においても、その用紙を見せれば冒険者組合に依頼された仕事を受けることが出来ます。今回は初回のため無料ですが、盗難、紛失等による再発行には手数料として銅貨3枚が必要ですのでご注意ください」
女性は、その後も説明を続けてくれました。仕事を受けるには、五段階のランク制度があり、適合したランク以上の仕事は受けられないとのことでした。
下位ほど簡単だが、受け取れる報酬が少なく、上位ほど受け取れる報酬は大きいが危険度が高いとのことです。ランクは、冒険者組合や国への貢献度等が考慮され昇格されるそうです。降格もあるとのことでした。
「ランクが上がる下がるは、どうすればわかるんだい」
「冒険者組合で申請すれば調べることが可能です。但し、手数料として銅貨一枚を必要とします。また、昇格する際にも、ランクに応じた手数料が必要となります」
「都市や国に多大な貢献をした物は、褒章として無償でランクを昇格させることもある。但し、月に一度行われる都市参事会等で承認を得なければならない。滅多にないことだ」
ノモスさんが補足を説明してくれます。結構と色々な面でお金が掛かります。この辺りは、日本と大して変わらないようです。
「依頼は、掲示板に適時張り出されます。冒険者組合は、昼夜を問わずに開かれています。良い依頼を受けたいのならば、夕方頃に来ることをお勧めします。今の時間帯は、前日にあぶれた仕事しかありません」
女性の言葉を聞いたゲンさんが、掲示板に向かいます。受け取った、資格証書と張り出された依頼書を見比べ、一枚の依頼書を剥がして持ってきました。
「この文字が、今のランクでいいんだよな。この依頼書のランクと合致していると思うが間違いねえか?」
「間違いありませんが、私の話を聞いてましたか? これ、清掃人夫の日雇い作業です」
「お、いいじゃねえか。掃除の仕事なら、俺達でもできる。こいつを受ける」
ゲンさんが嬉々として依頼を受けます。内容をもう少し確認しましょうよ。受付の女性が呆れた顔をし、ため息を一つ付いた後に、依頼書にサインをします。
「……分かりました。依頼を受領したということで、代筆ですがサインをしておきます。明日の朝、四時までにここへ来てください。依頼内容の詳細はその時に説明をします。汚れても問題の無い格好で必ず来てください。作業終了後に依頼料を渡します。作業の態度や結果が余りに悪いと、貢献度に影響しますのでご注意を。依頼報酬は、二人で銅貨五枚です」
「分かった。遅れずに来るよ。じゃあ、よろしく頼むわ」
ゲンさんはそう言って、私と共に場を発とうしましたが、ノモスさんに呼び止められました。
「まて、ついでだ。検査の時にゴブリンの角とオークの牙を持っていただろう。換金しておけ」
「へえ、そんなことが出来るのかい」
それを聞いて、私は荷物の中から、紙袋に入った角と牙を取り出します。オーク一頭に、ゴブリン十二匹分です。受付の女性の前に差し出します。
「これだけ、討伐が出来るのに、わざわざ日雇い作業をする必要はないのでは」
「まあ、色々と仕事をしてみてえんだよ。面白そうじゃあねえか」
面白い仕事なんてありはしませんと、ぶつぶつ言いながらも換金をしてくれます。銅貨九枚と小銅貨一枚でした。臨時報酬は嬉しいものです。これで、手持ちは銅貨十三枚と小銅貨一枚です。呼び止められたついでに、ゲンさんが質問をしています。
「荷物を置ける、安い宿はないか」
「荷物を置くならあまり安い宿は進められない。銅貨一枚より少ない宿は、共同部屋で盗難の恐れがある。荷物を預けるなら、銅貨三枚の宿に泊れ」
「うむ、そいつは高いな。仕方がねえ野宿をするか」
「げげ、ゲンさん。しし、仕事のとき、にに、荷物は、じゃじゃ、邪魔になる。ああ、朝も、はは、早い。もも、門が、ああ、開いていない」
「それでしたら、仕事始めの前に、冒険者組合に荷物はお預けください。報酬受け取り時にお戻しいたします。手数料はお一人、小銅貨二枚です」
「しっかりしてやがる」と毒づきながらも、受付女性の案に乗ることにします。ノモスさんに一番安い宿の場所を聞き出します。素泊まりで、ひとり小銅貨三枚。荷物の盗難に注意しろと念を押されました。
「ラティオ達には会ったのか? 心配をしていたぞ」
「まだ、会っちゃいねえよ。悪いが、適当に連絡をしておいてくれ。頼む」
後ろ向きに手を振りながら、ゲンさんが答えます。ラティオさん達とは、前回、挨拶もできずに戻されてしまいました。心配を掛けさせてしまったようです。申し訳ないことをしました。
組合を出る寸前に、ゲンさんは受付から離れた所の一角でたむろし、席を立とうとしていた人相の悪い男達に向けて、凄みのある嫌な笑い顔を向けました。
ニヤニヤしていた男達の顔が、一斉に蒼くなり下を向き座り直します。ゲンさんがする、この笑顔はとても怖いので、相手の気持ちがよくわかります。
「日本じゃあ、進んで働く気にはなれなかったが、異世界の仕事ってえのはどんなものかなあ」
先ほどの件を不思議に思っていた私にゲンさんが話しかけてきます。束縛されるのが嫌いなゲンさんが、仕事を受けることを不思議に思っていると勘違いされたのでしょう。だからこう、答えます。
「たた、楽しい、しし、仕事は、なな、ない」
私の本音です。「それもそうか」とゲンさんが答えます。明日は朝が早いから、今晩は早めの就寝を心掛けましょう。
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